第三十九話 雲外蒼天 Ⅱ
(=ↀωↀ=)<本日更新二話目
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
□【応龍牙】について
《■■■・■■■■》:詳細不明。
「…………何だこりャ」
二〇四四年十二月某日。自らが手に入れた特典武具の詳細をチェックしていた迅羽は、装備スキル欄の表記に困惑した。
単純な性能ブースト効果とは別に、効果も名前も読めないスキルがある。
使用者の能力が満たない場合や、追加条件がクリアされていない場合は装備スキルの内容が伏せられるというケースを聞いたことはある。
これも……【応龍牙】もその類だとはすぐに察した。
<超級>にして超級職の<マスター>の自分でも能力が足りないとは思えないので、何らかの追加条件が必要なのだろう、と。
しかし、しかしだ。
「……これ以上の何をしろってんダ?」
これは彼女が全身全霊を注ぎ、少ない勝機を掴み取って辛うじて破った強敵……【スーリン・イー】の超級武具だ。
さらに続く条件が何かあるとしても、どんなものかまるで見当がつかない。
自室のベッドに寝転がり、短剣を調べ、メニューを操作しながらああでもないこうでもないと悩んでいた迅羽だったが……その内に疲れて眠りについた。
そして、夢の中で一匹の龍……自分が倒した<SUBM>と再会した。
『…………』
「……………………おぉう?」
周囲は真っ暗であるが、不思議と自分や龍の姿はくっきりと見えている。
<マスター>が【気絶】した際に意識が送られる空間とよく似ている。
「これは……ぁん?」
迅羽も装いこそ普段通りだが、変声の【符】は機能していないらしく喉から出る声は可愛らしい地声のままだった。
龍の方はそんな迅羽を無言で見下ろしている。
「これは、あれか。噂の自我残し特典武具のパターンか」
特典武具には二種類ある。
完全にアイテムとなるパターンと、大なり小なり生前の<UBM>の自我が残るパターンだ。
召喚術や死霊術を扱う者の特典は後者になりやすいとも聞くがそれでもレアであり、迅羽自身がこのパターンの特典武具を引いたのは初めてである。
そして【応龍牙】が自我付きであるならば、例の詳細不明スキルには恐らくこの龍が関わるのだろうとも理解した。
『…………』
「いや、なんか喋れよ。ここに呼んだのお前だろ」
自分を見ているだけの龍に対し、埒が明かないと迅羽は文句を言う。
あるいは倒された恨みでもあるのだろうかと思ったが、そういった気配でもない。
そうして沈黙が続いた後……。
『……能力不足』
龍がそう呟いた直後に空間は消え去り……迅羽は目を覚ました。
「……ハ?」
唐突にダメ出しだけ食らって追い出されたことに困惑する迅羽。
その後、再び装備を調べたり寝直してもみたが、結局その日はもう龍の空間には招かれなかった。
◇
それから少し日にちが過ぎて、迅羽のレベルが一〇ほど上がった頃。
就寝した迅羽は再びあの空間に招かれた。
『……能力不足』
だが、迅羽を観察した龍は再びそれだけ述べて迅羽を追い出した。
◇
そして、さらに一〇レベルほど上がったタイミングで三度招かれて。
『……能力不そ』
「おい。ちょっと待て」
流石に三度目ともなれば、迅羽も分かってくる。
詳細不明スキルの解禁に関わるのは追加条件ではなく、どうやら自分のステータスらしい、と。
「能力不足能力不足と言うけどな。具体的に何がどんだけ足りないんだよ?」
ステータスを伸ばすにしても、どのステータスか分からなければやりようがない。
ゆえに改善方針の具体性を求めた。
『……魔力と魂力を現状最大値の十倍』
「…………無理じゃねーか?」
既に超級職としてそれなりにレベルを上げた迅羽が、ここからさらに十倍の数値まで伸ばすのは容易なことではない。
というか要求値がバカげている。こんな条件をクリアできるのは噂に聞く“魔法最強”か、レベルが突き抜けている友達くらいだ。
その両者ならば、素の力でこのスキルの条件を解禁できるだろう。
……あるいは、条件付きならば迅羽が毛嫌いするとある<超級>も可能か。
『能力不そ……』
「だから強引に追い出そうとすんじゃねーよ。ちょっと考えるから待て」
『こいつコミュニケーション能力ねーのか』と龍に対して少し思いつつ、迅羽は考えを巡らせる。
今からレベルアップでMPとSPを十倍値に伸ばすのは現実的ではない。
何らかの装備によるブースト効果でも、そこまで劇的なものはそうそうない。
(そもそもこっちは【尸解仙】。元々MPSPは最大値よりも【符】を併用した省エネを追求したジョブ系統だしな……うん?)
迅羽は考えているうちに、ふと思い立った。
「なぁ、そこまでMPとSPが必要なのって、要求値か? それとも消費値か?」
要求値は『重い武器を振るのに必要なSTR』のような、使用するためにはクリアし続ける必要のあるステータス。
消費値は『スキル発動に必要なMP』のような、コストとして払う必要があるステータス。
封印されているスキルに求められているのが、どちらであるかという問いの答え……。
『――消費値』
「――なら、やりようはあるな」
龍の返答に迅羽はニヤリと笑い、自分がスキルを使うための算段を整え始めた。
◇
その後、迅羽は『自らのMPとSPを【符】に貯めておく』という解決法を編み出した。
【符】に収めるときと取り出すときのロスがあるため効率こそ悪くなったが、彼女は『自身の最大値の十倍』というバカげた条件をクリアするに至った。
そして、条件をクリアした彼女は龍の作った空間の中……誰にも見られない思念の世界で、そのスキルの研鑽を積む。
待ち時間に、【気絶】中に、あるいは<超級激突>で全身消失した状態で結界の中に閉じ込められたときに。
少しずつ、彼女は龍の遺した力を練磨し……。
今この時に――解き放った。
◇◆◇
□■<北端都市 ウィンターオーブ>・郊外
「――――《龍神装・雲外蒼天》――――」
そう宣言した迅羽の右腕は、一匹の龍に変じている。
彼女に唯一残された右腕の<エンブリオ>は背骨となり、右手の爪は頭骨となった。
その上に、魔力と魂力によって龍の肉体が構成されている。
顎の中に一本の片牙……【応龍牙】を生やす龍の名を、この場で知るのは迅羽のみ。
だが、龍の脅威はこの場にいる全ての生命が理解していた。
なぜなら其れは、生物の規格を超えしモノ。
この世界に定められた領分を超越せしモノ。
そうあれと創造主に作られたモノではなく、生まれながらの異形でもなく、二親と管理者の加護を受けたモノでもない。
其れは己が力で天に届きしモノ。
頂点に憧れ、練磨し、己の力で辿り着いたモノ達の一柱。
銘を、四霊の壱。
技巧の果てへと辿り着いた生命の同盟の一因にして、その牙なるモノ。
『――――』
ザカライアは命の損耗を恐れない。
彼がデスペナルティから復活できる<マスター>であること。
この場に立つのが分身の『獅子面』に過ぎないこと。
それらは、一切関係ない。
リアルであろうと、ザカライアは主人にとって必要ならば死ぬ。
そういう風に生まれ育ち、運良く長らえ、今も続けている。
彼が生きているのは、まだそうなっていないからに過ぎない。
そんな彼だからこそ、『他人の命で自分を使い捨てる』エンブリオが生じた。
ゆえに、彼が死を恐れることはなく、彼の『心』を乗せた『獅子面』も同様だ。
しかし今、再び『獅子面』の足は止まった。
それは先刻の声と違い、上書きされた『心』によるものではない。
奪われた『肉体』そのものが、細胞の本能が、その存在に恐怖を感じている。
自分達はこれから死ぬ、と。
そして、本能の警告から彼らが解放されるよりも速く。
――――龍の牙が巡る。
それは音より速いという表現では足りない。
鎌首を擡げた龍の姿が、身震いするようにブレて見えたとき――首が四つ飛んだ。
獅子の面をつけた男達の首。
何が起きたかも分からぬ一瞬でその生命は尽き、人格も焼き切れて絶命する。
一瞬だった。
その龍が動き出した瞬間に、『獅子面』は『獅子王』一人を除いて全滅した。
身動きの取れない人間達を、この場の何者よりも速い龍が牙にかける。
当然の結果だ。AGI型超級職でも速度で圧倒されれば回避のしようもなく、超級魔法職でも使う間を与えられなければ打つ手はない。
『……ッ!?』
一人逃れた『獅子王』も、自分の力で逃れたのではない。
発動中だった特典武具の力で龍が外しただけだ。
だが初撃を逃れたことで、ザカライアの意志が再び肉体の恐怖から主導権を取り戻す。
回る思考は、状況を正確に把握する。
一瞬で自分以外の『獅子面』を抹殺した龍の性質もまた、察しがついた。
迅羽の右腕の龍は、かつて存在した<SUBM>の限定再現。
黄河で猛威を振るった【四霊万象】の一角。
その性質は、圧倒的な速度と物理攻撃力。
速く強く射程が長い。
迅羽のテナガ・アシナガの性質そのもの……否、上位互換とも言える破格の性能が【応龍牙】の装備スキルであり、あの龍なのだと『獅子王』は理解する。
それを呼び出すためには<超級>にして超級職たる迅羽の一〇〇%のMPとSPでも足りなかった。
だからこそ、【符】に溜め込んだ莫大なMPとSPを投じ、さらには自らの右腕を『芯』としている。
だが、龍を纏っているのは右腕のみ。
龍そのものは強大だが、右腕以外は満身創痍。
そして彼女のスキルに過ぎない以上、彼女自身を仕留めれば龍も消える。
『…………』
そこまで分かっているからこそ、何をすべきかを『獅子王』は既に理解している。
どれほど速くとも正確に狙いをつけられないのならば攻撃は当てられない。
ゆえに特典武具で相手の攻撃を回避しながら距離を詰め、最終奥義で殺傷する。
あの龍は明らかに攻勢に特化している。回避手段も防御手段も迅羽には既にない。
そう考えての、『獅子王』の特攻。
それは最善手ではあっただろう。
しかし結論を言えば――この一瞬後に『獅子王』は消滅した。
◇◆
その光景を、直前まで『獅子面』達に殺されかけていたアスマはハッキリと視ていた。
迅羽達から離れた場所にいたからこそ、全貌が見えた。
自分を殺すはずだった者達の首が飛んだことも、それらを指揮していたらしい者がまだ生存し、迅羽達に向かって駆け出していることも、彼には見えていた。
恐らくはソニアの幻術のような手段で被弾を回避したのだろうと理解し、如何に龍が高速でも正確な位置が分からなければ命中させられないかもしれないと危惧した。
何か援護をしなければとアスマは考えて――しかしそれが意味のないことであると直後に悟る。
彼が瞬き一つする間に、彼の目に映る光景は一変していたからだ。
それを見て、アスマが連想したのは『蚊取り線香』だった。
まるで夏の風物詩のように――龍が迅羽を中心として渦巻いていた。
アスマの目には結果しか映らぬ高速で動いた龍は……その過程で誰かを貫いて殺傷した。
「…………」
アスマは『なるほど』と納得する。
どこにいるか分からないならば……一瞬で周囲一帯を攻撃すればいいのだ、と。
それができるのが、あの龍なのだ。
そして牙に捉えてしまえば、その速度を以て一瞬で【ブローチ】が意味ないほど殺し切るのも容易かっただろう。
「……まずは元凶だな」
それまでの窮地を数瞬で覆した迅羽。
だが、彼女はそこで終わらせるつもりは毛頭なかった。
彼女は、この局面の全てを終わらせるつもりだ。
「イー」
『…………』
顕現を果たした龍に迅羽が呼びかける。
龍にとって、この少女の右腕に繋がれている現状は本意ではない。
とはいえ、かつてこの少女に敗れて降されたのは自分自身であるため異は唱えない。
何より、彼女が条件をクリアしたことで、死した後に再び自らの鱗で風を切る感触を味わえるのは喜びである。
「――辿れ」
――ゆえに、彼女の意を受けた龍は天を翔ける。
◇◆
自身の紋章が伝えた異変を、ウィンターオーブに潜むザカライアは正確に把握した。
迅羽に向かわせていた特典武具持ちと、新たに増員した四体の『獅子面』。
それら全てがほぼタイムラグなく消滅したのだ。
「どういうことかしら?」
四体の一斉消滅ならばまだ分かる。
最終奥義の波状攻撃は『獅子面』の常套戦術だからだ。
だが、そうした戦術を採る場合も特典武具持ちは残すはずだ。
それらの消失がほぼ同時というのは解せなかった。
だが、何であれ……やることは変わらない。
迅羽の打倒が確認されるまで、追加で『獅子面』を送り込む。
自らの役割、万軍に匹敵する戦力を維持するためにザカライアは動く。
《五感迷彩》を解除し、自らの【ジュエル】から新たな『獅子面』となるティアン奴隷を取り出そうとして……。
――ルシファーの紋章がある左腕が宙を舞った。
「!?」
攻撃される瞬間を、ザカライアは知覚していた。
そもそも今の攻撃、本来は彼の首を狙ったもの。
優れたザカライアだからこそ咄嗟に身を翻すことができ……左腕だけで済んだ。『獅子面』とは異なる彼自身が生来持つ直感の賜物と言えるだろう。
しかしそれはAGI型超級職であり、リアルの戦闘技術にも秀でた彼が、完全回避できないほどの速度での攻撃だということだ。
彼は即座に《五感迷彩》を再使用し、自らの存在を隠す。
攻撃後は一定時間使用できない制限があるが、幸いにしてまだ彼は攻撃されただけであるため再使用は可能だった。
そして姿も臭いも音も消しながら、自らを攻撃したモノを見る。
たった今、宙に浮いた左腕を再攻撃で血霧へと変えたのは……一匹の龍。
「……ッ!」
長い長い胴体を街の外から伸ばした龍。
その頭部に牙として収まった【応龍牙】を見た瞬間、ザカライアはこれが迅羽による攻撃だと理解した。
だが、解せない。
ザカライアが『獅子面』のオリジナルであるなどと、迅羽は知らないはずだ。
龍に攻撃されたタイミングでは、まだ奴隷を出して『獅子面』を作ってすらいなかった。
なぜ、ザカライアをオリジナルだと正確に見抜き、《五感迷彩》を解いた瞬間に攻撃してきたのか。
ザカライアの疑問は当然だった。
しかし、疑問の答えは人間の範疇にはない。
その答えは――龍の嗅覚。
龍自身が殺傷した『獅子面』達に残っていた共通の匂い――ザカライアが『獅子面』を作るため『左手で触れた際に移った微かな臭い』を辿った。
《五感迷彩》でザカライア自身は消えていても、移動してきた『獅子面』の残り香の軌跡を龍は辿った。
そして辿った先で新たな『獅子面』を作るべく迷彩を解いたザカライアを見つけ、即座に攻撃したのである。
『…………』
<SUBM>……生物の域を超えた存在を自らの右腕に憑依させる神業。
龍の力だけでなく生物としての能力も再現させたがゆえに、龍は人間以上の知覚を以てザカライアを突き止めたのだ。
そして、初撃で仕留め損ねたことも理解しているために、今も龍は上空に在る。
次に姿を晒した瞬間、首を噛み千切るために。
ゆえに、ザカライアは動けない。
《五感迷彩》を解くこともできず、潜むしかない。
「…………」
本人以外は認識できなくなった自分の身体を視る。
そこには、左腕が……彼の戦術の要たるものが欠けていた。
左腕を失くした以上、これ以上の『獅子面』増産はできない。
この時点で、彼は戦力として半ば退場したも同然だった。
「……っ」
主人より賜った自らの役目を最後まで達成できない悔しさに歯軋りしながら、ザカライアは《五感迷彩》で潜み続ける。
この身、この命の使い方はまだあると考えて……。
◇◆
そんなザカライアの思考を他所に、龍は天へと昇り始める。
獅子に続く獲物を見定めたかのように。
あるいは、ただ只管に空を征くのを愉しむように。
To be continued
(=ↀωↀ=)<……タイトルでお察しだったかもしれないけれど
(=ↀωↀ=)<二話で収まらなかったのでまだ連続更新
 




