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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第三章 <超級激突>

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第六話 スパーリング

□■【記者】/【絶影】マリー・アドラー


「レイさんがよく話題に出す<超級殺し>の正体って、マリーさんですか?」


 お二人にチケットを渡し、レイさんが店を離れた直後、ルーク君から唐突に正解を耳打ちされました。


「なんでばれてるんですか!? ……いやいやいやいや違いますYO!?」


 普段の私ならもう少し誤魔化せるのだろうけど、あまりにも想定外だったので、「図星です」と言わんばかりの反応をしてしまった。

 ルーク君も「やっぱり」と言わんばかりの表情だ。


「い、いやだなー、わた、ボクは違いますよー。<超級殺し>の男じゃありません」

「じゃあ順番に状況証拠並べるので認めるときは挙手を願います」

「へ?」


 そう言ってルーク君は訥々と推理を並べ立てる。


○<超級殺し>は正体を隠蔽する能力があるのに、私が度々「<超級殺し>の男」と目撃証言をしたこと。


○それは正体の女性と逆のイメージを、事実として印象づけようとしたからではないかということ。


○先ほど<超級殺し>の思想について話すとき推測ではなく誤魔化している風だったこと。


○【ガルドランダ】との戦いの最中、上空にいたルーク君達からも内部の様子が見えないほどの濃密な瘴気だったのに、瘴気の外にいた私が「<超級殺し>が【ガルドランダ】の“左肩”を撃った」と述べていたことをレイさんから聞いていたこと。


○リアルで一年、こちらで三年以上のプレイ時間に対して合計レベルがルーク君やレイさんと比べても低いので、本当の実力を隠蔽しているのではないかということ。


○私そっくりの容姿の記者兼殺し屋が主人公の日本のコミックがあり、それを電子書籍で読んだところ言動まで私そっくりだったこと。


 そこで私は両手を上げた。降参します。

 あと読んでくれてありがとう。海外で翻訳版を出した覚えがないのですけど日本語で読んだんですか?


「ふ、ふふふ、完敗ですよ……バラす前に気づかれたのはこれが初めてです」


 何という推理力でしょう。

 これはもしやルーク君のリアルは探偵か何か?

 見た目は子供で頭脳は大人ですか?


「いえ、マリーさんはかなり隙だらけでしたので、他にも気づいている人はいると思いますよ?」

「グフッ」


 それはそれでダメージ大きいなぁ……。


「それに記者兼殺し屋のキャラクターと同じ容姿と名前のキャラ使っていたら、読者ならすぐわかっちゃいます」

「それは重々承知していますがアイデンティティなので」


 そう。

 私が<Infinite Dendrogram>をプレイする目的からして、【記者】で“殺し屋”のマリー・アドラーでなければ意味はない。


「ただ、僕や他の人はともかくレイさんとネメシスさんは全く気づいている様子がありませんね」

「……あの二人にバレていたら、悶死しますね」


 構図として凄まじく格好が悪いと思います。


「お二人が唯一デスペナルティしたときの相手がマリーさんですよね。普通なら一言物申すのかもしれませんが、今のマリーさんにお二人をどうにかしようという悪意は見えません。ですので、僕からは特に何も言うことはないと思います」

「ありがとうございます」

「それはそれとして、少しお願いしてもよろしいでしょうか?」

「…………」


 ねぇ、今の流れで「お願いしてもよろしいでしょうか?」ってほとんど脅していますよね?

 もしかしてルーク君ってSなんです?


「ま、まさかお姉さんにエイチなお願いでも……」

「要りません」

「傷つきます……」


 美少年に笑顔のまま「要りません」と言われると心に罅が入りそうです……。


「それじゃお願いって何ですか?」

「僕と模擬戦してください」

「対戦?」


 なにゆえ?


「先ほども少し申しましたが、対人戦の練習を積みたいと思っているんです。それで歴戦のPKであるマリーさんに手ほどきをしてもらいたいんです」

「はぁ、それは構いませんけど」


 場所柄としても丁度いいですし。

 こういう決闘都市では一部の闘技場を練習用にレンタルできますから、そこを使えば安全にスパーリングできますね。


「何で対人戦を?」

「ナイショです」


 ルーク君はそう言ってニッコリと笑いました。

 天使が微笑んだらこんな感じ、というとても綺麗な笑みです。

 魅了されても仕方がないけれど、今はその微笑に少し怖いものを感じたのでした。


 ◇◆


 そうして移動しましたのは決闘都市六番街にある第六闘技場。

 ここギデオンには中央の大闘技場以外にも十二の闘技場があります。

 それらも日々イベントや賭け試合が開催されているのですが、ローテーションでイベントに使われない休場状態の闘技場があります。

 そして休場の闘技場は練習用にレンタルできるものもあります。

 練習用の闘技場はイベントのように全面を使うわけではなく、結界である程度の範囲ごとにブロック分割されています。それを一ブロック一時間5000リル程度の相場でレンタルできます。

 結界内では怪我や武具の破損、アイテムの消費やデメリットスキルの使用を気にせずスパーリングできるのですから、お安いですね。

 結界を不透過モードにも出来るので、外部の目を気にしない練習が出来るのもありがたいです。

 と、そうだ。


「ルーク君ってまだレベル51超えてませんよね?」

「48です」

「じゃあ結界には寄りかからないでください。通り抜けちゃいますから」


 この結界システムの設定上、レベル50以下だとすり抜けちゃうんですよね。なんと言うか、網目の大きいザルみたいな形で。

 結界の修復効果は得られるみたいですけど、結界が壁にならないからレベル50以下は闘技場の興行に出られないんですよね。

 まぁ、吹っ飛ばされて客席に突っ込んだりしたら大変ですしね。

 ルーキーだらけの新人戦とか見てみたくもありますが。


「準備できましたよー」


 レンタルしたブロックで不透過モードの設定を終え、私はルーク君を振り向きました。

 ルーク君はバビちゃん、マリリン、オードリー、それと装備に擬態した流体金属系のスライムで既に戦闘の準備を整えています。


「今日は夕方から予定もありますし、スパーリングは十本までということで。それとスパーリングなのに実力差が開きすぎてももんだいなので、ボクはMVP特典なしで戦います」


 MVP特典込みだとルーク君が何も学べないうちに十敗してしまうでしょうし。

 けど、対人戦の練習なので<エンブリオ>は使います。


「私の<エンブリオ>は比較的(・・・)トリッキーではないので、練習には丁度いいと思います。いいですか?」

「はい!」


 さて、スパーリングの始まりです。

 ルーク君の今の実力はどんなものでしょうか。


 ◇◆


「アルカンシェル」


 私は左手にリボルバー拳銃型の<エンブリオ>――TYPE:レギオンのアルカンシェルを呼び出して握ります。

 右手には黒塗りの短刀【ナイトペイン】。MVP特典ではないですが、頑丈かつこれを用いた攻撃の視認阻害効果があります。

 ま、射程が短いので視認阻害は殆どおまけですけど。


「《喚起》、マリリン、オードリー」


 ルーク君もテイムモンスターを二体呼び出します。

 地竜種の亜竜であるマリリンちゃんと、火炎の怪鳥のオードリーちゃん。

 装備品に擬態した金属スライムと思しき新入りちゃんも含めて三体。

 いずれも下級職のルーキーが持つには破格の戦力ですね。

 それに。


「ごーよんーさんーにー」


 呑気に試合開始までのカウントをしている風に見せながら、虎視眈々とこちらを見る淫魔――バビちゃん。

 さて……。


「いちー、ぜろー!」


 言葉と同時に、亜竜と怪鳥、バビちゃんの三体が突撃して来ました。ルーク君は後方で私に【魅了】のスキルを掛けてきています。

 恐らくはこれが彼らの狩りで多用している戦闘スタイル。

 最初の一戦目は小細工無しにそのままぶつかるようですね。


「では、こちらも小細工無しで」


 私はアルカンシェルを振るい、中折れ式リボルバーの回転式弾倉から中身を放出します。

 ルーク君が怪訝そうな顔をします。

 そうでしょうね。まだ一発も撃っていない銃から排莢してたら、そうも思うでしょう。

 でもアルカンシェルはあくまで<エンブリオ>。

 銃の形をしていても銃でなく、撃ち出すのは銃弾ではありません。


「《黒の追跡(ブラック・ホーミング)》、《赤の爆裂(レッド・バースト)》、《青の散弾(ブルー・スプレッド)》」


 私の言葉と共に、三種の弾丸――否、透明な容器に入った“絵の具”が回転式弾倉に装填されます。

 私は再度腕をふるってアルカンシェルを折れた形から銃の形へと戻し、


「――Fire」


 引き金を引きました。


 直後、アルカンシェルの銃口からは数十体の弾丸型のモンスターが飛び出します。

 それらは全て折れ曲がる軌道を描きながらも怪鳥へと殺到します。

 怪鳥は飛翔して回避しようとしますが、弾丸生物も怪鳥を追尾して飛びます。

 怪鳥の飛翔速度と弾丸生物の速度に然程差はありません。

 加えて、


『KIEEEEE!?』


 ここは“結界内”であるためにすぐに天井に至ります。

 弾丸生物は怪鳥に追いつき、着弾し――一斉に爆裂しました。

 木っ端微塵になった怪鳥の残骸が粒子になって消えていきます。


『VOLAAAAAAAAA!!』


 攻撃直後の私を狙って今度は亜竜の衝角が迫ります。

 その突撃はリアルで言うなら10tトラックが全速力で向かってくるようなものでしたが、


遅い(・・)


 AGIが五桁の数値を記録し、超音速戦闘の域に到達している私には止まっているのと同じです。

 迫る衝角を紙一重で回避しながら再度排莢。

 今度は無言で《赤の爆裂》と《緑の貫通グリーン・ピアッシング》の二種を装填。

 そして私の視る世界ではゆっくりと、彼女の視る世界では猛烈な速度で駆け抜けようとしていく亜竜マリリンの甲殻に銃口を押し当てて――撃つ。

 貫通能力を付与された弾丸生物は亜竜の甲殻を容易く貫き、内臓に達したところで爆裂しました。

 体内爆破で即死した亜竜が光の塵になります。


「次」


 順番からして次はバビちゃんかな、と思いましたが視界内に見当たりません。

 はてどこに……っと。

 私は後方を視ずに【ナイトペイン】を一振るいします。


「……ァ」


 直後、何もなかった場所から鮮血が噴き出し、バビちゃんが姿を現します。

 どうやら透明になっていたようです。

 <エンブリオ>とはいえ何で淫魔がそんな能力を……。

 あ、そういえばバビちゃんには《ドレインラーニング》ってスキルがありましたね。

 これまで狩ってきたモンスターに《透明化》持ちがいたんでしょうかね。

 <ネクス平原>近くの森林地帯にいる【レッサーカメレオンバジリスク】あたりでしょうか。

 バビちゃんも消えて、残るはルーク君と新入りのスライムのみです。

 爆裂貫通弾に設定したままのアルカンシェルを再度発砲。

 これでお終いかと思ったのですが、予想外にも弾丸生物は着弾した直後に逸れて結界にぶつかり、そこで爆発しました。

 はて何が起きたのでしょうと見てみれば、擬態コートの着弾した部分がスロープのようになだらかな曲線を描いています。あれで流した、と。


「成功だよ。リズ」


 どうやらルーク君がスライムに命じてそういう形状に変化させたようです。

 ……マリリンちゃんに叩き込んだ一発でこっちの弾丸生物の特性を見切られた?

 加えて、モードの切り替えに排莢動作が必要なのもバレてますよねー。

 怖いわー。ルーク君の観察力が怖い。

 でも。


「それだけだと防げませんよー」


 排莢、そして《緑の貫通》のみを装填。

 引き金を引いて飛び出した貫通弾丸生物は、先ほどの爆裂貫通弾を遥かに上回る貫通力でスライムのスロープ防御を突き抜け、ルーク君を蜂の巣にしたのでした。


 ◇◆


 私ことマリー・アドラーの<エンブリオ>であるアルカンシェルの特性は弾丸生物の創造・射出。

 そして弾丸生物の特性は使用する“絵の具”によってまるで違ったものになります。

 “絵の具”は六色あり、六つの弾倉にどれだけの割合で詰めるかで弾丸生物はまるで違ったものになる。

 今回の戦いで言えば、最初は目標追尾能力がある黒と、爆発能力を持つ赤、弾数増加能力を持つ青を混ぜた追尾爆裂散弾。

 次は赤と、貫通能力を持つ緑を混ぜた爆裂貫通弾。

 最後が緑に全振りした貫通弾です。

 混ぜるほど能力は増えますけど、一つ一つの特性は弱まりますからね。状況に応じて使い分けます。

 レイさんと遭遇した初心者狩りのときは黒と青だけ使っていました。

 初心者相手に威力増加用の赤や防御突破用の緑は要りませんしね。


「と、ネタばらしするとこんなところですが」

「それのどこがトリッキーじゃないんですか?」


 一戦目を終えての練習場。

 そこには蜂の巣になったルーク君や消えていったバビちゃん、マリリンちゃん、オードリーちゃんも五体満足元気に座っています。

 結界内ですからねー。死んでも死にませんよ。


「いえいえ“比較的”トリッキーではありません。第六形態になった<エンブリオ>の中では真っ当な部類だと自負しています」


 上級で必殺スキル覚える頃になると独創的で頭おかしい<エンブリオ>増えますからね。

 結界内に入った人間を悉くロリショタにするとか。

 装備が強制解除されて全裸で戦わなきゃいけないとか。

 一番忌み嫌う生き物に変身させて死んだら首から上だけ戻るとか。

 そういう頭おかしい……あ、これ全部レジェンダリアの<超級>でした。

 あそこ変態しかいませんね。


「さて、そろそろ二本目行きますか」

「はい」


 お、ここで折れる可能性も考えていましたが続けますか。

 いいですね。やっぱりレイもルーク君もメンタル強いです。

 じゃあちょっとずつ本気出して行きましょう。


 ◇◆


 そうして計九回の模擬戦は終了しました。

 ここまでの結果は私の九連勝です。

 二戦目と三戦目は一戦目の焼き直し。

 四戦目は動きが良くなってきたので《影分身の術》を使用。

 五戦目はそれにも対応して動いてきたので《隠行の術》も使用。

 以降はそのまま<エンブリオ>と《影分身の術》、《隠行の術》を組み合わせていましたので殆どワンサイドゲームでしたね。

 後半は昨日の【暗殺者】集団とやったときより力を入れたくらいなので、この結果は当然と言えば当然ですね。

 ルーク君達はモンスター込みでしたが、私は超級職ですから。非戦闘系の下級職と戦えばこんなものです。

 マリリンやオードリー、リズというらしいスライムも中々いいモンスターです。それでも私との差を埋められる数と戦力ではありません。

 私は職業柄で状態異常耐性も高いですし、耐性装備も持っていますから【魅了】も効きません。

 見所はバビちゃんですね。異様にスキルの数が多く、幅も広かったです。

 《ドレインラーニング》で覚えたスキルは《透明化》以外にもあって、《怪力》や《石化ブレス》なんかも使ってきましたね。他にも火炎や毒に対する耐性も持っていたので、相当数のモンスターのスキルを獲得していたようです。

 それらを踏まえてもまだ余裕を持って私が強かったです。ほとんど一方的な展開です。

 こうなると心配なのはルーク君が何かを学べているかです。

 特に私が《影分身の術》と《隠行の術》を使ってからです。

 ルーク君も分身と隠行に対応し、オードリーの《火炎放射》で潰しはしてきました。

 相手が見えない、どれが本物かも分からないなら全部焼く。

 有効な戦術です。

 けれど私にしてみれば見飽きた対応とも言えます。

 この模擬戦に限らず、百を超えるPKの経験で同じような対応は幾度となくありました。

 あの森で【破壊王】と思しき<マスター>の襲撃を受けたときもそうです。

 私に対して範囲攻撃を使うことが常道であるように、私が範囲攻撃を突破することもまた常道です。

 分身はランダム動作のまま維持。炎で燃え尽きても構わず動かし続ける。

 私自身は炎の隙間を見つけて潜り、あるいは爆裂弾モードの弾丸生物を使って強引に道を作って回避する。

 それが私の常道であり、この模擬戦も後半戦は殆どそのパターンで固定化されてしまいました。

 ルーク君にしても他に有効な手の打ちようがなかったのでしょう。


「…………」


 同じくらいの相手との全力勝負はほぼ確実に何かを掴めます。

 けれど、実力が遥かに違う相手との勝負はオールオアナッシング。

 何も身にならないか、決定的に成長するかのどちらかです。

 ルーク君は何かを得られているのでしょうか?


「次が、最後の十戦目ですね」

「はい。大丈夫ですか?」

「……あと一分だけ待ってください」


 ルーク君は荒く息を吐いています。

 見れば、大分消耗しています。

 ステータスは結界の中なので模擬戦が終われば回復しますが、精神的な疲れまでは取れませんからね。

 九回も連続で殺されたら消耗もするでしょう。


「……はい、もう大丈夫です」


 そう言ってルーク君はモンスター達を展開します。


「……そうですか」


 何にしろ、これがラスト。

 スパーリングを請け負った以上、きっちり十回目も勝負を決めに行きます。


「行きますよ」


 私は《影分身の術》と《隠行の術》を並列起動。

 五体の分身が出現してルーク君達を迎え撃つと同時に、姿を隠した私自身はアルカンシェルを装填します。

 分身で耳目を引きつけている内に、最も有効な配分の弾丸生物を目標に撃ち込む。

 何もなければこのまま撃ち抜いて終わりですが。


『KIIEEEEEEEE!!』


 怪鳥が咆哮すると同時に口から猛烈な勢いで火炎を吐き出します。

 周囲一帯を炙るように、火が地面を嘗め尽くします。

 炎の勢いは凄まじく、結界の中の視界が炎の光で著しく遮られるほどです。

 けれどそれも六度目。

 あとはこれまでの繰り返し。

 私は炎を掻い潜り、炎の切れ間に誘導弾モードの弾丸生物を撃ち込む。

 それで十度目の模擬戦も終了です。


「……?」


 不意に、何かの気配がした。

 炎の向こう側ではなく、私が炎を掻い潜って移動した、まさにその“足元”から。

 まるで、待ち伏せるように、炎の中にしゃがみこむ――銀色の人型がそこにいました。


「――」


 言葉は出ない。


 どうして、本体の私がこの位置に移動してくることを予期できたのか。


 どうして、燃え盛る炎の中で待ち伏せできたのか。

 

 そもそも――眼前の銀色が何なのか。


 湧いた疑問を理解しようと頭を動かしてしまった。


 そうして肉体の操作に一瞬の空白が生まれ、


「《ミスリル・ストレイン》」


 目の前の銀色――ルーク君によるスキル発動。


 スキルによる斬撃が私を襲い


 完全に不意を突かれ


 回避体勢もままならず


 軸をずらすのが精一杯で


 随分と久しぶりに左腕が切り飛ばされて、



「――《■■■(アルカンシェル)》」



 私は至近距離から必殺スキルをルーク君にぶちかました。


 瞬間、ルーク君もモンスター達も纏めて蒸発した。


 ◇◆


 結果としては私の十連勝。

 スパーリング前の予想通りでした。

 最後の一戦で左腕を持っていかれたこと以外は予想通りです。

 決闘が終わった今は結界の効果で元通りですが、ちょっと前まで無くなっていました。

 正直なところ、この一点のみで負けた気さえしてきます。

 十戦目、それまでと同じように動いていたルーク君とバビさん、モンスター達。

 けれど私の動きを先読みしたように待ち伏せ、虚を突いた一撃で私の腕を落としました。

 その後は片手で勝ちましたけど。

 ……必殺スキル使用は大人気なかったかもしれません。

 そもそも、私のアルカンシェルの必殺スキルはデメリットが大きすぎるので、この結界内でもなければ使えませんからね。実戦で咄嗟に撃てたかも分かりません。


「スパーリング、ありがとうございました!」


 ルーク君はペコリと頭を下げて私に御礼を言います。


「はい、お疲れ様でした。ルーク君達も中々……というか始めてからの期間を考えれば凄いとしか言えません。モンスターとの連携やスキルの使用は見事です。特に最後は予想外でした。あの手、こっちの動きが掴める十戦目まで温存していたんですか?」

「ええ。けど、マリーさんは強いです。九戦しても完全には読みきれていませんでした。本当は首を狙ったんですけどね」


 などと言いながらルーク君は笑う。

 ……ああ、なるほど。六戦目から九戦目がワンパターンだったのは、同じ攻撃に対する私の動きの癖を掴んで十戦目で先読みするためですか。

 それにしても朗らかな笑顔で何てこと言うのでしょう。

この子、天然鬼畜の気があります。


「腕がなくなっても動きが鈍りませんでしたね。もう少し隙を突けると考えていたのですけど」

「<超級>やそれに準ずるレベルの戦闘だと、四肢の欠損や内臓不全くらいは普通に起きますからね。慣れです」

「覚えておきます。今日は本当にありがとうございました」

「お役に立ちました?」

「はい、とても!」


 それはよかった。私も左腕を持っていかれた甲斐がありますね。

 けど、非戦闘系の下級職なのに、ハンデありとはいえ超級職にここまでやれる。

 ルーキーでありながら<UBM>を二体屠ったレイもそうですけど、ルーク君も負けていませんね。

 この二人は私がこれまで見てきた<マスター>の中でも規格外です。

 成長の結果の規格外ではなく、始端の時点で規格外。

 将来的にどうなってしまうのでしょう。


「……最後はどちらが強いのでしょうね」

「はい?」

「いえ、何でもありません。そういえば、最後に何か今まで使っていなかったスキルを使っていませんでしたか? ああ、《ミスリル・ストレイン》の方ではなく」


 誤魔化し半分で尋ねてみます。しかしそれは実際気になっていたことです。

 私の動きを読んで待ち伏せる。リズで攻撃する。この二点は理解できますが、その二点を繋ぐ過程に理解できないことがあります。

 なぜ炎の中で待ち伏せできたのか。

 あの銀色の人型はリズを纏っていたのでしょうけど……いくらリズで身体を覆っていようと炎の熱は防げないはずです。

 それこそ、相当の火炎耐性がなければ待ち伏せ以前に焼け死んでいます。

 だから、何かそれまで使っていなかったスキルを使ったと考えたのですが……。


「あれは《ユニオン・ジャック》だよー!」


 質問に対し、ルーク君ではなくバビちゃんが胸を張るように答えた。


「《ユニオン・ジャック》……」

「はい。バビが第三形態への進化で修得した新たな固有スキルです」


 ああ、もう第三形態になってたんですか。バビちゃんは進化しても見た目変わりませんからね。

 《ユニオン・ジャック》、一体どのようなスキルなのでしょう。

 固有スキルであるなら<エンブリオ>の特性に沿ったものなのでしょうけど。

 私のアルカンシェルの弾丸生物やネメシスちゃんのカウンターと比べて、バビちゃんの特性ってまだ掴めてないんですよね。


 ◇◆


 私とルーク君の秘密のスパーリングは終わって、私は【記者】の仕事のちょっとした準備のために一度別れてから会場で合流することとなりました。

 一人になってから私は考えます。

 レイとルーク君。

 今は二人よりも格段に私が強い。

私は二人を観察、あるいは見守っている立場です。

 けれど、いずれは追い抜かれるのだろうな、と実感します。

 私は成れないかもしれないけれど、あの二人は<超級>にも届く気がする。


「そのときには私も何か掴めているといいのですけど……」


 無数のプレイヤーを殺傷してきたPKとして、得られた経験は多々あったけれどまだ足りない。

 私が私として、漫画家の一宮渚としてマリーと再び歩むために必要なピースはPK活動ではなく、あの二人を見ていてこそ埋まる。

 そんな確信めいた予感が、私の胸にはあるのでした。


 ◇◆


「ねぇルークー。どうしてスパーリングなんてしたのー」

「うん、ちょっと準備しておきたかったから、かな」

「準備~?」

「あのレイさんが、ティアンと戦って倒した。それってね、結構大変なことだったと思うんだ。レイさんって優しいから」

「そうだねー」

「けれど、あのレイさんが心理的ハードルを越えて、“人”と戦わなきゃならないときがあった。そう考えると、僕だって遠からず戦うことになると思ったんだ」

「む~?」

「ここはゲームではないのだろうけど……それでも戦う必要があるときに戦う心構えって、必要じゃない?」

「よくわからないけどー、ルークがやるならバビもやるよー」


「バビも、殺るよー」


 To be continued


次回は明日の21:00に投稿です。


(=ↀωↀ=)<また別視点ですー


ちなみにマリーの使用する“絵の具”は現在六色。

光の三原色(赤・緑・青)、白黒、銀で実際の虹の色とは異なります。


(=ↀωↀ=)<進化するごとに増えていった感じだねー

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― 新着の感想 ―
ヒヒヒ、遠からず、ですなぁ。
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