第一〇二話 <Infinite Dendrogram> VS RTS
□■王国東部・交易路・森林地帯
【蛇紋石之毒】。
煌玉蟲シリーズを生み出した三代目の死後、残存した【水晶之調律者】達が密かに研究・開発していた兵器の一つ。
地竜型動力炉を用いた簡易版煌玉竜……煌玉蛇とでも呼ぶべき機体。
無人機であるがゆえに煌玉獣の範疇には含まれないが、地竜型動力炉のパワーを活かした戦力は竜王クラス。この場に追加投入する戦力としては必要十分。
何より、本機の特性こそがスプレンディダに向いている。
対生物毒だけでなく金属を蝕む腐食毒へも強い耐性を持ち、【猛毒王】のスキルの中でも問題なく活動できる。
加えて、本機の特殊能力は【猛毒王】や、広域汚染兵器である決戦兵器四号との連携でこそ輝く。
だからこそ、【水晶】はスプレンディダにこの機体を預けたのだ。
【水晶】が彼に付けた監視役でもある。
『Vvv』
蜂の羽音のような、水中で息を吐くような、奇妙な駆動音と共にハイドラが顎の圧力を増していく。
「ちっ!」
強度に秀でた骨格を持つエルドリッジの骨は折れないが、そうでなければ今頃は肉と骨をまとめてすり潰されていただろう。
「蛇なのに丸呑みしないのですね」
「言ってる場合か月影! 畳みかけてくるぞ! ああ、上にも注意は向けておけ!」
周囲の状況は一変して彼らが不利になっていた。
エルドリッジは竜王クラスの性能を持つハイドラに拘束されている。
しかもスプレンディダの分身……否、最早分身とは呼べない姿のティル・ナ・ノーグ達は一〇〇体に分裂している。
《看破》で見えるステータスは、エルドリッジによって削られているようには見えない。
今はハイドラの腹の中に収まった果実の分身だけが、《オールドレイン》の対象だったらしい。
それでも、対処はできる。
今のステータスも【猛毒王】よりは物理ステータスが高いとはいえ、前衛の超級職であるならば撃破可能な範囲ではある。
だが、その全てが再生能力を持つならば脅威である。
月影とビースリーが分身を攻撃してはいるが、通常の攻撃ではさして効いた様子もない。
ティル・ナ・ノーグ達は傷つくもすぐに再生し、毒をばら撒いている。
奥義である《フェイタル・ミスト》までも使用できている。
手数を増やすためにエルドリッジを助けようとしても、四十体近くがハイドラの周囲に固まり、救出を妨害している。それもまた厄介だった。
しかし同時に、奇妙でもある。
(……何かを警戒している?)
増殖したティル・ナ・ノーグに対応しながら、ビースリーは疑問を抱く。
これはスプレンディダが他者に見せたことのないだろう切札。彼の本当の必勝パターンであるのは間違いない。
欠点はある。ティル・ナ・ノーグの動きは露骨に単純化している。
攻撃の手数は増えたが精度は落ち、回避はしない……いや、できない。
しかし、物量と総ステータスは先刻までの比ではない。
そう、傷を厭わず止まらない一〇〇のゴーレムは、明確に攻撃に重きを置いた陣容だ。
だが、その多くを今はハイドラの周囲……エルドリッジの周囲に固めている。
エルドリッジを倒すのではなく、ビースリー達を彼に近づけさせないために。
(彼の強度のためにゴーレムの攻撃で殺し難いことは分かる。動きを抑え込んで【快癒万能霊薬】の使用を封じれば、毒で死ぬことも分かる。けれど、そこまで救出を阻害する理由は? 《オールドレイン》によるステータス奪取はもう起きない。彼の何を警戒して……)
――その思考を断ち切るように光が走る。
「!」
ビースリーは視界の端で何かが動いた気配に反応して身を逸らすが、直後に彼女の左手首を切断された。
盾を握ったまま、細い手首が宙を舞う。
「ッ!?」
ビースリーが切断面を見れば、そこは高熱で焼き切られたように炭化していた。
攻撃の飛来した方向を見れば地面にも大きな斬撃痕を残し、射線上のティル・ナ・ノーグも両断されている。もっとも、ティル・ナ・ノーグは即座に再生しているが。
そして射線の発端には――逆手に白い刀を構えたティル・ナ・ノーグがいる。
刀を握る右手からは白煙が立ち上り、それ以外の箇所も焼けていた。
「妖刀……!」
ビースリーは即座にそれが天地で産出される武具の一種だと判断した。
上位の妖刀は命に係わる重大なデメリットを課す代わりに特典武具にも匹敵する強力な効果を発揮する。
スプレンディダはハイリスクハイリターンの権化であるその武器種を、ティル・ナ・ノーグを使って使用したのだ、と。
然り。ビースリーの目は正しい。
それこそは妖刀【死蛍】。
天地の妖刀四十二染の一振りであり、光熱光速の斬撃を射出する逸品。
代償として、振るう度に使い手の全身を焼く。
かつてとある武器に魅せられた刀鍛冶が、最初から妖刀として生み出すために打ち上げた一振りである。
天地の歴史において数多の敵と、そして所有者の命を奪ってきた妖刀。
無論、無尽蔵に再生するティル・ナ・ノーグが振るうスプレンディダにはノーリスク。
《運命》と同じく、ハイリスク攻撃のノーリスク使用こそがスプレンディダの攻めの根幹である。
『…………』
炭化した右手が崩れて妖刀を取り落とすが、それを別のティル・ナ・ノーグが拾い上げる。
一〇〇体の中に紛れて、どれが妖刀を隠し持つ個体か分からなくなる。
さらには多くのティル・ナ・ノーグ腕部分の枝葉を伸ばし、あたかもそれで妖刀を隠しているように偽装して見せた。
大量展開されたティル・ナ・ノーグの中に、高火力の攻撃手段を持つ者が紛れたのだ。
「厄介な……!」
エルドリッジも今日はもう《グレーター・オールドレイン》を使えない。
ビースリー達が勝利するには、今すぐにでもハイドラの腹を掻っ捌いて果実を手に入れなければならない。
だと言うのに、スプレンディダ側の構成が分厚すぎる。
軽量ユニットを大量展開し、重量ユニットであるハイドラでエルドリッジを抑え、妖刀をリレーして痛打を撃ち込む。
恐るべきコンボ。恐るべきユニット構成。
<Infinite Dendrogram>において、スプレンディダがこのコンボを使ったことはない。
だが、同種のコンボは他のゲームで幾度も重ねている。
RTSゲーム<妖精大戦>の世界王者こそが――彼のリアルであるシルヴェストロなのだから。
◇◆
不死身の分身達が戦うとき、異空間内部のスプレンディダも戦っている。
VRヘッドセットと化した枝越しに、網膜へと投影される戦況。
一〇〇体のティル・ナ・ノーグが獲得した光学情報を本体が統合することで、周囲の情報が俯瞰式のマップ……RTSのプレイ画面としてスプレンディダには見えている。
マップ上で、スプレンディダはティル・ナ・ノーグ達を動かす。
両手は一瞬たりとも止まることなく、動き続ける。
それは彼にとって最も操作しやすいスタイル、<妖精大戦>のハンドテクニック。
一〇〇体を五~一〇体単位でまとめ、相手の動きに合わせて攻め立て、隙を突いて妖刀を使用する。
群れの中から光速斬撃を放つ、その直前に動きを察知して致命傷を回避する月影とビースリーに舌を巻くが、驚きで手を止めることはない。
常に動き続け、流動し続け、相手を削り続ける。
これは彼にとっては当然のことだ。
彼は何も、優位バグだけで世界王者になった訳ではない。
技術とバグの合わせ技だからこそ、誰もが敵わずに殿堂入りで排するしかなかったのだ。
優位バグ利用によって対戦相手とスポンサーに嫌われながらも、その圧倒的な手を『素晴らしく美しい』とも評された男である。
そんな自らと最も縁深い遊戯の形に、<Infinite Dendrogram>を落とし込む。
それが彼の必殺スキルだ。
とはいえ、純粋に戦力を一〇〇倍化する強力な力……という訳ではない。
あれは、あくまでも一体の分身なのだ。
再生力の過剰発現で株分けしているが、あくまでも果実一つ、分身一体。
ゆえに、装備品は一人分しか使えない。身を守るのは装備ではなく樹皮と枝葉であり、武器である妖刀をリレーしている理由の一つもそれだ。
そうでなければ、資金が許す限りのハイリスク武器を用意していただろう。
毒にしても、よく観察すれば同時には使用していない。
右手と左手を使い分けるのと同じ、発動点を切り替えている。
あるいは、RTSでユニットを選択してからスキルを使う仕様そのもの。
ゆえに、恐るべきはそれらの制限の中で流麗に武器とスキルを駆使する彼の手腕。
彼はヴィトーと同じ技巧は持たないが、異なる技巧において世界の頂に立った者である。
(注意すべきは、エルドリッジ)
ステータスを削られる心配はもうないが、装備についても【強奪王】は危険極まりない相手だ。
ハイドラは盗難を防ぐ仕組みがあるから良いが、妖刀はそうではない。
触れれば必殺スキルで破壊されるだろうし、そうでなくとも視認されて《グレーター・ビッグポケット》を使われれば奪われる。
ゆえにハイドラで動きを抑え付け、ティル・ナ・ノーグの何割かで囲い、妖刀が彼の視界に入らない角度で運用している。
完封していると言っていい状況だ。
しかし、スプレンディダには確信がある。
「さぁ、どう攻略してくるのかな」
相対する挑戦者達は、この窮地を打開する手を講じてくるはずだ、と。
それを示すように――いつの間にかエルドリッジは通信魔法のアイテムを手に持っていた。
◇◆
「ふん。自分が上等な妖刀なんぞ使い始めたんだ。《フェイタル・ミスト》の組成からも装備破壊は当然消したな」
わざわざ《フェイタル・ミスト》を使い直した理由も、妖刀の運用前に金属劣化系の毒を中和するのが狙いだったのだろう。
《フェイタル・ミスト》は同時混合した十種間では阻害せずとも、再使用したときの毒とは従来通り食い合う。
元はカルディナの超級職であったため、エルドリッジが仕事の合間に読んでいたジョブの資料にも普通に載っていた。
相手のジョブの性質と戦術による環境の変化を読み取った上で、エルドリッジは通信機を取り出し――呼びかける。
「ニアーラ」
ハイドラによって地に押し付けられたエルドリッジが、一人の<マスター>の名を呼ぶ。
それは彼のクランのメンバーの一人。
彼がどれほど落ちぶれようと、共にあり続けた片翼の名。
そして、今この場にも帯同してきた――信頼する仲間。
「俺に構うな。落とせ」
『承りました』
通信機越しの短いやり取りの後、通信機からハッチが開く音が聞こえた。
同時に、上空の輸送機――《カーゴ・ペリカン》の後部にはニアーラが立ち、自らの紋章を開け放たれた空へと向けている。
「――《ジェノサイド・コンドル》」
――宣言と共に、ニアーラの紋章から鋼の翼が飛び立つ。
それはコンドルを模した爆撃機。
ニアーラのレギオンである【羽翼全一 スィーモルグ】の中で最大火力機体、《ジェノサイド・コンドル》。
それは今、真っすぐに地上へ向けて急降下する。
あたかもコンドル自体が爆弾であるかのように。
――否。真実、爆弾である。
コンドルは自らターゲット――ハイドラを見定め、敵機目掛けて特攻したのだ。
その急降下に対し、ハイドラが頭上を見上げた瞬間。
エルドリッジを咥えた頭部にコンドルが激突し――大爆発を引き起こした。
自爆という名の全弾起爆。
猛烈な爆発の連続は全てを塗り潰し、爆心地であるハイドラを中心に被害が拡大する。
一〇〇体のティル・ナ・ノーグは被害の軽重あれど吹き飛ばされ、砕かれ、焼かれた。
ビースリーは咄嗟に《アストロ・ガード》と《五体投地結界》を併用して爆発に耐え、月影はいずれかの影に潜ってやり過ごす。
そして被害の中心地にいたエルドリッジは……。
「――これで、自由の身だ」
――全身に火傷を負いつつも、顎から解放されて五体満足に立っていた。
ニアーラは彼の身内。
当然、《ジェノサイド・コンドル》を用いた連携は組み立ててあり、その際に自身の被害を最小限に抑えるための手立ては用意している。
特に、健全化した資産状況で揃えた耐爆・耐熱装備の効果は大きい。
爆発の直前に《着衣交換》でそれらの装備に切り替え、あとは自前の防御力との組み合わせによって爆発を耐え切ったのだ。
『――v――v――』
だが、同じく爆心地に存在したモノでも、ハイドラはそうはいかなかった。
端的に言って、それはスクラップの様相を呈していた。
頭部は上半分が爆圧に捥ぎ取られ、尾は千切れ、胴体にも大小複数の穴が空いている。
誰がどう見ても、大破していた。
(……【ホワイト・ローズ】やあの二機ほど、頑丈ではなかったようですね)
その有り様を上空から見ていたニアーラは、【エルトラーム号】での戦いで遭遇した三機……コンドルの全弾起爆にも耐え切った機体には強度で劣るのだろうと考えた。
その見解は正しい。
ハイドラの基本装甲は古代伝説級金属や神話級金属のような頑丈な代物ではなく、煌玉馬や煌玉蟲、そして決戦兵器三号【アクラ・ヴァスター】などにも使われた先々期文明の万能素材によるものだ。
防御力は幾分落ち、このように破壊されてしまう。
ただし、『破壊される』と『倒される』はイコールではない。
『――Vvv』
「?」
エルドリッジがハイドラの腹部から果実を取り出そうとしたとき、破壊されたはずのハイドラが再起動した。
砕けたはずの装甲が見る間にその形を取り戻していく。
だが、違う。
暗緑色だった装甲の色は、破損個所に限って透き通った黒と紫に変じている。
その様は色水を満たした水槽のようで、装甲の材質がそれまでとまるで違うことは一目瞭然だった。
「これは……毒か!」
煌玉蛇、【蛇紋石之毒】。
機体特性は、四号の随伴機として運用するための『異常環境での活動能力』。
それは毒物や汚染物質への強い耐性を持つ、というだけには留まらない。
機体を破損したとき、――周囲の毒物を以て再構成する。
『――VvvvVVVVvvv』
爆発によって装甲を失った蛇は今、ティル・ナ・ノーグの放出した《フェイタル・ミスト》……そして自らの腹部に収めた【極毒】によって装甲を纏っている。
毒物による再構成は尚も続き、破損個所から攻撃用の触手――新たな蛇頭を形成する。
これぞ、【蛇紋石之毒】――《毒装態》。
その様は正に、触れれば死する毒蛇の如く禍々しい。
「植物型だけでなく機械式の方も再生するか。厄介だが……<超級>相手なら今更か」
【快癒万能霊薬】を呷りながら、エルドリッジはそう吐き捨てる。
入手対象の果実だけではない。
それを手に入れるために倒さねばならないハイドラさえ、接触で命を損なう。
しかし、エルドリッジが言うようにそんなことは今更だ。
<超級>とは理不尽なもの。
そして、理不尽に挑む覚悟なしに、彼らはここに立っていない。
「どの道、長期戦では勝ち目がない。……ビースリー」
ゆえに、エルドリッジはこの場で共闘する腐れ縁に声を掛ける。
「先に死ね」
「それしかないようですね」
暴言のような言葉に、ビースリーは頷く。
それはエルドリッジが思考したであろう攻略手順を彼女もまた思い描き、『先に』という言葉の意味も分かっているからだ。
「副会長。抑えとエスコートを」
「うちのもそっちに回す。頼んだ」
「承知いたしました」
短い言葉のやり取りで、彼らは意図を通じさせる。
彼らは、一人として<超級>……<超級エンブリオ>の域にはない。
しかし、<Infinite Dendrogram>の初期から駆け抜けてきたベテラン達である。
真剣に、このゲームに向き合ってきた者達だ。
ゆえに彼らは、<Infinite Dendrogram>で培った技術と知識と経験の全てで……RTSに挑む。
「――抉じ開けるぞ」
――最後の攻防が始まる。
To be continued
(=ↀωↀ=)<これ予約投稿した時点でまだ続き書いてます(12月31日)




