第四話 賞金とクマとヤマアラシ
□【聖騎士】レイ・スターリング
「どうしたものか」
「どうしたものかのぅ」
俺とネメシスは冒険者ギルド内の酒場のテーブル席で顔を突き合わせながら悩んでいた。
何だか昨日から悩み通しな気もするが、悩みの壁が次から次にやってくるのだから仕方ない。
「いくらなんでも多過ぎる……」
「しかし貰わぬわけにも……」
俺とネメシスが頭を悩ませている原因は、俺が開いているウィンドウ画面だ。
それは所持アイテムのウィンドウであったが、重要なのはアイテムではない。
画面の一部に付記されている所持金の欄だ。
そこには8000万リルもの大金が表示されていた。
言うまでもなく莫大な大金、日本円で言えば八億円だ。
さて、どうして俺がこんな大金を手に入れてしまったのか。
それは冒険者ギルドに来た目的であるゴゥズメイズ山賊団の討伐報告に由来する。
◇
ルーク、マリーと別れた俺は朝のうちに冒険者ギルドに顔を出し、懸賞金を受け取る手続きをした。
今回はMVP装備を見せるだけでなく、他にも色々質問の受け答えや状況の説明が必要になった。
それらは妙に長く入念に行われた。
書類の選択肢に丸つけてサインするだけだった騎士団での手続きよりも面倒だとは思ったが、俺もキチンと一から十まで受け答えした。
状況については同伴していたユーゴーがアルター王国の敵対国であるドライフ皇国の<マスター>である旨だけは伏せて、事実を語った。
結果として討伐が認められ、懸賞金の支払いとなった。
このときの俺は「ユーゴーに会えたら半分渡さないとな。いやでも俺が倒したのは【大死霊】と合体後の【ゴゥズメイズ】だけだし、MVP装備も俺が入手したからあいつの方が多く……」などと考えていた。
そんな俺の思考を遮ったのは、懸賞金として目の前に置かれた8000万リルという破格の大金だった。
――なんだこれは?
――8000万?
――80万とか800万じゃなくて?
――【ガルドランダ】の八十倍?
そんな混乱思考が脳を埋め尽くしたが、すぐに受付の人から説明があった。
元々冒険者ギルドの定めたゴゥズメイズ山賊団の懸賞金は二大頭目に100万ずつ、団員一人当たり1万程度で凡そ300万リルほどだったらしい。
それでも規模と戦力を考えればむしろ少ないそうだ。
実際にこれまでゴゥズメイズ山賊団討伐に赴いた者は返り討ちにあっている。
そうしてゴゥズメイズ山賊団は割に合わない、それ以前に関わるのも恐ろしい相手として認知された。
失敗するたびに誘拐された子供が殺されるというハイリスクもあったのだろうが、手を出すパーティはいなくなった。
しかしながら、誰も倒さないからといって「はいそうですか」とはならない者達がいた。
被害者となった子供の遺族、そしてこのギデオンを治めるギデオン伯爵だ。
このギデオンの街が富んでいることもあり子供の遺族には資産家も多かった。
身代金を払ったのだが、子供の死体だけ帰ってきた人が何人もいた。
そんな人々はせめて子供の仇を討ってほしいと、懸賞金に上乗せする金銭を冒険者ギルドに投入したらしい。
また、ギデオン伯爵も領地を荒らすゴゥズメイズ山賊団に強い敵意を持ち、叶うならば領地の兵力を用いて討伐に発ちたかったそうだ。
しかしながら、国境付近に潜伏するゴゥズメイズ山賊団相手に軍を動かすことは東の隣国カルディナを刺激するため実行できない。
ギデオン伯爵は忸怩たる思いを抱き、せめて優秀なパーティにゴゥズメイズ山賊団を討ってほしいと伯爵個人の財産から懸賞金を上乗せした。
それらの積み重ねの結果がこの8000万リルである。
「よくこれまで誰も動きませんでしたね」
この額は一攫千金を夢見て突っ走る人も多いだろう。特に<マスター>などは、<マスター>自身に限って言えばほぼノーリスクなのだから。
「失敗するとその都度子供達の生還確率が減少してしまいますから、「この人ならば」とギルドマスターが判断される方以外には手配書をお見せしない方針になっていました。確実に解決していただけるであろう<超級>の方のみを対象に……と」
状況の悪化を防ぐために情報を流さなかったわけか。
その判断の正誤は俺には分からないけれど。
その方針はどうにも失敗を重ねないことを第一優先していた節がある。
<超級>だけに対象を絞っているし。
戦力の桁が違うし、フィガロさんクラスなら俺よりもよほど容易に事を済ませたのだろうけれど。
「本日中央闘技場で開催されますイベントを目当てに、内外から優秀な方々が集まることが予想されましたのでそのタイミングで……」
優秀な<マスター>へのアプローチを狙っていた、と。
実際のところ、連中もそれを見越して昨日の内に引き払うつもりだったみたいだけどな。
「ですからまさか昨日に、貴方方がゴゥズメイズ山賊団を壊滅させたのは本当に想定外の出来事で……」
まぁ、要するに手をこまねいているうちに横から突然出てきた俺とユーゴーで、どういうわけか連中を倒してしまいました、と。
そりゃ信じられなくて色々質問されるわな。
最終的にはやっぱり俺の持っていた【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】が証明の決め手になったみたいだけど。
◇
兎にも角にも、俺の眼前にはこの多額の懸賞金という問題が出来上がったのである。
「まず、どこかでユーゴーと会わなけりゃならん」
「だ、のぅ」
ユーゴーは全てくれるとか手紙に書いていたが、さすがにこんな大金を相談なしに受け取れん。
俺の独断で決めた騎士団詰所での件もある。
連絡を取ろうにも連絡先など聞いていないし、フレンド登録もやり損ねていたからログイン中かどうかも分からん。
しておけばよかった。
「何にしろ、この大金の行方はユーゴーと話してからだな」
お金には困っているけどな!
「あの馬アンデッドの元の懸賞金が100万らしいからのぅ。その金額は使っても問題ないのではないか?」
「……なるほど」
たしかにそれなら大丈夫そうだ。
しかし、100万。
あの【ガルドランダ】の懸賞金と同額、それを全て俺が使えるとなるともう十二分に大金だ。
しかし金があっても何買えばいいかわからんな。
装備は装備可能レベルの問題でまだ新調するには早い。
強いて言えばアクセサリー、それと……武器か。
「……浮気の算段か?」
「違うわ。ほら、ユーゴーも言っていただろ、メイデンが人間形態のまま戦っていると得られるスキルもあるって」
「たしかに、言っておったな」
「だから買うのはお前が使う武器と、お前が人間形態のときに俺が使う武器だな」
「……なるほど、要るな」
説明するとネメシスは納得したのか頷いた。
「うむ、私以外にレイが使う武器だ。しっかりと見定めねばならんな。嫁を見る姑くらいにのぅ!」
……そこまで重要なことなのか、それは。
あ、そうだ。アレハンドロさんの店に行くならついでに、
「“ついでにまたガチャ引こうかな”などとは考えておらぬか、レイ」
「HAHAHA、何を言っているんだネメシス。俺はちゃんと反省する男だぜ」
「ほぅ、そうか。ならばその台詞、ちゃんとこちらを見ながら言ってみるがいい」
「…………すみませんでした」
うぅ、そりゃ確かに等価以外の景品引いたり、また【許可証】引いたりしたら駄目だろうけどさ。
でもシルバーやルークの【断詠手套】みたいな当たりもあるわけで夢が、……?
「あれ?」
アレハンドロさんの店に向かっている途中、中央闘技場に隣接した広場で見覚えのあるシルエットを見かけた。
最初は気のせいか、似たものを見間違えたかと思ったが……近づくにつれて見間違いではないと分かった。
全身に起毛された黒い毛、人よりも高い上背、前後左右に膨らんだシルエット、短めの手足。
子供に群がられているそれはどう見てもクマの着ぐるみで。
『おおぅ、大人気クマー! 気分は来日スタークマー!』
うちの兄だった。
「…………」
あのクマの着ぐるみは間違いなく兄だ。
しかし兄は中央広場という場所ゆえかパフォーマンスあるいはマスコットと勘違いされており、多くの子供達にわやくちゃにされていた。
『足の踏み場もないクマー! あ、登るのはいいけど落っこちないように気をつけるクマー!』
「……何してんのさ、兄貴」
大勢の子供に群がられ、登られて、マスコットからアスレチックに進化しかけていた兄に声を掛けた。
『む、俺をお兄様と呼ぶのは……おお、レイじゃないかクマー!』
両手を挙げて応答するが、見た目のせいでクマに威嚇されているような構図だ。
あと“お兄様”とは呼んでない。
兄に呆れていなかったころでもそんな風に呼んだことはない。
「クマニーサンも久しぶりな気がするのぅ」
『ネメシスもこんにちはクマー』
兄はパタパタとゆっくり手を振る。
ちなみにゆっくりなのは腕にぶら下がっている子供が落っこちないためだ。
「それにしても、相変わらず大人気だな。王都で会ったときも子供に囲まれてたし」
『着ぐるみが珍しいからクマー』
「珍しいんだ」
『<マスター>でもそれ以外でもほっとんど着ないクマー。なにせ装備品としては最低の部類クマー』
「そうなのか?」
『……考えてみろよ。これ着るだけで手持ち武器とアクセサリー以外の装備スロット全部埋まるんだぞ』
ああ、そりゃ、不人気だわ。
『それをカバーできる性能の着ぐるみなんて極一握りクマー。俺以外に普段から着ている<マスター>なんて五人も知らんクマー』
「……四人はいるんだな」
兄と合わせて五人。戦隊ヒーローかよ。
そういやそれも昔やっていたな、兄。
『それも、とはどういう意味かのぅ』
俺がふと思い出したことに、ネメシスが念話で反応する。
いや、大した話じゃない。
昔、兄が戦隊ヒーローのメンバーとして特撮番組に出演していたってだけの話だ。
『……そっちの世界の話はよく分からぬが。私がレイから得ていたそちらの世界の常識からすると、大した話なのでは? というか、兄は元々格闘家だったのでは?』
その通り、中高は学生兼武術家だった。
で、小学生のときは子役俳優兼歌手だった。
そのときに戦隊ヒーローの追加戦士枠、六人目として抜擢されていたって話。
俺が物心ついたときにはやめていたので詳しくは知らんけど。
『……クマニーサン何者なのかのぅ』
いや、俺の兄だよ?
「兄貴がギデオンに来たのって<超級激突>を観戦する為か?」
『その通りクマー。ダチ公のフィガ公の試合を見に来たクマー』
フィガ公……フィガロさんか。
友達だったのか。
「そっか、俺も試合観戦するつもりだから会場でも会えるかもな」
『え? チケット取れたクマ?』
「ああ。仲間が取ってくれた」
そう言って、マリーからもらったチケットをアイテムボックスから取り出して兄に見せる。
『おお、ボックス席クマー。よく取れ……むむ?』
兄は一見した後、チケットを目――のパーツ――に近づけて注視している。
「どうしたのさ」
『これ見るクマ』
そうすると兄もアイテムボックスから自分のチケットを取り出す。
それを確認してみると……L-001とある。
このLというのがボックス番号で、001がそのボックス内での席番号らしいのだが。
ちなみに、俺のチケットはL-004だ。
「ボックスの番号が同じ?」
席の番号は違うが、ボックスは俺と兄で同じだった。
『すごい偶然クマー。これは並んで観戦出来るクマー』
「こんな偶然あるんだな」
『レイの仲間が俺と同じダフ屋で購入していたのかもしれんクマー』
なるほど。それなら同じボックス席でも不思議はない。
『それにしても、この間デンドロに入ったばかりなのにもうレイに友達できて兄として嬉しいクマー』
兄はボックスからハンカチを取り出して目のパーツに当てながら泣き真似をする。
……いや、そこからは何も出ないよな?
『それに、装備を見るにこの短期間で大冒険を重ねたみたいだな』
兄が手甲とブーツ――【瘴焔手甲 ガルドランダ】と【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】に視線を向けたのを感じる。
「まぁ、色々あったよ。その辺の話もしたいけど……流石にこの状況で長話は」
未だに兄は子供に囲まれており、俺達が話している間も兄は揉みくちゃのままである。
『そうだな。はーい、子供達ー! クマさんはそろそろ行かねばならぬクマー! お別れにお菓子あげるクマー』
そう言って兄はアイテムボックスから大量のお菓子を取り出して子供達に配り始める。
子供達は喜び、兄に「くまさんありがとー」と御礼を言って順に去っていく。
「……王都でもやってたよな」
『フッ、この着ぐるみで動くときには必須クマ』
じゃあ脱げばいいだろ……って脱げないんだよな。
あれの中身って兄の素顔だし。
「そうだ、着ぐるみじゃなくて仮面や覆面で」
『そんな怪しい格好は嫌だ』
……クマが怪しくないとでも?
「昔取った杵柄で戦隊ヒーローの格好でもしたらいいじゃないか」
『それなー、専門のクランがあるから紛らわしくなるクマ』
いるんだ……戦隊ヒーロー。
さてそうこう話しているうちに兄はお菓子を配り終え、群がっていた子供達も退散していた。
退散していたのだが。
「おい、何か残ってるぞ」
『そうだなクマー』
見ると、兄の頭頂部付近にまだへばりついているものがあった。
人間の子供ではない。
ハリネズミとかヤマアラシとか、そんな感じの小動物をデフォルメしたような生き物が着ぐるみの頭部にへばりついているのだ。
兄とセットで見ると最初からそういうマスコットに見えなくもないのだが、もちろんそんなオプションは本来兄についていない。
いつからくっついていたのだろうこの小動物。
頭上に名称が表示されないからモンスターではないのだろうけど……<エンブリオ>?
「すみません」
と、そこに横合いから声を掛けられた。
見ると、そこには一人の女性が立っている。
外見の年齢は二十代前半くらいで、格好は普通にファンタジーっぽい装備だが雰囲気がどことなく秘書っぽい人だ。
そして左手の甲に紋章があるので、<マスター>なのだろう。
「うちのベヘモットがご迷惑をおかけしました」
「ベヘモ? ああ、この子ですか」
ベヘモット、旧約聖書に出てくるベヒモスの読みの一つだったはずだ。
ということはこの人がこの<エンブリオ>の<マスター>なのかな。
『ほらほら、お迎えが来たクマよーお嬢ちゃん』
そう言って兄は頭の上のハリネズミ……ベヘモットを降ろそうとするが、まだ張り付いてはなれようとしない。
お嬢ちゃん……ってメスなのか?
『XD』
ベヘモットは一声鳴いてまたしがみつく。
余程兄の頭の上が御気に召したようだ。
「ベヘモット、降りなさい。そろそろ行かないと間に合いませんよ。立ち見席なのですから早めに入りませんと」
『……gtg』
ベヘモットは兄の頭から飛び降り、迎えに来た<マスター>の胸元に飛び込んだ。
「それでは、失礼します」
そう言って<マスター>の女性は踵を返す。
『あ、ちょっと待つクマ』
兄はそんな彼女を呼び止め、ボックスから取り出したお菓子を手渡す。
『プレゼントクマー。二人で食べてクマー』
「……ありがとうございます」
『thx』
そうしてベヘモットとその<マスター>は去っていった。
立見席がどうのと言っていたから、彼女も中央闘技場のイベントに向かったのかもしれない。
「しかし、兄貴って子供だけでなく小動物にもモテるんだな」
『小動物?』
俺がそう言うと、兄はなぜか首をかしげた。
大きくはないだろ。クマじゃあるまいし。
『うーん。ま、結局は子供にモテてるってことクマ。やっぱりクマは大人気クマー』
「はいはい」
素顔隠すために仕方なく着はじめたって言っていたわりに、着ぐるみ気に入っているんじゃないか。
『しかしクマが大人気過ぎて他の着ぐるみを着るのが躊躇われるクマー』
「他にもあんの!?」
『MVP特典の着ぐるみだけでも両手の指で足りないくらいにはあるクマ』
「そんなに!?」
MVP特典をそれだけ持っていることに驚くべきか、それらが着ぐるみであることに驚くべきか。
本当に兄はネタに困らないな。
『じゃあどっかでゆっくり話すクマー』
「そうだな。ネメシスも行くぞー……って何を呆けているんだ?」
ネメシスはなぜかその場に立ち尽くしていた。
そういえばいつからか無言だったな。
ネメシスはなぜか……先ほどのベヘモットとその<マスター>が歩いていった方向をジッと見ていた。
「どうした?」
「……いや、何でもない。恐らくは気のせいだ。<エンブリオ>を連れていたのだし、な」
何を気にしているのだろう?
『おーい、二人して何を立ち止まってるクマー?』
「っと、クマニーサンが待っておるな。行かねば」
「ああ」
俺とネメシスは歩き出し、兄と共にどこかの店に入ることにした。
店は俺達が決めていいと言われたので、ネメシスの希望で昨日と同じスイーツの店に決まった。
……また思いっきり食べるんだろうな。
◇◆
「満足しましたか、ベヘモット」
『lol』
「それは良かった。あのクマは可愛い、抱きつきたい、と言っていましたからね。少々はしたないと思いますが」
『nvm』
「そうですか。さて、あとは今日の観戦でもう一つの希望が叶うといいですね」
『yup』
「強いといいのですけどね、この国の<超級>は」
『Hype』
To be continued
次回は明日の21:00に投稿です。
今晩は作者が所用で留守にしているためコメント返しできません。




