第七十六話 皇国<砦>攻防戦
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■???
皇王クラウディア・ラインハルト・ドライフは、ハイエンドである。
万能のジョブ適性と【神】シリーズに至る才能、秀でた戦闘技術に機械知識、自らの人格改造など特筆すべき点は多々あるが、その本質は頭脳だ。
特に、悪辣さにおいてMr.フランクリンや扶桑月夜でも及ばない。
盤面の読みも、カルディナ議長ラ・プラス・ファンタズマに次ぐ。
そんなクラウディアがこの戦争に関してまず確信していたことがある。
それは――初日の大敗である。
<墓標迷宮>への奇襲、マードックの奮戦、決戦兵器の投入。
それらを駆使しても皇国の優位にはならないと察していた。
精々で王国の戦力を幾らか削れる程度だろう、と。
特に勝敗を判定するフラッグに関しては、自国の<砦>が壊されることも予想できていた。
元より他国の中に拠点を作るのだ。発見されるであろうし、防衛も難しい。
<墓標迷宮>の作戦でのフラッグ撃破に失敗すれば、王国に先制されることも分かっていた。
だから、クラウディアは一日目を二日目以降のために捨てた。
威力偵察と削りと準備。皇国が初日に行ったのはこの三種のみ。
威力偵察と削りは、言うまでもない。相手の戦力を確かめて、削ることだ。
では、準備とは何か。
それは……一人の<マスター>のためのものである。
◇◆◇
□■皇国<砦>
フィガロは何の抵抗もなく、『迷宮』を踏破した。
より正確に言えば、空間の隔たりや各種トラップさえも彼に対する抵抗にはなりえなかった。
(……おや?)
そして亜空間から実空間に帰還したフィガロを待っていたのは、土中。
古典RPGの言葉で喩えれば『いしのなかにいる』とでも言うべき状態。
まだ地下空間を形成していた土木担当の<マスター>は生存し、皇国勢には『迷宮』から出てくるポイントが分かっているのだ。
そこを埋め立てるくらいはするだろう。
「――■」
――それがどれほどの効果を発揮しないと理解していても。
《フィジカルバーサーク》を再使用したフィガロは、装備とスキルで増強された自らの膂力だけで……分厚い石櫃を粉砕した。
『《コンバージョン・デモンフレア》!』
だが、それは皇国勢も予期していた。
石櫃の破壊を契機に迎撃が始まり、悪魔を変換した火炎が降りかかる。
それだけではない。
「……!」
フィガロが地面に立った瞬間、半径三メテルの魔法陣が起動する。
それは、最初の襲撃時にも幾つか作動し、効果を発揮できなかったパンドラの魔法陣だ。
それが意味することは、一つ。
エイリアスや悪魔軍団だけでなく、皇国の<マスター>もこの場に残っている。
(向かってくるんだね)
フィガロは装備の一つを火払いの盾に切り換えて迫る火炎を弾き飛ばしながら、戦闘思考の片隅で感心する。
先刻のフィガロによる蹂躙劇。あれで悪魔軍団を除いた戦力の過半が消えた。
『迷宮』に閉じ込めることも失敗し、常識で考えればフィガロから<砦>を守る術はない。
ならば、戦力を温存するために動かせない<砦>を残して撤退するのが賢い選択と言えるだろう。
だが、皇国勢は残っている。
フィガロと戦うために。
何か秘策があるのか、それともプライドの問題か。
いずれにしても、皇国勢はフィガロに対してスキルを放っている。
悪魔軍団の後方にいてもなお、死に物狂いで。
それらの多くはフィガロのステータスと装備によって弾かれている。
だが……。
「……?」
悪魔軍団の囲いを抜けて後方の<マスター>を仕留めんとしたとき、フィガロも一つだけ自らに作用したスキルがあると自覚した。
今もまだ、フィガロの足元にある魔法陣。
その範囲から、外に出られない。
◇◆
パンドラの箱とは、ギリシャ神話に伝わる災厄の詰まった箱。
一度は開かれて災厄が世界に溢れるが、途中で閉じられたことで箱の中には『希望』が残ったと伝わっている。
しかしこの神話の見方の一つとして、残ったのは『希望』ではなく『未来でどんな災厄に遭うか確定する』という災厄であるとも語られている。
パンドラの箱をモチーフとしたシビルの<エンブリオ>も、こちらの説に近い。
必殺スキルである《確定する絶望》の使用時のみ、パンドラのトラップを踏んだ際に発動する効果を選択することができる。
今回、シビルが選択したのは『行動範囲の制限』。
テリトリーである魔法陣を踏んだ相手の行動範囲を、魔法陣上に限定する。
しかし、それだけだ。
拘束系の状態異常としては掛かった相手の自由度が高く、強いとは言えない。
だからこそ、そんな弱い効果に必殺スキルのコストである『<エンブリオ>の二四時間機能停止』というリスクを背負わせたからこそ。
今のフィガロを相手に――効果が徹った。
◇◆
「……あは」
ペールゼン姉妹。妹のシビル。
彼女は自らの<エンブリオ>が効果を発揮した瞬間を見届け、
――テリトリー内から放たれたフィガロの攻撃の余波で砕け散った。
あっさりとバラバラになって彼女は息絶える。
しかし、彼女が死んでも魔法陣は消えない。
(あと、十五分……頼んだヨ、みんな、姉さん……)
仲間に後を託して、シビルは光の塵になる。
一人がフィガロの動きを縛り、落ちても戦いは続く。
半径三メテルに限られた行動範囲の中でも、フィガロの戦いに支障はない。
迫る悪魔軍団を切り捨て、降り注ぐ攻撃スキルを躱し、弾く。
(この段階でも退かない、か)
あるいは皇国勢の狙いは、フィガロをこの場に縛った上での離脱……《生命の舞踏》の継続を切らせることかもしれないとも考えた。
しかし、フィガロをこの場に留まらせてもなお皇国勢は退いていない。
フィガロとしても強化継続のやりようはあったが、ここでも少し想定とズレた。
(まだ何か狙っている?)
フィガロは敵の狙いを探らんとするが、悪魔軍団が文字通りの肉壁となってフィガロの視界を遮る。
雲霞の如き悪魔軍団のため、フィガロとしても悪魔越しに攻撃するしかない。
「…………」
その悪魔軍団越しに、フィガロを『視る』者がいた。
ケイシー・ペールゼン。今デスペナルティに至ったばかりの、シビルの姉。
彼女はそれまで閉じていた両の瞼の内、左の瞼だけを開いている。
妹によって大まかな位置を固定されたフィガロへと視線を向ける。
そうしても悪魔軍団の壁の外側から見えるのは、内側のフィガロ同様に悪魔だけだ。
しかし……。
「……《英雄視観》――フィガロ……」
ぼそりと呟いたとき、彼女の左目に見えるのはフィガロだけになった。
地面も壁も、悪魔も見えず、ただフィガロ自身の肉体のシルエットのみが見える。
それと併記するように――幾つものスキルの情報が浮かぶ。
「……《装備枠拡張》、違う。……《統一王者》、違う。《武の選定》、……違う。《燃え上がれ、我が魂》、……まだ」
余人に聞こえない小声でケイシーが呟くのはフィガロと彼の心臓であるコル・レオニスの有するスキル。
今の彼女の目――<エンブリオ>にはスキル名だけでなく効果までも見えている。
そして彼女は一つ一つを確かめながら……。
「――《生命の舞踏》、これ」
――ターゲットを『視』つけた。
そうして、閉ざされていた右の瞼も開く。
ペールゼン姉妹。姉のケイシー。
彼女の<エンブリオ>は、肉体置換型。
両目に置換された義眼の銘、その必殺スキルは――。
「《石》――ぁ」
――発動する直前に彼女の首が飛んだ。
それはオートで攻撃を繰り返していたフィガロの鎖……【紅蓮鎖獄の看守】。
偶然にもケイシーが切り札を使用せんとしたタイミングで、彼女を攻撃したのだ。
クルクルと、ケイシーの首が宙を舞う。
(…………ま)
致命的な損壊と出血により、彼女の身体は急速に死へと向かう。
(……ま……だ……)
それでも、彼女にはすべきことがあった。
(…………ま、だ!)
妹が作ったチャンス、目的を同じくする仲間との連携。
ここで、途切れさせる訳にはいかないと……最後の気力を振り絞る。
「……、メ……」
空中でクルクルと回る首が、地面を向いて。
ほんの一瞬、悪魔軍団の内側にいるフィガロを捉えた瞬間。
「……《石塊の如く……、ゥ、……眠れよ伝説》…………」
――必殺スキルを発動した。
◇◆
【伝承封観 メデューサ】。
モチーフは言うまでもなく、ギリシャ神話において屈指の知名度で知られるメデューサ。
見る者を石化させる伝説を持つ女怪だが、彼女の<エンブリオ>の効果は石化ではない。
その効果は、スキルの観察と使用禁止。
数多の英雄を石像とし、自らの縄張りに置いた逸話の具現。
必殺スキルでは、<エンブリオ>を機能停止させる時間と同じだけ……相手のスキルを封じることができる。
その効果は対象スキル数を絞るほどにレジストを困難とし、追加で自らのジョブスキルまでも封印することで更に出力を上げる。
今、唯一つのスキルを対象に、自らの全スキルを七十二時間使用不能にすることを選択したケイシーの視線は――。
◇◆
(――おや)
――《生命の舞踏》の使用を七十二時間、封印した。
既に強化しているものが消えるわけではない。
この強化が途切れた後に、三日間再発動ができないということ。
だからこそ、今ここで……彼らが蹂躙されるという未来は変わらない。
それでも、この戦争において再びフィガロによる蹂躙が発生する可能性を消したのだ。
「…………ふ、ふ」
振り絞った言葉の末に、ケイシーの首は微かに笑って消滅する。
その有り様は、生首のみになっても数多の伝説を作り上げたメデューサの如く。
この戦争において、極めて大きな爪痕となる。
(これが本命。……まだあるかな)
フィガロは自分が何をされたかを理解している。
それでも、問題ないと判断して迫る悪魔軍団への蹂躙を止めない。
ここで<砦>を壊すこと。それが今のフィガロの役割である。
この戦いの後に時間比例強化を使うことはできないが、問題ない。
そのときはそのときで、戦い抜くのがフィガロという男だ。
(さて、<砦>が壊せないね)
フィガロは今もこの空間に設置された<砦>のフラッグへの攻撃は継続している。
だが、まだ壊れない。
(やっぱり破壊不能を付与する<エンブリオ>がいるのかな。でも、カルディナのカルルの『装備限定』や文献で見た『防御力以下限定』、それとある種の『時間限定無敵化』みたいに何かしらの縛りはあるはずだけれど)
いずれにしろスキルを使用している<エンブリオ>がいるはずだと考え、気配を探る。
その間も【ギーガナイト】が群れを成して襲ってくるが、鎧袖一触で粉砕している。
もはやダメージソースになっておらず、肉壁と目くらましが役割。
もしもこの場に神話級悪魔【ゼロオーバー】を強化して呼び出せたならば、まだ話は変わっただろう。
【ギーガナイト】で動きを制限しつつ、今のフィガロにも通じる攻撃を放てる強化【ゼロオーバー】が数体いれば戦いはここまで一方的にはなっていない。
だが、これが限界。エイリアス二号と三号の持たされた機能の限界だった。
『《コール・デヴィル・ギーガナイト》!』
それでも愚直に、一心不乱に、エイリアスは召喚を続ける。
もはや蹂躙されるのみの伝説級悪魔でも、今この時に召喚することに意味がある。
(――見つけた)
伝説級悪魔を倒しながら、フィガロは他とは異なる気配の在処を見つけ出す。
天井が吹き飛び、空が見える地下空間。
その側面となる岩壁の途上。壁面にしがみつく鬼女と、彼女に抱えられた少年の姿がある。
ロッシとハーリーティー。<砦>に無敵化を使用している者達である。
(なるほど。オートの鎖は近い者を優先的に攻撃するからね)
岩壁を登った分だけ、地上にいる敵よりも攻撃が後回しになっている。
だが、そのように僅かでも生存の細工をしている時点で、フィガロにも攻撃対象として優先すべき存在だと理解できた。
(さて……)
魔法陣の内側にいながらも、あの位置まで攻撃できる手段は幾つかある。
最たるものは【グローリアα】の《終極》だろう。
だが……。
(これも布石かな)
立ち位置を限定された自分。集団から離れた位置にいる敵。
その配置に、フィガロは何らかの意図を察した。
ゆえに選んだ武器は【グローリアα】ではなく――【撃氷大槍 ヨークルフロイプ】。
撃鉄式馬上槍の形状をした古代伝説級の特典武具であり、先日の“トーナメント”では【殲滅王】アルベルトを凍結粉砕した代物だ。
武器の性質上、突き刺して凍気を送り込んだ際に最も効果を発揮するが……限界まで強化された今ならば話は変わる。
「――■」
鬼の如き笑みのフィガロは撃鉄式馬上槍の矛先を岩壁のロッシ達に向け、トリガーを引く。
直後、矛先から純竜のブレスのように――しかし桁違いに強力な凍気が噴出した。
射線上の悪魔が瞬く間に凍結し、噴き出す凍気の勢いで雪のように崩壊する。
迸る凍気の余波だけで地下空間全体の気温を数十度も低下させ、周囲の生命を脅かす。
防御手段があろうと、莫大な凍気による行動制限や低下した気温による継続ダメージを齎す。限界強化された【ヨークルフロイプ】はそれほどの武器だ。
「……ひっ!」
『!』
余波で周囲に甚大な被害を巻き起こしながら、凍気の奔流はロッシと彼を庇おうとするハーリーティーに向かい……。
「――ようやく、コマンド技くらいは使ってくれたかよ?」
――射線に飛び込んだ男を凍気の奔流が呑み込んだ。
男の名は、ファウンテン。
そう、フィガロの予感は正しかった。
シビルのパンドラでフィガロの位置を固定。
ロッシとハーリーティーを他者と離れた場所に置くことで攻撃方向を固定。
その結果、フィガロの攻撃の軌道を絞り……ファウンテンが飛び込む余地を作った。
そしてファウンテンは悪魔達同様に凍気の中で砕け散り、その後方のロッシとハーリーティーも微細な氷になって砕け散る。
――直後、【ヨークルフロイプ】を上回る凍気がファウンテンの死んだ一点で渦を巻く。
それこそは、カイン。
致命攻撃を七倍の威力で撃ち返す、カウンターの<エンブリオ>。
限界強化の更に先。昨日に猛威を振るった【凍竜王】の《銀施戒》さえも超える凍気の塊。
そしてカインのカウンターは主の命を奪ったものに狙いを定め、
『――《七傷報刻》』
――解放される。
それは、触れたものの熱量を一瞬で奪い尽くす絶死の凍気。
直撃すれば、今のフィガロにとっても致命的。
【ブローチ】があろうと関係ない。
耐性装備を突き抜けて、フィガロの全身を【凍結】させるだろう。
それほどまでに絶望的な恩讐の凍気がフィガロに迫り……。
「――《絶界》」
――しかし、届かない。
機能したのはフィガロ第一の特典武具、【絶界布 クローザー】。
外界からの干渉を遮断する空間の断絶。
いかに膨大な凍気であろうと、空間を凌駕する性質は持っていない。
ゆえに、凍気はフィガロに届かない。
――それだけではない。
限界強化を施された《絶界》は、その展開範囲が違う。
フィガロの周囲から発生した直後から、爆発的にその囲いを広げていく。
まるで風船を膨らませるように、急速な結界の拡大。
しかしそれは、内部への侵入を決して許さない。
あらゆるものを押しのける空間の壁。
ゆえにそこから先に起きたことはこの戦いの決着だ。
結界によって逸らされ、溢れた凍気が地下空間全てを【凍結】。
――拡大する《絶界》がそれら全てを粉砕した。
悪魔軍団、皇国の<マスター>、エイリアス、<砦>。
全てが微細な氷の結晶になって空気と混ざり、光の塵になって消えていった。
それが、皇国の<砦>を巡る攻防戦の決着だった。
◇◆
戦争初日最終戦『皇国<砦>攻防戦』。
皇国<砦>、破壊。
【超闘士】フィガロ、生存。
皇国側生存者、一名。
To be continued