第一五〇話 ダムダム・ダン
□ダムダム・ダンについて
ダムダム・ダン。
彼はどこにでもいるマスターだ。
善良と言える<マスター>ではなく、むしろ素行は悪い方だろう。
遊戯派であり、指名手配されない程度のグレーなプレイヤーでもあった。
しかし大きな失敗で率いたPKクラン<ソル・クライシス>が崩壊した後は友人であるブルースクリーンと新たなクラン<ライジング・サン>を立ち上げた。
その後も紆余曲折を経た結果、<ライジング・サン>はいつの間にか王国では数少ない機械技術系クランとしてそれなりに儲かる立場になっていた。
<Infinite Dendrogram>の中だというのに仕事のようなクエストに奔走する日々。
とはいえ、仕事の中心はブルースクリーンであり、オーナーであるダムダムはどちらかと言えば雑用だ。
そのことに不満はなく、相棒と共に忙しくも楽しい日々を過ごしていた。
そんな彼らのクランは裕福ではあってもランキングとは無縁であるため、戦争に関わることはなかった。
戦争に突入してからは仕事場の<遺跡>から退避させられていたものの、むしろ巻き込まれなくて良かったとさえ思っていた。
かつてビースリーによって壊滅した彼らだからこそ、彼女を凌駕する怪物達が跋扈する戦争に参加してどうにかできる気がしなかったのだ。
ただ、不安もあった。
ブルースクリーンは皇国で指名手配されている。皇国が勝てばこの地を出ていく必要があるだろう。
そもそも、王国と皇国の併合ともなればどちらが勝とうと優れた機械技術者が<遺跡>に集まる。そうなったときに自分達の仕事はあるのだろうかと将来の不安についても考えてしまう。
しかし未来の不安ばかり考えていても気が滅入る。
そのため、戦争中の加速時間を利用し、これまで貯めた資金で王都の魔王商店での高い買い物や有名レストランでの食事を楽しんでいた。
あるいはそれは、夜逃げの準備だったかもしれない。
そんなこんなで戦争は三日目に至り、彼らの仕事場である<遺跡>から部下のティアン技術者達も無事逃げ果せてきた。
今後どうなるかは別として、人的損失はなく、施設の損害もまだ何とかなりそうな範囲で収まっていたのは幸運だっただろう。
どちらに転ぶかもわからない最後の決戦を待つばかり……と思ったらブルースクリーンが召集されたのである。
事情を聞けば納得する部分もあったが、この大一番で駆り出されることになったブルースクリーンは驚愕していた。
そうしてブルースクリーンはあれよあれよという間にギデオン行きとなり、その見送りに出向いたダムダムはヴォイニッチの一件に居合わせることとなった。
(……どうすっかなー)
彼にとって、ヴォイニッチの暗躍は他人事だ。
自分にも天使が憑いている可能性はあるが、ここでデスペナになったところでそれほど困る立場でもない。
どうやら有効距離があるらしいので、ギデオンで働くことになった相棒は大丈夫だろうとも踏んでいる。
一応追跡のマーキングは行い、その動向を他の<マスター>に教えはしたが、それで仕事は終わったと考えていた。
あとは何がどうなるにせよ、結果が出るのを待つだけだと。
「…………」
それでも、少しだけ思うところもある。
彼の相棒が今、戦争最後の大舞台で戦っているということだ。
その抜擢は羨ましいとは思わず、むしろ巻き込まれた相棒を気の毒に思っている。
しかし、だからこそダムダムは考える。
相棒が渦中にある中、自分だけこれで仕事終わりを迎えていいものか、と。
とはいえ、自分にできることなどもう何もなかろうという思いも強く……。
「――すみません。少々お尋ねしてもよろしいですか?」
悩む彼がある人物に声を掛けられたのは、そんなときだった。
◇◆◇
□■<王都アルテア>・王城内部・通路
王城の人気のない通路で、二人の男の影が重なっている。
大鎌を振り上げた体勢のヴォイニッチと、そんな彼を羽交い絞めしているダムダムだ。
「名乗るほどの者じゃない……ね。そんな君がどうしてここにいて、私の邪魔をしているのかな?」
「…………」
本来、彼自身が追う必要はなかったかもしれない。
相手は圧倒的に格上……<超級>であり、ダムダムはランカーですらない。
その戦いに干渉するなど、場違いにも程がある。
まして、緊急事態とはいえ王城の奥深く……王族の住まうエリアに足を踏み入れるなどそれだけで問題になってもおかしくはない。普段の彼ならば避けるリスクだ。
そんな彼がここまで来たのは一つの成り行きがあったが、それだけではない。
「そりゃー……決まってるわ」
彼がここまで来た最大の理由。それは……。
「相方が向こうで気張ろうってのに……俺だけジッとしてなんていられねーのよ!」
別の場所で、相棒も大舞台に立っている。それこそが彼の今の行動の源。
遠き地で決戦に臨む相棒を他所に、独りだけ渦中から逃れて安穏とはしていられない。
ギデオンでの決戦とは違い、王都でなら彼にもできることがあるのだから。
「……そうかい。しかし頑張るのはいいにしても、流石に身の程を知らな過ぎるのでは?」
<超級>と単独で対峙するなど、ただの<マスター>にとっては自殺行為だ。
発せられる威圧……この世界での成長が生み出した生物としての格の違いは、否応なくその身を竦ませる。
「へ、へへ。そーでもねーさ……。あんたについて、一個分かったからよ」
だが、ダムダムは怯えながらも言葉で抗う。
「あんた、ダメージや不利益を転嫁できるって言ってたけどよ……不利益に関しちゃ飛ばせないもんもあるんじゃねーか?」
「例えば?」
「い、今さ……!」
聞く者の背筋を震わせるようなヴォイニッチの問いかけに、ダムダムは震え……しかし答える。
「こうして羽交い絞めにしてても、あんた、教会のときみたいにすりぬけてねーもんな!?」
「…………ふむ」
ダムダムは遠目にヴォイニッチが人型天使へ必殺スキルを行使……誰かを殺そうとしているのを見て、メリーの必殺スキルで背後へと飛んだ。
本来であればダメージ倍率を上げた一撃を見舞うスキルだが、それをすればどこかの誰かにダメージが飛んでいくことは教会の件でダムダムにも分かっていた。
だからこそ彼は攻撃ではなく、咄嗟の思い付きで羽交い絞めにして行動を邪魔した。
邪魔できた。
教会で無数の拘束スキルをすり抜けたヴォイニッチを、こんなにもあっさりと。
「ああ、そーか! 拘束魔法やスキルじゃない肉体使った拘束ならいけんのか! ダメージ伴わない肉体接触まで転嫁したんじゃ、ナニもできねーもんな!?」
「…………」
ヴォイニッチは手の内を晒し、手札を見せることはよくする。
だがそれは『晒す必要がある』、『晒しても構わない』、『晒した方が有利に立てる』手札だ。
『必殺がストック制』であることや、この『スキルやダメージ、状態異常を伴わない直接拘束は転嫁できない』など、言う必要がなく言ってもプラスにならないことは晒さない。
その隠していた項目を看破されたことに、ヴォイニッチは目を細める。
不機嫌すぎて……思わず鼻歌が喉から零れそうになった。
「なるほど。良い観察力ですね」
ただ、その内心の不満を顔と声には出さず、ヴォイニッチはそう述べる。
両手が自由ならば手を叩いてみせたかもしれないが、その両手は拘束されている。
「しかし、このような形で拘束するとき、頼れるのはステータスだけでしょう?」
「あ……?」
「相手の背後に転移するスキル。本来は奇襲用ですね? 恐らくはそれを活かすためにサブはSTRに寄った構成でしょう。【破壊者】なども取っているのでは?」
「……!」
自分の手の内を明かされたことをやり返すように、数少ない情報からダムダムのビルドを読み解いていく。
「加えて、金回りがいいようですね。装備によるステータスの補正も上等なようです」
「!?」
「おや、驚くことですか? その指に嵌まった【ゴッドフォース】に気づかないとでも? 超級職でもないのに私を拘束できているのはそれのお陰ですね」
自分を拘束するダムダムの指に目をやりながら、ヴォイニッチは答える。
最近魔王商店で購入したばかりの超高級レアアイテムであり、メリーで飛ぶ直前に使っていたものだ。
STRに一万のブーストを掛けたことで、上級職止まりのダムダムがヴォイニッチを羽交い絞めできた。
だが……。
「ですが、そこまでできることを突き詰めても……<超級>には届かない」
――軋むような音がする。
「ッ!?」
ミシリと骨が軋み、ブチリと筋繊維が切れる。
ヴォイニッチが力を籠めることで、徐々にダムダムによる拘束が解けていく。
超級職だけでも一〇〇〇オーバーという膨大なレベルが齎すステータスの暴力。
ダムダムがビルドと工夫を凝らしても、特化している訳でもないヴォイニッチのステータスに及ばない。
数値という現実が、両者の前にはある。
あと数秒でSTR強化装備の効果が切れる。そうなれば、腕そのものが引きちぎられても不思議はない。
「……へ、へへ……」
間近に迫ったその瞬間に、ダムダムは引きつった笑いを零す。
「どうします? 強化が切れる前に私を倒せるか試してみますか?」
「……いいや、オレじゃー、アンタを殺せない……分かってんだよ」
「誰であっても無理ですよ。むしろ数十秒も時間を取らされたことを君は誇ってもいい」
ヴォイニッチは本心からそう述べる。
この後、拘束を解いた瞬間に殺す相手への手向けの言葉だ。
「そーかい。なら……試してもらうさ」
「?」
そして、強化の効果時間が切れる瞬間……。
「――PKの専門家にな」
――聞こえたのは、刀の鯉口を切る微かな音。
直後、ダムダムは自らヴォイニッチから離れる。
しかし拘束から逃れたヴォイニッチがアクションを起こすより早く、
――彼の眼前にあった人型天使の首が落ちる。
「ッ!」
致命ダメージを受けて人型天使は消えるが、そのダメージは繋がっていた夢路には伝播しない。
《堕辿死》のダメージ伝播は、あくまでもアザゼル本体の大鎌による攻撃に限定されるからだ。
他者に先んじて天使を殺されてしまえば、必殺スキルは不発となる。
それもまた、他人に知らせていないヴォイニッチの能力の制限。
(いや、それはいい……! 重要なのは、誰が……)
ヴォイニッチが下手人の姿を探したとき、――首を何かが通り抜ける。
「!?」
無論、それはダメージ。ダムダムの拘束と違い、《飼の宣告》でどこかに飛ぶ。
だが、ヴォイニッチのステータスをして視認すらできぬ何かが一度彼を殺した。
それは死神のように見えぬ在り方のではなく……捉えられぬ速さによるもの。
そんなことができる存在を、彼は……王国は知っている。
「……なぜ、君がここに?」
ヴォイニッチはその手で自らの首を押さえ、あらぬ方向を見た。
それは、寸前まで誰もいなかった場所。
尻餅をつくダムダムと、ヴォイニッチを挟んだ反対側。
そこに……。
「――斬ったのに落ちてない。聞いていた通りですね」
――納刀の体勢をとる人型の断頭台が立っていた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<首切り対決はじまるよー




