第六十七話 ファーストステップ
(=ↀωↀ=)<最近の悩み
(=ↀωↀ=)<『獅子と魚の名前シンプル過ぎたかな』
(=ↀωↀ=)<『でも射手と天秤だってそのままだしな(十二巻)』
(=ↀωↀ=)<『だけど魚はせめて何か一文字足しておこうかなー』
(=ↀωↀ=)<とか考えてるけど内容は数話ぶりのレイ君サイドです
□■斧の試練
古の【死霊王】。
それはレイがこれまで相対したアンデッドの中でも、迅羽を除けば最上位。
それこそ【ゴゥズメイズ】以上の難敵とさえ言え、仮にこの環境でなければティアンでありながら迅羽にも匹敵する猛者だっただろう。
レイが《銀光》の刃で体を上下に分断しても、それぞれが元の姿になってしまうほどの異常とも言える再生力とアンデッド作成能力。
レイは分裂した【死霊王】と相対し、下半身から発生した個体を倒したが、それでも決着にはならなかった。
下半身からできたのは【死霊王】を模したアンデッドモンスターに過ぎないのだ。
(けれど、アンデッドモンスターの残骸がさらにアンデッド化することもなかった)
あくまでもアンデッド化できるのは、本体の欠片だけということだ。
そして欠片のアンデッドモンスターを何体倒しても、本体は健在。
倒すなら……【死霊王】本人の、代わりの利かない部位を破壊するしかない。
かつて【大死霊】を倒したときのように、頭部を《銀光》を纏った一撃で砕く。
それ以外に、不死身の屍人を撃破する手段はないとレイは悟っていた。
『…………』
既に一時間は戦い続けているが、【死霊王】から疲労の色は見えない。
アンデッドは肉体的な疲労が見えにくい。今の【死霊王】はシルエット状態なので猶更だ。
対して、レイの方は既に疲労困憊。
HPは半分を切り、MPやSPは二割もない。
途中から『切る瞬間だけ《銀光》を発動する』技術を会得していたが、それでも限界が近い。
武器さえも既に多くを砕かれ、残っているのは斧槍一本のみ。
それでも……レイはまだ諦めていない。
(……疲労が視えなくても、限界が近いのはあっちも同じ)
アンデッドのHPは切断部位の体積に比例……その上で、タフではない。
生存力に優れたアンデッドとはいえ、ベースは魔法職。
それこそ【獣王】のような破格のHPを持っているわけではなく、小分けしたアンデッドは《銀光》の攻撃が重傷になる程度のHPしか持っていなかった。
何より……。
(【死霊王】は同じ部位を二度はアンデッド化しない)
左足の後に下半身をアンデッド化したが、以降は同じ手を使ってこない。
下半身を使って同じ姿の分身アンデッドを作れるならば、それを繰り返せばいいのに一度きりだった。
左腕を引き千切ったがそれも一度きりで、次は右腕でアンデッドを作った。
右腕アンデッドは犬のような形になって襲ってきたが、倒した後も二体目を作らない。
同一箇所をアンデッド化できないのは明白だった。
(《看破》で見る限り、アンデッドを作るたびに最大HPが削れている。体の形が再生しても、それは戻らない。動きも分割前より鈍っている。だとすれば、この戦法は【死霊王】にとっても苦肉の策。それこそ最終奥義のように身を削って使うスキル……いや、そのものか?)
レイの推測は正しい。
【死霊王】がこの戦いで用いているスキルの名は、《死が一人を分かつまで》。
【死霊王】の最終奥義であるが、超級職の最終奥義の中では【蟲将軍】の《一寸の虫にも五分の道連れ》のように比較的『使い回せる』代物だ。
自身の肉体ごとステータスを削ってアンデッドを作成し、用いる部位の体積や注ぐステータスが多いほどアンデッドの性能は向上する。
過去の例として身一つで封じ込めた【死霊王】がこのスキルでアンデッドの軍団を作成し、大規模な被害を発生させたケースもある。
消費も少なく、一対一の戦いでも多対一の状況を即座に形成できるため、この環境における戦いでも【死霊王】が運用できる数少ないスキルだった。
しかし、最終奥義ゆえに欠点もある。
【死霊王】自身の他スキルで肉体の欠損は回復可能だが、ステータスの回復は二四時間を要する。下半身の分身アンデッドにしても、実際は左足の分を除いた性能だ。
そしてこれまでの戦いで、【死霊王】は肉体もステータスもかなり捧げてしまっている。
『…………』
【死霊王】は、本来であれば遥か格下のレイを相手に最終奥義まで使った。
それでもレイは生き、戦いは泥仕合だが続いている。
「アンタにしてみれば……不本意だろうな」
性能のみを模倣したユニットだが、本人の自我があれば相当に腹立たしいだろうとレイは思わずにはいられない。
【死霊王】は身を削り、徒手空拳でレイと戦っている。
だが、本来ならばアンデッドは他の生物の死骸で創り、魔法も状態異常だけでなく怨念を用いた攻撃魔法を多用していたはずだ。
ましてや、思考パターンさえも場当たり的なものに制限されている。
レイの傍にネメシスがいても、お互いが万全であれば今よりも遥かに苦戦していたのは間違いない。
「それでも、ここは……勝たせてもらう」
『…………』
いつか自身が望む可能性を掴むために、斧の力が必要になるかもしれない。
だからこそレイは……。
「試練が過去の使い手を倒すことだと言うのなら、――俺はアンタ達の屍を超えていく」
――その第一歩が【死霊王】を倒すことだと覚悟を決めた。
「オォッ!」
レイは気迫を込め、真っすぐに【死霊王】へと駆け出した。
『……!』
レイが勝負を決めるべく動き出したとき、【死霊王】もまた動く。
【死霊王】は……自らの胸に右腕を突き入れた。
「!」
その行為が何を意味するか、レイにも分かっていた。
未だアンデッド化していない部位は両腕を除いた上半身。
ならば今、【死霊王】がアンデッド化して使おうとしている部位は……!
「心臓か!」
レイの予想通り、【死霊王】は胸部から心臓を引き抜いた。
血管を引き千切って取り出された心臓はアンデッドらしく、一切の拍動がない。
だが、【死霊王】のスキルを受けてアンデッド化すると、まるで河豚のように膨らみ、バクバクと脈打ち始めた。
如何なるアンデッドかは、激しく鼓動を刻みながら膨らみ続ける姿が物語っている。
「爆弾……!」
十中八九、霞の召喚モンスターにもいた自爆型だとレイは察する。
自らの心臓アンデッドを今は使えない攻撃魔法の代わりとして用い、レイを消し飛ばす算段だ、と。
ならば、レイはどうすべきか。
決まっている――進路を変えず、前に進む。
『ッ!』
逃げるのは悪手。
レイが退くか進路を逸れれば、【死霊王】はそれを狙って心臓アンデッドを投げ、爆裂させる。
だが、自分を巻き込む恐れがある至近距離ならば、【死霊王】も心臓を最大の威力で爆裂させることはできないと、レイは直感した。
だからこそ、少しでも【死霊王】との距離を詰める。
心臓アンデッドの拍動が弱まり、体をしぼませたことでレイの読みが正しいと伝えた。
『…………』
だが、次の行動はレイの予想とは違った。
【死霊王】は萎ませた心臓を投げず、これまでの戦闘で見せ続けた武術家としての動きで――レイに直接叩きつけんとしている。
爆発力を抑えても、その威力は【死霊王】の拳撃や蹴撃を上回る。
【死霊王】は心臓を掴む腕が消し飛ぼうとすぐに生えるが、レイにそのレベルの回復はできない。当たり所次第では即死だ。
武器で防げば、最後の武器を失うことになるだろう。
心臓や腕を犠牲にしてでも相手を殺しにかかる。
これが生前と同じ行動パターンだと言うのなら、【死霊王】は恐ろしい執念の持ち主と言える。
だが……。
「――羅ァッ!」
――それは、“不屈”と呼ばれた男も同じこと。
レイは迷わず――心臓を掴む右腕を自らの左拳で殴りつける。
致命傷を避け、武器と駆ける足を失わぬために、躊躇なく左腕を捨てた。
『!?』
それは模倣に過ぎぬ【死霊王】、あるいは本来の【死霊王】にとっても想定の外。
心臓アンデッドは爆裂し、……両者の腕が一本ずつ消し飛んだ。
それでも、レイは止まらない。
自らの手足を犠牲にして勝利の可能性を掴むなど、彼はこれまでに幾度も重ねている。
【死霊王】が自らの血肉をアンデッドに換えてきたように、彼は自らを費やして奇跡とも言える勝利を掴んできたのだ。
ゆえに、今もまた同じ。
「シッ!」
左腕を犠牲に掴んだ勝機。
爆風で離れた相手に向けて一歩を踏み込み、《銀光》を纏わせた斧槍を振り上げると同時に、
――隙が生じていた【死霊王】の左腕を断つ。
そして、両腕を失くした【死霊王】の頭蓋を叩き割らんと、トドメの一撃を振り下ろす。
その攻撃に対応するには、想定外を味わった【死霊王】の動きには隙ができていた。
心臓による爆撃の失敗。血肉を分けたアンデッドの壊滅。ステータスの低下。両腕の再生までの空白。状態異常魔法を使う暇もない。
この場において、もはや【死霊王】にレイの一撃を止める術はなく、
『――死にたく、ないよ――』
――止めたのは、言葉――。
「え、ッ!? しまッ……!?」
レイは驚愕し、しかしすぐに自らの失敗を悟った。
それも、場当たり的な思考の一つ。
自らを殺そうとする相手に対しての、古典的な――命乞い。
スキル以外の言葉を介さないと思っていた敵からの言葉。
何よりもそれが、死を恐れるものであったこと。
レイは咄嗟に振り下ろす刃を止めてしまい、一瞬後にそれが罠だと気づいた。
レイという人間を読み取り、そんな相手に対してこの場面での最善手を打った。
ありえぬ行動に対して戦術と心理の両面で、今度はレイに一時的な隙が生じた結果――、
――胸を突き破って現出したアンデッドがレイへと突き進む。
それは、肋骨。
十二対二十四本の肋骨がスケルトンの槍と化して、レイを刺し貫かんとしている。
その速度はレイが退くよりも速く、一度止めた刃を振り下ろすよりもなお速い。
貫通力に特化したアンデッドは、【VDA】の守りさえも貫くだろう。
そして白く禍々しい槍衾が――目標を蜂の巣に変えた。
「……!」
しかし、それは……。
レイではなく、
『――、――』
――自らアイテムボックスから飛び出した、騎馬だった。
煌玉馬、【白銀之風】。
<エンブリオ>でもなく、特典武具でもない、レイ・スターリングの愛騎。
ゆえにシルバーは、この世界でも特殊装備品として存在できた。
イゴーロナクとの戦いで損傷した足に傷はない。他の武具やレイ自身と同様に、この世界では万全になっていた。
しかし今は、その胴体を二十四本の槍が穿ち……全身に罅が入っている。
レイの盾となり、【死霊王】の罠から身を挺して彼を護った結果だ。
「シルバー……!」
『…………』
このシルバーは他の装備同様にこの空間での再現体であり、実物ではない。
だが、機械であるがゆえに、魂なきシルバーのAIは現実と変わらない。
写しであろうと己の意思で、己が為すべきことを理解していた。
シルバーにとってのそれはレイを護ることであり、
――レイと共に敵を討つことだった。
「……往くぞ!」
振り向いたシルバーの、機械の瞳が見せた意思をレイも理解した。
ゆえに彼も、それを汲む。
『――――!』
全身に銀の光を纏ったシルバーが、嘶く。
今この空間において煌玉馬の動力炉は如何なる理屈か機能していなかったが……動くための力は主であるレイから与えられている。
ゆえにシルバーは力強く、その機械の脚を踏み込む。
穿たれた体の罅が広がろうとかまわず、骨のアンデッドを銀の光で砕きながら、攻撃を介して繋がった【死霊王】との距離を詰める。
いつかのように、シルバーそのものが銀の弾丸と化して。
『……!』
【死霊王】は肋骨アンデッドを自身から切り離し、退避しようとする。
だが、傷だらけの煌玉馬はその逃避を許さない。
砕ける身体から自身の欠片をばら撒きながら、敵手を追う。
『《空破、掌》ッ!』
【死霊王】は再生した右腕で、自らの取り込んだ――あるいは死霊術以外で最も頼るスキルを迫る脅威へと撃ち放った。
空を貫く一撃はシルバーの胴を穿ち、猛進していた騎馬はついにその歩みを止めて舞台の上に転がった。
だが、その背からは既に――彼の主が跳んでいた。
『!?』
【死霊王】が見上げた視界の中で、隻腕の男が銀の光を掲げている。
そして――、
「――これで、終わりだ」
――振り下ろされた刃が【死霊王】の頭部を両断した。
【死霊王】を模した影はその一撃で――今度こそ塵となった。
◇◆
『…………』
戦いの結末を、唯一の観客である斧は見届けていた。
『制御権、獲得。一%』
勝利者が得たものは絶大なる力を秘めた武器を掌握するための、たったの百分の一。
しかしそれは最初の一歩であり、今代の所有者が真の意味で斧の使用者としての道を歩み始めた証でもあった。
その事実を、斧はどこか嬉しげに見届けた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<間に著者校正とかネームチェックとかあったけどギリギリ更新間に合ったよ……
( ꒪|勅|꒪)<でもクリスマス感のない話だったナ
(=ↀωↀ=)<去年よりマシでしょ!(LS・エルゴ・スム登場回)




