幕間 遺言
□■<王都アルテア>・王城・テレジア自室
【邪神】と【剣王】、そして死神。
三者の戦いの舞台となった部屋は無惨な状態となっている。建て替えなければ住めたものではないだろう。(八割方はヴォイニッチの使った爆弾のせいだが)
だが、その戦場に立つ三人はいずれも傷一つついていない。
死神の即死現象はテレジアに届く域まではまだ蓄積されず、フォルテスラは最終奥義状態のハンニャ分だけ上乗せされたステータスで全て見切ってその刃で弾き返している。
テレジアが自動的に作り出したスラルは死神、そして同質の力を得たネイリングの余波で即死滅。
そしてフォルテスラは幾度も死神に斬撃を当てているが、死神は一時的に輪郭が揺らぐだけで滅ばない。
しかし、そのダメージによってテレジアを殺すための力の蓄積が削れるため、無為ではない。そんな状態だ。
(……とはいえ《超克を果たす者》の効果が切れれば、反撃までは難しくなるか)
防ぐだけなら素のステータスでも可能だろうと考えるフォルテスラだが、そこから相手の身体を刻む行動に繋げるにはシンプルに速度が足りなくなると冷静に判断する。
ゆえに時間との戦いだとフォルテスラは思っていた。
それは、ある意味では正しかった。
そしてそうであるがゆえに……この戦いは唐突に終わりを迎えることとなる。
「……!」
「え?」
二人の眼前で、死神の姿が薄らいでいく。
元より輪郭しか見えぬ朧な存在であったが、それが徐々に薄くなっていく。
『……<親指>』
死神を捉えている二人には、それが知覚できなくなるのではなく……死神という存在が少しずつこの地を……あるいは現世を離れていくのだと感じた。
それこそ、崖に掛けていた指が離れた人が落ちていくように。
そう。<死神の親指>たるゴゥルが仮死状態に陥ったことで、死神をこの地に繋ぎ止めていたアンカーが外れたのだ。
「……時間切れはお前が先だったようだな」
『然り。もはや、我はこの地に在ることを継続できぬ。“謀殺”には申し訳ないが、果たせなかった。そして……彼が望む時に果たす機会はもうないだろう』
声すらも、少しずつ遠くなる。
あるいは、この場にいることすら死神にとっては大きな負担となる行為だったのか。
「…………」
死神がこの場に在り続ければ、テレジアは死んでいた。
誰にも倒すことはできず、いつかはそれによって終わりを迎える。
それが『死』というものなのだから。
死神へのデコイになったヴォイニッチや抗える力を持つフォルテスラがいたからこそ、テレジアは命拾いをしたと言うべきだ。
「…………」
しかし、その命拾いがテレジアにとって良いことかは判断が分かれる。
『それでも、一つだけ言わせてもらってもいいかな』
テレジア自身も抱く迷いを見透かしたように、彼女には少年に視える死神が言葉を発する。
『最新にして、恐らくは最後の邪神である君。君はまだ誰も手にかけていない。けれど、君が君でなくなったとき……また『死』は君の前に立つ。今度は契約ではなく、『死』の役目として。君に僕の手が届かなくなる前に』
「……そうね」
『今ここで送るのが……君にとって最も幸いであったかもしれない』
そうであれば、少なくとも無垢なまま死ねたのだ。
誰を殺すことなく、世界を滅ぼすこともなく、終われたのだ。
『……僕は、決定的なときには届かない』
透明な声で……それでもどこか悔やむように、死神は言う。
『人々があり、僕と対が生まれ、三柱の神が支配し、役割を持つ者達が覆し、彼らが【魔神】を生み出し、更なる異界からの来訪者が管理するようになったこの世界。大きな流れの中では、人ならざる者が動くか、人が人をやめてしまう。それに対して、僕という現象は無力だ』
死神は、同族を手に掛け続けた者を送る。
同胞の血に沈む者達に、『もういいよ』と言って拾いあげて送り出す。
そんな存在なのかもしれない。
だからこそ、その手は……沈み続けて人間をやめてしまった者には届かない。
これまで死神が存在してきた長い永い時間の中で……届かなかった手を、送れなかった者達を想い、死神は彼方を視る。
「……ねえ。【死神】さん」
後悔と共に薄れていく死神を視ながら、テレジアは問う。
『何かな?』
「私に見えている、その姿は……」
『君の前、先代の【邪神】に刻まれた死だろうね』
即ち、【聖剣王】……初代アズライト。
その人物は確かに、【邪神】の記憶を持つテレジアにとっては、最も鮮明な死のイメージだろう。
「けれど……」
しかし、テレジアに視えている死神は……幼い少年の姿なのだ。
【邪神】を討った際の初代アズライトは既に青年であったはずなのに。
『僕が幼い少年に視えるなら、先代の君にとってより重要なのは死因となった時期の彼ではなく、この時期の彼なのだろうね。君にはもう分かっているんだろう?』
「…………ええ」
なぜそうなったのか……【邪神】の心の底に何が刻まれているか、テレジアには分かる。
だからこそ、思う。
歴史を繰り返すことだけはしたくない、と。
『さて……汝も我に聞くことがありそうだな』
テレジアから向き直り、フォルテスラには竜に視えている死神が問いかける。
消えていく死神を前にしても油断せずに剣を構えているフォルテスラだが、その表情には戦意以外のものが混ざり始めていた。
「……お前がこの世のものでないらしいことは理解できた」
『然り。我は現世とは法則を異にするもの』
「そんなお前に……一つ聞きたい」
光の刃を向けたまま、フォルテスラは問う。
「死んだ人間が……蘇ることはあるか?」
『マスター……』
フォルテスラの言葉に、ネイリングが痛ましげに彼を呼ぶ。
彼の質問はアンデッド化などではなく、生前のままに……という意味だ。
フォルテスラは既にスカウト先からその可能性が高い手段を一つ聞いている。
陣営内にいる一時的な死者蘇生能力を持つ<超級エンブリオ>……ペルセポネが<無限エンブリオ>に至れば完全な死者蘇生が可能となるのではないか、という推測だ。
親世代の情報が残留した一部のメイデンやアポストルとその<マスター>は知っている。
最終的に、『一〇〇体の<超級エンブリオ>から一体の<無限エンブリオ>を選ぶ』フェーズが訪れる、と。
だからこそ、ある者は<超級>や<超級>になりうるものに白紙の契約を撒き、またある陣営は徒党を組んで特定の<超級>を<無限>へと押し上げる算段をしている。
フォルテスラの陣営は後者。【冥王】のペルセポネを<無限>にするために組んでいる。
フォルテスラは亡き妻を甦らせるために。
陣営の主は新たな<無限エンブリオ>という敵対勢力と同等の戦力を自陣営に加えるため……そして死者蘇生そのものを餌に『死したティアンに執着を持つ<マスター>達』を集めるため。
いずれにしろ、それが今のフォルテスラの視る……なくしたものを取り戻すための道だ。
その道を歩くと決めた彼。
だが、本当にそれが可能なのかを……この世ならざるものにいま尋ねた。
仮に『ない』と言われたところで、蘇生特化の<無限エンブリオ>というこの世界に未だない手段ならば可能かもしれないと突き進むだろう。
その問いかけに対し、死神は……。
『ある』
その在り方ゆえに、偽りなく答える。
「ッ!? 言え! どうすればそれは叶う!」
『手段はある。されど……薦めない。安寧を妨げるべきではない』
その言葉に、フォルテスラは目を見開き、ネイリングの柄を血が出るほどに握りしめる。
死神の話は道理だ。死者の眠りを妨げてはいけない。
正しいのはあちらだろうと、脳の冷静な部分では分かっている。
しかし、分かっていても……分かる訳にはいかないこともある。
『……最後に一つ、忠告を遺そう。汝が誰の手を取るかは分からないが』
質問への回答ではなく、死神自身よりフォルテスラに向ける言葉。
しかし、それは……。
『――天国を騙る地獄にだけは踊らされるな』
――今のフォルテスラには理解できぬ言葉だった。
『奴に関われば、汝も、汝の望む者も、必ず不幸になる。……ああ、限界だな』
「おい! 話はまだ……!」
『さらばだ。汝らが、二度と我と見えぬことを祈る』
そうして、初めから何もいなかったかのように……死神の輪郭は消失した。
◆◆◆
■???
『ククク、ククク』
『あいつは、相変わらずだ。不器用な奴だ』
『それにしても、あの忠告はなかろうさ。求める者が可哀想だろうに』
『我への評価もひどいものだ。最も古い付き合いだというのに』
『いや、我等は顔を合わせられぬゆえ、付き合いはないな。お互いを知るだけか』
『しかしなぁ、死神よ。安寧への渡し守よ』
『現世は我の領域だ』
『ようやく駒を揃えて遊ぼうというのだ』
『あまり横から口出しをしてくれるなよ?』
To be continued
〇天国を騙る地獄
(=ↀωↀ=)<隠しボス
(=ↀωↀ=)<でも既出キャラ




