第八話 記録の一手
(=ↀωↀ=)<明日はいよいよ18巻の発売日です
(=ↀωↀ=)<今回もタイキさんからとても良い挿絵を描いてもらえました
(=ↀωↀ=)<カラー見開きとか素晴らしいですよ
(=ↀωↀ=)<よろしければお手に取ってご確認ください
□【未確認飛行要塞 ラピュータ】
迅羽が診療所で獅子面と相対する少し前、彼女と別れてラピュータに帰還したエリザベートとツァンロンは、生活ブロックのサロンでエイリーンと談話していた。
彼女の準備の都合から市長邸ではあまり話せなかったため、改めてといったところだ。
「ラピュータは<エンブリオ>と聞いておりましたが、このようなお部屋もあるのですね」
「ええ。とはいえ、このブロックは建築に携わる<マスター>の皆様と協力して築いたそうです」
エイリーンが豪奢な生活空間に感心していると、ツァンロンがそう補足した。
「築いた?」
「ラピュータ本体はこの城ではなく土台部分に埋まっているそうです。それを土や植物で覆ってこの島を作り、さらには城を建築したのだとか」
それは《カバー・ストラクチャー》というラピュータの基本スキル。
初期は雲を纏うだけのスキルであったが、進化を重ねて鉱物や植物、建造物の固着も可能となり、機能を連結してさらにはそのまま紋章に仕舞うことすらできる。
本体を他の物で覆い隠す……【未確認飛行要塞】の名を表す能力である。
ラピュータがその本体を完全に晒したのは、かつての<SUBM>戦のみと言われている。
「建築ですか。けれど黄河風ではなく西方……王国風なのですね」
「うむ。それはわらわもフシギに思っていたのじゃ」
「まぁ、<マスター>の方々には色々ありますから」
上物を建築したのは黄河の<マスター>達だが、東方様式にはしなかった。
施主のグレイからのリクエストが特になかったこともあり、『天空の城だしデザインは西方寄りだな』という共通認識の下で作業が進められたのである。
ティアンにはよく分からない事情と言えた。
◇
そんな風に雑談を交わしながら、三人は軽食とお茶を愉しんだ。
何だかんだでお昼が遅れていたこともある。
元々いたエリザベートやツァンロンの使用人が準備していた。
チェックを終えたエイリーンの使用人の一部も手伝っているが、多くは指定された客室でエイリーンや自分達の居住空間を整えていた。サロンにきたのは年配の侍女と若い侍女が一人ずつである。
(……おや?)
ただ、その中でツァンロンは一つ奇妙な点に気づいた。
それは、食事の最中もエイリーンが白い手袋を嵌めたままだったことだ。
(ローグ家の風習……という話でしたっけ)
ウィンターオーブへの停泊予定を告げられた後、失礼がないよう調べたこの街についての資料に書いてあった。
ローグ家の直系の者達は例外なく普段から手袋を嵌めている。
食事中までとは些か奇妙で、本来ならマナー違反に思えるが、ウィンターオーブを築いた初代当主からの風習であるらしい。
(どの国も王室皇室ともなれば、他から見て奇妙な事柄の一つ二つはありますね)
黄河においてはツァンロン自身……【龍帝】や古龍人がそれに当たる。
王国では【元始聖剣】と【聖剣姫】だろう。
ゆえに、ローグ家の手袋も深くは追及しないことにした。
少なくとも敵意はないだろうと、ツァンロンも先の迅羽同様の判断を下していた。
そんなことをツァンロンが考えている間、エリザベートはエイリーンからウィンターオーブの話を聞いていた。
それも歴史や文化ではなく、主幹産業である希少鉱石の採掘についての話だった。
ビジネス的な話ではなく、エリザベートが興味を惹かれたのがそれということだろう。
今回はスケジュールの都合で脱走も街中探検もできなかった。しかし、市長邸に向かう道すがら市場で売買されている鉱石に目を光らせていたことには、ツァンロンと迅羽も気づいていた。
「サイクツというのはそんなにもキケンなのか?」
「そうですね。地属性魔法を併用した採掘法が広がってからは自然の崩落は防げるようになりましたし、風属性魔法でガスだまりの危険も減らせます。けれど、最大の危険であるモンスターの問題は、採掘を続ける限りなくなりません」
鉱石の採掘には、<Infinite Dendrogram>でも様々な危険がある
崩落事故やガスだまりといった地球と同じリスクだけではない。
鉱物を常食するモンスターとの遭遇、それに鉱物そのものが変じたモンスターを掘り当ててしまうこともある。
特に【エクスプロード・ロック】というエレメンタルモンスターは、衝撃によって大爆発を引き起こし崩落事故の原因となるため恐れられている。
ウィンターオーブの医療問題の発端、その一因もこのモンスターだ。
どこかから迷い込んだモンスターが坑道で暴れ回った結果、周囲一帯の【エクスプロード・ロック】が爆発し、大事故を起こしたのである。
「タイヘンなのじゃな……」
「ええ。けれど、ウィンターオーブはずっとそれを生業に生きてきました。あの街だからこそ採掘できる素材が、黄河を含め多くの国で役立っています。それは誇らしいことです」
エイリーンは微笑みながら、けれど胸を張って述べる。
「大袈裟に言えば、世界の未来を繋ぐ仕事だと思っています」
「うむ! すばらしい心がけなのじゃ!」
「ありがとうございます」
心から嬉しそうにエイリーンは笑顔を浮かべた。
「けれど、そんなじまんのふるさとをはなれることに迷いはないのか?」
「……そうですね」
エリザベートに問われ、エイリーンは目を閉じる。
そして少しだけ何かを心の中で反芻してから、エリザベートの問いに答えた。
「大丈夫です。私が黄河に行くのも、未来を繋ぐためですから」
その言葉と表情には、大きな決心が見えていた。
「エイリーンはまじめで、ユウキがあるのじゃな」
二人は共にまだ子供ながら、生まれ育った国を離れて黄河に赴く身。
エリザベートはシンパシーを感じると共に、エイリーンの口にした理念や目的に感心し、微かな尊敬の念も抱いた。
「リュウガクは何年にもなろう。その間も、その後も、エイリーンとは友人でありたいな」
「ええ。貴女の友人となれるならば光栄です、殿下」
「うむ! わらわもじゃ!」
そうしてエイリーンは手袋を外して、握手を申し出る。
エリザベートも頷き、その手を取った。
直後、エイリーンの視線はエリザベートではなく……傍にいたツァンロンに向いた。
僅かに見開いた瞼は幾らかの驚きを示し、しかし表情はそれを押し隠すように笑みを浮かべたままだった。
「?」
ツァンロンはそれに疑問を覚え、「どうかしましたか?」と声を掛けようとしたが……その行動は急に鳴り響いたサイレンによって遮られた。
「なんじゃ!?」
低く唸るような音がラピュータ全体に届いた後、サイレンはこの<エンブリオ>の主であるグレイの音声に切り替わる。
『緊急連絡。ウィンターオーブにてテロが発生。安全のため、ラピュータは予定を繰り上げ、発進する。護衛の<マスター>各員は警戒態勢に移れ……トド』
自らに課した語尾縛りを忘れながらの言葉。
だからこそ、余計に焦りのようなものが窺える。
そしてグレイの言葉が示すように、窓の外の景色が動き出す。ラピュータの機能によって慣性こそ感じないが、その風景の変化で移動を開始したことが実感できた。
「エイリーン……」
急転直下の事態の中、エリザベートはエイリーンを心配そうに見る。
グレイの告げたウィンターオーブでのテロ。エイリーンからすれば、気が気ではないだろうと思えたからだ。
事実、その一報にエイリーンの両手は震えているようだった。
けれど……。
「ッ……」
二人の見たエイリーンの顏に浮かぶのは突然の事態に恐怖するものではなく、唇を噛みしめた……何かを覚悟しているような表情だった。
◇◆◇
□■<北端都市ウィンターオーブ>
ウィンターオーブの中心部にある市長邸。その執務室で、一人娘を送り出したローグ市長は……椅子に腰かけたまま深く考え込んでいた。
「…………」
彼の目元には色濃い疲労が隈となって表れ、肌も渇き、体も痩せている。
しかしそれでも、目には強い意志が見える。
ローグ市長は黒い手袋に覆われた自らの手を見つめながら、思考を重ねる。
(やはり、狙いは皇国とグランバロアだけではない……。事前に得た情報と合わせれば東方の黄河でも手引きしている。……黄河の皇族そのものを使う気であるのは間違いない。奴の手口はいつも同じだ。ドミノ倒しのように、悲劇を連鎖させる。この地で珠を巡る騒乱を助長しているように、かつて皇国の第三皇子を暗殺したときのように)
彼の思い浮かべたことは、あまりにも重大な意味を持つ。
皇国の第三皇子。それは現皇王クラウディアの父であり、そして第一皇子と第二皇子が暗闘に至った最初のきっかけとなった人物だ。
先代皇王が闘争を煽ったこともあるが、何よりも『相手が弟を殺した』、『自分達もまた殺されるかもしれない』という疑心暗鬼が事態をエスカレートさせていた。
ひいては、今の王国と皇国の戦争すらもその延長線であると言える。
それほどの大悲劇を画策した黒幕が、他国を支配するカルディナ議長であるなど、陰謀論というにも荒唐無稽だろう。
しかし、ローグ市長には確信に至るだけの根拠があった。
それゆえに、彼は準備を進めてきたのだ。
(……こちらも自分達が倒れる順番を待つばかりではない)
彼は一人娘のエイリーンをラピュータに乗せ、黄河へと向かわせた。
(エイリーンには、伝えるべき全てを伝えた。生きて銀龍皇子に会い、情報を伝えることができれば……まだ間に合う)
ローグ市長は考え続ける。
それは迷いではなく、どうすれば最善手たりえるのか。
否、どうすれば……破局を回避できるのか。
(視えた情報で出来得る限りの対処もした。この地で、戦力も整えた)
ウィンターオーブの牢に収監される前のラスカルが推察したように、このウィンターオーブの衛兵達は例外なく先々期文明の装備を使用している。
その出所は、ローグ市長自身が見つけ、制御下に置いた<遺跡>。
それは、かつてのパワードスーツの生産プラントだった。
先々期文明の末期。戦闘員の不足に陥った人類が、戦士としての才ある者以外も戦士として動員するための設備。
外付けのステータス、自然魔力を利用した魔力バッテリー、そして魔力式銃器。
それらを取りそろえたパワードスーツを着用すれば、レベル0であろうともそれなりの戦力として運用できるようになる。
ただし、人工知能を持たないため戦闘には人間の着用を必要とする。
端的に言えば、王国のカルチェラタンにあった煌玉兵プラントの前身。
まだ、着用する人類を用意できた頃の装備であり、設備だ。
発展形として生物を放り込めばそれをバッテリーとして動く煌玉兵へと至るが、その後の顛末を思えばパワードスーツの方がティアンには有用であるだろう。
ローグ市長はこの<遺跡>により、衛兵の戦力を揃えることができた。
量産可能であり、危険のない先々期文明兵器は極めて貴重且つ有用だ。
何より、この装備のお陰で戦闘員のジョブを削除できたことが大きい。
(だが、奴の保有する戦力はこちらを凌駕するだろう)
今、ローグ市長の敵対者が目障りだろうこの街に直接攻撃を仕掛けてこないのは……大義名分がないからだ。
都市国家のウィンターオーブを殲滅することは可能でも、それをすれば世界の全てが危険視する。
だからこそ、回りくどい手を使う。
採掘場に本来生息していないモンスターを誘引し、大事故を起こす。
治療のために急行した【司祭】達を事故に見せかけて、暗殺する。
息のかかった街に手を回し、支援を封じる。
それでもなお支援を行った都市の人員は、都市間の移動の最中に消す。
それら全て、ローグ市長の敵対者が行ったことだ。
敵対者の目的達成のため、目障りになるだろうウィンターオーブを削るために。
(それでも、まだ我らは折れない。……ゆえに奴も実力行使に出るだろう。せめて、あれを動かすことができれば対抗手段になったかもしれないが)
ローグ市長が思い浮かべるのは、自らが足を踏み入れた<遺跡>の最奥で見つけた巨大な残骸。
まるで斧で両断されたかのように、人工知能も動力コアも破壊された兵器。
基幹となる重要部品がまるで直らぬまま、しかしその姿を徐々に取り戻しつつある……機械仕掛けの巨人の姿。
(<遺跡>の設備でも、我らの些末な技術でも、あれを動かすことは叶わなかった。……せめて、あれを奴の敵対者に託すことができればいいが……)
市長がタイムリミットまでにどれほどのことができるかを考えていると、執務室の通信魔法機に連絡があった。
それは、『診療所が襲撃を受けて珠が奪われた』というものだった。
「……どうやら、タイムリミットが来てしまったらしい」
敵対者であれば、ここから連鎖的に悲劇を起こしていく算段だろう。
否応なく、ウィンターオーブは……彼らはその渦中に呑まれていく。
「だが、我らはただ滅ぼされる道を選ばない。抗う術はある」
ローグ市長は執務室のカーテンを開き、街中を駆ける二体の怪人によって徐々に混乱が広がる街を見下ろす。
街並みの中、彼はその一点を睨みつける。
それは逃げる獅子面や追う迅羽ではない。
彼が睨みつけた先にあるものは……今はもう無人となった教会。
ジョブ教やクリスタル教とも呼ばれる宗教の施設。
「たとえ相手が、この世界の仕組みであってもな」
まるで、それこそが元凶であるかのような言葉だった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回更新は新刊発売日&エイプリルフールなので明日です