第一五六話 リング・イン Side:F
■フランチェスカについて
フランクリンが彼を初めて見たのは、今年の三月半ば。
王都近郊で動いていた計画を記録するためのモンスター越しだった。
それはギデオンでの大規模な計画のついでとして立案されたグランドリア姉妹の暗殺計画であり、フランクリンはその実行役だった。
何故に皇国があの姉妹を殺さなければいけなかったのか。
リリアーナ・グランドリアは近衛の団長代理とはいえ然程の戦力でもない。
超級職であった彼女の父親ですらも敗死しているというのに、父には遥かに劣る彼女を態々……それも妹込みで殺す意味があるのか。
フランクリンは宰相に聞いてみたが、それは二つの理由によるものだった。
まず、あの姉妹は先代の騎士団長の忘れ形見であり、騎士団の精神的支柱。
さらには<マスター>にも少なくないファンがおり、間接的な王国の戦力維持に貢献している。
本人の質ではなく、数に影響を及ぼすことが懸念されたのだ。
また、あの姉妹はグランバロアの中枢たる海賊船団の血筋であり、あの姉妹の繋がりから助勢を乞えばグランバロアが対皇国戦線に加わる恐れもあった。
グランバロアの海賊船団の後継があの姉妹しかいないという問題もあり、それは現実的にありえる事態だった。
戦争当事国の王国、介入の機会を窺うカルディナに加えてグランバロア。
如何に“物理最強”を擁する皇国と言えど、三国を同時に相手にしては国が亡ぶ。
だからこそ、ギデオンでの計画のために王国で活動中だったフランクリンがリリアーナ達を殺す役目も担うこととなった。
皇国内戦の少し前から、フランクリンは苛烈になった。
敵に容赦しなくなり、その様は加虐的とさえ言える。
内戦中は己の戦力を求め続け、混乱する皇国で様々な素材を蒐集した。
戦争では皇国に請われるままに改造モンスターの群れで王国軍を蹂躙し、国王を殺しもした。
その後は、自分を暗殺した【機甲王】バルサミナに対しても執拗な報復を実行した。
任務にしろ私情にしろ、自分の敵対者への容赦はフランクリンにはなくなっていた。
王国の全て……どころか皇国の者だろうと自分の行動を阻むならば、敵対者と見做し、排する。
危険な兆候だったが、フランクリンという存在が皇国の中で大きくなっていたこともあり、皇国の上層部は黙認し、むしろ駒として上手く使うことを考えた。
このときの暗殺計画も、その一つだ。
言うまでもなく汚れ役だが、それに値するクランへの恩恵をフランクリンは約束されていた。
逆に言えば、これは踏み絵。やらなければ後々不利益も生じるだろう。
しかし、フランクリンはすぐにやると決めていた。
妹やクランの仲間達にもそちらの仕事は隠し、チャットで繋がった<超級>の間でのみ情報を共有しながらフランクリンは暗殺を進める。
最初は毒殺の予定だった。
スポンサーから届けられた毒薬で自然な中毒死に見える形で殺す筈だった。
毒殺は不思議と気が乗らなかった。
自分の作品によるものではないからか、あるいは手段そのものか。
それでも実行しようとしたが、出遅れている間に諸事情で毒殺が叶わなくなったので計画は変更。
結局、妹の方を唆して別件のためにモンスターを用意していた死地……<旧レーヴ果樹園>へと誘い込んだ。
土壇場での変更だったが、むしろそちらの方がいいかとフランクリンは思い直していた。
モンスターに殺されたならば、王族や彼女達のファン、そしてグランバロアが皇国に恨みを抱く恐れもない、という話だ。
モンスターの大量発生で放棄された自然ダンジョン、危険な群れが生じることもある。
そして、モンスターを逃すことで繋がりを断ちながらも制御しているフランクリンならば、証拠なくモンスターの仕業として始末できる。
<果樹園>には十分な数のワームを配していた。
カンストですらないティアンの【聖騎士】など数で圧殺して勝利できる。
何事もなければ、あの姉妹は死ぬはずだった。
しかし、その計画は壊される。
クマの着ぐるみを着た【破壊王】、そして【破壊王】を連れてきた原因であり、自らもワームの一体を討ち取ったレイ・スターリングによって。
それを見たとき、彼はどう感じたか。
フランクリンは『面白い』と言いながら、計画を崩された意趣返しをしてやろうと述べた。
チャットでもお道化てみせて、平静を装った。
しかし上っ面の下……本心のフランチェスカが思ったことはフランクリンの余裕ある振る舞いとはまるで別物。
心を占めた言葉は――『許せない』と『■しい』だ。
【破壊王】に盤面を覆されたことはいい。
あれは明確な強者、力あるものが運命を捻じ曲げることなど、この世界ではよくある。
力ある者の行いは理不尽であっても不条理ではない。
それに流され、曲げられてきた身だからこそ、それを知る。
だからフランチェスカも準備を重ねて、理不尽を受ける側ではなく理不尽を強いる側になろうとした。圧倒的な力で勝利する側に回ろうとした。
だが、あの頃のレイはそうではない。
力はない。
ジョブはなく、<エンブリオ>もなかった。
彼にあったのは、強い意志のみ。
絶対にミリアーヌを守るという強い意志があって、その在り方を曲げずに駆け抜けた。
そして己の意思によって望む未来を……<エンブリオ>を掴み取った。
結果、彼はミリアーヌを守り抜いた。
あまりに眩しく、これこそが正しいと言わんばかりの……ハッピーエンド。
フランチェスカはそれを見ていた。
一部始終を記録していた。
『…………』
彼女は、生まれの境遇ゆえに生きる道そのものを歪められた。
彼女は、親友に『彼女とでは夢を叶えることができないから』と切り捨てられた。
力がなかったから、できることが少なかったから、失ったものが多すぎた。
だからこそ、力を積み重ねて、周到さを増して、清濁も併せ呑んだ。
しかしここに……力がなくとも彼女の望みを砕いた男がいる。
届かぬはずの可能性を掴み、少女を救い、完全無欠のハッピーエンドに至った者がいる。
その事実がどれほどに、彼女に惨めさを感じさせる不条理だったか。
それが言いようのないほど気持ち悪く……そして『許せない』し、『■しい』。
あれが許されるならば、あんな在り方を貫き通せるものがいるならば。
『私は……一体何なの?』
比較すれば比較するだけ、歪んだ自分が惨めに思えてくる存在。
許容してはいけない存在。
だからこそ、徹底的に貶めて、その意志を圧し折ってやろうと決断した。
彼を潰すためのモンスターを、すぐに作り始めた。
彼を探るためのモンスターも、呑み込ませた。
ここでも、毒は気が乗らなかった。
彼と戦い、完膚なきまでに打ち負かす方が良いと心で強く思っていた。
その後、タイミング良くギデオンでの計画にもレイは飛び込んできた。
それはフランチェスカにとって僥倖だった。
彼女は、こう考えた。
最高の舞台で最低の敗北を味わわせて、晒し者にして、心を折って、変えてやる。
自分のように。
この時点で、王国の戦意を折るという皇国の計画以上に、フランチェスカの中ではレイを折ることの優先度が高くなっていた。
<超級>というこの世界における最上位の一角に上り詰めながら、最下級のルーキーを憎み、狙い、感情を揺さぶられる。
それ自体が一種の矛盾であったが、彼女はそのまま突き進み、計画を実行した。
しかし、その計画の結果は……王国と皇国の誰もが知る通りだ。
レイは折れなかった。
どれほどの絶望的な状況に置かれても、心も身体も折れなかった。
彼は仲間と共に計画を打ち砕き、フランチェスカを打ち倒した。
完膚なきまでの敗北だ。
だからこそ、彼女は一つの確信を得た。
その意思が、在り方が、運命が、悉く相入れない。
『あれがいる限り、自分の全ては否定される』と結論を得た。
彼のことを考えている限り、正常ではいられない。
打ち倒さなければ、今度こそ折らなければ、自分は此処から抜け出せない。
即ち、レイ・スターリングこそは自身の生涯最大の宿敵である。
もはや、フランクリンにとって敵対者とは有象無象ではなく、レイ一人。
かつて最大の仮想敵の一人とすら考えていたローガンすら、レイと戦う前のテスト相手くらいにしか思わなくなった。
その苛烈も、加虐も、戦力も、全ては宿敵に向けられる。
親友との約束すらも超えた目標。
どれほどの非道を用いたとしても、戦い、勝つ。
そのために、フランチェスカは椋鳥玲二に挑むのだ。
◆◆◆
■【MGD】・コクピット内部
「――――」
自らの切り札……【MGD】のコクピットでフランクリンは目を覚ます。
コクピット内には刻限を報せるアラームが鳴り響いていた。
見れば、西の地平線に太陽が沈もうとしていた。
「眠るつもりはなかったけれど……」
意識が閉じていたのはほんの数分。
けれど、酷く濃密に過去を見せられた気がした。
「……アラームが予定通りの時間に鳴ったのなら、接触は無し」
王国側はまだ彼女を見つけられていないのだろう。
十全に、今回のために用意したものは機能を発揮している。
「けれど、来ているでしょうね」
フランクリンは後ろを振り返る。
コクピットの後部にはフラッグ……皇国の<宝>が鎮座している。
<超級>でも最弱のステータスのフランクリンが乗ったままでも問題なく戦闘機動が可能なコクピット……此処自体が特典素材で作ったモンスターの一種だ。
直接乗り込まれて破壊されない限り、戦闘中にこれが壊れることはない。
そしてこれを破壊できるかどうかは、戦争の勝敗を大きく左右する。
フランクリンは、“最弱最悪”は知っている。
王国はもう皇国の切札……“物理最強”の【獣王】を倒せない。
倒しうる【超闘士】は皇国の<砦>の戦いでその力を失った。
倒しうる【女教皇】は王国の<砦>の戦いで退場した。
そして、残る【破壊王】では【獣王】を倒せない。
直接対決の優劣や、勝てる勝てないでもない。
闘技場での決闘の類ならばともかく、戦争であるならば……絶対に倒せない。
その理由を、フランクリンはあの講和会議で目にしている。
もう王国が皇国の<命>を落とすことはできず、皇国のフラッグが一つ残るのは確定だ。
ゆえに、勝敗を左右するのは両陣営の二本目……【獣王】以外の三つのフラッグのどれが最も早く失われるかだとフランクリンは考えている。
同時期に【獣王】と相対する【破壊王】が倒れて王国の<宝>を壊されるか。
これからフランクリンと相対する王国の<命>たるレイが死ぬか。
そして、フランクリンが護る皇国の<宝>が折れるか、だ。
「とはいえ、これがなくても来たでしょうけど」
フランクリンはいつかのようにギデオンを人質に取った。
その時点で、レイは確実にこの決戦の場に現れる。
そう確信していたから、あんな果たし状を送った。
彼女はレイが来ないとは思っていないし、それはレイも同様だ。
お互いに『相手は確実に決戦で何かを仕出かすが、決戦の場には姿を現して自分と戦う』と信じている。
同時に、『街の安全』と引き換えにレイを退場させるようなこともしない、と。
理由は公的なものもあれば私的なものもある。
この戦争自体が両国の決着をつけるためのもの。戦いの場に引きずり出すためにそうした手段を取ったとしても、戦わずして勝つことは両国が……世界が許さない。
そして何より、フランクリン自身が戦いなき勝利を自分の勝利と思えない。
この決戦のための準備は重ねた。逆に戦争直前に薬を盛ってレイの準備時間を削る工作もした。
戦いの中で外道な手段もとる。そのためにブレーキになりうる妹も自分から離した。
そして……心を折る準備もできている。
圧倒的優位な盤面を形成し、この世界で築き上げた力で彼と戦い、圧勝する。
そのために、盤面に上がった彼を戦う前に盤面から引きずり下ろすことはしない。
むしろ、それをした時点で自分が負けたのだと自他ともに認めることになる。
お互いが盤上で戦う段階に至ったならば、勝たなければ自身の感情の清算など不可能だ。
尤も、レイが誘いに乗らなければ腹いせに遊戯盤をひっくり返していただろうが。
「……これが最後の戦いね」
彼女は、ふと考える。
レイとの戦いに、そして戦争に負けたらどうなるか。
皇国の支配権は王国に移る。
そうなった場合、王国の前王を殺した実行犯であるフランクリンの立場はどうなるか。
デスペナルティから復帰したときには“監獄”の中だった、という線もあり得る。
これまで“監獄”送りになっていなかったのは、皇国が彼女の国際指名手配に応じていなかったからだ。
指名手配解除を狙った条約はあの講和会議で御破算になった。
さらに追い打ちとしてこの戦争中にギデオンを人質に取ってレイを呼び出しているため、負ければその分も追及されるだろう。
支配権が王国に移れば、皇国も王国の指名手配に準拠する。
ゆえに、ここで負ければ……フランクリンに後はない。
勝ったとしても、大なり小なりペナルティはある。
皇国サイドも、戦後にフランクリンが必要な状況でなければトカゲの尾を切るだろう。
ゆえに、本来ならばフランクリンは『後の事』を考えなければならなかったが……。
「…………」
通常、彼女は臆病な程に次のプランを考える。
それは戦い勝利することに拘るのと同じフランチェスカの性分。
負けて、負け続けて、自分を曲げてきた“最弱最悪”の性分だ。
しかし今、彼女は考えて、考えて……。
「…………フゥ」
不思議と、いつものような次善の策は浮かばなかった。
むしろ、決戦に臨む直前の今になっても敗北後のプランを用意していない時点で、本当に考えつかなかったのだと言える。
「……そうね」
自分の心が、脳髄が、なぜ答えを生まないのか。
その理由が、今の彼女には察しがついた。
「負ける未来を想定して勝てる相手じゃないわ」
相手はどれほどに極小の可能性だろうと掴むために足掻き、幾度も掴んできた怪物。
自分の真逆たる不条理の権化との決着に、後のことを考えて臨めば……再び屈辱に塗れるだろう。
ゆえに後も先も、互いの正体も今は考える必要がない。
前回のように強引に引き分けに持ち込む仕掛け……核を仕込んだモンスターもいない。
目の前の決着で全てを清算する覚悟で挑む他なし。
そうでなければ、あの宿敵は極小の可能性を掴み取ってしまうだろう。
余人は過大評価と嗤うだろうが、この世に自分以上の適正評価を彼に下した人間はいないと彼女は信じている。
「時間ね」
日が沈む。
ギデオンの街壁に無数の灯りが灯り、魔法の照明で<ジャンド草原>を照らし出す。
その光の中には多くの<マスター>がいて、その中心にレイ・スターリングも立っている。
フランクリンはその姿を見て……彼の右手に握られた相棒ネメシスが見慣れぬ形をしていることに気づく。
未知の第五形態。戦争の中で進化を果たしたのだろうと即座に理解した。
あるいは、必殺スキルも会得しているかもしれないと予想する。
「戦争で<超級>を二人退けているのだもの。成長の一つや二つするでしょうね」
初動で奇襲をかけたチームイゴーロナクと教会を襲撃したスプレンディダのことはフランクリンも知っている。それらを退けたことも。
更にはフランクリンも知らない<超級>化を果たしたカタとの戦いも乗り越えていた。
仲間の力と天運があっての九死に一生だが、フランクリンは決してレイを侮らない。
絶望的な格上との戦いを生き残り、その度に何かを身につけて強くなる。
そういう男だと知っているし、信じている。
「まずは……探りと削り」
いつぞやのように衆目に姿を晒して煽ることはしない。
今のフランクリンはレイ達を舐めておらず、そこで無駄に《ライフリンク》を消費するつもりもない。
舌戦を戦争の一幕と考えれば要るかもしれないが、最早この盤面になってしまえばフランクリンにとってこれは戦争ではない。
宿敵と決着をつけるための……私闘の場だ。
そして、宿敵へ言うべき言葉は、既に果たし状に込めてある。
だから、始める前に言うことなどない。
次に言葉を投げかけるのは、相手を絶望の淵に立たせてからだ。
ゆえに、フランクリンは……手始めに手元のリモコンのスイッチを連打した。
それはいつかの夜に連打していたものに酷似した機械。
即ち――無数のモンスターを戦場に投入するギミック。
“最弱最悪”は初手に己の常套戦術を叩きつける。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次の更新も明日です
◯フランクリン
(=ↀωↀ=)<本人は自覚してないけど
(=ↀωↀ=)<最初から全部決まってるノーチャンス盤面は好みというか性分ではない
(=ↀωↀ=)<恐らくは自分の生まれに基づくトラウマに抵触するため
(=ↀωↀ=)<なので多重の策を講じ、極小の勝機だけ与えた超有利盤面で相手を負かし
(=ↀωↀ=)<「ダメだったねぇ!」と嘲笑うスタイル
( ꒪|勅|꒪)<歪んでるナ
(=ↀωↀ=)<ただし
(=ↀωↀ=)<レイ君はその極小を掴み取って勝つスタイルです
(=ↀωↀ=)<そういう意味でも二人は宿敵




