第九十二話 最強
(=ↀωↀ=)<本日作者誕生日
(=ↀωↀ=)<「そろそろアラサーも終わる年齢か……」とちょっと黄昏る日でもある
(=ↀωↀ=)<それはそれとしてHJ文庫公式にて17巻のちょこっと立ち読み開始
https://firecross.jp/hjbunko/product/1408
(=ↀωↀ=)<17巻は完全書き下ろしなので
(=ↀωↀ=)<冒頭部分から新鮮な気持ちでお楽しみいただけると思います
□■アルター王国・某所
単独多重儀式魔法、《黄の印》。
数兆トンの気体を極限圧縮し、瞬間解放することで周辺一帯を跡形もなく吹き飛ばす魔法史上最強の気化爆弾。
ケイデンスが<Infinite Dendrogram>での日々で得た全ての手札で放つ、最強のコンボ。
いまこの時、地上でその威力が発揮された。
見渡す限り、草木の一本もなくなった大地。
急激な減圧による気温低下で、一面凍結したエリア。
爆発を経て発生した気流の乱れで吹き荒れる空。
正しく天変地異と言うに相応しい光景。
構築は完璧であり、過程を省略しても問題なく魔法は発動した。
これだけの爆発を体内で受ければ、如何なる生物であろうと死ぬ。
スライムであろうと、自己を保存できないほどに粉々になるだろう。
そんな爆発の発生点に、レヴィアタンはいたのだ。
もしもベヘモットが直前で紋章に格納していようと、そのときはステータス強化を失くしたベヘモットが爆風で死ぬ。
「……………………」
ガンドールの姿は見えない。
消し飛んだか、退避したか。ケイデンスにとってはどうでもいいことだ。
彼が生きていようと、死んでいようと、もはやケイデンスには関係ない。
いや、きっと死んでいるだろう。
この渦中で、ケイデンス以外に生存できる生物がいる訳がない。
使ったケイデンスとて、《インナー・ポジション》がなければ死んでいただろう。
(だったら――僕が見上げているモノは何だ?)
いま、ケイデンスの眼前に――聳え立つ巨影がある。
高さは一〇〇メテル前後だったが、小人のケイデンスからすれば巨大山脈にも等しい。気温低下で表面が凍結しているため氷山にも見える。
しかしこの存在は……唐突に出現したわけではない。
むしろ逆だ。
残っているはずがないモノが、残っている。
そう……【怪獣女王 レヴィアタン】がそこにまだ存在している。
「……なんで?」
純粋に、ケイデンスの内から疑問が生じている。
タイミングを考えても、ステータスからしても、あの爆発には耐えられないはずだ。
動揺するケイデンスとは対照的に、レヴィアタンは静かに……しかし大きく息を吐いた。
『……こまくやぶれた』
身動ぎをして表面の氷を剥がし落としながら、地鳴りの如き声を発する。
しかしその声は、レヴィアタンのモノではない。
「……その、声」
――ベヘモットの声がレヴィアタンから聞こえた。
よく見れば、レヴィアタンの形状が直前までとは変化している。
前方を向く角が増え、胸甲に似た結晶体が生え、体格も一回り大きい。
その変化の理由に、ケイデンスは思い至った。
ベヘモットが持つ手札として、考慮すべきもの。
如何なる<エンブリオ>であれ、一定の領域を超えれば獲得する資格を得るもの。
それは……。
(――必殺スキル)
◇◆
スキルによる融合合体。
ガーディアンのスキルとしては珍しくもない。
そしてレヴィアタンの必殺スキルがそれであろうとは、以前から数多の<マスター>の間で噂されていた。
――《我らこそ怪獣女王》。
それこそが、【怪獣女王 レヴィアタン】の必殺スキル。
スキルの効果は至ってシンプルだ。
ベヘモットとレヴィアタンを融合し、発動時点でのベヘモットとレヴィアタンのステータスを合算する。
ガードナー獣戦士理論の強化値を乗せたまま大本のレヴィアタンと合体するため、実質的にはレヴィアタンのステータスを倍加するスキルとも言える。ジョブと<エンブリオ>がシナジーした形だ。
だが、スキルの効果がどうあれ、ノータイムで準備を終えた……完全な不意打ちに等しい《黄の印》に先んじて必殺スキルを発動することがどうして可能だったのか。
その理由は、三つ。
ベヘモット側に二つ、ケイデンス側に一つある。
第一の理由は、《終末時計》の発動をレヴィアタンが察していたこと。
自分の命を脅かす攻撃が来ると、獣の本能が告げた。
それまでのケイデンスのお手玉などの攻撃とは違う。
あの【破壊王】のバルドルの拳同様に、『受けてはならない』攻撃が来ると理解した。
第二の理由は、その思考を一瞬でベヘモットに伝えられたこと。
会話でも念話でも遅いタイミング。
だが、ベヘモットとレヴィアタンの間にはそれよりも速い意思疎通の手段がある。
その手段の名は、《獣心一体》。
【獣王】の奥義であり、自らと《獣心憑依》したモンスター間の思考を、距離や障害を無視してシンクロさせる。文字通り、心を一つにするスキル。
外界に影響を及ぼすものではなく、超級職の奥義としては弱い力だが……このスキルによって一瞬で全てを伝えられた。
必殺スキルを使って備えるべき、と。
そして、バビロンなどと違ってレヴィアタンは戦闘に使うスキルを必殺スキル一つしか持たないゆえに、発動の準備は常に済ませている。
ベヘモットが傍におり、合体可能な状況であれば一瞬で合体可能だ。
だが、一瞬は一瞬。
《終末時計》によってノータイムで発動した《黄の印》に先んじることはできない。
レヴィアタンが察知し、ベヘモットに伝え、必殺スキルを発動するとしても……それはケイデンスの魔法の発動に対しては後れを取っていた。
先んじたのは――物理現象そのもの。
《黄の印》の極限圧縮が完了した後、制御を外された空気の解放と拡散に先んじた。
それは《黄の印》の構造上避けられない一瞬の間。
一秒にも満たない時間が……超々音速の域に生きるベヘモット達には猶予となる。
膨れ上がる空気の爆発がレヴィアタンに触れるよりも先に……彼女達は合体を完了したのだ。
◇◆
ケイデンスは眼前で起きた出来事……爆発の直前に両者が合体していたという事実は認めた。
それでも、まだ疑問はある。
(でも、合体したところで……耐えられないはず)
如何に強くなったところで、《黄の印》の口内爆発に耐えられるはずがない。
レヴィアタンのステータスが何倍になろうと、頭部が消し飛ぶか内臓が破裂する。
生物であれば体内での爆発に耐えられるわけがない。
「……?」
体内での爆発であれば。
(爆発前と、立ち位置が違う……?)
爆風の影響による移動ではない。
地面についた爆風による移動の痕跡、その発端自体が爆発直前のレヴィアタンの位置からズレている。
「……合体によって、位置を動かした?」
かつてベヘモットが相対したバビロンの《ユニオン・ジャック》がそうであったように、融合合体スキルの多くは合体時には<マスター>を起点とする。
眼前の巨体も同様。スキルを発動したことで、レヴィアタンであった存在が粒子化してベヘモットの位置に移動。その位置で合体形態として再構成される。
この仕組みによって、レヴィアタンの体内での爆発を回避したのだ。
「いや! それだって、爆発を受ける箇所が体の内か外かの違いだけだぞ!?」
爆発の位置が体内から至近距離に変わっただけに過ぎず、爆心地であることに違いはない。
爆風で移動している時点で、直撃もしている。ケイデンスのように干渉を無効化している訳ではない。
体表が爆ぜても、爆圧で内臓が潰れてもおかしくない。否、それこそが必然。
仮に神話級の存在でも耐えられない。
ハスターの試算では、仮にENDが五〇万あろうと生物ならば致命傷を負う。
レヴィアタンの数値の倍を試算しても殺せると踏んだから、フルオープンで手札を晒したのだ。
だというのに……。
「……何で生きてるのさ、怪物」
ケイデンスは引きつった笑みを浮かべながら、問うしかない。
だが、その疑問に対し、巨大な怪獣は……まるで小動物のように首を傾げた。
『何でって……それこそ何で聞くのか……分からないよ?』
破れたと言った鼓膜も修復したのか、ベヘモットが聞き返す。
『だって知っているはず……でしょ?』
そして巨大な指で自らを……自分と相棒を指し示して宣言する。
『私達は――“最強”だって』
◇◆
ベヘモット
HP:8706980/47385060
MP:3450
SP:50651
STR:444350(+600000)
AGI:435918(+600000)
END:474340(+600000)
DEX:3716
LUC:325
◇◆
「――――――――」
《看破》で見えたステータスに、ケイデンスが言葉を失う。
STR・AGI・ENDの全てが一〇〇万を超えている。ありえない数値上昇だった。
半面、膨大なHPが五分の一程度にまで削れていた。
残ったHPは毒によるものか、今も徐々に減少はしている。
毒での減少。《黄の印》のダメージ。それだけ減っていても不思議ではない。
しかし……。
(だったら、HP相応に外傷を受けているはずだろう!?)
眼前の怪獣に、HPほどのダメージは見えない。
まるで傷の結果としてHPが減ったのではなく数字が減っただけのように。
(まるで、HPだけを何かに捧げたかのような……。…………捧、げ?)
ケイデンスは思考して、ある答えに行きつく。
(……【獣王】……レヴィアタンの身体……、……爪……あの爪装備は、どこに?)
情報を集め、博識であるからこそ、彼はそのスキルを知っていた。
(HPのみの減少……、素手限定……、…………【苦行僧】!)
今より半日前、異なる戦場で一人の男が用いた戦法。
莫大な生命力を持つ者のみに異常強化の道を開くスキル。
そのスキルの名は……。
「――《ペネンスドライブ》!!」
《ペネンスドライブ・フィジカル》。
この【苦行僧】のスキルは素手のときのみ使用可能。
スキルレベル五ならばHPを一〇〇捧げる毎にSTR・END・AGIを二ポイント、十分間上昇させる。
通常であれば、命を削って雀の涙ほどの強化を得る下級スキルだ。
ただし……大海の如き巨大な命であれば、強化もまた雀の涙で収まらない。
いま《看破》で見えている上昇した数値は、各ステータス六〇万。
つまりは……。
「自分のHPを、三〇〇〇万捧げた!?」
異常な数字だ。超級職でも百人以上は死ぬ数値だ。
だが、合体したベヘモットならば……四〇〇〇万オーバーの生命力を持つ大怪獣ならば捧げても問題ない数値である。
爆発の直前に合体。
ベヘモットの位置に移動したこととステータス上昇でさらに加速した体感速度で生じた猶予によって、爆風の到達前に《ペネンスドライブ・フィジカル》を使用。
大量のHPと引き換えに更なる頑強さを得て……爆発を耐えきった。
爆風による破壊を一〇〇万の耐久で弾き、
爆圧による圧壊を一〇〇万の筋力で抑え、
ダメージを最小限にして……今ここに一体と化した【怪獣女王】が立っている。
これこそが、“物理最強”【獣王】ベヘモットの融合決戦形態の力である。
「………………っ」
ケイデンスも理解している。
もはや彼の持つ風属性魔法で破壊できる存在ではない。
物理的な破壊を齎す属性では、あれを傷つけることは難しい。
お手玉では通じず、ある程度のダメージは与えられる《黄の印》はもう一度使えるほどの魔力がない。真空にしたところで、あの怪物には効かないだろう。
(けれど攻撃が効かないのは、向こうも同じ!)
どれほど馬鹿げたステータスを誇ろうと、<マスター>であることは変わらない。
一振りで天地を砕く攻撃力があろうと、《インナー・ポジション》がある限りはケイデンスには届かない。
対して、ケイデンス側には勝機がある。
肉体が融合した影響か、レヴィアタンに投与した【醜風蕭杖】の毒はまだ有効。
割合ダメージで削る毒は最大値が増したHPでも問題なく削れている。
何より、ベヘモットのHPは残り二〇%未満。
(このまま、あいつに回復の隙を与えないまま毒を維持すれば……僕の勝ちだ!)
獣の姿に戻って【快癒万能霊薬】を飲む行為さえ防げば勝てる。
そう考えて、【獣王】を倒し切るべく【醜風蕭杖】を構えた。
実際にはもう一つ今の【獣王】に通じるかもしれない手はある。
それは【傲慢魔王】の最終奥義、《傲慢の終焉》。
これを使えば攻撃が徹る可能性はある。
だが……最終奥義の発動は《ポジション》の封印と引き換えだ。
《インナー・ポジション》が生命線の今は使えなかった。
それでも、ケイデンスの戦意はいまだ消えない。
(このまま……【獣王】を倒すさ!)
かつての約束通りに、“最強”との戦いを悪友への土産話とするために。
◇◆
『…………』
決意と共に彼にとってあまりにも巨大な敵に挑むケイデンス。
ベヘモットはそれを見下ろしていた。
(試作型超級職……)
否、観察していた。
爆発で舞い上がった土埃が降りかかり、更に彼の服を汚すのを。
乱れた空気を直そうと流れた気流に、ケイデンスの髪がそよぐのを。
(――なるほどね)
杖を構えるケイデンスに対し、ベヘモットもまた動く。
右腕を、振りかぶる。
明らかな攻撃態勢に入った右腕には、今の彼女の埒外の筋力の全てを込める。
そんな右手の四本の爪の先には一点ずつ、細長い布が巻き付けられていた。
それは先刻まで、小さな【獣王】の四足を包んでいた布。
銘を――【拘泥自在 アルセイラー】といった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<17巻発売前&スパロボ30発売前にこのエピソード終わらせるんだ……
〇《我らこそ怪獣女王》 / 融合決戦形態
(=ↀωↀ=)<七章七十八話後書きの「お気づきになられましたでしょうか」は
(=ↀωↀ=)<今回の【獣王】のコンボです
(=ↀωↀ=)<要するにベヘモットは爪装備さえ外せば
(=ↀωↀ=)<いつでも【苦行僧】のスキルを今のイライジャ以上の規模で使えるんです
(=ↀωↀ=)<じゃあどうして普段は爪装備してるのかと言えば
(=ↀωↀ=)<そもそも元の攻撃力からしてオーバーキルすぎるので
(=ↀωↀ=)<『物理攻撃効かない奴』対策の爪装備を常用にしてるのです
(=ↀωↀ=)<《タイガー・スクラッチ》とかもあるしね




