第十四話 異口同音
(=ↀωↀ=)<バトルと参加人数が多いせいか
(=ↀωↀ=)<書いても書いてもまだ折り返しに届かない
( ̄(エ) ̄)<二つのエピソード合体した影響がモロに出てるクマ
(=ↀωↀ=)<ふふ……そこそこ早めのペースで書いてるはずなのにね……
□■<北端都市ウィンターオーブ>・南方
獅子面の遠隔起爆により【フーサンシェン】が解放された後も、迅羽と獅子面の戦いは継続していた。
迅羽はウィンターオーブで何事かが起きたことを察知して引き返そうとしたが、今度は獅子面が迅羽を逃さずに動きを押さえている。
しかし、勝負を決めに掛かりはせず、自らのリスクを高めることもしない。
端的に言えば、獅子面は迅羽を相手に時間稼ぎに専念している。
(オレに出張られると困ることをやってるってわけだ)
ウィンターオーブか、ラピュータか、それともその両方か。
いずれにしても、ここで獅子面に手間取っていて迅羽に利することはない。
(獅子面は自分が倒されないことを優先してやがる。けど、こんだけ長々と戦ってれば見えてくるものもあるな)
獅子面はAGI型超級職の如く超音速機動を駆使している。
同時に、振動ナイフや《スカイ・ブーム》など【空振術師】の魔法も扱っている。
STR・AGI・ENDといったフィジカルに秀でた超級職の多くは、サブジョブの魔法スキルの使用が大きく限られる。例外はアンデッドとして耐久に優れる【尸解仙】など。
そしてジョブスキルはメインジョブと相性のいいものしか使えないという鉄則がある。
ならば魔法職でありながら超音速機動をこなす獅子面は、迅羽のようにステータスを底上げする<エンブリオ>なのか。
否、話はもっとシンプルだ。
(超級職では机上の空論と思ってたが……こいつ、魔法戦士ビルドか)
ジョブ同士でスキルの相性はある。
しかし、ステータスはメインジョブを変えようと変わらない。
ゆえに魔法職をメインに、優れたフィジカルの超級職をサブに置けば、万能の魔法戦士が出来あがる。
(サブにAGI型超級職、メインは【空振術師】……の超級職か? もしもそれなら素直にすげえな)
超級職は一代に一人。一つの超級職の条件を見つけ出せる者すら稀だ。
魔法戦士ビルドが少ない理由として、上級職の範囲ではどっちつかずの弱い性能になる。
超級職はそもそも取得できる者が稀であり、取れたとしても異なる系統を伸ばす手間もある。
全く異なる系統の超級職を獲得できるとすれば、相当の根気と幸運、そして複数の超級職の転職条件情報を得られる者だけだろう。
(で、サブの方は……十中八九隠蔽に特化した系統だな)
迅羽が思い浮かべたのは、診療所に積み重ねられた臭いのない死体。
そこから痕跡を隠すタイプのジョブ……隠密や密偵の系統だろうと察せられた。
(攻撃を超級職以外に依存してることも含め、<デスピリ>のグラサンとも似たタイプか)
マリーの【絶影】は隠密能力とAGIに秀でた超級職だが、攻撃力は低い。
それをマリーは自身の<エンブリオ>で補っていたが、獅子面の方は触れれば<超級エンブリオ>ですら斬り裂く振動ナイフとシラットの技術で補っている。
分析するほど、多様な要素をまとめ上げることで戦闘力を引き上げた手合いと分かる。
逆に言えば、迅羽は既にそこまで分析を終えていた。
分析力において、迅羽は<超級>の中でも上位に位置する。
そんな彼女を相手に、時間稼ぎなどすればメッキも剥がれる。
(……底も見えてきたな)
迅羽が考える通り、交戦中の獅子面は徐々に身のこなしが精彩を欠き始めている。
戦闘開始当初と比較すれば、かなり動きが鈍くなっていた。
(明確にスペックが落ちたのは包囲攻撃で被弾した後か。当たり所が悪かったか?)
包囲攻撃で負った傷のためか、それとも体力と集中力の問題か。
アンデッドの迅羽と比較すれば、持久力で劣るのは当然だろうが……迅羽にはそれだけとも思えなかった。
(そうでなけりゃ、戦闘中にリソースを継続消費するタイプか……被弾で性能低下するデメリットでも負ってたな)
このまま戦えば、遠からず迅羽が勝つだろう。
それでも、相手にはまだ隠された札……迅羽の必殺を回避した力と空間超越攻撃がある。
「……さて」
しかしそれすらも、迅羽はある程度読み始めている。
(さっき、包囲の内側から放ってきた空間超越攻撃。あれがヒントか……)
案内人がやられたときは予兆もなく、また迅羽の背後での出来事だった。
だが、迅羽を狙った攻撃でハッキリと確認した。
テナガ・アシナガのように、ナイフが空間を超えて首を斬り裂いたのではない。
斬撃だけが空間を超えていた。
似ているようで、全く違う。
(確かめるか)
迅羽は袖の内から大量の符をばら撒き、風属性魔法で広範囲に散らす。
半径数百メテルに、迅羽の【符】が風に巻かれて落ちてくる。
『…………』
迅羽のコストを厭わぬ大量展開に、獅子面が周囲に退避可能ポイントを探す。
しかし、符の物量が逃げる先を塗り潰しており、完全に回避できる場所などない。
「ハッ!」
迅羽は笑みを浮かべ、符を一斉に起爆する。
それは威力ではなく数を重視した下級の火属性魔法。
連鎖する爆発が回避しきれぬ密度で周囲に広がり、爆風が砂漠の砂を巻き上げる。
『……ッ』
迅羽本人も巻き込む無差別全方位爆破に、獅子面も回避行動をとるが避け切れずに被弾している。
しかし、耐火装備は下級程度の炎では燃えず、装備としての強度で爆圧にも耐えている。
これでは致命打には程遠い。
だが……。
「――《彼方伸びし手」
身動きの鈍った獅子面に対し、迅羽は再び必殺スキルを起動する。
先刻とは逆の手で、爆炎の只中にいる獅子面に狙いを定め、その心臓を狙う。
広範囲魔法からの必殺スキル、かつてのフィガロとの戦いで用いたコンボの変形だ。
『…………』
しかし、回避もままならない状態でも獅子面は動じない。
獅子面が即座に何らかのスキルを発動し……、
獅子面の二メテル右方で巻き上げられた砂が動いた。
同時に、獅子面に降り注ぐ砂がその身体をすり抜け始める。
(――見切った)
「――踏みし足》」
瞬間、迅羽は必殺スキルの着弾点を獅子面ではなく二メテル右方にズラす。
必殺スキルによって空間を超越した右手が何もない場所を貫き、
同時に、獅子面の腹部に大穴が空いた。
まるで触れてもいない義手に体を貫かれたように。
『…………ッ』
面の内側から血を吐きながら、獅子面が膝を突く。
「ハッ。なるほどナ」
その有り様と義手から伝わる手応えに、迅羽は自分の推測通りだったことを悟る。
「今のは目視、そして目視できなかった診療所のときは《殺気感知》か《危険察知》が反応したらそのスキルを使って回避してたってとこカ? タネが分からなけりゃ、殲滅攻撃でもなきゃ当たらねえだろーナ」
(今のが二メートル。さっき包囲の内側からこっちに攻撃してきたときはもっと長かった。最小限の回避でそうしたのか、それとも『動かす範囲』で射程も変わるのか)
獅子面と距離を取りながら迅羽は話し、同時に今の攻防とこれまでの記憶からより詳細な答えを考察する。
それを決定的にするために、まずはハッキリと言葉で告げる。
「お前が使ってたのは、当たり判定をズラすスキルだ」
当たり判定……格闘ゲームやシューティングの前提となる概念。
コンピュータグラフィックス……ゲームの絵に、他の絵との間での接触や衝突を判定させるための処理だ。
無論、現実では物質同士の接触はプログラムに処理されるまでもなく存在する。実体こそが当たり判定であるし、進歩を遂げたゲームも基礎プログラムの時点でこの処理を含んでいる。
そして当然ながら、現実に極めて近い<Infinite Dendrogram>も同じだ。
だが、獅子面はそれに干渉していた。
「お前の実体と当たり判定を切り離してたんだロ?」
スキル発動中は如何なる攻撃も獅子面をすり抜ける。
逆に攻撃時のナイフの当たり判定を敵側へとズラせば、空間超越攻撃としても成立する。
それが迅羽の必殺スキルを回避し、案内人の首を断った力の正体だ。
だが、迅羽はそれを読み解いた。
「厄介なスキルだがタネが分かれば……と言うよりもオレを誘い出した場所が悪かったナ」
広範囲爆破は必殺のための足止めだけが目的ではない。
獅子面のトリックを暴くため、砂をばら撒いたのだ。
再び必殺スキルを使う構えを見せれば獅子面が回避手段を見せると考え、その上で能力の詳細を掴んで仕留めるために。
『……ぅ……』
迅羽が話す間も、獅子面は蹲って血を吐いている。
吐き出す血と体に空いた穴から流れる血には……砂が混じっている。
「……あア。なるほどナ。当たり判定をズラしている間は身体をすり抜けてた砂が、スキルが解除されたら体の中に入り込んだままになっちまったのカ」
被弾によって強制解除されたためかもしれないが、スキルの反動による獅子面の被害は大きい。
夥しい砂粒が肉と血に混ざっている。
これではもう助からない。どうやら迅羽の想定以上に、クリティカルな一手だったようだ。
「……ん?」
しかし、迅羽は疑問を抱く。
(こいつ、この弱点に気づいてなかったのか?)
この結果ではまだスキルを使わない回避に専念するか、やられる前にやるべくスキルを攻撃に使った方がマシだったはずだ。
(……オレを仕留められてもいねーしな)
迅羽も必殺の切り札とする空間超越攻撃だが、獅子面の練度は彼女よりも低い。
シラットを交えた戦闘術とは違い、不慣れとすら言える。
このスキルを得てから日が浅いのだろうかと迅羽は考えた。
……ともあれ、これで勝負はついた。
「おイ。デスペナ前に、お前らが何を企んでるか吐ケ。そしたら高価そうな装備には当てずに仕留めてやル」
迅羽は義手を獅子面に向けながらそう通告する。
ラピュータとウィンターオーブを狙う陰謀を吐く可能性は低いと思っていたが、それでも相手がほぼ戦闘力を喪失した今は情報を得られる機会ではあった。
ダメなら、即座に殺してウィンターオーブに向かうだけだ。
『…………ぅぁ……』
膝をつく獅子面は呻きながら、迅羽を見上げ……。
『――《喚起》――』
右手を覆う手袋――その中身を輝かせた。
(【ジュエル】! テイムモンスターか!)
迅羽がこの戦闘で暴雷を用いたように、獅子面も持っていた。
『自らが戦闘能力を喪失したときのために、そんなものまで用意していたのか』と迅羽は現れるだろうモンスターに身構える。
だが……。
「……何?」
獅子面が【ジュエル】より呼び出したのは……モンスターではなかった。
「……あ? ……え?」
現れたのは――簡素な服を着せられただけの少女だった。
言葉すら発せないほど震え、怯えている様子が見て取れる。
自分の状況がまるで理解できていないようだった。
『…………』
「……ぁ!?」
そんな少女の腕を獅子面は掴み、少女を自分の前に置く。
「……テメェ」
それが迅羽に対する人間の盾であることは、明白だ。
遅滞戦闘に徹し、自らの敗色が濃厚になったならばティアンの少女を盾にしてさらに時間を稼ぐ。
徹頭徹尾時間稼ぎ、そして相手が善人であればあるほどに有効な手である。
「チッ……!」
迅羽は遊戯派ではあるが、善人に分類される<マスター>。
ゆえに、この盾は有効だった。
(……手口から考えとくべきだったな。なりふり構わず、手段も選ばない。こっちの想像よりも更に下だった。だが……)
迅羽は足を止め、獅子面と少女を見る。
また、ウィンターオーブから立ち上る黒煙も見えている。
(ここで時間を取られ過ぎれば、アウトか)
迅羽は善人である。
しかし、冷徹且つ冷静に闘える精神も持っている。
人質の命に配慮するのは迅羽に配慮できる余裕がある範囲までだ。自分が倒されれば、その先にはこの少女以外……エリザベート達やウィンターオーブの多くの住人の命も掛かる。
ゆえに、天秤が均衡を保っている時間は長くない。
『……ゥ……』
それを察していたのか。
獅子面は……早々に少女の腕を掴み、
『……ァァ!』
強引に――迅羽へと放り投げた。
少女の腕は投げられた衝撃で既にあらぬ方向に曲がっている。
「チッ……!」
迅羽は少女を受け止めるために手を伸ばす。
視線は決して獅子面から外さない。
少女を受け止めようとする動作で生じた隙に、もう逃げられる身体でもない獅子面が最後の攻勢に出る腹積もりだと迅羽は判断しているからだ。
ゆえに、獅子面の攻撃に対応できるように集中し……。
(――そういえば――)
集中の最中、時間が引き延ばされる感覚の内で迅羽はふと疑問を抱く。
今は関係ない筈の事柄が、不意に気になってしまった。
それは、獅子面の所持品。
獅子面は診療所から逃走する際に、迅羽に自前の珠を見せつけて逃げていた。
回復の珠ではない。他の種類の珠。
では、その珠は――何の珠だったのか。
「――ア――」
その答えは、少女の変化が示した。
空中に放り投げられた少女から手足は失われた。
柔らかそうな皮膚も、岩の塊に成り果てる。
少女が、モンスターに変り果て……否、戻る。
『――OAAA――』
人化の珠で一時的に人間に代わっていたそれの名は、【エクスプロード・ロック】。
採掘を生業とするこの地で、特に恐れられるエレメンタルの怪物。
『――OAAAAAAAA――!!』
怪物は骨折の衝撃と自らの危機に反応して本来の姿に戻り、受け止めようとしていた迅羽を至近距離に捉えながら本来の機能を発揮する。
――即ち、自爆。
【エクスプロード・ロック】の無制御・無差別・自己リソース全消費の爆発スキル。
それは、上級奥義を遥かに上回る威力で発揮される。
爆炎が砂を焼き溶かして煙を上げ、爆風によって再び砂が雨となって降り注いだ。
◇◆
『…………』
何が起きるかを知っていた獅子面は残っていた力の全てで後方に飛び退き、爆発のダメージ圏から逃れていた。
逆に至近距離かつ不意打ちだった迅羽には回避の時間はない。
これで死ぬとは思えないが、相当の重傷を負ってその後の戦闘継続に大きな支障を生むだろう。
獅子面は自身の持っていた手札を使い、自らの役目を全うした、
「――最後まで狡い奴だったナ」
――はずだった。
『……ぁ?』
爆炎の中から伸びた黄金の義手が、今度は獅子面の胸部を貫いていた。
最後の力を使い切っていた獅子面にはそれを切り払う余力も、スキルで回避する余裕もない。
『……ごはっ……』
獅子面がこれまでとは比較にならない量の血を吐き、面と道着を赤く染める。
その有り様から視線を外さず、迅羽が爆炎の中から歩み出てくる。
「水爆よりはまだ温かったナ」
しかしその服装は、いつもの僵尸らしい装いではない。
明確に、『耐火服』と類される見た目をしている。
それは、爆発の瞬間に《瞬間装着》で切り替えた耐熱・耐爆装備だ。
元より、迅羽は自らが火属性を扱うことから火耐性装備は充実していた。
しかし王城でのゼタとの戦いの経験も踏まえ、より耐熱・耐爆性能に偏重した装備も用意していた。いつかゼタと再戦した際、切り札である水爆に対処するために。
スタイルとしては、ゼタの前に自分を破ったフィガロと同じ。
二つの敗戦の経験が、至近距離での自爆という致命の一撃を最小限の被害に抑え込んだ。
「こいつは没収させてもらうゾ」
迅羽は獅子面を貫いた義手を引き戻すと同時に、その懐に仕舞われた珠……人化の珠を回収する。
本来回収するはずだった回復の珠ではない。
だが、敵対者に持たれ続けて今回のような手を使われるよりはマシだと考えた。
(しかしこいつ、フィガロと逆だな。ドンドン弱くなりやがった)
今の獅子面は最初に迅羽と渡り合った姿は見る影もなく、動きも弱々しい。
無論致命傷を負っていることは大きいだろうが、迅羽はそれだけが理由とも思えず、『やっぱり被弾で性能低下する類か?』と考えた。
『………………』
今度こそ完全に戦闘力を喪失していた獅子面は、義手を引き抜かれた反動で砂の上に倒れる。
倒れた拍子に、顔を覆っていた獅子面が外れた。
これまで隠されていた素顔が露わになる。
「…………?」
多様な強さを噛み合わせ、策謀を巡らせて迅羽と渡り合った実力者、獅子面。
その下に隠されていた顔は……。
「……誰だコイツ?」
迅羽には全く見覚えのない青年の顏だった。
有名どころの<マスター>の容姿を思い出しても、該当する者がいない。
むしろ、青年の顔立ちや褐色の肌はカルディナのティアンによく見られる特徴だ。
しかし、疑問はそれでは終わらない。
スキルを阻んでいた獅子面が外れて有効になった《看破》が、より大きな疑問を生じさせる。
今の迅羽の《看破》には、ハッキリと獅子面の名前やレベルが見えている。
ウェリン
職業:-
レベル:0
「…………どういう、ことダ?」
獅子面は、迅羽が魔法戦士ビルドと判断した<超級>クラスの猛者。
それが――ジョブに就いていないという最大の矛盾。
迅羽は『どこかで身代わりと入れ替わったのか』と考えて咄嗟に周囲を探るが……違う。
このウェリンとやらの身体にはテナガ・アシナガで貫かれた傷だけではなく、先刻の連続魔法攻撃で受けた傷も残っている。
別人ではない。
間違いなく、このウェリンが今の今まで迅羽と戦っていた獅子面だ。
「…………」
背筋に冷たいものが走るのを感じた迅羽は獅子面の袖をまくり、左手を覆っていた手袋を外す。
そこに――紋章はない。
獅子面は、<マスター>ではなくティアンだった。
「……ッ」
青年の左手首には腕輪のようなものが嵌っており、《鑑定眼》の効果がある符を使って視れば、【虚実当身 ヒット・ボックス】と表示された。
名前からしても、迅羽の推測通り当たり判定をズラすスキルを持っているだろう。
(<エンブリオ>じゃなくて特典武具のスキル……。戦闘技術に秀でた特典武具持ちティアンってことか? だったら何でシラットなんて使ってやがったんだ? いや、そもそもステータスがありえねえだろ……!)
戦闘で生じた疑問と、答えの齟齬。
そしてティアンを殺傷したことについての幾らかの動揺。
如何に迅羽といえど、この状況では逃れえぬ混乱の中にあった。
「……ぅ、ぁ……」
そのとき、獅子面……ウェリンが呻きながら、動く。
失血が進んでもはや手足すらもまともに動かせていないが、僅かに首を動かして自分の周囲に見える唯一の人間である迅羽を見る。
そして、砂混じりの虚ろな目と、縋るような表情を迅羽に向け……。
「……ぼくは……だれですか……?」
そう呟いて、息絶えた。
彼の死体が光の塵となって消えることはない。
――同時に、迅羽が奇襲された。
咄嗟にそれに反応できたのは迅羽だからこそ。
しかし、直前の出来事の動揺ゆえに回避は僅かに遅れ、首を裂かれて血が噴き出る。
まるで迅羽が獅子面の死に気を取られる瞬間をずっと待っていたかのような奇襲。
「チィ……!」
首の傷を押さえることもなく、迅羽は即座に反撃する。
直前に気配を探ったときは見当たらず、しかし奇襲と同時に自分の間合い内に出現した敵。
まるで『攻撃したことで姿を消すスキルが効果を喪失した』かのような敵に向けて爪を振るう。
その反撃に際し、敵手は振動ナイフを以て黄金の爪を切り払う。
そして反撃に転じた迅羽を、さらなる奇襲が襲う。
四度の斬撃が体を裂き、血を流させ、……左の義手を断ち切った。
瞬く間に、迅羽が窮地に追い込まれる。
「……何ダッ! これハ……!」
迅羽が義足の伸長によって飛び退くが、それを追うように四人の襲撃者が動く。
追撃を仕掛けた四人はいずれも振動ナイフを手にして、
――獅子面を装着していた。
体格や肉付きは多少違えども、同じ服装と同じ武器。
そして、同じ動きで彼女を取り囲んでいる。
獅子面達の身のこなしは、戦闘開始当初の獅子面……迅羽が<超級>クラスの実力者と判断した者の動きそのものだ。
(分身スキル……! いや、そんな生易しいものとは違う……!)
追撃に苦しむ迅羽の視線の先、最初に奇襲した敵……五人目の獅子面が立つ。
彼は死亡したウェリンの傍に屈み、
――特典武具の腕輪を自分の手首に装着し直していた。
それはありえないことだ。
ティアンが死ねば、ティアンの特典武具は回収される。
死後に誰かが引き継ぐことなどできず、そして存命中でも他人が使うことはできない。
例外は、死後回収された後にガチャや<神造ダンジョン>で入手することだけだ。
(死んでも回収されず、そのまま使い回せる……。そんなのは、まるで……)
まるで、死んだ男と今ここにいる獅子面達が同一人物と判定されているかのようだ。
(こいつら、は……!)
ジョブがないのに超級職を含む魔法戦士ビルドの戦いができるティアン。
リアルにしかない武術を用い、複数人で同じ動きが可能なティアン。
ティアンの間で使い回される特典武具。
そして、ウェリンというティアンの末期の言葉。
それらが指し示した一つの醜悪な事実に、迅羽は至ってしまった。
「お前ッ! ティアンに、自分を上書きしたな……!」
『……フッ……』
彼女の叫びを、特典武具を装備した五人目の獅子面が笑う。
そして彼もまた追撃の輪に加わり、五人の獅子面が迅羽を囲んだ。
全員が武器を構えながら、同一の心で異口同音の言葉を発する。
『『『『『――It's Show Time』』』』』
――『悪夢はこれからだ』、と。
To be continued
(=ↀωↀ=)<漫画版10巻SSと19巻の改稿作業が重なり
(=ↀωↀ=)<ちょっと締め切りがやばいので次回更新日はお休みです
(=ↀωↀ=)<ご了承ください
○【■■】/【■■■】■■■■■
【面目禪彼 ルシファー】
到達形態:■
TYPE:アドバンス
能力特性:能力と人格の上書き
面目全非:
顔の形が全く変わってしまうこと。また、物事のようすが一変すること。
禪:
1.天子が位を譲る。
2.仏教で、雑念を払い、心を集中して悟りの境地を得ること。
 




