第二十二話 大崩落
(=ↀωↀ=)<今更だけど書籍17巻(書き下ろし)のネタバレが含まれております
□■【未確認飛行要塞 ラピュータ】・庭園エリア
――気が滅入る場所だ。
カルルはラピュータにいい思い出がない。
正確には、嫌な記憶とラピュータが結びついている。
それはかつて、このラピュータの墜落を発端として起きたとある事件の記憶。
獲得したばかりの超級職のレベル上げと【ツングースカ】討伐を目論んでいたカルル。
ある任務の過程で<厳冬山脈>上空を飛行し、【ツングースカ】に撃墜されたグレイ。
そして東方への旅の最中、ファトゥムとの因縁あるカルディナを避けて山脈を横断中だったシュウ。
思惑の異なる三者が<厳冬山脈>という地で【ツングースカ】を軸に交わり、ある事情からシュウとカルルは対立。
最終的にバルドルの一撃でカルルが大気圏外に放逐され、敗北の憂き目にあった。
無敵となった後のカルルが敗れた数少ない、そして苦い記憶である。
――今、奴と戦えばどうなるか。……これも未練か。
あの敗北からカルルも成長した。レベルを上げ、装備も格段に更新している。
今のカルルは生存性能で言えば、<セフィロト>の最上位。
相性差もあるが、あのアルベルトと殺し合っても確実にカルルが勝利する。
<超級>の猛者を集めた<セフィロト>ですら、カルルに膝を突かせられるのは二人。
脱出不可能の深地底に埋葬するファトゥムと、異なる道理を強いる老人だ。
だが、彼らとてネメアレオンの不壊を破ることはできない。
――しかし、今、留意すべきことは分かっている。
彼の敗北の多くは、打倒ではなく場外負けである。
そして……、それが今もありえると彼は把握している。
――この浮島という環境に、注意を払え。
敗北というリスクは、今もそうだ。
自分が倒される目はなくとも、負ける目は見えている。
この戦場においてもそうなる恐れがあることはカルルも自覚していた。
先日レイ・スターリングに敗れたイベントの舞台であった孤島や、まだネメアレオンが進化途上で装備も揃っていなかった頃にいた天地といい、彼と『島』は相性が悪いのかもしれない。
――この地雷原を扱う者達が勝利を諦めていないならば、私を落とすだろう。
カルルという“無敵”を倒そうとするならば、場外負け以外にあり得ない。
そして、このラピュータではそれができるのだ。
――だが、どうやって私を落とす?
クロックダイルの爆発では不可能だ。強力なスキルではあるが、カルルはその仕組みと威力を既に把握し、判断を下している。
この程度であれば問題ない、と。
カルルならば爆発に対応し、爆風が触れる前に【ぽーらーすたー】のノックバック無効を作動させる余裕もあるのだ。
ならば他の手段を使ってくるだろう。
スキルか、罠か、戦術か。いずれにしても、カルルは受けて立つ。
彼は自負と共にこの庭園に潜む敵を打倒せんと周囲を探る。
『…………?』
ラピュータが揺れたのはそのときだ。
質量爆撃の余波による衝撃波ではない。
空からではなく、カルル達が立つ人工の大地が……唸りを上げて揺れ始めたのだ。
そしてラピュータの庭園が――外縁部が端から崩れ始めた。
『……!』
その光景に際し、カルルは何が起きたかを正確に理解していた。
――グレイめ。この外縁部を切り捨てたな。
この空飛ぶ島は、ラピュータの『引力制御』と『接合』の能力によるものだ。
施設の景観であり、盾でもあるこの外縁部の土砂もそれで維持されている。
だが、グレイはそれをカットした。
外縁部に流していたエネルギーを断ち切り、ただの土砂の塊に戻したのだ。
そうして、自重に耐えられなくなった部分が空から崩れ落ち始めたのである。
――戦場ごと場外に、か。
――こちらへの対処をよく理解している……!
カルルでさえも微かな動揺を見せる大変動。
他の<マスター>の驚きはそれ以上だった。
「まさか、ここが落ちるのか!?」
「……誰かバ○ス唱えた?」
四号車の<マスター>達は混乱の渦中にある。
このままでは遠からず全員が地上までのフリーフォールだ。
そんな混乱の中……。
『……しろへ、はしれ』
「え?」
彼らの耳に、聞き覚えのない声が届いた。
『あのしろは、ラピュータほんたいの、まうえにある。あそこは、おちない』
「…………え? カルルさんが喋った?」
一瞬の間を置いて、声の主が無口な<超級>だと気づき、彼らはある意味で崩落よりも大きな混乱を覚えた。
『……さっさと、いけ』
「りょ、了解!」
カルルの指示を受け、<マスター>達は城のある中心部へと駆け出す。
地雷がどうのと気にしている余裕はない。
爆発に巻き込まれるかは運次第だが、このまま足を止めていれば一〇〇%死ぬのだ。
数人が爆破で命を落としながらも、彼らは城に繋がる道を駆け……。
――地中から迫り出した巨大な樹木の壁によって行く手を阻まれた。
「なにぃ!?」
「【ネザーフォレストギガス】だと……!」
その壁はただの樹木ではなく、モンスター。
それも<童話分隊>の一人であるアスマの従属モンスターだ。
ジミニー同様にアスマのガイアが生み出したビーンスターク。元々は【フォレストギガス】というSTRとEND、そしてHPに特化した耐久型の巨大モンスターだった。
それがアスマの下で戦い、パーティの主戦力として活動したことで【ネザーフォレストギガス】へと進化を遂げた。
進化後のビーンスタークはより巨大となり、ステータスも増強され、何より地中に潜行して根を伸ばす能力を獲得した。
ソニアは「豆の木なのに空じゃなくて地下に伸びるんだ……」などと零していたが、ビーンスタークは強力なモンスターであり……文字通りの壁役だ。
それも、<童話分隊>に最適な壁役である。
「この壁、動……!」
一人の<マスター>の近くで枝が蠢き、その動作に釣られてクロックダイルが起爆した。
構わず壁が動き、爆発し、炎上し、<マスター>を巻き込む。
「厄介な……!」
先に述べたように、ビーンスタークの根は地下に広がっている。
地上に露出した部分は本体ならぬ枝に過ぎず、また体積の全てでもない。
ゆえに、地上部分がクロックダイルの爆発に巻き込まれようと問題ない。
爆発を誘引する燃える壁となって立ち塞がる。
「遠距離型の必殺スキル持ち、合わせろ!」
「ああ! 時間がない! 遠間から消し飛ばすぞ!」
しかし、如何に強力な上位純竜クラスと言えど、ここにいるのは歴戦の<マスター>達。
必殺スキルを含めた彼らの火力が集中すれば、瞬く間に壁を粉砕して突破できるだろう。
戦闘経験豊富な猛者が集まっていたため、彼らは瞬時にその答えに辿り着いた。
『…………』
だからこそ、現状の危機を把握できたのはカルルだけだった。
――《喚起》されていない。
――最初から地下にいたのは、こいつか。
庭園に踏み込んだ時点で、カルルは地中に純竜クラス以上のモンスターが潜んでいることに気づいていた。
そう、地雷同様にビーンスタークは予め埋設されていたのである。
前日……グリムズがある戦術についての了承を受けた後、ラピュータの外縁部の地下深くに潜り込み、その根を伸ばしていたのだ。
――地雷と鎖鎌に次ぐ第三の奇襲として機能するのだろうと予想していたが……。
奇襲要員ではなく純粋な『壁』としてのビーンスタークの出現。
そのことに対して、カルルは逆に寒気を覚えた。
――樹木型の巨大モンスターが、地下から……。
――この状況、グレイによる外縁部の切り離し。
――まさか、相手の狙いは……。
カルルの思考が答えに辿り着いた瞬間、<マスター>達の必殺スキルがビーンスタークへ放たれる。
『!』
しかし、それらはビーンスタークに効果を及ぼさなかった。
なぜなら……接触する前にビーンスタークが消失したためだ。
「何?」
集中砲火の最初の一発が命中する前に、消え去ったビーンスターク。
そのことに、<マスター>達の脳裏にも疑問がよぎる。
消失の一瞬後には『消え方が違う』、『あれはテイムモンスターを戻すときの消え方だ』、『炎上のダメージがでかかったのか?』といった思考が彼らに走った。
従属モンスターは、最も損なわれやすい戦力だ。
ゆえに、【ジュエル】などには『HPが一定値を下回ったら自動で戻す』という機能を持ったものも多い。
しかし、ビーンスタークの消失はいささか早すぎる。
自動的に《送還》されるHPのマージンを随分と大きくとっていたのか、クロックダイルの爆発によるものか、必殺スキルの命中前にビーンスタークは消失した。
しかし、『あの壁役ならばもっと耐えられたのでは』という疑念が彼らにもある。
その疑念は正しい。
結論から言えば、ビーンスタークの《送還》は任意だ。
<マスター>達が必殺スキルの発射態勢に入った時点で、アスマが戻したのである
それは必殺スキルの集中砲火から自分のモンスターを守るためだけではない。
必殺スキルの使用……彼らが眼前の壁への攻撃に専念したタイミングで、ビーンスタークを消すためだ。
彼らの思考をビーンスタークへの攻撃と唐突な消失によって、数秒埋めるためだ。
その数秒が齎すものは……。
ビーンスタークの壁があった場所から庭園エリアが圧し折れる光景だ。
「は、ぁ!?」
「いったい何が……!」
雪庇落としのように、外縁部は一瞬でラピュータから切り離されて地上へと墜ちていく。
それは端から削れていたこれまでの崩壊とは全く別物だ。
『……!』
この崩落に先んじて、カルルは城へと駆け抜けようとしていたが、それは叶わなかった。
いつの間にか、彼の両足には地中から伸びた鎖鎌が巻き付いていたからだ。
明確に、カルルの移動を阻害することが目的の鎖。
ただ引くだけでは切れず、カルルは即座に手にした武器――腐食性の毒ガスを噴霧する【ドラグブラッド】で鎖を溶解せんとしたが……。
それを為したときには、既に外縁部とラピュータは異なる高度にあった。
「お、落ち……!?」
外縁部と共に落下していく<マスター>達は、外縁部とラピュータの目に見える断面……その土砂にある痕跡を見つける。
それは、縦横無尽に走った根の跡である。
それが寸前に消失したモンスターによるものであることを、彼らは察した。
要は地滑りと同じ。あのモンスターの根が地盤を支えていたのだ。
能力による維持も、地盤を支えていた根も消えたのだ。
あとに残るのは穴だらけの土の塊に過ぎない。
そんなものが空に在れば一瞬で崩れ落ちる。
――最初からこのために組み立てた戦術か。
地雷原、奇襲、頭の回る者の排除、そして【ネザーフォレストギガス】。
他の護衛と協力して撃破できればベストだったのだろうが、それが叶わない場合や撃破不可能の敵がいた場合も想定していたのだろう。
そうした場合の足止めを考慮して敵は動いていた。
この大規模なトラップで、侵入者を外縁部ごと砂漠に叩き落とすために。
――やってくれる……。
落下する外縁部で、カルルは自らの纏う【ぽーらーすたー】のノックバック無効を発動させる。
【極星熊】……惑星軸の延長線上にある星の銘を持っていた<UBM>の如く、スキルを発動させたならば【ぽーらーすたー】は惑星上の絶対座標に留まることができる。
白熊の着ぐるみは何人たりとも動かすことができず、カルルが装備していれば破壊すらできない。
大勢の<マスター>を乗せた外縁部がカルルの足から離れて地に落ちていっても、彼自身は空中に留まり続けた。
万有引力の法則ですら、彼を動かすことは叶わない。
しかしそれは……。
――……そのために切り離したのだろうな。
動く戦場に彼が置いて行かれることとも同義だった。
アルテミスの質量爆撃によって防御と高度維持にエネルギーを集中せざるを得なくなったラピュータは動きが停滞していた。
ゆえにクロックダイルの爆発に合わせてノックバック無効を使用しても、カルルには問題がなかった。
アルテミスの爆撃の狙いは突入時の補助だけでなく、カルルが十全に戦える状況にまでラピュータを追い込むためでもあったのである。
だが、ラピュータは自ら外縁部を切り離した。
それはカルルのいる戦場を物理的に落とすだけではない。
外縁部の維持、土砂の塊をラピュータに引き寄せ繋いでいた分のエネルギーをカットし……その分のエネルギーを推進力に変えて、ラピュータは速度を引き上げたのである。
惑星上の絶対座標に留まろうと、戦場自体が動けば置いて行かれる。
頭上を見れば、この策を実行したであろう王国側の<マスター>達が空飛ぶ絨毯のようなものに乗って離脱し、ラピュータに帰還する様が目視できた。
――ここまで含めての戦術、か。
――まんまと……してやられた。
この状況に追い込まれたならば、カルルはどうすべきか。
空中に留まってウロボロスに拾われるのを待つか。
一度地上に落ちてから大型の武装で対空砲撃を行うか。
カルルの手札は数多く、最善手も悪手も無数にある。
『…………』
では、打つ手を選ぶ……今の彼の感情は如何なるものか。
『……ふ……』
彼の口から微かに息が漏れる。
ともすれば、苦笑や自嘲の笑みともとれるだろう。
しかし……違う。
――誰も……彼も……。
――私を見れば、場外狙い。
ファトゥムによる地中埋葬。
シュウ・スターリングによる大気圏外放逐。
レイ・スターリングによるリングアウト。
そして今回のラピュータ外縁部崩落による投棄。
カルルは無敵である。
しかし、無敗ではない。
無敵であるからこそ、敗北はいつもその強みを潰す形で訪れる。
だが……カルル本人は『場外負けなら仕方がない』などとは思わない。
『ふ、ふふ……』
その笑みは諦めの苦笑などではない。
再び眼前に迫った敗北への怒りが内より漏れたものだ。
――戦場が遠のいた? 物理的に距離が開いた?
――その程度で、負けてやれるものかよ。
無敵であろうと、無敵だからこそ、敗北の悔しさを彼は知る。
『……なめ、るな』
――如何なる策でも用いるがいい。
――この身は無敵。“万状無敵”。
――この世全てが敵になろうと、私の前に敵は無い。
カルルは着ぐるみ越しに自らの左手首……《着衣交換》のアクセサリーに触れる。
――全敵滅殺。
――即ち、“無敵”。
一瞬の後、カルルの姿は白熊のソレではなくなった。
動物の毛皮の暖かさを備えた着ぐるみは、無機質な機械式のパワードスーツに。
背負っていたボンベは、彼の身長に匹敵するロケットエンジンに。
構えていた武装は消えて、両腕には何らかの機構が仕込まれた奇妙な手甲。
胸部には弾薬ベルトの如く、明滅する発光体が連なっている。
この姿こそは、【神獣狩】カルル・ルールルーの切り札。
超攻勢特化装備構成。
あの【殲滅王】と同系のスタイルにして――彼を上回る破壊を実行するための姿。
通称、特攻態。
――今回は、場外負けなどしない。
――ラピュータごと、跡形もなく破壊してくれる。
そこには敵味方の識別もなく、プランもない。
ただ純粋な、敗北の忌避と勝利への執念がある。
そして内心に渦巻く感情と共に――カルルは遠ざかるラピュータへと飛翔した。
To be continued
(=ↀωↀ=)<カルルとの第一ラウンドが終わり
(=ↀωↀ=)<カルルが変身しましたが
(=ↀωↀ=)<次回は時系列遡って別の戦場です
(=ↀωↀ=)<第二ラウンドはまた後でね
○ビーンスターク
(=ↀωↀ=)<<童話分隊>一話から本編までの間に進化
(=ↀωↀ=)<地中に根を広げるようになったのはクロックダイルとの運用もあるけど
(=ↀωↀ=)<『地中の栄養をより多く得られるようになって食費を減らすため』でもある
○カーペット
(=ↀωↀ=)<こちらも成長しているので
(=ↀωↀ=)<普通に三人を乗せて高い高度でも飛べるようになってます
(=ↀωↀ=)<戦闘能力はないけど




