第十二話 俺の物
□■<北端都市 ウィンターオーブ>・牢獄
「…………?」
ラスカルが地下の牢に入れられて暫しの時間が経ち、彼は地上から響く戦闘音に気づいた。
彼も商品として扱うことも多い魔力式銃器の銃声、そして人々の悲鳴と断末魔が聞こえる。
(衛兵が何かと戦闘中か? しかし……犠牲者が多いようだな)
あれだけの装備で固めた衛兵が対抗できず、民間人に多数の犠牲が出る相手。
この都市に潜入しているザカライアが行動したか。
回復の珠の<UBM>が解放されたか。
あるいは、ラスカルがこの街に来た目的が動き出したか。
しかしそこまで考えてから、地上の音の奇妙さに気づく。
(……攻撃の音が魔力式銃器のみ? まさか、衛兵が民間人を殺傷しているのか?)
音だけで判断すればそうなるが、ありえない状況だ。
(確認のために脱出、あるいはドローンを飛ばしたいところだが……)
ラスカルが様子を窺った向かいの牢には、ユーゴーがいる。
彼もまた地上の様子を怪訝に思っているようであったが、それでもラスカルが不審な動きをすれば気づくだろう。
いっそ先に排除すべきだろうが、それはできないとラスカルは考えている。
(同族殺傷数依存の広範囲【凍結】……俺達の天敵だ。迂闊に動けば藪蛇になる。……メイデンを出されれば、俺の正体にも気づかれかねないので手段も選べないが)
ここに一点、ラスカルの思い違いがある。
コルタナでのエミリーとの戦闘でユーゴーが【凍結】能力の使い手であることは把握し、【エルトラーム号】の戦いで生身を晒していなければ防げることも分かっている。
今回のユーゴー自身からの説明で同族を殺した数が威力に依存することやメイデンがそれをサーチできることも理解した。
だが、『<マジンギア>がなければスキルそのものが使えない』という欠点は知らない。
ゆえに、ラスカルはユーゴーを『その気になればいつでも自分を【凍結】させられるスキルの使い手』と認識していた。
(しかし、早急に脱出する必要はある。どうにか機会を作って……)
そう考えたとき、牢獄に繋がる扉が開かれた。
見れば、焦った様子の衛兵が牢内を見回している。
彼は牢の中にラスカルとユーゴーがいることを確認するとすぐに踵を返した。
「あの、何が起き……」
「お前らはそのまま大人しくしていろ!」
ユーゴーの問いかけを遮り、衛兵は牢の扉を閉じようとする。
だが、彼は不意に扉の右側……ラスカルの記憶通りなら地上に通じる階段がある方を見上げた。
「なん……」
そして扉付近の衛兵の困惑するような声が途中で強制的に途切れ、言葉を発していた頭部が蜂の巣に変わる。
事態の急変にユーゴーは言葉を失い、ラスカルは密かに自らの紋章から歯車を取り出す。
潰れるように倒れた死体をよそに、階上から足音が聞こえてくる。
『…………』
階段から降りてきたのは、今しがた撃たれた衛兵と同じパワードスーツだった。
しかし、ソレがまともでないことはラスカルだけでなくユーゴーも気づいていただろう。
なぜなら、ソレには中身がなかった。
人間の顔が露出しているはずの部分が空っぽだった。
そんなものが独りでに動き、衛兵を射殺したのだ。
『…………』
死亡した衛兵に向けて、ソレから光が流れ込む。
光そのものは美しいが、幻想的と言うにはあまりに不気味な光景。
より不気味なのは、直後に死体が起き上がったことだろう。
その姿を見れば、射殺されたときの傷が塞がっている。奇怪なことに、パワードスーツの傷まで修復されていた。
(【器神】のスキルでもあるまいに)
機械も含めた魔法的な回復能力に、ラスカルは自らのジョブスキルを連想する。
同時に、この現象からこれが回復の珠の<UBM>の仕業であろうと半ば確信した。
光によって死体とパワードスーツの損傷は完全に修復される。
そして、立ち上がった死体とパワードスーツが揃って牢に銃口を向けんとする。
その様には、『仲間』を増やしてやろうという物言わぬ意思が垣間見えた。
――ただし、その行動を実践するまでに二体は手番を使い過ぎた。
何時の間にか、機械式の電磁牢は歯車――デウス・エクス・マキナの《ジャンク・ボックス》に格納されて消失していた。
そして、自由の身となったラスカルの周囲には彼の武器……先々期文明の銃器を懸架したドローンが十数機浮遊している。
「――掃射」
それらは死体とパワードスーツが銃撃するよりも早く、二体を蜂の巣に変えた。
「え!?」
急転し続ける事態に、ユーゴーはまだ驚愕の只中にあった。
なお、内部で仕組みが繋がっていたためか、彼の分の電磁牢も格納で消失している。
何がどうしてこうなっているのか、ユーゴーにはさっぱりだろう。
「あの……このドローンと、牢は?」
「……危険地帯で調査する以上、このくらいのことはできるさ」
「なるほど……」
多少苦しくとも嘘にならない範囲でユーゴーを言いくるめようとしたら、あっさりと納得されてしまった。『特典武具持ちのティアンなのかな』くらいに考えているのだろう。
騙したラスカルの方が『コイツ、素直すぎるし騙されやすすぎやしないか』と思ってしまったものの、だからこんな現場に送られているのだろうと納得した。
「さて……」
ラスカルは今しがた撃ち倒した二体を観察する。
それらは破壊されて金属と血肉を撒き散らしていたが、まだ動いていた。
散らばった残骸の一つを手に取り、掌中で歯車に触れさせてみる。
(デウス・エクス・マキナでの格納は……できないか)
ラスカルはこの感覚に覚えがある。
純然たる機械式ゴーレムではなく、怨念の依代となり……モンスターと化してしまったタイプと同じだ。そうした別の力の影響下に置かれてしまったものやモンスターは、デウス・エクス・マキナでも格納できない。
『…………』
不意に蜂の巣になった二体から光が生じ、再び傷を回復しようとしはじめた。
少しずつ配線や筋肉を繋げて動きを取り戻そうとしている。
(わざわざ修復しようとしているならば、念動で浮遊して人を襲うタイプの器物モンスターとは違うな。これは……操作権を乗っ取るタイプか?)
ラスカルは考察しながら、更なる銃撃で損傷を上書きする。
回復速度を凌駕する破壊が、ドローンによって加算されていく。
(……そういえば、ドローンを使ったがこちらは問題ないな。光の影響を受けていない。ドローンの制御もデウス・エクス・マキナを介しているからか、あるいは【器神】のスキルに『エラー』として消されているのか。……SP消耗があるから後者だろうな)
【器神】の《リワインド・ウェポン》はこの光と同様に機械を修復するスキルであるが、それとは別に《メンテナンス・フリー》という機械の正常ならざる動作……エラーを潰すスキルがある。
エラーが発生する際に、SPを消費して自動的にそれを改善するのだ。
つまりは操作権奪取がエラーに含まれるのであれば、ラスカルはこれを無害化できる。
無論、SPは消耗していくが、マキナが設えたSP自動回復装備での補充とほぼ釣り合っているため、折を見てSP回復アイテムを使用していれば問題はないだろう。
そう思考しながら攻撃を続けている内に光は弱まっていき、死体とパワードスーツは直ることのない残骸となった。
「回復量は有限か」
光が完全に消えた後、残骸の一部を歯車に触れさせれば問題なく格納できた。
あの光こそが影響を及ぼす能力そのものであり、宿った光の量によって回復や稼働に使えるエネルギーが変わるのだろうと予測する。
(だとすると、光の大元は不死身に近いのでは?)
ラスカルは嫌な不安も抱いたが、しかし今はすべきことがある。
「どうしてこんな……」
「この街の珠が解放されたのだろう。コルタナのときと同じだ」
「!」
「こちらは外に出て情報を集める。そちらも自分の意思で動け」
「え、ちょ……!?」
言葉短く告げながら、ラスカルは外に繋がる階段へと駆け出した。
(スキルに巻き込まれるのも、メイデンに正体がバレるのも御免だ)
ラスカルが最警戒しているのは、<UBM>ではなくユーゴーの方だ。
まだユーゴーが混乱し、メイデンを出せていない内に距離を取らなければならない。
そうして、ラスカルは地上に出てすぐに気づく。
先ほどのパワードスーツが発していた光が、この区画に充満し始めている。
一瞬、ラスカルも肝を冷やしたが、追従するドローンの操作権は奪われなかった。
「……よし」
光の中でも兵器が乗っ取られないことを確認した後、【サードニクス】を呼び出して搭乗した。
気密性の保たれたコクピットで《地獄門》の脅威から逃れたことに安堵しつつ、ユーゴーと距離を取るために牢獄周辺から移動させる。
「サードニクスも問題ないな。……ん?」
そのとき、【サードニクス】のコクピット内の通信機器に着信があることに気づいた。
相手は……カルディナの首都に配したサポートメンバー、【幻王】リヒテルだ。
それを確認して、即座に通信に出る。
『もしもし、俺です。リヒテルです。良かった、ようやく繋がりましたね』
「アンタから連絡ってことは、こっちの状況はドラグノマド……議会も無関係じゃないな?」
『はい。こっちで派手な動きがありまして……』
そうしてリヒテルから告げられたのは、同じ頃にグレイもラジオで聞いていたカルディナ側の公式発表だった。
(珠を盗みだしたゼタも知らなかった<UBM>の本質……操作権奪取と、<遺跡>由来の装備を大量に導入していたウィンターオーブ。そしてカルディナのこの布告……噛み合い過ぎている。また、あの議長の策謀か)
今回のように強引なケースは稀だが、こうした策謀は初めてではない。
都市国家連合カルディナ。それらを束ねる議会の議長であるラ・プラス・ファンタズマに対する各市長の対応は、概ね三つに分けられる。
まずコルタナのダグラス・コインのように『商売や利権上の相手』として見做すパターン。
敵と見做すか取引相手と見做すかはその者次第だが、カルディナらしい付き合いだ。
次に議会に多くいる『信奉すべき預言者』として崇めるパターン。
未来視を駆使する魔女の傘下にいれば多くの危険を退け、富がもたらされる。そう考えて議長に従う者達。
そして、このウィンターオーブのように議長を『危険な存在』と断ずるパターン。
議長の導く先が自分達やより多くの者にとって決して望ましくない結果を生むと理解し、それに抗うための対策を講じては……潰されていく者達だ。
(あの始末屋が来ていて、<UBM>の解放とコンボ、そして敵国指定。これまでと比較しても苛烈が過ぎる。……何をそこまで警戒した?)
ラスカルは自分がこの街に来た目的のことを思い浮かべ、それが理由というケースもあり得るとは思ったが……それだけではないように思えた。
(ここは既にカルディナではない。……そうか。彼女から伝えられていた黄河との【誓約書】の内容も……)
そしてラピュータが来ていたことを思い出し、ラスカルは答えに辿り着いた。
どうやら相当な面倒事に巻き込まれたらしい、と。
「……引き続き、情報を集めてくれ」
『了解でぃす』
そうしてリヒテルとの通信を切って、自分がどうすべきかを思考する。
このまま一目散に脱出すべきか、この機会に乗じてウィンターオーブの秘匿する<遺跡>を探るべきか。
カルディナの陰謀や<UBM>の解放自体は、ラスカルと<IF>にとってはどうでもいい話だ。
ラスカルは【エルトラーム号】の動力炉と同様、『破壊するか奪うかしなければ後々面倒になる』といった無視できない兵器がこの地にあるから来ただけだ。
カルディナや<UBM>に関わってリスクを負う必要はない。
(……現状はリスクが大きくなりすぎたな。惜しいが、即時撤退が優先されるか)
ゼクスの帰還によって<IF>はようやく本格的な活動を開始する。
そのときに組織を実質的に運営していた自分が“監獄”に送られるわけにはいかない。
何より、エミリーのこともある。
「退き時か」
そう言って息を吐き、ラスカルは歯車からマキナを呼び出した。
ラスカルの複座シートの後部座席にマキナが収まる。
「マキナ。お前の言っていた決戦兵器は惜しいが、ここで退く。機体のコントロールを預けるぞ」
【サードニクス】は改修によってラスカルだけでも動かせるようにはなっていたが、限界性能でのコントロールはマキナにしかできない。単純にラスカルの操縦技術を超えているからだ。
カルディナや<UBM>という不確定かつ危険な要素が噛んでいる以上、脱出時の戦闘は最も信頼しているマキナの操縦技術に任せる。
「……マキナ?」
しかし、彼女からの返答はなかった。
普段の軽口もなければ、機械的な状況分析もない。
疑問に思ってラスカルが振り返ると、
「――――」
無表情のマキナが――右手で彼の首を絞めた。
衝撃でラスカルの帽子がコクピット内に落ちて、
――メギリと、硬いモノが圧し折れる音がコクピットに響いた。
「……マキ、ナ……」
首を掴まれたままのラスカルが、その光景に絶句する。
彼は自らの首を絞める彼女の右手を……その有り様を見つめていた。
前衛ではないラスカルの首など容易く折れるだろう力が込められた、その右手。
右手は彼の首を折る前に……壊されていた。
マキナの左手、機械が剥き出しの義手が自らの右手の親指を掴んでいる。
ラスカルの首を掴み折るはずだった親指をあらぬ方向に折り曲げ、彼の首を握り潰せないようにしている。
自らの手を破壊してでも……主人を害さないように止めたのだ。
「……説明しろ」
「当機への侵食を検知」
表情を動かさないまま、口も開かないまま、機械的な口調でマキナは答える。
その言葉の意味を、ラスカルも理解している。
まず間違いなく、パワードスーツをも操ったあの光の効果だろう。
だが、彼女を呼び出す前に、事前に確認はしていた。
ドローンで確かめ、【サードニクス】でも問題なかった。
安全を確かめたからこそ、マキナを呼んだというのに。
「一種のウィルスと判定。
この空間上に満ちた光が浸透した物体の内部に疑似的な魂が形成。
『魂』を所有しない物体は、躯体の主導権を占有されます」
マキナ……【瑪瑙之設計者】はかつて非実体・幽体を加工する【アストラル・マニピュレーター】を改変兵装として運用していた。
それゆえに彼女の目は【冥王】と同様に幽体を見る力があり、今は自らの内で幽体に近い動きをしている【フーサンシェン】のエネルギーを確認していた。
「生物以外は全て<UBM>のコントロール下にある、と?」
「回答捕捉。
正確には『魂』を持たず、かつ自力で動く仕組みを持つ躯体。
稼動する仕組みのないものは操作不能」
そして、彼女自身は稼働する仕組みを持つ……『魂』のないモノだ。
フラグマンの手掛けた煌玉人……煌玉シリーズはいずれも霊的なものではなく、機械的な人工知能によって人格を形成している。
ゆえに、どれほどの知性を持っていようと、【フーサンシェン】の力から逃れられない。
「俺の義手や【サードニクス】は正常に稼働しているが?」
「【器神】の《メンテナンス・フリー》が、ウィルスの侵食を抑制中」
そこまでの説明内容はラスカル自身の分析とほぼ同じだった。
だからこそ、分からない。
「……なら、どうしてお前はそうなっている?」
ラスカルの最大の疑問だが、その答えもマキナは持っていた。
「当機内部の非機械部品……疑似生体に侵食を確認。
《メンテナンス・フリー》の対象外。除去不可能」
煌玉人は外見や構造を人に近づけるため、皮膚や一部の重要部品に疑似生体パーツも使われている。
それこそ、球体関節などあえて人と違う部位を作らなければ人間と見分けがつかない。
しかし、それらのパーツ……機械を修復するスキルでは直しようがない部位を介して、【フーサンシェン】の力はマキナを蝕んでいる。
あのとき、パワードスーツだけでなく衛兵の死体にも光が侵食していたように。
正常化した機械部分と侵された生体部分、その鬩ぎ合いが今のマキナだ。
「ッ…………」
マキナの説明で、ラスカルも絶望的な状況を理解する。
地下で相対したパワードスーツは、侵食した光が尽きるまで破壊すれば支配下から外れていた。
だが、マキナに対してその手法は使えない。
重要部品にも生体パーツが使われている以上、破壊すれば……ラスカルにもマキナを治せない。
「……私の美少女ポイントが仇になってしまいましたね!」
「…………」
普段の口調に戻ったマキナは茶化すようにそう言った。
だが、ラスカルは笑うことも、いつものようにツッコミを入れることもしなかった。
ただ、真剣な表情でマキナを見ている。
対するマキナは……【フーサンシェン】に支配された皮膚は無表情のままだ。
「効果圏から離れれば、解除されるか?」
「――――」
その問いに、マキナは答えを返さなかった。
マキナの沈黙は、決して肯定を意味しない。
十中八九、直らないとマキナは判断している。
マキナの身体はこのままずっと……【フーサンシェン】の奴隷だ、と。
「この光の発生源は強力です。このまま放置すれば……私を楔にして他の兵器にまで侵食が進むかもしれません」
マキナを再び格納しようともこの光に満ちた空間にいる限り、既に侵食されたマキナへと光は流れ込んでくる。
正常化されないままに光が蓄積していけば、いずれは【器神】のスキルさえも超えるエラーになるかもしれない。
そうなれば今は保たれているマキナ本来の人格も消え、他の兵器の制御権も奪われ……ラスカルの命もなくなるだろう。
そして、ここから離れても既に侵食された彼女の身体は自由にならない。
ゆえに、彼女は一つの決断を下した。
「ご主人様、私を拾ってくれたときのこと、覚えてますか?」
「……ああ」
「あのときと逆ですね。このまま、デウス・エクス・マキナから『私』を切り離してください」
それは……『壊してください』と同義だった。
始まりの日。誰に所有権があろうと気にしなかった彼女は、自らが機能停止しないためにデウス・エクス・マキナと連結してラスカルの物になることを選んだ。
しかし今は逆に、自らの所有権を奪われないため……ラスカルのために自らを機能停止しようとしていた。
「…………」
それは、最もリスクのない選択である。
マキナというウィークポイントさえいなければ、この光の中でも問題なく動ける。
新たな兵器の製造はできなくなるが、既に十分な兵器が揃っている
【テトラ・グラマトン】の制御ユニットとて、ゼクスが連れているというアプリルである程度は代用も可能であろうし、新たに<遺跡>から発見できるかもしれない。
マキナの喪失は、ラスカルのデスペナルティよりも余程にリスクは低い。
ゆえに、撤退を決めたときのように、ラスカルはそれを選ぶべきであり……。
「――That’s bullshit」
――彼はその選択を否定した。
「ご主人様……?」
「聞け、ポンコツ。お前は――俺の物だ」
ラスカルは自らの首に掛かったマキナの手を、自らの両手で包んだ。
「お前の権利はお前にはない。お前をどうするかは……俺が決める」
その言葉面は傲慢なものだ。
だが、告げられたマキナは……言葉の中に込められている感情を正しく理解していた。
「で、も……」
「フン……。この侵食、大元を倒せばどうなる?」
「……止まるかもしれません、でも、それは……」
光の発生源である<UBM>を倒せば、新たな光の蓄積は止まるだろう。
既に侵食された光も消失し、マキナも解放されるかもしれない。
だが、その成功報酬は確実ではない。
何よりこれほどの力を持つ怪物と……街一つの戦力を相手取ることになるのだ。
しかも、今や陰謀の中心点と化したウィンターオーブで、だ。
ラスカルとて、無事で済むはずがない。
「お前はしばらく寝ていろ。――俺が片をつけてくる」
それでも――彼は既に決断していた。
「ご主人、様……」
マキナは自らの意志では動かせなくなった表情のまま、けれど声を震わせる。
その揺らぎは精巧なプログラムゆえか……あるいはプログラムの先に芽生えたものか。
けれど、それも今はまだ囚われていて、だからこそ彼女の主は挑むと決めた。
「この分は、後で働いてもらうからな」
「……はい。待ってますね」
そう言葉を交わして、マキナは歯車の中に格納された。
あるいはそれは、最後の会話になるかもしれなかった。
そうしないために……彼は動く。
「【サードニクス】、ソロモードで再設定。火器管制も、俺が扱える範囲で回せ」
指示に沿ってコクピット内の表示が明滅し、機体もまた唸りを上げる。
それは主の意に従う兵器の鼓動であり、自らの母とも呼べる存在を救わんとする竜の武者震いでもある。
「どれほどの<UBM>かは知らないが……」
ラスカルはコクピットに落ちた帽子を拾い上げ、被り直した。
モニター越しに前を……行く手を阻む光の奴隷達を睨む。
そして彼もまた、宣言する。
「――誰の物に手を出したか、教えてやる」
――彼の言葉に応えるように、機械仕掛けの竜の咆哮が轟いた。
To be continued




