第十五話 工房の主
(=ↀωↀ=)<漫画版が予定通りなら明日更新予定ですー
(=ↀωↀ=)<また色々ビジュアル化されます
(=ↀωↀ=)<あと閣下は漫画版なので逞しくなります
□■<北端都市 ウィンターオーブ>・周辺空域
ラピュータとウロボロスの交戦は、共に決定打のないまま続いていた。
円盤大隊はウロボロスを傷つけられず、ウロボロスの攻撃は【霊亀甲】に阻まれる。
共に有効打のないまま、戦闘は続いていた。
(様子見をするような動きで薄々察していたが、相手は消極的だ)
恐らくは現在のラピュータの構成を把握されているのだろうと、グレイは推測する。
ラピュータはベースとなる本体に、特典武具や先々期文明兵器を接続した複合要塞。
ただし、搭載して飛べる質量やエネルギー供給量には限度がある。
居住スペースである城、円盤大隊の生産プラント、各種兵装でそれを配分している。
超級武具にして【霊亀甲】の運用コストもグレイ本人ではなく、ラピュータが負担している形だ。
しかし多重展開される自動防御兵器という高い性能が求めるコストゆえ、【霊亀甲】を展開している状態では使用可能な兵装が限られる。
弾数式の対地攻撃特典武具とプラントの生産した自動兵器である円盤大隊、接近防止用の実弾対空火器くらいしか使えない。
(寄ってくれば、また話も変わるのだがな)
近接対空火器の射程に捉えるというだけではない。寄れば他の<マスター>にとっても攻撃範囲だ。
それが分かっているから、距離をとりつつ円盤大隊に対応するに留めている。
(だが、いつまでもこのままという話でもないだろう。あちらの目的がラピュータの中にある以上、何かを契機として乗り込むか撃墜するかを狙ってくる)
相手が待つ契機が何なのかは分からない。
しかし、グレイもまた手をこまねいている訳ではない。
状況を打破する手を編み、円盤大隊に相手のリソースを割かせ、敵戦力を分析している。
(最大のネックは、ラピュータを転移させた力か)
この状況……ラピュータを【誓約書】の適用外に置いているのはそのスキルであるため、検証は最優先で進めている。
東方から西方への大移動。空間転移と考えれば距離も規模も破格と言っていい。
何かしらの大きな条件があるのは確実だ。
(ラピュータが転移してきた場所に円盤を移動させてみたが、結果は一瞬消えた後にほぼ同じポイントに戻ってきた。また同じポイントを通過するようにレーザーを撃ってみても、そちらは転移しなかった)
円盤大隊は攻撃のためだけではなく、転移の検証のためにも使われていた。
(レーザーに反応しないということは、転移の条件は物体……ある程度の質量体の移動か? また、転移させる意味のない円盤を転移させたということは、自動発動。王国のサンダルフォンに近いタイプだとすれば、結界を展開し、それを境にして移動させている?)
現状で分かっている情報をまとめれば、王国のギデオンで事件を起こした<超級エンブリオ>が近いように思える。
だが、その法則性に不明点がある。
(ウィンターオーブの東西二五〇キロの位置に転移させるための結界のようなものが敷設されているとしよう。しかし、単に展開したというには広すぎる。何より転移先の法則がまだ不明だ。東方から西方に移動したことから、最初はレトロゲームのマップ移動のように画面端から画面端に移動するのかと思っていたが、円盤の結果を見るとそうではないらしい)
東方二五〇キロから西方二五〇に転移したラピュータ。
西方の転移地点から一瞬消えた後にまた西方に出現した円盤。
この結果の差異を生んだものは何か。
有人無人、サイズの大小。違いは多く、グレイもまだつかめていない。
(……法則に関しては一度置く。どちらにしろ、あの<超級エンブリオ>を動かす【鉄道王】か内部の<マスター>。いずれかが転移の檻を作っていると見て間違いない。それを倒さない限り、状況は好転しない)
しかし現状、ラピュータでは空中を自在に走る上に近づいてこず、さらにカルルをはじめとした<マスター>に守られているウロボロスに有効な手が打てない。
ゆえに、今すべきことは……。
(――迅羽と合流する)
――この状況を打破するエースを手元に引き戻すこと。
ラピュータは既に東へと進路を取っている。
目的は、対戦相手の交換。
迅羽が相手取る何者かをグレイか護衛の誰かが受け持ち、迅羽がウロボロス内部の【鉄道王】を必殺スキルで狙撃する。
【鉄道王】が死ねばウロボロスも消えて、中にいるマスターは全員パラシュートなしのスカイダイビングを味わうことになるだろう。
カルル以外はそうそう生き残れない。この転移の使い手がもしも【鉄道王】でなかったとしても問題ない。
(……その展開を恐れて、迅羽を引きつけたのだろうしな)
薄々と、この状況に至る前の相手の動きの理由がグレイにも分かってきた。
要するに、迅羽という解決役を封じたかったのだ。
迅羽がラピュータに乗船したままであれば、ここまで手をこまねいていない。
それが分かった今、グレイは迅羽との合流を急ぐ。
万が一にも、迅羽が敵の刺客……対迅羽要員として配された相手に倒されてしまう前に。
しかし、それに先んじてウロボロスが動いた。
『!』
ウロボロスが速度を上げて、――ラピュータから離れる。
だが、その進行方向はラピュータと同じ。
即ち、ウロボロスはラピュータに先行してウィンターオーブの街に向かったのだ。
何らかの、意図を持って。
◇◆◇
□■<北端都市 ウィンターオーブ>
【フーサンシェン】の光は拡散し、市街地では手駒となる兵器が数を増やしている。
しかし、その拡大は徐々に食い止められ始めていた。
「――《ラッシュ・ミサイル》」
ウィンターオーブの公道をホバーで駆けながら、【サードニクス】はロックオンしたパワードスーツ群に背面ミサイルを連射する。
既に焼夷弾に切り換えている。継続する燃焼効果によってパワードスーツとそれを纏う死体の再生を相殺し、光を使い切らせる戦術は有効だった。
(ウィンターオーブのパワードスーツ、数は多いが性能は然程でもない)
周辺モンスターから街を守る程度ならば可能だろうが、<竜王級マジンギア>の【サードニクス】を駆るラスカルは止められない。
再生能力も、そうと分かっていれば対処できる程度の手札はラスカルにもある。
「……どこにいる?」
ラスカルは【サードニクス】の操縦と並行して、上空に打ち上げた観測ブイからの情報を確認していた。
本来はマキナの情報処理が前提の超越狙撃形態用の装備だが、情報を蒐集するドローン程度の扱いならばラスカルにもできる。
探しているのは元凶、【フーサンシェン】の姿だ。
(俺は件の<UBM>の姿を知らない。それでも、街中や周辺の砂漠にいれば発見は難しくないと考えていた。だが……見つからない。ステルス能力か、あるいは……)
ラスカルが【フーサンシェン】を発見できない理由はシンプルだ。
【フーサンシェン】が<UBM>としてはあまりにも小型だったのである。
数多の光の奴隷が破壊活動を行い、炎上する街の中。ボール程度のサイズしかない【フーサンシェン】を発見するのは困難だった。
ゆえに、ラスカルはパワードスーツの暴れている場所を辿るように動き、【フーサンシェン】を捜している。
(コイツの能力はマキナの分析したとおりだろう。自ら動く力を持つ者なら死体だろうが兵器だろうが意のままに操り、エネルギー消費を代替し、再生まで可能とする。問題は……)
ラスカルは思考を重ねながら、眼前の建物より飛び出してきたパワードスーツを機械竜の足で踏み砕く。
それは一体だけではなく、中身のないパワードスーツが十体近く溢れ出してくる。
(――支配下に置ける数が多い)
ラスカルだけで、既に一〇〇近くは死体とパワードスーツを撃破している。
それでも光の奴隷の勢力は衰えず、群れを成している。
(これら全ての稼動エネルギーと再生力を担保している? 呆れたリソースだ。天竜型の動力炉ですら比にならない。これを、一個の生物が持っているか)
兵器を扱うラスカルだからこそ、【フーサンシェン】の異常性を肌で理解できていた。
パートナーを奪われかけている怒りだけでなく、冷静な分析でも『この<UBM>は危険すぎる』と判断した。
(それでも、こいつはまだ力を発揮できていない)
光の奴隷を焼き尽くしながら、状況が決して自分に不利ではないことを理解する。
(数だけの駒を用意しても俺は獲れん)
【サードニクス】は地竜型の動力炉を複数基搭載した<マジンギア>。エネルギー切れというリスクは存在しない。
加えて機体の損傷もラスカル自身のスキルで回復できる。
数で押せば勝てる、などという域にはいない。
(この街に配備してある兵器は脅威にはならない)
唯一の懸念点は彼とマキナがウィンターオーブに来訪した理由となった存在。
しかし、現時点で出てこないならば情報が誤りだったか、街の中には置いていなかったのだろう。
このまま有象無象の敵戦力を潰していけば、いずれは<UBM>に辿り着く。
このまま、ならば。
そのとき、ラスカルは状況の変化を察知する。
それは【フーサンシェン】によるもの……ウィンターオーブ内部の出来事ではない。
観測ブイが捉えたのは地上ではなく、空の異常。
――空中からウィンターオーブへと接近する空中要塞と列車だった。
「ラピュータが戦闘形態に移行している……敵はあの列車型か。……ッ!」
観測ブイの捉えた映像は、黄河最大の<エンブリオ>が戦闘中であることを示していた。
交戦相手はラスカルも情報を持たない手合いだったが……その車上にいる相手は別だ。
「カルル・ルールルー……!」
<セフィロト>の一角である“無敵”の<超級>の姿に、ラスカルは舌打ちする。
“始末屋”ザカライアやこの街の<UBM>だけでなく、<超級>までも投入しているならばカルディナが相当に本腰を入れていると理解する。
(だが、カルル? 投入しやすい戦力だろうが……ラピュータ相手に適した人材じゃない)
ラピュータは空中要塞。あの要塞を攻め落とすのならば乗り込むか、超級武具の防御システムを突破しなければならない。
前者は航空クランの<ウェルキン・アライアンス>が全力を尽くしでもしなければ難しく、後者が達成できたのは神話級最強格の【彗星神鳥 ツングースカ】だけだ。
カルルは無敵であり、殲滅能力も持ち合わせている。
だが、攻城能力や機動力が高いタイプではない。
ならばあの列車型がそれを補うのかと思えば、ラピュータと距離を取って並走しているだけだ。
決め手に欠けている。
(あの護りを突破するならば、ファトゥムやマニゴルド、あるいは、……!)
ラスカルがカルディナ側の違和感を考える間に、上空の状況に変化が起きる。
変化を齎したのはラピュータに先行する列車型の<エンブリオ>、ウロボロス。
ウロボロスはウィンターオーブ上空に到達すると、連なる車両の内二つ……貨物車両が内側から開き始める。
「何だ、あれは……?」
内部より現れたのは、十機の機動兵器。
いずれも同型――剣の紋章を肩に描いた竜頭の<マジンギア>。
それらは貨物車両から次々に地上のウィンターオーブへと投下され……。
――その全てが、【フーサンシェン】の光を帯びた。
◇◆◇
□■【漂竜王 ドラグノマド】・首都工房
「…………」
その日その時、カルディナ最高の工房の主であるカリュートは、遥か北方……ウィンターオーブの現在を映したモニターを見つめていた。
十機の機動兵器と共に投下されたモノ……先々期文明技術を流用したカリュート製の観測ドローンは、カメラが捉えた街の光景をモニターに投影していた。
しかし彼がドローンを介して注目しているのは、街の惨状でも、憐れな犠牲者でも、光の奴隷でもない。
投下された機動兵器と、それと戦うだろう紅白の機械竜。
そして、ある一人の<マスター>と彼の機体だけだ。
「…………」
その人物をドローン越しに見つけたカリュートは通信機を取り出し、登録してある相手への通信を始める。
間もなく、通話は繋がった。
『カリュートさん! 今、ウィンターオーブで起きていることは御存知ですか……!? <UBM>が解放されて街が……。それに、カルディナの放送もあって……、空中からは【インペリアル・グローリー】に似た機体が……』
通信相手……ユーゴー・レセップスの声は困惑と焦燥と悲哀と憤怒が混ざったネガティブなものだ。ドローンで確認した表情も同様。
『無理もない』とカリュートは思う。
今回の作戦について、カルディナ側の人員で何も聞かされていなかったのは彼だけだ。
予知しづらい街での作戦。ユーゴーは不確定要素になりうる相手を探るレーダーであり、そして捕まえさせることで状況を誘導するための餌だ。
調査員の不当拘束という材料作りでもある。
だからユーゴーは自分が放り込まれている状況に対して、分からないことばかりだろう。
何をどうすればいいかも、まるで分からないはずだ。
そんな彼に、カリュートは一つ……自分が密に関わる情報を答える。
「カルディナ製<マジンギア>、正式名称【MGMA-S グラディウス】」
『……!』
「私が創った無人機……量産型の【インペリアル・グローリー】だ」
それは、投下された機動兵器について。
議長の依頼でカリュートが開発していた兵器群。
通称、小アルカナシリーズ。
『創った……って……』
先々期文明技術や<エンブリオ>由来の技術を複数取り込んだカルディナ最新の兵器。
そんなものが、なぜウィンターオーブの上空から投下されたのか。
――【フーサンシェン】に使わせるためである。
「あれらは<竜王級マジンギア>だが、動力炉を積んでいない。機体スペックと武装だけ揃えて、エンジンも燃料もない人形。ただし、エンジンも燃料もパイロットもくれる太っ腹な<UBM>がいれば話は別だな」
『……!』
暗に『最初からカリュートもこの事態を想定していた』と告げる言葉だった。
「最終的には【七光要塞】に配備されて、炉の余剰エネルギーを無線供給されながら直掩に運用する予定の機体だ。今回、【フーサンシェン】……珠の<UBM>を利用するのはデータ取りだ」
『データ取り!? あの光の<UBM>のせいで被害が拡大しているのに、火に油を注ぐような真似を……!』
「ああ。そうだなユーゴー。燃やされる薪はウィンターオーブだが、火種も燃料も爆薬もカルディナが用意したものだ。だが、私はそれで構わない」
『カリュートさん……?』
冷徹な言葉だった。
しかし逆に、その声は聞く者に温度を感じさせる。
暗く、煮えるような熱を。
「ユーゴー、……私が<叡智の三角>を抜けた理由については前に話したな?」
『……はい』
「そう、私が抜けたのは――連中が私の最高傑作に泥を塗ったからだ」
最高傑作となるはずの【インペリアル・グローリー】に、趣味だのロマンだので不純物を混ぜ込んだ。
性能……他を凌駕する最高傑作を作り上げることが彼のロマンだったというのに。
面白半分でそれを汚された。
方向性の違いで済まない隔絶と怒りを抱いたのはそのときだ。
「髭面のモナ・リザをダ・ヴィンチが知ればあんな気分だろうな。それをなあなあで済ませるオタク共にも嫌気がさした」
ドロドロとした憎悪が、彼の言葉には滲んでいた。
「だから私はあそこを抜けて独りで創作することにしたし、独りでやれるだけの金と環境をくれるパトロンはありがたい」
『……それが、今、この惨事を招いても、ですか?』
「無論だ。渡した兵器をどう使われようとも私に文句はない」
この惨状も全てはカルディナの思惑と暴露しながら、カリュートはそう述べた。
そして、少しの間を置いて……。
「ユーゴー。お前はこの事件でどう動く?」
逆に、ユーゴーへと問いかけた。
その声音に、暗い熱はない。
『……ッ』
その問いかけにユーゴーが言葉を返せずにいると……。
「ああ。【FB】については心配するな。私が手掛けたものだが、何もおかしな仕組みは施していない。それに搭載されているものの性質を考えれば【フーサンシェン】の影響も免れるだろう。問題なく戦えるはずだ」
『……え?』
カリュートは、ユーゴーにアドバイスを送った。
恐らくはまだ搭乗していなかったユーゴーに対し、『それが操られるリスクを考えてのことならば』と考えてのことだろう。
だが、どうして助言などするのか。
『カリュート、さん?』
騙されたとしか思えないこの状況で、なぜ自分を助けるようなことを言うのかが……ユーゴーには分からなかった。
しかし、理由としては単純なものだ。
ユーゴーも<叡智の三角>ではあるが、あそこを抜けた人間。
何より、彼が怒りを抱いたとき、ユーゴーはまだあそこにはいなかった。
ゆえに怒りの対象ではなく……。
「【FB】は私の技術で今できる最高峰であり……<叡智の三角>との最後の合作。そして、お前の物だ。お前のために使え」
自身が手掛けた機体を扱う者への、愛着だけがある。
「この人形劇。踊るも踊らぬも、糸を切るのもお前次第」
だからこそ、背中を押す。
迷いの森の中にある者に、情報というランタンを預け、どの道を照らして歩くかを選ばせる。
元より、彼はそういう男だ。
自らが傑作と思う兵器を作るが、渡した後は扱う当人に委ねる。
それが軍人でも、英雄でも、巨悪でも、……迷える少女でも変わらない。
ただ、彼の兵器を悔いなく使って欲しいだけだ。
「選べよユーゴー。選んだ先が敵でも味方でも……歓迎してやる」
そして工房の主は笑みを浮かべ、
「――<マスター>は何を選択しようと自由らしいからな」
――それだけ告げて、通信を切った。
後は、彼の手掛けた兵器を見守るだけだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回のユーゴーパートで本エピソードの前半終了予定
○【MGMA-S グラディウス】
(=ↀωↀ=)<「予知できないから質と量で確実に潰す」
(=ↀωↀ=)<という硬い意志の下で更に追加された戦力
(=ↀωↀ=)<動力炉積んでないだけで機体性能はむしろオリジナルより上がってる
(=ↀωↀ=)<それが十機
( ꒪|勅|꒪)<ふざけんナ
(=ↀωↀ=)<ちなみに【MA-S】は【マイナー・アルカナ-ソード】の意
○ステーション発、ウィンターオーブ経由、ラピュータ行き
(=ↀωↀ=)<五話のウロボロスの音声
(=ↀωↀ=)<何でウィンターオーブ経由するかっていうのはこのため
(=ↀωↀ=)<貨物輸送も列車の役目ですので
(=ↀωↀ=)<あと敵戦力ありそうな場所に空から送り込むため
(=ↀωↀ=)<要するに今はラスカルと【サードニクス】がえらいことになってる




