第一二六話 女神は天に在らず、我等の傍らで剣を執る
(=ↀωↀ=)<本日二話更新の二話目
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
□数十分前 【聖騎士】レイ・スターリング
『ネメシス、さっきの「このスキルは使えない方がいい」ってどういうことだ?』
<遺跡>が何者かに襲撃され始めたとき。
プラントで待機していた俺は、ネメシスに念話で質問した。
襲撃の直前、必殺スキルを得たネメシスが発した言葉についての疑問。
『使わない方がいい』でもなければ『使えない』でもない……その言葉の意味を。
『それは、……必殺スキルの概要はスキル欄を見た方が早いぞ』
『ネメシスの口から聞きたい。さっきの言葉の意味も含めて、な』
『……うむ』
ネメシスは少し口ごもったものの、話し始めてくれる。
『まず、<エンブリオ>の必殺スキルは、それまでの成長の結果だ。長期間に亘り、<マスター>を見てきた<エンブリオ>……その根幹にある進化機構が導き出した力。<エンブリオ>の特性を最大限に発露させる。これには性質や経験も含めた<マスター>のパーソナルが大きく関わる』
俺の問いかけにネメシスは少し遠回しにそう述べた。
それは、俺も以前聞いたことがある必殺スキルの概要だ。
ネメシスは、あえて前置きから話し始めている。
『それで……どんな必殺スキルになったんだ?』
重ねて問いかけた俺に、ネメシスは覚悟を決めたように頷き、その身を黒い光の粒子に変えた。
直後、俺の手の中には黒大剣と似て非なる大剣が握られていた。
四つの涙状のオーブと長い帯が付属している。
『第一形態黒大剣改め、第五形態――黒業神剣』
『ブラック・レコーダー?』
記録装置とは……何の?
『私が得た必殺スキル、《女神は天に在らず、我等の傍らで剣を執る》は幾つかの工程を要する』
その疑問に答えるように、ネメシスが順を追って説明する。
『まず、黒業神剣で相手に触れて対象化を宣言する。文言は何でもいいが、触れた後に宣言しないまま別の相手に触れると対象がそちらに代わる』
相手との接触が第一条件。
【獣王】のような手合いや【モノクローム】のような超遠距離型にはそこから難しそうだ。
『次に、相手の二十四時間以内の業――レイ以外に与えたダメージの記録を読み込み、柄の記録帯に刻み始める』
「…………何だって?」
ネメシスの第二の説明に、思わず念話ではなく口から言葉が漏れた。
『時間を掛け、読み込みを終えた時点で準備は完了。必殺スキルの宣言と共に、対象が他者に与えた全てのダメージをダメージカウンターに加算する』
「……ネメシス、それは……」
それは極めて分かりやすく、またネメシスの特性に大きく関わっているスキルだ。
《復讐するは我にあり》、《応報は星の彼方へ》、《追撃者は水鏡より来たる》。
防御兼ダメージカウンター獲得手段である《カウンター・アブソープション》と特殊な進化で得た《逆転は翻る旗の如く》を除けば、ネメシスの戦闘スキルはいずれもダメージカウンターに依存している。
だからこそ、そのダメージカウンターを大量獲得する必殺スキルというのは、スタイルとしてこれ以上なく噛み合うだろう。
得たダメージカウンターをどう使って切り開くかも含め、俺に委ねられているのも納得がいく。
だけど、この仕様だと……。
『このスキルが、大量のダメージカウンターを獲得できる時点で……』
『……ああ。既に多くの犠牲者が出ているはずだ』
理解した。
ネメシスが『使えない方がいい』と述べるのも道理だ。
このスキルが有効に活用できる状況の時点で……きっと多くの人が倒れている。
それは<マスター>かもしれないし、取り返しのつかない命かもしれない。
必殺スキルの示す《我等》は……まだ見ぬ犠牲者達のことなのだろうか。
『使える時点で、取り返しがつかない事態になっているスキル……か』
『きっと、これまで大きな事件……数多の悲劇に立ち向かい続けた結果なのだろうな』
理解できる。<Infinite Dendrogram>の日々は、そういうものだった。
そして恐らく、この戦争での経験が最後の一押しになっている。
<墓標迷宮>で、王都の教会で、そしてこの<遺跡>で……多くの人々の身を賭してこの身を未来に繋がれた経験が与えた影響は大きいだろう。
『……それと、コストや注意事項についても言っておこう。スキルの発動時、合計値が五〇万以内であれば未使用の《カウンター・アブソープション》のストックを消費する』
『……超えていれば?』
『ストック消費と同時にオーブが砕け、ストックの上限そのものがデスペナルティまで永続的に一つ削れる』
膨大な他者の傷跡を背負う上で、生じるリスク。
その程度ならば、甘んじて受ける。
……いや、これが俺から生じたスキルなら……。
『そしてもしも、ストックのない状態で使用すれば……』
『俺が死ぬのか?』
俺の言葉に、ネメシスが頷く気配があった。
『……ああ。発動後、ダメージカウンターを使い切った時点で――レイ自身も背負った分と同じだけのダメージを受ける。死と同義だろう』
『なるほどな……』
接触という開始条件。
スキルの発動までの準備時間。
スキルストックや自身の命を削るコスト。
そして、相手が他者に膨大なダメージを与えていなければ……既に被害が出ていなければ使う意味すらない前提条件。
それらの先に在ったのは……俺のこれまでの戦いそのものの具現、か。
ネメシス……いや、<エンブリオ>の機構にはこの上なく正しく読み取られたと言える。
『数多の悲劇齎す者達に立ち向かい、他者の受ける痛みを受け止め、新たな悲劇が生まれる前に悲劇の元凶を砕き、未来を掴む。御主がこの世界で幾度も繰り返したことだ』
『……そこまで大層に言われることだったかな』
『ことだったとも』
ネメシスは、少しだけ複雑そうな声音で笑った。
これまでの日々への懐かしさと、苦笑と、哀しさが混ざっているような声だ。
『そして、使えない方がいいとしても、使うべきときならば……御主は使うだろう?』
『……ああ』
そのために犠牲者が出ることを決して望みはしない。
それでも使うべきときが来たのならば……、多くの犠牲者を生み、尚も突き進もうとする存在の前に立ったのならば、俺は使うだろう。
そんな俺の答えに、ネメシスは『ならば』と言葉を続ける。
『地に伏す者達の傷を自らに刻み、未来を塞ぐ悲劇を砕く。
そんな御主だからこそ、この私、【復讐乙女 ネメシス】は……否』
ネメシスは黒業神剣から人の姿に戻り、俺に向かい合う。
「メイデンwithカリキュレーター・アームズ、【応報神姫 ネメシス】は己の全てで御主を支え、共に望む未来を掴み取ろう」
――そう言って、いつかのように俺に笑いかけた。
◇◆◇
□■<遺跡>・プラント内部
レイ・スターリング。
皇国の<超級>を幾度も破った彼は有名であり、そのデータは皇国でも広く知られている。
何より、カタは個人的にも彼を調べた。
そのバトルスタイルも知っている。レイの<エンブリオ>であるネメシスの本領は、被ダメージを契機とした固定ダメージカウンター及びステータスバフ。
逆に言えば、ダメージを与えられなければほぼ機能しない。
かつて、フランクリンはそれを逆手にとった【RSK】で彼を追い詰めた。
そして今現在レイと相対するカタ……否、もはや理性を放棄した彼に代わって状況を見極めていたニーズは、それも含めて恐れるに値しないと既に判断していた。
なぜなら、先の攻防で《渇望の牙》を防がれたが、そのダメージを倍返しにされてもカタの命を獲るには程遠かった。顔面を半分抉り飛ばしただけなのだから。
唯一、《渇望の牙》を防げる《カウンター・アブソープション》には使用可能な回数が限られ、それら全てを費やして溜めたダメージを倍返しされたところでカタは死なない。
そして《カウンター・アブソープション》なしで攻撃を受けた時点で、レイは終わる。
ならば警戒する必要はないと、そう考えていた。
『…………!』
だが、白き獣の本能が告げている。
銀色の煌玉馬に騎乗して自分達へと迫るレイ。
その片手に握られた黒き大剣には――既に自分達を殺せる力がある、と。
どういう仕組みか、宣言された必殺スキルが如何なるものかをニーズは知らない。
それでも、分かるのだ。
もはやあれには勝負を決定づけるだけの何かがあるのだと。
何を以て、未だ<超級>に遠い上級の<エンブリオ>がそれほどの力を手にしたのかは、ニーズにも皆目見当がつかない。
しかし、発動を許した時点で形勢は逆転している。
『……だとしても』
だとしてもニーズに、そして暴走するカタに選択肢はない。
レイを殺す。ルークを殺す。パレードを殺す。ティアンを皆殺す。
この場の全てを葬った先にだけ、カタの望む結末がある。
そして、それを止める道こそが……レイの選んだ可能性だ。
「――往くぞ――!!」
『――■■■――!!』
当たれば終わりはお互い様。
ならば後は、剣が速いか牙が速いか。
相手を殺した方が、望みを通す。
至極単純な弱肉強食の始まりだ。
『■■■ァァァ!!』
獣の咆哮と共に流れ出した血液が泡立ち、無数の餓竜が生まれ出ずる。
ティアンを見失った飢餓の虜は、当然の帰結として新たな獲物にレイ達を選ぶ。
だが、それをさせまいと自らの唯一の生路である勝利のためにパレードが動く。
「《ルアー・オーラ》からの~~《指名手配》ですよぉ!!」
【扇動王】たる彼のみが使えるコンボによって、餓竜はまたも矛先を獣へと変える。
餓竜の群れが一斉に獣に群がり、その表面積を覆い隠すように食らいつく。
「フーッフッフッフゥ~! 何度やっても無駄ですよぉ! いい加減学習しませんか?」
自分のスキルが綺麗に決まったパレードが、ビフロストの陰に隠れながら勝ち誇る。
「学習、したようですよ」
「…………え?」
だが、そんな彼に冷や水を浴びせたのは、荒く息を吐きながら立っているルークだ。
彼はその指先を獣へと向けている。
そこには変わらず餓竜に群がられている獣の姿があった。
群がられ……続けている。
「……あれ? 餓竜が……食べられてませんね……?」
まるで鱗のように、蒲公英の綿毛のように、白き獣は全身を喰らいついた餓竜で覆っている。
先刻のように、全身に口を形成して喰らっていない。
捕食しなければHPは削れていくが、白き獣はそれに構う様子がない。
「なんで?」
『対策したか……!』
その行動の意味がパレードには分からず、獣と相対するネメシスは理解する。
ネメシスの《復讐するは我にあり》はダメージの倍返し。
ダメージカウンターを蓄積した状態で相手に触れることで発動する。
触れなければ意味はなく、触れたとしても相手が部位を切り離せばそこで止まる。
『奴とモンスター共のカウンターは……やはり共通……!』
餓竜は獣より生まれた獣の一部ゆえに、《渇望の牙》さえも有効化される。
そして一部であるがゆえに、ネメシスの持つダメージカウンターも同じ。
刃が餓竜に触れた状態で《復讐》を使ってしまえば、どれほど膨大なダメージカウンターであろうともその一匹でダメージの伝播が止まる。
それを理解しているからこそニーズは餓竜を自らに喰らいつかせ、鎧う装甲に変えた。
《竜王気》に次ぐ第二の鎧……危険と判断したネメシスへの対策。
彼女の必殺スキルとその危険を察し、即座に応じたニーズヘッグ。
<超級エンブリオ>としての、経験の差。
聳え立った障害に対し、自らの<マスター>はどうするのかとネメシスが考えたとき。
「――押し通る」
レイは怯むことなく、シルバーを進ませた。
『…………!』
圧縮した空気の足場を踏みしめて、シルバーは駆ける。
背に乗せた主の意図を読み取りながら、疾走。
アクセルを緩める気配のない相棒と愛馬に、ネメシスもまた覚悟を決める。
『■■■!!』
迫るレイに、獣は牙を剥き出して吼える。
その身は膨大な赤いオーラに包まれている。
ここに踏み込めば、如何なるものも阻まれ、弾かれ、動きを抑制される。
ゆえに、獣が狙うのはカウンター。
レイがその手に大火力の大技を持っているとしても、自分の鼻先で動きを緩めれば発動前の一瞬で食い千切ることができる。
理性を捨てても、かつて相対した【餓竜公】の手口は身体が覚えている。
白き獣はかつて自らが浴びたように、高出力の《竜王気》そのものを叩きつけて動きを封じんとした。
『――大した《竜王気》だ。出力だけならば【龍帝】以上か?』
――その動きに、少女の声が挟まる。
声の主は、ルーク。
しかしその口からは、彼のものでもバビのものでもない声が漏れている。
まるで悪霊に取りつかれたかのように発される声音は……タルラーのもの。
自分と混ざったはずの従魔が自分の身体で呑気に言葉を発しているが、今のルークにそれを御する余裕はない。
それは霊魔人の身体を自分だけでコントロールできていないこと、ルークの負担は今もなお過大であるという証明だ。
それでも……。
『だが、どれほど堅牢であろうとも、ただ一度通すだけならば不可能ではあるまいよ』
それでも今のルークは神経をすり減らしながら、霊魔人の持ちうる術式を動かすために全霊を注いでいる。
「――《魔法威力拡大》――残存MPの九割を投入」
紫色のオーラを纏う霊体の魔人の手には、その身と合わさったタルラーの持つスキルが発現している。
西方の状態異常やデバフに特化したものとは違う、東方の恐るべき呪術。
それを膨大な《竜王気》に護られた獣に徹すべく、魔人は自らの全霊を注ぐ。
そして、迫るレイに向けて獣が《竜王気》を叩きつけんとしたとき……。
「――《知覚共感呪》――五感連結」
――その瞬間に――魔人は遥か東方の呪術を行使した。
東方呪術の一つ、《知覚共感呪》。
所謂『丑の刻参り』に近いものの、藁人形ではなく生物の感覚を他の生物に伝播させる呪い。
本来は小動物を使い、感覚を繋げた小動物を拷問して対象を悶え殺す呪いだ。
しかし今、ルークが術の対象に指定したのは『自分自身』。
『強制的に他人の感覚を味わわされる』ことがどれほど行動を阻害するかを、ルークは戦争一日目のモクモクレンによって経験済み。
まして、今回は五感の全て。
死の権化であるタルラーと融合し、混ざり合ったことに現在進行形で苦しみ続けている自分自身の感覚を獣へと流した。
霊魔人の全身全霊で放たれた呪いが、《竜王気》の護りさえも貫通し――。
『――■ギ■ィ!?』
――膨大な感覚異常が獣を襲う。
「――かふっ!」
――同時に獣の持つ全身を食らいつかれ、毒に蝕まれる感覚もルークに流れる。
《知覚共感呪》の五感の連結は一方通行ではない。
双方向だからこそ、本場では小動物を介するのだ。
それでも、ルークは呪術を解除しない。
レイに勝機を与えるために、自らの神経を擦り減らしてでも呪い続ける。
獣が身悶えする間に、レイは距離を詰めていく。
『■■■ァァァァアア!?』
自らの存在すらあやふやになり、囂々という耳鳴りに苛まれ、自らと切っても切れぬはずの嗅覚と味覚さえも崩壊している。
今日の戦いで幾つもの負荷を掛けられてきた獣にとっても最大級の障害。
常人ならば戦闘はおろか、意識を保つことさえ不可能。
『■、■ぁ……!』
それでもなお、獣は動く。
自らへと迫るレイを迎撃するために、その先にある壊れかけの未来を掴むために。
視覚すらも崩壊しかけている中、何者も近づけないために全周囲にこれまで以上の出力で《竜王気》を放出する。
しかし、獣の意に反し――その身を守っていた赤いオーラが消失する。
『■■……!?』
《竜王気》の燃料となっていたリソースの枯渇によるものではない。
スキルの根幹、【恐竜王】の刺青が消えている。
それは、繰り広げられた戦いの結果。
防衛線を築いた<マスター>達の奮闘によって使用量を削られ続けていた。
そして今、それが限界に達し……《弱肉強食》で得た【恐竜王】の力を使い切った。
「カタァァァァ!!」
身を守るオーラを失った白き獣に、銀の【聖騎士】が迫る。
巨大な獣と比べれば、小さな人馬。
全身の感覚が異常をきたした獣が、それを正確に迎撃することは困難。
ゆえに、獣が選んだのは自身以外の感覚を用いること。
『■■■ァァッ!』
獣は両の前足に形成した牙で、自らの身体を抉った。
直後、これまで以上に周囲にバラまかれた血が、これまでで最大数の餓竜へと変わる。
雲霞の如く、周囲へと広がる餓竜の群れ。
再びパレードのコンボが機能するまでの僅かな間、餓竜は一斉に最も近い敵――レイへと向かう。
空中にいようとも関係ない。餓竜は他の餓竜を踏みつけにしながら積み重なり、死体の山を駆けあがるが如くに獲物へと迫る。
そして、それほどに大規模な群れの動きならば――。
『――■■■■ッ!!』
――感覚異常を抱えた獣でも察知できる。
獣は餓竜の動きの先端……レイを目がけて両腕を振るう。
無数の餓竜をその牙に巻き込みながら、レイへと迫る二つの軌道。
このプラントへの突入時、初撃の《渇望の牙》は《カウンター・アブソープション》で阻まれ、衝撃即応反撃で顔面を消し飛ばされた。
だが、今回は違う。獣は両の前足を僅かな時間差をつけて振るっている。
《カウンター・アブソープション》で一撃を防げたとしても、続く二撃目が衝撃即応反撃を使わせる間もなく、レイ・スターリングの<エンブリオ>を粉砕する。
今度こそ確実に仕留めるための戦術。
獣と化してもなお発揮された戦闘経験のなせる技。
それは狙い過たず、レイへと迫る。
そして両腕の牙の描く軌跡が、空中のレイと重なり――、
『――《風と歩む魂》』
――銀の煌玉馬がそんな言葉を発した。
しかし、それは獣からすれば遅かった。
宣言が何らかの現象を引き起こすよりも早く――牙が届いたのだから。
レイのいた場所をあらゆるものを砕く獣の牙が過ぎ去る。
一瞬の後には、跡形もない。
そこには――彼らがいた名残である光の塵だけが漂っていた。
これ以上ない、<Infinite Dendrogram>における勝利の証明だった。
◇◆
(勝、った……!)
倒すことを願った、相容れぬ存在の消滅。
それを契機に、獣の脳裏に人間としての……カタの思考が戻る。
いまだに呪いがその身を蝕み、自傷も含めたダメージは危険域に達していた。
だが、これでいいとカタは判断する。
あとは、自分同様に満身創痍の【魔王】と【暗殺王】を倒し、パレードとティアンを抹殺するだけで、あの声の要求を叶えられる。
(そうすれば……)
『もう一度ウルと会える』……カタがそう思考したとき。
『――届いたな――』
聞こえるはずのない声が響く。
既に存在しないはずの男の声が。
完膚なきまでに撃破し、消し去ったはずの声が。
『――全身を覆う餓竜も――』
『どこに……!?』
何処かから、聞こえてくる。
囂々という耳鳴りの中でも、骨身を伝わって確かに聞こえてくる。
その意味を、カタは察する。
『……まさか!?』
その出所を探ったカタは気づく。
それは、最もあり得ない場所だった。
自らの懐のどこかではない。
彼を屠ったはずの両手の牙ではない。
『――全身に形成できる口も――』
その声は――。
「――ここにだけはねえだろう!!」
――白き獣の巨大な口の中から響いた。
声の主――消えたはずのレイの姿は頭部の口内、牙の内側にあった。
銀に輝く愛馬と共に。
獣の口中に流れ込んだ光の粒子で――その身体と装備を再構成しながら。
『……クッ!?』
何が起きたのか、なぜそうなったのか、カタには理解できない。
分かることは、致命的な距離にまで入り込まれたこと。
(まだ……!)
それでもカタは手を打つ。
牙の内側であろうと、餓竜の生成されぬ体内であろうと、倒す術はある。
両腕に形成した牙を再び振るい、自分の顔面ごと噛み砕く。
それをしてもカタは死なない。
相手の反撃を受ける前に今度こそ息の根を止めんと、さらに自らを傷つけようとして――。
『――カタさん――』
――再び、聞こえるはずのない声が聞こえた。
『――――――え?』
それは、少女の声。
もう聞くことの叶わないはずの声。
聴覚を苛む耳鳴りの中、偶々ピントが合ったかのように聞こえた、ただ一言。
その声の前には他の全てが意味を失い、カタの意識がそれに傾けられる。
そうして、いないはずの者を探して――彼は見てしまった。
『――――――――ウル?』
混迷する視界の中、自分と感覚が混ざった誰かの――生者とは異なる視界。
その中で……自身のすぐ傍に決して忘れえぬ少女の姿があった。
何かの儀式で着るような民族衣装を着た、しかし見紛うはずもない顔の少女。
半ば透き通っていても、カタには彼女だと分かった。
けれど、彼女の顔はひどく悲しそうで……。
『う、ル…………?』
『――――』
呆然と、愛する人の名を呼ぶ。
そんな彼に少女は口を動かし、何かを話そうとしている。
けれど、彼の名を呼んだ言葉……ずっと彼の傍にいた彼女が幾度も放ってようやく届いた一度を除き、彼女の言葉は押し寄せる耳鳴りに塗り潰されてカタの耳には聞こえない。
彼に分かるのは、その口が紡ぐ言葉が『死ね』の二字ではないことだけ。
『ま、待って……!』
自分ごと敵を噛み砕くはずだった牙が、両掌から消える。
傷つけるためではなく、大切な人を掴むために、カタは手を伸ばす。
けれど、手を伸ばしても……届かずにすり抜けてしまう。
『俺は、君に、言わなきゃ、謝らなきゃって……!』
触れられぬものに手を伸ばす彼の声はまるで、置いてきぼりにされた子供のようで……。
そこで限界を迎えたルークの意識が途切れ、《知覚共感呪》が解けた。
幻のように、求めた少女の姿がカタの前から消える。
『――う、る……――』
――望外の出会いと喪失に、カタの心は埋め尽くされて――。
「――《復讐するは我にあり》」
――その直後に、罪過を清算する女神の一撃が炸裂した。
カタが何を見て、何を求めて手を伸ばしたのか、レイには分からない。
しかし、レイが虎口に飛び込んでから発動までは僅かな時間があった。
まるで、カタの心が得た邂逅に少しの猶予を与えるように。
それでも今、スキルは発動し……罰は下る。
カタ自身が刻んできた傷によって齎された罰。
罪の在処で発動したその一撃は、白き獣の総体を消し飛ばす威力で放たれる。
一瞬の内に獣の全身に伝播し、消滅させる。
それはあたかも、傷つき続けた獣への介錯のようであり……。
悲しき暴走は死によってピリオドを打たれた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<カタ戦
(=ↀωↀ=)<決着
○告知
(=ↀωↀ=)<迫る10月1日は
( ꒪|勅|꒪)<新刊の発売日カ?
(=ↀωↀ=)<いえ、シャングリラ・フロンティアのアニメ放送開始日です
( ꒪|勅|꒪)<……何で他所様の宣伝から入っタ?
(=ↀωↀ=)<まあまあ
(=ↀωↀ=)<ちなみに10月1日は日曜日なので
(=ↀωↀ=)<こちらの新刊は発売日がいつもより前倒しです
(=ↀωↀ=)<結果、明日9月29日が小説21巻と漫画版12巻の発売日ですね
( ꒪|勅|꒪)<電子版ならこの後すぐじゃねーカ
(=ↀωↀ=)<今回はどっちも書き下ろし部分でちょっと情報奮発してます
(=ↀωↀ=)<メロンブックス様とBookWalker様のSSもよろしくね!
(=ↀωↀ=)<あ。ちなみに漫画版12巻は最新59話までの収録となりますね
(=ↀωↀ=)<ネーム来てますが60話と61話で第一部のエピローグをやるようです
(=ↀωↀ=)<もちろんその二話だけでは次の単行本13巻には足りませんね
(=ↀωↀ=)<つまり?
○《女神は天に在らず、我等の傍らで剣を執る》
(=ↀωↀ=)<連載開始から八年経って遂に発動した主人公の必殺スキル
(=ↀωↀ=)<説明を今回出すか、次回発動時に出すかを考えて
(=ↀωↀ=)<とりあえずWEBでは今回出すことにした模様
(=ↀωↀ=)<性質上、対レイドボス特効スキルですが
(=ↀωↀ=)<逆に余計な犠牲者出さない相手とタイマンする場合はほぼ意味がない
(=ↀωↀ=)<ちなみにダメージカウンターは被害者のHP止まりではなく
(=ↀωↀ=)<オーバーキル分も加算されています
○《風と歩む魂》
(=ↀωↀ=)<デンドロにおける敗北確定演出(エミリー除く)な光の塵状態から逆転したスキル
(=ↀωↀ=)<詳細は次回のResultですが
(=ↀωↀ=)<少しだけ言うと空間転移ではない
(=ↀωↀ=)<そっちは今現在【水晶】に封じられてるしね
(=ↀωↀ=)<空間転移より遥かに物理かつオカルトな理屈でやってます




