第一四六話 凌駕
(=ↀωↀ=)<ちょこちょこ加筆しました(22:41)
□■<王都アルテア>・王城・テレジア自室
【死神】……いや、死神自身による自らについての説明。
それを聞いて、テレジアは何事かを考え、ヴォイニッチは……頭を抱える。
(この死神にできることと、そもそも何ぞやって説明を中々丁寧にしていただきましたけど、私にとって重要なのはそこじゃないんですよ)
「殿下。さっき何万年も前って話でしたが、そのときの【邪神】は死んでいますか?」
「ええ」
つまり、死神はジャンル違いだが異物ではない。
恐らくはこの世界に今のルールが敷かれる遥か前から存在する先住概念。
それを異物扱いはできなかったのだろう。
(……地球ではわりとこの手のオカルト系ジャンル違いもありますけど、こっちで遭遇するとは)
ファンタジーRPGや能力バトル物からホラーの領域への突入だ。
爆弾で無傷なあたり、世界のルールが違いすぎる。
いま死神がテレジアを殺せていないのは、ヴォイニッチが死ぬことで死神の力を削がれてテレジアを殺すに足る域にまで溜まっていないからだ。
溜まれば、数万年前の【邪神】のようにテレジアは死ぬ。
(私やスラルを優先して殺している理由は分かりませんがね……)
あるいは【死神】の力は使っていなくとも、『死に瀕した者を死なせる』超級職に何万年と就いていた影響かもしれない。
仮初の命という死神にとって最も死に近い者達を、本能的に送っているのか。
人格らしきものはあれど現象の如き性質も強く、行動がどこか自動的だ。
(呪いのビデオ見られたら一週間で化けて出なきゃならないオバケみたいですね……っと!?)
話が終わったからか、また死神がヴォイニッチを殺し始め、残機が減る。
見えない死神から駆け回って逃げながら、ヴォイニッチは思考する。
(で、このオバケの対処法は依代の<親指>……【金剛力士】の殺害。……おや?)
そのとき、各所に飛ばしていた《視天使》の情報から、ヴォイニッチはとある大きな変化に気づく。
(空間のシャッフルが解除されましたね。死にましたか、【狂王】ハンニャ)
誰に殺されたのか、その瞬間を《視天使》も見ていないが……これは僥倖。
(シャッフルされていなければあとは城内で聞こえてくる戦闘音を頼りに……見つけた)
《視天使》達が見つけたのは破壊された城内、かすり傷だけ負った状態で座り込む巨人、そして巨人を前に満身創痍で膝をつく<マスター>と騎士達。
巨人……ゴゥルと交戦していたらしいが、有効打を与えられなかったようだ。
(……いえ、それだけだと王国側があんなにダメージを負っている理由が分かりませんね。何か耐久以外にも能力があったのでしょうか?)
疑問を抱きながら《視天使》越しに見ていたヴォイニッチの前で、動きがあった。
いまだ動く力を残していた剣士系の<マスター>が、手にしたアームズと思しき<エンブリオ>でゴゥルに斬りかかる。
座り込んだゴゥルは何の反応も示さない。
だが、斬りかかった<マスター>は――直後に飛来した独鈷杵に貫かれて消滅した。
視れば、ゴゥルの周囲には同型の独鈷杵が他にも三本……計四本浮遊している。
《視天使》を介して視ているヴォイニッチにも、それがただの武器でないことは分かった。
(自動迎撃の特典武具? 天地の決闘ランカーが持つ【ダンカジン】と似た代物ですかね)
ゴゥルは死神顕現のために城内に居座り、排するために彼女へ近づこうとした者は特典武具に迎撃される。
そして、特典武具を潜り抜けたところで【金剛力士】に攻撃が通じるかという問題もある。
ライザー達が攻めあぐねているのも納得だ。
(とはいえ、私には関係ありませんね。死神は極めて厄介でしたが、これで終わりです)
《視天使》に随伴していた蟲型天使をゴゥルへと送り込む。
最初に近づいた天使は先刻の<マスター>のように迎撃されて散った。
そのため、今度は試しにゆっくりと天使を近づかせる。
すると迎撃は起こらず、ゴゥルへと到達した。
(一定以上の速度に反応、と。シンプルな縛りですが、本体が耐久特化なのも含めて効果的ではあるんでしょうね。私には無意味ですが)
天使を憑かせたならば、もうそれで終わりだ。
“事故死”はこれから“突然死”する。
(あんな見た目ですが、種族は「人間」でしょう。ストック消費、『人型』天使生成、伝達リンク接続)
ヴォイニッチは必殺スキルの準備に入る。
今も死神の蓄積は進んでいる。早く終わらせなければ間に合わない。
「よし」
ヴォイニッチの掌の上に人型天使が出現する。
この人型天使はパレードのときのように、ゴゥルに憑いた天使と連動している。
あとは……終わらせるだけだ。
「《堕辿死》・《ハーヴェスター》」
そしてヴォイニッチは必殺スキルを発動し、【鎌王】の奥義を人型天使に叩き込――、
「……ッ!」
――む寸前でその手を止める。
(…………殺す?)
ヴォイニッチは今自分が実行しようとしたことに、嫌な予感を覚えた。
何かを失念しているような、嫌な気配。
そして少し考えて、……答えはすぐに思いだされた。
(<マスター>が、ティアンを、……契約を交わした戦争中に王都で?)
それは奇しくも、ゴゥルの襲来前にテオドールが言っていたことだ。
――スパイだったとはいえ、【鎌王】も戦争のために契約した<マスター>の一人。
――戦場以外で理由なく我々ティアンを殺せばペナルティを受ける。
「ッ!」
その落とし穴に気づき、ヴォイニッチの顔面から血の気が引く。
ヴォイニッチはゴゥルに手を出せない。手を出すわけにはいかない。
それをすれば、ヴォイニッチが死ぬ。
(いや、【金剛力士】は重犯罪者。契約上は殺傷してもセーフ……本当に? あれは、指名手配されていない。顔も名前も知られていない。あの姿、世間に露呈するようなことは今回が初めて。それでも今回既に兵士を殺しているし王城への侵入も……そこに殺意がなければ? 過失の場合は? だとしても……)
ヴォイニッチは、思い、悩む。
本当に殺しても大丈夫なのか、を。
(……そもそも【契約書】は管理AIの管轄。連中からしてみれば、【邪神】を生かして<終焉>に至らせようという我々の陣営の動きは邪魔なもの。曖昧な部分で、我々に不利な裁定を下す可能性は十分にある。そしてペナルティは……私にも有効でしょうね)
単純なデバフの類なら押し付けられるとしても、契約違反でアバターの強制停止・強制ログアウトでもされようものなら《飼の宣告》を貫通する可能性は十分ある。
(しくじりましたね……。順番を間違えた)
死神は問題ない。
ティアンかどうかも怪しく、何より先にヴォイニッチを殺している。正当防衛だ。
だが、ゴゥルは違う。
ヴォイニッチは彼女に何もされていない。遭遇すらしていない。
先に、遭遇しておくべきだった。
(けれど、攻撃というならライザー君達も【金剛力士】への先制攻撃を既に……ああ)
前例を考えようとして、またも気づく。
ライザー達の攻撃は、はたしてゴゥルにとって『攻撃』であったのか否か。
その答えは、彼らの全力攻撃に晒され続けてもかすり傷止まりのゴゥルの肉体が答えだ。
ゴゥルを基準にすれば、あれは契約が発動するほどの危害行為ではなかった。
それこそ、異物が効かない【邪神】を巻き込んで爆弾を使ったときと同じことだ。
(マズイ)
ゴゥルを殺さなければ、死神は退散させられない。
だが、ここにいるヴォイニッチはゴゥルを殺せない。
殺せばヴォイニッチは退場であり、テレジアを連れ出すという目的は達成できない。
しかし、【邪神】が死ねば御破算ならば、自分が死んででも殺すべきなのか。
「……ッ」
最悪のアドリブを要求され、ヴォイニッチは冷や汗をかく。
あるいはどこかでズレた結果、言うまでもなく回るはずだった歯車が噛み合わなくなったのか。ゴゥルと遭遇してあの独鈷杵に本体が迎撃でもされていれば、問題なく首は刎ねられていただろうから。
(私が生きたまま死神を退散させるには、今から【金剛力士】のところに向かって正当防衛成立させて殺す? いや、そんな時間は……ない)
どちらにせよ、ヴォイニッチは選択を強いられる。
もういつテレジアが殺されるか分からないのだ。
ならばここで、自分を犠牲にしてでも死神を退散させるべきか。
(だからザカリーの分身でもいれば話が簡単だったのに……)
そう思いつつ、再び大鎌を振りかぶったとき……。
「――ここか」
――不意に、この場にいなかった者の声が室内に響いた。
爆弾で吹き飛んでいた扉から入ってきたのは、光の剣を握る男だった。
男は陰鬱な顔で、剣呑な雰囲気で、まるで空間に陥穽でも生じているかのような気配。
テレジアから視れば、空間から輪郭が浮いているような死神とは対極だ。
そしてヴォイニッチからすれば、その人物には見覚えがあった。
「…………【剣王】フォルテスラ?」
それはかつてのクラン二位にして、決闘三位。
【超闘士】フィガロの好敵手。
そして、【グローリア】事件で<Infinite Dendrogram>を去ったはずの男。
――“凌駕剣”フォルテスラ。
「…………」
なぜ、この場にこの男がいるのか。
その疑問を置き去りに、フォルテスラは室内を見回し……やがてテレジアに尋ねる。
「第三王女。単刀直入に聞く」
テレジアに問いかける彼の両目は、
「お前の命を狙っているのは妙な格好の男と不愉快な輪郭、どっちだ?」
ハッキリと……死神のいる場所を捉えていた。
「……命を狙っているのは輪郭の方ね」
「了解した」
そしてフォルテスラは、光の剣を死神に向ける。
『汝は、仮初の命でありながら、我が見えるのか?』
死神は、フォルテスラに問いかける。
しかし彼に届くその声はテレジアの聞いたものと同じだが……口調は別人のように違う。
実際、死神の言葉を訳するためにテレジアに作られたスラルは『君は、仮初の命なのに、僕が見えるのかい?』とテレジアが知覚した言葉のままに発声している。
テレジアとフォルテスラで、死神への認識がズレている。
「見えない道理でも使っていたのか? だったら見えないままでいてくれ」
『汝は既に死を受け入れている。……むしろ死にたがっていると言うべきか』
「死にたい訳じゃない。死んでも逢いたい相手がいるだけだ」
死んだ目で、フォルテスラは死神に応えた。
しかしその眼は細まり、殺気を帯びている。
「それで? ナリは小さくとも首が三本ある竜なんて当てつけのような姿をしている理由は?」
彼の言葉に、テレジアはハッと気づかされる。
自分が見ている死神と、フォルテスラが見ている死神は姿が異なる。
人によって形の捉え方や届く言葉が違う。
あるいはそれこそが死神の……。
『見える者にとっての我の姿は、その者の記憶に焼きつく『死』の具現。この姿は、汝の抱く『死』そのもの』
「なるほど。納得した死ね」
罵声を吐き捨てて、フォルテスラは光の剣を振るう。
それは見えている死神の首に向かうが、死神はそれを避けもしない。
三つの首を光の剣が通り過ぎ、されど無傷。
ヴォイニッチの用いた爆弾のように、現世の理は死神に傷一つつけることがない。
そして死神はカウンターのように仮初の命であるフォルテスラへと手を伸ばし……。
「――《エンド・ブレイカー》」
――フォルテスラは伸ばされた死神の手を切り飛ばした。
先刻は通り抜けたはずの刃が、今は死神を捉えている。
『?』
そのことが疑問だったのか、死神は腕の断面を見ながら首を傾げる。
「それは俺を殺せる攻撃だろう?」
腕を切り飛ばした後も、流れるように光の剣は閃き、
「ならばそれを――凌駕する」
死神の身体を――ハンニャを超克して得た超々音速で切り刻む。
『――――』
フォルテスラとテレジアの視界の中で死神は寸断され、
『それは、『死』だな』
直後に、霧がまとまるように再び輪郭を取り戻す。
『我の力と同質の、今の我よりも強い、『死』。『死』を真似たか』
それは、致死攻撃へのカウンター。
それこそがネイリングの最終スキル、《エンド・ブレイカー》。
フォルテスラを殺しうる攻撃を、同質にして格上のエネルギーによって相殺……否、凌駕して斬り返す。
それが理解不能な現象であろうとも、彼を殺せるものならば殺し返せる。
【グローリア】との戦いを経て、【グローリア】をも破るために生まれた力。
「五月蠅い。『死』と言うならば、死んでいろ」
『我は死ねず。されど困る。それで斬られるたびに、力が散る』
言葉を交わしながら、フォルテスラは再び死神を斬る。
死神は刃を受けつつも、再生しながら手を伸ばし、しかしそれを超々音速で切り返して阻む。
それは先刻のヴォイニッチ達の対応とは違う。
――フォルテスラと死神で明確に戦いの様相を呈していた。
「…………」
ヴォイニッチの視点では虚空と斬り合い、しかし彼とは違い死んでいないフォルテスラ。
その姿と、未だテレジアが死んでいない状況……死神の発した『力が散る』という言葉に『これワンチャンありますね?』と考える。
そしてヴォイニッチは、
「……私は根っこを断ってくるので時間稼ぎは任せましたよ!」
『【剣王】がんばえー(意訳)』と応援しつつ、<親指>のゴゥル相手に正当防衛を成立させて殺すため、ダッシュで階下へと向かう。
このままフォルテスラが時間を稼げるならば、死神を退散させるのも間に合うのでは、と。
そして死神を退散させた後にテレジアを護りにきたというフォルテスラとやり合う方が、ヴォイニッチとしては遥かにマシだからだ。
それは死神本体に対して打つ手がない彼にとっては最善の策。
ゆえに、間違ってはいない。
ただし、状況は既に……彼の意図とは異なる形で推移している。
To be continued
〇フォルテスラ
(=ↀωↀ=)<<マスター>は死神に触れられたら即死するんだけど
(=ↀωↀ=)<触れられる前にネイリングで切り飛ばしまくってる
(=ↀωↀ=)<ハンニャから上乗せしたAGI活用中
〇ヴォイニッチ
(=ↀωↀ=)<アドリブの連続を強いられる男
(=ↀωↀ=)<作者的には第二のパレードになりかけてる




