第一三七話 《飼の宣告》
(=ↀωↀ=)<区切りのいいところまで書いたら二話分より長くなった問題
(=ↀωↀ=)<一万字を優に超えてるけど……まぁいいや投稿しよう
□<王都 アルテア>・国教教会
「♪~……。二日ぶりですね、みなさん」
鼻歌を終えて、周囲の耳目が自身に集まったことを確認すると、ヴォイニッチはそう言って彼らに微笑みかけた。
だが、今の彼がどういう立場かを知る者にとっては、鼻歌も含めて挑発でしかない。
「ヴォイニッチさん……!」
<AETL連合>の一人が、困惑と焦燥を滲ませながら彼の名を呼ぶ。
「あんた……! あんたが、やったのか……!?」
「はい。門が閉じたのは私がパレードを殺したからですよ」
彼の言及に、ヴォイニッチは何でもないように頷いた。
「門が繋がるということは、距離が縮まるということ。門を介せばギデオンだろうと私の間合いです。元より彼にはつかせていましたしね。<連合>の君達なら私の言わんとすることも分かるでしょう?」
彼の傍には蟲の脚を生やした小さな天使と一つ目の天使の群れ。
そして、首のない天使が浮かんでいた。
「《堕辿死》……!」
その光景こそ、ヴォイニッチが犯人である証明だった。
<AETL連合>のメンバーはヴォイニッチの<エンブリオ>の性能について、彼の異名の由来とも言える必殺スキルまで含めてよく知っている。
<AETL連合>……パトリオットのネタロウを用いたレベルアップツアーに、索敵と強力な徘徊モンスターへの対処を担うヴォイニッチは常に参加していたからだ。
彼は戦闘面において、カーバインと並んでクランを助け続けた。
そして、戦闘だけではない。他のファンクラブのトップ達が聊かコミュニケーションに癖のある人物だったゆえに、おかしな格好ながらコミュニケーション能力の高い彼はクランで慕われていた。
メンバー達を誘っての食事会やレクリエーションの企画も彼が行い、他のクランとの折衝も務め、異なる人間を信奉する混成ファンクラブを一つの集団としてまとめ上げる要でもあった。
だが、今の彼は……。
「……ヴォイニッチさん! あんた、本当に裏切ったのかよ!?」
<連合>の<マスター>が、堪らずヴォイニッチに呼びかける。
彼との楽しい思い出が脳裏をよぎり、だからこそ問わずにはいられない。
そんな彼に、ヴォイニッチはニッコリと笑って答える。
「裏切る? そんなはずがないでしょう」
《真偽判定》の反応しないヴォイニッチの言葉に、クランメンバーは安堵の表情を浮かべかけ……。
「――潜り込んでいたスパイなんですから。そもそも最初から敵ですね」
――その言葉によってあっさりと踏みにじられた。
「……!!」
「ええ。スパイです。全く友人のポカにも困ったものですね。情報を抜かれてこちらの存在までバレるとか、最悪だと思いませんか?」
やれやれと首を振り、不機嫌そうにそう口にする。
あるいはそれが、先ほどまでの鼻歌……不機嫌なときの彼の癖の理由なのか。
「元より王国所属はこの戦争までの予定ではありましたが、<墓標迷宮>の件といい、段取りが狂い続けています。私はファトゥムほどアドリブに寛容じゃあないんですよ」
あまりにもあからさまな裏切り者の言葉は聞く者の神経を逆撫でしながら、教会内の全ての耳目を彼に集めている。
「体よく使えると思った<連合>は壊滅状態。やれやれ、長い潜伏で得るものはありましたが……結果は微妙ですね」
ヴォイニッチは「お陰でこうして余計な一手間がいる」と呟くが、そんな彼の言葉をかき消すような怒声が教会内に響く。
「ヴォイニッチ……!!」
<連合>の生き残りの一人が、怒りと共に杖を……自身の<エンブリオ>をヴォイニッチに向ける。
かつての思い出も踏みにじった彼を敵と見做し、<連合>の数少ない生き残りとして倒さなければならないと、心が燃える。
「おや、私を攻撃しますか。怒らせてしまいましたかね。すみませんね……? ……ええと、あなたの名前は何でしたっけ?」
「~~~~!!」
嘘でも煽りでもなく本気で述べられた言葉に心中の怒りは限界を超え、裏切り者への攻撃となって発露する。
「呑み込め! 《火祭龍》!!」
杖の先端から出現したのは、赤く燃え滾る身体を持った巨大な蛇。
精霊召喚に類似した必殺スキルが、一直線にヴォイニッチへと突き進む。
「……おや?」
ヴォイニッチは超音速機動でそれを容易く回避しようとするが、その足が動かない。
いつの間にか足場としていた門の一部が腕に変形し、足首から下を完全に固定していた。
(彼の攻撃に合わせての《グランド・ホールダー》。発動速度と隠密性を上げる代わりに大幅なサイズダウン。けれど、この状況では上手い使い方だ。雑兵にもアトゥームより器用な者がいる)
その場にいた<マスター>の誰かが攻撃に対して咄嗟に息を合わせ、ヴォイニッチの動きを止めた。そのことにヴォイニッチは素直に感心し……。
直後、――ヴォイニッチの全身は燃える蛇に呑み込まれた。
炎の蛇はそのまま教会の天井を突き破り、教会の内部には焦げた臭いが充満する。
「当たった……!」
超級職奥義にも匹敵するだろう火力を発揮した必殺スキル。
その直撃を受けては、高レベルの超級職であるヴォイニッチもただでは済まない。
「――歴史的な建造物の中で火を使うのは感心しませんね。延焼しますよ?」
――だが、半壊した門の上には無傷のヴォイニッチが立っている。
彼の肌には火傷の一つもない。道化師染みた服にさえ焦げの一つもない。
まるで攻撃そのものがすり抜けてしまったかのように、何の影響も受けてはいなかった。
その事実に教会内の<マスター>達は息を呑む。
(これは……【ブローチ】とも違う! 幻術!? 高速移動!? 一体どうやって、……!)
眼前で起きたヴォイニッチの不可解な無敵。
その結果を齎す能力は〈Infinite Dendrogram〉には数多あり、絞り切れない。
「不思議ではないでしょう。こんな世界なんですから。<エンブリオ>、ジョブ、特典武具、理屈に則った無敵なんて珍しくもない。この戦争中に何人もいたでしょう?」
「……っ!」
「ああ。ちなみに私の無敵は回数制ですが、削るのはお勧めしません。後悔しますよ?」
無数の《真偽判定》が目を光らせる中で、煽るようにそんなことを口にする。
回数制と聞けば、彼を倒すために更なる攻撃が放たれるのは必然だというのに。
次の瞬間には、必殺スキルを放った彼以外にも多くの<マスター>がヴォイニッチに攻撃を放った。
ギデオンでの戦いに備えて遠距離型の<マスター>が多く集まっていた場だ。
必然、集中砲火の如くスキルが殺到する。
「……あーあ」
自分に迫る攻撃の数々に、ヴォイニッチは何故か……『もったいない』という顔をした。
そして彼はスキルが放つ光と音に呑み込まれ……。
「これ、無駄だからやめましょう?」
またも、無傷の姿でそこに立っている。
足場としていたビフロストの門は既に瓦礫だというのに、彼と装備には何の瑕疵もない。
「続けても確実に私より先に皆さんが死にますからね。本当に無駄ですよ」
「何を言って、…………?」
ヴォイニッチの言葉に対しての憤りの言葉を遮ったのは、音と臭い。
何かが床に倒れるような音と……血と肉の焦げる臭い。
その気配に振り向けば――教会に集まった<マスター>が幾人も倒れている。
身体の全身が焼け焦げた者もいれば、矢で貫かれたような傷を受けたもの、毒を浴びたように全身が溶けている者もいる。
「…………ぇ?」
そしてこの異常は、教会の中だけではない。
開け放たれている教会の扉から、慌てた様子で駆け込んでくる者がいた。
「た、大変だ! 急に人が燃え上がったり、怪我したり……誰か回復魔法の使える人……!」
「!?」
それは今、この教会で起きたことと同じだ。
ヴォイニッチへの攻撃と時を同じくして、起きたことだ。
この因果関係を考えられないほど、彼らは愚かではない。
その結果、自分達が何をしてしまったのかという予感も、また同じ。
「ヴォイニッチ、さん……アンタ、まさか……!?」
「御想像の通りだと思いますよ?」
何でもないように答えたヴォイニッチに、<マスター>達の背に悪寒が走る。
「私の無敵は回数制。けれど減らさない方がいいのでは?」
ヴォイニッチに向けて放ったはずの攻撃が、なぜか他の人間を殺している、と。
致命傷を負った<マスター>達が光の塵になって消えていく中、<マスター>達の思考は一つの答えに辿り着く。
他者へのダメージ転嫁。
それがヴォイニッチの言う『無敵』なのだ、と。
回数制とは即ち――彼の代わりに死ぬ人間の数だ。
「ああ。安心してください。今の攻撃でティアンは死んでいませんよ」
「……!」
自分達が誰を殺してしまったのかを考えて蒼褪めていた<マスター>達に、ヴォイニッチは優しくそう言った。
それは罪悪感に苛まれる元同僚や王国の<マスター>への気遣い、
「ほら、戦争のルールがありますからね。『攻撃した』のが私になるのか、そちらになるのか分かりませんが、万が一にもペナルティ受けたくありませんから」
――などではなく――、
「ただ……背に腹は代えられないので、残機が足りなくなったら手をつけるかもしれませんね?」
――これ以上攻撃してくるならティアンも身代わりにするという脅しである。
「……、っ……!」
その結末を想定してしまえば、もはや迂闊にヴォイニッチに攻撃することすらできない。
姿を現して攻撃を受けたのも、《真偽判定》のある場でペラペラと説明してみせたのも、実演の後の抑止のためだろう。
もう、王国の誰もヴォイニッチを傷つけることはできない。
<連合>の<マスター>にとって頼れるサブオーナーであったはずの男は、今は未知にして理不尽な怪物と化していた。
「こんな、ヤバい能力……いったいどんな特典武具を……」
動揺しながら、<AETL連合>の<マスター>はそう言葉を漏らす。
ヴォイニッチをよく知るはずの彼らでも、こんな能力は知らない。
だからこそ、どこかで特典武具を得たのだと考えた。
しかしその呟きを聞いて、ヴォイニッチ本人は首を傾げた。
「いえ? 私の場合は<エンブリオ>のスキルですよ?」
「…………え?」
それは、決して聞き逃せない言葉だった。
「あ、アンタのアザゼルの能力特性は『伝達』……。それでレギオンの《視天使》と自分の感覚をリンクさせた偵察をしたり、《堕辿死》で『自分の攻撃』を伝播することだったはずじゃ……」
アザゼルとは、堕天使の名。
人間の監視を担いながら堕落し、禍の元となる天の情報を人間に伝えた堕天使達の頭目。
ゆえにそれをモチーフとするTYPE:アームズ・レギオン【監死群 アザゼル】は無数の天使を指揮し、情報を自他に伝達する。
その情報が『死』というデータであっても。
それこそが必殺スキル、《堕辿死》。
人間に蟲型天使をつかせておくと、<エンブリオ>本体の大鎌で人型天使を攻撃したときにつかせた相手も連動して同じ傷を受ける。
ゆえに、普通なら狙うのが難しい【鎌王】の頚部急所攻撃さえも容易に達成可能。
対象が有効射程内にいるならばいつでも殺せる。
それがヴォイニッチという男の切札であり、“突然死”という二つ名の由来だと<AETL連合>は聞かされていた。
準備が整えば、【鎌王】のスキルで【ブローチ】さえも無力化して相手を殺せるのだと。
クラン内での雑談のときに自分の手の内を明かしながら、『まずつかせる手間が必要だから決闘には向きませんね』などと謙遜していた記憶がある。
だが、今の状況はそれでは説明がつかない。
…………否。
「ほら、知っているじゃあないですか」
「え?」
「私のアザゼルの能力は『伝達』。ほらね? 今起きていることも同じでしょう?」
「……!?」
視えた情報を伝えるように。
大鎌の攻撃を伝えるように。
自分の被害を伝えている。
「それが私の最終スキル、《飼の宣告》」
スケープゴートという言葉の由来は旧約聖書のアザゼルに由来する。
であるならば、アザゼルの名を冠する<エンブリオ>の最終スキルとしては相応しい。
だが……。
「最終スキル……? 最終スキルだって……!?」
最終スキルは必殺スキルと並び、<エンブリオ>が持ちうるもう一つの切札。
最終スキルと必殺スキルが同一の【コル・レオニス】のような例やそもそも持たないモノもいるが、サンダルフォンやヌン、ニーズヘッグのように別に備えたモノも多く在る。
だが、それらの発現した最終スキルには一つの共通点がある。
最終スキルは――<超級エンブリオ>のみが持ちうるということだ。
「ヴォイニッチさん、アンタは、まさか……!」
この戦争の一日目。
通信でヴォイニッチと連絡を取ったとき……彼は何故か霞の居所を気にしていた。
『<エンブリオ>の到達形態を知ることのできる』霞を。
その意味を、<AETL連合>の<マスター>は遅まきながら理解した。
ヴォイニッチという男が、どれほど自分達を偽っていたのか。
ヴォイニッチという男は――二重の意味で王国の準<超級>などではなかった。
「繰り返しますが、もう私に手を出さない方がいい。最後にはこの王都に私しか生き残りがいない……なんて事態にもなりかねませんよ?」
その言葉には嘘がない。《真偽判定》が反応しない。
だからこそ、恐ろしい。
誰を犠牲にしても、このスキルを使い続けるということなのだから。
他人を何とも思っていない人間にしか、そんな力は使えないし……<エンブリオ>も発現させないだろう。
『……ヴォイニッチ、何のために王都に現れた』
誰もが慄く中、一人の男がヴォイニッチに問いかける。
その仮面をつけた男が誰か、この場の誰もが知っていた。
「おや、ライザー君。君、向こう側に行けなかったんですね。チェルシー君達は行けたらしいのに」
『ああ。お陰さまでな』
ライザーはこれまでの連戦でヘルモーズが損傷していたために戦力が低下し、最前列ではなかった。
それゆえに彼が通る寸前に扉が閉じ、この王都に残された数少ないランカーの一人となっている。
しかしライザーだからこそ、ヴォイニッチに呑まれつつあるこの場で彼と対峙して言葉をぶつけられる。
『……お前はどうやってパレードを殺した?』
「必殺スキルの効果ですよ。それなりに付き合いのあったライザー君は知っていますよね?」
『俺の知っている《堕辿死》は蟲型天使を張りつかせた相手への丑の刻参りだ。だが、お前はさっき『元よりつかせていた』と言ったな? 流石にアイツでも蟲が張りついていれば気づくだろう。どうやった?』
「よく気がつきますね、ライザー君。しかし、私がその質問に親切に答えるほど人間が出来ているように見えますか?」
『もう見えないな』
「そうでしょうね。ですが不正解。私は人がいいので少し答えてあげましょう」
そう言ってヴォイニッチは両手を広げ、教会に集まった<マスター>達をオーバーリアクションで見下ろし……見下している。
その態度に<マスター>達は怒りを抱くが、ライザーは違う感想を抱く。
(こうして話すこと自体に何らかの意図があるか……。時間稼ぎ、あるいは能力の条件か)
相手の態度で、ライザーはそう確信する。
ギデオンへの戦力移動を許さないためにパレードを殺しただけならばまだ理解できる。
だが、姿を現したことも、去らないことも、こうして話すことも、合理性に欠ける。
ならば、そこにこそヴォイニッチの秘密がある。
恐らく、《飼の宣告》は無条件で発動するスキルではない。
話し続けているのはこうして会話することが条件なのかもしれないし、それとは別の条件を隠すブラフとして語っているのかもしれない。
しかし、《真偽判定》のある状況で相手に話させることには大きな意味がある。
特に、この目的すら定かではない謎多きジョーカーに対しては、言葉の一つ一つがそれを探るための手掛かりになる。
ゆえにライザー達は聞かねばならない。
それに……準備は進めさせている。
「御存知のように、私の《堕辿死》は準備と発動の二段階。準備段階では蟲をつけますが、これは別にしがみつかせているわけじゃあないんですよ」
ライザー達の前で説明を始めたヴォイニッチが、指先を伸ばす。
するとそこに一匹の蟲型天使が近づいて指先に止まり――そのまま体内に沈み込んだ。
『!』
「このように、正確には張りつかせるのではなく取り憑かせるでしてね。物理的な抵抗や感触、装備による干渉もなく体内に潜り込みます。言わば守護天使ですね。可愛いでしょう?」
『悪霊の間違いだろう。……これまでの使用方法はブラフか』
「ええ。足先だけ少し潜り込ませて『物理的に張りついて発動している』ように偽装していました。それでも有効ですからね。ですが本来の使い方はこれこのように全身を潜らせ……もう準備が完了していることに気づかせない。そして一度潜り込ませれば、デスペナルティまで有効です。ログアウトしようがね」
『……!』
その言葉に、その暴露の意味に、ライザーは気づく。
『俺達も既に……か!』
「さぁ? どうでしょう?」
気づかれない内に憑かせて準備が完了するならば、この場にいる人間の中にどれだけ蟲型天使が入っているかも定かではない。
その可能性をあえて示すことが、この説明の目的。
「一番気づかれづらいのは私が相手に触れて、その拍子にこうして私の体内に潜らせておいた蟲を直接送り込むことですね。ほら、私はフレンドリーだったから違和感もなかったでしょう?」
「「「……!」」」
彼の言葉に、覚えのある者達が顔を強張らせる。
同時に、戦慄する。クラン内外で友好的なコミュニケーションを取っていた理由がそれなのだとしたら、……この男は余りにも悍ましいからだ。
「保険で入れておくんですよ。いつこうして敵に回るか分かりませんからね」
その言葉でライザーはもう一つ恐ろしい事実を察する。
『まさか、レイ達の体内にも……!』
「もちろん。生き残っている人達で言うと、レイ君とはレベルアップツアーでご一緒していましたし、ルーク君は助けたときにね。まぁ有効射程外ですし、今は殺す意味もありませんが」
つまり、ヴォイニッチのやりよう次第では戦争そのものが終わってしまう。
ヴォイニッチの目的すら不明だが、この男の胸先三寸で王国の命運が左右されてしまう。
絶対にギデオンに向かわせる訳にはいかない。
だが、ダメージ転嫁をはじめ、あまりにも状況は不利だ。
『……なるほど、な』
しかしそこまで考えて、ライザーは気づいた。
『お前のダメージ転嫁スキルは……必殺スキルの派生か』
「おや、察しが良いですね。流石歴戦のランカーです」
ライザーは理解する。
必殺スキル用に蟲型天使を取り憑かせておいた対象に、ヴォイニッチが受けるダメージを飛ばせる。
それが《飼の宣告》というスキルなのだ、と。
「ライザー君の推察通り、それが《飼の宣告》の条件その一です」
『……他にもあるんだな?』
「確認するまでもないでしょう? 必殺スキルの方で『人型天使を大鎌で攻撃する』というアクションが必要なのに、こちらが『取り憑かせておけばあとは問題なし』なんて筈がない」
大鎌をクルクルと回しながら、ヴォイニッチはおどけて見せる。
「まぁ、《飼の宣告》の発動条件自体は二つですよ。『取り憑かせること』、あとは『レベル』です」
右手の指を二本立てながら、ヴォイニッチはそう述べた。
『レベル……だと?』
「はい。実は《飼の宣告》のダメージ転嫁にはその転嫁率に厳しい制限がありましてね。憑依対象と私の合計レベル差一〇毎に一%しか伝達できないんですよ」
その説明に教会内の<マスター>の大多数が困惑し、――ライザーを含めた一部の背筋が凍る。
「は? そんなスキル使えねえじゃん」
黙って聞いていた者達の中から、思わずそんな言葉が漏れた。
無理もない。上級職までをカンストした彼らにとってレベル差などほぼない。
時折見る超級職の<マスター>でも五〇〇を超える者はそう多くない。
だが……。
「私を君達のレベルで括らない方がいいですよ。私は、<AETL連合>のサブオーナーですから」
その言葉に多くが首を傾げ、<AETL連合>の<マスター>が怒りと恐怖で震える。
<AETL連合>のサブオーナーとして王国で長く活動していた彼は、密やかに、気づかれず、王国の数多の<マスター>に天使を憑りつかせている。
そう、彼は<AETL連合>のサブオーナーだった。
オーナーであるパトリオットを補佐し、彼の活動にも時間を惜しまず協力し続けた。
――パトリオットが開催するレベルアップツアーでも、だ。
メタル系モンスターの討伐に関し、ヴォイニッチの《視天使》はパトリオットのネタロウ同様に重要な存在だった。
だからこそ、彼は常にレベルアップツアーに参加し、上級職止まりだったパトリオットや他の参加者と違い……【鎌王】のレベルを上げ続けられた。
「私の合計レベルは一五五三です」
「「「!?」」」
《飼の宣告》のダメージ転嫁率、レベル差一〇毎に一%。
ヴォイニッチの合計レベル、一五〇〇オーバー。
それらの情報が意味することは……唯一つ。
「上級職止まりの皆さんは――私の贄に過ぎません」
ヴォイニッチは――非超級職相手ならば己のダメージ全てを押し付けられる。
どれほどの人間に埋まっているか分からない蟲型天使。
超級職を持たない者に全てを押し付ける《飼の宣告》。
【鎌王】ヴォイニッチを倒せる者は、この場にはいない。
(だが、それでも……!)
しかしライザーは諦めていない。
このジョーカーを、野放しにはできない。
そしてヴォイニッチを止めるための手段は、既に示されている。
そのための準備は……済んだ。
「それで、他に聞きたいことは? 私は人がいいので他にも話すかもしれませんよ?」
『そうだな。目的も含めて、聞かせてもらおう。……今だ!』
ライザーの言葉と共に、ヴォイニッチの足元の地面が高速で動いて彼の全身を拘束する。
先刻、彼の足を捉えた地属性拘束魔法。
それに加えて他にも多種多様の拘束スキルがヴォイニッチに襲い掛かる。
ダメージはなくとも重なった拘束で雁字搦めにされてヴォイニッチはもう何もできない、
「――おやおや、過剰ですね」
――はずだった。
ヴォイニッチは何でもないように、スルリと拘束を抜けている。
対して、教会にいた<マスター>の幾人かが急に全身の動きを止め、地面に倒れる。
『な、に……』
「条件その三。いえ、拡張条件と言うべきでしょうか」
困惑するライザー達の前で右手の指を二本、左手の指を一本立てながらヴォイニッチは説明を重ねる。
「『《飼の宣告》の二つの条件を伝えた相手に対しては、ダメージ以外に拘束やデバフといった不利益も転嫁できる』」
『……!』
「こちらも発動可能にしておきたかったんですよ。ご清聴ありがとうございました」
つまりはそれが、この場で自分の能力をバラした理由だ。
この場にいる<マスター>達を、自分のあらゆる不利益を押し付ける贄に変えるための下準備。
この行為によって、いよいよヴォイニッチは無敵となった。
「それにしても、会話に集中させつつ拘束スキルの準備を進めての一斉拘束ですか。まぁシンプルなミスディレクションですね。私もやっているので分かりやすかったですよ」
『……そうか、この場でも増やしたな』
「ええ」
ミスディレクション。
それもまた、ヴォイニッチがここで姿を現した理由の一つ。
パレードを殺し、門を閉じ、鼻歌を歌い、挑発し、攻撃を殺到させ、無事な姿を見せ、その現象とスキルについて説明し、耳目を集める。
ここに集まった者達の思考を自身に集中させ――その隙に忍び寄らせた蟲型天使を取り憑かせる。
接触しても感触も何もなく、気づかない。最も容易かつ大量に憑依させられたのは、皮肉にも彼を殺そうと無数の攻撃で教会内が音と光に埋め尽くされたときだろう。
一つ付け加えれば……普段の人目を惹く道化師の装いもミスディレクションの一つだ。
<AETL連合>での活動も含め、他人を贄とするために手管を尽くした。
それがヴォイニッチという男である。
『……お前、説明する前に拘束されていたらどうするつもりだった?』
ライザーは最悪の状況の中、シンプルな疑問をヴォイニッチにぶつける。
それに対して、ヴォイニッチはやれやれと首を振り……。
「バカなことを言わないでください。情報を欲してある程度は聞くだろうと思ってましたし」
『私には《視天使》もあるでしょう?』
一つ目天使が、ヴォイニッチの声で話し始める。
戦争前、ランカー達が召集された集会でレイと話したときにも使っていた機能だ。
要は、問答無用で拘束されても後から説明で条件を満たして抜けられたという訳だ。
あるいは、先に条件を説明された贄もいたのかもしれない。
『そうか……滅茶苦茶な能力だな……』
「シンプルな能力のライザー君からすればそうでしょうね。けれど私がノーリスクだなんて思わないでくださいよ? 自分の手の内を詳らかにすることのリスクはランカーなら百も承知でしょう? 私だって、この後に情報が拡散されると考えたら憂鬱なんですから」
ヴォイニッチは溜息を吐いた。会話中でなければ鼻歌を歌いたいくらい不機嫌だった。
『……文句があるならそんな条件を持ったアザゼルに言え』
「そうなりますけどね。ですが結局、情報を拡散することも含めて私のパーソナルなので、まぁ受け入れるしかないかな、と。ああ、良いこともあって伝聞でもこの条件を知ったら拡張条件はクリアされます」
それを聞いて、ライザーは改めて『滅茶苦茶な<エンブリオ>だ』と強く思った。
そして『今日この場で数多の偽装を取り払って全力で能力を使いはじめる』とヴォイニッチ……眼前の<超級>が決断したのだということも把握した。
そして……。
「さて、そろそろお暇したいのですが、最後に何か聞くことは?」
『……そこまで手の内を明かし、力を解禁して……何をする気だ?』
重要なのは、目的。
今日、ヴォイニッチがそうすると決めた理由そのもの。
単にスパイとバレただけならば、ここまでする理由はない。
「簡単な話です。これから何回も何十回も死ぬかもしれないし、何をされるかも分からない相手と戦うので、皆さんに協力してもらおうと思ったんですよ。ついでに、私の能力を伝えておくことで、スパイを見つけたからと迂闊に攻撃して命を無駄遣いする人が出ないように警告することも目的の一つですね」
煽っている訳ではない。
本心で、自分の合理のためにそう言っている。
むしろこの上なく、必要なことを伝えている。
それが聞く者の心情を逆撫ですると理解しながらも斟酌する気はない。
「ともあれ、皆さんはこれから突然死んだりひどい目に遭うかもしれませんがご了承ください」
「フザケるな……!」
とても了承できるはずもないことをあっさりと言ったヴォイニッチに、<マスター>達が激高する。
だが、それを何とも思っていないようにヴォイニッチの表情は変わらない。
「……けれど一つだけご理解頂きたいこともあります」
ただ、少しだけ間を置き、真面目な声音で言葉を続ける。
「私はスパイで王国にとっては最低の裏切り者。ですが、クランに入る際に掲げた目的は嘘ではないのです」
<AETL連合>。三人の王女と一人の騎士を敬愛する<マスター>の集まり。
その内の一集団のトップであった男が掲げていた目的、それは……。
「私の目的は変わらず、『テレジア殿下に生き延びていただくこと』。それだけは変わっていないと……ここに誓いましょう」
その真剣な言葉に、教会内の空気が再びヴォイニッチに呑まれる。
あるいはこれらの行動にも『何か理由があるのか』と思う者すら……。
「では、用事も済んだのでこれで失礼します。皆さん、命を大事に」
そうして静まり返った空気の中、ヴォイニッチはパンと手を叩く。
直後にヴォイニッチの姿は掻き消え――そこには一羽の小鳥が飛んでいた。
『これは……!?』
今の現象は従魔師系統スキル、《キャスリング》。
だが、【鎌王】であるヴォイニッチには使えないはずだ。
しかし、それを可能とするこの小鳥……小鳥型の改造モンスターを多くの<マスター>、特にギデオンで活動している者は知っている。
「あの事件で第二王女を誘拐したフランクリンの鳥だと……!?」
「アイツはカルディナのスパイだったはずじゃ……カルディナと皇国が連携を!?」
ヴォイニッチが消えた教会では、彼に呑まれていた空気の反動のように混乱の声が連鎖し、情報が錯綜していく。
だが、その中でもどのように動くべきかを知る者はいる。
『落ち着け! 《キャスリング》は長距離移動できない! まだヴォイニッチは近くにいるはずだ! 奴を追う! また、水属性の魔法や<エンブリオ>の使い手がいれば教会の消火を!』
ライザーの言葉に、教会の<マスター>達はハッと理解する。
今ここですべきは自らの内に生じた混乱を吐き出すことではないのだと。
「で、でもヴォイニッチにはダメージ転嫁が……拘束も効かず……。それに最後の話は……」
『それでも……アイツを見失えば後々どうなるか分からない……! 奴の能力に対処できる<マスター>が見つかるまで、アイツの動向は捕捉する必要がある』
そんな<マスター>がいるのかは、ライザーにも分からない。
だが、ここでヴォイニッチの行い全てを諦めてしまえば、その先はヴォイニッチの望む未来しか訪れない。
それがこの場の全員、そして王国にとって良い結果になるとライザーには思えなかった。
「りょ、了解……!」
彼の指示に従い、<マスター>達は各々が動き出した。
ライザー自身も陣頭に立ち、何処かへと去ったヴォイニッチを追った。
◇◆
「……とんでもねーことになったな」
教会にいた<マスター>の一人……ダムダムはその光景を教会の隅から見ていた。
彼自身は遠距離型ではなく、ランカーでもないので今回の派遣組に入っていない。
それでも仲間の見送りに教会までは来ていたが、そこで目撃したのが一連の殺戮劇だ。
ブルーは無事に移動できただろうかと、ダムダムは仲間の身を心配する。
(これ、いったいどうなるんだろーなぁ……)
自分にも蟲は憑いているのだろうかと不安に思いながら、ダムダムは自分の<エンブリオ>のスキルを確認する。
彼は、スパイとして周知されていたヴォイニッチが現れた時点で、メリーの追跡対象に彼を設定していた。
『行き先を知られることって不利益じゃねーのかな』と思ったが、スキルは有効だった。
どうやら拡張条件も含めて『知られること』はヴォイニッチの不利益とは認識されていないらしい。パーソナルに関わることと思われるので、ダムダムには判断できないが。
ともあれ、ヴォイニッチの現在位置……向かう先が彼には分かる。
ライザー達は既に飛び出してしまったが、残っている人達から通信で行き先を伝えてもらえばいいかと考えていると……。
「…………オイオイオイオイ」
ダムダムは彼の<エンブリオ>であるメリーが告げたヴォイニッチの行き先を知り、困惑する。
先刻のヴォイニッチの放った言葉も踏まえると、これからそこで何かが起きるのではないかと予感したからだ。
そう、ヴォイニッチの行き先は……。
「アイツ……城に向かってるじゃねーか……」
事態を更なる混迷へと進ませるものだった。
To be continued
〇ヴォイニッチ
(=ↀωↀ=)<嘘はつかないけど騙すのはよくやる
(=ↀωↀ=)<沢山説明するけどまだ言ってないことも山ほどある
(=ↀωↀ=)<九割敵ムーブだけど最後にちょっと思わせぶりなことを思わせぶりな雰囲気で言う
(=ↀωↀ=)<そんなヴォイニッチ
〇《堕辿死》・《飼の宣告》
(=ↀωↀ=)<説明シーン書いてて思ったけど
(=ↀωↀ=)<やってること概ねゲンスルー(H×H)だった




