第二十四話 式神
(=ↀωↀ=)<19巻カバー
(=ↀωↀ=)<今回はガーベラが表紙です
(=ↀωↀ=)<中身の挿絵も新キャラデザたっぷりですよ
(=ↀωↀ=)<ちなみに作者は20巻(蒼白Ⅲ)の初稿作業中
(=ↀωↀ=)<総文字数が21万字オーバーと判明
(=ↀωↀ=)<大規模な修正やシーンカット、後の巻にエピソードを回すなどの処理が必要な模様
(=ↀωↀ=)<……大変だぁ
(=ↀωↀ=)<あ、この話も17巻読了推奨です
□■【未確認飛行要塞 ラピュータ】・東門エリア
庭園と西門エリアで戦闘が始まった時、東側でも同様の戦いが起きていた。
王国勢が守り、六号車の<マスター>達が攻めている。
しかし、ここも地雷原同様、カルディナ勢にとって順調とは言えない場所だった。
「なんて手強い連中だ……」
六号車のマスターの一人は門を守る王国勢をそう評し、冷や汗を流した。
主力は元々有力なパーティを組んでいた者達らしく、連携とシナジーが確立している。
特殊性の高い<エンブリオ>同士が相性良く組み合わされば、その脅威は跳ね上がる。
今、六号車の眼前にある<エンブリオ>達が正にその典型だ。
自らを拡張しながら自在に動く霧のガーディアンがあり、腐食性の毒を付与するアドバンスがあり、さらには温度変化を封じるワールドがあった。
結果、霧ゆえに物理攻撃が効かず、触れれば毒殺や装備破壊を引き起こし、温度が変わらないので凍りもしなければ蒸発もしない。
そう、極めて対処の難しいバケモノが、六号車の前に立ち塞がったのである。
そんな合体<エンブリオ>を壁役にしながら他の<マスター>達も攻撃してくるのだ。六号車の面々では対処法がなく、既に半数が死んでいた。
「あー、個々人じゃランカーになれないしクランランキングに入れるほど人数も多くないパーティ単位の猛者って戦争じゃなくてこっち来てるのかな」
「あのコンボガーディアン、<UBM>なら古代伝説級は堅いですね……。<UBM>なら特典落とすのになぁ……」
「我、スキル強化系<エンブリオ>の【紅蓮術師】。温度変化封じられて打つ手なし。これはクソゲー」
「呑気に言ってる場合か!」
想定外の強敵によって彼らの進行は鈍り、士気も低下している。
先にデスペナルティになった者の一人が『有り金はたいて買った武器が溶けたぁ!?』という悲しい断末魔と共に消えたこともその一因だろう。
<マスター>にとって、時に装備破壊は命を失うよりもきつい。
だが、ここで手をこまねいている訳にもいかない。今回のクエストの本報酬は出来高払いなのだ。
「はっはっは! 強敵登場だな! だが、ここには俺もいる!」
停滞する味方を押しのけるように前に出たのは、筋骨隆々の巨漢だった。
「このレジェンダリア元決闘十七位、堅果鉞がお相手しよう!」
(((変な名前だなぁ……)))
(最近の名前ってこういう感じなのね)
仲間達が心の中で総ツッコミしたが、第一陣などではネームでネタに走る<マスター>もそれなりにいる。それで泣いている醤油もいる。
「いくぞ! ナマハゲ!!」
堅果鉞は紋章から巨大な鉈を引き抜いた。
なまはげ。日本の秋田県などに民族行事として伝わる存在。
恐ろしい風貌で『悪い子はいねがー』、『泣く子はいねがー』と練り歩く来訪神の一種だ。
なお、来訪するのは小正月や大晦日である。
「それ思いっきり冬のモチーフでは?」
「夏真っ盛りじゃないんですか!?」
「鉞でもないし……」
そんな六号車の面々のツッコミを尻目に、ナマハゲを握った堅果鉞が突撃する。
「うおお! 喰らえ! 《悪因悪果》ッ!!」
彼が鉈を振り抜くと、ド派手なエフェクトと共に斬撃が飛翔した。
真っ当な一撃型の必殺スキルは合体<エンブリオ>の霧の身体を貫通し、後方にいる<マスター>達に炸裂した。
「うわぁあ……!? …………あれ?」
だが、斬撃は命中した者達のHPを少し削るに留まった。
ハッキリ言って、必殺スキルどころか初期スキルレベルの擦り傷である。
食らった側は追加効果を警戒していたが、特に発動する様子もない。
「バカな……」
その光景を前に、堅果鉞は膝をつく。
「相手のこれまでの犯罪歴に応じて固定ダメージを与えるはずなのに……相手は善人しかいないというのか!!」
『そりゃそうだろ』と六号車の者達は思った。
現状、カルディナが襲撃側であっちは襲撃から子供を守る側。
正義や大義はともかく善悪は明確である。
「そもそも犯罪歴って言っても国によって法律違うでしょ?」
「いや、相手が記憶してる犯罪だと思う行為によってダメージが変わるんだ」
「自己申告制かぁ……」
『なまはげの風習もそんな要素あったな』と聞いていたマスターの一人は思った。
ともあれ、出番の割に何の成果も得られなかったナマハゲである。
むしろ『ランカーでもダメか……』と余計にブレーキが掛かった。
「必殺スキルをボケに使ってまでこっちの士気を下げないでもらえます?」
「レジェンダリアの決闘では結構効いてたんだぞぅ!?」
「HENTAIの国ぃ……」
王国側は勢いづき、カルディナ側はさらに追い詰められている。
そんな中、カルディナ側の最後方に二人の女性<マスター>が立っていた。
一人は他の<マスター>と同じ仮面と装備を着用し、もう一方は他とは違う着物姿。
「どうしますか?」
着物姿の女性……【式姫】更科桔梗は隣の女性にそう問いかける。
対して、目立たない装備の女性は困ったように唸る。
「うーん。私は集団戦自体が苦手ですからねぇ……。桔梗ちゃんはどう?」
「私も集団戦は苦手でして……。けれど、あれくらいなら対処できます」
そんな二人の会話が聞こえたのか、他の<マスター>が声をかけてくる。
「お、おい! あんた、あれを何とかできるのか!?」
「はい」
「じゃあ、何とかしてくれ!」
他力本願だったが、自分達では太刀打ちできないならば上位者に頼もうと思っても無理はない。
そんな彼の願いに、桔梗は頷く。
「分かりました。あれと、その後方にいる<マスター>達は全て倒します。代わりに皆さんにも一つお願いしてもよろしいですか?」
桔梗の言葉を、生き残っているカルディナ側の<マスター>全員が聞く。
「私の式神の召喚と攻撃準備が整うまで時間を稼いでください」
「それで、ケリがつくのか?」
「ええ。《式神:笑顔姫》」
問われた桔梗は頷く共に、一体の式神を呼び出す。
それは笑顔の描かれた紙で顔を覆い隠した……童女の姿をしていた。
「私の式神のスキルは準備時間が必要です。けれど、必ず全滅させます」
声音は穏やかだったが、その言葉には確固たる自負が見えた。
「……わかった」
相手は他ならぬ天地で決闘五位についていた猛者の中の猛者。
さらに、天地と言えば決闘だけでなく対人集団戦のエキスパートも多い。
そこでランカーをしていた彼女は、一日の長があると言えるだろう。
彼女の提案には賭けてみる価値があった。
「話は理解した! 任せておけ!」
真っ先に堅果鉞が立ち直り、他の<マスター>もそれに続く。
彼らは何とか壁を作るなどして相手の合体<エンブリオ>の接近を押し留めつつ、他の<マスター>の攻撃にも対処していく。
攻勢に出たときは狩られる一方だったが、元々の数と質で勝る彼らは防御に回ればまだ前線維持が可能だった。
『…………』
そうして他の者が動く中、童女は動かない。
無防備な姿勢で、笑顔の紙越しに戦場を見ていた。
それは西洋風のラピュータとも、殺気立った戦場とも似合わない童女。
風景に浮いている彼女だが、それゆえに王国側もその異常さを察して潰しに掛かる。
しかしカルディナ側がそれを阻む。
強力なスキルの行使と、妨害と、その阻止。ある意味では真っ当な攻防だ。
「……おや」
ゆえに、その中で真っ当さの中に紛れた異様さに気づいたのは、ただ一人。
仮面の彼女は後方……桔梗よりも後ろに下がる。
一見すると、後方警戒をしているような立ち位置だったので、誰も気に留めない。
そうして、桔梗が稼いでほしいといった時間は過ぎ去る。
この後に起こることについて述べるならば。
敵も味方も、彼女の前にいる者は誰一人として理解していなかったのだ。
更科桔梗という女を、理解していなかった。
カルディナ側の参加者の多くは、王国の“トーナメント”に参加するはずだった実力者をカルディナが横からスカウトしてきた者達である。
大陸最西端の王国でのイベントゆえ、東にある天地の参加者はほとんどいなかった。
それこそ、天地を離れて旅をしていた桔梗くらいのものだろう。
だから……誰も知らなかった。
「整いましたね」
攻防開始から一分か、二分か。
桔梗がそう告げると……童女もまた声を発し始める。
『ひーふーみーよー』
童女は、古い言葉で数字を数えていく。
それが彼女の準備の最終段階だと判断し、王国勢はなんとか阻止せんとする。
だが、カルディナ勢が眼前に迫ってきた勝利のために、必死でそれを止める。
『いーむーなーやー』
そうする間にカウントは進み、
『ここの――たり』
――童女が『十』まで数え終えたとき――。
◇◇◇
□天地某所
天地に幾つもある宿場町のとある旅籠にて。
二人の女性が茶飲み話に興じていた。
「いやー……今回もめっちゃ怖かったぁ……」
「ええ。とても楽しかったですね」
一人はワンポイントフェイスペイントが特徴の美少女であり、もう一人は生身と義手合わせて六腕という異形が特徴の美女だった。
「ゴールデンウィークな上に王国と皇国の戦争でプレイ時間ボーナス……ってウキウキしてたのにあんなことになるなんて思わんし……」
「ふふふ」
「重兵衛の<UBM>退治に付き合わされたら、まさか【陰陽博士】率いる北玄院陰陽師部隊と、噂の怪人軍団の四つ巴になるとは……。公権力と結びついた連中とバトルだなんて、もう無理ぃ……」
「存分に斬り合えましたね」
同じ事件に同じ立ち位置で遭遇したはずなのに、二人の感想は真逆だった。
「レイっちも今頃戦争で大変なんだろうなぁ……」
「羨ましいですね。……ところでアルトさん、そろそろレイ様のリアルの連絡先を教えてくれません?」
「だから教えないよ!? 後が怖いもん! 新聞沙汰とか御免だから! 伝言もゴールデンウィーク明けまで待って!」
本気でビビっているフェイスペイント美少女――アルトに対し、六腕の美女――重兵衛は「そんな物騒なことしませんのに……」と拗ねた。
二人はかつてとあるイベントでレイと関わりを持った<マスター>であり、アルトにいたっては大学の同期である。
色々あってパーティを組んだ二人ではあるが、相方がやばい女なのを知っているアルトはレイのリアルについてはまだ口を噤んでいた。
「話変えるよ! 今回ちょっと気になったことあったし!」
「何でしょう?」
「今回戦った陰陽師が式神使ってきたけどさ。あれって召喚モンスターとどう違うの? アタシは普段式神って見ないけど、重兵衛はバトル関連なら詳しいよね?」
アルトの問いかけに重兵衛は頷く。
「ええ。友人に式神使いがいましたので」
「え?」
「まだ何も言っておりませんが?」
「あ、うん。続けて続けて」
アルトは、『このバトルジャンキーに友人いたのか』と、もはや腐れ縁と化した相手に疑問の目を向けていた。
「これはその友人から聞いた話ですが、【召喚師】の《召喚契約》はガチャ、【式術師】の《式神編纂》はオリカ、だそうです」
「ぱーどん?」
『どういう意味?』とあまりカードゲームに詳しくないアルトは首を傾げる。
「召喚モンスターは月に一回の《召喚契約》でランダムに手に入り、自分では選べません」
「知ってる。ギャンブルだよね」
「対して、式神は術師が自分で好きに能力を設定できます」
戦闘の都度、自らのMPやSPを用いてモンスターを実体化させて戦わせることは同じだが、そのモンスターを得る手段が真逆。
《式神編纂》……『式を編む』とは固有の能力からステータスまで自ら設定すること。
MPとSPを入力して結果を出力するための……独自の数式を生み出すとも言える。
「え? それ明らかに式神の方が凄くない? 攻撃力無限の式神とかいけちゃう!?」
『アタシも式神使えるジョブになろうかなぁ』と思いはじめる。
しかしそんなアルトに重兵衛は首を振った。
「術者の能力に見合わない式神は世界に顕現出来ません。多くのコストを掛けても具現化に失敗します」
ゆえに、式神の性能が望んだ域に届くことは稀だ。
術者に見合わない式神ではそもそも成立さえしない。
『ゲームから弾かれる』とでも言えばいいのか。
「能力を複雑にするほど、成立は難しい。さらに具現化できたとしても、同等の能力の召喚モンスターと比較して召喚コストは最低でも数倍です。十倍以上も珍しくありませんね」
であれば、召喚を選ぶ者が多いだろう。
伝書鳩代わりや偵察用などはコストが軽いので活用されるものの、戦闘で使役するような実戦的な式神使いがあまり多くないのはそうした理由だ。
「美味しい話ってないんだね……」
道理で決闘ランカーでも数がいないはずだと、アルトは納得する。
「そうですね。私も強敵と言える式神使いは一人しか知りません」
「それが重兵衛の友達?」
「ええ。彼女、更科桔梗は天地でも珍しい『超実戦的な式神使い』でした」
「その人はどうやって式神の問題を解決したのさ?」
欠点だらけにも思える式神を、どうやって使いこなしているのか。
「簡単ですよ。まず、構築をシンプルにすれば成立しやすくなります。たとえば、『事前入力した軌道を飛ぶだけ』などです」
「なるほどねー」
単純化や無差別化は出力を上げる手段としては常套だ。
式神に限らず、<エンブリオ>などでもその仕組みを使っている者は多い。
「次に、式神の能力を発揮するための条件を設定することです。クリアが難しい条件ほど高性能の式神が成立しやすくなりますね」
「あー、よく見る奴」
それもまた、<Infinite Dendrogram>ではよくある話だ。それこそ、他ならぬアルトの<エンブリオ>もまたその類と言えるだろう。
だが、その二つの要素だけで先ほど聞いた式神のデメリットを上回る実戦的な性能を得られるものだろうかとアルトは首を傾げる。
「何より重要な点ですが、彼女は式神作成にとても暴力的な手段を使います」
「重兵衛みたいな? ……あ」
アルトはつい脊髄反射で言ってしまった後、『しまった』と自らの口を塞ぐ。
これは今日こそズンバラリと斬られてちゃうのではとビビっていると……。
「あら、急に褒められると照れますね♪」
「褒めてないよ!?」
逆に喜ばれてしまった。
【阿修羅王】華牙重兵衛。バトル大好き斬り合い大好きレイ大好きのヤバい女である。
ただ、そんな彼女でも思うことはある。
(まぁ、彼女が暴力的というのは彼女の<エンブリオ>の性質に由来するものですが……けれど、そうですね)
彼女の友人。彼女が理解する更科桔梗という女は……。
(――性格的にも私より危ないかもしれませんね)
◇◆◇
□■【未確認飛行要塞 ラピュータ】・東門エリア
修羅の国と呼ばれる天地において、用いられる呪術の特徴は二つ。
一つは相手の身体の一部を用いた遠隔呪術。
もう一つは条件を満たした際に発生する……和製ホラーの如き霊症呪術である。
どちらも西方のように直接的な攻撃やデバフではない。
より婉曲に、忍び寄り、そして命を蝕む……それが東方の呪術だ。
そして桔梗の呼び出した《式神:笑顔姫》は、後者……霊症呪術の権化と言えよう。
笑顔姫について、桔梗が設定した条件は次の三つ。
『視野――前方一〇〇メテル、水平一二〇度、上下一三〇度にいる者を無差別照準。照準後、一〇秒間範囲から外れたものは照準解除』。
『照準した全対象のMP総量に応じた呪殺準備時間が完了するまで動かない。呪殺準備時間の消化速度は召喚時に費やしたMPで変動』。
『準備完了後、さらに数字を十まで数えた後に実行』。
ターゲッティングを単純化させ、それを達成するまでに重い条件を課した。
動作の単純化と条件のハードルの高さ。それら二つは式神にとって重要。
加えて、彼女の<エンブリオ>の力を加算された結果、式神はその能力を成立させる。
『ここの――たり』
――童女が『十』まで数え終えたとき――。
――童女の前にいる全員の顏が落ちた。
眼球と鼻と口と耳が彼らの頭部から零れ落ちたのである。
「!?」
その驚愕は、被害を受けた全員のもの。
意気込んでいた堅果鉞のものであり、奮闘していたカルディナ勢のものであり、攻めていた王国勢のもの。
それら数十人分の人間が声もなく驚愕し、存在しない目を見開いている。
その有り様は正に、福笑い。
一時はコメディのように弛緩し、直前には戦闘による熱気を孕んでいた東門の空気。
しかしそれらは、笑えるようで笑えないおぞましさによって上書きされた。
「…………! ……!?」
声を発することもできない彼らが、石の床の上で悶え苦しむ。
当然だ。口も鼻もなければ呼吸すらできない。
目も耳もなければ何が起きたかも分からない。
この福笑いは相手を無力化する手段であり、同時に……真綿で首を絞めるように殺すための呪殺なのだ。
『……!!』
だが、そんな状況でもまだ動ける者はいる。
カルディナ勢がこの東門を攻めあぐねた最大の要因、霧の合体<エンブリオ>。
顔のパーツなど持たないそれはこの大規模呪殺の影響を受けず、むしろ自らの主達を苛む式神とその術者に怒りを燃やしていた。
その後の行動は一瞬。毒性を持った霧が、桔梗と童女を包み込まんとする。
合体<エンブリオ>は主達の敵を溶かし、呪いもまた溶けることを願ったが……。
「――《式神:矢衾童子》」
――桔梗は更なる式神を呼び出す。
それはみすぼらしい案山子だった。
十字に組んだ竹に藁を被せ、そこに矢が刺さっているような壊れかけの案山子だ。
そんなものを呼び出して何になるのか。既に腐食性の毒に呑み込まれているというのに。
合体<エンブリオ>はそう考えたが、しかし……すぐに異常に気づく。
桔梗と笑顔姫は――まるでダメージを受けていなかった。
それどころか装備品が損壊することすらなく、桔梗など手に持った紙に筆で何事かを描きつける余裕すらある。
代わりに――案山子が黒煙を上げて溶け始めていた。
あたかも、二人の身代わりにでもなっているかのように。
それがこの式神、矢衾童子の能力。
『桔梗、桔梗の持ち物、桔梗の式神のダメージと状態異常を全て引き受ける』。
『HPは召喚時に注ぎ込まれたMP量による』。
シンプルな、身代わりである。
カルディナ勢を壁にするまでもない。桔梗は自前のタンクを持っていたのだ。
そうでもなければ彼女が天地の決闘で上位に立てる道理もないが。
「――《式神:流星童子》」
そして彼女の手から紙人形が飛び立ち、槍を持つ三体目の式神となって飛翔する。
向かう先は、合体<エンブリオ>の<マスター>と思しき者達――及び顔を失って身もだえる全ての<マスター>。
王国もカルディナも関係なく――飛翔する流星はその命を貫き刈り取った。
『……!?』
主達を殺された無念さと共に、合体<エンブリオ>が雲散霧消する。
そして多くの<マスター>達が死んだ証として、光の塵となる。
「終わりましたね」
その只中で、桔梗は紋章から取り出した墨壺を掲げていた。
すると不思議なことに、散っていく光の塵に変化があった。
白い光だけではなく黒い光が混ざり、それが全て桔梗の墨壺に吸い込まれていくのだ。
彼女の手の墨壺の銘は、TYPE:エルダーアームズ【餌餓慈惨 ジゴクヘン】。
殺した生物のリソースの一部を奪い、式神作成用の墨に変える<エンブリオ>。
そう、桔梗の高出力式神を構成する最終要素こそ、暴力的な手段で獲得され、暴力的なまでに投入されるリソースである。
ジゴクヘンは端的に言えば、【殺人姫】の持つヨナルデパズトリの同類だ。
ただし、あちらが主の生存にその力を傾けているのに対し、ジゴクヘンは更なる地獄を生むための、より攻撃的な<エンブリオ>と言える。……<マスター>同様に。
「やはり<マスター>は吸収率が悪いですね。赤字になってしまいます」
困ったような顔で、桔梗は頬に手を当てる。
その顏に、味方を背中から撃つような真似をした悔恨のようなものは、ない。
「?」
そのとき、桔梗はまだ死体が残っていることに気づいた。
いや、残っているならば死体ではないのだろう。ビルドに【死兵】でも積んでいたのか、顔のパーツがなく胴体にも大穴が空いた<マスター>が床の上で痙攣している。
ふと足元に目をやれば、そこに彼のものらしい目玉も転がっていた。
視神経も外れているので視えているはずもないが、どこか恨めしそうにも見える。
そんな目玉を見下ろしながら、桔梗はまたも困ったように頬に手を当てる。
「すみません。乱戦で敵と味方を区別するのって難しくて、まとめて殺したくなるんです」
敵も味方もまとめて殺す能力の方が式神を作りやすい。
味方を殺してもリソースは手に入る。
味方をあえて殺す理由もないが……殺さないほどの理由もない。
「ああ、着物を下から覗かないで下さいね」
彼女は冗談めかしてそう言って転がる目玉を踏み潰した。
直後、時間が過ぎたのかその<マスター>も塵になり、一部はジゴクヘンに吸われた。
六号車の面々は、更科桔梗がどういう女かを理解していなかった。
知る由もなかった。
穏やかな物腰の彼女が、かつて天地の内戦においてティアン含む味方の軍勢ごと敵を滅ぼし、叱責した大名を弑虐し、一族郎党滅ぼしたなどと。
犯人不明ゆえに指名手配こそされなかったが、天地屈指の大悪人。
それが元天地決闘五位、【式姫】更科桔梗。
“地獄絵図”の二つ名で恐れられた女である。
「ともあれ無事完了ですね。これで門を通れます」
結局、この戦場で生き残ったのは桔梗と、
「呪殺ってすごいわねぇ」
桔梗より後ろに下がっていた仮面の女性。
笑顔姫がカルディナ勢も照準しているらしいことを察し、独り後ろに下がったために呪いの対象から外れた人物である。
しかし味方殺しを責めることはなく、桔梗と肩を並べて門へと歩いていく。
「お気になさらないんですか?」
「ええ。あのままだと全滅でしたし、私も先に進めなかったでしょうね」
仮面の女性は「だから仕方ない」と、味方殺しを受け入れている。
「桔梗ちゃんはクエスト通りにターゲットの子達を?」
「はい。あなたは?」
「私は別口ですよ。だから桔梗ちゃんがいて助かりますね」
「ええ。私も最大の壁と思っている相手がいたので……きっとうぃんうぃんになるでしょうね」
「うふふ。あ、おはぎ食べます?」
「いただきます」
そうして作られた地獄を生き残った二人の女は、城の奥へと進んでいった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<うん、<メジャー・アルカナ>三人娘で一番やばい奴だよ
○合体<エンブリオ>
(=ↀωↀ=)<各<エンブリオ>の名前は
(=ↀωↀ=)<霧がアメノサギリノカミ、毒がバジリスク、恒温がパラダイスです
○ナマハゲ
(=ↀωↀ=)<今回の出オチ要員
(=ↀωↀ=)<こんなんだがゼクスに対しては超メタ能力である
(=ↀωↀ=)<ちなみにレジェンダリア出国経緯としては
(=ↀωↀ=)<「こいつと闘技場組み合わせたら簡易裁判になるんじゃね?」
(=ↀωↀ=)<みたいな使い方を上層部に想定されたのでレジェンダリアから放逐された
○アルトと重兵衛
(=ↀωↀ=)<書籍17巻組
(=ↀωↀ=)<逃げられないとアルトが悟って以降は徐々に馴染んできた凸凹コンビ
(=ↀωↀ=)<ゴールデンウィークも一緒に遊んでた