第一話 ウィンターオーブ
(=ↀωↀ=)<四日ペース予定だけど再開初日なので連続投稿
(=ↀωↀ=)<あとこの話の前にAEや電子の童話分隊もお読みいただいていると
(=ↀωↀ=)<キャラが分かりやすいかもしれません
□■<北端都市ウィンターオーブ>近郊
その街はカルディナの大砂漠よりもさらに北、<厳冬山脈>に近い位置に築かれていた。
都市国家連合に加盟した国の中でも最北端。カルディナで最も寒冷な土地だが豊かな鉱物資源にも恵まれていることから<冬の宝珠>と名付けられた。
ウィンターオーブの歴史はカルディナそのものより古い。
それこそ、いま戦争の最中にあるアルター王国やドライフ皇国よりもだ。
かつて地竜の大侵攻が起きた後、無人の荒野からローグ家の初代当主が希少鉱石の鉱脈を見つけ、街を築き、それが都市国家になるまで発展。
動乱の三強時代には矛を交える前に【覇王】の傘下に加わって属国となったとされる。
そして当時の二大強国であったアドラスターと黄河の戦場にこそならなかったが、【覇王】と【猫神】が戦った逸話はある。
また、突如として現れた巨人に両者が協力して挑んだという眉唾物の伝承もある。
しかしその流れの中で、この都市は生き残った。
奇跡的な舵取りとバランスで国家最大の危機とも言える三強時代を乗り切り、アドラスターの崩壊後は再び独立した都市国家に戻ることができた。
それからまた暫くの時を平穏に過ごした後、カルディナの連合に参加したのである。
◇
長い歴史を経てきたウィンターオーブ。
しかし、今日はいつもと違う空気が漂っている。
その理由の一端は、街の傍に浮遊していた。
太陽の光を遮りながら浮かぶ巨大な島……ラピュータである。
そして王都でもそうしていたように、街中の一角に光の柱を伸ばし、何人もの<マスター>がその中をエレベーターのように降りている。
ウィンターオーブに寄港したラピュータはここで半日停泊する。
黄河として市長との会合を行う必要あってのことだが、護衛の<マスター>達もこの街で一時的な休息を許可されている。
王国にはない珍しいアイテムを求め、市場に向かう者も多かった。
ただ、そんな者達とはいささか趣を異にする者達もいる。
「わっせ、ほいせ」
ラピュータの城の外……土台である島の部分で一人の女性<マスター>が穴を掘っていた。
スコップではなく園芸用こてで浅い穴を掘り、その中に小さな欠片を入れて埋め直す。
傍目にはガーデニングのようだが、埋めているのは植物の種ではなく……様々な金属のクズであった。あまりにも奇妙な行為である。
「キビキビ掘れよー」
そうして作業する女性に、島に植わった樹木の枝に腰かけながら男性の<マスター>がエールというにはやる気のない声をかけた。
「グリムズも手伝ってよ!」
「こっちはマッピング中だ。ソニアにこっちの作業任せたらミスだらけでやり直しになっただろうがよ」
女性<マスター>……ソニアの文句に、男性<マスター>……グリムズも文句で返す。
彼らは今回の護衛クエストに参加したパーティの一つ、<童話分隊>の<マスター>だ。
グリムズは“トーナメント”九日目の優勝者でもある。
彼女達<童話分隊>は珠の<UBM>討伐にも成功しており、今回の護衛の面子でも有力者に分類されていた。
が、どうしてラピュータの地面を掘り返しているのかは謎である。
「うぅ……リアルな感覚の肉体労働……。……私が買い出し担当でもよくない?」
「ねーよ。絶対余計なもん買い込むだろ。浪費系地雷女」
「それ地雷女の意味変わるよね!? ていうかグリムズは如何なのよ!」
「生憎だったな。ウィンターオーブは賭博場がねえんだよ」
「下調べしてるじゃん! あったら行く気満々だったじゃん!」
そんな風に言い合いを続ける二人は、当然周囲からも悪目立ちし……。
「そこで何をしている?」
護衛クエストを受けた他の<マスター>に職質……もとい詰問された。
声の主はフルプレートの鎧を着込んでおり、地肌は少しも見えない。
鎧は白く輝き、形状も実用性より美しさを重視したデザインだった。
その鎧に、グリムズは見覚えがあった。
(ラピュータに乗り込んだ<AETL連合>のまとめ役か。名前は、カーバインだったな)
今この地にいる者は<AETL連合>の内、エリザベートのファンの集まり。
超級職ではなかったはずだが、規模としては護衛で最も大きい集団のリーダーだ。
また、黄河移籍後には新クランのオーナーとなる予定の人物でもある。
エリザベートの護衛、そしてストー……見守りのために国すら跨ぐロリコ……戦士達のリーダーだ。
当然、護衛範囲内での露骨な異常は見過ごさない。
「えーっと……防衛のための準備を少々……」
詰問されたソニアはそう述べるが、しかしそれは傍目に苦しい言葉である。
飛行要塞の庭園に穴を掘ることがどうして防衛に繋がるのか。
落とし穴にしては余りにも深さが足りず、そもそも埋めてしまっている。
しかも埋めているのもトラップではなく金属クズである。
外野からは理解不能だった。
『怪しい』と断言できるほどに。
「……カーバインさんよ。その剣呑な気配を収めてくれねえかな?」
「王都に残った元同士達……<AETL連合>の面々から通信で聞いた話だが。昨日から始まった戦争、王都では皇国に寝返った連中に襲われたらしい」
「……もしかして疑われてます?」
カーバインは頷いた。傍から見れば無理もない話である。
「寄港で人の少なくなったタイミングで怪しげな行動をしていればな。どうして街に降りない? 王国や黄河では手に入りにくい物品も扱っているらしいぞ?」
「「金欠なので」」
<童話分隊>は金欠に悩まされるパーティである。
ソニアは観賞用のマジックアイテムを買い込む浪費癖があり、頻繁に財布が底を突く。
グリムズは博打好きだが博打に弱く、所持金は常にマイナス。
それゆえ、金銭欲しさに報酬が良いこの護衛クエストを受けたのである。
なお、二人のパーティメンバーであり、面倒を見ているアスマはこの場にいない。二人には任せられない買い出しを担当している。
「そう言うアンタはどうなんだよ? ここに居残ってるじゃないか」
「私は殿下の護衛第一だ。休息など不要」
誇らしげに言うカーバインに、ソニアは「うわぁ……」という顔をした。
「噂通りのご執心か。しかし分からねえな。この飛行要塞は姫様の嫁入り行列みたいなもんだろう? アンタは推しの姫様が特定個人とくっついてもOKなのか?」
「…………」
その問いに、カーバインは腕を組んで少し考える様子を見せた。
なお、その間にソニアが「嫁入り行列って何?」と首を傾げ、グリムズが「百年近く前、昭和中期頃までの日本の結婚習慣の一つだ」と答えた。外国の大昔の結婚習慣を把握しているあたり、雑学に詳しい男である。
「そうだな」
そしてカーバインは腕組みを解き、一度自らを納得させるように頷いてから応える。
「婚約者が美少年のツァンロン氏で良かった。まだヴィジュアル的に許せる」
「何様目線だよ……」
「ちなみに相手が皇子様とかけ離れた……例えばヒゲでデブで汗っかきでロリコンの中年おじさんだったらどうしてたの?」
ソニアが恐る恐る手を挙げながら、問わなくてもいいことを問いかける。
「そのときは檻に入る人間が一人増えるだけだ」
そしてそれに対する返しは即答であった。
((あ、こいつやべー奴だ))
相手を檻に叩き込むのか、それとも自らが“監獄”に入るのか。
どちらにしても、王族間の婚姻に私情で殴り込む気満々の回答である。
「美しいモノに、醜いモノが触れてはならんのだ」
「……ま、アンタがどういう人間かは分かった。でもよ、肝心の姫様の方は街に降りたみたいだぜ?」
「…………何?」
疑問の声を漏らしたカーバインに対し、グリムズは木の上から下方……ラピュータの縁の先に見える街並みの一角を指差した。
指し示された先には、ツァンロンと迅羽を伴なって街を歩くエリザベートの姿が確かにあったのだった。迅羽がいるのでとても目立つ。
「殿下ぁ!? 只今護衛に参ります!」
そしてその姿を自ら確認するや否や、カーバインは――ラピュータの縁から眼下のウィンターオーブの街へと飛び降りた。
トラクタービームを使わず、ロープもパラシュートもないスカイダイビングである。
「ちょ、えええええ!?」
眼前で起きた投身自殺にソニアは腰を抜かした、というかドン引きした。
しかし、グリムズは少し目を見開いただけで、そこまで驚いた様子もない。
「……ロールなのかマジなのか分かんねえな、あれ」
「ぐ、グリムズ! あの人、落ちた! 落ちたけど!?」
「ま、死なねえだろ」
「死ぬって!? 人間だもん死ぬって! 高度低くしてるけど余裕で高層ビルくらい高いよ!? あの人が死んだら私達が突き落としたって思われない!? 吊るし上げられない!? それでクエスト失敗とか嫌なんだけど!?」
慌てふためくソニアに対し、グリムズは「やれやれ」と首を振る。
「死なねえよ。あれでも『上級職だが準<超級>』って認定されたタイプの実力者だぞ。この程度の落下くらい自力で何とかするだろ」
「え、あれが!?」
それは王国屈指のPK、バルバロイと同格の猛者ということだ。
しかし先ほどまでの言動もあり、ソニアには想像できない話だった。
「戦闘力なら元王国第二位クラン<AETL連合>のナンバーツーだった男だとよ」
つまりは【鎌王】ヴォイニッチに次ぐ実力者である。
「あんな変態っぽいのに?」
「性癖と強さは別の話ってことじゃねえか? 俺達も浪費癖と博打癖だしな」
「ロリコンと一緒にしないでくれる!?」
ともあれ、ソニア達の行動に言及するカーバインがいなくなったので、二人は防衛のための土木作業を再開するのだった。
◇◆◇
□■<北端都市 ウィンターオーブ>
ウィンターオーブは鉱石の採掘・輸出による外貨の獲得でカルディナの中でも潤沢な財を持つ都市であり、市内のインフラは整っている。
ゆえに憩いの場である市民公園もそれなりの敷地に幾らかの遊具が置かれ、子供達をはじめとする多くの市民が行き交っていた。
しかし今日このときの子供達は遊びもせず、あるものに夢中になって集まっている。
子供達の中心に立つのは指揮者の装いをした老人であり、引き連れた四体の<エンブリオ>の演奏を人々に聞かせている。
彼は【奏楽王】ベルドルベル。
元は<叡智の三角>の<マスター>だったが、今はエリザベート護衛のためラピュータに乗船した人物である。
とはいえ、彼の戦闘スタイルは迎撃向きであっても護衛向きではない。
街中に降りたエリザベートの護衛は迅羽に任せ、時間が空いた今は普段と同じように見知らぬ街の人々に演奏を聞かせている次第だ。
(……ふむ)
しかし演奏を指揮するベルドルベルは、どこかピリピリとした雰囲気を感じ取っていた。
それは街の大人達、特に衛兵から感じるものだ。
ベルドルベル達に近づいてくる子供達は純粋に聞きほれている様子だが、遠巻きに聞いている大人の幾人かは緊張の気配が解けない。
武装した衛兵らしき者達が放つ気配は、どこか攻撃的なものですらある。
職業柄、聴衆には敏感な彼だからこそ気づいたことだ。
(突然あんな飛行要塞で乗りつければ無理もないかもしれん。しかし、それにしては妙な気配だ。住民の敵対心や警戒心は……飛行要塞より降りてきた我々には向けられていないように思える)
むしろ、何かを期待しているようにさえ見える。
(さて、我々は如何なる思惑の渦中にあるのか)
此度のラピュータの寄港は事前に市長から告げられていたらしい。
ゆえに、実物を見た衝撃はあっても混乱はなかった。
そしてラピュータから降りる者が王国や黄河の<マスター>であるとも告げられている。
(住民にとっての『敵』は王国や黄河ではないのだろう。では何を『敵』と? ……答えは出んな。今はこの辺りにしておくか)
考えても答えは出ない。
ゆえに気に掛かりつつも、演奏に集中しようと考えたとき……。
『♪~』
「?」
不意に、演奏以外の音が加わった。
それはベルドルベルやブレーメンの意図しないタイミングで差し込まれた歌声だった。
しかし、そのメロディはあまりにも自然だった。
初めからここで歌が加わる段取りだったかのように、違和感なく音が乗る。
まるでベルドルベルの指揮の意図を完璧に読んでいるかのようだった。
「…………」
見れば、ベルドルベル達を囲む子供達の後ろに、一人の男が立っている。
腰に歪な刀剣を提げながら、片手で乳母車を押す奇妙な長身男性。
歌っているのは、彼の肩に立っている複眼の妖精だった。
一人と一体の名は、アスマとジミニー。
ラピュータに居残っているソニアとグリムズと同じ、<童話分隊>のメンバーである。
「♪~」
歌うジミニーはモンスターであり、種族は【コーラス・インセクト】。
本来はレジェンダリアに生息し、心を読み、他の生物の言葉を学び、群れで催眠歌を合唱する危険指定種だ。
しかし今はベルドルベル達の演奏の意図を読み、それに合わせて歌っている形だ。
「♪~~」
理由としては、『良い旋律だったのでついつい歌いたくなった』というところだ。
元より歌うことを本能に持つモンスターゆえの性質と言えるかもしれない。
そうして突然の乱入ながらも見事にマッチした歌唱に子供達も喜び、ベルドルベルも演奏を阻害しない歌声を良しとし、そのまま人と<エンブリオ>とモンスターのコンサートは数曲続けられた。
◇◆
「…………」
「『突然の乱入すみません』です……。とっても気持ちいい音だったから混ざりたくなったのです……」
演奏後、繰り返しアンコールを望む子供達に見送られながら二組は共に公園を去った。
道すがら、演奏への乱入をアスマとジミニーが詫びる。
もっとも、アスマは<Infinite Dendrogram>では無口であるため、彼の言葉は思考を読んだジミニーの代弁だったが。
実を言えばベルドルベルもそうしたことはよくやる。戦闘中は彼の声が演奏にかき消されてしまうため、ブレーメンの発する音波に代弁させているからだ。
しかし、日常から代弁させているのは筋金入りだと思わないでもなかった。
「いや、良い歌だった。こちらもより演奏にハリが出たとも」
ともあれジミニーの歌声のお陰でより聴衆が沸いたのも事実であり、感謝していた。
「見覚えがある。君も護衛の<マスター>の一人だったかな」
「『ええ。友人達と護衛クエストに参加中です』なのです。……グリムズもソニアもお金遣いが荒いから高収入のクエストに飛びついたのです」
「ふむ。たしかに提示されていた報酬は高かったな」
「『うちはテイムモンスターも多いので、食費も掛かりますしね』です。創造主様の出費は必要経費だからあの二人とは違うと思うのです……」
ジミニーを含め、アスマが保有するテイムモンスターは彼の押す乳母車……<エンブリオ>である【超獣母神 ガイア】の卵から産まれた存在である。
ゆえにジミニーはアスマを『創造主様』と呼んで慕っている。
しかしそうして彼を慕うモンスターが次々に増えるため、彼のデンドロにおける生活費は非常に圧迫されていた。
「なるほど……」
ベルドルベル自身はかつてのフランクリンの事件での贖罪も兼ねた参加だが、他の<マスター>には他の<マスター>の事情があるなと頷く。
そうしてふと、お互いにとってメリットのある提案を思いついた。
「私は個人での護衛参加になるが、慰労の音楽家も兼ねている。君さえ良ければ第二王女の前での演奏でも今日のように助力してもらえるとありがたいのだが……どうだろうか? 無論、報酬も出すが」
「!」
アスマは無言だったが、その表情は驚きを表していた。
ベルドルベルとしても単に金欠らしい彼らへの助け舟を出したわけではなく、ジミニーの歌声はブレーメンの演奏と非常にマッチしたものであり、音楽としての質を一段変えるものだった。
カルチェラタン伯爵夫人から「殿下のための演奏を」と頼まれた身として、より良い音楽鑑賞の機会を与えられるならばそれに越したことはない。
そもそも「経費に」と多めに報酬を貰っているため、使い時だろうと考えた。
「…………」
「創造主様! 私はもちろんオーケーです! 甲斐性のあるジミニーですよ!」
アスマは「どうしようか」という顔でジミニーを見たが、彼女の方は乗り気だった。
彼女の反応に、アスマも「それならば……」と了承を決意する。
「『よろしくお願いします』なのです!」
「ああ。良い演奏にしよう。きっと喜んでもらえる」
こうして、黄河行きの旅路、ラピュータの中でもブレーメンとジミニーのコラボレーションが開催されることに決まったのだった。
To be continued




