第二十一話 たった一つの手段
□【未確認飛行要塞 ラピュータ】・戦争初日
戦争初日。その時点のラピュータはウィンターオーブに向かう途上にあり、護衛の<マスター>達も各々の時間を過ごしていた。
<童話分隊>もそこに含まれ、参謀役のグリムズはラピュータ内部の図書室で幾つもの資料を広げていた。
(……なるほどな。ラピュータの能力特性は『引力制御』と『接合』。引き寄せて、繋げる。グレイ・α・ケンタウリのパーソナルとしても意味がありそうだが……ともあれ、浮いてるのも島を纏ってるのもその応用ってーわけだ)
グリムズが広げていた資料の一つは防衛依頼のために配布されたラピュータの内部図解だ。もっとも、秘匿性の高い場所は黒塗りになっているが……そこは問題ではない。
(城も島も地下にあるラピュータ本体に外付けされたオプションに過ぎない。特に外縁部は無人兵器の発進口がある以外はほぼ土砂で構成。庭園としての造成こそされているが、本質はラピュータ本体へのダメージを軽減するための緩衝材か。それなら……)
ラピュータのデータを頭に入れながら、何事かの策を練るグリムズ。
そんな彼を、ソニアは後ろから覗き込んだ。
「グリムズ。何読んでるの?」
「ラピュータの内部構造図だ。どこならブッ壊していいかを考えてる」
資料から目を離さないままそう答えたグリムズを、ソニアはドン引きした目で見た。
「壊すって……あんたスパイだったの?」
「ちげーよ。お前のせいだ地雷女」
人聞きの悪い発言を、グリムズは不機嫌そうに否定する。
「防衛拠点で何も考えずにお前を戦わせたら最悪の利敵行為じゃねえか。だからどこでなら思う存分クロックダイルを使えるかを考えてやってんだ」
「……一理あるわね」
火力に全振りした地雷だ。間違っても乱戦の屋内では使えない。
こんなとき、パーティ内で解決策を考えるのは使い手のソニア本人ではなく、グリムズの役目である。
「あ! そもそもここで使えるの!? ラピュータってずっと動いてるじゃない! ランダムが超ランダムにならない!?」
「…………ソニア」
グリムズがソニアを振り向いてジッと見る。
ソニアはその仕草を『ふふふ。グリムズも気づかなかった盲点に気づけるなんて私も成長したなー。グリムズも感心してるよ』と受け取ったが……。
「お前、何も分かってなかったのか……」
「へ?」
グリムズは呆れたように溜息を吐いてから、ソニアの頬を引っ張った。
「にゃ、にゃにすんのさぁあ!?」
「俺が、何のために、“トーナメント”の後、闘技場をレンタルしたと思ってたんだ?」
「ふえ?」
それはグリムズが“トーナメント”で優勝し、ソニアが特典武具を得た後のこと。
<童話分隊>は“トーナメント”の副賞を得る対価としての戦争協力、そして次の金策としてランカーでなくとも参加できる第二王女の護衛クエストを選んだ。
そして参加のため王都に向かう前に、グリムズは「やっておくことがある」と闘技場の一つをレンタルした。
決闘ランカーなどの熟練者は時折行う模擬戦のための使用である。
ギデオンにいなかったことや資金難から使ったことはなかったが、グリムズは自分が副賞で貰った武具を売却した金を使って短時間だが借りていた。
その際、ソニアも特典武具の検証も含め、あれこやこれやとクロックダイルを使わされていたが……。
「あのとき、俺は狭い範囲に地震を起こす【ジェム】を使ってたよな?」
「うん。変な無駄遣いしてるなって思った」
グリムズは『お前にだけは無駄遣いと言われたくねえぞ』と内心思った。
「何だったのあれ?」
「てめえのクロックダイルが『地震のときにどう作動するか』を確かめるためだよ!」
クロックダイルは範囲内で動いた物体をランダムなタイミングで攻撃する。
ならば、クロックダイルの範囲全体が動いた場合はどうなるか。
全体が一様な振動と、場所によって異なる振動ではどう違うか。
そうした細かな検証をグリムズはしていたのだが、ソニアの方はその重要性を理解していなかった。
「検証の結果、地震などの全体振動では作動しなかった。上で一緒に揺れてるソニアも含めてな。逆に、地震中でも歩いた場合や地震とは別の振動をするものは起爆した。二種類の振動を発生させた場合、範囲の狭い方で爆発した」
「そうだったっけ?」
「そうだったんだよ! 地震だけでなく爆音なんかでも同じ結果だ。つまり、クロックダイルは展開した地面を基準として、そこから一定以上逸脱した動きを見せたものを爆破するってことだ」
だから、普段も心臓の拍動や呼吸による僅かな動きでは起爆しない。
特典武具とのコンボは鉱物を高速振動させることで、浅く埋めた箇所から地表までに起爆域に達する振動を引き起こしている。
「へー」
自分の<エンブリオ>なのにあまり理解していない様子のソニアに、グリムズは内心イラっとしたが……基本的に短絡的な考えなしだとはもう熟知しているので諦めた。
そもそも、あそこまでシンプルで突き抜けた<エンブリオ>が出たのも、本人のそうした側面の影響がないとは言えないだろう。
頭の良し悪しというか、思考パターンの問題だ。思考がシンプルな奴はやばい<エンブリオ>を出すというジンクスもある。代表例は皇国の【魔将軍】である。
(落ち着け。こいつは火力担当。うちのエース。こいつがいないと勝てない。補うのは頭脳担当の俺と生活担当のアスマの仕事だ……)
メンバーで誰よりも各員の強みを知っているがゆえに、グリムズは苛立ちを呑み込む。
だからこそ、本人ではなくグリムズが率先して検証したのだ。
(……しかし、『全体と異なる動きをするものをターゲッティング』か。『出る杭を打つ』? いや、コイツも含めてだから……『出る杭は打たれる』か? イレギュラーな動きへの恐れ? こいつのクロックダイルが参照したパーソナルもよく分からねえな)
自分がクトーニアンから自覚するパーソナル、兄との比較や立場ゆえの『人目につかない場所で自由に、伸び伸びと動きたい』よりは判断が難しいとグリムズは感じた。
なお、クトーニアン自体は地中を透過して移動するため、地表への振動を起こさない。
そういった点で二人の相性が抜群なのは少し癪だった。
「それで、その仕様が分かるとどうなるの?」
「~~! ……フゥ。ラピュータが動いていても、普段通りに使えるってこった。ラピュータの移動による揺れは全体に掛かるからな」
「なるほどね!」
ようやく理解してくれたソニアに、安堵と徒労感を同時に覚えたグリムズだった。
「てなわけでクロックダイルを使う前提で場所を探していたが、まぁやっぱり庭園エリアになるだろうぜ」
「え? 綺麗な庭だったのに爆破しちゃうの?」
「……クロックダイル使う時点で敵が攻めてきてんだろ。建物壊すより庭壊した方がマシだ」
「あっ、それもそうね」
(こいつ、昔はもっと考えて格好つけようとしてたが……俺やアスマに頭脳労働任せるの覚えてから考えなしが加速してねえか?)
結成当時と比較して火力だけ鰻登りのエースに、若干の不安を覚えるグリムズだった。
「ま、護衛クエストでもやることはいつも通り。お前の火力と俺の奇襲、それとアスマ……つーかジミニーに読んでもらう戦法だな」
「前から思ってたけど、ジミニーちゃんって何で<マスター>の心まで読めるんだろうね。<マスター>って精神保護あるんじゃ?」
「あー……そもそも精神保護って何だと思ってる?」
「仕様?」
グリムズは「そりゃそうだが、そういう話じゃない」と述べてから説明する。
「ゲーム的な規制か、リアルの方に考える脳みそがあるからか、あるいは全く違う理由か。いずれにしろ、何らかの手段で<マスター>の精神は影響を受けない。【魅了】されてもアバターがオートで動くだけだし、【忘却王】なんかの記憶消去でもスキルが不全になるだけだ。……まぁ、映像系のブラクラでトラウマ植え付けられるパターンはあるがそれは別な」
視覚が鮮明だけに、そのタイプのショックはちゃんと精神にクる。
始めてすぐに辞める理由の何割かは『モンスターに攻撃される恐怖』である。
「外的要因による精神の変容には厳しい。そりゃあ、ゲーム越しに精神を洗脳されるなんて事態は一発でアウトだろ。それでも精神を読み込むだけなら若干ガードが甘いところはあるが」
「じゃあジミニーちゃんもそれ?」
「あれはそれ以前の問題だ」
「?」
「読心術は超能力や魔法だけのもんじゃねえ。むしろ、リアルじゃ『それ以外』ばかりだろ」
「? えーっと?」
グリムズは分かっていないらしいソニアに順を追って説明する。
本場レジェンダリアの【コーラス・インセクト】は心を読み、操るモンスターだ。
しかし、それは呪いや魅了のような、いわゆる魔法的な手段ではない。
ある種の昆虫のようなフェロモンと音波の複合による催眠である。
読み取るときも同様。相手の体臭や心音、さらには生体の発する電磁波を読み取り、それを言語化している。
【コーラス・インセクト】とは、科学的な読心術に卓越した種族と言える。
ならば、少なくとも読み取るだけならば保護の範疇外である。
「……という訳だ。モンスターの言葉を真似できるのもその応用だな」
「つまりジミニーちゃんはああ見えてめちゃくちゃ頭が良いってことね!」
「…………そうだな」
グリムズは『お前より遥かにな』という言葉を呑み込んだ。
「ちなみにこのタイプの読心術、王国の<マスター>にもすげえのがいるらしい」
「そうなの?」
「ああ。相手が喋ってないのにメチャクチャ長文で翻訳できるんだとか」
「すごい。人力ジミニーちゃんだ!」
丁度このとき、イゴーロナクを追跡中だったルークがくしゃみをした。
「とにかくだ。爆破と奇襲と読心を使った俺達の基本戦術だが、特典武具の遠隔爆破も組み込めば更に進化する。それで他の<マスター>と協力すれば、集団戦ならこっちが勝てるだろうさ」
「おお! いいじゃん! ……あれ?」
ソニアはグリムズの言葉に喜びかけて、ふと奇妙な言い回しだったことに気づく。
「集団戦では?」
「……デンドロは個人の戦闘力の差がでかいからな。前に【光王】とやらが送り込んできた召喚モンスターとやったときを思い出せ」
「あー……」
<童話分隊>にとって屈指の激戦を思い出し、ソニアが呻く。
「しかもこっちは<超級>込みの護衛部隊だ。そこに仕掛けてくるなら敵もそのレベルの戦力を送り込んでくるだろう。そういう奴にはうちのコンボが通じない恐れもある」
火力だけは準<超級>であり、自らの身を隠す術に卓越したソニア。
奇襲性の高い<エンブリオ>を持ち、戦術面において一流のグリムズ。
心を読み数多の言語を解するジミニーや複数人を乗せて飛行できるカーペット、そして上位純竜級の巨木であるビーンスタークといったモンスターを従え、手札の多いアスマ。
彼らがパーティとして戦えば、準<超級>にも対抗できるだろう。
だが、<超級>クラスの戦力は単純な力量差でそれを圧倒しうる。
「で、俺が一番ヤバいと思ってるのはこいつだ」
「え? これって……」
グリムズはそう言って広げた資料群を見る。
彼は褐色の肌の人物の写真がある資料に一度だけ目を向けた後、それとは違う資料を指した。
そちらの資料の写真には、『白熊の着ぐるみ』が写っている。
「<DIN>から買った<セフィロト>の情報だ。そんなに高くない情報だけ……ってなると目撃情報の多い数人に偏るけどな」
端的に言えば、wikiを漁れば見つかりそうな情報プラスα程度だ。
特に多かったのは活動範囲が広い【神獣狩】である。
「いやいや何言ってるの? グリムズはバカなの? カルディナって味方じゃん」
このカルディナ横断のために黄河とカルディナの二国間で約束事が交わされているのはソニアも知っている。
だからグリムズがそんなことも忘れたのかと思って馬鹿にするようにそう言ったが……。
「国と国の約束事なんてメリットがデメリットを上回ったら速攻で覆されるぞ」
グリムズはソニアの言葉に苛立つこともなく……むしろ何かを思い出したのか陰鬱そうな様子でそう零した。
「特に、うちの兄上みたいなのが指導者側にいる場合はな」
「?」
「まぁ、聞けよ。カルディナで一番やべえのはカルディナそのもの。そしてカルディナ最高戦力の<セフィロト>だ。だったらある程度の警戒は要る」
「……それはそう、かも?」
「情報の出てきた連中は【放蕩王】、【砲神】、【撃墜王】、そして【地神】といるがな。俺が特に相手にしたくねえと思ったのが……この着ぐるみ野郎だ」
グリムズは再び白熊の写真……カルル・ルールルーを指し示す。
「“万状無敵”。お前の爆発も俺の奇襲も通じず、この通りに全身が覆い隠されてるからジミニーでも読めない。狩人のトップだからアスマのモンスターでも太刀打ちできねえだろう」
言い並べて、グリムズは思う。
『こいつは俺達の天敵だ』、と。
装備の不壊化により、致命ダメージを防ぐ【ブローチ】や状態異常を防ぐ【カメオ】を永続的に使用でき、さらにダメージを流して蓄積するタイプの装備品を複数所持。
継戦能力に優れた【神獣狩】としてあらゆる環境で戦い続け、さらにトラップまでも瞬時に作成して使いこなす。
倒した<UBM>も多岐に亘るため、特典武具の総数や能力も把握されていない。
既に脱退した【殲滅王】と並ぶモンスター討伐要員であり、カルディナの討伐二位。
議長の手札としてはファトゥムよりも使用機会が多いため、<セフィロト>で最も知られた人物でもある。
「で、だ。御前ならこれにどうやって対処する?」
「えぇ、急に言われても……。……あっ! 爆発でラピュータから吹っ飛ばせばいいんじゃん!」
「こいつの着ぐるみ、ノックバック無効だぞ。空中でさえ止まった目撃談がある」
「詰んだけど!?」
唯一の勝ち筋らしきものを否定され、ソニアが頭を抱える。
「クロックダイルの《炎熱耐性無効》で対処できる程度ならいいが、ダメな場合は本当にどうするかだ……。他の奴に任せられたらいいが……それができないケースもありえる」
「うぅん……。でもさー、きっと来ないって。もしもカルディナが裏切ってもこの人が来るとは限らないじゃん。裏切るとも限らないし。グリムズってば考えなしに博打するのにこういうときは考えすぎてない?」
「…………」
グリムズはソニアの言葉を否定しない。
自身とディーラーと金銭くらいしか構成要素のない博打はシンプルだ。多少の確率計算以外は考える必要もなく、感性だけで勝負をして……負けるのが常。
しかし、このクエストはそうしたものとは違うとグリムズは感じていた。
(今の俺が抱いているのは勘と思い込みの類だ。それでも、陰謀の臭いがしやがる)
昔覚えた感覚が顔を出している。兄を補佐するためにリアルの彼が学んだ……グリムズにとっては使い道のなかったもの。
集めたカルディナの資料の中に、無視できない人物の姿があったこともそれが目を覚ました理由の一つか。
(仮に<セフィロト>が本当に襲撃してきても……負けたとしても問題はない。報酬分の仕事はしたと言える。第二王女と移住目的の<AETL連合>と違って、俺達にはただのクエストだ。本来、そこまで気を回す必要もねえ)
<童話分隊>は護衛の一般<マスター>に過ぎない。
超級職ですらない者達に<超級>をどうにかしろなどと、依頼する方が間違っている。
彼らの立場からすれば、どこかの誰かが攻め込んできたときに自分達の人数以上の敵を倒せば十分仕事はしたと言い張れるだろう。
(とはいえ……だ)
それでも、納得できないことがあるとすれば……。
(誰が相手でも、俺達がザコ扱いで片づけられるのは気に食わねえなぁ)
『矜持』の二文字。
仮に相手が、『出てくれば一方的に蹂躙されるしかない最悪の相手』だとしても。
『はい。そうですか』と仲間と一緒に噛ませ犬に甘んじられるほど、彼の懐は広くなく、諦めてもいない。
(世の中には兄上の件みたいに想定外の最悪がいくらでもある。だったら、想定しちまった最悪くらいには、覚悟と準備を積んでおくべきだろうさ)
現状でカルル・ルールルーは仮想敵の一人に過ぎない。
しかし仮想敵の中でも最悪の相手だからこそ、グリムズは考えを巡らせる。
思考の中で、グリムズは卓上にある資料の内の一枚を目に留めた。
それも含めて自分達の手札、味方、敵、周辺情報といった点を線で繋げていく。
そうして、か細い線ながらも一つの方策が浮かび上がる。
「…………あー、この手ならいけるか?」
「グリムズ?」
暫し押し黙ってから不意にそう呟いたグリムズの顔を見て、ソニアは首を傾げる。
その顏が、『どこか自分でも引いている』ように見えたからだ。
あたかも『ひどいことを思いついた』とでもいうように。
「ま、このプランなら【神獣狩】以外に【放蕩王】やらの……倒せない連中が来てもどうにかなるか」
グリムズは椅子から立ち上がり、壁際にある端末……内部連絡用の内線設備に触れる。
「聞こえているか、グレイさん。<童話分隊>のグリムズだ。防衛プランで二つ、あんたの許可を貰いたいことがある」
『聞こうトド』
グリムズが“トーナメント”で優勝した実力者でもあったために、グレイはその提案を聞くことにした。
それから『庭園エリアでの地雷埋設』ともう一つの案を聞き、グレイはしばし考えた後、前者を了承。
後者についても、『決行前に許可を取る』ことを条件に了承したのだった。
◇
そしてそれから丸一日が経過して……グリムズの最悪の想定は現実のものとなった。
◇◆◇
□■【未確認飛行要塞 ラピュータ】・庭園エリア
事前想定における最悪のケース……カルルの襲来。
<童話分隊>は迎撃を行った結果、頼みの綱のクロックダイルさえも通じない様を目撃することになった。
絶望的な敵の出現。
それに際して、グリムズは努めて平静さを保とうとした。
(ビビるな。想定の範囲だ。一番情報があった相手なだけ運が良いと……考えろ)
とはいえ、状況は一変した。
クロックダイルの爆発とクトーニアンの奇襲で総崩れ寸前だった四号車の部隊は、カルル・ルールルーの出現によって一気に持ち直した。
「カルルさん!」
「すげえ……あの爆発で何ともないぜ……」
自分達の援軍が<超級>でも無敵と知られた男であったことが、底を突きかけていた彼らの士気を一気に引き戻している。
『…………』
しかしカルル本人は無言のまま、自らの足元に視線を向けていた。
それは先刻の地雷を受けてのことか、あるいは仲間を襲った鎖鎌を警戒してのことか。
いずれにしろ、たった一人の戦力で状況は一変したと言える。
【グ、グリムズ……どうしよう……!】
狼狽したソニアは、それでも幻術で隠れたままグリムズに呼び掛ける。
彼女に対してグリムズは……。
【ポイントFを爆破】
冷静に、カルル以外を爆破するように指示を出した。
【え?】
【効かない相手に無駄撃ちしても仕方ねえ。ソニアは数を減らせ。あの着ぐるみは俺とアスマで何とかする】
【わ、わかった!】
グリムズの指示を受け、ソニアは【鉱脈探叉】による遠隔起爆を継続する。
それは問題なく、<マスター>の一人を吹き飛ばした。
『…………』
だが、その直後にカルルが動く。
カルルはその場に留まることを止めて……地雷原を動き回り始めたのだ。
無論、その行為は自殺行為であり、クロックダイルは無警戒に歩く相手に牙を剥く。
たとえそれが、爆炎の牙が全く通じない相手であろうと。
(……チッ。もう理解しやがったな)
起爆時に吹っ飛んだ<マスター>の足元が振動していたのを察したのだろう。
クロックダイルの起爆条件が移動や振動だと気づいたのだ。
だからこそ……自分が率先して動くことで身代わりになっている。
《ショウタイム・マイン》は動いている相手をランダムに襲う爆発だ。
誰も動いていなければ埋設した金属の振動で狙い撃てるが、他に動いている者がいれば二分の一である。
カルルは自ら動くことで、他の<マスター>の壁役になっている。
(こっちの埋めた金属はもう半分以上使った。これ以上は厳しい。それに、あいつを探してやがる)
カルルはただ歩き回っているのではない。
この地雷原を作り上げた<マスター>……ソニアを探しているのだ。
衝撃波と爆風吹き荒れる庭園では探査精度も落ちているだろうが、それでも遠からず発見するだろう。そうなればもうお終いだ。
一刻の猶予もなく、<童話分隊>は追い詰められている。
(……やるっきゃねえか)
グリムズは現状で打てる手が一つしかないことを察した。
そうして、横にいるアスマへとある意図を込めて視線を向ける。
「…………」
アスマはいつものように無言のまま、しかしはっきりとグリムズに頷く。
それでグリムズの腹も決まった。
通信装置を取り出し、司令室のグレイに繋ぐ。
「グレイさんよ。こっちにカルルが来た」
『……そうか』
頭上からの砲撃に対応するので手一杯だろうに、グレイはグリムズの通信に応答する。
そうして通じた通信で、言葉少なく、唯一必要な確認を取る。
「ラピュータ、ブッ壊すぜ」
『構わない。こちらもコストを削る心算だった』
――この窮地を脱するための、たった一つの手段を実行するために。
To be continued
Far Atum:創造は遥かに遠く