第七十二話 ResultⅢ
(=ↀωↀ=)<本日は二話更新
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
(=ↀωↀ=)<それと最近連日投稿なので読み落としてないか話数チェックもお願いします
■???
それは、【ディバイダー】の隔離空間が解除される少し前。
光の差さぬ……光の要らぬ闇の中。
「んーんーんー。ンーフフフフ」
光のない空間に、一人の男がいる。
指を組み、足を組み、木製の揺り椅子に腰かけて、何が面白いのか含み笑い。
「ジュバ嬢~? 駄目だなぁ。それは駄目駄目だよ。結局何もできずに負けてしまった。準<超級>なのにもったいない落ち方だよ。本当に大事な時は、頑張るだけじゃダメなんですよ? ああ、うん。サクラの人達はノーコメントね。……名前なんだっけ?」
何も見えない暗闇なのに、何かが見えているかのように男は独り言を呟く。
懐のアイテムボックスから取り出したポーションを嚥下しながら、尚も言葉を続ける。
「ま、でも今回は彼らが上手だったかもネ。特に【光王】。トリックを見抜いたのはお見事。正解。大正解。うん、何も間違ってないけど配点は五〇点です。あとレイ・スターリング氏の根性。すごいねー。よく生きてる。でもあれ押せば倒れそうじゃない? まぁ、トラックで跳ねるくらいキツクやった方が良さそうだけど、無駄にしぶといようだから」
他人事のように、男は喋る。
まるでテレビの前で、映画の感想を呟く視聴者のように。
キャラクターの決死さを、面白がるように。
安全圏から眺めて笑う高慢さが、そこにはあった。
「さーて、不甲斐ないお仲間の代わりに、ミーが仕事をしないとネ」
そう言って、彼は頭上に手を伸ばす。
そこには椅子の背もたれが――否、曲がった木の幹があった。
彼が腰かける椅子は、木製ではなく――木そのもの。
捻じくれて椅子のように……あるいは前時代のダイブ型VR機器のようになった木のうろに、彼は腰かけている。
木の枝葉はりんごの木に似ており、彼は頭上になっていた実を一つもいだ。
「こっちの方が手っ取り早いからネ」
男は手に取った木の実を放り投げる。
すると、まるで水面に沈むように……木の実は虚空に消えた。
「できれば、他のターゲットもいるとボーナスなんだけどナぁ」
そうして、男は目を閉じる。
「それじゃあ初日の締めくくり。――最初のフラッグ破壊のお時間Death」
愉し気に、頬を歪ませながらそのときを待つ。
そして時至り――男のSPが尽きて。
隔離空間は崩壊した。
◇◆◇
□■国教教会
隔離空間からの帰還者に紛れていたスプレンディダは、昏く輝く指先をレイに向ける。
それこそは【猛毒王】最終奥義、《運命》。
自身の生命力と魔力を混合変換し、対象と発射口である自身に病毒系最大の状態異常である【極毒】を付与する大禁呪。
その効力は耐性やスキルによるレジストも、魔法やアイテムによる回復も、一切不能。
先代の【猛毒王】は……否、歴代の【猛毒王】の多くはその威力を恐れ、何よりも命を惜しんで使っていない。
使用者は、この世界の歴史でも片手の指で足りるだろう。
だが、スプレンディダは躊躇わない。
今の彼にとって、《運命》のリスクはリスクにならない。
そして、彼が下級職二つを消し、サブジョブの中に【猛毒王】を紛れ込ませていたのはこの不意打ちのためだ。
(ベストは隔離空間でジュバ嬢やサクラが彼を倒し、脱出後に<超級>相手にこれを使用することでしたが、構いません。お仕事を果たしますよぅ?)
一度解放し、警戒が薄れたこの瞬間こそがスプレンディダにとって絶好の好機。
レイもスプレンディダに気づいたが、避ける暇はない。
ターゲットである王国の<命>を、《運命》の指先が摘まみ取る。
「――《運命》」
――そして死を呼ぶ輝きがスプレンディダから放たれた。
触れるモノに確実な死の運命を刻む、忌むべき最終奥義。
それは真っすぐにレイへと飛翔し、
「――仕方ない」
――彼を突き飛ばしたエフに命中した。
「……え?」
「は……?」
「ッ!」
その驚愕は、誰のものであったか。
助けられた者も、殺そうとした者も、予想外の動きに驚愕して動きを止める。
「《天よ、重しとなれ》!」
その中で、ビースリーは即座に動き……超重力で魔法を発動した直後のスプレンディダを圧し潰し、【拘束】した。
「ごほっ……」
直後、エフが口や目、耳朶から赤黒い血を流す。
血そのものが毒物と化したかのように、血に触れた床からは白煙が上がっている。
周囲の<マスター>が【快癒万能霊薬】やポーション、回復魔法を投げかけるが、どれほども効果はない。
治療不可能の最強毒。それこそが、《運命》の【極毒】だ。
(……すごい毒だ。これは……はは、小説に出してもリアリティがないと言われそうだ)
床に膝をつき、自身の惨状を見ながら……エフはそんなことを思う。
痛覚を遮断しているため、痛みはない。
ただ、自分の中から血と共に命と熱が消えていく感覚は、あった。
「エフ……!?」
立ち上がったレイが彼に近づこうとするが、エフはそれを手で制する。
彼の身体から流れる毒物に汚染されれば、庇った意味もないからだ。
エフは、周囲に配したゾディアックでレイよりも先に状況を把握した。
一人増えた人員、それがスプレンディダであるとも気づいた。
だが、気づいたときにはスプレンディダの行動を止める時間はなく、彼にできたのは……レイを庇うことだけだった。
「お前、何で……!」
「……、フ……」
なぜかつて敵であり、彼のことも信用していなかったレイを助けたのか。
その理由は、きっとレイには理解できない。
エフは単に、『ここでレイが死ぬのはつまらない』と悟ったからこうしたのだ。
観客である自分が途中退席するとしても、この大舞台から彼というキャラクターがいなくなるよりは……余程に良い、と。
彼の、物語を描く者としてのポリシーとプライドとエゴが……判断した結果だった。
(私は、此処までで良い。一日しか参加できなかったが……まぁ、準備期間にも妹と引っ掻き回したからな。良いと、しよう)
エフは自身の退場を確定事項として、残された僅かな時間で思考を動かす。
(だが、分からないのは、スプレンディダだ。ゾディアックで封印していた、はず……)
「…………」
指もろくに動かせなくなったが、しかし思念でゾディアックを動かすことはできる。
エフは一つの賭けとして、スプレンディダを封じていたゾディアックに、《光吸収》の解除を命じる。
肉塊のスプレンディダを封じ込めていた、その内部には……。
(……これ、は)
肉塊ではなく――干からびた果物のようなものがあった。
それが何を意味するのかを、エフは思考する。
視線をもう一人のスプレンディダに移せば、そちらは超重力に押しつぶされながら、最終奥義の反動である【極毒】でエフと同じ状態になっている。
だが、光による回復効果が僅かに働いているらしく、エフよりも毒の進行は遅い。
(だが、回復量を毒が上回っている。これでは、死ぬ。……死ぬか? 命を懸けるか? この、スプレンディダが?)
エフは隔離空間で相対したスプレンディダという男について、多少の理解をしていた。
それは圧倒的に優位な立場に立ち、他者の無駄な抵抗を好むということ。
安全圏からの優越と嘲笑。
だが……。
(……隔離空間で、スプレンディダは安全だったか?)
実際、エフに封じられている。
何より、誰が何を持つのか分からないのが<エンブリオ>だ。
だと言うのに、超高速で回復するとはいえ自身の肉体を晒し、好きに攻撃をさせ続ける。
はたしてそれは……安全圏と言えるのか。
(もしも、前提から違うとすれば……)
思考を回す。
光、回復、偽物、複数、毒、回復、見つからない本体、光、隔離空間。
一連の戦いで得た情報が、死にかけたエフの脳内を巡り、
――やがて、一つの答えを出す。
「ッ……」
エフは自身の気づきを、周囲に、レイに伝えようとする。
だが、既に彼の身体は【極毒】により、言葉を発することも叶わない。
ゾディアックの制御も、次第に失われていく。
文字を投影するような精密動作は、既にできない。
だが、それでもエフはゾディアックを操作して、レーザーを放つ。
「エフ!?」
レイが驚きの声を上げる。
そのレーザーの対象はスプレンディダ、ではない。
聖堂の床に――レーザーで文字を刻む。
だが、自身の考えの全てを記す時間はない。
単語一つ分が精々で、それでは誤解さえも生じるだろう。
だから、彼が遺したのは乱雑に刻まれたほんの数文字で――全て。
――『D-3』。
――『C-1-2』。
エフ自身が考察したスプレンディダの能力。
その情報を、残された時間に許された最小限の行動で、限りなく伝えるためのもの。
暗号のようなそれは、余人が見ても分からない。
だが、この場にいる者ならば……<デス・ピリオド>の三人ならば読み解けると信じての、……期待しての行動だった。
(さて、この伏線。無駄にならなければいいが)
作家らしい思考をしながら、【光王】エフは光の塵になっていく。
ふと、崩れた体の視線が横に向くと……レイの表情が見えた。
困惑が強いが、悲しみや悔やみも見える。
エフは、『自分相手でもそんな顔をするのか』と素直に驚いた。
(……せっかく生かしたのだから、この物語を面白くしてもらいたいものだ)
どんな形であれ、その物語を観るのを楽しみに……【光王】エフは<トライ・フラッグス>から退場した。
◇◆
その場にいた王国勢の視線は、ビースリーとルークを除いて消えゆくエフと彼が遺した暗号に集まっていた。
悪名はあれど、自分達と共に奮戦した一人の<マスター>を見送るように。
「ん~、ごふっ。最後に何かトチ狂ったのですかぁ?」
そんな空気の中で、スプレンディダは自身の目論見を外したエフの消滅を、毒で彩られた満面の笑みで見送った。
初撃こそ外されたが、問題はない。
最終奥義である《運命》のクールタイムは十二時間。再使用はできないが、場合によってはこの場で奥義の《フェイタル・ミスト》を使ってもいい。
戦争の契約は問題ない。今の彼には関係ないものだ。
(さてさて、無駄な足掻きを続けた彼ですが、最後は何をしたのでしょうかね)
それからスプレンディダは、エフの遺した暗号を見る。
全く何の意味があるのかと、鼻で笑いながらそれを数秒ほど眺めて……。
「――――」
――それが自分にとって致命的な情報であると気づき、笑みを消した。
(偶然? いや、気づかれたと考えるべき……)
この情報があるがゆえに、この場では万が一もありうるという自身のリスクを把握した。
そうしてスプレンディダはリスクとリターンを考えて……行動を決めた。
「んふふふ。今宵はこれまでにしましょう! それでは皆様、明日以降もよろしく♪」
努めて余裕そうな笑みを浮かべて、スプレンディダはそう切り出す。
「誰が逃がすと……」
「チャオ♪」
ビースリーは身動き一つさせはしないと重力で拘束し続けるが、スプレンディダは気にも留めない。
直後、彼の身体から紫の毒煙が噴き出し、その姿を覆い隠す。
そして煙が晴れた直後、彼の姿は嘘のように消え去っている。
まるで、溶けてなくなってしまったかのように……その場には彼の体液だった毒しか残っていなかった。
「…………」
一部始終を、【魔王】が見ていた。
◇◆
それから王国の<マスター>は警戒を続けたが、……この日、スプレンディダが再度の襲撃を仕掛けてくることはなかった。
◇◆
そうして、皇国による教会襲撃戦は決着した。
王国側の<マスター>、【光王】エフを含む二十二名が死亡。
皇国側の<マスター>、【流姫】ジュバとサクラの三名が死亡。
王国の<命>、レイ・スターリング生存。
<超級>、“常緑樹”のスプレンディダ逃亡。
それが、この戦いの結果。
この影響が後の戦いでどのような形で現れてくるか知る者は、まだほんの一握りだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<白状します
(=ↀωↀ=)<……二〇二〇年中に<トライ・フラッグス>一日目が終わりませんでした!
(=ↀωↀ=)<このエピソード終わっても
(=ↀωↀ=)<まだ一日目のエピソード(<デス・ピリオド>以外)や
(=ↀωↀ=)<一日目→二日目のエピソードがあるんですよ
(=ↀωↀ=)<そんな訳でまだまだ続くよ一日目
(=ↀωↀ=)<だけど一旦ストップして締め切り迫る作業に入るよ!
(=ↀωↀ=)<皆様、よいお年を!
( ꒪|勅|꒪)<……多分一日目が一番長いからもうちょっと付き合ってくれよナ
○《運命》
(=ↀωↀ=)<【暗殺王】の最終奥義と同じく
(=ↀωↀ=)<『使ったら使用者は絶対死ぬ』レベルの最終奥義
(=ↀωↀ=)<ちなみにエグい点としては使用者と対象の死体が【極毒】の発生源になるので
(=ↀωↀ=)<放置するとそこから汚染されて被害が拡大する
(=ↀωↀ=)<<マスター>やモンスターの死体は光の塵になるので大丈夫ですがティアンだと危ない
(=ↀωↀ=)<なお、レジストと回復が不可能なので《逆転》でもどうしようもないです
(=ↀωↀ=)<スキルとしての例外は他のとある最終奥義




