第六十九話 かつてのルーキー
(=ↀωↀ=)<前回のラストシーンより少し前
□■???
荷電粒子砲の衝撃から、王国勢が立て直そうとしていたとき。
『お前らは【光王】に加勢しな。こっちは俺一人で十分だ』
バルバロイは当たり前のように、一対三の状況でそう述べた。
王国勢は困惑しながらも、頷いて【黄水晶】との戦いに向かう。
その状況を……挑発も混ざった彼女の発言を、相対するライザックは苛立ちと共に見た。
(舐めやがって……! もう左腕まで失くしてるくせに!)
必殺スキルで物理強度を無視したデュランダルによって、バルバロイの防御は既に破られて大きな痛手を負っている。
だが、必殺スキルの継続時間は一分。
ライザックはバルバロイからカウンターを受けて立て直す間に時間の大半を消費し、残りは数秒。
超音速機動に到達していないライザックでは、剣を振るう時間は然程長くない。
(まだもう一度斬ることはできる! 今度こそ……!)
それでも残りの時間で有効打を当てるべく、炎の雨の中を突き進み、間合いを詰める。
「その首、もらった!!」
自らよりも上背のあるバルバロイ――【撃鉄鎧】の頸目掛けてデュランダルを振る。
当たれば、特典武具だろうと容易く切り裂く。
それに対応するように、バルバロイは右腕をアッパーのようにライザックへと振るう。
(また盾での打撃か! だが良いだろう! 両手を失くせばレッドの魔法は防げない! お前は終わりだ!)
ライザックは刃が頸に届くよりも先に盾に殴られると咄嗟に判断。
刃を翻し、自らを狙う盾へと振り下ろさんとする。
既に彼の頭の中には、振り下ろす刃で再び腕と盾を両断する光景が見えていた。
だが……。
『――《ガントレット・トリガー》』
直前に盾ごとバルバロイ――【撃鉄鎧】の右腕が射出された。
「なぁ!?」
射出された盾と拳は、剣を振り下ろす寸前のライザックに直撃。
彼を空中へと大きく打ち上げていく。
【撃鉄鎧】の装備スキルの一つ、《ガントレット・トリガー》。
【撃鉄鎧】が蓄えるカートリッジの一つを消費し、籠手を射出する攻撃スキル。
<ソル・クライシス>時代のダムダムの身体を上下に分断した一撃は、盾によって圧面積が増えたことと純粋な前衛であるライザックの強度によって致死には至らない。
だが、運動エネルギーの総量は変わらず、そのままライザックを空中へと弾き飛ばしたのだ。
(今の手応えなら大よその高度は約五〇メートル。落ちてくるまで……あと六秒弱)
ライザックは身動きの取れない空中に放り出され、落下の時を待つしかない。
バルバロイはもう一つの装備スキルである《チャージ・トリガー》を連続使用して自身のMPを急速回復しながら、冷静に猶予時間を計算する。
この一撃で死なない肉体強度があれば落下にも耐えるだろうが、時間は空く。
その時間こそが、バルバロイの狙いだ。
「レッド! もう盾も腕もないわ!」
「分かったぜぇ!!」
防御手段を失ったバルバロイへと、モヒカンレッドが全力で魔法を行使する。
ここでMPを使い切ってしまえと言わんばかりの猛連射。
連続で放たれた数十発の火球の全てが、バルバロイへと飛来する。
『…………』
それに対して、盾も腕もないバルバロイは防御態勢をとることもなく、
――炎は次々に直撃した。
「ヒャッハアアアアアアアア!!」
確かな手応えを、モヒカンレッドは実感していた。
彼の視界の中、両手のない【撃鉄鎧】が炎の中で融解している。
ドロドロに融けて、もはや鎧としての用途は果たせそうにない。
特典武具ゆえに、いずれは直るのだろうが。
「大勝利だぜぇ!! 汚物はBBQだ!」
「ええ!」
強敵を自分達が倒したことの喜びを、二人はハイタッチで共有した。
「あ、そうだ」
すぐに戻ってくるライザックとも早く……と考えて、まだ終わっていないと思いだす。
「ルーキーも私達で倒…………あれ?」
みゃんながそう言ったとき、急に回転した視界に不思議そうに声を漏らす。
クルクル回る彼女の視界。
その中では、モヒカンレッドがサングラス越しでも分かるほどに驚愕している。
逆に彼の視界の中では、みゃんなの腹部に盾がめり込み、【ブローチ】で無効化され、
――二枚目の盾で彼女の頸が飛んでいた。
脆弱な彼女のステータスでは、飛来した盾の直撃にも耐えられなかった。
そして彼女は、塵になる。
「みゃんなああぁあああ!?」
困惑、混乱。
だが、それが盾であったことから誰の仕業かは彼にも分かった。
仕留めきれていなかったことに、気づいた。
(鎧だけ! あいつ、あのでかい鎧を脱いで、目くらましに、中身は……無事!)
モヒカンレッドの思考が結論付けると同時に、空気が動く。
未だ炎上している空間を突っ切って――【撃鉄鎧】を脱いだビースリーが駆ける。
目標は言うまでもなく、モヒカンレッド。
彼女は二枚の盾を両手に装備して、突っ込んでくる。
「……え? はぁ!?」
だが、モヒカンレッドには分からない。
あの敵は、ライザックに左腕を落とされているはずなのに、両腕が揃っている。
みゃんなを仕留めた……《シールド・フライヤー》で飛んできた盾も二枚だった。
欠損を回復する時間もなかったはずだと疑問を抱く。
だが、それ自体は大した理屈でもない。
単に、斬られた場所に中身がなかっただけの話だ。
【鎧巨人】の《アーマー・アジャスター》はサイズの合わない鎧でも、内部に力場を発生させて身に着けることができる。
そして、ビースリーの【撃鉄鎧】は彼女の肉体よりも遥かに巨大であり、その腕の先にまでは中身が入っていない。
そもそも、《ガントレット・トリガー》で撃ち出す部位である。
ライザックは【撃鉄鎧】を切ったが、ビースリーは切れていなかった。
彼の必殺スキルはあらゆるものを切り裂くゆえに、手応えの差にも気づけなかったのだ。
「くっそおおおおお!!」
向かってくるビースリーに対し、モヒカンレッドは残った魔力で火属性魔法を連射する。
「――《地よ楔を外せ》」
炎の中、ビースリーは自重を低減させて加速する。
火球の多くは当たらず、当たった火球もビースリーが両手に装備した炎熱耐性の盾と、彼女自身が発動した……今度は弱体化されていないレジストによって効果を著しく弱められる。
何より、みゃんなが消えたことでレッドの火力も落ちていた。
ゆえに、彼の炎はビースリーを仕留めきれず、
ようやく着地したライザックが仲間の下に駆けつけるよりも早く、
「――《解放されし巨人》」
――必殺スキルを発動したビースリーの連打によって、彼は砕け散った。
《アストロガード》とのコンボではなく、単体での必殺スキルの使用。
攻撃力は数分の一だが、《地よ楔を外せ》との併用で機動力は比較にならず。
何より、魔法職を叩き殺すには十二分だった。
「な、こん、な……」
自分が遠ざけられた僅かな時間での、仲間の全滅。
その急展開に、ライザックが戦慄く。
如何に相手の力を出させず、自分の切り札をぶつけるか。
それがバルバロイ・バッド・バーンという<マスター>のセオリーだ。
タンク兼アタッカーの前衛をノックバックで短時間ズラす。
壁がいない間にパーティの要である支援職を遠距離攻撃で排除。
単属性の魔法職は耐性装備を用意して距離を詰めて撲殺。
お手本のように順を追った、パーティの崩し方である。
「すみませんね。あなた達みたいな手合いは……慣れているので」
かつて王国屈指のPKとして数多くのプレイヤーを葬ってきた女は、少しだけ苦笑しながらライザックへと向き直る。
「【マグナム・コロッサス】を潰されましたね。特典武具ですが、この戦争中の復活は難しいでしょう」
装備型の特典武具は基本的に自己修復機能を持つが、それでも損壊がひどければ修復までに長い時間を要する。
輪郭さえも融けて歪んでしまっているため、再び装着できるまでに一週間程度は掛かるだろうと考えた。
「……戦果としては十分では?」
「舐めるなぁ!!」
自分達の戦果はビースリーの鎧を壊しただけ、そう言われてライザックが激昂する。
だが、彼にも分かっている。
お互いに必殺スキルを使えない現状だが、一対一での勝ち目はない。
通常の斬撃では、特典武具の鎧がなくても彼女の防御を崩すのは難しい、と。
(それなら……それならばぁ……!)
ライザックとビースリーの距離は少し離れている。
そして、ライザックは……ビースリーよりもあるものとの距離が近かった。
黒い布に包まれた昏睡中の<マスター>――レイ・スターリングとの距離が。
(馬鹿め! 俺達を倒すのに夢中になって、護衛対象から離れるとはマヌケな!)
そしてライザックは踵を返して、駆け出す。
せめてターゲットだけでも殺そうと、ビースリーに背を向けて【黒纏套】に包まれたレイへと向かったのだ。
(元より、<命>がターゲット! ここで殺せば俺達の勝ちだ!)
彼は自身の勝利を確信し、剣を振り上げながらレイとの距離を詰める。
仮に背中からビースリーに盾を投げられようが、自身のステータスならば致命傷にはならないとも踏んでいる。
「貰ったぞぉ!!」
そして、ライザックは黒布に包まれたターゲットに剣を振り下ろさんとして、
「――レイ君」
ビースリーの声に応え、――布の中から自分に向けられた右手を見た。
「…………は?」
想定外の光景に、ライザックにはまるで時間が引き延ばされるような感覚があった。
「――《地獄瘴気》」
だが、直後に訪れたものは既視感。
それはかつて、ギデオンで彼と仲間達が浴びたモノ。
三重状態異常を引き起こす毒ガスが……再び彼の身体を侵した。
「いつから、起き……!?」
眠っていたはずのターゲット。
完全に戦力から外して見ていた存在。
それが今、かつてのギデオンのように彼の前に立ちはだかった。
「くっ!?」
【猛毒】、【衰弱】、【酩酊】に苦しみながらも、ライザックが【快癒万能霊薬】を取り出そうとする。
だが、それよりも先にレイが動き、地面に自らの右手を叩きつけ――、
「――《グランド・クロス》!」
――熱量を伴なう聖属性の十字が噴出する。
「ぐおぉおぉぉ!?」
ライザックの身体が灼け、【快癒万能霊薬】を取り落とす。
「クソルーキーがあああああ!」
それでもライザックは握り続けたデュランダルを振るう。
ギデオンの頃から倍近く上がったレベルで振るわれる刃。
それはかつてのルーキーの頭部を両断する刃の軌道。
だが、レイは――首を傾けるだけでそれを回避した。
「な……!?」
続く斬撃もレイは最低限の動きで回避してみせる。
三度、四度と続けても当たりはしない。
「ルーキーが、何で……!?」
「俺はもう、ルーキーじゃない」
今のレイのレベルは、五〇〇。今のライザックと同じレベルだ。
まして今のライザックは、【衰弱】と【酩酊】で刃の動きが鈍っている。
何よりも、重ねてきた死闘の数が違う。
そして昏睡状態の数時間。斧の歴代使用者達と戦い、その戦闘速度による蹂躙を味わい続けたレイにとって……鈍ったライザックの剣を回避することは容易だった。
目が、思考が、彼とライザックのレベル帯の戦闘速度を超えている。
そうして最後の攻撃の機会が失敗に終わったライザックは……。
「――《ストロングホールド・プレッシャー》」
背後から距離を詰めたビースリーによって後頭部を叩き割られた。
絶妙に致命傷を避けた力加減。
傷痍系状態異常のダメージで【ブローチ】が作動し、間もなく砕け……。
「また、か、よ……」
再びダジボーグの光が空間を満たしたとき、陽光に紛れるように彼は塵になった。
To be continued
 




