第一三九話 おもわくぼろぼろ
(=ↀωↀ=)<1話あたりのボリュームが膨らんでゆく……
(=ↀωↀ=)<3日ごとに毎回1.5~2.5話くらいのボリュームで今回も2話分
(=ↀωↀ=)<可能な限りペース守りつつ書きながら進めていきます
(=ↀωↀ=)<それでも年内に終わるか怪しいというか……
(=ↀωↀ=)<今年があと10日しかないって本当……?
□■<王都 アルテア>・王城・取水区画
アルター王国の王都アルテア。
西方でも指折りに繁栄した大都市。
しかし、その地にあった都市は過去に二度崩壊している。
一度目は三強時代、侵略国家アドラスターの業都であったとき。
侵略国家を率いていた【覇王】は、【天神】と【地神】と【海神】、そして裏から動いていた当時の【大賢者】フラグマンによって深淵に封印された。
絶対の王を失ったことで侵略国家はバラバラになり、業都も争いの中で崩壊した。
続く二度目は、アルター王国の建国直前。
業都の廃墟跡は【邪神】とその眷属、生み出された数多の怪物達の巣窟だった。
無数の無機物由来眷属、そして四体の生物由来眷属<四天王>。
あたかも魔王城の如き有様に変貌した業都は、【聖剣王】初代アズライト率いる人類連合軍との戦いで更なる崩壊を迎えた。
激戦に勝利した後、初代アズライトはこの地に新たな王国を築くことを宣言した。
それを祝福するように、管理AI達は業都周辺をセーブポイントに再設定して環境改善に努めた。
後々の【邪神】や<終焉>の問題に対処するためのカバーとして、業都の跡地を王国の首都として発展させる必要があったからだ。
しかしその際、管理AIの頭を悩ませる問題があった。
それは水源。業都が崩壊した後にセーブポイントとしても外していたため環境が悪化し、戦乱の影響で都市に流れ込んでいた河川もルートが変わってしまった。
セーブポイントへの再設定は行ったものの、それだけで何もかも元通りになる訳ではない。流石に突然綺麗な水の河川を都市の水道跡に引き込むのは大いなる意志が露骨過ぎる。
だが、水に乏しい環境での都市発展は難しい。
結局、目立たない地下水脈を操作して一都市が問題なく使用できるだけの水源とした。
要は『調査されてなかったけど元からここは地下の水源が豊富でしたよ』というアピールである。
何となればキャット一族名義で水源を掘り当てる自作自演までしていた。
今の時代になっても王都では潤沢な地下水脈が活用されており、魔法も活用した水道整備もなされた結果、各家庭にも上下水道が通っている。
当然のように、王城内部も地下水脈を水源とした上質な水が湧き出している。
毒の混入を防ぐためにマジックアイテムも含めた厳重な警戒が為された水源。
その王城内の給水区画に今、侵入者の姿があった。
しかしそれは水源への侵入を目論んでいた者ではない。
むしろ、逆。
侵入者は……水源からの侵入を果たしていた。
『――――』
人は疎か、生物が通れるはずのない地下水脈から湧き出す水。
しかしその中に今、別の液体が混ざる。
その液体の塊は湧き出す水と同じく無色透明だったが、それらに混ざることなく水面へと浮上する。
水面に達し、空気に触れたとき……その液体の塊は人の形になる。
まるで硝子人形のように透明な人形になった後、色づき、温かみのある人の肌に変わる。
そうして姿を現したのは全身を包帯に包んだミイラの如き装いの女。
――犯罪者クラン<IF>のサブオーナー、【盗賊王】ゼタ。
「…………」
かつて改人達と共に王城を襲撃した彼女が、なぜ再びこの地に足を踏み入れたのか。
それは、王都襲撃事件から数日後にまで遡る。
◇◆◇
□■王都襲撃事件より数日後 <港湾都市 キオーラ>・沿岸部
王国の地下を流れる地下水脈。
それは遥か西方のキオーラまで続き、海にも流れ出している。
だからこそ、彼女が脱出ルートに選んだのもその地下水脈だった。
「帰還……。久しぶりの地上です」
キオーラ沿岸にある地下水脈から流れ出た液体が、ゼタの形を取り戻す。
王都襲撃事件にて、【邪神】の眷属となったモーター・コルタナの不意打ちで致命傷を負ったはずの彼女は、遠く離れたキオーラの海に傷一つない身体で浮かんでいた。
「苦労。離脱も仕事も済ませましたが、流石に地下水脈を流れ続けるのは精神的にきつかったです……」
地下水脈を流れ続けたというのは比喩でも何でもない。
彼女は致命傷を受けた後、地下水脈に溶けたのだ。
それをなしたのは、彼女の持つ特典武具。
銘を、【水天一色 モビーディック・レフト】。
かつてグランバロアで<SUBM>を討伐した彼女が手に入れた超級武具。
装備スキルである《致散治水》は【双胴白鯨】が持っていた水による肉体補填をベースとしたもの。装備品ごと自らの身体を水に溶かした後、再構成するスキルだ。
王城の地下で致命傷を受けたゼタだったが、この超級武具で地下水にその身を溶かし、生き永らえていた。
加えて、皇王に依頼されていたもう一つの仕事……地下水脈への装置の設置も済ませた。
クラウディアが戦争の刻限を示す脅迫に用いた『水の味を変える嗜好品製造装置』と『水を毒物に変える装置』である。
地下水脈という人の手の届かぬ所でも、水に溶ける彼女なら入り込んで設置できる。
ただ、設置するため一時的に人の形に戻りはしたものの、人の身体のままでは地下水脈から抜け出せない。
そのため、こうして地下から脱出できるまでの間、ゼタは液体になったまま地下水脈を流れ続けたのである。
リアルでも極限環境で生きる我慢強い彼女ではあるが、流石にメンタルにきていた。
「はぁ……」
ザブザブと夜の海を泳いで岸に辿り着いたゼタが、『着替えと食事……』とか『あの裏切り者、どうしてくれよう。とりあえずラ・クリマに文句を言わなければ』と考えながら砂浜を歩いていると……。
「ゼタさん……?」
不意に、自分の名を呼ぶ声が耳に入った。
「――――」
咄嗟に空気砲弾と圧縮空気防壁を準備しながら、声のした方へと振り向く。
そして、包帯の間から見える目を僅かに見開いた。
「……エドワルド」
それは見知った相手だった。
彼女を見て驚いた顔をしている青年は、かつて彼女がグランバロアに所属していた頃……海賊船団時代に知り合ったティアンだ。
若い幹部の一人であり、組織での立ち位置で言えば『舎弟頭』といったところか。
ゼタも彼もバルタザール・グランドリアに目を掛けられていたので、知らない仲ではない。
「ゼタさんがどうしてここにおられるんで……?」
「返答。クエストの一環です」
嘘ではない。
皇王から受けたクエストの結果として彼女はここに流れ着いている。
ともあれ、流れ流れて辿り着いたこのキオーラで旧知の相手に出会うというのは、偶然が過ぎるというものだが。
「質問。貴方こそどうしてここに? キオーラはグランバロアと交易する都市の一つではありますが、それは貿易船団の仕事で海賊船団の仕事ではないでしょう?」
海賊船団の仕事は警察業務の他に飲食店や賭場の経営、貧困層や孤児への就労支援など多岐に渡る。
しかし他国との貿易は貿易船団の役割であるため、明確に彼らの仕事の対象外だ。
だと言うのに、海賊船団の幹部であるエドワルドが他国に出向くとは何があったのか。
既に部外者どころか指名手配犯のゼタだが、古巣の状況は気に掛かった。
「…………」
彼女の問いかけに、エドワルドは言い淀む。
ゼタは『まぁ、既に国を出た私に言えることでもないのでしょうね』と納得し、『ならばこれ以上は話すべきでもない』踵を返して……。
「待ってくれ、ゼタさん……!」
「?」
しかし、どこか焦ったようなエドワルドの声に呼び止められた。
「ゼタさん、さっき、クエストの一環と言いやしたね……?」
「肯定。ええ。それが何か?」
ゼタがそう答えると、エドワルドは頭を下げながら振り絞るように言葉を発した。
「俺からも、アンタにクエストを依頼したい……!」
「……疑問。私は既に指名手配されて国を出た身です。国家の敵では?」
そんな相手に海賊船団の幹部がクエストの依頼など、問題にしかならない。
だが、エドワルドは首を振る。
「俺達はあんたのことを敵だなんて思っちゃいません! 何か理由があって、国を出たんだと思っていやす。それに、【アビスシェルダー】との戦いではあんたの残してくれた兵器も役に立ちやした!」
兵器と言われて一瞬何のことかと思ったが、そういえばバルタザールに核爆発寸前の大気を封入したアイテムボックスを渡したことを思い出した。どうやら有効活用されたらしい。
「公的には犯罪者だとしても、アンタは今でも俺達の仲間だ!」
「……謝意。それはどうも」
本心から言ってくれているのは理解できる。
しかし、ゼタとしては国を出たのも今の犯罪活動も自分のエゴが理由であるため、受け入れられてもむしろ困ってしまう。
同時に、犯罪者且つ仲間だと思っている相手に如何なるクエストを依頼する心算なのかとも考えた。
「確認。それで、クエストとは……私に何をしろと」
「…………人を一人、誘拐してほしいんでさ」
その言葉に、ゼタは目を細める。
海賊船団は名前に反して犯罪行為とは縁遠い組織だ。
その海賊船団の幹部が誘拐を願うとは……穏やかではない。
「……二度確認。それは船団からの?」
「いいや……俺の独断で。責任も全て俺がとりやす。後から指でも、首でも、詰める覚悟はありやす」
その言葉を『……極東のマフィアみたい』と思いながらも、ゼタは理解する。
事ここに至るまで、《真偽判定》は一切反応しない。
エドワルドは本心から、自分の命を懸けてでも誘拐を依頼しようとしているのだ。
「三度確認。そこまでして、何のために?」
ゼタは自らの肉体――超級職と<超級エンブリオ>の持つ威圧感を全開にしながら、有耶無耶は許さぬと問いかける。
「――海賊船団の未来のため。そして、大恩あるバルタザールに報いるため」
だが、エドワルドはその威圧に対しても退かず、ゼタの眼を真っすぐに見ながら答えた。
やはり嘘のない答えと彼の強い意志の込められた視線に、ゼタは少し事情を察した。
彼の願いは……自分にとっても恩人であるバルタザールに纏わるものなのだろうと。
「…………」
大恩と言うならば、ゼタもまたバルタザールには返しきれぬ恩がある。
戦術核を渡しはしたが、あれは国宝との交換のようなものだ。恩を返したとはゼタ自身でも思えていない。
(ですが今は……)
「頼む、ゼタさん……! 俺の依頼を、受けてくれ……!」
砂浜に額を擦りつけるエドワルドを前に、ゼタは思案する。
これから皇都に帰還し、皇王に王都の事件で見聞きした情報とこなした仕事の報告をしなければならない。契約である以上は果たす必要がある。
さらに、今のゼタは<IF>の一員でもある。東方でのクランとの合流のため、皇王とのクエストを済ませたら、ローガンを連れてすぐに皇国を出立しなければならない。
エドワルドのクエストにどれだけ時間が割かれるか分からないが、その時間はない。
「……」
しかし、ふと気づく。
ならばそこを重ねてしまえばいいのではないか、と。
それ次第で、随分と行程を短縮できる。
「任務中。いまはまだ、先に受けたクエストの最中です」
「…………」
「追伸。ですので、そちらのクエストの期日と詳細を聞かせてください。日程を考えます」
「ゼタさん……! ありがとうございやす……!」
「対価。そして、クエストの報酬に労働を要求します」
「はい! 俺達にできることならなんでも……!」
言質は取った。
ゆえに、ゼタは自らの望むことを口にする。
「密航。事が済んだ後、私と仲間を天地の黒羽領まで送ってください。それで受けます」
自分とローガンを海路で天地……クランの合流場所へと送り届ける。
クランの利に沿いつつ、古巣への恩も返せる。
とはいえ天地に接近することはグランバロアでは避けていること、一種のタブーだ。
エドワルドがそれを了承するかどうかだが……。
「はい! 任せてくだせえ!」
あっさりと、グランバロアと敵対関係にある天地への密航をも二つ返事で了承した。
それほどに切羽詰まっていることを、ゼタは把握した。
「……目的。それで、誰を誘拐しろと?」
ゼタの問いにエドワルドは砂浜から顔を上げ、答える。
「ラングレイの下の娘さん……ミリアーヌお嬢さんでさ」
「それは……」
その名をゼタは知っていた。
何より、その少女の持つ姓をよく知っていた。
即ち、海賊船団船団長グランドリア家の名を。
「問。……なぜ、彼女を?」
「オヤジが死んじまう前に……ラングレイの娘と会わせてやりてえんです……。それで、リリアーナお嬢さんの方に手紙を送ったんですが、『騎士団を預かる者として、国の窮地に王国を離れられない』と返信が来ていて……講和会議がまとまれば休暇を取ってって話だったんですが……それも……」
「…………」
ゼタは知っている。講和会議は破綻したのだ。
まして、その一端を担ったのは王都襲撃の実行犯であるゼタである。背中に嫌な汗が伝い、滴る海水と混ざる。
それと彼の言葉で得心がいった。エドワルドがキオーラにいたのは、講和会議成立後にグランドリア姉妹をグランバロア本国まで送迎するためだったのだろう。
しかし、それは御破算になった。
「その後も連絡とり合っていたんですが……ダメで……」
この状況ならばリリアーナが国を離れることはない。
また、父親の故郷とはいえ足を踏み入れたこともない異国であるグランバロアに、幼い妹を一人で送り出すこともないだろう。
打診したエドワルドも断ったリリアーナも悪くはない(強いて言えば皇王とゼタが悪い)。
これではバルタザールが死ぬ前に孫娘に会わせることは叶うまい。
エドワルドが一人で夜の海岸にいたのも、恐らくは彼女からの返信を受けて打ちひしがれていたからだろう。
だからといって……。
「……短絡的。それでも誘拐という手段を選ぶのはやりすぎでは?」
「…………オヤジ、最近は死んじまったアニキ達や坊、それにアニキから送られてきた嬢ちゃん達の写真を眺めていて……俺ァ、あんな寂しそうなオヤジ見てられねえ……!」
「…………」
「後でどんだけ罰せられてもいい……! 俺は……オヤジを生きている家族に会わせてやりてえ……!」
国際問題にもなりうる犯罪を持ちかける理由がそれだ。
オヤジと慕う大恩ある相手への、不器用にも程がある親孝行。
『そういえば幹部の中でも情に厚いが視野は広くない人物だったな』とゼタは思い出す。
「……そう」
それでも、彼の言葉にゼタは目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは別れ際の、初めて会ったときよりかなり弱っていたバルタザールの姿。
あれからさらに病状が進んだのならば……もう永くはないのだろう。
――いつか儂の訃報でも聞いたときは、海に花の一つも投げてくれや。
かつての別れ際にバルタザールはそう言って笑っていた。
だが、それではゼタは恩を返せない。
返せたと、自分で思えない。
この世界での育ての親とも言うべきかの老人のために何かできることがあるならば、してやりたい。
そう思うくらいの情は今のゼタにもある。
ゆえに、決めた。
「犯罪。誘拐は犯罪ですが、しかし私は既に犯罪者なので問題ではありませんね」
「ゼタさん……!」
「――了承。やりましょう」
――実の親にはできなかった……親孝行というものをしよう、と。
【クエスト【誘拐――ミリアーヌ・グランドリア 難易度:六】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
◇◆◇
□■<王都アルテア>・王城内部
(侵入。ここまでは問題なく入り込めましたね)
ゼタは超級武具を使い、無事に地下水脈から王城に侵入できた。
(……前提破綻。そもそも、現状が問題しかないからこうなっていますが)
ゼタは内心で愚痴を零すものの、感知を警戒して溜め息すら吐けない。
そもそも、どうしてミリアーヌ誘拐クエストを請けた彼女が王城に忍び込んでいるのか。
それは彼女にとっての想定外が数多重なった結果である。
◇◆
ミリアーヌ・グランドリアの誘拐。
ゼタがそれについて考えたとき、ネックとなったのは彼女の人脈だった。
グランドリア姉妹、よりにもよって<IF>と因縁あるスターリング兄弟と仲が良い。
なにせ、レイ・スターリングの始まりこそミリアーヌなのだ。
ミリアーヌを誘拐されたと知れば確実にレイは動くだろうし、クランの仲間も動く。
何となれば、あの扶桑月夜に頭を下げて何かしら条件を呑むくらいはするだろう。
これで王国の<超級>全員が敵に回る。
そして単騎戦力ならフィガロが、数の力なら<月世の会>が、あまりにも巨大すぎる。
王国を脱出する前に捕捉されるリスクが十二分にあった。
ゆえに、まずはその人手を削る……否、削れるのを待つ必要があった。
即ち、皇国との戦争だ。
講和会議の罠と武力行使、これらがダメになれば皇王はプランC……二国間のルール付き戦争に引きずり込む。
彼女は皇王からプランCの鍵となる装置を託されていたため、<マスター>による戦争が起きることは知っていた。
そして、戦場は『皇国の実効支配地域である<旧ルニングス領>』になると思っていた。
そう、王国のランカーというランカーがそちらに向かっている間に、誘拐を実行に移すのが彼女の計画だった。
また、戦闘スタイルを大幅改良したローガンに奮闘してもらうことで、追撃してくる可能性のある戦力を戦争中に削ってもらう算段でもあった。
ローガン本人はエドワルドの船で待機してもらい、エイリアスが指揮する悪魔軍団が王国戦力を削り、ミリアーヌを誘拐してきたゼタが乗船次第グランバロアに旅立つ。
皇国に帰還した時点でのゼタのプランはそのようにほぼリスクのないものだった。
あとは【盗賊王】とウラノスと超級武具とログアウトの合わせ技で、警戒を回避しながら王都に潜伏し続ければいい。戦争が始まれば彼女はクエストを達成できる。
しかし、事態はそんな彼女の予想とは全く違う方向に動いた。
アルティミアが戦場に『都市内を除く王国全土』を指定したからである。
ゼタを含むほとんどの人間の予想と異なる戦場設定だが、これで一番頭を抱えたのは間違いなくゼタであろう。
彼女の計画では『有力な<マスター>全員が王都から遠く離れている隙にミリアーヌを連れ出せる』と考えていたのに、むしろ王都周辺の人員は多い。
何より最悪なことに……ランカーならざる彼女は戦争中に街を出ることすらできなくなった。
もうこの時点で半ば詰んでいる。
さらに追撃戦力を減らすために頑張って欲しかったローガンも<砦>担当になってしまった。
ゼタの目論見はボロボロだ。
未来が見える者や各種情報を把握した指し手達と違い、一個人に見える範囲で盤面に干渉しようとしたゼタの限界でもある。
黄河から盗んだ珠の件も含めて彼女の目論見が目論見通りに進むことは少ない。
世界は彼女の想定よりも複雑で混沌としていて、底知れないのだ。
それでも、彼女は何とかクエストを達成しようと考えを巡らせた。
街を出られなくなってしまう自分の代わりに、ローガンに誘拐してもらおうかとも考えたが……それは論外なので流石に止めた。
人間的に向いていないし、この人選についてはそれ以前の問題だ。
むしろ誘拐した後、同道する双方があの事実に気づかないよう留意する必要がある。
ゆえに誘拐はやはりゼタ本人が担うしかない。
戦争中に街の外に出られないならば戦争終結直前、あるいは直後のタイミングで誘拐を実行するだけだと決断する。
戦争終結という号砲と共に貴族街のグランドリア邸からミリアーヌを連れ去り、そのままキオーラまで駆け抜ける。
肉体的な疲労が生じても、超級武具で肉体を適宜再構成してリセット。
子供を背負ったまま走れる限界速度で船まで辿り着く、そんなシンプルなプランしかもう思いつかなかった。
もう『願望。戦争でできるだけ沢山王国の<マスター>が脱落してください。フィガロとか特に』と祈るくらいしかできなかった。
そして戦争が始まろうかというタイミング。
第二王女がラピュータに乗って黄河第三皇子と共に王国を旅立ち、第一王女が【大賢者】やグランドリア家の姉の方と共に国境の施設へと向かった頃。
彼女の思惑は、更に崩れた。
――戦争中はグランドリア邸にいるはずのミリアーヌが王城に移ったことで。
(想定外。まさか、王城でお泊り会をするなんて……)
ゼタの想定を崩したのは、ターゲットの思いつき。
それは友達を心配した彼女の優しさだったのかもしれない。
自分の姉と一緒に上の姉が職務で王都を去り、さらに下の姉が早すぎる嫁入りをして寂しい思いをしているだろう友達が寂しくないようにと、傍についていようとしている。
ミリアーヌ自身にも友達が去った寂しさと姉がいない心細さがあったのかもしれない。
あるいは、『そうした方がいい』と彼女の直感が囁いたのか。
いずれにしろ、ゼタの予定していたプランはここで砕け散った。
実行されたのがまだ王都に<超級>や準<超級>含めて多くの<マスター>がいたタイミングだったため、騎士団の知人と共にお泊りセットを持って王城に向かうミリアーヌをゼタは見送るしかなかった。
結果、難易度:六だったはずのクエストが今は難易度:九である。
青天井の十を除いた限界点。<超級>でもしくじりかねない難易度だ。
(自由とマイペースが過ぎる……これも血筋でしょうか)
自分のターゲットである少女について、奇妙な納得と共にそう思ってしまう。
グランドリア家はそういうところがあった。
「…………」
とはいえ、ゼタは考えてしまう。
家族のいない家で独り過ごす居心地の悪さについては……ゼタにも分かる。
ゆえに、心で愚痴をこぼしつつもミリアーヌを責める気はない。
そも、誘拐しようとしているゼタの方が悪いくらいは自覚している。
ゆえに、『戦争終結と共に王城に乗り込んでミリアーヌを誘拐してキオーラまでダッシュ』という難易度がクソ高い上に脳筋なプランにせざるを得ない不条理も呑み込んだ。
彼女にとって都合が悪い条件ばかり重なる今回のクエストだが、好転した部分もある。
それは、二人の<超級>による王国全土への放送だ。
フランクリンの放送も、シュウの放送も、ゼタは王都に潜伏したまま聞いていた。
彼女はそれを好機だと考えた。
双方の残りのフラッグを掛けた二つの決戦が日没に起こる。
ならば、その直前にターゲットの傍に移動し、終結と同時に離脱するのが最も無駄がない。二つの決戦場から<マスター>が帰還するより先に、キオーラまで逃げ果せる。
あとは『切望。本当に頼むからフィガロだけは落ちていてください』と祈りながら、彼女は地下水脈から王城へと忍び込んだのだ。
◇◆
かつて配下と共に入り込んだ場所、しかし今独りで足を踏み入れた彼女はスキルを介して見える城の警備体制に顔を強張らせる。
(別物。……前回とは別物ですね)
ゼタはそう考えながら空中に固定した足場で歩を進めている。床に降りたら一瞬で感知されそうだからだ。
ゼタは現在の王城の警備体制に舌を巻く。
前回、改人達の襲撃を差し引いても雑で穴だらけだったシステムが、今は別物だ。
王城の警備システムも一度侵入を許した穴をそのままにはしなかったということだが、問題はそれを実行した人物にある。
【大賢者】の後継たるインテグラ。彼女が帰還したことで、魔法関連の警備システムの再整備がなされているのだ。
光学迷彩とジョブスキルだけでは感知されかねないレベル。
今回は陽動役もいないため、超級武具を用いなければ侵入も難しかったかもしれない。
(把握。ですが、警戒システムは変われど施設としての構造は前回と変化なし。貴人の生活エリアへと侵入すれば、ミリアーヌも見つかるでしょう)
警備システムを回避しながら、ゼタは進む。
ここまで彼女は一切見つからずに進めている。
(人手不足。システムは敷かれていても今度は人員が少ない。警備システムが優秀化してもそれでは片手落ち)
元々騎士団から国教まで人手不足の王国だ。
度重なる事件で人が減り、この戦争。人員はどれだけあっても足りない。
まして、アルティミアやインテグラといったティアンの猛者はここにはいない。
ゼタを阻める者がいるとすれば……。
(懸念。……警戒すべきはあの裏切り者とアレくらいでしょう)
前回、後ろから自分の心臓をぶち抜いた元改人のことを、ゼタは少し根に持っていた。
加えて、前回自分の核をも防いだ謎の存在もいるかもしれない。
だが、今回のゼタにあれらと戦う気は毛頭ない。
誰にも見つからず、誰とも戦わず、静かに盗賊のようにクエストを達成したいのだ。
このままステルス全開で進み、ミリアーヌを発見した後は近くで待機。戦争終了の報せと共に彼女を連れ去る。ゼタにできるのはそれしかない。
かつてゼクスが第三王女を誘拐したときよりも遥かに難易度が高いが、今のゼタもかつてのゼクスよりは遥かに強いはずと考えてクエストを進める。
(順調。変更は多々ありましたが、変更後は問題なし。これ以上何事も起きなければ……)
そんな思考がフラグとなった訳ではないだろうが。
彼女がそう思考したのとほぼ同時に――城の正門から内部にまで響く轟音が届いた。
(……破壊音。これは……)
そのときのゼタが得たのは、ある種の既視感。
かつての侵入の際、ゼタはイグニス・イデアを正門から突撃させた。
そして今、まるであのときのように……何かが正門で暴れている気配がある。
(疑問。私の他に、このタイミングで一体誰が……? 皇国の作戦?)
彼女の動機は戦争と無関係な事柄であるが、今は戦争中。他に王城を攻める理由がある者など皇国くらいしか思いつかなかった。
なにせ、前回は彼女自身が皇国の指示でこの城を襲ったのだから。
そして、ゼタの推測は半ば合っている。
それは皇国の作戦ではないが、皇国に属する者の指示で実行されている。
そう、皇国宰相たる者……かつて<親指>であった者の暗殺依頼によって行われている。
To be continued
(=ↀωↀ=)<ヴォイニッチもゼタも「どうしてこうなった……!?」となってるのが今回エピソード
〇王城内の給水区画
(=ↀωↀ=)<ちなみに情報の初出は一巻発売時のクマニーサンの食材集めSSですね
(=ↀωↀ=)<読めるHJにて掲載されました
(=ↀωↀ=)<あのエピソードは後に漫画版にも入りましたので
(=ↀωↀ=)<そっちで読んだ人も多いかもしれません




