第一四八話 不条理摂理加虐可逆
(=ↀωↀ=)<熱は下がったけど喉がめっちゃ痛い
(=ↀωↀ=)<それでも何とか書けたので投稿
(=ↀωↀ=)<あ、前の話と今回の間にAEにもSSを一つ投稿してるので
(=ↀωↀ=)<まだの方はそちらからお願いします
□■<王都アルテア>・王城・通路
(あれは、イリョウ夢路?)
ゴゥルを殺しに向かうヴォイニッチは、《視天使》を介して戦場の様子を窺う。
彼は、ゴゥルと王国の戦いの場に乱入した男をよく知っていた。
イリョウ夢路。最強クラン<カルディナ>に属する<超級>の一角であり、同時に<セフィロト>屈指の良識人だ。
(……そういうことですか)
彼の姿を見て、ヴォイニッチはまたも議長の言葉を思い出す。
――そちらに残っている戦力は今回の目的を考えると使えないわ。
その残っている戦力こそが、夢路だ。
(まぁ、それは……使えませんよね)
カルディナの<超級>と一括りにしても、個々の運用は大きく異なる。
ヴォイニッチは裏仕事専門。スパイも含め、議長達の本来の目的のためにのみ動く。
親友のファトゥムやザカライアは表向きのクエストも受けるが、裏では王国各地やウィンターオーブでの<UBM>解放のようなテロ行為も担っている。
他にも自身の欲求に沿うならクエスト内容に頓着しない者や、騙されやすく流されやすい者など、<超級>の運用は様々だ。
その中で、イリョウ夢路という男は議長にとっては扱いづらい駒である。
孤児への支援など慈善活動家としても知られるマニゴルド、モンスター討伐で知られたアルベルトと同様に、修復蘇生手術の普及など医療面での貢献が大きい夢路は<セフィロト>……引いてはカルディナの<マスター>の陽のイメージを担っている一人。
しかし人道に反したクエストは受けず、患者の治療を優先し、そして騙されるほど単純でもない。
だからこそ、『ギデオンの“トーナメント”に参加する猛者達のスカウト』という犯罪にならないクエストで王国に派遣され、そのまま宙ぶらりんになっていた。
(彼の性格と戦闘スタイルを考えると……裁定がどうなりますかね)
ヴォイニッチは、既に夢路とゴゥルの戦闘がどうなるかなど考えていない。
どうなるかはもう分かっている。
だからこそ、戦闘の結果があのジャンル違いにどう裁定されるかを注視していた。
◇◆◇
□■<王都アルテア>・王城・内部
『【神刀医】、イリョウ夢路だと……!?』
彼の名乗りを聞いた王国の者達は驚愕した。
それはカルディナの<超級>集団、<セフィロト>のメンバーの名だったからだ。
ここにいるはずのないカルディナの<超級>。
そして、ヴォイニッチをスパイとして送り込んできたのもカルディナである。
「まさか、ヴォイニッチの仲間!?」
ゆえに、王国の<マスター>からそんな声が上がるのは自然の成り行きであったが……。
「ヴォイニッチ……? 本? いえ、『仲間』……ということは人名ですか?」
夢路本人は何を言われたか分からない様子でそう答えた。
その声に嘘や誤魔化しの気配はなく、当然のように《真偽判定》も無反応である。
実際、彼はスパイや陰謀とは無縁の男だ。
ヴォイニッチが<メジャー・アルカナ>の真のオーナーであることも、スパイとして王国に潜り込んでいたことも、何も知らない。
彼は“トーナメント”に合わせた王国でのスカウトが一通り済んだ後は、『いい機会だから』と一人で王国を見て回っていただけだからだ。
この時期、通りすがりの名医が王国各地で目撃されている。
『…………』
彼を見ていてライザーが思い出したのは、今は王国の所属となっているアルベルトだ。
彼もなぜかいるはずのない“トーナメント”の最終日に突然現れたので、夢路もその類だろうかとライザーは思わないでもなかったのだ。
これが管理 AIや水晶陣営といったある程度俯瞰して見れる他陣営からすると、『あそこの<超級>、度々サプライズみたいに紛れ込んでくるな……』という所感を持つ。
レイ・スターリングがログインして以降の期間だけで見ても、ギデオンにいたファトゥムや<アニバーサリー>参加のカルルなど、各地で『お前こんなところにいるのか』案件が起きている。
<セフィロト>とはそういう連中だ。
「よく分かりませんが……手術を優先したいので後でも構いませんか? 何かの調査や取り調べなら術後に改めてお受けいたしますので」
夢路は物腰柔らかくもどこかマイペースに自分の要望を口にした。
『あ、ああ。……手術?』
その雰囲気に押されてライザーが頷くが、すぐに疑問を抱く。
いったい誰の何を手術するというのか。
彼の傍にいた患者は修復して【司教】達に預けている。
そして今、夢路が向かい合っているのはゴゥルだ。
まさか自分で切った手足を繋ぐのだろうか。
それとも戦闘行為を『手術』と呼称しているのだろうか。
いまだこの<超級>の人柄を知らぬライザーには、夢路の発言の意図が判然としない。
だが、善なる言動と共に<超級>達が持つ底知れなさは伝わってくる。
「うぅ……!」
そして、この場で底知れない未知に最も恐怖を感じているのがゴゥルだ。
<親指>の、そしてこれまで相対した何よりも硬かった自分の手足をあっさりと切り落とし、さらに彼女の傍で死んだ者も生き返らせている。
ゴゥルのアイデンティティと悟りの両方を否定する存在。
それが彼女にとってのイリョウ夢路だ。
分からない。理解不能。
王国にとっても、ゴゥルにとっても、イリョウ夢路はそうした存在。
そして、夢路もまた同じ。
「あなたが誰で何をしているのかも分かりませんが、ソレは見過ごせない。少々強引ですが、緊急手術を始めます」
夢路にはこの王都に渦巻く陰謀や策謀など視えていない。理解の外だ。
彼に視えているのは目の前の患者だけであり、分かっているのは病状だけだ。
それで十分だと彼は考える。
少し前に、何処かで誰かが『普通の<超級>』について話した。
だが、そろそろ世界は理解してもいい。
――普通の<超級>など一人もいない。
――逸脱したからこその<超級>なのだ、と。
イリョウ夢路も、その一人。
「「…………」」
夢路とゴゥルが向かい合う。
それだけで、もはや余人が介入できぬプレッシャーが生じる。
<超級>の夢路とティアン超級職の中でも上澄みであるゴゥルの激突。
ゴゥルへの有効打を持たぬ今の王国勢は、その戦いを見守っている。
一体どのような超越的な戦いが繰り広げられるのか、と。
だが……戦いの展開は彼等の予想とはまるで異なった。
「……?」
「っ……!」
夢路が一歩一歩ゴゥルに近づけば、逆にゴゥルは退く。
片手片足の状態で城の床を這って、逃げている。
先刻のように踏み潰すことも叩き潰すことも試みない。
それをすれば、また手足が切られると彼女も既に理解している。
ゆえに今は、這って後退りながら巨人の尺度で夢路と距離を取る。
歩いて近づく夢路と這いずり逃げるゴゥル。
その光景の異様さに、周囲の者達も疑問を抱く。
「逃げようとしてるけど、あの手足じゃ逃げられない……よな?」
加えて、低速とはいえ動くことで《不動》の効果も減じている。
既に二度切り落とされている以上、夢路に対して防御力が有効ではないことが明らかとはいえ、これは愚策に思えた。
『っ!』
「そうか……!」
しかし、ライザーとテオドールはゴゥルの意図に気づく。
「……仕方ありません」
徒歩では歩幅の差で追いつけないため、夢路はゴゥルへと走り出す。
「!」
ゴゥルが待っていたのは、その行動。
逃げるゴゥルに対して夢路が行うだろう……急ぐという行為そのもの。
そして、走ってゴゥルへと近づく夢路に対し、
『近づくなッ! 特典武具が来る!』
ゴゥルの特典武具――速度反応迎撃武装【フォールガイズ】が一斉に襲い掛かる。
先刻まで、ゴゥルは夢路にこの特典武具を使用できなかった。
【フォールガイズ】は一定以上の速度でゴゥルに近づく攻撃を阻み、近づく者を迎撃する特典武具。
しかしその効果ゆえにカウンター専門。足を切断されたときも、手を切断されたときも、仕掛けたのはゴゥル側だったために、【フォールガイズ】は無反応。
しかし今、後退るゴゥルに追いつくために走ったことで、夢路は迎撃対象となる速度に到達してしまった。
「…………」
使用者と同じ強度……神話級金属武器の数倍の強度を誇る四本の独鈷杵。
その全てが異なる角度から夢路を貫くべく迫る。
飛翔速度はゴゥル本人のスピードとは比較にならない。
直撃すれば、夢路の身体は一瞬で撃ち貫かれる。
それでも夢路は回避すべく動こうとして……。
「?」
その足が、動かない。
床に貼りついたように……否、実際に貼りついている。
見れば、床には何らかの液体が薄く塗布されており、それによって夢路は足の動きを止められていた。
それもまた、ゴゥルの布石。
後退る際、自分の巨体を陰にして薬品を取り出し、床に撒いていた。
薬品は、暗殺教団の下部組織が作成した足止めのための消費アイテムである。
(これで……とまる)
それは、ゴゥルの策。
かつて同じく<親指>であったアロより教授された道具と罠の使い方。
相手の動きを誘うことで特典武具を発動させる手法。
ゴゥルの動きが遅くとも、相手を止めることで対応可能とする罠。
そのどちらも、彼女の身体だけでは危うい相手を倒すためのもの。
(はやく、とまって)
ゴゥルは、これまで他者を態々殺そうと思って殺したことはない。
だが、自分の肉体を断ち切れる夢路に対しては違う。明確な脅威だ。
その脅威に対し、かつて教わったことを自らの記憶から引き出し、もしもの備えに持たされている道具も使って殺しに掛かった。
「…………」
その殺意。四方から迫る独鈷杵と動かぬ足。
体を捻ったところで回避できるものではなく、間もなく彼は木っ端微塵になる。
詰みの状況、夢路はどのように対処するのか。
<超級>とティアン超級職の戦いを見守っていた者達の前で彼は……。
――独鈷杵の殺到を受け、バラバラになって空中に四散した。
「「『?』」」
それは、あまりにもあっさりとした決着だった。
<超級>である夢路がゴゥルの策に嵌まり、こうしてバラバラになった。
見る者達は「<超級>が……」と思いもするが、同時に納得もした。
<超級>とはいえ夢路は医者、非戦闘職なのだ。
ならば、暗殺組織の幹部相手に後れを取っても仕方がない、と。
彼の敗北を示すように、彼の頭が、手足が、胴が、より細かく分かたれた身体が空間に飛び散る。
凄惨にして悲惨な光景。
どれほどの勢いで飛んだのか、手首から先がボトリとゴゥルの背に落ちる。
「……?」
だが、その凄惨さには……何かが足りていないとテオドールは感じた。
しかし、それが何か分からない。
「『!』」
逆にライザー、そして《視天使》を介して見ていたヴォイニッチは気づく。
テオドールには分からなかった足りないもの……ではなく破壊の痕跡そのものについて。
独鈷杵に貫かれて夢路は死んだはずだ。
しかし、四本の独鈷杵によって貫かれたのならば――ああも綺麗な切断面にはならない。
独鈷杵ならば穿たれた傷によって死するはずだが、四散した肉体はそうではない。
まるで、極めて鋭利な刃物で肉体をバラバラに解体したかのようなカタチだ。
「…………あ」
そして、降り注ぐ夢路の肉体を見ていたテオドールは遅れて理解する。
これは四散してばら撒かれているが、飛び散っていない。
正確には、飛び散るべきものが出ていない。
バラバラになった肉片は一つとして……血の一滴も零してはいない。
◇◆
この戦闘において、夢路が用いたスキルは四つ。
ジョブスキルが三つ、<エンブリオ>のスキルが一つだ。
一つ目は【神刀医】の奥義である《サージェリー》。
既に見せた【金剛力士】にさえも有効であると見せた、肉体への強度無視能力。
【神刀医】は握る医療器具に、一時的にその機能を付与させることができる。
二つ目、医師系統上級職【執刀医】のスキル、《高速手術》。
【神刀医】はスキルレベルEXにより、手術中のAGIに五〇〇%のバフが掛かる。
医師系統執刀医派生はSPとAGIとDEXが伸びやすく、加速バフによって手術行為中は超音速機動を可能とする。
三つ目、医師系統汎用スキル、《止血》。
自分が触れた任意対象の出血量を一定時間減らし、【出血】状態異常による継続ダメージを抑えるスキル。
スキルレベルEXの場合は血液の体外流出を〇%にできる。
継続ダメージも消失し……失血死が死因となる場合は死ななくなる。
そして、四つ目は<超級エンブリオ>が用いる常時発動型必殺スキル。
その銘は――《不条理摂理加虐可逆》。
◇◆
四散していた夢路の肉体が消えた。
落下中の生首が消えた。
床に貼りついた足が、地に落ちた胴が、消えた。
他の数多の夢路の肉片も、消えた。
消えて、消えて、消えて。
「――少々手荒な麻酔ですが、眠っていてください」
――元通りの夢路がゴゥルの背中の上にいた。
「……!? 《阿……!」
ゴゥルは何が起きたか理解できぬままに、それでも咄嗟に奥義を発動しようとして……。
――それよりも早く、《サージェリー》を帯びたメスが彼女の首を切り落とした。
To be continued
(=ↀωↀ=)<何やったかの詳細は次回




