第一〇一話 彼のゲーム
(=ↀωↀ=)<二話更新
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
□■王国東部・交易路・森林地帯
スプレンディダの基本的なバトルスタイルは、自らの再生能力と毒による継続ダメージを利用した長期戦勝利だ。長期戦でいつかは敵に勝てるビルドである。
しかし、攻略法を確立されてしまった現状、この一対三の状況でエルドリッジを殺せなければ、長期戦に持ち込む前に撃破されてしまう。
(彼を仕留めようにも……)
スプレンディダは戦闘力に優れた<超級>ではない。エミリーやカルルのように、個人生存型でありながら個人戦闘型としても一流の手合い、ではない。
(アクションRPG、あまり上手くはありませんしね。体を動かすのはもっと苦手ですよ)
一発逆転の《運命》もあるが、ステータスが下がるほどに命中は困難となるだろう。
低下したステータスで速度に勝るエルドリッジに当てられる技量は、彼にはない。
同じく遠隔操作型であっても、安定しない他者の視点で鎧を自由自在に動かして狙撃までこなすイゴーロナクのヴィトーとは違うのだ。
「「…………フフ」」
そのとき、スプレンディダは本体と分身が揃って……笑った。
いつかのカードゲームを思い出すような対策と完封。
このまま続ければ、遠からず敗北する。
それが、こんなにも楽しい。
渾身のビルドで、グリッチ紛いのコンボまで使って、それでも追い詰められている。
本気で組んだ構築で、負ける可能性が見えている。
そのことに心は揺れて、しかし笑みは深まる。
しかし、彼は負けたいのではない。
敗北を傍らに、勝利を目指す。
敗北の可能性を超えて――『もっと先へ』と願っている。
「お楽しみは……これからだ」
スプレンディダは、足掻くために分身の千切れた四肢を動かす。
無様に這い転がりながら、後方……自身が予め設置していた毒沼へと近づいていく。
「ッ!」
彼の動きを、三人は逃走と判断した。
毒沼の中に落ちれば、飛び込まなければ追撃ができない。
影も沼の中には届かず、視線が通らなければエルドリッジの空間超越攻撃も当たらない。
浴びる光に関しては光属性魔法の【ジェム】でも抱えていれば、それで何とかなるだろう。
ゆえに、状況を立て直す時間を作るためにスプレンディダが毒沼に落ちようとしていると、三人は判断したのだ。
ゆえにAGIで優越するエルドリッジは逃走するスプレンディダに追いつき、毒沼に落ちる前にトドメを刺さんとした。
分身のステータスは既に九割は削れている。
あと一撃加えて分身を仕留め、果実化した分身を掴んで、影の中に殴り込む。
その三手でエルドリッジは<超級>に勝利できる。
――しかしこの瞬間、先に状況を動かしたのはスプレンディダだった。
「――《運命》」
――分身は宣言と共に、たった一度の切札であるはずの最終奥義を発動した。
「!?」
しかし狙いは甘く、エルドリッジは放たれた【極毒】を簡単に回避できた。
あらぬ方向へと飛んだ【極毒】は、交易路に沿って並ぶ木の一本を侵すに留まる。
だが、発射点であった分身もまた【極毒】に侵される。
――直後、分身はスプレンディダの操作で枯死した。
少女を匿ったときと同様の、自死。
違いは、果実が【極毒】に汚染されていること。
「チッ……!」
スプレンディダ本体に辿り着くには、【極毒】が果実を溶かし切る前に、果実を手に入れて影に突入しなければならない。
木乃伊の如き果実でも、完全に溶けてしまうまでにさほど長くは掛かるまい。
それに手に入れたとしても、触れた者は【極毒】に汚染されることになるだろう。
【快癒万能霊薬】でも防げず、罹患すれば死ぬしかない病毒系最悪の状態異常だ。
スプレンディダは自らの切札の一つを使い、敗北寸前に三人の勝利条件のハードルを引き上げたのである。
そのリスクに、エルドリッジを含めた三人の思考は一瞬だけ疑念に埋まる。
それでも、次の瞬間にはリスク承知で三人共が動き出した。
だが、一瞬躊躇った間隙に――スプレンディダの二手目が指される。
『オーナー!?』
「!」
エルドリッジの耳に上空から周囲を警戒していたメンバー、ニアーラの警戒が届く。
真上から見ていた彼女は気づいた。
毒霧の中で毒沼の水面が揺らぎ――巨大な物体が浮上する瞬間を。
『――ハイドラ』
『――VvvvvVVVVvvvvvv』
――影の声に応え、毒沼から機械仕掛けの蛇が跳ね飛んだ。
蛇は軌道上にあった物体――【極毒】に汚染された果実を呑み込む。
さらには蛇腹から迫り出したスラスターで加速し、エルドリッジの胴体をその顎で咥え込んだ。
「ぐ!?」
大型トラックほどの巨体であるそれは長さと幅のバランスが蛇としては不揃いであり、まるで『ツチノコ』のような形状をしていた。
しかし、その頭部は人間一人を噛み砕くには十分な巨大さと重さを有している。
「こい、つは……!」
(蛇型のゴーレム!? いや、そんなレベルじゃない!)
自らの骨格であるスケルトンの強度ゆえにエルドリッジは耐えられているが、超級職のパワーでも拘束から逃れられないほどに強力だった。
ただのゴーレムの類ではないと、即座に理解する。
然り。それは重機にして、兵器。
クリス・フラグメント――【水晶之調律者】が協力者であるスプレンディダに、協力の対価に貸し与えていた自律機動兵器。
いずれ完成するだろう決戦兵器四号の随伴機として開発されたもの。
三代目フラグマンと共同開発した煌玉蟲の後継にして、地竜型動力炉を用いた機動兵器。
機体名――【蛇紋石之毒】。
戦闘が始まる前は毒沼を掘らせ、その後は毒沼の内部に配置し、必要に応じてビースリー達の不意を突くために隠していた機体。
周到な布石であったが、使う必要が生じるかは半々だとスプレンディダは思っていた。
結果として、その布石はここに意味を成す。
「――ユニットセット」
――そして、ハイドラの作った時間が彼に三手目を許す。
死した分身の果実がハイドラの腹に収まり、エルドリッジが拘束され、ビースリーと月影の二人が突如出現したハイドラに気を取られたこのタイミング。
そこでスプレンディダは後続の分身を影から出撃させる。
彼には幸いなことに《グレーター・オールドレイン》の影響は後続の個体には引き継がれず、三体目は万全のステータスを持っていた。
しかし、それを三体目と呼ぶかは、その後の光景に依るだろう。
「――スキル発動」
――分身が、そしてスプレンディダ本人が天を見上げる。
――降り注ぐ陽光に、両手を広げる。
かつて、スプレンディダはクリスに夜は「安全じゃない」と嘯いた。
しかし、《輝ける命》は光ならば月光でも多少の再生力を発揮する。
ならば、彼の言葉はブラフのようだが……しかし完全な虚偽ではない。
なぜなら、彼の真の切り札は日中しか使用できないからだ。
夜にしか使えないとされるカグヤの必殺スキルの真逆。
陽光降り注ぐ日中のみ使用可能な必殺スキル。
其の名は――。
「――《常若の国に命は溢れ、勝利者達は彼岸を臨む》」
宣言と共に、分身の肉体が膨れ上がる。
体積は膨張し、装備していた粗末な衣服を破り捨て、人ではなく樹木として拡大する。
その姿は、スプレンディダのものではない。
背中から枝葉を翼の如く生やし、樹皮が仮面のように顔を覆い、四肢は肉と骨ではなく捻れた木の幹を辛うじて人型に固めている。
姿と能力を完全に模した高スキルレベルの《輝ける命》ではない。
原初の木製人形――単純なステータスだけならば魔法・生産系のスプレンディダ本人よりも優越していたガードナーとしての性質が強い低スキルレベルの《輝ける命》。
姿の模倣を放棄し、ステータスを優先した状態。
そこに、今の特徴であるスキルの完全模倣――【猛毒王】の力を乗せる。
【猛毒王】の力を持った植物型ゴーレム。
それが――増え続ける。
一体の分身から伸びた枝が、分かれ、実をつけ、地に落とし、そこから分裂を繰り返す。
その有り様に、エルドリッジは絶句する。
「……<超級>って奴らはこれだから」
だが、これはある意味では当然のことだ。
スプレンディダの<エンブリオ>のモチーフであるティル・ナ・ノーグは常若の国。
何もないところから人体を完全再生させられるほどの再生能力や質量補填が可能ならば。
その細胞分裂を最大に発揮すれば……民と呼べるほどの増殖は可能。
その総数は一〇〇体。
光で高速再生し、怪物のステータスを持ち、猛毒振りまくゴーレムが……一〇〇体だ。
「さぁて……」
スプレンディダ本人は影の中で自らの髪をかき上げながら、ティル・ナ・ノーグ本体の枝が変形したヘッドセットを装着する。
細胞分裂で一〇〇体に増殖した分身を、従来通りに思考のアクションRPGで動かすことなどできない。
簡易的な操作で、単純な動きしかできないだろう。
だが、それでいい。
この瞬間から、スプレンディダはシフトした。
これまで秘匿し続けた真のバトルスタイル。
個人生存型から、広域制圧型に。
遊ぶゲーマーから、戦うゲーマーに。
ティル・ナ・ノーグの動作を単純化し、代わりに運用数を増やす。
彼にとって<Infinite Dendrogram>は既にダイブ型VRMMOではなく……彼のゲーム。
ゆえに、スプレンディダは宣言する。
「――やろうか、挑戦者」
――『彼のゲーム』を『己のゲーム』で攻略してみせろ、と<超級>は笑った。
To be continued
(=ↀωↀ=)<大晦日にこのエピソード完結予定
(=ↀωↀ=)<しかし実は途中で18巻の締め切りあったので
(=ↀωↀ=)<まだこのエピソードのラストまで書き終わってない
(=ↀωↀ=)<年が変わる前に間に合うか、間に合え!
(=ↀωↀ=)<そんな感じです
〇【蛇紋石之毒】
(=ↀωↀ=)<三代目フラグマンと【黒水晶】が消えた後
(=ↀωↀ=)<決戦兵器四号の随伴機として【水晶】が作った機体だけど
(=ↀωↀ=)<肝心の四号がどこかの誰かにパクられてしまったので
(=ↀωↀ=)<協力者で有効活用できそうなスプレンディダに監視込みでレンタルした
(=ↀωↀ=)<ちなみに兄弟機として【虎目石之幻】と【鷲目石之翼】がいる
(=ↀωↀ=)<命名規則は『動物の名を冠した石+蛇要素のある幻獣』




