第二十三話 コッペリア
□■【未確認飛行要塞 ラピュータ】・西門エリア
「他愛ないね」
マテルと五号車の人員が到達したのは城部分の西側に位置するエリアだった。
城門前に乗り付けるように五号車は停止し、そこで防衛態勢を築いていた<マスター>達との戦闘に突入する。
この戦闘に関して、<童話分隊>の地雷原と化した庭園エリアの四号車や東側に着いた六号車のような異常事態は起きていない。
単純に両軍がぶつかり、戦力の数と質で勝るカルディナ側が短時間で勝利して内部への侵入を果たしたのである。
「壊れた人形も一つ程度。この分なら楽勝じゃないか」
マテルはこの戦闘において超硬神話級金属製の断頭人形をはじめとするハイクオリティの人形を操り、多くのマスターを撃破。
逆に敵の攻撃が彼女に直撃してもダメージ転嫁スキルの《ダミー・ドール》で容易に受け切った。
攻防共に隙のない猛者、準<超級>の面目躍如と言える。
(最高品質素材、超硬神話級金属の人形で攻防を高めた僕なら、この程度は造作もない。……やっぱりあの怪物がおかしかっただけだ)
自身を人形ごと食い尽くした人型の怪物を思い出し、彼女は背筋を震わせた。
(しかしあの怪物は今頃は戦争の真っ最中。ここにはいない。だから、問題ないとも)
そう自分に言い聞かせながら、五号車の人員と共にマテルは城内を進む。
「さて、城内に入って少し歩いただけなのに……ここは随分と静かだね」
「ですね」
質量爆撃とそれを阻む盾による轟音に晒されているはずの城内の廊下。
しかし、今はそうした騒がしさとは無縁であり……奇妙に静かだった。
外の音は聞こえず、城内の音だけが耳に届く。
(壁材に何か仕込んでいて、音は副次的な効果かな?)
見れば、この廊下には美術品が並べられているギャラリーのようだ。
美術品の類も魔法で台座に接着され、なおかつこのエリア自体に衝撃吸収素材でも使われているのだろう。
「いくら城だからってこんなところまで凝らなくてもさ。ま、趣味はいいけど」
この城の主であるグレイか、あるいはラピュータを使う用事のある黄河の皇族か。
どちらにせよ、内装や美術品は金を掛けた上で良い趣味をしている。
「美術品良し。館内BGMも良し。ちょっと寛ぎたいくらいじゃない?」
マテルの冗談に、五号車の仲間達も笑う。
「この高そうな美術品、持っていっちゃってもいいのかな……」
「僕らは火事場泥棒や強盗じゃないんだよ? ……とはいえ、戦利品としてアリだね」
「イエーイ!」
城内に入る際の戦いで肩を並べたマテルと五号車の面々は既に打ち解けていた。
マテルは自分を彼らの上位者として振舞うが、彼らの側も準<超級>のマテルに一目置いているため程よい距離感になっている。
廊下を進む途中、彼らは思い思いに美術品をアイテムボックスに仕舞いこんでいく。
ただ、マテルは周囲に注意を払いつつ、美術品を手に取ろうとはしなかった。
「マテルさんはいいんですか?」
「うん。良い趣味だけど僕の人形以上の美術品はないし」
実際、素材の値段で言えばマテルの人形は飛び抜けている。
マテルはこれを作るためにカルディナに入ったほどだ。
「強いて言えば、流れてる音楽の音源が欲しいかな。これ、すごく良くない?」
「分かります! いい曲ですよね!」
ラピュータの各所で戦闘中だというのに、音楽は絶えず流れている。
音楽を再生するマジックアイテムが作動し続けているのだろうか。
「<エンブリオ>とはいえ賓客を招いた城、ましてや美術品を展示するギャラリーだからね。音楽を流すマジックアイテムの一つもあって不思議じゃないさ。本当に欲しいなぁ、これ」
人形に周囲を探らせながら、マテルはそれらしきものを探す。
(けど、何で笛の演奏なんだろう?)
何となくこうしたシチュエーションでのBGMはピアノやバイオリンという印象があったため、マテルは奇妙に思った。
とはいえ、素晴らしい美術品に負けない……いや、勝るほどの美しい音楽の前では些細な話だ。
マテルも含めて五号車の<マスター>達は音楽に酔いしれながら戦利品を漁る。
自分達が攻めた城の中とはいえ、初戦に勝利した心の余裕がその時間を許していた。
無論、警戒はしている。敵が接近すれば、即座に迎撃できるだろう。
しかし敵の姿はなく、ここにあるのは目を楽しませて懐を温める美術品と、鼓膜から感動させる音楽だけだ。
そうして彼らは。
――いつの間にか全員が自殺を試みていた。
マテルの首には、三日月のギロチン。
城門前で幾人もの<マスター>の首を刎ねた断頭人形の刃が、彼女の首に掛かっていた。
「……………………は?」
驚愕の呟きと共に、マテルは自分の身体が仕出かした行動を理解する。
いつの間に、そんなことを仕出かしていたのか。
この場にいた誰もが、自らの武器で、スキルで、エンブリオで……自身の命を絶とうとしていた。
否、既に絶っている。
マテル以外は……全滅だ。
「!?」
彼女の首が切れていないのは、《ダミー・ドール》でダメージが人形に流れているお陰だ。
そうでなければ彼女の首も床の上に転がっている。
(何で!? 何が!? どこから!?)
カタに追い詰められたときと同等の混乱に襲われながらも、マテルは思考を回す。
一体何を契機に、こんな事態に陥ったのか。
この空間自体に何らかの呪いでも満ちていたのか。
だとすれば魔法職や聖職者達が気づけなかったのはなぜか。
そこまで考えて……この空間に満ちているものに気づく。
「……音楽か!?」
そう、マテルは答えに至った。
音楽こそが敵であり、攻撃だったのだ。
物理的な破壊ではなく、甘く染み渡るような死への誘い。
それを為したモノこそは……。
『――ふむ。一人残ったか』
廊下の反響を介して、誰かの声が聴こえた。
しかしそれは肉声ではないようにも聞こえる。
『とはいえ、上出来だ。でかした、ホーン』
『にゃーん』
廊下の奥から現れたのは、指揮者の服装をした老人。
そして彼が引きつれた金属楽器のような四体の<エンブリオ>だった。
「お前、は……!」
『なに、ただの指揮者と楽団だ。雇われのな』
老人の名は、【奏楽王】ベルドルベル。
<エンブリオ>は至上にして最恐の楽団、ブレーメン。
かつてギデオンで決闘ランカーを含む猛者達を狩って回り、今このギャラリーで侵入者を迎撃すべく待ち構えていた準<超級>である。
そう、五号車の<マスター>を全滅させたのは、彼らの演奏だ。
《獣震楽団・“管楽器”》。
『相手に自ら命を捧げさせてしまう』ほどの神奏。【魅了】の極地。
あらゆるレジストを無為に切り捨て、数多の強豪に命を奉じさせる音。
ベルドルベルの保有する手札でも、最恐の初見殺し。
それをこの盤面で使用することで彼は五号車のマスターを壊滅させた。
『個々人が高い特殊性と独自性を持ちうる<Infinite Dendrogram>の戦闘では、初見殺しの大規模攻撃で壊滅する恐れがある』。カルディナ側が戦力を分散させる理由として危惧していたケース、そのままである。
「やって、くれたな……!」
しかし、ブレーメンの必殺スキルを受けてもなお、マテルは生存している。
彼女は《ダミー・ドール》と高耐久人形のコンボにより、自らの攻撃力を大きく上回る生命力を持つ。自傷による自殺ではその命に届かない。
『《ハートビートパルパライゼーション》』
「あまり調子に乗らないでもらおうか!!」
ゆえにベルドルベルは追撃を開始し、マテルはこの伏兵を倒すべく動き出す。
マテルの手元から緋色の刃を備えた断頭人形が跳ね、敵手の首を刎ねんとする。
高速で放たれた超硬神話級金属の刃。触れれば前衛ですらない老人の枯れ首など一瞬で切断して見せるだろう。
だが、刃は枯れ首に届く前に砕け散った。
音の波に晒されて、刃も人形もまとめて崩壊したのである。
「な!?」
マテルの驚愕も無理はない。
圧倒的な強度を誇るはずの人形が、そうとは思えぬほどあっさりと破壊されたのだ。
(かなりの強度だ。単純な振動波では砕くことも叶わなかっただろう)
パーカッションの《ハートビートパルパライゼ―ション》で相手の攻撃を粉砕しながら、ベルドルベルは思考する。
(しかし固有振動数が分かっていれば、パーカッションで共振破壊を引き起こせる。物質の強度はさしたる問題ではない)
自分が戦う相手がマテルであったのは『運が良かった』、と。
「こっちは【地神】の用意した超硬神話級金属を使っているんだぞ!」
(ああ。だからこそ、だとも)
破壊されたことが信じられないように狼狽するマテルに対し、ベルドルベルは演奏を続けたまま心の中で頷く。
なぜ、彼がカルディナ秘蔵の金属とも言うべき超硬神話級金属に対応し、固有振動数まで把握し、ブレーメンに対処させることができたのか。
それは……。
(――皇国にいた頃、サンプルに触れる機会があったからな)
――彼の古巣、そしてその長のお陰であった。
◇◆
ベルドルベルのかつての古巣、<叡智の三角>。
そのオーナーであるフランクリンは用心深さと周到さにおいて超級でも屈指の手合いだ。
勝つために、負けないために、何重にもプランを練り、敵と見定めた相手への対抗策の準備も怠らない。
ゆえに皇国の仮想敵であるカルディナと、その最高戦力であるファトゥムの存在を無視することもなかった。
ファトゥムが作った、そして先の戦争終盤で皇国を横殴りしてきたときに現場に残した金属の一部を回収、解析したのである。
そして、そのサンプルをクランに入ったベルドルベルにも触れさせていた。
彼のパーカッションが、極めて高い強度を誇るファトゥムの金属に対して強力なカウンターとして作用すると想定して。
その機会が皇国にいる間に訪れることはなかったが……、今ここで意味を成した。
◇◆
「くっ……!」
ファトゥム製の金属素材では、《ハートビートパルパライゼーション》を突破できない。
それどころか、距離を詰められればダミー・ドール用の人形までも砕かれてしまう。
まだ敗北が確定した訳ではないが、極めて相性の悪い相手と言えるだろう。
(畜生! 何で僕の相手はこんなのばっかりなんだ!)
最高の金属を容易く捕食するカタ。
最高の金属を把握し粉砕するベルドルベル。
彼女がカルディナの手先となることで得た強みが、まるで機能していない。
だが、そんな彼女の動揺に構わず、ベルドルベルは動く。
ブレーメンを引き連れながら一歩ずつ進み、《ハートビートパルパライゼーション》でマテルへにじり寄っていく。
手持ちの超硬神話級金属以外の人形を操って突撃させるが、そちらは純粋な強度不足で振動結界を突破できない。
他の仲間は既に全滅し、他の二等客車の面々は違うエリアだ。
マテルは既に詰みかけている。
「くっ……!」
彼女はそのまま、ベルドルベルに背を向けて逃げ出した。
廊下を曲がり、彼の姿が見えなくなるまで走る。
そうして距離を空けながら、思考する。
(攻撃範囲は限られてるし、あいつ自身の動きは遅い……このまま逃げるか?)
今から外に脱出し、他のエリアのカルディナ戦力に合流する手はある。
むしろそれが最も無難な手だろう。
仲間がいる状況で相性の悪い相手と一人で戦うのは愚行と言える。
だが……。
――敵戦力は少々の準<超級>とザコばかり。分散しても問題なく対処できるでしょ?
――まさか、<超級>でもない相手に劣る手合いじゃないだろう?
他ならぬ彼女自身が同僚にマウントを取るために発した台詞が、その選択を躊躇わせる。
その行動が同じクランのメンバーとなるブレンダ達から後々どう評されるかを考えた結果……マテルは逃げ出すことができなくなった。
(……背に腹は、変えられない!)
ゆえに、現状を打破しうる最後の手段を行使せざるを得なかった。
「――《僕だけの令嬢人形》」
――即ち、自らの必殺スキルである。
宣言と同時に、マテルの背後に半円形のアーチを描いた西洋風の窓が出現する。
廊下の中心に窓だけが浮かんだ異常な情景であり、窓に嵌っている物質はガラスのようでありながら光を通していない。
『戦闘中の、呼び出しとは、珍しい……な』
何者かの声と共に、窓は微かに開く。
隙間からは、内部にいる何者かの……どこか陰鬱な雰囲気をした片目だけが現世を覗き込む。
「人形師! オーダーだ!」
マテルは窓の向こうの人物に呼び掛ける。
この窓……窓と繋がった場所とその主こそが、彼女のスタイルを支える存在。
人形を使うジョブである傀儡師に、人形を与えるモノ。
TYPE:ガードナー・キャッスル、【人形製域 コッペリア】。
「対音波・対振動仕様の上位純竜級人形! 最速で作成しろ!」
『そのオーダーは、コストや、クールタイムが、非常に重くなる……。それに、自動傀儡ではなく、繰糸傀儡になる、が?』
「構わない! さっさとやれ!」
コッペリアは亜空間に居を構える工房であり、外界に通じるのはスキル使用時の窓のみ。
しかし、戦闘時にマテル自身が立て篭もるような使い方はできない。
キャッスルの工房に入れるのはガードナーである人形師だけだ。
ガードナーでありながら守らず、キャッスルでありながら入れない。
マテルのオーダーを聞き、リソースを受け取り、人形を納品するだけの存在と場所。
しかし余分がないからこそ、その生産能力は高い。
量を求めれば、《ダミー・ドール》用の人形を大量に作る。
質を求めた結果は……今から出来る。
『……受け賜わった』
コッペリアの窓は閉じて、この空間から消失する。
代わりに、マテルの視界には『00:03:00』というタイマーが表示され、カウントダウンが開始された。
この表示がゼロになったとき、ベルドルベル対策の人形が完成する。
(必殺スキルを使わされるなんて……!)
マテルにとって、必殺スキルによる人形作成は通常のオーダーとは訳が違う。
通常よりも強い人形を早く作成できるがコストは嵩み、何より重いクールタイムがある。
クールタイムの間……今回であれば最低でも数日間は<エンブリオ>自体が使用不可能になる。
それだけの重いデメリットを背負っても、彼女はここでむざむざと負けるわけにはいかなかった。
(けど、あと三分だ! 三分耐えれば……令嬢人形が完成すれば僕が勝つ!)
対ベルドルベル特化人形の作成完了まであと三分。
それまで《ダミー・ドール》の在庫がもつかどうかが分水嶺だとマテルは考えていた。
実際に彼女の運命を分けるものが、それではないとしても。
To be continued




