第七十九話 Result Ⅳ
追記:
(=ↀωↀ=)<しまった(一部名称修正)
(=ↀωↀ=)<あともう少し表現足しておこう
■王国某所
「クソッ……俺は……俺は……!」
失った右腕を押さえながら、イライジャは夜の森を駆けていた。
血は筋肉の収縮で止めたが失った腕は戻ってこない。
これは大きな戦力ダウンだ。
皇国側にこの傷を回復できる者はおらず、義手を着けても意味はない。
今のイライジャの力に耐えられる義手など、皇国のどこにもありはしないのだから。
「……ッ!」
自分の不甲斐なさに怒り、イライジャは唇を噛み切ってしまう。
仲間達が与えてくれた力を以てしても仇は取れなかった。
それどころか、限られた時間や腕までも失ってしまった。
既に999秒のカウントの内、200秒も使ってしまっている。
一時停止コストも考えれば四分の一を完全に無為にしてしまった。
「俺は、どうして……!」
だが、イライジャの自責の念はそうした実害によるものだけではない。
あの瞬間、フィガロが《終極》を撃つ瞬間の彼自身が……問題の根幹だ。
なぜ、自分は動かなかったのか。
なぜ、人々に被害を出すかもしれない攻撃を前にして、判断を迷ったのか。
なぜ、その瞬間に自らの身を守ることに集中してしまったのか。
そんな『決定的な瞬間に選べなかった自分』への憤りと後悔が……彼の中にある。
理由は、分かっている。
彼の負った重責こそがその理由だ。
自分のために力と時間を遺した仲間達。皇国の命運を背負った任務。
それでも、フィガロと戦うことは選べた。
しかしフィガロとの戦いの中で苦戦し、自分の中の恐怖を自覚し、そして《終極》による敗北に……自分の失敗に怯えた。
「俺は……臆病者だ……!」
皇国の命運を背負っているという自覚が、あの瞬間に彼を竦ませた。
犠牲の果てに手に入れた絶大な力を失うことを……敗戦の後で仲間達や皇国の者達に失敗を告げることを恐れた。
そもそも、このプランを選ぶ時ですら……イライジャは自分からは実行を口にできなかった。
ファウンテンが提言し、仲間達が賛同してくれていなければ……はたして自分からそれを言うことができただろうか。
あのときから、自分で決定したプランによる犠牲と、その犠牲を経てもなお失敗することに怯えていたのだろう。
「俺は……俺が……情けない……」
ヴァルハラは死者の力を宿す<エンブリオ>。
モンスターを倒して得るか、あるいは死した仲間の遺志を背負う。
だが、その後者は……他者の選択と運命に便乗しているだけではないかと、イライジャは感じてしまった。
「…………」
今ならば分かる。
自分は臆病であり、失敗を恐れている。
薄っぺらで何もない自分は苦戦して崩れてしまった。
噴火という環境に混乱し、フィガロの生死確認もトドメを刺すこともできず、逃げて、負けて、こうなっている。
ローガンとの戦いでは、こうではなかった。
だが、あれは闘技場だった。
今の戦いは何度も挑戦できる闘技場ではない。
この一度にしくじれば……皇国も、そこに生きるティアンも、そして仲間達の運命も変わってしまうのだ。
リトライのできない大勝負に、心が竦んでいる。
そんな状況でも彼を支えてくれるはずだったのは仲間達の力だ。
しかしそれは、規格外のバケモノには通じなかった。
――今のイライジャであっても限界強化状態のフィガロは簡単に倒せる相手でもない。
戦いを選ぶ直前、彼はそんな風に考えていた。
つまりは……『今の自分ならば負けない』という自惚れが心に混ざっていたのだ。
しかし、それが大間違いだったのは、戦いが示している。
ゆえにままならない戦いの中で臆病さが露呈し、負けた。
逆に仲間達の遺した力が損なわれる結果になってしまった。
「俺は……もう……」
務めを果たさなければならない。
生き残ったのだ。力もまだある。プラン通りに動けるはず。
だが、もはや彼に自信はなく、自分を臆病者だと信じた心は挫けかけている。
このままでは、彼は再起できないかもしれない。
だから、だろうか。
運命はここで……一つの悪戯を用意した。
それは偶然だった。
彼は自分の心中だけを見つめ、ひたすらに走り続けていたが……逃走と自問自答に没頭する彼の必殺スキルはまだ維持されていた。
彼のステータスは言うまでもなく凄まじく、並の神話級ならば殴り殺すことも可能。
そして逃走のショートカットのために、進路上の木石は残った手刀で叩き切りながら移動している。
今も、進路に立ちはだかっていた黒い大岩のような物体を、手刀で叩き割って前進した。
――直後、大岩と思われたものから悲鳴と血飛沫が発せられた。
「?」
それは運命の悪戯。
その大岩は、擬態したモンスターだったのだ。
速すぎるイライジャの接近に気づいてもいなかっただろうし、その体はイライジャの手刀に耐えられなかった。
ゆえに、そのモンスターはイライジャの一撃で絶命し……。
【<UBM>【虚空伸猿 スロータリス】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【イライジャ】がMVPに選出されました】
【【イライジャ】にMVP特典【空伸輪掌 スロータリス】を贈与します】
「………………は?」
驚愕ですらない。
理解不能の呟きを発することしか、彼にはできない。
それまで自分の心中を絞めていた悩みやその先にある答えまでも、この理解不能な結果に呑み込まれていった。
◆
彼が完膚なきまでに敗れた、この夜。
彼は運命の悪戯で偶然にして全く意識しない形で――特典武具を手に入れた。
まるで、大いなる意思の啓示のように。
まるで、悪辣なる悪魔の誘惑のように。
◇◆◇
□■<港湾都市キオーラ>
「……えぇ」
戦争二日目の朝、ベッドから起床した【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトは自分のメニューを見つめて固まっていた。
彼が錬金術で溜めて、捧げ続けた莫大な召喚コスト。
それが……わずか二桁ポイントにまで減っていたのだ。
つまり、自分の代わりに戦争に参加させたエイリアス達が悪魔を召喚しまくり、ローガンの貯蓄を消し飛ばしたということである。
だが、本当の衝撃は……パーティ欄のエイリアスが二体ともHP0になっていたことだ。
「……嘘だろ、これだけのコストで悪魔呼んで……負ける?」
自分が悪魔強化のスキルと神話級召喚を保持したままとはいえ、どうして負けるのかが分からなかった。
戦い方が悪い……などということはない。数の暴力に戦術も何もないのだから。
「…………どんなバケモノがいたんだよ。こわ……」
ここでエイリアスや他の皇国<マスター>のせいにせず、『相手がヤバかった』と判断するようになった点が彼自身の成長だった。
というか、『自分よりヤバい相手がいる』と身をもって学習しすぎたせいでもある。
特に、今のビルドを築いた後に扶桑月夜の【グローリアβ】で即死した衝撃は大きい。
自分の貯蓄を使い尽くしたエイリアスについても、『自分で行ってたら死んでたな。おつかれ』と労う気持ちさえある。
「コストは錬金すれば戻せるから良いとして……。エイリアスは……作り直してやるかぁ」
《分身人形》で形成される人格はランダムである。
が、一度作った人格は再びセッティングすることができる。
またランダムな人格を抽選することもできるが、一度目のような『はずれ』もありうる。
それならば、既に『当たり』だと分かっている人格をロードするのが良いと、ローガンは思っている。
「そのためには……今日も部屋に篭って錬金だな」
そう呟いて、自分のいる部屋を見る。
備え付けのベッドの他に、彼が持ち込んだ錬金道具も並んでいる。
その部屋の丸い窓には……青い大海原が見えていた。
ここは<港湾都市キオーラ>……その港に停泊した船の一隻である。
ローガンはエイリアス達を戦争に送り込んでからはこの船に移動し、留守番をしている。
「っと」
不意にローガンの部屋の扉がノックされた。
「誰?」
『荷物のお届けと、朝食のリクエストをお伺いに参りました』
「ああ……」
ローガンはベッドの上に置いていたもの……フルフェイスの兜を装着して、扉を開けた。
扉の前に立っていたのは、不格好なロボットだった。
金属製のマトリョーシカに手足を着けたようなそれは、この船の備品……もとい船員である。
船の通路で少し窮屈そうにしているロボットは、両手に当たるパーツでアイテムボックスを丁重に保持している。
『ロトさん。おはようございます』
『ああ、うん。おはよう』
奇妙な名前で呼ばれたが、ローガンは挨拶と共に頷く。
それが今のローガンの肩書だからだ。
謎に包まれた仮面の錬金術師ロトとして、ローガンはこの船に乗っている。
『こちら、お届け物です。朝食のご希望はありますか』
『あー、サンドイッチで。エビとか挟まった奴』
『了解です』
ローガンはずっと船室に篭っているため、このロボットや船員が食事を届けてくれる。
なぜローガンがこの船でそんな客人待遇を受けているかと言えば、ローガンがこの船にとっての重要人物……の付き添いだからだ。
その重要人物こそ、【盗賊王】ゼタである。
(ゼタに言われてここで待ってるけど、わりと良い環境だよな。おいしいご飯も出るし、錬金素材も届けてくれる。ゼタが『変装。正体を隠して仮面も着けて、口調もリアルに寄せてください』……なんて言った理由は分かんないけど)
現在、ゼタは彼らのクエストを受けて活動中だ。
今のローガンはゼタの帰還を、もはや日課となった錬金をしながら待っている。
(ゼタが仕事を済ませたら出港。色々寄り道しながら天地に向かうんだったよな。まぁ海路の方が速いって言うし、結構ワクワクするけど)
ドライフの海軍はハリボテであり、ローガンも乗ったことがない。
リアルでも船旅などしたことがないので、中身小学生の彼は修学旅行気分で楽しみにしていた。
余談だが、船に慣れていない者のために船酔いを消すアクセサリーや薬は様々存在する。
『あ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど』
『何でしょう?』
ローガンはふと尋ねたいことを思い出し、用件を済ませて帰ろうとしたロボットを呼び止める。
『昨日の夕方から外……キオーラの方が騒がしかったんだけど何かあったの?』
『昨日はキオーラの近くで巨大なモンスターが現れ、その影響でキオーラの街が警戒態勢に入っていました」
『ふぅん』
ローガンは『戦争中なのにモンスター襲来イベントまであるなんて運営も鬼畜だな』などと他人事のような感想を抱いた。
(けど、巨大なモンスターか。それなら【ゼロオーバー】だって負けてな)
『目撃された最も巨大な個体は都市級のエレメンタルでした』
『デカすぎない!?』
想定を超える巨大さに、ローガンもビビった。
なお、件の戦闘とは【傾国】キャサリン金剛と【賢者之証明者】の交戦である。
余談だが、ローガンは都市郊外の戦いを察知することもなく錬金ばかりしていた。
『……この船、大丈夫だよね? 沈まないよね?』
思ったより近くにピンチが来ていたらしいと察したローガンは、不安そうに尋ねる。
ロボットは胸に手を当て――ようとして届かなかったが、答える。
『ご安心を。今までこの船が沈んだことはありません』
『そりゃ沈んでたらここにはないよね!?』
ロボットの発したジョークとも本気ともつかない発言に、ローガンはツッコミを入れずにはいられなかった。
『それではロト様。後ほど朝食をお持ちいたします』
『ああ、うん。……そういえばロボット。お前の名称って何?』
ローガンの質問はただの気まぐれだ。
一番顔を合わす機会が多く、自分に対して丁寧に接するロボットのことが少し気になったのである。
『一五八九号です』
『……シリアルナンバー?』
『船団の皆様からはオルカというニックネームを頂いております』
『そっちでいいじゃん。今度からは僕もロボットじゃなくてオルカって呼んでやるよ』
『ありがとうございます』
恭しく礼をしてロボット……オルカはローガンの部屋の前から去っていった。
『ドライフって、機械の国ってわりに大したことなかったのかな』
機械皇国の名を持つ所属国の機械より明確に進歩した人工知能と接したローガンは、そんな感想を呟かずにはいられない。
『しかも一五八九号。シリアルナンバー付きってことは量産されてんじゃん。フランクリンのクランがロボット作ったこと自慢してたけど……グランバロアの方が進んでるよ』
この船の所属国の名を口にしてローガンは部屋に戻る。
そうして彼は三食昼寝付きの環境で錬金と人形作りに勤しみながら、自分の師匠兼同僚が戻ってくるのを待つのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<一日目関係がこれにて完全終了で二日目突入
(=ↀωↀ=)<次の更新はコメ返し挟んだ後になります
(=ↀωↀ=)<今しばらくお待ちください
○【スロータリス】
(=ↀωↀ=)<ほぼ事故死
(=ↀωↀ=)<デンドロ一話のレイ君とリリアーナのダイナミック版
(=ↀωↀ=)<だからステータス高い奴の激突はやばいのです
○仮面の錬金術師ロト
(=ↀωↀ=)<『ロ』ーガン・ゴッドハル『ト』なのでロト
(=ↀωↀ=)<ド○クエの勇者ではない
(=ↀωↀ=)<書籍版の閣下は11のあの人にちょっと似てるけど