第八十一話 裏切り者と呼ばれる男
(=ↀωↀ=)<昨日、漫画版45話が更新されました
(=ↀωↀ=)<モブの皆さんの存在感
(=ↀωↀ=)<あと漫画版9巻は10月1日発売予定です
□王都教会・会議開始の一時間前
「…………」
集めた情報を資料にまとめながら、ルークは詰みかけた現状に悩んでいた。
既に二度も襲撃された王都にレイを置き続けるのはあらゆる意味で危険だ。
何より王都に重大な被害が生じれば、戦争の勝敗以前の問題になる。
そうなってしまえばレイが悲劇の原因が自分にあると考え、心に癒えぬ傷を負うことが明らかだからだ。ルークとしては許容できない展開と言える。
(……レイさんは優しすぎますからね)
ルークはイゴーロナクの正体……そしてヴィトーが何者かに攫われたことを誰にも告げていない。
敵であっても、知ればレイは必ず気に病む。
このギリギリの状況で余計な心労を与える必要はないと判断し、バビにも口止めした上で情報を自分の中に留めている。
(今は、レイさんを王都から移送することを考えましょう)
しかし、現状の戦力でレイを安全に移動させる手段がない。
残ったランカーで移送するにしても皇国戦力はいまだ多く、月夜やシュウがいないと知れた時点で【獣王】らが襲来するかもしれない。
そうなれば手の打ちようはない。
(空路なら……)
<ウェルキン・アライアンス>に連絡を取り、空路で移動する手はある。
<アライアンス>のツートップである【嵐王】と【飛将軍】は今も健在だ。
対抗する皇国側の空中戦力は限られ、空戦で有名な<マスター>も<叡智の三角>のサブオーナーと、戦争前に<LotJ>へ加入したフリーの準<超級>くらいのものだ。
空中と言う時点で優位が取れるため、良い手と言える。
(懸念は、【魔将軍】の神話級悪魔やフランクリンの改造モンスター軍団。ですが、それでも地上を行くよりは遥かに……同時に地上で囮を動かせば……)
冷静に、冷徹に、王国の生命線であるレイを逃がす算段を模索する。
そんな折、ルークのいる部屋のドアがノックされた。
「…………」
ルークは無言のまま、サインでバビに《ユニオン・ジャック》の準備を指示する。
コートと左手に擬態しているリズに防御の準備を行わせ、室内の闇にタルラーを潜ませた。
既に一度襲撃を受けている教会。警戒をするに越したことはない。
何より今はルーク自身が囮を担い、教会の外から来て<デス・ピリオド>に用事のある人間をこの部屋に案内するように頼んでいる。
皇国が再度の襲撃を仕掛けてきた場合に、ここで止めるためだ。
重傷のレイ、鎧を失くしたビースリー、マリリンやオードリーこそ重傷だが他の戦力は保持したルーク。
ならば、自分が矢面に立つべきだとルークは考えている。
「どうぞ」
内心の警戒を自然に隠しながら、ルークは訪問者に入室を促した。
はたして、扉を開けた人物は彼の見知った男。
「ウィキさん?」
「ああ、久しぶりだな」
<Wiki編纂部・アルター王国支部>のオーナー、【氷王】アット・ウィキだった。
“トーナメント”の決勝戦でルークと対戦した相手でもあり、レベル上げに適した狩場の情報提供などでクランとしても借りのある人物だ。
王都周辺では活動していなかったはずの彼がどうしてここにとルークが疑問に思ったとき、もう一人……室内に入ってくる。
「お邪魔しますよぉ」
それは目つきが悪く、フレームの細い眼鏡や服装との組み合わせで漫画のマフィアにも見える男。
ルークはその人物が何者かを知っている。
<皇国支部>のオーナー、【扇動王】パレード・W・デッド。
数少ない転移ゲート使いであり、モンスターによる奇襲を得手とする敵国の準<超級>。
「ククク、ようやく王国の第二位クランとの対面ですか。それで、重傷で運び込まれたというそちらのオーナーはどこです? ご挨拶が必要かと」
(――敵かな?)
パレードをこの場に連れてきたアットも含めて敵と見做し、ルークが従魔に攻撃のサインを送ろうとしたとき。
「待て! 敵ではない! こいつは……(最悪に苛立つが)……敵ではないんだ!」
アットは言葉の一部を呑み込みながら、断腸の思いで必死に弁明した。
「…………」
ルークは彼の表情を読み、しばらく警戒してからどうやら嘘ではないらしいと判断した。
「……それで、どういったご用件ですか?」
「あ、ああ。順を追って話す」
辛うじて表情を取り繕ったルークに問われ、アットはこれまでの経緯も含めてパレードとここに来た理由を話し始めた。
ニッサでの両クランの激突。
MPKによって神話級<UBM>同士の激突になったこと。
最終的には他の<UBM>や他国の<超級>の介入で何とか事態が終息したこと。
その中で、<皇国支部>を戦争時点で裏切らせることに成功したこと。
これらの情報を今の王都で最も力あるクラン……複数の<超級>を抱え込む<デス・ピリオド>に伝え、そしてパレードの力を有効活用してもらうために来たのだとアットは説明した。
その意見にルークは納得する。
<超級>を転移で送り込む奇襲戦法は、成功すれば卑怯なほどに強い。実際にされた側だからこそ怖さを実感している。
何より、この転移能力は攻撃以外の面でも光明だった。
「いやぁ、ニッサからここまで強行軍で疲れましたよ。あ、喉渇いたんでちょっと飲み物飲みますねぇ。ゴキュゴキュ」
なお、アットが必死に説明している横でパレードはそんなことをのたまっていた。
ルークの目は笑っていなかったし、アットの首筋には血管が浮かんでいた。
その後、ルークは会議の時間が迫っていたのでそちらを優先し、パレードの件については会議終了後に身内にのみ伝えることにした。
仲間への説明の際、ニッサの事件の幾つかの点をボカす必要があるなと考えながら……。
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
変なテンション(いつも通りらしい)で入室してきたパレード氏に加え、<王国支部>のアット氏も交えて事情を聴いた。
戦争中から実質的なクラン合併を果たし、王国に協力することになったそうだ。
フィガロさんが襲撃成功した<砦>の情報も、「皇国の<フラッグ>について知っていることを教えろ」とアット氏に要求されたパレード氏の提供らしい。
「彼らの経緯については今の説明の通り。重要なのは、パレードさんの<エンブリオ>……ビフロストの空間転移能力です」
「門を建造した場所と<エンブリオ>本体を繋ぐ転移ゲート、か」
門を建造する必要があり、一日に一度しか通れないので片道になるが非常に有用だ。
「さっきのカルチェラタンに行くっていうのは……」
「はい。王都に固定門を建造した後、パレードさん達がカルチェラタンに向かいます。そこでビフロストを展開し、レイさんと僕達をカルチェラタンに転送……という流れです」
それならば、移動時の危険性は大きく減る……どころかゼロだ。
ルークが懸念していたと聞くイゴーロナクによる<宝>の転送。
それを、<命>とビフロストでやるということだ。
「カルチェラタンに向かう理由は二つあります。第一に、傷を回復できる扶桑月夜がカルチェラタンにいること。レイさんは満身創痍、僕も左手を失い、オードリーが重傷、マリリンは瀕死状態で停止しています」
イゴーロナクとの交戦でルーク達も重傷を負った。
ルークはリズで左手を補っているが万全ではなく、オードリーは銃撃を受けて墜落。
そしてマリリンは致命傷を負い、【ジュエル】を停止モードにして命を繋いでいる。
治療には即時完全回復が可能な扶桑先輩の《聖者の慈悲》が必要だ。
「第二に、あそこが拠点として最も堅牢だからです。レイさんを倒すために広域殲滅を仕掛けようとも、郊外にある<遺跡>……そして<月世の会>の守りがあれば耐えるでしょう」
カルチェラタンの街中ではなく、<遺跡>に籠もる。
街を巻き込む心配は薄く、敵の攻撃にも備えられる。
問題は、<命>と<砦>を同じ場所に置くことだろうか。
「最悪の場合ですが、今日中に移動すれば明日何かあったときは王都に送り返してもらえます。そのため、パレードさんには固定門の建造を急いでもらい、建造後はすぐにカルチェラタンに向かってもらいます」
「んっふっふ! いいですとも! 王国が勝つためならお安い御用ですよぉ!」
この人って元々皇国所属の筈だけど、躊躇なく裏切ってるなぁ……。
「……のぅ。御主、それでいいのか?」
流石にネメシスも一言言いたくなったらしい。
「モチロン!」
もちろんときたか。
「皇国が勝てば裏切り者扱いされるかもしれませんが、王国が勝てば問題アリマセン! クランの実権も利権も栄光もマネーも私のモノですよぉ!」
「……裏切らせた俺が言うことじゃないが、流石に言葉を選べ」
アット氏が疲れた顔をしていた。
アット氏は今後サブオーナーとしてこのパレード氏を支えるのか……大変だな。
「んふふふふ。ウィキくぅん。言葉などいくら飾っても本質は変わりません! そして! いくら裏切り者と誹られようとも! 本質を言えば私は裏切ってなどいないのでっす!」
「……本質とは?」
ルークが『やっぱり敵かな?』という警戒心強めの視線で問いただす。
対して、パレード氏は胸を張って……。
「――私は自分の利益だけは裏切りません!」
――何も疚しいことがない顔でとても疚しいことを断言した。
「「「「…………」」」」
ここまで悪びれない裏切り者は初めて見た。
いや、裏切り者を見る機会なんてそうそうないけれど。
……あ、扶桑先輩が時々こんなだった。
「…………」
ルークが俺を見ながら苦い顔で頷いている。
どうやらパレード氏は本心で言っているらしい。
「という訳でこのあとは建造ですねぇ! 人手を借りればすぐですよ!」
「……こいつが門を作り終えたら、俺もカルチェラタンについて行く。先方……<月世の会>への事情説明に王国の人間も要るからな。移動に使うモンスターも用意している」
何にしても、安全面や状況を考えてパレード氏のビフロストに頼る案が最適なので頼るしかない。
「今後のため、カルチェラタンに無事到着できることを祈ります。……それにしても、よくここまで無事に辿り着けましたね。どちらの国の<マスター>に見つかっても問題になりそうですが」
先輩の言葉に、パレード氏はメガネを押し上げながらドヤ顔で答える。
「ああ。注意はしていた。こいつの裏切りをあまり多くの人間に知られたくもなかったからな」
「ふふふ。なぁに簡単なことですよ。元々ウィキ君が高速飛行用のモンスターを用意してくれていましたからねぇ。移動中に王国のランカーと会ったときはウィキ君が前に出てましたよ。私は顔を隠しつつウィキ君が『同行者は<編纂部>の仲間です』と言えば、さほど怪しまれませぇん」
まぁ、嘘ではないので《真偽判定》にも掛からないのか。
「運も良かった。皇国の<マスター>と遭遇していたら逆に怪しまれていたかもしれない……」
「え? 王国の<マスター>と遭遇したときの逆パターンは……あ」
アット氏が目で訴えかけている。
『こいつが何かしてるだけで怪しいだろ?』、と。
さもありなん。
「そもそも皇国の飛行戦力なんて特別攻撃隊くらいですから遭遇なんてしませんよぉ。今頃は<ウェルキン・アライアンス>の空中拠点を攻撃している頃でしょうし」
「へぇ皇国にも飛行戦力が……え?」
今、なんて言った?
「……………………パレード」
アット氏が眉間を押さえながら、パレード氏の名を呼ぶ。
痛覚オフの筈だろうに、頭痛に苛まれているような辛い表情だった。
「え? <宝>の安置候補な<ウェルキン・アライアンス>の拠点を襲撃するために、皇国の空中戦力が集結した特別攻撃隊が編成されましたヨ……って言ってませんでしたっけ?」
「「「「…………」」」」
俺はこの部屋でしかパレード氏と会話していないが、それでも断言できる。
この人、絶対言ってなかったんだろうな……と。
To be continued
(=ↀωↀ=)<作者曰く
(=ↀωↀ=)<「今まであまり書かなかったタイプのキャラだから楽しい」
(=ↀωↀ=)<そんなパレード
(=ↀωↀ=)<なお、作者の感覚的に一番近いのはロール中のマリー




