第九十四話 Result Ⅴ 前編
(=ↀωↀ=)<完全書き下ろし17巻は11月1日発売!
(=ↀωↀ=)<もうこれでもかというくらいエピソードと設定とキャラを詰めましたので
(=ↀωↀ=)<WEB版読者の方々もこの17巻は是非お読みいただければと思います
□■アルター王国・某所
「――――」
物体を強度に関係なく引き千切る空間の復元。
自らの身体が土砂や空気とかき混ぜられる感触を味わいながら、ケイデンスは理解する。
自分はここで退場だ、と。
被弾の直後であり、如何なる理屈で《インナー・ポジション》の護りを突破されたかは分からない。
しかし自分がどれほどのダメージを受けているのか、あとどの程度活動できるかは察しがついた。
(追撃がなければ、あと二十秒)
<優越の天空城>の攻略で幾度もデスペナルティを経験したがゆえに、傷痍系状態異常の度合いから死に至るまでの間隔は掴めている。
もはや肉体の崩壊は防げないことも。
(……【死兵】でも取っておけばよかったかな)
元より少しでも魔法職に枠を割くために就いておらず、何より《インナー・ポジション》の無敵性ゆえに不要だったが……この状態ではあっても良かったかもしれないとケイデンスは考えた。
そうすればもっと――焦ることなく反撃できたのに、と。
(大したものだよ【獣王】。だけど少しばかり攻撃が派手過ぎたね)
この大規模破壊の中では、ケイデンスの生死を即座に確認することはできない。
まして、空間復元のリスクが残っているならばまだ近づけない。
大怪獣の姿は、三キロ先。
(そこはまだ僕の射程内だ)
ケイデンスの肉体がどれほど損壊しようと、ハスターの魔法制御能力はいまだ健在。
長距離魔法攻撃を届かせることができる。
もっとも最強の切り札である《黄の印》さえも通じなかったのだ。
残り時間で発動できる魔法で今の【獣王】を傷つけることはできない。
それが【嵐王】の、ハスターの限界である。
(なぁ、I。――土産話にとっておきのデータも足してやるよ)
ゆえにケイデンスは今まで使えなかった最後の手札を――【魔王】の切り札を場に出す。
「――《傲慢の終焉》」
【傲慢魔王】最終奥義、《傲慢の終焉》。
代償、《ポジション》スキル及び防御力の喪失。
効果時間、【傲慢魔王】の絶命まで。
効果範囲、【傲慢魔王】の干渉する全て。
効果、【傲慢魔王】の干渉に対する防御能力の完全無視。
防御力、耐性、命を繋ぐ力すら無力化する。
自らを他者とは違う位置に置く傲慢さを捨て、他者にも護りを捨てさせる平等なノーガード。
一〇〇万のステータスがあっても関係ない。神話級特典武具の耐性付与も問題ない。
それは『防御喪失』という概念の強制。
発動した瞬間から周囲の生物は【傲慢魔王】にとって砂山と大差ないのだ。
彼が風を吹かせば、塵となる。
既にスキルは発動した。
あとは遠距離の風魔法を発動させれば、その瞬間にベヘモットは崩壊する。
そして発動時間などケイデンスにとっては存在しないに等しい。
そう、彼の腕には最短の魔法発動を可能とする【縮致計】が、
(――《終末……おや?)
――ない。
あるはずのモノが、そこにはなかった。
いつ、どのタイミングでそうなったのか。
《終末時計》を使うための特典武具は、彼の腕ごと空間の復元に潰されて消えていた。
「…………」
それでも構わない。
スキップできずとも、最速無制御で風を発生させるだけのことだ。
威力は問わない。発動させるだけでいい。
まだ、その時間はある。
空間の復元が完了し、ケイデンスとベヘモットを繋ぐ空間の接続は既に正常。
敵はいまだ土砂に塗れたケイデンスの残骸の如き身体を見つけられていない。
ハスターの魔力操作がベヘモットの位置にまで届く。
次の瞬間には三キロ先のベヘモットに風を浴びせる魔法の発動準備が完了。
『これで終わりだ』と、引き分けを確信してケイデンスは魔法を行使する。
――直前、上空から放たれた砲弾で彼の全身が消え去った。
小人の身体を遥かに上回るサイズの砲弾の飛来。
防御力皆無の【傲慢魔王】の肉体は、着弾の瞬間に全てがなくなった。
今度こそ訪れた、ケイデンスの即死。
それは彼の風属性魔法がベヘモットの体を撫でるよりほんの少しだけ早く……。
『?』
ベヘモットがそよ風を感じたのは、既に《傲慢の終焉》の効果が失われた後だった。
◇◆
ケイデンスを撃ち抜いた者は彼の上空一万五千メテルの限界高度に滞空していた。
砲弾を放ったのは、銃のような形に変形した機械仕掛けの竜。
引鉄を引いたのは、コクピットで狙撃姿勢をとる……【竜征騎兵】ガンドール。
「……やったんか?」
ガンドールはスコープの先で消えるケイデンスを見ながら、不安そうにそう呟いた。
彼はベヘモットの《剥界の裂爪》の前から、生体サーチ能力のある狙撃モードでケイデンスを捉え続けていた。
しかし、ケイデンスが最終奥義を使う気配に気づいて撃った訳ではない。
《アッパー・ポジション》と《インナー・ポジション》の解除に気づいたわけでもない。
ただ、ケイデンスが空間復元で重傷を負ったのを見て……ダメージが徹ったのを見て、『今なら当たるかもしれない』と思ったこと。
そして、何より『嫌な予感がした』からだ。
この空中決戦で幾度も彼の命を救った直感。
それが、死にかけのケイデンスに追い打ちの砲弾を放つという決断を下させた。
それはベヘモットに横槍を責められるかもしれない行動だったが、ガンドールは引鉄を引いた。
まさかそれがベヘモット達の命運を分けたなどとは考えもしないし、気づいてもいない。
「終わったみたいやな。……俺らもよう生きとったわ」
ベヘモットとケイデンスの決戦の最中、ガンドールもまた《黄の印》で命の危機に瀕した。
しかし、彼は生きている。
ベヘモット達のように零距離の攻撃を超反応とAGIで避けたわけではない。
単純に、上空に退避していたから爆風の到来が遅かった。
距離を取っていたからこそ、爆発の発生と衝撃波が近づいてくるのが見えたのだ。
史上最大の気化爆発と言えど、視認速度よりは遅い。
だが、必ずガンドールの位置まで到達する攻撃であり、逃げられる速度でもない。
そこでガンドールは一か八かの賭けに出た。
ワイバーンを紋章に格納し、生身で爆風を受けたのである。
【ブローチ】で耐えられるか否か。
仮に致命の爆風のダメージを無効化できても、爆風に木っ端や石くれでも混ざっていれば多段ヒットとなり、死んでいただろう。
だが、起爆ポイントとその時点でのガンドールの位置こそが彼の命を繋いだ。
地上一〇〇メテルで発生した爆発。その一万五千メテル真上というポジション。
ガンドールに向かって爆発に乗って飛来するものは、空気以外になかった。
そのお陰で爆風を一度の判定でやり過ごし、【ブローチ】を砕きながら耐えた後にワイバーンを再度呼び出して九死に一生を得た。
ケイデンスがガンドールらを見失ったのは、その格納していたタイミングだ。
そして以降のケイデンスは爆発的な強化を果たしたベヘモット達にのみ意識を集中し、彼の存在を『もう消えたコマ』と判断して探ることもなかった。
盤面で最も弱い戦力の見落とし。
奇しくもケイデンスは、悪友が告げた彼の欠点を日に二度突かれた形になったのである。
「しかし何や……とんでもない戦いやったな」
大規模な空中決戦だったはずが、今となっては前哨戦扱いになってしまった<ターミナル・クラウド>攻略戦。
しかし、そこから参加していたからこそガンドールにはケイデンスの強さが分かる。
精強なクランを作り上げ、戦術を確立し、大規模殲滅能力を持ち、仲間のサポートまでこなし、あの【獣王】とさえも真っ向からの殺し合いが成立する。
ケイデンスはバケモノであり、間違いなく強かった。
ガンドールの見てきた<マスター>でも五指に入る超強豪。
それほどに、彼は強い。
だが、彼と戦った【獣王】ベヘモットは“最強”だった。
そんなシンプルな事実を心に刻みながら、ガンドールはベヘモットと合流すべく降下を開始した。
◇◆
『…………』
大怪獣……ベヘモットは自らの右手の爪に掛かった四枚の布切れを見る。
破格のSTRとの合わせ技で空間破壊を成し遂げた【拘泥自在 アルセイラー】。
しかし今、それは使い古したタオルのようにボロボロになっていた。
明らかに通常使用にさえ制限が掛かる状態であり、再び《剥界の裂爪》を使えば間違いなく完全破損するだろう。
(こうなるよね)
これは当然の結果だ。
摩擦力最大ということは、ベヘモットの力を受け止めるということ。
空間と肉体で布を挟み潰すような力の掛け方で、対象が神話級武具だとしても……当然ダメージは残る。
機動性確保とノックバック防止のための装備がこれでは、合体を解除した後の戦闘機動までも困難となるのは間違いない。
ベヘモットの戦闘は【拘泥自在】の自己修復が終わるまで制限が掛かったと言える。
(合体形態も六〇〇秒で解除。あとは丸一日のクールタイム)
仲間と敵に依存した大規模強化を行ったイライジャと違い、ベヘモットとレヴィアタンはいつでも自分達の意志だけでこの戦いの力を発揮できる。
しかしそれはいつでもであって、いつまでもではない。
(……次に全力で戦えるのは明日かな)
想定よりもケイデンスという<マスター>が強大であり、ベヘモットは二日目の分として想定していた戦闘リソースのほとんどを使わされた。
もっとも、【拘泥自在】が使えなくとも……いやレヴィアタンだけでも通常の戦闘には過剰戦力ではあるだろう。
しかし、もしもその状態でとある敵と遭遇すれば、それは悔いの残る結果になる。
勝つとしても、負けるとしても、ベヘモットはその敵とだけは全力で戦いたい。
(……シュウ)
親友の背負った全て。その成否の掛かった<トライ・フラッグス>において、唯一ベヘモットが自分の欲求を抱くのが彼との戦いだ。
築いた関係。講和会議での不完全燃焼。
そして、彼に抱く複雑な感情……親愛、競争心、あるいはノスタルジックな思いの全て。
(機会は、あるかな)
この戦いで、ベヘモットは親友から託された自分の役目を果たすために尽力する。
しかし同時に、自らの望みを果たすタイミングがあればいいと……彼女は願った。
◇◆
この後、ベヘモットはガンドールと合流し、彼に索敵を任せながら拠点への帰路に就いた。
この戦いにおいて<ターミナル・クラウド>に王国の<宝>はなく、王国のフラッグの数に変化はなかった。
そして、この戦場に現れたベヘモットが落ちなかったことで――皇国の<命>もまた折れなかった。
ゆえに、互いの戦力を減らしながら、未だ<トライ・フラッグス>の盤面は三対二の形で進行するのであった。
To be continued
〇ベヘモット
(=ↀωↀ=)<必殺スキルは一日一回一〇分間
(=ↀωↀ=)<《ぺネンスドライブ》は一回一〇分間で使用後三〇分使用不可
(=ↀωↀ=)<《剥界の裂爪》は特典の自己修復が完了してないと二回使った時点で壊れる
(=ↀωↀ=)<で、【グレイテスト・トップ】もクソ長いクールタイム
(=ↀωↀ=)<って感じでコスト的にはほぼノーリスクだけど
(=ↀωↀ=)<一日の間に全力出せる時間が限られる感じです
( ̄(エ) ̄)<怪獣なのにウルトラマンみたいな奴クマ
(=ↀωↀ=)<初見殺し多く残ってそうな一日目は様子見
(=ↀωↀ=)<二日目は『ここなら月夜いないし<超級>複数もないだろ』で投入
(=ↀωↀ=)<まさかの【傲慢魔王】で二日目の戦闘リソース使わされますが
(=ↀωↀ=)<押し切って勝利した形です
(=ↀωↀ=)<ケイデンスは皇国的にはむしろ「ここで倒せてよかった」というレベルの相手なので
(=ↀωↀ=)<アドバンテージは黒字でした
〇《傲慢の終焉》
(=ↀωↀ=)<分かりやすく言うとノーガード戦法
(=ↀωↀ=)<「俺はガードしないからお前もガードすんなよ」
(=ↀωↀ=)<この状態で広域殲滅魔法の使用に成功するとほぼ敵が全滅する
(=ↀωↀ=)<そして《終末時計》&《黄の印》のコンボにこれも挟み込んで
(=ↀωↀ=)<完全自爆覚悟でやってたら多分相討ちまで持っていけた
(=ↀωↀ=)<しかし『デスペナまで無敵と防御放棄』はコスト重すぎるので
(=ↀωↀ=)<ケイデンスも破られない内はこれを選択できなかった
(=ↀωↀ=)<……でももしかするとこのコンボの場合はレヴィアタンが事前に違和感を掴んで
(=ↀωↀ=)<耐えるのではなく回避に全力出してたかもしれない




