第一話 試行錯誤の朝
□【聖騎士】レイ・スターリング
ゴゥズメイズ山賊団、そして【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】と戦った地獄の如き一日の翌日。
夜明け前にネメシスと一緒にシルバーで<ネクス平原>を駆け、今後についての話をした俺はそのまま周囲のモンスターを狩っていた。
【ゴゥズメイズ】を倒した段階での俺のレベルは39だったが、狩っている内に一つ上がって40になった。HPもついに五千に達している。
シルバーのお陰で移動速度が上がり、効率が良くなった気がする。
特に、モンスター集団に対してすれ違いざまに《煉獄火炎》を放射するのが一番効率が良かった。
『馬に乗った赤くて黒いのが挨拶代わりに火炎放射して去っていく……構図はどう考えても悪役だったのぅ』
「…………知ってる」
しかし、ボスモンスターを苦労して倒すよりも普通のモンスターを大量に倒した方がレベル上げやすいような……まぁいいか。
さて、レベルも上がったので狩りは一旦切り上げて、テストをしよう。
今回はシルバーと【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】のテストだ。
【紫怨走甲】の性能は昨日確認したとおりで、《怨念変換》によるエネルギー回収は何事もなく機能している。
使用している最中に気づいたが、どうやら死んだ後の怨念でなくても生きている内にモンスターが空気中に発した負の感情も、微量だが怨念として回収しているらしい。
つまり相手を生かしたまま苦しめている内はいくらでもMPやSPを補充できると……有用かもしれないが怖いし引くわ。
【紫怨走甲】のもう一つの《人馬一体》スキルでは《乗馬》できるようになり、シルバーに乗って走れることは昨日の時点で確認済み。
だから今度はシルバーのスキルの確認だ。
シルバーのスキルは以下の通り。
装備スキル
・《走行》
・《風蹄》
・《???》 未解放スキル
《走行》は読んで字の如く人を乗せて走るスキル。
何でも《乗馬》のスキルレベルが高いほど速く、巧みに走れるらしい。
「はて? 俺の《乗馬》のレベルが高かろうと低かろうとシルバー自身のスペックに違いはないのではないだろうか」と思い、試しに思い切り走らせてみた。
「ハイヨー! シルバー!」
結果を言えば、時速百五十キロを超えたあたりで振り落とされた。
「なるほどこうなるのか」と思いながら、俺は百五十キロもの高速で落馬した衝撃で減じたHPを必死に回復させていた。
打ち所悪かったら死んでいたと思う。HPが五千超えていて良かった。
痛い思いはしたが《走行》については分かった。
次はもう一つのスキル、《風蹄》だ。
《風蹄》:
搭乗者が《乗馬》Lv3以上あるいは《騎乗》Lv6以上を保有する場合に使用可能。
圧縮した空気を蹴ることで空中移動を可能にする。
また、搭乗者のMPを注ぎ込むことで圧縮空気の防壁を展開する。
《乗馬》と《騎乗》の二通りの条件が書かれている。
ちなみに《乗馬》は馬オンリーだがその分だけ馬の扱いに秀で、《騎乗》は他の乗り物もOKだけど余分にレベルが必要になるといった形に区別されているらしい。
その《乗馬》だが、昨日の<山岳地帯>からの帰路と、今日の夜明け前から駆けていたことで自前の《乗馬》はレベル2になった。
《人馬一体》でのプラス1の上昇も含めればレベル3となり、この《風蹄》というスキルが使用可能になっている。
試しに使ってみると……飛んだ。
いや、飛ぶというよりは、空中に見えない足場を作ってそこを走っている形だ。
「おお……」
『絶景だのぅ』
リアルではまず味わえない感覚に感動を覚える。
だが同時に、ガラスの床の上を馬で走っているような不安感と恐怖感も覚える。
それでも一時間も走らせていれば、それなりには慣れてくる。
幸いにして、この空を駆ける能力はシルバーが自身で賄っているらしく、俺のMPは消費されていない。
一方で、俺のMPを消費するスキルの使い方もある。
それは圧縮空気の壁。
スキルの説明にあるように、これを使用すると空気の壁ができて攻撃から身を守れるのだという。
タイミングよく眼下に【ゴブリンアーチャー】がいたので、どの程度防げるのかを試してみる。
「射ってみろ!」
結果を言えば、あっさり貫通して俺に刺さった。
慌てて《煉獄火炎》で眼下の【ゴブリンアーチャー】を燃やした。
しかし、上空から火炎放射って我ながらこの使い方ひどいと思う。
【ゴブリンアーチャー】も弓矢で応戦していたが途中で矢が燃え尽きていた。
予想外の窮地を乗り越えた後で、今の出来事について検討する。
問題は《風蹄》の防壁の弱さだ。
何でだろうなー、いくらなんでも弱すぎるよなー、と考えていたが、よくよく考えてみれば当然だった。
注ぎこんだMPの量が少なかったのだ。
元々MPが多くないのでケチってしまったのが裏目に出たらしい。
今度は残っているMPを全部注ぎ込んでみる。
次の実験相手は【ゴブリンウォーリアー】。
「かかってこい!」
結果を言えば、あっさり斧で破られた。
多少は壁っぽいものがあるかな、と思ったがバスンという音と共にあっさり破られた。
あやうく頭を割られかけた俺は【ゴブリンウォーリアー】との接近戦をやることになった。
勝ちはしたもののMP皆無の戦闘だったので少し危なかった。
「駄目だな」
『駄目だの』
シルバーのスキル、《風蹄》。
空を駆ける方はともかく、俺のMP量では壁の方はどうしても有効利用できそうにない。
『効率も悪いように感じるのぅ』
それは俺も思った。
MVP特典である【瘴焔手甲 ガルドランダ】は、もっと少ないMPで《煉獄火炎》や《地獄瘴気》などの強力なスキルを行使できる。
やはりMVP特典は頭一つ抜けて……。
「あ」
そこで一つ思いついた。
この組み合わせならいけるかもしれない。
◇
結果を言えば、目論見は成功した。
さっきのように破られることはなかった。
強いて言えば、ちょっとした想定外があり、全身が泥だらけになってしまったことくらいだろう。
そしてもう一つ。
「……絶対に街中じゃ使えないな」
『指名手配待ったなしだの』
俺とネメシスは思いついたばかりの運用方法をしばらく封印することに決めた。
◇
テストを終えて粗方の動きも確認できた頃には日も昇っていたので街に戻った。
宿に戻ってシャワーで泥を落としてから、ギデオンの騎士団詰所へと向かった。
昨日、リリアーナに「ゴゥズメイズ山賊団討伐の件を騎士団詰所に報告して欲しい」と言われていたからだ。
なるべく早い方がいいと考えて朝一で行くことにした。
ギデオンの一番街にある騎士団詰所に赴くと、何やら【騎士】らしき人達が忙しなく駆け回っていた。
高校の学園祭の準備作業を五倍くらい忙しそうにするとこうなるかな、という感じだ。
何やら催し物があるらしく、その準備で四苦八苦しているようだった。
彼らの仕事の邪魔をしないように開放されている通路を通り、リリアーナから事前に聞いていた事務局へと向かう。
けれどその途中、
「あ」
「む?」
俺は白い鎧を着た顔見知りの騎士――たしかリリアーナがリンドス卿と呼んでいた人物とばったり遭遇した。
向こうもこちらを覚えているのか、立ち止まってこちらを見ている。
「こんにちは」
「…………」
挨拶してみたが、返答はなかった。
まぁ、<マスター>に良い感情を持っていない人のようだから、無理もないか。
俺は特に気にするでもなく事務所へ向かおうと思ったけれど、
「あのゴゥズメイズ山賊団を倒したそうだな」
リンドス卿からそう声を掛けられた。
「はい。俺だけじゃなくて、仲間とですけど」
「…………」
俺がそう応えると、リンドス卿は無言で瞑目し、
「……感謝する」
その言葉だけ俺に告げて、去っていった。
「……?」
何だったのだろう?
「御礼が言いたかっただけなのではないかのぅ」
「でも、何であの人が?」
「さて、の」
俺は不思議に思いながら、再び事務所へ向かって歩き出した。
◇
ギデオンの騎士団詰所は市民の陳情等のために施設の一角が開放されている。
もちろん機密のために立ち入り禁止のエリアも多いが、事務局は開放された部分にある。
順路案内もあったので迷うこともなく事務局に辿りつき、用件を伝えて手続きを行った。
事務局の手続きでは功績がどうのという話をされたがよく覚えていない。
書類を見て「それでよければサインしてください」というのを数回繰り返しただけだ。
読んでみて、特に問題もなさそうな書類ばかりだったので殆どにはサインした。
ただし一点だけ……『ゴゥズメイズ山賊団の収奪した財宝の取得権利』についてはサインしなかった。
無論、金には困っている。
【紫怨走甲】を入手したから《乗馬》用に【騎馬民族のお守り】を買う必要はなくなったが、懐が寂しいのは変わらない。
しかしそれでも、連中が子供を食い物にして手に入れた金に手をつける気にはなれない。
だからその金については「子供に関連した慈善事業に寄付しておいてください」とだけ言い伝えた。
財宝の権利はユーゴーにもあるはずなので、彼に断りをいれず独断で決めてしまったのは心残りだ。
ユーゴーは手紙で報酬は不要とも書いていたが、それでも一言相談してから決めたかった。
もしも彼が不満に思ったなら、ギルドの方で受け取れる懸賞金を渡そう。
けれど、きっとそうはならないだろうなとも思う。
ユーゴーとは短い時間しか行動を共にしていない。
だが、俺とユーゴーの立場が逆だったとしても、同様に判断し、選択するはずだ。
俺とユーゴーはよく似ている。
同じくメイデンの<エンブリオ>の<マスター>ということを除いても。
書類へのサインを終えると「後日何らかのご連絡があるかもしれません」と言われたので、連絡先としてギデオンで滞在している宿屋を伝えた。
そうして手続きは終わり、俺とネメシスは騎士団詰所を後にしようとした。
そのとき、一人の職員さんが立ち上がり、俺に深々と礼をした。
そうして言ったのだ。
「息子の仇をとってくれてありがとうございます」、と。
◇
あの職員さんの言葉に、俺は何と言葉を返せばいいか分からなかった。
これまでも感謝ならばミリアーヌ救出や、【ガルドランダ】からアレハンドロさん達を護ったときにもされていた。
だが、状況が違う。
あの二回と今回は、まるで違うものだ。
差異は二つ。
一つは俺が結末にしか立ち会っていないこと。
俺はゴゥズメイズ山賊団にまつわる事件の、結末しか見ていない。
奴らに齎された悲劇の結末と、俺とユーゴーが奴ら自身に齎した結末。
この街に住む人々には過程もあり、それにずっと苦しんできたのだろう。
あるいは、この国の騎士も手が出せなかったことに苦しんでいたのかもしれず、先のリンドス卿の言葉もそうした理由からのものだったのかもしれない。
けれど、俺自身はその過程を何も知らなかった。
もう一つの差異……今回は助けて感謝されたわけじゃなかった。
仇を討って感謝されただけだ。
悲劇は既に起こっており、ゴゥズメイズ山賊団に攫われた子供の多くは既に死んでいた。
俺達が依頼として受けた少年は助けられたし、他にも何人かは助けられた。
けれど、俺があの地下で焼いたアンデッドはその十倍はいただろう。
帰って来なかった子供が多すぎた。
その意味を考えると、胸が締めつけられる。
きっと俺自身、あの事件で失われたものに、あの時点で終わっていて俺ではどうにもならなかったことにしこりを感じているのだろう。
どうにもならなかったことを許せていない。
どうにかしたい。
だがそのために……。
「どうすればいいのだろう?」
「……聞かれても困るのぅ」
ネメシスに尋ねてみたが、答えは苦笑だった。
「レイが真剣に悩んでいるのは分かるが、今の御主に私から言えることは然程多くはない。強いて言うなら、過去の悲劇を『どうにかできなかったのか』などと悔やむのはループ物主人公にでも任せればいい。御主が悩む対象はこれから起こることだけに向けよ。御主はループなどできぬ一人の人間で、私の<マスター>なのだから」
「これから……か」
「結局は今までと同じだ。偶々事件に遭って、放置すると後味が悪いと思えば介入して助ける。御主はきっと繰り返すよ、それを」
……考えてみると<Infinite Dendrogram>に入ってからの俺は、いや……その前の俺もそうしてきた気がする。
それこそ、子供の頃から。
「……何だか自分が酷く場当たり的な人間に思えてきた」
無計画というか、流されながら自分で厄介事に首を突っ込んでいくというか。
その場では気づかないが振り返ると寄ってきたトラブルに当たりに行っているように見える。
俺がそう言うと、ネメシスは笑った。
「私が御主を好きな点が幾つかあるが、その一つがそれだからのぅ」
「それ?」
「誰かを助けるためには逃げないところだ」
「猪突猛進って意味か?」
「相手が強大でも勇気を隠さないという意味だ。私は格好良いと思う」
「…………」
あれ……なんだろう……照れる。
「とはいえ、御主が常に難敵に立ち向かうにしても、本来は難敵より強くあることが望ましい。どうにかしたいと思うなら、まずは地力を上げていくことだ」
「地力、か」
思えば最初に比べれば強くなったとは思うが……それでも俺はまだ弱小だ。
切り札として《復讐するは我にあり》や《逆転は翻る旗の如く》、MVP特典があるにしても、これまでの強敵との戦いは全て運良く勝てたに過ぎない。
あのPK、<超級殺し>にはあっさりと殺されている。
「レベルやステータス、アイテムに限った話ではないがな。しかしそうした強くなるための話ならば私と相談するよりも良い相手がいるな。ほれ、あそこに我々よりも<Infinite Dendrogram>の経験が豊富な仲間がおるではないか。いずれ<超級殺し>にリベンジするためにも、アドバイスしてもらおう」
そうしてネメシスは道の先を指差す。
そこには待ち合わせ場所に指定されていたカフェがあり、その店のオープンテラスでは見覚えのあるスーツとサングラスの女性――マリーが俺達に向けて手を振っていた。
To be continued
次回は明日の21:00投稿です。