第九話 It's Show Time
(=ↀωↀ=)<本日18巻発売日
(=ↀωↀ=)<発売記念の二日連続更新です
(=ↀωↀ=)<ちなみに発売記念SSも準備中ですが
(=ↀωↀ=)<書き下ろしパートのネタバレ含むので後日投稿予定です
□■<北端都市ウィンターオーブ>
ウィンターオーブの街中、否、街の上を二体の異形が駆ける。
先行するのは獅子面。石造りの屋根を足場に跳ねながら、街の外へと向かっている。
追うのは迅羽だ。人を傷つけないよう気を配りながら、手足を伸ばして獅子面を追う。
どちらも速度は音速を超えない。
迅羽は前述のとおり街への被害を考慮したがゆえ。
獅子面は超音速機動ができないのか……あるいは加減している。
「球が奪われタ。敵戦力は推定で<超級>相当。今はそいつを追跡中ダ。ウィンターオーブにも伝えロ。それと、可能ならもう出港しロ。敵の狙いが読めねえ状況であいつらを危険にさらせねエ」
獅子面を追いながら、迅羽は通信魔法の【符】で手短にグレイに状況を伝える。
この追跡戦でグレイの力は借りられない。
街の傍だ。飛行要塞のラピュータでは攻撃しづらいだろう。
『了解した。迅羽は……』
「オレなら後からでも追いついて乗り込めル」
テナガ・アシナガならば離脱したラピュータに追いつくことも、手を伸ばしてよじ登ることもできる。護衛の中でも迅羽にはそれが可能だ。
ゆえに、置いていけと彼女は告げた。
『……健闘を祈る』
「そっちも油断すんなヨ。オレの相手が見せ札なら、もっとやべえのが来るかもしれねーからナ」
珠の強奪と迅羽への露骨な誘い。
その襲撃でダメージを与える目的はウィンターオーブか、それともツァンロン達か。
どちらか分からないが、あれほどの手練れを駒とする敵を甘く見積もることはできない。
(あいつの名前もジョブもわからねーしな)
獅子の面に《看破》を阻害する効果があるのか、情報を読み取ることができない。
デザイン的に特典武具ではなさそうだが、かなり質の高いオーダーメイドだ。
(けど、正体不明にしても今この国で<超級>クラスの戦力を持ってる連中? そんなのは……)
迅羽が思い浮かべた<超級>クラスを擁する勢力は幾つかある。
裏社会を跋扈する<超級>のみで構成されたクラン、<IF>。
<超級>のモヒカン・オメガ自らが率いる<モヒカン・リーグ>本部。
伝説に謡われる【天神】が総帥とされるティアンの魔法結社、<天神機関>。
今は南部で活動しているグランバロアの侵攻部隊。
そして……カルディナそのもの。
(……取り決め上、カルディナはこっちに手が出せないはずだがな)
皇帝代理である第一皇子とカルディナ議長の間で、国家間の【誓約書】が交わされている。
黄河の条件は、珠の所有権の放棄。
カルディナの条件は、カルディナ国内をラピュータが自由に移動できることだ。
危険な兵器でもあるラピュータがカルディナ上空を行き来する許可であり、ラピュータによるツァンロン達の護送を妨げず、逆に協力を要請された場合は引き受ける。
それが両国の交わした取り決めである。
(今回は……グレーゾーンなのか?)
まだ回復の珠は黄河に返還されておらず、奪われたのは迅羽が回収する前。
獅子面が奪ったのはウィンターオーブからであって、黄河とは敵対していない。
護衛の迅羽と交戦しているのも、珠を持って逃げる獅子面を迅羽が追ったから。戦闘は護送とは関係なく、取り決めを破った事にはならない……と苦しい言い訳はできるだろう。
しかし心象は最悪に近く、【誓約書】に違反しないと言い切れるかも不明だ。
どうにか【誓約書】を回避できたとしても、カルディナと黄河の関係に罅を入れるのかという疑問もある。
(カルディナじゃなけりゃ<IF>かフリーの犯罪者による珠目当ての犯行ってのが分かりやすいが……その場合はオレを挑発して追わせてる現状が意味不明だ)
そも、フリーに見えても国の思惑で動くことはある。先の王都襲撃で迅羽が交戦したゼタもその類だった。
いずれにしろ、迅羽から見えている情報だけでは答えが出ない。
予測できないことを仕出かしてくる相手から、護るべきものを護らねばならない。テロは絶対的に防衛側が不利となる。
それでも……。
(……分からねーなら分からねーままでも、やることをやるか)
迅羽という<超級>は、この状況においても手札と思考を切らさない。
迅羽は獅子面の追走を右腕と両足の伸縮に任せながら、左腕を構える。
そして逃げる獅子面の後頭部を狙いすまし、その腕を伸長する。
これは迎撃され、再び爪を断たれることも覚悟の上での攻撃だ。
爪が欠けるリスクを負っても、相手の手札を見なければならない。
先刻は必殺スキルへのカウンターであったため、迅羽は相手が爪を断つ瞬間を直接目視はしていない。
ゆえに、まずは相手の攻撃手段を確定させる。
(あんな刃渡りで壁を斬れる時点で十中八九あのナイフの仕業だ。……が、だとしてもどういう理屈で斬ったのか)
あのカランビットナイフが<エンブリオ>か、特典武具か、あるいはそれ以外の仕組みがあるのか。それを見切るための牽制攻撃。
それに対し、獅子面は義手の伸長に合わせて瞬時に向き直り……。
『――――』
自らに到達せんとした爪――その『手首』に右拳を押し当て、軌道を下に逸らした。
「ッ!」
刃上の爪の連結部分、切断面のないポイントを見切っての捌き。
そして迅羽の義手が動きを澱ませた瞬間に、左手に持ち替えていたカランビットナイフを伸長する腕に突き立てる。
鮮やかな、流れるような動きだった。
「……おいおイ」
動作の鈍くなってしまった左腕を迅羽は引き戻した。
完全な切断は避けたが、牽制であった今の攻防での損傷は予定よりも大きい。
が……迅羽にも得たものはある。
第一は、相手の動き。
相手の動きを捌きながら距離を詰め、急所を武器で突く。
そうした動作を持つ武術を、偶然だが迅羽は一つ知っている。
(今の……シラットじゃねえか?)
シラット。
リアルでは東南アジア発祥。多くの派生を持ち、武器術を含む伝統武術だ。
映画などで話題となり、次第に世界的な知名度も上がっていった武術である。
(得物がカランビットの時点で、その線もあったか。けどよ……)
しかしシラットは、<Infinite Dendrogram>にはジョブとして存在しないはずの武術である。
少なくとも黄河や王国で迅羽が聞いたことはない。
(こっちにないものを使うってんなら……)
それでも獅子面が使った技術がシラットであるならば……。
(――リアルの技術か)
元より武術に習熟した人間が、<Infinite Dendrogram>の……推定超級職のステータスでそれを振るっていることになる。
それこそ、迅羽も知る【破壊王】のように。
(……格闘技齧ってる奴ってみんなこういう真似ができんのか? オレもやっぱりジュニアハイの選択は格闘技にしねーとかな……)
いつしかギデオンでシュウの奮戦ぶりを映像越しに眺めていたときの感覚を、迅羽は再び味わっていた。
だが、明らかになった懸念点はシラットだけではない。
(こっちの攻撃は上手く捌かれたが、今の威力はさっき爪をやられたときよりも落ちてたな。まだ何か仕組みがある。それに、あのカランビット……)
相手が振るったカランビットナイフそのものも、秘密があった。
【符】を用いた《鑑定眼》で視えた情報に記載されていたのは……カランビットの素材。
(【超硬神器:カランビット】。素材は超硬神話級金属、ね)
希少且つ強靭な神話級金属を地属性魔法で更に圧縮し、強度を引き上げたとされる素材。
それで作った武器ならば、テナガ・アシナガでも傷つけられる。
単純に、武器としての性能で勝っているのだから。
しかし、この素材は迅羽も名前こそ聞いたことはあるが、実物を見たのは初めてだ。
超硬神話級金属を作れる者はあまりにも少なく……量産できるものなど一人しかいない。
(この素材、有名なのは【地神】ファトゥムだが……)
“魔法最強”の二つ名を持ち、地属性魔法のエキスパートである<超級>。
神話級金属を圧縮精錬する《超硬神器》は、彼の四大魔法の一つとされている。
そんなものを扱う獅子面の所属は……何処か。
(いよいよ黒、か……?)
無論、ファトゥムに由来する素材の武器を獅子面が手に入れ、使っているだけという可能性もある。
だが、獅子面がファトゥムの属する<セフィロト>と同様、カルディナの議長と通じた回し者である可能性はそれよりも高いように思えた。
(だったらいよいよ、カルディナは何が狙いだ?)
ウィンターオーブとの暗闘の一種ならば、迅羽を……黄河を巻き込むのは得策ではない。
まして迅羽は皇族の護送中であり、珠はウィンターオーブから黄河に返還される予定だったもの。これでは国を相手に喧嘩を売るようなものだ。
(返還が決まったのはついさっきだから『知らなかった』。オレが黄河所属なのも『知らなかった』。だからこんな真似をしてる。……ねーな)
現在進行形で誘い出しの真っ最中だ。
先ほどのシラットでの迎撃、あれは明らかに今の逃走よりも速度が速かった。
獅子面のAGIは高く、逃げ足は加減している。
街中では全力で追えない迅羽を、引き離さないように。
必殺スキルを迎撃されたことも含め、あちらは迅羽の力を知っている。
(獅子面の狙いは珠そのものじゃねえ。珠を餌にオレを誘うことだ)
それが分かっているならば『追わない』という選択肢はあるだろうか。
……否、迅羽が追うしかない。
眼前で奪われた珠を放置できない。
そして、追える人員も迅羽しかいない。
今回の護衛戦力で超音速機動可能な者は数少ない。迅羽以外の者をラピュータから降ろす間に、獅子面は逃げて身を隠すだろう。
ならば相手の狙いが自分の吊り出しだと分かっていても、迅羽が動くしかなかった。
相手が自分の戦術に悉く対応する怪人だとしても、だ。
そうして駆ける内に、風景が切り替わる。
いつしか境となる街壁を越えて、石造りの白と灰色の街から……砂の海へと至っていた。
ウィンターオーブ南部に広がる大砂漠。
街壁を飛び越えた獅子面は加速し、今は点のように砂漠を疾走する。
「シャミセンはここまでってことかヨ」
迅羽も街壁を越えたことで周囲に考慮する必要なく、砂漠に荒々しく金色の四肢を突き立てながら全速を出せる。
そして超音速機動に到達した両者は、ウィンターオーブを後方に置き去りにして地平線の先へと駆け抜ける。
(オレをラピュータとウィンターオーブから離した。やっぱりコイツの狙いはこれだな)
だが、それでも構わない。
獅子面と迅羽が諸共に離れるならば、獅子面という危険を引き離すことにも繋がる。
他に同等の戦力がいるとしても、グレイを含めた護衛戦力ならば持ち堪えられるだろう。
何より、ラピュータには黄河決闘一位……【龍帝】蒼龍がいる。
(護衛対象に任せるのもあれだが、まともな戦いでツァンを倒せる奴はいない)
グレイとツァンロン。実力を知る二人への信頼が迅羽にはあった。
そして獅子面を相手取る迅羽にとっても、砂漠という戦場は望むところだ。
(ウィンターオーブから離れたここの方が、街中よりも遥かに戦いやすい)
なぜならば……。
「ここなら街への被害は出ねえからナァ!!」
周辺被害も、珠の破損による<UBM>の解放も気にする必要がない。
魔法を乱射しようが、砂漠に延焼するものはない。
解放された<UBM>も、街に辿り着く前に殺す。
妨げるもののない戦場で、迅羽は魔法による攻撃を解禁した。
両腕を伸ばすと共に、その腕に貼りつけられた無数の【符】が輝く。
一瞬の後、四方八方に熱線が照射される。
本来は直線的ゆえに回避しやすい熱線も、複雑に伸長・蛇行するテナガ・アシナガに付随することで空間を埋め尽くすような光熱の網を形成する。
『…………!』
物理攻撃と違い自らの技術で捌くことのできない熱線の乱舞。
獅子面は珠を懐に仕舞いこむと共に逃走を止め、回避に専念しはじめる。
しかしそれも完全な回避とはならず、足や脇腹を熱線が掠めた。
だが、熱線による焼却は道着に僅かな焦げ跡を残すに留まった。
「耐火耐熱装備! ハッ! こっちにも対策していたかヨ!」
全身の肌を覆い隠した道着は火に強いモンスターの素材で仕立てられており、迅羽の得手とする火属性魔法の威力を大きく減衰させていた。
もはや疑いようもない。これは迅羽に焦点を絞って送り込まれてきた刺客。
不意打ち即死の必殺スキルを回避できる能力を持ち、技量で物理攻撃を捌き、さらに装備品で迅羽の万能性に対応しているのだろう。
であれば、迅羽に手の打ちようは――いくらでもある。
逃げ足を止めた獅子面に、熱線を乱射しながら迅羽の両腕が迫る。
獅子面は熱線の回避よりも両腕の動きに集中し、接近する両腕をカランビットで切断せんと構えた。
瞬間、カランビットから『ギィン』と耳障りな音が聞こえ始める。
周囲に遮るものもない砂漠、その音は迅羽の耳にもよく届いた。
【符】の補助で強化した視力を通してみれば、カランビットの刃が超高速で振動しているようにも見える。
(カランビットの装備スキルじゃねーな。《レーザーブレード》系の強化スキルか)
恐らく、診療所と先ほどの威力差はあのスキルの有無だ。
武器として勝る【超硬神器】に攻撃力強化スキル。今のカランビットならば、即座にテナガ・アシナガを断ち切るだろう。
それでも迅羽は手を止めず、両腕を伸ばす。
「殺ァ!!」
『…………』
獅子面は無言のまま、迫る黄金の爪に刃を振るい――。
「――《喚起》、暴雷!」
――右手の甲から飛び出した紅い稲妻がその視界を覆った。
【ライトニングエレメンタル】希少種、固体名『暴雷』。
迅羽の保有するテイムモンスターであり、あの<超級激突>でフィガロ相手にも使用している。
ロストの危険があるため決闘以外の戦闘では使わず、そもそも決闘で使用したのもフィガロ戦くらいだが……それは使えないということではない。
『……!』
獅子面は咄嗟にカランビットではなく、自らの掌を紅い稲妻のエレメンタルに向ける。
『――《スカイ・ブーム》』
――轟音と共に空気が歪み、電気で構成されているはずのエレメンタルの体が千切れた。
残存HPが【ジュエル】に設定していた危険値に達していたため、ボロボロの暴雷が【ジュエル】へと自動帰還する。
だが、暴雷は既に……目くらまし以外にも一仕事を終えていた。
『……、ッ……!』
獅子面に迎撃される最中、暴雷は獅子面に触れていた。
結果として獅子面の身体は感電し、それは極僅かな時間だが硬直を生んだ。
それこそが、迅羽が狙って作り出した好機。
身動きを止めた獅子面を中心に、迅羽の両腕が渦を巻く。
それはまるで金色の虫籠に獅子面を閉じ込めたかの如き有り様であり、
直後、両腕に貼りつけられた【符】が籠の内側――獅子面に向けて一斉に魔法を放った。
それは迅羽……【尸解仙】が得手とする火属性魔法だけではない。
氷や風、雷といった別の属性の魔法も吹き荒れている。
たしかに【尸解仙】は火属性魔法を奥義とする超級職だ。
しかしそれは、他のスキル……他属性攻撃魔法が使えないという意味ではない。
元より道士系統を通るジョブ、【符】を介するならば下級職の魔法程度ならば扱える。
当然ながら威力は火属性魔法から大きく劣るだろうが、今重要なのは獅子面の道着が迅羽対策の耐火耐熱装備ということだ。
満遍なく属性防御力の高い装備などそうあるものではなく、迅羽の見立てでは獅子面の道着はその域ではない。
つまり、他の属性ならばダメージは十全に徹る。
「メタ装備なんてもんはなぁ……装備数って限界があるんだぜ?」
迅羽の主だった手札に対応したところで、迅羽の手札がそれしかない訳ではない。
むしろ暴雷や今回使って見せた他属性魔法のように、普段見せない手札などいくらでもある。
それら全てにメタ装備を用意するのは不可能だ。
瞬時に装備変更するための《瞬間装備》と《瞬間装着》にはクールタイムもある。
メタ装備であらゆる状況に対応しきれるものなど、装備数を拡張し、尚且つ強化できるフィガロくらいのものだ。
「札の枚数で仙人に勝てるかヨ?」
【尸解仙】は笑い、自らの手札たる【符】を連打する。
獅子面も籠の内側で回避を試みているが、それでも逃げ場がないゆえの命中音が度々聞こえてくる。
(……フィガロだったらこれでもどうにかするだろうな。リアルの技術込みでも、コイツはフィガロほどヤバくはねえ)
獅子面は<超級>クラスではあるが、技術面やステータスでは恐らくフィガロが勝る。
ゆえに警戒すべきは、フィガロにはないもの。
迅羽は警戒を解かなかったがゆえに――その殺気を感じとった。
自身の勘と感知系のスキルが迫る危険を報せた瞬間、迅羽は両足を高速で伸ばして自らの身体を後方にスライドさせた。
直後、迅羽の首があった場所を視えない何かが薙いでいった。
診療所で案内役の首を刎ねた一撃――空間超越攻撃である。
「ッ!」
それを察すると同時に、迅羽は両腕の籠をほどいて手元に引き戻す。
包囲を解いた理由は、『このままでは両腕をバラされる』という直感ゆえだ。
それは正しく、解ける隙間から獅子面がカランビットを振るう様を目撃した。
あと一瞬遅れていれば、どちらかの腕が切断されていただろう。
『…………』
獅子面もその身に幾らかのダメージを受けており、その傷も浅くはない。
しかしそれでも、致命傷には遠い。
懐に仕舞いこんだらしい珠も破壊されてはいないようだ。
(さて……)
迅羽は今の攻防でようやく一点返したといったところ。
テナガ・アシナガの損傷や消費を考えれば、未だ不利。
しかし互いの損耗以上に、今の攻防は迅羽に多くの情報を与えていた。
(オレのとは違うな)
まず、相手の空間超越攻撃は迅羽とは異なる仕組みによるものだ。
今の攻撃の瞬間、迅羽の眼前を薙いだ攻撃に姿はなかった。
あのカランビットナイフの切っ先がワープしてくるでもなく、まるで攻撃のエネルギーだけがその場を通り過ぎたような感覚だ。
義手義足をワープゲートに潜らせるテナガ・アシナガとは明らかに違う。
(それに、コイツ。《スカイ・ブーム》っつったか?)
暴雷を散らす寸前、獅子面は確かにスキル名を宣言していた。
そしてそれは、迅羽も知っているジョブの魔法スキルだ。
上級魔法職【空振術師】。
振動や衝撃波を専門とし、大属性としては天属性と地属性両方の性質を含む。
暴雷を倒した《スカイ・ブーム》は、超音速衝撃波を放つ上級奥義である。
(【空振術師】の振動と衝撃。分かりやすくはある。ナイフにも高速振動を付与して、一種の高周波ブレードとして使ってるってことか。切れるわけだな)
この時点で、迅羽は獅子面のスタイルについて理解した。
魔法スキルに互換性を持つ前衛か、前衛並みの機動力を持つ魔法職か。
あるいは、よりシンプルな答えか。
いずれにしても獅子面は万能型の猛者であり、それが空間系の能力で補強されている。
要するに……迅羽と同じタイプだ。
(比較的耐久に寄った俺と、敏捷に寄ったコイツ。勘だが、ジョブや<エンブリオ>の戦闘力にそこまで差はねえ気がするな。あとは、お互いの手札がどれだけあるか……)
そうして迅羽は両者の持つ手札について考えて……。
「……あン?」
一つ、獅子面の行動に大きな過失があることに気づいた。
既に見えている手札を考えれば、明らかにしていなければおかしい行動をしていない。
『…………』
獅子面は迅羽の魔法で目に見える傷を負っている。
これまでの攻防で迅羽の手強さも身に染みているだろう。
長期戦になるかもしれない。
ならばどうして……。
(どうして……回復の珠を使わない?)
手元に無消費且つ強力な回復手段があるというのに、使わないのか。
ここで迅羽を倒すにしても、何らかの目的で時間を稼ぐにしても、自らを回復することはマイナスにはならないはずだ。
迅羽は獅子面の非合理的な行動に疑問を抱き……。
「……まさカ」
……自らの嵌っていた思考の陥穽に気づいた。
あの診療所で遭遇したとき、獅子面はその手に珠を持っていた。
逃げる際も持ち続け、懐に仕舞いこんだのはこの砂漠で本格的な戦闘を始めてからだ。
間違いなく、獅子面は珠を持っている。
あの珠は、迅羽も幾つか見てきたのと同じものであるため見間違えない。
ツァンロンが運んだ……“トーナメント”の賞品になっていたものと全く同じ。本物の珠だ。
それが意味するのは――中身が何だろうと珠の見た目は変わらないということ。
それは、本来ならばありえない前提だ。
だからこそ、今に至るまで迅羽は自らの読み違いに気づけなかった。
それこそが思考の陥穽。
「お前――回復の珠を持ってねーのカ?」
獅子面は――ウィンターオーブの珠を奪っていなかった。
迅羽に見せつけたのは、回復の珠ではない。
獅子面が予めこの街に持ち込んだ別の珠だ。
相手が【超硬神器】を用いるカルディナの回し者であるならば……既にカルディナが回収した珠を扱えても不思議ではない。
これは『黄河に譲渡される前の珠を強奪をしたことで発生する戦闘はグレーゾーン』などという話ですらない。
元々持っていた珠を見せびらかし、その行動で意図的に誤認させられた迅羽が、無関係の珠のため自主的に獅子面を追跡していたカタチだ。
間違いなく【誓約書】は機能しないだろう。
そして、回復の珠そのものは今もあの診療所に――街の中にある。
『…………フゥ』
そのことを迅羽に気づかれた獅子面は、息を吐いて懐に手を入れる。
『誤魔化せるのもここまでか』、あるいは『そろそろ頃合いか』といった雰囲気で懐から取り出したのは、獅子面がこの街に持ち込んだ珠――ではない。
それは小さなアンテナがあって形状は通信機に似ているが、受話口も送話口もない。
ただ、ボタンが一つだけついている。
それはまるで――爆弾の起爆スイッチのようだった
「テメ――」
『――It's Show Time』
止める間もなく獅子面がボタンを押し込んだとき、迅羽は何かが砕ける幻聴を覚えた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<エイプリルフール!
( ꒪|勅|꒪)<オレが騙されたことをエイプリルフールと言うカ




