第六話 不穏の予兆
□【未確認飛行要塞 ラピュータ】
「…………」
「『そんな訳でお姫様の前でジミニーが歌うことになったよ。報酬も出るみたい』なのです」
買い出しを済ませて帰還したアスマは、ベルドルベルの演奏に協力することを仲間達に告げた。
「まさか買い出しのついでにクエストを拾ってくるとはな」
「さっすがアスマとジミニーちゃん! グリムズとは違う!」
樹上でソニアの仕事をチェックしていたグリムズは感心したように呟き、土木作業で土まみれになったソニアは当て擦りながらそう述べた。
「むー。喜んでるみたいですけどこれは創造主様と私向けのクエストなのです! 報酬はうちの弟妹達の食費に回すんですよ!」
「「分かってる分かってる」」
((アスマに余裕ができれば、お金貸してもらえるかもしれない))
「ステレオ!? お金にだらしないダメ人間の思考がステレオで聞こえるのです!?」
ジミニーは思考を読みながらプンプン怒り、当のアスマは無言のまま苦笑していた。
「で、買い出しの方はどうだった? 仕掛け用の方な」
「…………」
グリムズに問われたアスマは、アイテムボックスから何種類かの鉱石を取り出した。
それはこの街で産出される希少鉱石……ではなくそれと共に採掘される価値の低いクズ鉱石だ。
粒が小さいこともあってより価値は低く、いずれも同じ重さの希少鉱石の千分の一の価値もない。
だが、グリムズはそれを見てニヤリと笑う。
「これで全二十六種類か。アルファベットを振れていいな。分かりやすい。よし、ソニア、全部指示通りに埋めていけ」
「人使いが荒い……!」
「『僕も手伝うよ』です。私もこのくらいなら運べるのです!」
二人と一体はグリムズの指示に沿い、浅く掘った穴の中にクズ鉱石を埋めていく。
「いやー、でもやっぱりデンドロってファンタジーだよねー。こんなに色んな石があるんだもん。これとか見た目がすっごくファンタジーだから飾りたいくらい」
作業の途中、ソニアは手に取った鉱石を眺めながらそう呟いた。
その鉱石は虹色の幾何学模様で、自然にそうなるとは思えないカタチをしていたが……。
「それはビスマス鉱石だ。地球にもある」
グリムズによってファンタジーの産物ではないと断言された。
「あるの!? これが!? 虹色だよ!?」
「虹色に見えるのは鉱石表面の酸化膜だ。幾何学形状はベルグ効果によるもの。整腸剤等の医薬品の原料にもなる。ちなみにそのサイズなら子供の小遣いでも余裕で買えるくらい安いぞ」
「またグリムズの謎雑学……!」
ギャンブル狂いでだらしない男だが、パーティ随一の雑学と戦術眼を持つのがこのグリムズという男であった。
「でも本当に色んな鉱石があるね。……うーん、護衛クエストじゃなければ金策で暫く鉱石掘っても良いんだけどなー。希少鉱石って高いんでしょ?」
「『鉱山で金策……なんだか大昔の話みたいだね』です」
「だってこれもあるし!」
言葉と共にアスマに向けて掲げられた彼女の両手には、手袋がはめられていた。
硬質な革に似た素材だが、手の甲の部分には金属の音叉のようなパーツが付いている。
「なんたって鉱山用の特典武具だもん! 大儲けできるよ!」
「……どうだろうな。お前にMVPを持ってかれたせいで、そういう運用法とは違う代物になっちまった気もするが……」
その特典武具はグリムズが優勝した“トーナメント”の珠から出てきた<UBM>のものだ。
パーティで挑んだ結果、優勝したグリムズではなくソニアがMVPとなった。
火力を考えれば然もありなん。
そして特典武具のアジャストもまた……ソニアに沿ったもの。
今こうして土まみれで作業しているのも、それゆえである。
「どの道、護衛クエスト中だ。また今度この街に来る機会があったときに考えようぜ」
「そうだねー……。今はこのクエストに集中しなきゃ。……私、この護衛クエストで大儲けしたら黄河のマジックアイテム巡りするんだ」
「フラグやめろ」
にへらとした顔で捕らぬ狸の皮算用をするソニアに、グリムズは素で突っ込んだ。
「『黄河とウィンターオーブは取引が盛んみたいだからね。あっちについてから戻って採掘する手もあるよ』です。うーん。でも創造主様。この街って危ない気がしますよ?」
「どうしたのジミニーちゃん?」
「この街の人の何人か……強そうな服の人達はちょっと物騒なこと考えてたので……」
ちょっと不安そうな表情を浮かべるジミニーに、三人が注目した。
「ジミニーちゃん、強そうな服って何?」
「『街の衛兵のことだよ。軽装だけどパワードスーツを着用してた。ああ、そういえば……《看破》する限り、みんなレベル0だったね』です」
「え!? 衛兵なのに!?」
アスマの説明にソニアが驚き、グリムズも僅かに目を見開く。
「パワードスーツか……。装備条件に『ジョブなし』とでも付いてんのか? それか……宗教上の理由って線もあるか」
グリムズが想定したのは、王国の国教の逆だ。
ジョブを推奨する宗教があるならば、その逆があってもおかしくはないという考え。
リアルで生まれ育った土地柄、宗教とも無縁ではないためにそんな可能性を思い浮かべ……しかし否定する。
ジョブの有無はモンスターが存在し、人間同士の争いも絶えないこの世界では死活問題だ。
そんな致命的な縛りプレイをする宗教が存続しているとも思えなかった。
「それは分からないのです。でも、衛兵の人達は物騒なことを考えてましたよ。『世界を滅ぼそうとする未来視の魔女を倒さなければ』って」
ジミニーの発言は、衛兵の心を読んだと言うに等しい。
だが、彼女はそれに近いことができる。
【コーラス・インセクト】はレジェンダリアの危険指定種である。
その表向きの理由は、危険な催眠生物であること。
真の理由は、心を読むことだ。
人間範疇生物に強い殺意を持つため、テイム不可能とされている種族。
だが、もしも飼い慣らせれば、他者の心を読んで伝えさせることが可能となるのである。
陰謀渦巻くレジェンダリアにおいて、これほどに危険な能力もない。
そして、ガイアより孵化したジミニーは【コーラス・インセクト】でありながら、自らの創造主であるアスマへの親愛を持って生まれてきた。
本来持つ人間への忌避感も持ち合わせていない。人間範疇生物への殺意は群れの中で生まれた後、精神同調によって形成されるものだからだ。単独で生まれたジミニーにはそれもない。
つまり、ジミニーは他者の心を読み、あらゆる言語を解し、アスマに従う魔性の蝶である。
とはいえ、<童話分隊>はそんなジミニーを危険とも思わず、マスコットとして受け入れている。悪用しようとも思っていない。
そのため、彼らの反応は彼女の発言にのみ集約されていた。
「『未来視の魔女はカルディナの議長の二つ名だったはずだけど』。はい。その通りなのです」
「でも、世界を滅ぼすって何? 皇国みたいに他の国に戦争を仕掛けようとしてるってこと?」
「既に半分起きてるようなもんだけどな」
今彼らがいる北部の反対側、南部ではグランバロアとの抗争が発生している。
しかしそれも、『世界を滅ぼす』というには規模が小さいようにグリムズには思えた。
「未来視ってどんだけ当たるの? デンドロって何十万もプレイヤーがいるんだし、未来なんて分かりっこないじゃん」
「『そうでもないよ。色んな災害や事件を言い当てて、未来の情報を基に資産や権力を拡大していったって話だから』です」
「へぇ。証券会社の管理AIよりもすごくない?」
「『そうだね。……ああ、でも、一時期は的中率が下がってたらしいね』です」
「え? そうなの?」
「『うん。四年か、五年前くらいは外れることが多かった、って』」
「四、五年前? そいつぁ……ああ、そうか」
話を聞いていたグリムズは、<Infinite Dendrogram>の時間でちょうどその頃に何が起きたかを察して納得した。『それでは外れやすくなったのも仕方ない』、と。
「なに一人で納得してるの?」
「いや……ソニアの意見も的外れじゃねえと思ってな」
「え? 私って何か鋭いこと言っちゃった?」
自分を指差して首を傾げるソニアに、グリムズは肩を竦めて息を吐いた。
「しかし、未来視ね。……兄上なら欲しがりそうだな」
「『ああ。お兄さんいるんだっけ』です」
「前に『グリムズが某国の元王子』とかいう与太話とセットで聞いた奴ね」
「与太話じゃねえよ」
「でも与太話だった方が『こんなギャンブル狂いが王子様』って話よりもかなりマシじゃない?」
「お前な……。くそっ、否定しづれえ……」
自分でも『そうかもしれん』と思ってしまい、グリムズは髪を掻いた。
「……まぁ、兄上がここにいれば、その未来視の議長とやらを欲しがっただろうぜ。もしもデンドロの外のことまで予知できるなら、いくらでも成功できる。それこそ、連れ出せるもんなら連れ出したいだろうぜ」
「そうだね。ロトくじの当たり番号予知してもらったり!」
「…………お前って俗物的だけど平和な奴だよな」
「褒めてる? 喧嘩売ってる?」
「褒めてる褒めてる。だからクロックダイル起動は止めろ。カーバインがすっ飛んでくる」
グリムズとアスマは、左手の紋章を掲げ始めたソニアを「どうどう」と宥めた。
なお、件のカーバインは現在エリザベート達の護衛だ。他の<AETL連合>メンバーにしても、エイリーンに同道する侍女達の受け入れに忙しく、土木作業中の<童話分隊>は放置されている。
「とはいえ、ゲームの中から連れ出すなんてのは、土台無理な話だけどな」
「あったり前じゃん。それにRMT禁止法でゲーム内アイテムの換金もできないんだもん。こっちでいくら未来が分かっても、リアルでは一銭にもならないって」
VRMMOが発表される前後で法整備されたRMT禁止法により、金銭とゲーム内アイテムの取引が許可されるのはゲームをリリースした企業のみだ。
技術進歩に伴っていずれは生活基盤にすらなりえると予想されたVRMMOを、後ろ暗いマネーロンダリングや詐欺の温床としないための国際法だったと言われている。
もっとも実際にその価値のあるVRMMO……<Infinite Dendrogram>が登場するには、法整備からしばらくの時が必要だったが。
「そうだな。今回ばっかりはソニアの言う通りだ」
「でしょ」
そうして、脱線の多かったこの話は終わった。
ジミニーが『聞いた』この街と議長の間の確執も、結局彼らにはそれほど関係のある話ではないだろうと結論付けた。
もしも今後何か騒動が起きるならば、この街に近づかなければいいだけ。
本題も、脱線した与太話も、自分達の未来には関係ない、と判断したのだ。
「…………」
しかしそれでも、とグリムズは思う。
もしも、この<Infinite Dendrogram>に、自分の兄がいたならば。
そして未来視の議長の存在を知り、彼女の力を『外』に持ち出せる手段があるならば。
兄や、兄の友人達は……万難を排してでもそれを成し遂げるだろう、と。
◇
<童話分隊>がラピュータの島部分で土木作業に勤しんでいる頃、城の入り口部分……トラクタービームのエントランスでは<AETL連合>が入城チェックを行っていた。
貸与された《看破》と《鑑定眼》のアイテムで調べているのは、エイリーンの世話係として黄河に同道する侍女達だ。
侍女の中に暗殺者が紛れ込んでいるケースや、運ぶ荷物に爆弾が忍ばされているケースを想定しての検査である。
そんなことになれば国際問題であるし、ウィンターオーブにする理由もないだろうと今回のクエストの責任者であるグレイも考えている。
しかし、第三者が介入しないとも限らないため、厳重な検査をするに越したことはない。
なお、人手が足りないためチェックの人員は<AETL連合>である。
彼らは《看破》で侍女達のステータスをチェックし、《鑑定眼》で所持品やエイリーン用の荷物を調べ、《真偽判定》での質問を行い、最後に『蒼龍やエリザベートに危害を加えない』ことや、『護衛クエストを妨害しない』ことを明記した【契約書】にサインさせた。
崇拝するエリザベートの安全に関わることなので彼らのチェックは厳しい。
とはいえ、身体検査や下着などのチェックは女性メンバーで行うなど配慮もしていたが。
「カーバインさん。報告です」
「聞こう」
そうして一通りのチェックを終えた後、カーバインに結果の報告がなされた。
カーバイン自身は検査に加わらず、エントランスから通路を幾つか挟んだ先のとある扉の前に立っていた。
それは貴人達の生活ブロックに繋がる扉。
彼はエリザベートの帰還時からここで護衛を続けていたのである。
「エイリーン・ローグ嬢の侍女は総勢十六名でした」
「ふむ。殿下の連れてきた侍女より多いな。それで?」
「不審物の持ち込み無し。複数人の《真偽判定》を通した『破壊工作や情報収集、暗殺を目的とした者か』という質問も問題なし」
「《看破》は?」
「危険なジョブは何も……と言うより、誰もジョブに就いてはいません」
「……こちらもか」
カーバインはフルフェイスヘルムに覆われた顎に手を当てつつ、訝しむ。
先刻、ウィンターオーブの街に降りた際も衛兵達にジョブがないことは気になっていた。
街の住人全て、ではない。
職人や鉱夫達は、ちゃんとそれぞれの仕事に適したジョブに就いていた。
「衛兵はあのパワードスーツがあり、侍女もジョブがなくともリアルの侍女と同じことはできるだろうが……」
基本的に、この<Infinite Dendrogram>の二大法則であるジョブと<エンブリオ>はどちらも『上乗せ』だ。
ベースとして――ある種のティアンは例外であるものの――リアルの人類と大差ない肉体があり、そこにジョブや<エンブリオ>で性能が上乗せされる。
あって困るものではなく、むしろあればあるほど良い。
そしてティアンであれば就けるジョブの数や種類は才覚で異なるが、『一切のジョブに適性がない』ティアンは……少なくともカーバインは知らない。
ならばなぜウィンターオーブの人間、それも衛兵や市長邸の侍女といった権力者に関わりやすい者ほどジョブに就いていないのか?
あまりにも不可解であった。不気味ですらある。
「その点については質問したか?」
「はい。『当主様のお言いつけです』、と。市長邸に雇用される条件のようです」
「当主……ローグ市長か」
あの街の最大権力者からの指示。
ならば何らかの宗教か思想の問題であろうかと、カーバインもグリムズ同様に考えた。
身分が明確なトップダウン構造であるならば、トップの思想が下に強制されるというケースは地球の歴史でもよくある話だ。
とはいえ、この<Infinite Dendrogram>で『ジョブに就かない』ことはあまりにも致命的であり、思想だとしても『なぜそうするか』には謎が多い。
「……暫くは内に目を光らせておこう。他には何か」
「そうですね。ああ、侍女のほとんどは十代か二十代の若い人達だったんですけど、一人だけお婆さんがいました。七十歳くらいですね」
「ふむ……」
この<Infinite Dendrogram>で一般的な人間範疇生物の平均年齢は、先進医療の発展した地球よりも低い。回復魔法や外科医術も老化にはさほど意味がないためだ。
それゆえ、七十歳ならばかなりの高齢者と言えた。
余談だが、一般的な……と区切った理由はエルフなどの長命種もいるためだ。
そして【大死霊】化などで人間から外れて延命する場合もこれには含まれない。
「侍女達のまとめ役か、令嬢の教育係といったところか」
「かもしれませんね。……でも、留学なら数年間は黄河でしょう? ご高齢ですし、あちらで亡くなったらどうするんでしょう……お墓とか」
「ご遺体用のアイテムボックスに入れれば腐らん。市長令嬢のご帰国に合わせ、連れ帰ることになるのではないか。その老婆に限らずな」
「あ、そうか」
街の外でティアンの死に立ち会いでもしなければ、こうしたことには気づきにくい。
カーバインにしても、前回戦争で死亡した兵士の遺体を兵士の仲間達が回収していたのを見た経験から覚えていた。
「…………」
カーバインは鎧の内側で溜息を吐く。
<AETL連合>の発足は前回の戦争時だ。国から報酬を提示されなくとも、自らの崇拝するティアンのために集った者達が数の力でランカークランを作り、戦争に参加した。
カーバインもパトリオットの助力でレベルをカンストし、ビルドも完成させていた。
しかし、結果は惨憺たる有り様であった。
結局、彼はあの戦場で守るべきものも守れず、自らの慕う王女を悲しませている。
(あのときの不甲斐なさを思い出す。【獣王】に轢き潰された無様も。王をむざむざ死なせた無念も。敵をどれほど倒したところで……我々は何の目的も達成できなかった)
通信での報告によれば、一日目の時点で王都の<AETL連合>は壊滅状態だという。
パトリオットも死に、メンバーも過半数が倒れ、今は残ったメンバーで支援活動をしつつ、ヴォイニッチが単独で破壊工作に動いている、と。
(我々は、今度こそ役に立てるだろうか)
カーバインはそっと背後を振り向く。
(パトリオットよ……お前はどうだった?)
自らの護る扉を見やりながら、カーバインは既に退場した戦友に心の中で問いかけた。
To be continued




