第九十三話 無敵
(=ↀωↀ=)<本日二話目
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
□■アルター王国・某所
数値による最強を発揮した【獣王】。
概念による無敵を維持する【傲慢魔王】。
それは矛と盾の戦いであり、数字と文章の激突にも見えた。
不思議と速度で遥かに優越するはずのベヘモットは仕掛けず、毒で自らのHPが減る間も動かない。
「一つ、疑問があるのだけど」
静かに相対する中、ふと気づいたようにケイデンスがベヘモットに声をかける。
それは毒が彼女のHPを削るまでの時間稼ぎであり、今しがた思い至った疑問だ。
「そこまでステータスを上げたなら、爆発圏外にまで退避もできたんじゃない?」
ベヘモットは爆風……空気の拡散に先んじてスキルを二つ発動した。
そして《ぺネンスドライブ》を使った【獣王】の速度は……あのクロノの最大加速状態を上回る。
半ば時間停止に近い加速を得たならば、爆発が広がるよりも先に無傷で逃げ果せることも不可能ではなかったはずだ。
『……さあ? むしろ、あなたはよくあんな爆発を使ったね? 契約が怖くないの?』
「ああ。<ターミナル・クラウド>は元々人里からは離れていたしね。ほら、日照権とかあるし?」
答えをはぐらかすようなベヘモットの言葉だが、時間稼ぎがしたいケイデンスは逸らした話に乗って自分もまた適当な言葉を口にした。
そも、“トーナメント”時や戦争前に交わした契約は、ケイデンスにとって無意味なものだ。
あの時点でケイデンスは正体を隠しており、サインをしたのはハスターである。
別人がサインしているのだ。最悪でもハスターが一時使用不能になる程度で、ケイデンス本人のペナルティはないと踏んでいた。
『…………そう』
そんなケイデンスの返答について、ベヘモットは何も言わない。
しかし、自分の判断が正しかったとは確信していた。
――ケイデンスはその気になればどんな汚い手段でも使うという確信を。
ベヘモットが退避しなかった理由は、二つ。
一つ目は、相手の切り札を軽傷で耐えて見せるため。
『当たらなかったからダメージがない』のではなく、『当たっても効かない』と見せることで『【獣王】に《黄の印》が通じない』と思わせた。
二つ目は、ケイデンスと距離を離さないため。
爆発から退避した間に万が一にもケイデンスに姿を隠されないためだ。
ケイデンスはベヘモットが彼から離れて解毒することを恐れているが、ベヘモットこそケイデンスが離れることを恐れている。
この二つの理由は、突き詰めればある状況を避けるため。
即ち――『姿を隠したケイデンスが不意打ちで《黄の印》を撃ち込んでくる』状況だ。
使用した魔力量からケイデンスがMP貯蓄型の<エンブリオ>か特典武具を使っていることは明らかだったが、その残量はベヘモットからは見えない。
ゆえに当然、《黄の印》の再使用を警戒する。
いま幸運にもベヘモットとケイデンスは戦闘状態で会敵し、ケイデンスは戦闘の最中に切り札を使用した。
その切り札をベヘモット達は戦闘状態だからこそ、戦闘思考や即時合体のチャージといった準備ができていたからこそ耐えられた。
もしも非戦闘状態で、不意打ちに《黄の印》のコンボを撃ち込まれたならばベヘモットでさえ防ぐ術はない。
『相手の力を出させず、自分の切り札を叩き込む』。このセオリーにおいてケイデンスほど適した<マスター>はそういない。
そもそもガンドールに見つからず、ベヘモットと交戦状態にならなければ……どこかで誰かにその不意打ちを成功させていたはずだ。
ケイデンスはベヘモットが相対した数多の強敵の中でも十指に入り、『殺しうる』という意味ではより上位の敵。
だからこそ、捕捉できた今という好機をベヘモットは逃がせない。
少なくともこの戦争においては、ここで絶対に退場させなければならない危険分子。
ゆえに、ベヘモットもまた切り札を切る。
(“無敵”を倒せるかどうか……)
ベヘモットは幽かに、手の爪の先の感触を確かめる。
そこにある【アルセイラー】は本来、手足に装着される帯型の神話級特典武具だ。
この特典武具の元は、ヤモリに似た神話級の魔獣だ。
神話級のステータスと、《摩擦自在》……体表の摩擦を操る能力を持っていた。
まるで貼りつくように空中を動き、体表に当たるあらゆる物理攻撃を受け流してしまう怪物。先に【双月爪刻】を得ていなければ、ベヘモットの天敵だったかもしれない。
そんな怪物から得た特典武具には、当然のように布表面の摩擦を操作する力があった。シンプルな能力かつ神話級だからこそ、ほぼそのまま獲得している。
普段は自らの発揮する力に対して自重が軽すぎるベヘモットが吹き飛ばないための特典武具だ。空中だろうと摩擦力を発揮して駆け抜けることさえでき、尚且つ反動のノックバックも抑え込む。
それを今は、右手の爪に全て装着していた。籠手とブーツを兼用した変わり種の装備で帯という形状であるために、一ヶ所にまとめて装備することも可能。
普段ならば意味はない。小柄なベヘモットでは右手が団子のようになるだけだろう。布表面への摩擦を操作するだけなのだから。束ねて丸めて良いことなどない。
しかし、大怪獣と化した今は意味がある。
布を広げても大怪獣の手足を覆うには足りず、爪の先を覆うのがやっとだ。これでは四肢につけても然程意味はない。
それに……指は一本より四本の方が掛けやすい。
(――やろうか、バグ技)
◇◆
「…………?」
相対する二人。過ぎてゆく時間。毒でじりじりと減っていく大怪獣のHP。
その中で、ケイデンスはあることに気づいた。
(あいつ……何を掴んでる?)
いつの間にか、大怪獣の右手が強く握られていた。
巨大な右腕が微かに震えており、一〇〇万を超える筋力を振り絞っているのが分かる。
まるで何かを握り潰そうとしているようだが……まず真っ先に握り潰されるだろう敵は此処に健在だ。
まさか手の打ちようがない悔しさから怒りで拳を握りしめているなどということはないだろう。レヴィアタンならばともかく、ベヘモットにはない。
では、何をしているのか。
その答えは……大怪獣が右腕をゆっくりと動かしたときに分かった。
「え?」
最初、ケイデンスはそれを目の錯覚だと思った。
大怪獣の握りしめられた右手……その周囲が歪んで見えた。
熱による陽炎ではない。
風景を描いた絵を握ってクシャクシャにしてしまったかのような、不可逆の損傷に見える歪み。
現実の光景ではなく、目の不調を疑うような光景。
(……え? まさか……嘘でしょ?)
何が起きているのかを、ケイデンスはゆっくりと理解した。
(――空間を掴んでる?)
――自分の巻き起こした嵐以上の天変地異が現在進行中である、と。
◇◆
《摩擦自在》の力は、読んで字の如く『摩擦を自在に操作する』力。
ベヘモットや生前の【アルセイラー】は空中で摩擦力を発揮し、駆け抜けることができる。
しかし神話級の<UBM>が持つその力の限界は……物質に対しての摩擦に留まらない。
力をフルに発揮した《摩擦自在》は――空間そのものに対しての摩擦力を高める。
ゆえに可能とする力さえあれば、自らの手で空間を掴むことすらできた。
一〇〇万という埒外のSTRは、それを実現するには十分だった。
そして無論のこと――掴んで終わりの訳がない。
《破界の鉄槌》というスキルがある。
【破壊王】の最終奥義であり、破格のSTRと《破壊権限》で空間を叩き割るという最大級の攻撃スキルの一つだ。
【破壊王】の力と、攻撃力次第で空間にさえ干渉できる《破壊権限》の合わせ技である。
なお――発動条件のSTRは今の大怪獣のSTRの十分の一程度。
そして大怪獣には《破壊権限》こそないが、空間に干渉できる特典武具があった。
それは、バグ。
生前の【アルセイラー】の想定しない……できなかった運用。
神話級特典武具の出力を全開にして、破格のSTRで空間そのものを掴む。
そして……。
『――GOOOAAAAAAAAA!!!』
――咆哮と共に、掴んだ空間を地上最強の筋力で引き剥がす。
まるで壁紙を破るように、世界を構成する風景が破れて壊れていく。
空間破壊である。
これは技ではない。
特典武具の基本機能を、ただ力尽くに振り回しているだけだ。
それでもあえて名付けるならば、ベヘモットはつける名前を決めている。
即ち――《剥界の裂爪》。
かの最終奥義と同じ名をつけられた、世界を傷つけるバグ。
獣の爪痕の如く、空間が荒々しく引き裂かれていく。
ケイデンスもまた、その破壊に巻き込まれた。
「……っ!?」
未知の災厄。体験したことのない破壊。引き剥がされた空間の先に何もない虚空が見え、空間の上に存在していたのにこれ以上なく立ち位置を失う。
(けれど……!)
しかし、この恐るべき破壊行為でさえ、【傲慢魔王】には通じない。
絶命必至の破壊の渦中に身を置いても、無敵の小人はなおも健在。
そう。空間破壊でさえ、《インナー・ポジション》には通じないのだ。
それが、<マスター>の引き起こした現象である限りは通じない。
(これが【破壊王】なら《破壊権限》で押し切られたかもしれないけど、ただ単に力任せに破くだけじゃ効かなかったみたいだね……!)
いずれにしろ、これが【獣王】の打てる最後の手だろう。
やはりどれほどの力があろうと《インナー・ポジション》を破ることはできない。
ケイデンスはそう確信して前を見るが……。
なぜか、ベヘモットが後方へと飛び退いていた。
(なぜ?)
――ペキリ。
「……?」
ベヘモットの行動に対して生じたケイデンスの疑問は、すぐに自分の手から聞こえた奇妙な音への疑問に上書きされる。
彼が自分の手の方を見ると、そこにはまだ空間破壊の影響があり、視界がおかしい。
なぜなら、また空間がクシャクシャになって見える。
これでは――彼の右腕が無惨に折れ曲がっているかのようにしか見えない。
「え?」
しかし、それは見間違いではなかった。
空間破壊をものともしなかった彼の身体が、まるで紙のように折り畳まれ、潰れて、千切れていく。
《インナー・ポジション》は発動中だが……機能していなかった。
「ど、どうして……!?」
ケイデンスは想定外のダメージに狼狽する。
空間破壊を乗り越えたはずなのに、なぜ身体が破壊されているのだ、と。
しかし、ケイデンスにとっての想定外は……ベヘモットの想定内だ。
一〇〇万オーバーのAGIで安全距離に飛び退いたベヘモットは、自分の推測が正しかったことをその光景で理解する。
ヒントはあった。
直接攻撃や岩盤の直撃で傷一つつかなくとも、土埃には汚れた服。
気化爆発の爆心地にいても動くことすらないのに、風にそよぐ髪。
ケイデンスの確信したとおり、《インナー・ポジション》は仕様外の存在からの干渉を無効化する。
だが、自然現象は防げない。
<エンブリオ>に投げつけられた岩盤の衝撃は無効化できても、宙に舞った後に重力に引かれた土埃は服についた。
自らの発生させた地上最大の爆風は無効化できても、空気の乱れを直すように吹き込む風は髪を揺らした。
それはどちらも、仕様外に依るものではない自然現象。
そして、いま起きていることもまた自然現象。
空間破壊の後に発生する――空間の復元である。
引き剥がされた空間を復元しようと、急速に周囲の空間を歪め始めている。
空間を掴み、引き千切るまではベヘモットの所業だが……そこから先の空間の復元は世界そのものが起こす自然現象。
空間が穴埋めされる際の幾つもの歪みは、空間上にある物体を強度など無関係に引き千切りながら、空間を修復しようとする。
「こ、こんな……!?」
破壊ではなく復元という名の地上最大の災害の発生。
その結果、数キロの範囲が一瞬でズタズタになった。
無論、【傲慢魔王】たるケイデンスでも例外なく。
あるいは<終焉>ならば、この状況でも無傷だったかもしれない。
だが、【傲慢魔王】……魔王シリーズは【邪神】と<終焉>の試作品。
試作品であるがゆえに、【傲慢魔王】の《インナー・ポジション》はバタフライエフェクトにまで完全な対応はしていない。
そう、【邪神】と<終焉>のスキルが《インナー・ポジション》の完成形ということは――逆説的に【傲慢魔王】の《インナー・ポジション》は未完成ということだ。
「――――」
無敵の護りは破られた。
もしもこの場に、かつて無敵と称された<イレギュラー>を倒したシュウ・スターリングがいれば、次のような言葉を言ったかもしれない。
無敵ってのは――いつかはブッ倒される前提の肩書だ、と。
そうして、ケイデンスは歪む空間の中で血に染まって潰れていった。
To be continued
〇【アルセイラー】
(=ↀωↀ=)<普段は任意で摩擦オンオフしながら移動に使ってる
(=ↀωↀ=)<それは空中に簡易の壁出して三角跳びしてるようなもの
(=ↀωↀ=)<で、今回は壁を掴んだまま引っ張ってぶっ壊した
( ̄(エ) ̄)<ひどい力業クマ……
( ꒪|勅|꒪)<お前が言うなヨ
〇【傲慢魔王】と【邪神】の防御の違い
(=ↀωↀ=)<【傲慢魔王】の方は『仕様外』の発したエネルギーか否かで判定して無効化してる
(=ↀωↀ=)<<マスター>の行動で言うと
・直接攻撃
・物を投げる
・スキルをぶつける
・空間を破壊する
(=ↀωↀ=)<上記のような現象のエネルギーが<マスター>依存の行動は無効
(=ↀωↀ=)<空間の復元など<マスター>が起こした行動に対する自然の修復作用は
(=ↀωↀ=)<現象のエネルギーが自然界依存(仕様内依存)なので有効
(=ↀωↀ=)<で、先代管理者も試験段階で気づき
(=ↀωↀ=)<「まだ駄目かな」、「ここに来る『仕様外』はそういう攻撃やりそうだな」となり
(=ↀωↀ=)<【邪神】版は世界内で発生した『仕様外』が発端の現象を標識して防ぐようにした
(=ↀωↀ=)<まぁ、そっちはそっちで『仕様内』の物質で構成された薬とか効いちゃうんだけどさ
(=ↀωↀ=)<具体的に言うとゼクスがテレジアに薬(薬草由来)嗅がせたときとか
(=ↀωↀ=)<これが『毒ナイフで斬りつける』とかなら無効化するんだけどね
(=ↀωↀ=)<同じ理屈で純『仕様内』の物質で作られた爆弾とかも効く
(=ↀωↀ=)<と言っても【邪神】に効くような爆弾の材料なんてモンスター由来だし
(=ↀωↀ=)<今のモンスターのドロップ素材って全部『仕様外』だけどね
〇《剥界の裂爪》
(=ↀωↀ=)<ベヘモット版ワールド・ブレイカー
(=ↀωↀ=)<過程は違うけど効果は同じ
(=ↀωↀ=)<差異としてはベヘモットのAGIがおかしいので
(=ↀωↀ=)<空間の復元前にバックステップで自爆を回避できる
〇無敵ってのは~
(=ↀωↀ=)<アニメ特典読んだ人が覚えてくれてたらうれしい台詞
(=ↀωↀ=)<あと本作の『無敵』についての普遍的な前提でもある
追記:
〇《黄の印》と《インナー・ポジション》
( ꒪|勅|꒪)<あれも圧縮した空気解放してるだけだから無効化できないんジャ?
(=ↀωↀ=)<そもそも圧縮に使った空気自体がケイデンスの魔力で作ったものだから
(=ↀωↀ=)<形変えても無効化対象のままだよ
(=ↀωↀ=)<その後に吹き込んできた風は別口




