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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩篇 五ページ目 & Episode Superior 『命在る限り』
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第三十話 闘劇

 □【未確認飛行要塞 ラピュータ】・シェルター


 館内に響いた警報と伝わってくる振動は、ここが戦場であると心身に理解させるには十分だった。

 生活ブロック……城の最奥に位置するこのシェルターでも、それは変わらない。

 ラピュータ本体を除けば最も堅牢な場所にさえ、戦いの気配は届く。


(迅羽さまが戻られないのも、この襲撃に関係しているのでしょうね。……こういう場所ではどうしてもあのときのことを思い出します)


 そのシェルターの中で、ツァンロンは先日の王都襲撃でエリザベート達と共に逃げ込んだ王都の地下を思い出していた。

 奇しくも、迅羽不在も含めて状況も似通っている。

 ゆえにこの後も、あのときと似た状況になるだろうと予感していた。


「…………」


 ツァンロンはシェルター内部の様子を見る。

 エイリーンは言葉なく震えており、それをエリザベートが気遣っている。

 年齢で言えばエリザベートの方が幼いが、彼女もこれまでに修羅場に立った経験が多い。

 それゆえか、あるいは生来の気質ゆえか、同年代……否、人間の中でも肝が据わっている。

 なお、この場にいるのはツァンロン達三人だけではなく、エイリーンとエリザベートについた使用人達もいる。生活ブロックにいたティアンはここに集められているためだ。

 彼女達も、エイリーンのように怯えが表情に浮かんでいる。


「…………?」


 そうして彼女達の様子を見ていると、気づく。

 一人だけ、この状況にまるで怯えている様子がない侍女がいる。

 それはエイリーンが連れてきた侍女の中でも、飛び抜けて年配の侍女。

 市長邸での顔合わせでも、サロンのお茶会でも、エイリーンについていた女性だ。


(……あれ?)


 しかし、その侍女には不自然な点がある。

 怯えていないのは侍女達の上に立つ者としての胆力や責務なのかと思ったが、よく観察すればそれも違うと気づく。

 戸惑い怯えるエイリーンの侍女達に声を掛けてまとめているのは別の侍女だ。

 彼女は逆に、指示を受けている様子もない。

 怯えもしないが、ただそこに存在しているだけ。立ち位置が完全に独立している。

 怯えていないことも平時では違和感なく溶け込むが、この場においては浮いている。

 そしてツァンロンも注視して初めて気づいたが……気配が異質だ。

 まるで得体のしれない何かが人の皮を被っているかのような違和感があった。

 しかしそれでも、悪意や敵意の類は全く感じない。

 そうした印象やローグ家側の人間であることから、ツァンロンは疑問に思いながらも様子を見るに留めた。

 何より、いま自身が警戒すべきはこの年配の侍女ではないと分かっていたからだ。



 ◇


 エイリーンの精神状態は決して穏やかとは言えなかった。

 急に父親と住んでいた町が罪ありとされ、カルディナという大国が敵に回り、今はその手勢がエイリーン自身までも狙ってきている。

 不安に思うのは当然だ。


「だいじょうぶじゃ。みながまもってくれる」


 エリザベートは不安に震えるエイリーンの背中を撫でて落ち着かせていた。

 自分が怖がっていたときに、姉や妹がそうしてくれた記憶があるからだ。

 また、かつての大事件……ギデオンや王都の戦いで護られた記憶が、彼女も抱いた恐怖を振り払わせている。


「……そう、ですね」

「?」


 エイリーンを慰めていると、彼女の視線がしきりに一人のメイドに向けられていることに気づいた。

 エイリーンは縋るような、不安そうな、揺らぐ視線は……年配の侍女に向けられている。


「あのメイドがきになるのじゃ?」

「……え? ……あ、はい」


 エイリーンの返答は曖昧なものだ。

 表情にも迷いが見える。


「かなりとしをとっているようだが、ながいつきあいなのじゃ?」

「……いえ、会ったのは昨日が初めてです」


 その返答にエリザベートは驚く。

 昨日初めて会ったばかりの相手を、黄河への留学に同道させたのか、と。


「けれど、お父様は『何かあれば彼女を頼るように』……と」

「そうなのか……」


 ならばエイリーンが知らなかっただけで、ローグ市長の昔からの部下か何かかもしれないとエリザベートは考えた。

 娘の長旅に同伴させるくらいなのだから、そこには信頼が必要となるはずだ、と。


 しかし、エリザベート達は知りえないが、ローグ家は過去視(サイコメトリー)の一族だ。触れさえすればその人物の記録を知ることができる。

 ゆえにローグ家からの信頼は出会ってからの時間で積み重ねるモノではなく、出会う前にある。

 重要なのは市長が彼女の記録から何を読み込んだかだが、それが何かは市長以外……今となっては誰にも分からない。


 そして、今の状況からも、年配の侍女への疑問を追求する余裕はない。


「……来ましたね」


 ツァンロンの言葉と共に、今までよりも格段に近い破壊音がシェルターに届いた。


 ◇◆


 ラピュータの生活ブロック、シェルターへと通じる道。

 この区画には、信頼性の問題で<超級>以外のマスターが配されていない。

 本来ならばグレイがコントロールする防衛設備と共に迅羽が警護を受け持つはずだったが、彼女は今も地上で戦っている。

 しかし、迅羽を欠こうともここはグレイの防衛圏。

 当然のように、シェルターに至るまでの通路には無数の防衛設備が設えられており、警戒態勢となった今はダンジョンにも等しい状態だ。

 <遺跡>で見られるようなセントリーガンや隔壁に加え、円盤大隊を小型化したような円形の機械式ゴーレムが侵入者の侵攻を阻まんとしている。


 だが、実際に阻めるかは別の話だ。


「《式神:粉砕童子(すぷらったー)》」


 侵入者――桔梗が式神の依り代を作り、顕現させたのは人間に数倍する体格と角を持ち、顔を紙の面で隠した狼牙棒を持つ鬼。

 式神、粉砕童子はその巨躯に見合う力で狼牙棒を振るい、ゴーレムを蹴散らす。

 その横では槍を持つ流星童子が飛び交い、セントリーガンを破壊し、隔壁を貫いている。

 前衛型の式神である童子を二体投入した桔梗は、その圧倒的な突破力で防衛設備を食い破り、前進していく。

 彼女の横には、六号車唯一の生き残りの<マスター>である仮面の女性もついていた。


「順調ね。けれど、さっきのスゴいの(・・・・)は使わないの?」


 仮面の女性が言及したのは、東門からここに至るまでの戦いで使用した式神だ。

 カーバインが防衛のために回した<マスター>達の半数……彼女達の侵攻を阻もうとした者達を、ただの一体で駆逐した存在は今出ている二体のどちらでもない。


「あの子は私にとっても消費が大きいですから」


 ジゴクヘンで死者のリソースを回収して強大な式神を使役する桔梗でもなお消費大。

 どれほどに別格かは推して知るべしであり、そんな式神だからこそ上級とはいえ<マスター>達を瞬殺できたのだろう。

 しかし、それを使わずとも防衛設備程度ならば問題ない。

 桔梗は通常の式神だけで障害を難なく蹴散らしている。

 そして仮面の女性についても同様だ。時折、自身に及んだ防衛設備の攻撃を、彼女は事もなく回避して今も生存している。


「攻撃はなさらないので?」

「ステータスは高いけど殴る蹴るは苦手なのよね。センススキルで避けたりはできるけど、自前のセンスはないんですもの」


 「特典武具なんてものも持ってないし、こういうときはお荷物にならないので精一杯ね」と仮面の女性は笑った。


「あぁ。着いたみたいね」


 仮面の女性が指差す先には、シェルターに通じる分厚い扉が見える。

 あそこが彼女達のゴール地点であり、ターゲットの所在地だろう。


「それなりにくたびれました。《式神:流星童子》」


 桔梗はジゴクヘンの墨で再び流星童子の依代を作成し、今度はあの隔壁を破るために飛翔させた。

 流星童子は光の軌跡を描いて飛び、数多の敵や防壁をそうしたように最後の扉も貫かんとする。

 そしてこれまでよりも分厚い扉を、難なく突き破り……。



 ――その槍が、止まる。



「え?」


 シェルターの隔壁を貫いたはずの槍が、何かによって止められる。

 それが何かを確認して、桔梗は言葉を失った。


 それは、()

 分厚い金属隔壁を破った槍が、筋肉の塊に止められている。


 生物の構造を凌駕する強靭さを誇る肉体と溢れ出るオーラ(竜王気)は、流星童子が突き抜けることを許さない。

 そればかりか、傷ついた肉体は超速再生して槍を捉え、動きを完全に停止させている。


『――!』

 そして、筋肉の塊が振るった拳の一撃で、動けぬ流星童子は砕け散る。


 至極あっさりと、前衛超級職にも匹敵する式神を破壊したその拳。

 その持ち主は龍と人の中間のような巨漢であり、顔を面――【字伏龍面】で隠している。

 それが何者であるかを、桔梗は知っている。


「……これが黄河の」


 彼こそは黄河皇族最強戦力にして、<超級>を上回る人界の<イレギュラー>。

 最大級のレベルと肉体、再生能力を持つ怪物。

 最重要護衛対象にして、この区画の最終防衛ライン。


 ――黄河帝国第三皇子、【龍帝ドラゴニック・エンペラー】蒼龍人越。


 ラピュータを……そこにある者達を護る最後の砦が、侵入者達の前に立ちはだかった。


「ふふふ。これはこれは、素晴らしいですね」


 【龍帝】の肉体を解放した彼の威容に、桔梗は感心(・・)するように言葉を漏らす。

 技は先々代に届かずとも、レベルを積み重ねる性質を持つ肉体は歴代最強。

 彼女が使役する童子では、【龍帝】の再生する超肉体を殺し切れない。

 さらには桔梗も察することができるほどの強力な耐性防御を有するため、霊障呪術による呪殺も桔梗が倒される前に徹るかは怪しい。

 彼を殺し切ることなど、カルルやイヴでも困難だろう。

 <セフィロト>でも彼に対処できる者は限られる。

 それほどに、【龍帝】という存在は強い。


「黄河の【龍帝】。東方最強の壁役(タンク)。あの子でも殺しきれないでしょう」


 桔梗は歴戦の経験から、【龍帝】は自分が切り札を用いても越えられない相手だと即座に判断した。

 ゆえに……。


「――お任せしても?」

「――ええ。このため(・・・・)に来たのだもの」


 ゆえに、頼るものは式神ではなく同行者。

 これまで戦闘に参加しなかった仮面の女性が、桔梗よりも前に出て【龍帝】と対峙する。


『退いてください。ここから先に進ませることはできません。進めば、殺めます』


 面越しに、【龍帝】――ツァンロンは警告を発する。

 ツァンロンは《竜王気》を漲らせ、構えを取っている。

 一瞬で拳を撃ち込める状態。彼の力ならば、先の流星童子のように一瞬で相手の肉体を四散させることができる。

 何より、警告を警告で済ますほど甘くもない。

 そして彼の警告に対する仮面の女性の返答は、


「――《死亡(オリン)――」


 スキルの発動宣言であり、


『打ッ!』


 明確な敵対行動に対し、警告通りに放たれたツァンロンの右拳が相手の腹を捉え、一撃で絶命必至のダメージを与える。


「――ッ――」


 しかし、それでも彼女の命は途切れない。

 絶命必至だからこそ、作動した【ブローチ】が彼女の命を繋ぐ。

 砕けた【ブローチ】が落ちる中、ツァンロンが左拳による二撃目を放ち、


「――――遊戯(ピア)》」

 ――――先んじて、女性は宣言を終えた。


 直後に左拳が顔面の仮面に突き刺さり、顔面を潰さんとして、――拳が停止した。


『――――』


 拳だけではなく、ツァンロンの全身が止まっている。

 否、彼だけではない。仮面が砕けた女性もまた……停止している。

 まるで時間が止まってしまったかのように、二人はその体勢のまま動かない。

 そんな状態の二人に、桔梗は首を傾げる。


「上手くいったのでしょうか……あら?」


 そんな折、防衛設備が再稼働する。

 新たなゴーレムが到着し、再配備されたセントリーガンが桔梗と女性を照準する。


「《式神:矢衾童子》」


 桔梗はダメージタンクの式神を呼びながら、粉砕童子でゴーレムに対処する。

 その間に、セントリーガンは微動だにしない仮面の女性を攻撃した。



 だが、銃弾は相手に接触することなく……すり抜ける(・・・・・)



 ダメージを与えられないどころか、影響を及ぼすことさえもできていない。

 仮に【怠惰魔王】ZZZと交戦した者がこの場にいれば、彼の《悪夢の王国(ドリームランド)》を思い出すだろう。

 しかしこの現象はあれと似て非なるもの。

 既に、侵入者と……その術中に取り込まれたツァンロンの生死は現実にはない。

 それが、如何なることか。


「……上手くいったようですね。では、こちらはこちらで用事を済ませましょうか」


 式神で再稼動した防衛設備を破壊した粉砕童子を連れた桔梗は、静止した両者を尻目に破壊された隔壁からシェルター内部へと乗り込んだ。


 ◇◆◇


 □■???


『!?』


 一瞬の暗転を経験したツァンロンが立っていたのはラピュータの通路ではなかった。

 それは一点を除き、暗闇に包まれた空間。

 ツァンロンは知る由もないが、<マスター>の意識と肉体が遮断されたときに留め置かれる場所に似ていた。

 しかし灯りに照らされた空間の中央だけは、多くの<マスター>が知る場所と趣を異にしている。


 そこに置かれていたのは、ツァンロンの知らない奇妙な机と椅子だった。

 椅子は金属とクッションで出来た簡素なものだが、まだ普通といえる。

 反面、机の奇妙さは飛び抜けている。

 その机は奇妙に隆起していた。構造の多くが斜めの角度で構成され、僅かに水平な部分には丸い玉のついた棒(レバー)と複数の小さな丸い板(ボタン)が並ぶ。

 机の上部からは電子的な音楽が流れ、ツァンロンにとっては聞きなれない音を鳴らし続けている。

 斜めの部分はモニターであり、そこでは描点(ドット)で描かかれた絵が動いていた。


 その机が何かをツァンロンは知らない。

 しかし、<マスター>であれば……ほとんどの者は知っている(・・・・・)


「そろそろ対戦開始だから、座ったら?」

『!』


 ツァンロンに向けられた面と反対側に、あの侵入者が座っていた。

 仮面は砕けているが、装いと声は同じだ。

 ツァンロンは瞬時に動き、自らの拳で侵入者を攻撃する。

 だが……。


「あら、うちは場外乱闘厳禁よ?」


 【龍帝】の拳は、侵入者に届かなかった。

 触れる寸前で、見えない力に押し留められる。

 ツァンロンのような反応に慣れているのか、侵入者は気にした風もなく微笑んでいる。


「勝負ならこれでつけましょう?」


 そう言って侵入者は奇妙な机を――筐体(・・)を指差した。


 筐体の画面下部に記されたイラストには、『操作説明』と一体分のコマンド表。

 画面の背景は先ほどまでツァンロンと侵入者がいた通路。

 そして画面に表示されたキャラクターは……侵入者とツァンロンそのもの。



 それは正しく――格闘ゲーム(・・・・・)



 これこそは対【龍帝】に議長が用意した伏せカード。

 カルディナの決闘において、未だ誰も破れぬ難攻不落。

 強制的に勝敗の行方を別のゲーム(・・・・・)に委ねさせるルール・ラビリンス。

 あのファトゥムでさえ、受ければ突破不可能と言わしめる力。

 <超級エンブリオ(・・・・・・・)>、【大武闘劇 オリンピア】。

 それを有する<マスター>こそは……。


「――さぁ、《死亡遊戯(ゲーム)》を楽しみましょうか。黄河決闘一位」

 ――カルディナ決闘ランキング一位、【闘神(ザ・ファイト)】RAN。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<20巻の締め切り近いので次回更新日はお休みかもしれません



○<超級>


(=ↀωↀ=)<カルディナが今回の一件に送り込んだ<超級>


(=ↀωↀ=)<総勢五人


( ̄(エ) ̄)<加減しろクマ



○オリンピア


(=ↀωↀ=)<ティル・ナ・ノーグは別ジャンル同士でぶつかる<エンブリオ>だけど


(=ↀωↀ=)<オリンピアは自分のジャンルでの勝負を強制する<エンブリオ>


(=ↀωↀ=)<「決着は格ゲーでつけよう!」


(=ↀωↀ=)<……まぁ格ゲー経験0のティアンでもお構いなしに放り込まれますが


(=ↀωↀ=)<タイマンだと他の<セフィロト>でも対処できない


(=ↀωↀ=)<あと流れてるBGMのイメージはリュ○のテーマ

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲーム内にプレイヤーが格ゲー持ち込んで「これで決着つけようぜ」ってくる。 しかも、回避不可の強制イベント…… こんなん台パン不可避じゃないですか、ヤダー
[一言] そんなんありかよwwwww
[良い点] 黄河の決闘一位ってそういうことか。二位までとの戦いでは殴り合いしてたのにいきなり土俵を変えられたらそりゃぁ一位にもなる
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