第六十八話 'O sole mio
(=ↀωↀ=)<ゾディアックの魚くん
(=ↀωↀ=)<名称変更
□■???
【光王】エフと【流姫】ジュバ。
共に光を扱う準<超級>同士の戦いは、始まってからまだ二分と経っていない。
だが、互いの消耗は蠟燭を炎ですり減らすよりもなお早かった。
ゾディアックにチャージした光を用いて戦うエフは、太陽を失ったこの空間では蓄積した分で戦うしかなく、それも複数回の召喚と奥義使用で大きく残量を削られている。
ジュバは今も空間内の王国勢からMPを吸い上げているが、それもダジボーグによる回復がなければ、遠からず尽きる。
(段々と、性能に確証が持ててきた)
ジュバと戦いながら、エフは【黄水晶】の本質について理解し始める。
あれは足のついた魔力変換機。
荷電粒子砲やバリアに換えているが、あれはどちらも科学的ではなく魔法の一種であり、注がれた魔力を変換して行使している。
煌玉馬が戦闘に用いる各種機能の、規模を大きくしただけのものだ。
その上で、エネルギーの増幅能力は極めて低い。
必要な行為に対して、ほぼ等量のエネルギーを要求してくる。
【流姫】とダジボーグのコンボを持つジュバのような、バカげたMP収集手段を持たなければまず運用不可能。
さらに、エネルギーの変換にも限界がある。
最大の荷電粒子砲で一〇〇、最大のバリアで一〇〇のエネルギーを要するとしても、【黄水晶】が一度に変換できるエネルギーもまた一〇〇程度。
だからこそ、攻撃と防御を同時に最大値で発揮することはできない。
相手の攻撃への偏重を誘発できれば、その瞬間に弱まったバリアを破ることができる。
(しかし今だけは、バリアに偏重させる必要がある)
理由は二つ。
第一に、この局面では自身のMP以外の戦闘リソースを持つエフの方が、長時間戦闘では僅かに有利だということ。
ゾディアックがあるエフと違い、ジュバはこの場にいる<マスター>のMPがなくなればこの戦闘スタイルを維持できない。
仮にここが閉鎖空間でなければ、エフは戴魚で荷電粒子砲の射程から一人だけ離脱していただろう。
その上でゾディアックによる干渉を続け、魔力が尽きてバリアが消えた時点で射手を使い、トドメを刺すのがベターだ。
しかし、ここは閉鎖空間であり、まだ退場してもらいたくない相手もいる。この手は使えない。
むしろ盾蟹でレイへの被害を防ぐことがもうできないため、撃たせるわけにはいかない。
第二の理由は、今はエフの魔法の火力が落ちているということ。
寝返り組の一人であるみゃんなの<エンブリオ>によって、彼女のパーティ以外は魔法スキルの威力が大幅に落ちている。(【黄水晶】については兵器の機能ゆえに対象外か、パーティに加入しているか、あるいは半減した上であれか、までは読めない)
現状では【黄水晶】が砲撃体勢に移行しても、バリアと装甲を貫く威力を発揮できるかは怪しい。
ゆえに、バルバロイ側の決着を待っている形でもある。
(復帰した王国勢も参戦しているが、そう長くはもたないか。獅子も指を数本持っていかれている)
先の荷電粒子砲で過半の人数が消し飛んだ王国だが、それでも耐え切って復帰してきた者達もいる。彼らはエフの召喚した獅子と【黄水晶】の戦いに参加し、バリアへの攻撃を続けている。
<エンブリオ>のスキルによるものか、先ほどよりも弱まったバリアを貫いた者もいるが……装甲に阻まれて重大な損傷を与えるには至っていない。
そうする間に【黄水晶】のビームブレードで薙ぎ払われている。
獅子もまた、足を戻すのが遅れて指を数本飛ばされた。
痛ましい状態だが、エフは獅子に戦闘続行を命じている。獅子は内心で『うちの召喚主はイヌ科以外に厳しすぎる』と思いながら果敢に攻撃を続けていた。
相手の消耗を引き出すために、召喚モンスターと王国勢の命を投資している形だ。
(相手が戦術を切り替える瞬間。それまでに、あちらが決着をつけていれば……)
その瞬間にこそ、この戦いの勝敗を決する賭けがある。
エフはそう考え……しかし依然として一つの懸念事項があった。
(……いつまで死んだふりを決め込むつもりだ?)
それはこの場にいる唯一の<超級>、スプレンディダのこと。
ゾディアックで光を吸収して再生を阻害している……はずの相手。
だが、その生命は未だ途切れていない。
これで二度目。もはや偶然やミスではない。
(光に比例した回復はブラフじゃない。光による回復と【死兵】のコンボによる不死性は確定だ。そこに、説明のつかない要因が加わっている)
特典武具か、あるいはなおも秘匿された<エンブリオ>の特性か。
いずれにしろ、この場で最も警戒すべき男は未だ存在し、その上で……何もしない。
ゾディアックの封印から出てくることもなく、出ようとすることもなく、そこに在るだけ。
エフには、それが不気味だった。
しかしエフにとって誤算だったのは――それがジュバにとっても不気味だったことだ。
◇◆
(やっぱり、手を抜いてる……)
ゾディアックに封印されたスプレンディダに対し、【黄水晶】のコクピットにいるジュバは舌打ちする。
先ほど荷電粒子砲に巻き込んでその全身を消し飛ばしたからこそ、手応えで分かることもある。
この空間でスプレンディダが全身を消し飛ばされるのは、あれが初めてではない。
だが……。
(……全身を消し飛ばされたのに、アイテム使ってる時点でおかしいよ。アイテムボックス、どこに置いてたのさ)
<Infinite Dendrogram>のアイテムはシステム的なインベントリではなく、アイテムボックスに格納される。
アイテムボックスはサイズ・形状・収納量は様々だが、実態を持つアイテムとして存在し、破壊されれば中身を溢れ出させる。
だが、自身の装備ごと全身くまなく破壊されているはずのスプレンディダは……それをされた後もポーションなどのアイテムを使っていた。
あれらは、どこから取り出していたのか。
(……ラインハルトの懸念してた通り、かな)
自身を攻撃する王国の<マスター>や獅子に対応しながら、ジュバはこの戦争の前にラインハルト……皇王であり、この【黄水晶】を整備した【機械王】との会話を思い出す。
◆◆◆
■開戦前
ジュバとラインハルトの付き合いは、皇国の内戦よりも前だ。
しかし、クラウディアとベヘモットのように親友同士だったわけではない。
パイロットと整備士という、皇国では珍しくもない関係だ。
ジュバは皇国の<遺跡>で【黄水晶】を入手したが、それは様々な意味で異例だった。
まず、【黄水晶】は先々期文明の<遺跡>の産物ではなかった。調査によれば、千年以上前に何者かがこれで<遺跡>に乗り込み、その場に残置された代物。
回収した【黄水晶】はほとんど損傷もないのになぜか動かず、ジュバや皇国の整備士は疑問に思っていた。
しかし、たまたまジュバと第三皇子派に縁があったため、そこから【機械王】ラインハルトとの繋がりができた。
皇国で最も機械に詳しかったラインハルトは、起動しない原因が純粋なエネルギー不足だと解明。
その解決策として、ジュバに秘境――【流姫】の調査クエストを出した。
相性的に彼女が適任と考え、将来的に皇国の戦力増強も兼ねた依頼だった。
結果としてジュバはトライを繰り返して【流姫】に就き、無事に【黄水晶】のパイロットに相応しい存在となった。
ラインハルトは報酬として整備を行い、自己修復しきれなかった損傷や細部もチューンナップされ、【黄水晶】はかつて以上の性能を発揮できるようになった。
以降、ジュバとラインハルトは馴染みの客と職人程度の関係を続けている。
友人というほどウェットではなく、ビジネスほどにはドライでない。
一緒に遊んだこともなく、どちらかが依頼され、どちらかが受けるだけの関係。
ラインハルトの秘密もジュバは知らない。
しかし直接依頼される程度には付き合いがあり、皇王となった後も繋がりは続いている。
内戦時にジュバが餓竜討伐に参加したのも、ラインハルトからの依頼だった。
それゆえ、この<トライ・フラッグス>においてスプレンディダらと組むよう依頼されたときも、ジュバはラインハルトと直接話していた。
ヘルダインとの会合の後だったので、『やっぱりヘルダインさんはわたしよりも先が読めてるのかな』と内心で感心していた。
「んー……まぁ、この特性ならわたしと組むのも分かるしー……。このスキルなら<超級>だって仕留められるだろうけどー……」
その日、依頼に際してラインハルトから提供されたスプレンディダの資料を、バイザーに投影しながら、ジュバは唸っていた。
なお、彼女が常用している機械式バイザーは、内戦後にラインハルトが餓竜討伐の御礼で作った手製の装備である。
「気になる点でも?」
「……怪しくない?」
この資料は、スプレンディダの自己申告によるものだ。
そこには『光で再生する』ティル・ナ・ノーグの特性だけでなく、彼が【獣王】を封じ込めた特典武具、変装に使うオーダーメイド装備、そして彼が誰にも公表していない最新の切り札までも記載されている。ジュバがヘルダインとの会合で聞いていた情報よりも詳しい。
その上で、『嘘くさい』とジュバは感じた。
正確には、『嘘』ではないが、まだ隠しているという印象だ。
「ええ。妹とベヘモットも同意見でしたよ」
「確定じゃーん……」
皇国におけるティアンと<マスター>の最強二人からのお墨付きである。
スプレンディダという<超級>は皇国に属しているが、獅子身中の虫なのだろう。
「恐らく、私と敵対する勢力から送り込まれた人材。あるいは……複数の組織に所属して環境を引っ掻き回して楽しみたい愉快犯のような人物でしょう」
「普通、そこまで分かってて使う……?」
「王国側の戦力も、前回の戦争から大幅に増しています。対抗戦力は多い方が良いですから」
王国側も<超級>を増やしており、そのほとんどが今度は戦争に参加する。
対抗するための戦力は使わなければならない。毒を食らわば皿まで、といった状況だ。
ラインハルトはクスリと笑って、
「それに、私達は普通ではありませんよ」
「あー、かもねー」
ジュバは納得して頷いた。彼女にしてみれば、いつの間にか国のトップになっていた整備士さんである。普通の訳もなかった。
「彼は契約で縛り、皇国に不利益な行動はとれないはずです。しかし、万が一もあるかもしれない。もしも、そうなったときは……」
「可能な限りデータを集めておけばいいんだよね。りょうかーい……。渡す相手はおチビちゃんで良いんだよねー?」
スプレンディダが皇国やラインハルトの計画に反旗を翻したとき、ジュバは自分が倒すとは言わなかった。
彼女は自分の力がよく分かっている。スプレンディダを倒せないと理解している。
だから、間近で協力しつつ彼を見張り、彼の情報を今ならば倒せるかもしれない者……【獣王】ベヘモットに伝えるつもりだった。
「ええ。今の彼女ならば、スプレンディダにも対応できるはずです」
「やっぱり<超級>さんは違うなー……。わたしも<超級>なら良かったけど、未だに必殺スキルも生えない半端ものだしねー。最終奥義も使いどころが難しいし」
周囲のMPを増やし、吸収し、【黄水晶】で戦う。
現状はそれしか執れる戦術がない自分を、ジュバは少しだけ卑下した。
「ですが、私はベヘモットの次に貴女を信用していますよ」
「ありがと。気持ちは報酬に上乗せしてねー……」
「勿論。とびきりの報酬を用意しておきます」
「うん。よろしくねー……」
用事が済んだジュバは、ラインハルトに背を向けて執務室を出ようとする。
戦争を前に、ラインハルトには時間がない。
皇王のラインハルトにしかできないことが山ほどあり、【機械王】として自分に使う時間はさほど多くないと、ジュバも分かっている。
その上で……。
「【黄水晶】ってさ、作りがピーキーだよね」
ジュバは部屋を出ようとする足を止めて、言葉を発した。
「前に忙しそうだったとき、<叡智の三角>にも一回オーバーホールを依頼してみたけど、やっぱりラインハルトほどカンペキには整備できないんだよ。うん、ラインハルトだけ……」
自分の中で言ってはいけない言葉と、伝えたい気持ちがせめぎ合う。
踏み出そうとして、しかし一度も踏み出してこれなかった。
「だからさ……」
踏み出せば壊れてしまうから、口に出せなかった想いは……。
「わ、……、……死なないでね?」
今回も言葉になることはなく、ただ、本心からの言葉の一つだけを伝えるに留まった。
返事は、なかった。
◇◆◇
□■???
ラインハルトとの……現時点での最後の会話を思い出し、ジュバは歯ぎしりする。
(懸念通り、スプレンディダがどう動くか分からなくなってきた。これ以上、膠着状態でロスはできない)
<命>を倒す。<超級>を倒す。スプレンディダを探る。
ラインハルトからの依頼を何一つ全うできないという結果だけは、許容できない。
(負けて……たまるか!)
ラインハルトとの時間を、あれで最後にしたくない。
だから、ジュバは<トライ・フラッグス>に勝つために全力を尽くす。
勝利さえすれば、ラインハルトが死ぬことはないと信じて。
いつか、自分の思いを伝える日も来ると信じて。
(まずは地上戦力を一掃、それからバリアを強化して、そのまま――レイ・スターリングを轢き潰す!)
戦術を組み上げ、
バイザーと機体装甲で隠した思いの丈を、戦いの言葉に換えて吼える。
「ダジボーグ、スイッチオン! フルフラッシュ!」
彼女の宣言の直後、再びこの隔離空間に太陽が昇る。
だが、その陽光は先刻までとはまるで違う。
視界を潰す強烈な光が、空間を瞬間的に照らした。
<マスター>の中でも暗視系のスキルを使っていた者は目を焼かれてのけぞり、そうでない者は獅子も含めて突然に強い光を受容して一瞬動きが鈍る。
例外は光学センサーを切り、他のセンサーで外部を把握していたジュバ。
そして、自らの網膜でモノを観ていなかったエフ。
だが、彼だけでは、ジュバは止まらない。
ジュバと【黄水晶】は近距離用の熱源・音響センサーで付近の敵影を正確に捉え……。
「【黄水晶】! ブレード・エクステンション!」
『了解』
バリアからブレードにエネルギーを集中。
バリアが薄くなる代わり、不意打ちのように鋏から伸びるビームブレードが三倍の長さに伸長し、
――間合い内の獅子と王国の<マスター>を両断した。
初見殺し。目潰しからの間合い拡張斬撃。
獅子は当然に、先の荷電粒子砲で既に【ブローチ】が砕けていた<マスター>達も光の塵になる。
『上方に高エネルギー反応。バリア上方へと集中展開。対空防御』
「!」
直後、斬撃に集中したのを見てとったエフのレーザー群が真上から降り注いだ。
しかし、それを察知した【黄水晶】がバリアを真上に重ねて展開し、直撃を阻む。
同時に機首を転換し、レイへと向ける。
(――待って)
だが、その攻防にジュバは背筋から血の気が引いた。
(【光王】の<エンブリオ>、ドローン。全方位から攻撃可能。何で、真上から集中? 何で、散らさず、……!)
ジュバは察する。
煩わしい地上戦力の掃討、その後の隙を狙ったレーザー、そして対空防御。
しかし、それらの攻防自体が――自分達の隙を作るものだとしたら?
バリア全体の厚みを戻すのではなく、上方に集中させることが狙いだとすれば?
「バリア、全周! 急いで……!」
ジュバが指示を出し、【黄水晶】が魔力をバリアに流し、全周で厚みを増す――
――直前に一筋の光条が機体正面からバリアごと装甲を貫いた。
――光が、コクピットのジュバに届く。
To be continued
(=ↀωↀ=)<今日から連日更新
○ジュバとラインハルト
(=ↀωↀ=)<ジュバは知りません
(=ↀωↀ=)<多重人格のことも一人二役のことも性別のことも知りません
(=ↀωↀ=)<話されてもいません
(=ↀωↀ=)<それでもジュバはラインハルトを信頼していますし
(=ↀωↀ=)<秘密を知らない者の中でラインハルトが最も信用しているのもジュバです




