閑話 【邪神】に連なるもの
■二〇四五年四月下旬・ドライフ皇国某所
戦争を控えたある日のことだった。
「私が知っていることを貴女に言い遺しておきますわ」
『……何言ってるの?』
ベヘモットは親友から縁起でもない言葉を聞かされ、小動物の姿でも分かるほど怪訝で悲しそうな顔をしていた。
対して親友……皇王クラウディアは気にした様子もなく話を続ける。
「あくまで念のための話ですわ。前から伝えておきたいとは思っていましたもの」
クラウディア・L・ドライフはハイエンドと呼ばれる人間の一人だ。
ジョブを管理する<アーキタイプ・システム>は、一部の【神】シリーズの条件などで人間の才能や技術を数値化して判定している。
そして<アーキタイプ・システム>は観測された才能が規定値を超えた……所謂『数百年に一人の天才』を人界のハイエンドと認定し、先代管理者が定めた無限職や<終焉>の情報を開示する。
そうした事情からクラウディアは今の世界が抱えた問題を最も理解した人間の一人であり、その対策に動いた結果……多くの混乱を起こすこととなっている。
彼女にしてみれば、『多くの人間が知らないままに世界が終わる』か『混乱の中で世界が存続する可能性を掴む』かの二択であったが。
「それに、伝えることに関しての懸念もなくなりましたから」
そんな彼女だが、これまで親友であるベヘモットにも自分が抱えた問題……ハイエンドが担う【邪神】や<終焉>への対策に関して詳細までは伝えていなかった。
管理者という存在がいる以上、この秘密を他者に伝えていいものか分からず、<マスター>に伝えた場合が特に未知だったからだ。
だが、講和会議ではぼかしながらではあるがアルティミアに話すことができた。
更にゼタの持ち帰った情報や王都テロでの動きを精査して、第三王女が【邪神】の最有力候補者であることまでも絞れている。
その流れで一つ、重要なことが明らかになった。
それは<マスター>の一部……【破壊王】と【犯罪王】の二人は確実に【邪神】の情報を知っているということだ。
ゼクス・ヴュルフェルが【犯罪王】となる前に起こした第三王女誘拐事件。
【邪神】に対して危害を加えるという暴挙。
ならば間違いなくゼクス、それに事件に飛び込んだシュウは【邪神】の力の片鱗を見ているはずだ。
しかし調べた限り、あの二人が【邪神】について公言したことはない。
つまり、言い触らすのでもなければ<マスター>が知っても問題はないと考えられる。
それゆえ、クラウディアも自分が知る【邪神】と<終焉>の情報をベヘモットに伝えておくことにした。
今後のプランで解決する算段ではあるが……もしもこの問題を解決できないまま自分が死んだ場合に【邪神】の情報が不足しないようにだ。
「まず、この世界には【邪神】と<終焉>という存在がいて……」
そうして、クラウディアはハイエンドとして知りうる知識や王都襲撃でゼタから得た【邪神】についての情報を親友に教え始めた。
◆
「以上ですわ。どう思います?」
クラウディアの話を聞き終えたベヘモットは、小動物なのにどこかゲッソリとした顔をしていた。
それは話が長かったからではなく、その内容ゆえだ。
『……<マスター>に対して無敵の時点で、できることないよ?』
もしものためにと聞かされた話であるが、ベヘモット自身にはできることが何もないという内容だったのだから無理もない。
それほどベヘモット……否、<マスター>にとって【邪神】と<終焉>は最悪の相手だ。
『特典武具でもダメなんでしょう?』
「付け加えれば、モンスターを使っても駄目ですわね。もう過去にない仕様が混ざっていますし」
ハイエンドに与えられる知識は過去のものだ。
ゆえに、比較すれば何が【邪神】の弾く外の仕様かも分かる。
古い時代にはあるだけで何の支障もなかった力が、現代では最大の障壁になっている。
「私達が本気で殴ればいけませんか? STRで一〇〇万は出ますよ?」
横で聞いていたレヴィアタンが力任せなことを言うが、クラウディアは首を振る。
「無理ですわ。概念の域ですもの。『仕様外から干渉されない』。これは<マスター>・<UBM>といった本来仕様にない異物である限りは絶対防御……いえ、存在としての立ち位置が違いますわ。数学や物理学ではなく、文学の話になりますわね」
ベヘモットとファトゥムといった二人の“最強”が数字の暴力であるならば、【邪神】は侵されざる条文。
数字を如何に重ねても『干渉されない』の一文が全てを拒絶する。
「<UBM>などにもそういうモノがおりましたでしょう? 『射程外からの攻撃は効かない』結界を持っていた【グローリア】が分かりやすい例ですわ」
そうした法則を今の世界の過半を構成するモノに対して行使しうるのが【邪神】ということだ。
「概念の防御を突破する手段は二つ。一つは法則の対象から外れる手段で攻撃すること」
『それは<マスター>の時点でダメ』
「ええ。もう一つは壊せないものを……『概念そのもの』を破壊する力で攻撃すること」
『…………』
その言葉で、ベヘモットが思い浮かべたのは自分もよく知る一人の男だった。
「それが可能なのはティアンに一人。<マスター>も一……いえ、二人ですわね。……まぁ、よりにもよって、と言いたくなる二人ですわ」
『概念』を破壊する力の持ち主と、それを模倣できる力の持ち主。
よりにもよって、【邪神】の存在を知りつつも倒さなかった二人だった。
「何だか面倒な話ですね。そういった小細工で身を護るジョブは多いのですか?」
「多くはありませんわね。【邪神】を除けば【破壊王】の対である【無疵王】。あとは【邪神】の試作型超級職……魔王シリーズの【傲慢魔王】くらいですわね」
『【傲慢魔王】?』
魔王シリーズに就いたレジェンダリアの指名手配者達のことは聞き知っていたベヘモットだが、それは彼女の記憶にもないジョブ名だった。
クラウディアはそれも踏まえて説明を重ねる。
魔王シリーズは【邪神】に搭載する機能を七つに分割したテストベッドの超級職だ。
【傲慢魔王】はその中でも条件付の干渉無効と情報隠蔽能力を担っている。
そしてハイエンドの知識の【邪神】に関する項目において、『先代管理者が魔王シリーズの実証データからスキルの取捨選択とアップグレードを行い、【邪神】と<終焉>に搭載した』という情報もあった。
そう。取捨選択とアップグレードだ。
例えば【傲慢魔王】の持つ干渉無効能力であるが、完成形である【邪神】には《アッパー・ポジション》と《インナー・ポジション》はそのままのカタチでは搭載されなかった。
レベルで劣る者の干渉を防ぐ《アッパー・ポジション》は《看破》や《真偽判定》への隠蔽能力だけが残され、それもレベルを問わないものに変更された。
《インナー・ポジション》は純粋にアップグレードされた常時発動版が搭載され、時間ごとの消費MPも自然回復量より大幅に低くなるように変更されている。
その変更はレベルが低くともこの世界の存在による打倒の可能性を遺すためであり、この『試練』に対して絶対に仕様外存在の干渉を許さないためである。
「という訳で【傲慢魔王】は時間制限がある以外は、【邪神】と同じ能力を持っていますわ」
「……前から思っていましたが、この世界は攻撃を無効化するモノが多すぎますね。一番はあの面倒くさい【ブローチ】ですが」
「それも【邪神】由来ですわよ?」
「『え?』」
クラウディアが何気なく口にした言葉に、レヴィアタンだけでなくベヘモットも驚いた。
「この【エンペルスタンド】の深部データベースの記録ですけれどね。先々期文明の崩壊前、“異大陸船”と“化身”の襲来の少し前に<終焉>が起動したらしいですわ。そのときは特殊超級職と超級職がティアンの手にあり、名工フラグマンの兵器群もあったので真っ向勝負で打倒したそうですわ」
それは二〇〇〇年以上前。人間範疇生物……ティアンの戦力が歴史上最大にまで高まっていた時代であり、<終焉>を真っ向から撃破できた最後の時代だ。
この【エンペルスタンド】に限らず、各地の<遺跡>や長命種族の伝承には僅かに残っているエピソードでもある。
もっとも、【邪神】や<終焉>の記録の大部分を消された王国内では最早見つからないものだが。
「その後、【邪神】や<終焉>の性質をある彫金師兼錬金術師が研究して、概念による防御を装備品に落とし込むことに成功。『致命攻撃を防ぐ』概念を持たせた【救命のブローチ】を作りましたの。まぁ、【邪神】の干渉無効を完全にはコピーできず、【健常のカメオ】や【防犯のブレスレット】に機能分割する必要もありましたし、材料が希少なのに頻繁に破損しますけれどね」
「なるほど。……元が生産品ならばレシピで作成できるのは分かりますが、何故ボスのレアドロップアイテムにまでなっているのです?」
「管理者が複製生産してドロップ品に混ぜているのではありませんこと?」
クラウディアの予想は正しい。ボスドロップである【宝櫃】に封入するアイテムはボスの持つリソースが変化したモノの他にリソースに応じて管理AIが用意する場合もある。
アイテム担当の管理AIが複製した物品も多く含まれており、【ブローチ】はその代表例だ。
(性質を研究……)
なお、クラウディアとレヴィアタンが会話する横で、ベヘモットは違うことを考えていた。
(それって大昔の戦いでも【邪神】が干渉無効……仕様外への防御能力を使ってみせたってことだよね。<マスター>もいなかったのに?)
もはや失われた歴史の中で何があったのか……ベヘモットには想像する材料が足りなかった。
ともあれ、あの【ブローチ】や【カメオ】の大本となれば、【邪神】の防御能力の厄介さも理解できるというものだ。
常時あんな無効化能力を使われては勝負が成立しない。
しかし……。
(仕様外への無敵。それは……どこまで?)
王都襲撃では<超級>であるゼタや、<超級エンブリオ>によって改造されたティアン……改人が投入された。
それらの攻撃が【邪神】と目される人物を傷つけることはできなかったらしい。
水爆にも耐えたというのだから、仕様外存在への防御能力は極めて高い。
なお、ゼタとの戦いで実際に矢面に立ったのは管理AIであるドーマウスであり、これについてはゼタや彼女から話を聞いたクラウディアも誤認している。
しかし、テレジアが直接相対しても攻撃の結果自体は変わらなかったため、推測はそのままで問題ない。
(仕様外に対して無敵とは、どの段階まで? それに、【邪神】とその試作型である【傲慢魔王】との、差異は?)
親友が何としても倒さんとしている相手だ。
打倒できるならば、ベヘモットは自分の力を尽くしてそれを完遂する心算だ。
自分の手札に何か通じるものがないかと頭を巡らす。
(あれならひょっとして……もしものときは試してみよう)
そう密かに決意した彼女が、【邪神】に連なる力と相対するのは然程遠いことではなかった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<本日二話更新
〇彫金師兼錬金術師(兼ゴーレム職人)
(=ↀωↀ=)<代表作は『最高』
(=ↀωↀ=)<ちなみに【ブローチ】類は開発当時そこまで評価されなかった
(=ↀωↀ=)<目に見える最大の脅威(<終焉>)撃破後だったことと
(=ↀωↀ=)<時代的に人間&科学がモンスターより強かったこと
(=ↀωↀ=)<「すぐ壊れるからお守りにしかならない」
(=ↀωↀ=)<「発動したときには死に瀕している」
(=ↀωↀ=)<などが理由
(=ↀωↀ=)<あと「時代はフラグマン製だぜ!」で不当に世間の評価低かった
(=ↀωↀ=)<でも初代フラグマン自身は「……あの人こそ本物の天才だよ」とか思ってた
〇【防犯のブレスレット】
(=ↀωↀ=)<対盗賊・強盗用の装備アイテム盗難防止アクセサリー
(=ↀωↀ=)<これにアクセサリー枠を割く人はほぼいないけど
(=ↀωↀ=)<とある<超級>は愛用する




