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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第七章 女神は天に在らず

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第九十九話 攻略法 前編

 □■王国東部・交易路・森林地帯


(さてさて……)


 相手は、三人。

 【鎧巨人】バルバロイ・バッド・バーン。

 【暗殺王】月影永仕郎。

 そして、【強奪王】エルドリッジ。


 上空には今も輸送機が旋回しているのでその<マスター>――あの客船でスプレンディダも言葉を交わしたニアーラ達はいるのだろうが、一先ず戦力として計算するのは眼前の準<超級>クラス三人と考えた。

 あるいは輸送機の中に対スプレンディダの秘策が隠されている可能性もあったが、残念ながらあの高さの輸送機を攻撃する手段はスプレンディダにはない。


(ジュバ嬢が生きていれば、いくらでも対空砲撃をしてくれたんでしょうけどね)


 MP回復だけでなく、そういった面でも補ってくれる良い共闘相手ではあった。

 ともあれ、今は空を気にしても仕方ないため眼前の三人に集中する。


(バルバロイ嬢に打つ手がないことは昨日確認済み。ミスター月影も対処できるなら先ほどやっているはず。ならば、注意すべきは……ミスターエルドリッジ。けれど、ミーのティル・ナ・ノーグは武器でも装備でもない。彼には破壊も強奪もできないはず)


 武器破壊の<エンブリオ>。アイテム強奪のジョブ。

 そのどちらでも、スプレンディダの安全圏は破れない。

 しかし彼らは戦意を衰えさせる様子がない。

 ビースリーは盾を掲げ、月影は影を従え、エルドリッジは両腕で《グレーター・テイクオーバー》の構えを取っている。


(何かミーに特効の特典武具を手に入れた線もある……かな?)


 ゲームにおいて初見殺しは恐ろしい。

 相対したことのない戦術では、何を潰すべきかも分からない。

 そのことをスプレンディダは熟知していたし、だからこそ(・・・・・)この戦争でも前線に立っていると言えた。


(クリスのお墨付きでミーを確実に破れるだろう【アルター】。それが前線に出てこないこの戦争で、はたして何がミーを倒しうるのかな)


 自分だけが知る攻略法(・・・)に気づいたのか。

 それとも、全く予想しえない手を用意してあるのか。

 スプレンディダにとっても大いに関心がある事柄だ。

 しかし、それはそれとして……。


「ところでお歴々? ちょっと聞きたいんですが?」

「何です?」

「もう完全に三対一で臨戦態勢ですけど、ミーの手元にいたいけな女の子いますよ?」


 そう言って、スプレンディダは左手に抱きかかえた少女を右手で指差す。

 その指先には《ポイズン・バレット》の毒弾が形成されつつあった。

 露骨な人質だったが……。


「それが何か?」

「…………ンン?」


 ビースリーは冷めた反応を返し、月影とエルドリッジも同様に表情の変化が見られない。

 はて、何か変だなとスプレンディダは思い始めた。


「このまま戦うならこの子に毒弾撃ち込むと言っても?」

「そうですね。防ぐ手段がありませんし、戦争範囲ではティアンに危害を加えてもペナルティはありません。遺憾ですが、仕方ありません(・・・・・・・)

「ンンンン? ちょっと待って? それ本気で言ってますよね?」


 《真偽判定》が無反応であるため、ビースリーの発言が強がりではないことが分かってしまった。これはスプレンディダにとっても想定外だ。


「こんな子供を見捨てるとかちょっと悪人が過ぎ…………あ」


 スプレンディダは言いかけて、いま眼前にいる顔ぶれを見る。


 元悪役ロールクラン首魁。

 カルト宗教のナンバーツー。

 野盗クランのオーナー。


「バカな!? 悪人しかいないだって!?」

「「こいつらと一緒にするな」」


 バルバロイとエルドリッジの声がシンクロした。

 なお、月影は微笑を浮かべたままである。

 この時点で、スプレンディダは理解した。

 『彼らには人質戦法が効く』と判断していた自分こそが間違っていたのだと。


「クッ! 本物のレイ氏には効いたはずなのに!」


 クランオーナーがあの“不屈”だから誤認していた。

 <デス・ピリオド>というクランに属する人間の性質。幾らかのメンバーも人助けくらいはするだろうが、最終的には自分の天秤がどちらに傾くかを冷徹に判断する連中だ。

 普段は『後味の悪い悲劇』を打ち破ることに全霊を尽くすレイ・スターリングの存在が方針を決定しているが、不在ならば話は違う。

 彼がいない場では、各々が自らの判断基準で動く。


「レイ氏さえいれば! 彼がいれば彼の前で良い顔したいバルバロイにも効いたはずなのに!」

「オイ、それ以上ほざくな」


 ビースリーがバルバロイ口調でスプレンディダを罵倒している横では、エルドリッジが『え? お前って今はそういう感じなの?』と意外そうな顔で彼女を見ていた。


「……コホン。そもそも、彼がいてもあなたへの対応は変わりませんよ」

「え?」

「あなたがさっきから言っている少女を害す発言、《真偽判定》で全て『偽』でしたので」

「…………ああ、うん。まぁね」


 それはそうである。

 自分に発生したレアイベントクエストのクリア条件なのだ。害する気などあるわけもない。

 そもそも一人しかいない人質など、殺してしまえば何の意味もなくなってしまう。

 これが相手と関係の深い人物なら多少の精神ダメージも狙えるだろうが、見ず知らずの子供では怒りを買うだけだろう。

 より直截的な物言いをすれば、レアクエストを失敗させてまで与える影響ではない。

 『人質にする』と脅しても望む反応が得られなかった時点で、人質にする意味がなくなった。


「はぁ……」


 スプレンディダは右手の指先を少女から逸らし、生成していた毒弾は自身の背後にある毒沼へと撃ち込んだ。毒液の塊を撃ち込まれた毒沼が揺れる。


「やれやれ、これじゃ仕方ないですね」


 あまりやりたくはなかった手段を取らざるを得ないと、スプレンディダは判断した。

 直後、スプレンディダの分身が急速に枯れて(・・・)、少女を抱えたまま仰向けに地面に倒れる。


「!」


 しかしその動きを三人が黙って見過ごすはずもなく、エルルケーニッヒの影とエルドリッジが動く。

 槍の形状に変形した影が少女を避けて分身の心臓と脳を貫き、エルドリッジの腕が空を掻けばその掌中には分身の()が収まっていた。

 いずれも致命傷であり、分身は首なし死体と生首の様相へと変わっていた。

 しかし重力に引かれる動きは止まらず、そのまま水面に沈むが如く自らの影の中に消えていく。


 そして数秒後、影の中から傷一つなく生き生きとしたスプレンディダの分身が現れる。


 少女の姿はもう見えなくなっていたが、三人とも『スプレンディダが少女を置いてきた』ことを理解した。


(やれやれ……)


 これでスプレンディダがあの少女を死なせるわけにもいかないことが三人にも伝わってしまった。

 死んでもいいならわざわざ三人が干渉できない影の中に入れるのではなく、その場に放置してもよかったのだから。

 何より、これはスプレンディダとしては避けたかった手だ。

 ないとは思っているが、もしも少女がとある<超級>の手口のように人間爆弾にでもされていれば……この時点でスプレンディダの敗北であるから。

 自分の領域に他人を入れる、スプレンディダにとって最大のリスクである。

 さらに言えば、このことは一つの事実を示してもいる。


「やっぱりその影、条件次第で他人も入れる(・・・・・・)んですね」

「ノーコメント」


 そう。この行動はスプレンディダが自覚している攻略法において、大きなヒントを与えてしまっている。それに気づかないことを期待するには、相手が少し聡すぎる。


「ともあれ、これで巻き込む心配もない。バトルスタートといきましょう」


 スプレンディダは言葉と共に、両腕を広げる。

 ソレに先んじて再び月影とエルドリッジの攻撃が肉体を削るが、スプレンディダは構わずに自らのスキルを行使する。


「《フェイタル・ミスト》!」


 彼の身体から噴き出したのは紫の霧、十種の複合毒を拡散する殲滅奥義。

 罹患すれば即死を免れない致命の猛毒。

 【猛毒王】の切り札は、巻き込む少女がいなくなったことで即座に使用された。


「二人とも」

「言われるまでもない」


 しかし、相対する三人は素早く【快癒万能霊薬】を使用して状態異常への耐性を得る。


(まぁ、そうしますよね。【光王】に物資集積所を潰されたので物資面では王国が絶対優位。彼らも複数持っているでしょうし、街々での補給も可能。使い続けられれば、《運命》以外の毒は効きませんね)


 付け加えれば、王国勢ではないエルドリッジも資金面で大幅に改善されたので【快癒万能霊薬】の類を揃えている。

 そして【快癒万能霊薬】であろうと関係ない《運命》は、相手が三人いるため軽々には撃てない。

 彼の毒は、この状況では分が悪いと言えるだろう。


(まぁ、それは――対人に限った話(・・・・・・・)ですが)


 充満していく《フェイタル・ミスト》だが、【快癒万能霊薬】を服用した三人には効果がない。


「!」


 しかし、彼らの身に着けた装備が黒煙を上げて劣化し、崩れ始める。


「毒と一口に言っても色々ですからね。繊維溶解、金属劣化、そういう装備破壊(・・・・)の毒の取り扱いもある訳で」


 《フェイタル・ミスト》は自らの保有する毒薬から十種を選択し、その効果全てを併せ持つ毒霧を放つスキル。

 前任の【猛毒王】である【アラーネア・イデア(アロ・ウルミル)】は行動阻害系の毒を多く調合しての嬲り殺しを好んでいたが、スプレンディダはより相手の継続戦力を削ぐ方向で調合していた。

 長期戦になれば最終的に勝つのは彼だからだ。

 仕舞われているアイテムボックスまで破壊できれば、【快癒万能霊薬】の補充も潰せる。


「なるほど……!」


 無駄な損壊を気に掛けたのか、ビースリーが竜車と【セカンドモデル】を仕舞う。

 やはり竜車の中にはもう誰も乗っていなかったらしい。


「人間が状態異常に対して三分無敵になっても、装備の劣化は始まっていますよ。高性能の装備ならば時間はかかるでしょうが、いずれは破壊されます」

「相手を丸裸にする毒ですか。とても猥褻ですね」

「その言い方は風評被害になりませんかネ!?」


 なお、そのキーワードを口にした人物はまさかの月影である。

 それゆえビースリーとエルドリッジも『お前ってそういうこと言うキャラなの?』と驚愕の表情を浮かべていた。


(さて、あっちの狙いは単純に考えるならまた光を遮断して再生を封じる形ですかね? けど、それだとミスター月影はともかくエルドリッジ氏の役がない)


 装備劣化の毒も含まれているため、月影とビースリーが霧から逃れるように距離を取る。

 否、そう見せかけて左右に分かれて回り込みをかけている。

 月影が反時計回りに、ビースリーが時計回りに霧を避けるように動く。

 そしてエルドリッジは高価値の装備を《瞬間装着》で収納、


 ――毒霧の中を一直線に、スプレンディダへと迫る。


「!」


 エルドリッジは防御性能を装備に依存していない。

 全身骨格の<エンブリオ>であるスケルトンと、その補正によって齎される肉体の強靭さこそが彼の鎧。

 空中からのノンパラシュート着地を可能としたように、その肉体強度はAGI型の月影や装備に依存するビースリーとは桁が違う。

 【快癒万能霊薬】で肉体が侵されないならば、彼に取ってこの霧はさしたる障害ではない。


「――《(デス)


 スプレンディダの判断は早い。

 エルドリッジを難敵と判断し、一発限りの切札である《運命》の使用準備に入る。


 だが、彼がその指先をエルドリッジに向けようとした瞬間――手首が消えた。


「!」


 加えて左の足首も消失し、スプレンディダの分身はバランスを欠いて地面に倒れる。


 ――その顔面にエルドリッジの蹴りが入る。


 エルドリッジの両手には《グレーター・テイクオーバー》で奪った右手首と左足首が掴まれている。

 それらを手放しながら、右足を蹴り下ろして分身の頸骨を砕く。


「……!」


 四連撃でガラクタのような有様になったスプレンディダ。

 だが、破壊された箇所から枝葉が伸び、人間のカタチに修復する。

 そして、なお動く左手で照準――する寸前にエルルケーニッヒの影が左手首を切り飛ばす。

 さらには飛来した盾、ビースリーの《シールド・フライヤー》によって放たれた盾が腹部を圧し潰した。


(……フルボッコですね?)


 スプレンディダは超級職ではあるが、魔法職と生産職の中間のようなジョブだ。

 前衛戦闘職三人に連携されれば文字通り手も足も出ない。


(ですがぁ……ネ)


 しかしどれほど痛めつけられようと、スプレンディダの分身は死なない。

 光に依る再生が、その身体を死なせない。

 森林地帯で毒の霧を介しているとはいえ真昼の日差しは再生には十分だ。

 今は攻撃し続けてスプレンディダの攻撃を封じているかもしれないが、永遠にそれを続けられるわけもない。

 特に【快癒万能霊薬】の再使用のタイミングでは、否応なく隙が生じるだろう。

 そのタイミングで《運命》を放ってエルドリッジを排除すれば、そのまま押し切れる。

 そう考えながら、しかし攻撃されながらも相手の消耗を誘うために分身に攻撃態勢を取らせ続ける。

 そうしていて、ふと気づいた。


「……遅い?」


 体の動きが遅い。イメージと動きにズレがある。

 さらには、体がいつもより脆い気さえする。

 アトラスの重力圏に囚われたかと思ったが、エルドリッジが肉弾戦を仕掛けている最中に巻き込んだりはしないだろう。


「…………?」


 そこまで考えて、更なる違和感に気づく。


(いえ、そもそもどうして……こんなに近づいてタコ殴りに?)


 エルドリッジという<マスター>の噂は知っている。

 中距離から空間超越攻撃で、文字通り相手を削るタイプだと。

 身体ステータスは高いだろうが、こうも近づき、殴り、相手にダメージを与えることを優先するスタイルではなかったはずだ。

 攻撃を優先して相手を殺し切る、削り切るためならばともかく、死なないスプレンディダに対してはリスクが増す下策でしかない。

 彼の行動と、自らの分身の不調の理由を考えて……。


「あ」


 思い至る。【強奪王】の、三つのスキル(・・・・・・)に。


 第一スキル、《グレーター・ビッグポケット》。

 視認したアイテムを奪う空間超越スキル。


 第二スキル、《グレーター・テイクオーバー》。

 視認した肉体部位を抉り取る空間超越スキル。


 そして第三スキルにして奥義、《グレーター・オールドレイン》。


 ――相手のステータス(・・・・・)を奪うスキルである。


「そう、か……!」


 日に一度、一人を対象としてのみ発動できるスキル。

 スキルの影響下に置いた相手を攻撃してHPを削る度に、削った割合に応じてステータスを奪う。


(……まずい!)


 そう、《グレーター・オールドレイン》は……最大HP(・・・・)から削り取る。


「《ラスト・コマンド》によってHPゼロからでも再生を続けられる不死身のループ。ですが……」


 自身の置かれた状況を正確に認識したスプレンディダの本体が冷や汗を流す中、分身の耳にビースリーの言葉が届く。


「――最大HPがゼロ(・・・・・・・)になっても(・・・・・)続けられますか?」


 ビースリーの問いかけこそは、答えだ。

 この瞬間まで想定しなかった攻略法――分身の完全死を達成する手段そのもの。


 そして、ビースリーがエルドリッジを巻き込んだ最大の要因である。


 ビースリーはこの戦争が始まる前から、スプレンディダにはエルドリッジをぶつける算段だった。

 スプレンディダが分身であることや光による再生は昨日まで知らなかった。

 しかし、【死兵】とHPの高速回復によって不死身を体現していることは知られていたのだ。

 だからこそ、最大HPをゼロとすればスプレンディダは倒せるだろうと……戦争前からエルドリッジに協力を打診していた。

 スプレンディダが皇国の陣容に加わったと知れた時点で考案した攻略法。

 それは、スプレンディダの他の性質が露見した今も変わらず有効だった。


 To be continued

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― 新着の感想 ―
悪人しかいないwww
[良い点] 通常はこのスキルで最大HPをくらい尽くすことはない そこまでダメージが通る相手ならその前にHPが尽きるし、強奪で終わる 本来あり得ない条件下って考えれば、ゲーム的にも最大HP0は有りうる……
[一言] いや、ゲームの仕様で最大HPが0になるなんてあり得へんやろ
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