第一五八話 トラトラトラ
□■<ジャンド草原>
『――ゴゴゴ――』
反響する声で大気を震わせ、踏みしめる足で大地を震わせる巨人。
かの巨人こそは決闘十四位、“漸増巨人”【重騎士】ロードウェル。
一分ごとに外殻を重ねて巨大化していくエルダーアームズ、【積層外装 マトリョーシカ】を纏う者。
決戦が始まる前から都市外で待機し、忍者達の隠密スキルで隠されながら自らのスキルで巨大化を重ね、このサイズに至っていた。
通常、スキルを発動している間はMPとSPを消耗し続けるため、ここまでの巨大化はできない。
しかし、今回は外部からMPとSPを回復するアイテムとスキルを継続使用され続けたため、これほどの巨大化を果たすまでスキルを継続してもなお消費なく決戦に投入できた。
『――ゴゴォ――』
ロードウェルが疾走する。
どれほど巨大化し、重量が増大しようと、ロードウェル自身が装備重量を感じることはない。
巨鎧はロードウェルの元々の身体と同じ動きを、巨大化したその身で実行する。
結果、AGIは変わらずとも見かけの移動速度が跳ね上がり、瞬く間に戦場を踏破する。
『OOooo!』
それを阻まんと大小のスライムが行く手に立ちはだかる。
人間の肉体ならば彼らに触れられただけで超低温や酸に苦しむだろう。
だが、此処に在るのは幾重にも外装を重ねた重鎧。
多少の腐食をものともせずに爆走し、やがて【DGK】に到達する。
『――ゴゴガァ――』
『VOLAAAAA!!』
重鎧の巨人が右拳を振りかぶり、【拳竜王】の成れの果てが拳を燃やす。
二体はクロスカウンターの如く、相手の顔面に自らの拳を叩き込まんとする。
先んじたのは速度で勝る【DGK】の炎拳。
《竜王気》の込められた【DGK】の拳がマトリョーシカの頭部に罅を入れる。
その罅は【オキシジェンスライム】による腐食の被害を受けていた重鎧の全身に広がる。
そうして、スライムと合わせて限界に達したダメージによって鎧はあえなく砕けてしまう。
――直後、砕けた鎧の下から傷一つない重鎧が姿を現した。
『!?』
【積層外装 マトリョーシカ】は外殻を重ねるエルダーアームズ。
最外殻を砕かれようと、その下の外殻は健在。
時間を掛けて幾十もの外殻を重ねた結果の巨体、一つ二つ砕かれようとも支障なし。
そして、【重騎士】の『装備重量に比例した攻撃力と防御力』を得るジョブスキルの効果が発動している。
『――ゴゴゴ――』
驚愕する【DGK】の顔面に、ロードウェルはお返しとばかりに拳を叩き込む。
それは《竜王気》で阻まれるが、拮抗することなくその護りを打ち破る。
『GAAA……!?』
《竜王気》を突破した巨拳が、【DGK】の顔面に突き刺さる。
だが、歯を数本折られても【DGK】は怯まず、殴り返そうとして……。
『――《ゴガゴガッゴォ》!!――』
炸裂した【重騎士】の奥義、『装備重量比例固定ダメージ』によって頭部が消し飛んだ。
かつて、【破壊王】が【DGF】を下したように、頭部を砕かれた恐竜が塵へと還っていく。
『――ゴゴォ――』
この戦場に配されている中で最強の改造モンスターを倒した巨人は、勝ち誇るように両腕を上げて吼えた。
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
巨鎧が【DGK】を撃破した。
奥義を放った鎧は固定ダメージの反動で著しいダメージを受けたものの、纏わりついていたスライムの一部も余波によって消滅。
そして、また最外殻が剥がれて無傷の状態となり、次の獲物を探している。
「おー、張り切ってるNA、ロードウェル。まぁ、前の講和会議のときは何もできずに退場しちまってたから気持ちはわかるZE」
「「「…………」」」
勝鬨を上げる相方を見上げたハインダックさんがそんなことを言っているが、俺達は言葉を失っていた。
「そっかー……ロードウェルって限界まで時間と回復アイテム使って準備するとああなるんだ……。やってることプチフィガロじゃん」
「サイズ的には全然プチじゃねえけどな」
遠い目をしたチェルシーにマックスがツッコミを入れているが、俺も似たようなことは思った。
『……あれ、本当に中身は人間なのかのぅ。ゴゴゴとかガガガしか言わぬが……』
きっと重なった鎧の反響でそうなってるだけだろう……。
……でも俺もあの人(?)の中身は見たことないな。
まぁ、アバターの顔も見せない<マスター>って意外といるけど……普段の兄とか。
「兎に角、厄介な奴は倒した! ここから一気に立て直す!」
モンスター達は他の個体が倒されたからといって士気が著しく低下する訳じゃない。
だが、それでも最大の攻撃力を持っていた【DGK】が落ちた影響はある。
隙を突いて一撃で<マスター>を仕留める攻撃力と速さの持ち主が消えたのならば……あれもやりやすい。
『全員、【快癒万能霊薬】服用!』
俺は【ストームフェイス】を装着しながら、周囲に呼びかける。
その指示を聞いた人達が、事前の打ち合わせ通りに支給されていた【快癒万能霊薬】を服用し、準備が整う。
これも……あの夜と同じだな!
「《地獄瘴気》、全力噴出!!」
俺の声に応え、【瘴焔手甲】が猛烈な勢いで三重状態異常の毒ガスを吐き出す。
周囲に満ちる黒紫の瘴気は、【快癒万能霊薬】を呑んだ<マスター>には影響を及ぼさないが……恐竜型モンスターの多くは悶え苦しんでいる。
案の定、フランクリンにとっては雑兵であるこいつらには【RSK】のように耐性を持たせるコストは掛けられていない。
スライム連中には影響が出ていないが、そのスライムもジュリエットによって数を減らしている真っ最中だ。
弱体化し、動きの鈍った恐竜達を王国側のランカーが撃破していく。筆頭は一歩歩く度に踏み潰しているロードウェルだ。
さらには街の中から闇属性攻撃魔法の【ジェム】が届けられ、それを手にして【オキシジェンスライム】の掃討に加わる人も増える。
スライムの数が減れば、スライムのいない地帯も生まれる。
そうした場所には、街壁からの援護射撃も始まる。
ランカーでなくとも、<エンブリオ>や上級奥義の火力は敵を倒すには十分だ。
そして、これらの援護射撃は、【オキシジェンスライム】という『攻撃してはいけない的』を除けば何者にも妨げられることなく実行されている。
それは改造モンスターが街の外にいる<マスター>のみを狙い、街壁の<マスター>を完全に無視しているため。
むしろ、ギデオンに近づきもしない。恐らくは最初からそう設定された上で作られたんだろう。
理由は街の中のティアンに被害が出れば、戦争のルールでフランクリンが死ぬからだ。
俺が戦場に立った以上、あいつは俺を倒すまでは退場したくないだろうからな。
アイツが何かするとしたら俺が此処にいなかったときか……いなくなった後だ。
ともあれ、街を明確に目標から外しているため、街壁の<マスター>達は安全に撃ち続けられている。
ここで一気に盤面は王国有利に傾いた。
……が。
『順調……だと逆に不安になるのぅ』
「ああ」
俺の心には、一抹の不安がある。
ここまでは、あの夜の焼き直し。
アイツにも把握されている札だけで戦っている状況だというのに、対策が薄い。
ここで展開した戦力に耐性を持たせるなどのコストを割くことを、フランクリンは選ばなかったということだ。
ならば、この先に奴がコストを注いだ本命が……王国を殺すための切り札がある。
◆◆◆
■【MGD】・コクピット内部
「まぁ、こうなるだろうねぇ」
戦況の変化を眺めながら、フランクリンは愉しげに呟く。
今回、初手に展開した戦力のほとんどは在庫処分だ。
この戦いのために用意したものではなく、予め作っていたモンスターを行動パターンのみ調整して吐き出した。
目的は王国側がこちらに派遣した戦力と、自分が失念しているかもしれない戦力の把握、及びそれらの消耗。
前者は想定を大きく下回り、後者はロードウェルという形で目に視えた。
数が少ない理由は偵察のモンスターが既に調べていた。『ここでスパイとか内ゲバとか王国も皇国と似たようなものね』と思ったが、フランクリンにとっては邪魔が減ったのでむしろ感謝する情況だ。
そして後者については、ハッキリ言って考慮していなかった。
「パッとしないランカーかと思ったら時間を掛けたらああなるとは……」
準備時間はあったので、王国側にもこうした戦力を仕込む余地はあった。
結果的に出てきたロードウェルは【超闘士】と【破壊王】のミニチュア版と言える程度には厄介だ。
大きくて強い存在は世の創作で噛ませ犬になりがちだが、強いからこそ比較に使われる。
そして、厄介なことに既に剥がれた外殻が復活している。
時間経過で消耗しているようだが、周囲の<マスター>がアイテムやスキルを使ってMPとSPを譲渡しているので減少は緩やかだ。
放っておけばあと十分は動き続けるし巨大化し続けるだろう。とんだ伏兵である。
「皇国だとイライジャに近いかねぇ。特定条件下で周囲の協力があれば強いタイプ」
決闘ランカーとしてパッとしないのは、ソロかつ制限の多い決闘では難しいからだろう。
むしろそれに特化したパーティを組んで大物食いの討伐ランカーでも目指した方が向いているのではないかとフランクリンは思案する。
「面倒なことに、【重騎士】は攻撃力と防御力が直で上がるせいでこっちと噛み合わない。……あー、それを考慮してここにいるのかねぇ? 考えすぎかな?」
フランクリンは半笑いで嘆く。
本当にロードウェルは意外であり、厄介な戦力なのだ。
だからこそ――フランクリンの初手は大成功だった。
未知の難敵を先に釣り出せた時点で、スライムと恐竜が全滅しても釣りが来る。
「さて、と」
フランクリンはカチカチと二度解放スイッチを押す。
もしも【破壊王】や【狂王】がこちらに来たときのための仕込みだが、サイズ的にはむしろあれらよりも手頃だと笑う。
「外殻の仕組みも分かった。あれなら逆に、こっちの主砲は苦手だろうねぇ」
ポンと、自らが座るコクピットのコンソールに触れる。
直後、動力炉の稼働する音と共に、獣の唸るような声が内部に響く。
「――それじゃあ面倒な大駒をさっさと片付けようか」
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
不安を抱えながらも改造モンスターを掃討していたとき、ふと思った。
「……そういえば、あっちももう始まってる頃かな」
兄と【獣王】が戦う刻限も少し前に過ぎていた。
多少の問答があったとしても、もう開戦していても不思議はない。
兄が囮に使った王国の<宝>と、【獣王】自身である皇国の<命>。
それがどうなったかは、こちらの戦いにも大きく影響する。
『クマニーサンが負けた場合、【獣王】がこちらに来ることも考慮せねばならんからな……』
それは王国にとって最悪のケースだ。
クレーミルは遠く離れているが、【獣王】の……【獣王】のガーディアンの巨体とAGIならばそう時間を掛けずに踏破してしまうだろう。
かつて俺も相対し、敗北を喫した【獣王】。
奴の全力は脅威であり、兄でも難しいかもしれない。
けれど……。
「兄貴なら、何とかするさ」
兄ならば必ず、やってくれるはずだ。
たとえ“最強”が相手だろうと……可能性を掴み取る。
俺に、それを教えてくれたのは兄なのだから。
「……!」
不意に、足元の揺れを感じた。
それは先刻も覚えがある、地中からせり上がる気配。
震動が最大となった直後、地中から細長いものが飛び出して巨鎧に絡みつく。
否、今のロードウェルと比較すれば細いが、それは数十メテルの長大な体を持つワームだった。
『GIGIGIGI』
ワームはまるで鎧の動きを束縛するかのように締め上げようとする。
『――ゴゴゴォ――』
だが、ロードウェルはそれを意に介さない。
自由な右腕を振り上げ、自分に纏わりつくワームに叩きつける。
それだけで、ワームは木っ端微塵に砕け散った。
『まるでクマニーサンだのぅ』
先ほど【DGK】を撃破したときよりも、その攻撃力は上昇している。
上がりすぎた攻撃力で叩いた反動で鎧の表面には罅が入ったが、数秒後には再び最外殻の形成時間となり、傷を負った外殻の上に一回り大きな鎧が重なった。
……自動回復がついているのに近いから本当に強いな。
『GIGEGEGE!!』
しかし、その直後、再び地中からワームが飛び出してくる。
先ほどの焼き直しにすら見えるほど、同じ形状のワームが鎧に絡みつく光景。
ロードウェルは『鬱陶しい』と言わんばかりに、ワームを叩き潰すべく再度拳を振り下ろす。
「――――あ」
その瞬間、俺はあることを思い出していた。
脳裏を過ったのは、過去のフランクリンとの戦いの記憶……ではない。
それは、俺がフランクリンと遭遇する前にあったというアイツの逸話。
アイツについて調べて、アズライトの父を殺したという話の次に行き当たったもの。
曰く、第一次騎鋼戦争においてもフランクリンは大量のモンスターを使役し、王国勢に嗾けた。
しかし、それらのモンスターの多くは……
――全く同じ見た目で能力の異なるモンスターだったという。
『GE・GE・GE・GE』
無警戒な巨拳に叩き潰されたワームが、笑いながら内容物を飛び散らせる。
どこにそれほど詰まっていたのかと思うほど大量の白く濁った体液が巨大な鎧の全身に降りかかり――そのまま鎧の動きを固定化する。
「接着剤!?」
それは紛れもなく、瞬間接着剤だった。
間違いなく、尋常な代物ではなかったが。
「でも待てよ。ロードウェルの鎧のパワーなら……」
「「違う……!」」
マックスの言葉に、俺とチェルシーの言葉が重なる。
「マックスちゃん、ロードウェルにあれを破るパワーは……多分ないよ」
「は? だってあんな風に恐竜もワームも粉砕して……」
そう思うのも無理はない。
だが、ロードウェルのあれは力が強い訳じゃない。
「スキルによっては、攻撃力とSTRがイコールじゃないんだ……!」
「!」
これは、ビースリー先輩の《解放されし巨人》と同じ。
【重騎士】のスキルで攻防は著しく上昇しているし、マトリョーシカの性質として巨大化しても元通りに動けるが、STR自体は上級職のロードウェルのものから変化がない……!
つまりは……。
「全身に浴びた接着剤を引き剥がして動くだけのSTRは、ロードウェルにはない!」
恐らく、本来は兄やハンニャさんといった大型目標へのちょっとした嫌がらせ程度の代物だったろう。
あるいは、倒したときに周囲に大量に飛散させることで多数の行動不能を狙うか。
実際、ロードウェルが殆どを浴びた今の状況でも、巻き込まれて動けなくなっている人が数人見られる。
「まずい……!」
問題は、この後に最外殻が形成されたときどうなるのか。
動けるようになるのか、内側に動けない殻を挟んでいるために動けないままなのか。
罅の入った外殻の上にそのまま鎧が形成されたことを考えると、後者の恐れが強い。
「ロードウェル! 今助けるYO!」
炎属性の魔法剣を発動したハインダックさんが身動きの取れない鎧を駆け上がり、付着した接着剤を焼き剥がそうとする。
「待った! 次の外殻形成まで時間がない! これなら《メガクラッシュ》を使って最外殻ごと接着剤を吹っ飛ばした方が早いよ! ハインダックは離れて!」
「……! OK!」
『――ゴゴッ――』
チェルシーの指示に二人が応じ、ハインダックさんが離れるのと同時にロードウェルが再び奥義を発動しようとする。
外殻一枚分は消耗するものの、これなら被害を最小限に……。
「――――?」
その瞬間、不穏な感覚が背筋を伝った。
不気味な、まるで得体のしれないものにジッと見られてるような悪寒。
何かが俺の中で警鐘を鳴らし始める。
「!」
視線の気配を辿り、咄嗟に空を見上げる。
そこに、ソレは在った。
空の景色の中に、ソレは在る。
否、空の一部が破れている。
見上げた空の景色の一部が、少しずつ肉の色に変わっていた。
上空に在ったのは、肉色をした……巨大な鬼灯の実のような何か。
肉色の鬼灯の上には【IWB】という表記。
その一部が破れている。
破れて……中から何かが地上を覗き込んでいる。
「――――」
ワーム、巨鎧、足止め、空中、光学迷彩、隠蔽特化、改造モンスター、中に何かいる。
幾つもの単語が一瞬で脳裏を巡り、
『TRATRATRA……』
鬼灯の中身が顔を――機械で出来た竜の頭部を曝け出し、
「みんな、逃げ――!」
俺が周囲に警戒を呼び掛け、
『――【蹂躙砲】、発射』
――それが伝わるよりも早く、機械竜は自らの兵器を解き放った。
To be continued
(=ↀωↀ=)<明日も更新だけど
(=ↀωↀ=)<ちょっとステチェンしますね
〇【IWB】
(=ↀωↀ=)<インビジブル・ラッピング・バルーン
(=ↀωↀ=)<詳細は次にこの場面に戻ったあたり
(=ↀωↀ=)<でもきっと出番はもうない