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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第七章 女神は天に在らず

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第一〇三話 意地

(=ↀωↀ=)<本日二話目


(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から

 □■王国東部・交易路・森林地帯


 《ジェノサイド・コンドル》の自爆によって一時的に行動不能、あるいは吹き飛ばされていたティル・ナ・ノーグ達だが、再生能力によってすぐに機能を復帰させる。

 一糸乱れぬ動きで一〇〇体のティル・ナ・ノーグは動き、《毒装態》のハイドラと連携して三人を仕留めんとする。

 難しい話ではない。動きを抑え、ハイドラが接触すればそれで終わる。

 さらに【死蛍】もあの爆撃で破損していない。元々爆心地のエルドリッジから離し、さらにエルドリッジの視界を塞ぐために壁となった多くのティル・ナ・ノーグのお陰で、爆風の被害は最小限だった。

 ゆえに、必要に応じて光速斬撃も差し込まれる。

 《ジェノサイド()・コンドル()》によって一度は崩された陣形も、既に先刻以上の強固さで再構成されていた。

 中心点のハイドラと、遠巻きに三重で囲む一〇〇体のティル・ナ・ノーグ。

 その間に在る三人に、既に生き残る術はない。

 そしてティル・ナ・ノーグ達が毒を吐き出す枝を振り上げながら、勝利せんと駆け出して。


「――さて。近づかせはしませんよ」

 ――その前に、一人の男が立ちはだかる。


 【暗殺王】月影永仕郎。

 扶桑月夜に仕え、支える、月の影。

 その彼は今、自らの後輩のために動いていた。

 それも月夜の指示ではあったが、彼の意志でもある。

 そんな彼の周囲では手の形をした無数の影が蠢いている。

 《てまねくカゲとシ(エルルケーニッヒ)》による影の群れ。

 しかし、それはティル・ナ・ノーグを操作するスプレンディダにとって脅威ではない。

 あの影が如何なる性質かはもう分かっている。

 あれは影の物質化であり、同時に接触ダメージを与えるオブジェクトでもある。

 ならば、ティル・ナ・ノーグには問題ない。

 手足を掴まれようと、ステータス差で振り切る。

 掴まれた部分を接触ダメージで崩されようと、再生する。

 人間であれば触れるだけで手足を取られる脅威であろうと、損害が損害になりえないティル・ナ・ノーグにとっては障害たりえない。

 月影のエルルケーニッヒ(影の群れ)では、ティル・ナ・ノーグ(命の群れ)を止められない。

 そしてティル・ナ・ノーグはさらに歩を進め、


「――秘奥」

 ――影の、変化を見る。


 月影が周囲で従う影に手を差し伸べると、数本の影がその掌に流れ込んだ。

 人間大だった影が掌に収まるサイズまで凝縮する。

 その現象を、知る者は知っている。


 ――テリトリーの圧縮である。


 扶桑月夜が得手とするテリトリー圧縮技術。

 彼女と共に研究した月影もまた、その技術の一端を握っている。

 しかしそれは、月夜ともビースリーとも違う形だ。


「《てまねくカゲとシ(エルルケーニッヒ)》――《合葬(アンサンブル)》」

 影が凝縮して変じたソレは――かつて苦無と呼ばれた忍びの武器だった。


 指の間に挟み込み、片手に四本ずつ、両手で八本を構え、囲いを狭めて近づいてきたティル・ナ・ノーグに放つ。

 影の苦無は樹皮を突き破ってティル・ナ・ノーグの体内に届くが、そのダメージはさしたるものではない。

 投擲武器の一つ二つなど堪えぬ体を持つティル・ナ・ノーグはそのまま突き進む。


 ――直後、ティル・ナ・ノーグの体内で爆発的に影が膨張した。


 樹皮の内側から無数の影の棘が突き出し、人型を模したティル・ナ・ノーグの動きを制限しつつ、地面の影と連結して縫い留めている。

 その様は、樹木のゴーレムの内から影の樹木が生えてきたかのようでもある。

 何をされたのかを、スプレンディダは理解する。


 影を凝縮。

 体内に苦無として撃ち込まれた後、『敵の体内』という日の当たらぬ影の中で凝縮した力を一気に解放。

 体の内側から影が食い破り、その動きを物理的に阻害しながら侵し殺す。

 成功すれば、対生物には必殺とも言える技である。

 もっとも、彼の投擲速度を超えて動く者や、影の苦無が貫通しない強度を持つ手合いには使えないが。フィガロや【獣王】との戦いで使わなかった理由はそれだ。


 しかし、彼の投擲より遅く、強度も然程ではないティル・ナ・ノーグならば問題ない。


 さらに両手で八本の苦無を形成。

 流れるような動作で投擲し、さらに八体を行動不能にする。

 ティル・ナ・ノーグは死なないが、影が内側から動きを抑えている間は動けない。

 近づいた端から動きを止められていく。


「…………」


 スプレンディダは即座に計算する。

 自陣営の移動速度と敵陣営の攻撃速度。

 どちらが勝るか。あちらはこの大技をいつまで撃てるのか。


 思考した結果、スプレンディダは戦術を切り替える。

 前を進むティル・ナ・ノーグ達を壁に、後方から【死蛍】を撃ち込む。

 目隠しになっているため、前列のティル・ナ・ノーグ越しに放てば回避はできない。

 そう考えてスプレンディダは【死蛍】を使用……する寸前で止めた。


上空(・・)


 目隠しが目隠しになっていないと気づいたからだ。

 先ほど《ジェノサイド・コンドル》を投下し、今も空に滞空している《カーゴ・ペリカン》。

 それが、チカチカと翼端の航行灯(ナビゲーションライト)を光らせている。

 そのタイミングで、三人が回避行動をとっていた。


(なるほど、合図か)


 あの高度からなら、スプレンディダの布陣も一目瞭然だろう。【死蛍】の発動兆候も読み、タイミングを伝えることができる。

 初手でビースリーの腕を落としておきながら、以降は命中しなかった理由がそれだ。

 今ここで使用した場合、月影に逆手に取られかねない。

 それこそ、【死蛍】の光の斬撃を回避しつつ、開いた射線を通して苦無を撃ち込み、【死蛍】をそのとき所持しているティル・ナ・ノーグごと封じる、といった手だ。

 実際にできるかどうかを考えて、『ありうる』と判断した。

 しかし輸送機を撃墜しようにも、【死蛍】でも射程外だ。

 ゆえに、一手間を加える。


「スキル発動」


 後列のティル・ナ・ノーグ達が、順に毒の霧を噴出する。

 その毒霧は《フェイタル・ミスト》ではなく、単一の毒を噴出するだけのものだ。

 そして毒性も強いものではない。


 特徴は、毒霧の色が濃いというだけだ。


 濃霧と化した毒霧で、上空からの監視を潰した。

 これで【死蛍】の攻撃タイミングを察知する術はない。

 無論、この戦術にも問題はある。差し込む光が弱まったことで、再生速度が遅くなる。

 しかし、問題はない。遅くなろうとも再生自体は続き、攻撃の成功率は跳ね上がる。

 再び、【死蛍】での攻撃準備に入る。

 今度は頭上のペリカンの航行灯に変化はなく、ティル・ナ・ノーグの動きを察知できていない。

 霧の濃度が高まり、上空監視の届かぬ状態。


 しかし、ニアーラもそれに対応した動きを取る。

 攻撃の直前、毒霧の中に数多の物体が突入してきたのだ。


「!」


 それは機械仕掛けの鳥、梟や鴉の群れ。


(これも、彼女の航空機)


 ニアーラのスィーモルグが管理する機械仕掛けの鳥達の二種、偵察用の《スポッター・オウル》と攪乱用の《グループ・クロウ》だ。


(上空から監視ができなくなったから、直接霧の中に『目』を入れてきたか)


 これに対処するのは少し難しい。

 なぜなら、スプレンディダの視点では、正確には鳥の位置がつかめない。

 スプレンディダの視点は一〇〇体のティル・ナ・ノーグの視界をリンク・統合してマッピングしたものだ。霧の外にいる前列のティル・ナ・ノーグ達が視認し続けている三人や上空のペリカンの位置は掴める。

 逆に、霧の中でのマッピングは完全ではない。鳥が霧中のティルナノーグに近づいたときは見えるが、そうでなければステルスの様に見失う。

 濃霧戦術を最初から使わなかったのは、再生速度の低下以外にこのリスクもあったからだ。

 スプレンディダはこの状況にどうすべきかを考え、


(――押し切る)

 ――攻撃を続行すると決めた。


 あちらも霧中での索敵。加えて、発見してから合図を出すまでのタイムラグもある。

 これまでのように正確なタイミングでの合図など出せる訳もなく、この鳥を強行突入させる戦術もスプレンディダを牽制するための策であると判断した。


(けれど、私なら……)


 同時に、スプレンディダは考える。

 自分なら、この動きにさらにもう一つ重ねてコンボを作る。重ねる札をスプレンディダは既に知っている。

 だが、そうであっても攻撃の動きは変えない。

 もしも相手の狙いがスプレンディダと同じであっても、同じであればこそ、時間こそが決め手となる。

 ゆえに、即座に【死蛍】の斬撃を霧中より放つ。

 察知不可能領域からの光速斬撃。


 それは瞬く間にターゲットへと届き――月影を袈裟斬りにした。


 装備の質ゆえか両断までは至らなかったが、重傷を負って膝をつく。

 これはむしろ最も良いダメージだ。致命傷であれば【ブローチ】が発動していた。


(次)


 ターゲットを切り替えて、再び【死蛍】をリレーして構える。

 次はエルドリッジかビースリーか。

 いずれにしろ察知不可能の光速斬撃が再び彼らを襲う、


『――Stehlen』

 ――直前にティル・ナ・ノーグの手から【死蛍】が消えた。


 マヌケな人形劇のように、攻撃役だったティル・ナ・ノーグが空振って体勢を崩す


「……!」


 攻撃の直前に、武器が消失した。

 否、盗まれた(・・・・)

 しかし【強奪王】であるエルドリッジの仕業ではない。

 依然として【死蛍】を運用するティル・ナ・ノーグ達は深い霧の中、彼の視線の通らぬ場所にいる。

 では、何者がそれを為したのか。

 その答えが、一瞬だけティル・ナ・ノーグの観測情報に入る。


 ――それは、鴉の背中に生えた()


 霧の中に飛び込んだ梟と鴉の群れ。

 鴉の内の十機の背には、液体で出来た腕が貼りついていた。

 その内の一本は……【死蛍】を握り絞めている。


 ◇◆


「盗ったっすよおおおおおおお!」


 上空で旋回するペリカンの内部で、少女が両手を振り上げてガッツポーズをとる。

 顔に傷跡のある如何にも盗賊らしい見た目と装備の彼女は、自身の戦果に喜びのあまり絶叫した。

 そう、今しがた【死蛍】に起きた現象は彼女の仕業だ。


 腕の名は、【連動連打 シフス・ゲシュペンスト】。

 <ゴブリン・ストリート>に属するフェイの<エンブリオ>であり、彼女のスキルをコピーして多重発動する特性を持っている。

 使用可能なスキルには当然……【盗賊】である彼女の《スティール》も含まれる。


 そう――【死蛍】はフェイに盗まれた(・・・・)


「いやー、オーナーの読みってマジぱないっすね!」

「ええ。『相手は無尽蔵に再生する<超級>だ。だったら、デメリット武器である妖刀の運用も視野に入る。俺と相対したならば視界を閉ざすなどして、強奪を妨げながら使ってくるだろう。そのときはクロウとシフスのコンビネーション、<泥棒鴉>で突入して奪え』。正にその通りの展開でしたね」

「……オーナーの言葉を一字一句間違えずに言えるニアーラもぱないっす」


 よもや一〇〇体に分裂するとまではエルドリッジも考えていなかったが、しかし事前に見えていた情報から相手の採りうる戦術を予想し、既に対策を指示していた。

 初見殺しの塊である<超級>相手の戦績は悪いが、それでも事前に分析できる事象ならばエルドリッジという男は対策を組む。


「ところであの妖刀、貰っていいっすよね!」

「そうですね。シフスで運用する手もありますし、有効利用できるでしょう。……っ」

「どうしたっすか?」

「いえ、妖刀を取り戻そうとゴーレムが……」

「絶対盗られないでほしいっす!?」


 ◆


(……奪還は無理か)


 自らのメインウェポンでもある【死蛍】を、ティル・ナ・ノーグで取り戻そうとする。

 しかしこの霧の中、小型で機動力のあるクロウを今のティル・ナ・ノーグの操作では捉えきれない。


(切り替える)


 スプレンディダは【死蛍】の奪還を諦め、戦術を更にシフトする。

 最低限すべきこと、月影への攻撃は成功した。あの傷では先刻までのように、接近するティル・ナ・ノーグを次々に行動不能にするような芸当はできない。

 ゆえに、戦術を【死蛍】から先の圧殺に切り換え、包囲の輪を狭めて【極毒】のハイドラで仕留めに掛かる。

 スプレンディダがそのようにユニットを動かさんとしたとき、


 ――巨大な破壊音が響いた。


 ◇◆


 月影と<ゴブリン・ストリート>の二人が奮闘していたそのとき。

 二つの防御スキルを発動して伏したビースリーは、機械の毒蛇を見上げていた。


『VvvvVvvv』


 威嚇するような稼働音と共に、複数の頭が鎌首をもたげる。

 死に至る毒を装甲として纏った蛇。

 この【極毒】とのコンボは、人造の兵器を古代伝説級……あるいはより上位の<UBM>にも匹敵する脅威にまでこの毒蛇を押し上げている。

 恐ろしい相手だ。ティアンやモンスターならば打つ手もない。


 だが、マスターならば……一つの前提を経れば誰にでも打てる手がある。


「――《解放されし巨人(アトラス)》」

 ――ビースリーが、必殺スキルを発動させて立ち上がる。


 <墓標迷宮>での戦いと同様に、最大化した防御力を基準とした莫大な攻撃力の獲得。

 その力を以て彼女は、


「ゥウラァアアアアアアッ!」

 残った右腕で――ハイドラの腹部を殴りつけた。


『Vv、v!?』


 毒で満たされた装甲が砕け、ハイドラの蛇腹が『く』の字に曲がり、……濃縮された毒がビースリーに降りかかる。

 多くの毒は【快癒万能霊薬】で無効化されるも一部の毒は装備を灼き、さらに含まれた【極毒】が容赦なく彼女を蝕む。


「死ぬまで砕けろぉ!!」


 だが、ビースリー……バルバロイ・バッド・バーンの拳は止まらない。

 盾が罅割れようと残った右手……だけでなく左の肘や足まで使って攻撃を叩き込む。

 その様は、【極毒】を恐れていないようだった。


 然り。彼女は【極毒】を恐れてはいない。

 それは罹らないという意味ではない。

 【極毒】は極めて強力で、防げず、治す手段もない。


 だが、即死(・・)はしない。


 昨日のエフも、死に際に考察して暗号を遺す程度の猶予はあった。

 ゆえに、彼よりも生命力と耐久力に勝るバルバロイであれば、


「その腹ぁ、抉じ開けてやるッ!!」

 体が動かなくなるまで、ハイドラの破壊に費やす時間がある。


 一つの前提に則った行動。

 それ即ち、『デスペナルティ覚悟で動けばいい』ということだ。

 死が死たりえない、『ゲーム』である<マスター>だからこそ選べる手段である。


 彼女とて、<超級>のスプレンディダを相手取ると決めた時点でデスペナルティは覚悟していた。

 冷静に、『自分が落ちてもスプレンディダを倒せるならば十分にプラスだ』と考えていた。

 そして今は、自分が落ちてもレイを任せられる相手……ルークが戻っている。

 ゆえに彼女は、ここで皇国側屈指の戦力であるスプレンディダの撃破に全霊を尽くす。

 ここで、退場しようとも覚悟の上。

 何より……。



「アイツが<超級>と差し違えたんだ。俺がそれ以下って訳にはいかねえよなぁ!!」

 先に【魔弾王】ヒカルを落として散った、犬猿の同僚(マリー)に後れは取れない。



 必殺(十秒)と【極毒(重病)】のタイムリミット。

 その限られた時間に、彼女は全身全霊で自らの攻撃を機械の大怪物に叩きつける。

 彼女の攻撃力はハイドラの装甲強度を超えているが、しかしその装甲は即座に再生する。

 満ち満ちた毒で高速再生する《毒装態》によって、メインフレームへのダメージを最小限に抑えんとする。

 果てしない行為にさえ思える。

 それは滝の流れを拳で叩いて断ち割るが如き……不可能への挑戦にさえ見える。

 叩いても叩いても、水が流れ込むように装甲は補充される。

 しかしそれでも……バルバロイは殴り続けた。


 諦めるという行為こそが、<デス・ピリオド(彼女のクラン)>には最も似合わないことであったから。


 そして……。


「ガァアアアアァァアッ!!」


 最後の咆哮と共に、破壊音が轟く。

 バルバロイの盾が砕け……彼女の右拳が溶け落ちる。

 腕だけでなく、四肢は全て【極毒】の汚染と彼女自身の攻撃の反動で機能を失っていた。

 もう、唯の一撃も彼女は攻撃を放つことはできない。

 今の一撃が、最後の一撃だった。



 ――最後の一撃でハイドラの腹部装甲を砕いた。



『V、VvvvV……』

 《毒装態》だけでなく、その先にあるメインフレームの装甲さえも破壊した。

 腹部に大穴が空き、口腔部から繋がった格納スペースが、毒の坩堝と化した臓腑が外気に晒される。


「…………はっ」


 バルバロイはそこで力尽き、光の塵に変わっていく。

 もはや言葉を発する余力もない。

 だが、その視線は傍らの共闘者へと向けられていた。


 ――しくじるんじゃねえぞ。

 ――任せろ。


 視線のみで伝わる言葉があった。

 バルバロイと入れ替わりに、エルドリッジが動き出す。

 腹部に今もなお収まった果実を手に入れんとして、彼女の奮闘で空いた腹部の大穴を目指す。

 だが、それを嘲笑うかのように。


『VvvvVVVvvvvv』


 腹部装甲が、溢れる毒で再構成された。

 破壊に命を費やしたバルバロイを、無駄死にとでも言うように。


「ふん」


 その光景に、エルドリッジの足が止まる。

 否、足は止めて――しかし動きは止まらない。


「頭が直った時点で分かっていたことだ」


 両の手に、二種のスキルを込めて。

 その両の目の視線は……。


「――透けて見えるぞ(・・・・・・・)、蛇」

 ――色水の如く透き通った《毒装態》越しに果実を射貫いていた。


 ハイドラそのものの撃破は、彼らの勝利条件ではない。

 命を賭してバルバロイが成し遂げたのは、不透過の装甲の破壊。

 暗緑色の装甲を破壊してエルドリッジの視線を通すため。


 それが叶えば、手は届く。

 【強奪王】のスキル、《グレーター・ビッグポケット》と《グレーター・テイクオーバー》。

 視界に収めたアイテム・生体の一部を奪い取る力。

 ゆえに、果実がどちらの判定であろうとも……


「――いただいていく!!」

 ――両の手のどちらかはそれを掴む。


「ッ……!」


 スキルは発動し、はたして彼は成し遂げる。

 右手には融解しかけ、消えかけた果実の残骸が確かに握られている。

 彼もまた【極毒】に汚染されたが、勝利の鍵は彼の手にあった。


 しかし間もなく、エルドリッジも退場だ。

 その前に、果実を用いてスプレンディダを倒さねばならない。

 スプレンディダの潜む影は、ティル・ナ・ノーグの下に在る。

 だが……。


『『『…………』』』


 彼の周囲には、一〇〇体(・・・・)のティル・ナ・ノーグ。

 鍵を手に入れたとしても扉は虚実が入り交じり、正解は百分の一である。


「ハッ!」


 だが、エルドリッジの表情にタイムリミットへの焦燥はあれど、影の虚実に惑わされる気配はない。

 なぜなら、それは既に想定済みであり、解決法は既に指示してある。


「――月影!」

「――エスコート(・・・・・)、仕りました」


 月影の言葉と共に、一体のティル・ナ・ノーグが影に囲まれる。

 周囲のティル・ナ・ノーグはエルルケーニッヒの影によって足元から襲われているが、その一体だけは囲むだけで影が攻撃しない。

 ゆえに、それが答えの扉。


 スプレンディダの座す影の異空間、水底の座はエルルケーニッヒでは干渉できない。

 つまりは、操れない影こそが真の扉である。


「本懐を」

「ああ!」


 エルドリッジが、スプレンディダに繋がる影へと走り出す。


『VVVVVVVVVV!!』


 だが、その背後ではハイドラが怒りの唸りと共に彼を追う。

 腹の中の宝を奪い、自らを無視して所有者を倒さんとする不届き者を殺すために。

 毒に侵されたエルドリッジよりも、スラスターを噴かして飛翔するハイドラの方が速い。

 そして背を向けて一心不乱に走る彼を、再びその顎に捉えんとして……。


「オーナーッ!!」

『!?』

 真上から激突した戦闘機によってその軌道を逸らされた。


 【羽翼全一 スィーモルグ】、《ファイティング・ファルコン》。

 ニアーラの操る猛禽の戦闘機は、その身を挺して蛇の毒牙から彼を逃がした。

 そしてニアーラの作った時間を、エルドリッジは駆け抜ける。


 毒に蝕まれた身体に、最期まで力を込めて。

 残る命の全てを、費やして。

 彼は、到達する。


「これで――」

 彼は一切の躊躇いなく影の中に飛び込み――、


「――俺達の――」

 ――木のうろに腰掛けたスプレンディダ目掛け――、


「――――――勝ちだ」

 ――――――拳を打ち込む。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<二話で終わると思ったら終わらなかったので三話目準備中(12月31日)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 決死で攻撃するしかないとは分かってたけど 先輩はここで脱落かー 流石超級強い [気になる点] 問題は…本体も戦いが苦手なだけで超級であることと なにげに忘れ去られたティアンの子供……
[良い点] ここで十秒と重病重ねる小ネタいいよね。
[良い点] BBB先輩、カッコイイ所を見せてくれた。 この章では見せ場が多い気がする。 フェイも頑張った! [気になる点] 腰かけているスプレンディタが本人ではないという可能性は・・・考えすぎかな …
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