第二話 予期せぬ再会
■<北端都市 ウィンターオーブ>郊外
「……あれは」
【サードニクス】に乗ってウィンターオーブを目指していたラスカル達。
しかし、じきに到着するという頃になって、地平線の上に浮かぶ巨大な島とも城ともつかないものを見た。
「ラピュータ……第三皇子の護送クエスト中の筈。寄港したのか?」
カルディナに探知されないため作動中だった複数のステルス装置の動作を確認しながら、ラスカルは見覚えのある<超級エンブリオ>を見上げた。
そしてラピュータの形状に変化がないため、あちらに気づかれてはいないと判断する。
「例の黄河のサポメンからの情報にはなかったんですか?」
「この護送は第一皇子の管轄らしいからな。スケジュールまでは把握していなかった。ウィンターオーブに寄港する、などという話もな」
「王国の方からは?」
「……王国では正規メンバーもサポートも死に過ぎてな」
オーナーのゼクス、正規メンバーのガーベラ、そして王都テロに参加した改人達。
他にも幾人かいたのだが、いずれも今回の戦争前にほぼ全員死んでいる。
それらの報告が上がったときは『呪われてるのかあの国は』と思ったものだ。
実際は数多の策謀の中心地であったゆえに、他の思惑によって消されるケースが多かったのである。ある意味では、呪われているとも言えた。
しかしラスカルは『まぁ、カルディナにいても俺は死に掛けたか……』と思い直し、ふと気づいて両手で自らの肋骨のあたりを触った。
「…………」
「ご主人様、どうかしたんですか?」
「……【サードニクス】が前よりもマシな乗り心地になったな」
長時間高速移動した割に『肋骨が折れていないし、内臓も潰れていない』と今更ながらにダメージの少なさに気づいたのだ。
複雑にステップする戦闘機動でないとはいえ、先日とは大きな違いだった。
「えへへ♪ そうでしょうそうでしょう! 新しくGを低減する機構を設計して取り入れたのです! モヤシ系統超級職なご主人様が乗っても大丈あいたたたた!?」
「誰がモヤシ系統だ」
ラスカルがマキナの顔面をアイアンクロー(義手)で掴んだ。
生身ならともかくマキナ製の義手なので流石にちょっと効いたらしい。
(……しかし、相変わらず簡単に言う奴だな)
言動もやらかすこともポンコツの所業だが、技術者としてのマキナは『超』が幾つもつく一流である。その技術力の高さはラスカルも全幅の信頼を置いていた。
もっとも、彼女がこの短期間で【サードニクス】を改修したのはラスカルのためだ。
【エルトラーム号】での戦いで【サードニクス】の全力を発揮した反動でラスカルは傷つき、さらには【ホワイト・ローズ】に敗れたことで腕を一本失った。
その失敗を自らのものと受け取り、今後同じリスクを下げるために演算能力をフルで回してコクピット周りを設計し直したのである。
「ちなみに、改修で妙なものを積んだりはしなかっただろうな?」
「プログラムをいじったくらいですね。そっちも万全です」
「そうか」
それを聞いて、ラスカルはパッと手を放した。
マキナは寸前まで顔面を掴まれていたことを気にする風もなく話を続ける。
「あ、操縦サポートも入れておきましたよ。私が動かすときは要りませんけど、ご主人様が独りでかっ飛ばしたくなったときはどうぞ」
「そんな予定はない」
「盗んだバイクで走り出したいお年頃では!」
「そんな年齢じゃないし、そもそも【サードニクス】はお前込みで俺の所有物だろうが」
「……ですね!」
ラスカルは憤慨していたが、マキナは嬉しそうな顔でラスカルの言葉に頷いた。
ウィンターオーブに近づくにあたり、ラスカルとマキナは【サードニクス】を格納した。
流石に目立ちすぎる上に、先日の【エルトラーム号】の事件で存在が周知されてしまっている。
ゆえに街から見える前に小型の砂上艇に乗り換え、ラスカルは容姿を偽装する装備で正体を隠す。エミリーと張も使っていた代物だ。
そして装う身分は『希少鉱石を目当てに砂漠を旅してきたティアン商人』。ウィンターオーブではありふれた存在だ。
「街に入ったら宿に篭りながら小型ドローンで情報収集だな」
「ふっふっふ。私が開発したステルスドローンにお任せあれ! ……まぁ【煙水晶】の真似っ子省エネ版ですけど」
<IF>のサポートメンバーである【幻王】リヒテル。彼の所有する【煙水晶之暗殺者】は三代目フラグマンの開発した煌玉蟲だ。
しかし、その小型ステルス機の技術自体は初代フラグマンの助手をしていた頃のマキナが知るものより発展していたため、参考にしてフィードバックしたのである。
「でも真昼間からホテルに籠もる男女って絶対えっちぃことしてるって思われますよねってあいたたたたた!?」
「それはお前のAIが爛れているだけだ。長旅で疲れたから横になりたい奴も多いだろう」
二度目のアイアンクローである。
『二回やっといてあれだがこいつ痛覚あったか?』とラスカルは思ったものの、『まぁ妄言は止められたしいいか』と深く考えないことにした。日頃のツッコミ疲れである。
「うーん、私としてはもうちょっと凝ったお仕置きの方が……」
「何か言ったか?」
「いえ何も! さあさあ、早く街に入りましょう! 探し物を見つけないと!」
「……そうだな。ああ、街に着く前に一度仕舞うぞ」
「はーい!」
直後、マキナの姿は消えてラスカルの手の中には一枚の歯車が残る。
それがラスカルの<超級エンブリオ>であるデウス・エクス・マキナの本体であり、それと繋がった煌玉人であるマキナはいま内部に格納された。
歯車はそのまま、容姿偽装で見えなくなっている紋章に仕舞いこむ。
偽装するよりもこうして隠した方が見咎められるリスクは低い。
(……出しておくとボロが出そうだしな)
今回の目的は潜入と捜索でもあるため、必要な人材であると同時にミスマッチだった。
容姿を誤魔化しても言動で怪しまれかねない。当然の判断だった。
◆
それから一人になったラスカルは砂上艇を操船し、街の入り口に辿り着く。
ウィンターオーブ周辺はカルディナでも北端であり、砂漠化していない土地も多い地域。
だが、街はあえて砂漠に面した区画も作られている。
カルディナの一般的な交通手段である砂上艇で乗り入れられるようにするためだ。
『一時停船してください。通行パスがあるならば提示をお願いします。パスがない場合は臨検と入港管理局手続きの必要があります』
そして砂上艇の港に向かったラスカルを待っていたのは、巡視艇に乗った衛兵による検問だった。
ただ、他の都市よりも少し厳重に思えた。
(ウィンターオーブは鉱石の盗掘や密輸を警戒している街。こうした検問も当然、ということか?)
あるいは、ラピュータの寄港……黄河の第三皇子や王国の第二王女が来訪しているため、警戒が厳重になっているのかもしれない。
しかしラスカルは何食わぬ顔で停船し、船上から一枚のパスを見せる。
ここで提示するのは、カルディナ議会の発行した最上級の通行パスである。
いわゆる特権階級の証であり、カルディナに属する全ての都市にフリーで入れる代物だ。
偽物ではない。議員を務めるサポートメンバーから手に入れた正規品である。
ギブ・アンド・テイクの関係だが、<IF>のサポートメンバーは様々なところに入り込んでいる。
「……確認しました。こちらの船について来てください」
「ああ」
船を近づけて乗り込んだ衛兵は、パスが本物であると確認して頷く。
そのまま巡視艇によって砂上艇の進路を誘導された。
「そちらの桟橋に停泊を。船舶を格納できるアイテムボックスはお持ちですか?」
「ああ。問題ない」
ラスカルは指示に従って砂上艇を停泊させ、港の桟橋に降りる。
そして自らの乗っていた船をアイテムボックスに格納した。
その直後、
「――動くな」
――彼の周囲を取り囲んだ衛兵が銃を向けていた。
「…………」
「両手を上げろ。妙な動きはするな」
先刻までの丁寧な対応とは打って変わり、厳しい口調で銃を向ける衛兵達。
ラスカルは無言のまま両手を上げ、状況の激変について思考を巡らせる。
(パスは正規のものだ。そこで問題は発生しない。だとすれば、マキナの用意した偽装が見破られ、俺がラスカル・ザ・ブラックオニキスだとバレたか? あいつの偽装を見抜ける手合いがいるなら、少しばかり面倒だが……)
ともあれ、彼も<超級>の一角。
このような状況でも手の打ちようはある。
紋章からデウス・エクス・マキナを出すまでにワンアクション。
そこからドローン群を射出するまでにツーアクションだ。
(しかし、俺だと分かっているならば手の内も読まれているかもしれず……何より腕の立つ奴がいる可能性も)
ラスカルがどう対応するかを思案している間に……。
「……冷静だな。あのパスを持っていた点といい、やはりただの商人ではなく議長の回し者か」
「…………?」
話の流れ……相手の反応が自身の想定とズレていくのを感じた。
「監査か。証拠を押さえるためのスパイ。……それとも、大義名分を作りに来た工作員か?」
(……何の話だ?)
間違いなく何らかの勘違いが発生しているとラスカルも察したが、しかし情報がないのでそのまま話を聞き続ける。
「この街を探っていたお前の仲間も、朝方捕まったぞ」
「…………」
なお、当然のことながらラスカルの仲間は今ここにいない。
しかし、凡その話は察しがついた。
(回し者という発言からして随分と議長を警戒している。……まさか反議長勢力か?)
カルディナは都市国家連合であり、大小様々な都市の集合体だ。
それらはこの砂漠に点在し、大枠はカルディナに属しても内部は異なるケースも多い。
そして、あのコルタナがそうだったように、カルディナに属していても今の議長……ラ・プラス・ファンタズマに反目する都市は当然ある。
(しかし、議員やリヒテルからそんな情報は上がっていなかったが……巧妙に隠していたということか?)
王国がそうであるように、<IF>のサポートメンバーもあらゆる場所にいるわけではない。
カルディナにおいても珠の事件現場となりうる街に予めサポートメンバーを置いていないからこそ、張やエミリーを現場に出向かせていたのだ。
そしてカルディナにおいて<IF>の情報収集の最たるものは首都ドラグノマドの様子を探るリヒテルと、議会の動きを知らせるとある議員の二人である。
つまり、ウィンターオーブは少なくともドラグノマドや議会の参加者からは反議長勢力と気づかれていなかったということだ。
(そして俺が拘束されたのは、パスを使ったから……だけではないな。黄河第三皇子の来訪、そしてこの街を探っていた仲間……議長勢力の活動で警戒を強めていたところに、時を同じくして議会のパスを使って入ろうとしたため俺も議長勢力と疑われたか。とばっちりだな)
どうしてこうなっているかはおおよそ分かったが、実に皮肉な話だ。
ラスカルは議長直下の<セフィロト>と幾度も戦った、言わば議長の敵である。
その彼が、こうして議長の手下扱いで拘束されようとしているのだ。笑えない。
(だが、仮に今回の対処が俺を対象としたものでなければ……このパス持ちを強引に拘束する時点で議会での吊るし上げは必至。それにも構わず実行する……か。まだ何かあるな)
このウィンターオーブで何事かが起きようとしているのは間違いない。
それに際して、ラスカルは如何すべきか。
(正体を明かしたところで指名手配犯。状況は変わらない……むしろ悪化するか? ここはやはり早々に衛兵を制圧。偽装容姿を切り替えて潜伏を、……?)
そう考えてデウス・エクス・マキナを出そうとしたとき、ラスカルは衛兵達の持つ銃の仕様に気がついた。
十丁を超えるそれらはいずれも――魔力式銃器だった。
「…………」
現在では生産するジョブがロストしているため、手に入れる手段は限られている。
そして銃器だけでなく、衛兵の身を包む防具も今の時代の代物ではない。
軽量型の……しかし現行の【マーシャル】よりも性能に勝る先々期文明のパワードスーツだ。
そこまで理解して、ラスカルは自らの行動を決めた。
「そうか。観念しよう。逃げも隠れもしない。牢屋にでも何でも連れていけ」
「……妙に物分かりがいいな」
衛兵は訝しむが、《真偽判定》にも反応がないためその発言を信用する。
それから手錠を嵌めてラスカルを拘束し、引っ立てていく。
(大量の魔力式銃器にパワードスーツ。どうやら、マキナの懸念は杞憂ではないらしい)
ウィンターオーブは確実に――<遺跡>を秘匿・発掘している。
その<遺跡>の中身はこれらの銃器とパワードスーツだけか。
あるいは……。
(情報を探るならば、懐に飛び込むのが手っ取り早い)
相手はラスカルの姿が偽装したものとも、ティアンに化けた<マスター>とも気づいていない。気づいていれば、この程度の拘束で済ませるはずがない。
ゆえにチャンスはいくらでもある。
脱出は牢に入った後でもデウス・エクス・マキナを使えば簡単に達成できるため、今は情報を探ることを優先したのである。
◇◆
そうして、街の地下にある牢獄へとラスカルは連れてこられた。
その牢獄は<遺跡>の技術をフィードバックしたらしい機械式の電磁牢であり、『これならデウス・エクス・マキナで簡単に制御を乗っ取れるな』と、想定より有利な状況に今後の段取りを頭の中で整理し直す。
が、彼の想定より良い状況はそこまでだった。
「入っていろ。……お仲間と一緒にな」
そうして、ラスカルは牢の一つに押し込められる。
向かいの牢屋には既に誰かが入っており、それが彼のお仲間……議長の回し者なのだろうと察しはついたが……。
「……誰?」
「…………」
相手は当然のように見覚えがないラスカルに困惑していた。
無理もない。今のラスカルは偽装容姿。誰であっても容姿で分かる訳がない。
ましてやラスカルは議長の回し者の仲間などではないのだ。
しかし、ラスカルの方は相手の容姿をよく知っていた。
年恰好は童顔のラスカルと然程変わらないが、背は彼よりも高い。
身に纏っているのは、軍服とライダースーツが融合した奇妙なデザインの装備。
そして、手の甲が開いたグローブからは雪の結晶のような紋章が見えている。
その<マスター>の名は――ユーゴー・レセップス。
【エルトラーム号】の戦いでラスカルの腕をフッ飛ばした<マスター>。
そんな彼と……ラスカルは檻の中で再会したのである。
To be continued




