拾話 戦隊ヒーロー
(=ↀωↀ=)<ほのぼの回
□二〇三〇年・日本N県N市・椋鳥家
それは椋鳥玲二が四歳の頃の、とある日曜日。
「ぎゅーん! ばーん!」
幼い玲二はテレビでその日のヒーロー番組を見終わった後、興奮冷めやらぬ様子で玩具をブンブン振っていた。
それは戦隊ヒーローが使う武器の玩具で、剣や槍に変形するし光るし鳴る。よくある玩具だ。
どうやらその日に放送された戦隊ヒーロー番組が子供心をくすぐる回だったらしく、玲二はテンションが上がりすぎてそのまま家の中を駆け回っていた。何なら縁日で買ったお面まで装着している。
後に彼の相棒となる少女がこれを見れば、『あの暗黒ファッションにも純粋にヒーローに憧れる時代があったのだな……』と遠い目をするだろう。
さて、そのように楽しげに家中を走り回った玲二だが、ふとした拍子にそれまで入ったことのなかった物置部屋に辿り着いた。
物置でも度々換気され掃除機もかけられているのであまり埃っぽくはない。
なので玲二は躊躇うことなく、冒険気分のままに部屋に入った。
「……?」
室内にはプラケースや段ボール箱が積み重なっている。プラケースの中身は古い衣類が多く、段ボールは郵送されてきたものをそのまま重ねたようなものが幾つもある。
段ボール箱に記載された送り主の多くはグッズ会社やレコード会社だ。
幼い玲二には分からなかったが、それらの箱の中には彼の兄が子役兼歌手の時代に出したグッズやCDのサンプルが入っている。
届いて開封、確認した後は使われることなく置かれている。息子の仕事の記念であるため、母が捨てずに取っているのだ。
「…………ぅ?」
しかし、そんな物置部屋の中に一ヶ所だけ明らかな例外がある。
それらは仕舞われているのではなく、飾られている。
ガラス棚の中に丁寧に、写真立てや厚みのない本と共に並べられているもの。
――それは戦隊ヒーローの武器や変身アイテムだった。
「えぇっ!?」
それを見つけた玲二は、目を輝かせる。
まるで伝説の武器を見つけてしまったかのように――幼い子供の主観では正にその通りに――玲二は興奮した。
それらは玲二も知らない変身アイテムと武器だった。
何より、玲二が今も手に持っている子供向けの玩具とは……明らかに質が違う。
それこそ、テレビの中でヒーローたちが使っているものと同じくらいの本物感があった。
未知の、新しい冒険の始まりを予感しながら、玲二は棚を開けようとして……。
「こーら。ガラス戸は危ないぞ、玲二」
両脇に手を差し入れられ、その身を誰かに抱え上げられた。
「にーちゃ!」
「はいはい。兄ちゃんだぞー」
玲二を抱え上げたのは、十歳近く年の離れた兄である修一だ。
「おけいこおわった!?」
「終わったぞー。今日は午前だけだしなー」
修一は中学に入ってからは近所にある樹廻流という古武術の道場に通っている。
放課後や休日はそちらで稽古をつけてもらっているのだ。
「……あ! そうだにーちゃ! これ! これっ!!」
兄に抱え上げられながら、玲二は自分が発見した変身アイテムを指差す。
「ヒーローのアイテム! うち! でんせつのいちぞくだったの!?」
「……あー、今年の戦隊って先代から継承していくタイプだっけ」
特にファンタジーが題材の戦隊でよく見られるタイプである。
「だれがへんしんするの!? パパ!? にーちゃ!? おれ!?」
「物理戦闘力なら姉貴一択じゃねえかな……。あの人、変身する必要ねーけど」
「ねーちゃ?」
小学校高学年の時点で修一は姉よりも背が高くなり、中学からは武術も習い始めた。
だが、その程度で彼と姉の差は埋まらない。
指数関数的に人ならざるモノの域を突き進む姉と比べれば、然もありなん。
なお、玲二はまだそのあたりのことが分かっていないので不思議そうにしている。
……姉が彼を抱えてビルを三角跳びするのはこの少し後であった。
「んー、まぁ、なんだ。これが誰のかって言えば……俺のだな」
「にーちゃ!? にーちゃ! へんしんするの!?」
兄の言葉に、幼い玲二は目を輝かせる。
自分の兄がテレビの向こうのヒーロー達と肩を並べるのだろうか、と。
「するんじゃなくて、したんだよ。ほれ」
修一はそう言って棚を開けて、中から写真立てを取り出した。
写真には同じ変身アイテムを持った男女が並んでいる。
その中に、修一とよく似た顔つきの子供の姿もあった。
「これ、にーちゃ?」
「子供の頃の兄ちゃんだぞ。今の玲二よりは何歳も上だけどな」
航海戦隊クルーズファイブの六人目、クルーズゴールド――その変身前の姿を演じた子役俳優こそが数年前の椋鳥修一である。
子供だが、変身することで大人のヒーローに変わる……昔から時々あるスタイルだ。
そして棚の中に並んでいるのは当時最終回の撮影後に記念として渡された変身アイテムのプロップと、修一の使っていた台本である。
「俺の仕事の中でも思い出深い奴だから、母さんが綺麗に飾ってんのさ。まぁ、客間に置くと目立ってしょうがないからここにあるんだけどさ」
よく見れば、棚の他の段にはドラマの台本やCDも並んでいる。
「しごと? にーちゃ、せかいすくった?」
「救ったぞー。全宇宙を荒らし回った宇宙海賊連合と戦ったからな」
「すっげー! にーちゃ、すっげー!」
兄の武勇伝に、弟はこれまでになく目を輝かせていた。
兄の言うことを素直に信じるかわいい四歳児である。
後に彼の相棒となる少女がこれを見れば、『こんな素直な子供がツッコミキャラでありながら時々酷いボケをする男になるのだな……』と遠い目をするだろう。
「……俺としては一つ前の破壊戦隊ブレイクマンも出たかったんだけどなー。あっちもなんか惹かれるもんあったし」
「う?」
兄の呟きは弟には聞こえなかった。
なお、破壊戦隊ブレイクマンは『昭和の特撮かな?』や『コンプラ大丈夫?』、『人死に出そうな爆発じゃん……』と視聴者に心配された怪作だ。
その影響か、翌年のクルーズファイブは老若男女安心して見られる作風になり、追加メンバーも当時小学生の子役を使ったのである。
「まぁ、これも俳優仕事の中じゃ一番好きではあったがな」
結局、俳優も歌手も『何か違う』気がして辞めてしまったが、思い出の一つではある。
この後の十数年も『できるけどしっくりこない』、『俺の仕事じゃない気がする』と色々な業界を転々とする男だが、それでも過ぎ去った道もまた大切には思っていた。
「そういやこれ、そろそろ合衆国版作られるんだよな。あっちだとゴールドの役者どうなるんだ?」
「ぱわれん?」
「ネットで見られるかな。……あ、そうだ。母さんがお昼ご飯だって呼んでたぞ」
「ごはん!」
遊んでお腹が減っていたのか、兄の言葉に目を輝かせる玲二。
後に彼の相棒となる少女がこれを見れば、『ご飯はよいな……』と遠い目をするだろう。
そうして、修一は「ごはん♪ ごはん♪」と上機嫌な弟を抱えながら、自分の思い出の飾られた部屋から出るのだった。
なお、昼食後に玲二から「へんしんして!」とせがまれた修一は、手品と早着替えで本当に実演してみせた。器用な男である。
◇◇◇
□二〇三〇年・合衆国某所
「……はい! ありがとうございます! 全力で演じさせていただきます!」
その日、一人の男が電話を片手に喜びの表情を浮かべていた。
スポーツで鍛えた屈強な肉体とハンサムな顔立ちのその男は、電話を切ってすぐに自らの隣に立っていた妻を抱きしめた。
「やったよシンディ! 合格だ! 次のレンジャーのメンバーに抜擢されたよ!」
「おめでとうロジャー!」
妻もまた、笑顔で夫……俳優であるロジャーの躍進を祝福する。
これまでスポットライトの中心からは縁遠かった彼にとって、人気ドラマシリーズのレギュラーメンバーという役は初めての大役だった。
そして彼は、ベビーベッドでぬいぐるみを抱いていた自らの娘に駆け寄り、抱き上げる。
「ベティ! パパはこれから活躍する役者に……いいや、ヒーローになるぞ! お前が誇れるような父親になるからな!」
「あぅ?」
ベティと呼ばれた赤ん坊は、フワフワのぬいぐるみ……ハリネズミともヤマアラシともつかない動物のデフォルメされたトゲをしゃぶりながら、上機嫌な父親を不思議そうに見上げるのだった。
To be continued
○むくどりれいじくん4さい
(=ↀωↀ=)<素直で可愛い子供だった頃の玲二くん
(=ↀωↀ=)<この後、姉と兄のせいでメンタルが鍛えられすぎる模様
○樹廻流
( ̄(エ) ̄)<俺の習っていた古武術クマ
( ̄(エ) ̄)<『木断』とか『根砕』とか『枝捻』とか
( ̄(エ) ̄)<身体の回転を起点としつつ植物への殺意が高い名前の技が多いクマ
(=ↀωↀ=)<……それ、人食い植物と闘争する世界から渡ってきた武術だったりしない?
( ̄(エ) ̄)<知らんクマ




