第六十五話 切って落とされた幕
(=ↀωↀ=)<本日二話更新。まだの方は前話から
追記:
(=ↀωↀ=)<一部数値ミスあったので修正
(=ↀωↀ=)<丸一日と書かれたメモを作者がリアルとデンドロで読み間違える痛恨のミス
□■十五分前
「少し、損な役をやってくれませんか?」
エフの切り出した言葉に、ビースリーは僅かに顔を顰めた。損な役と聞いて真っ先に思い浮かべたのが、デスペナルティを含めた捨て石だったからだ。
「ああ、肉体的ダメージはありませんよ。ただ、まぁ、人によって面白くはない役です。具体的には『無能な探偵役』ですね」
「…………」
無能な探偵役。ミステリー小説において名探偵が推理を披露する前に、的外れな推理を披露してしまう役柄だ。他の探偵であったり刑事であったりは様々だが、ミステリーではよくある展開の一つと言える。
ビースリーはそれに否とは言わない。
恐らくは単なる引き立て役ではなく、何らかの策を成功させるのに必要だから演じさせようということは分かったからだ。
「それで、あなたが名探偵を?」
「他に適役もいませんので。<デス・ピリオド>のサブオーナーか……あるいは彼が起きていれば任せていましたけれどね。本当はそういった展開を観ていたい性質なので」
エフは片目を閉じたままため息を吐き、困った微笑を浮かべる。
本心からの言葉だった。
そうして、エフはビースリーに推理内容を含めた段取りを説明した。
「私が推理を始めたら、彼のガードに戻ってください。推理が終わったら……あるいは途中でも戦闘状態に入ります。その場合、あの二人以外の敵も動き出すかもしれません」
「……」
エフの言葉にビースリーが頷く。
王国勢に紛れ込んでいる敵が、その機に乗じて扇動ではなく実力行使に切り換えるかもしれない。
そうなったとき、狙われるのはまず間違いなくレイだろう。
「ですので、そちらは頼みます」
「ええ。あなたも抜かりないように」
二人の交わした言葉の意味は、簡潔だ。
エフはスプレンディダとジュバを倒す。
ビースリーはレイを守り抜く。
お互いに自分のやるべきことを確認し合い、二人は作戦を開始した。
◇◆◇
□■???
隔離空間の天頂にある太陽。
煌々と輝き続け、ゾディアックに光を喰われる一部を除いて空間全域を照らしている。
それこそがジュバの<エンブリオ>であると、エフは断言した。
「彼女の役目は生存枠を減らす置物ではなく……スプレンディダの再生に必要な光源だった、ということです。それだけではありませんが」
言葉に含みを持たせながら、エフは自分の掌を光らせる。
先刻も行っていた軽微な光属性魔法。
それを魔法の拡張スキルで光を強め、あるいは形を変えている。
説明の最中に何をしているのかと、王国勢の視線が集まる。
「ああ、やはり……こちらが複雑なことをしていると調整が難しいようですね」
「?」
その言葉に、多くの王国勢が首を傾げた。
エフは片目を開けて微笑しながら、掌の光を消して言葉を続ける。
「先ほどバルバロイ・バッド・バーンが言っていましたが、この空間には維持コストがある。ただし、スプレンディダはポーションでコストを賄っていたわけじゃない。ポーションの回復量には限界があるため、それでは破綻します」
エフはスプレンディダの落としたポーションの瓶を靴の先でつつく。
「では、なぜ破綻していないのか。他の形でコストを払っていたから? その線はあるでしょう。スプレンディダではなくジュバがコストを払っているから? 当然ありえます。だが、何にしてもコストはかかります。この空間にも、そしてジュバのバリアにも」
そこまで言ってエフは頭上を見上げ、
「その答えが、あの太陽です」
断定する口調でそう述べた。
彼の言葉に王国勢にも理解が広がり、そして一つの答えに辿り着く。
「そうか! あの太陽がスプレンディダとジュバにMPを供給していたんだな!」
<AETL連合>の一人が自信を持って述べたその答えは、
「え? 全然違います」
「…………」
エフにあっさりと否定された。
「<上級エンブリオ>ではMP供給量にも限度があるでしょう。この空間の維持コストとあの超級職奥義より頑丈なバリアを二時間も維持するのは難しいと見るべきです」
「じゃ、じゃあ何だと言うんだ!」
答えに駄目だしされた<マスター>は、顔を赤くしながらエフに問う。
「――供給じゃないですよ」
エフは、やはりあっさりとそう述べた。
「なに?」
「お聞きの皆さん。魔法職の人はちょっと時間単位で魔力の消費パターンを変化させてみてください。ええ、できるだけ複雑に、ランダムに。そうすると気づくことがありますよ」
エフの促しに、王国勢の魔法職は<AETL連合>も部外者も関係なく――一部を除いて――それに従う。
何の意味がと思う者達だったが……数十秒もそれをする内に、気づいた。
「え? あれ?」
「今……」
「――MPが増えた?」
魔法スキルの消費MPを切り替えながら使用していると、一瞬……MPが増えるタイミングがあったのだ。
MPはスキル無使用状態の場合、通常は内部時間で丸三日かけて100%分回復する。
通常は一時間でも1~2%前後。ほんの数十秒で明確に回復が見えることはない。
それどころか、今は魔法を使っていたのだ。
「な、なあこれって……」
「これがジュバの<エンブリオ>のスキルです」
エフが事前に検証し、今しがた他の王国勢も確認した奇妙なMP回復。
「私達全員への無差別MP供給? いいえ、いいえ。無制御による出力上昇を含めても、対象人数による負担が増してむしろ難しくなります。では、あの太陽のスキルとは何か」
エフはそこで言葉を切って、【黄水晶】越しにジュバを見る。
「あの光を浴びる者に対する――MP回復速度の上昇、でしょう?」
今も素早くMP消費を切り替える術に対応しきれず、僅かに増加や減少をした自らのMPを見ながら、エフはそう問いかけた。
「恐らくはTYPE:ワールドの類。バフ効果の付与と言うより、光を浴びる者のMP回復速度上昇という法則。あの扶桑月夜のカグヤに近いかもしれません」
月光の下で月夜に都合の悪い数字を六分の一にするカグヤの同類にして、逆。
敵味方の区別なく陽光で照らし、MPを富ませる。
それがあの太陽の正体だとエフは言う。
空間内の調査の過程で、エフは自身とゾディアック合わせて様々な形で魔法を使った。
その際に違和感のある増減があったがために、エフは検証してそれを可視化した。
だが、増加ならばともかく……なぜ減少までも起きるのか。
それは……。
「そう、ジュバはこの場にいる全員のMP回復速度を引き上げ……」
エフはスッと手を伸ばし、ジュバを指差す。
「その上で――掠め取っている」
まるで、探偵が「犯人はお前だ」とでも言うように。
「掠め、とる?」
「回復と同じ量だけ、我々のMPを吸収しているのです。気づかれないように、可能な限り違和感のないようにね。広域MPドレインが、ジョブと特典のどちらによるものかは不明ですが」
エフは言葉を切って、今も展開中の堅牢なバリアを見る。
「どちらにしても、この場の全員からMPを吸収してあのバリアを維持している」
無差別無制御のMP回復増進。
人数が多いほど増えるMPを、吸い続ける。
王国勢の人数が多くても破れないのではない。
人数が多いからこそ、MPに余裕を持って最大のバリアを展開し続けられる。
それこそ、かつての餓竜との戦いで圧倒的な群れを相手にしたからこそ、全開で戦い続けられたように。
ある意味で、合理的とも言えた。
最初に数を減らさなかったのも、長時間この膠着状態を維持して釣りをするには、人数が多い方が掠め取れる量が多いからだろう。
「でも、あのジュバって<マスター>はあの蠍の中に引き籠って寝ているはずじゃ……」
エフはそう述べた部外者の一人を、『本気で言ってるのか?』と言いたげな目で見ながら言葉を返す。
「引き籠って寝ている? とんでもない。彼女はあの中でずっと我々のMPや状態を確認しながら、個別に吸収量をチューニングして吸い続けているのです」
この場にいる自身以外の三十人余りのMPを把握し、不自然でないようにMPの吸収量を調整する。
それはある種、超人的な数値管理とも言える。
そして作業に没頭する姿を見られないために、姿の見られない【黄水晶】内部に籠った。
「それ以前に、手札も<エンブリオ>も分からない敵対<マスター>が何十人といる中で寝こけるようなマヌケなら、名を馳せていないのですよ」
「そこで布に包まれながら寝こけている人が……」
「シャラップ」
【黒纏套】に包まれて寝ている名を馳せた<マスター>のせいで話の腰が折られかけたが、エフは推理ショーの締めくくりに入る。
「さて、相手の仕組みを理解したところでどう破るかですが……簡単です」
簡単と言われても王国勢にはそうは思えない。
相手は無限にエネルギーを吸えるようなものなのだから、対処のしようがないように思えた。
だが……。
「MPを捨てましょう」
エフはやはりあっさりとそう言った。
「は?」
「MPを無駄遣いし続けて吸えるものを失くせばいいんですよ。太陽の回復もあるので完全に防ぐのは難しいかもしれませんが、吸収量は確実に落ちます。そうしたら今の強度でバリアを維持することは難しいでしょう。その段階になったら、MPを使わない攻撃で砕いて仕留めます」
その手法は、エフもまた可能。
彼自身が魔法超級職であるが、<エンブリオ>であるゾディアックは内部に攻撃や必殺スキルのための光を蓄えている。
チャージも十分であり、エフのMPが尽きてもゾディアックに蓄えたコストで戦うことができる。
エフ同様に自身のMPを必要としない切り札を持つ手合いは、三十人近い王国勢ならば他にもいるだろう。
さらに言えば、倒されて王国勢の人数が減れば吸収できる相手が減るのだから、全開駆動など続けられるわけがない。
エフも、それは分かっていて言わなかったが。
「さて、私の考察結果は以上となりますが」
スプレンディダの不死身。
沈まぬ太陽。
隔離空間や無尽蔵のバリアを維持するコスト。
この空間におけるギミックを解き明かしたエフは、その指を【黄水晶】に……【黄水晶】の中のジュバに向ける。
「――ここまで何か異論はありますか?」
『――まぁ、否定はしないけれどー』
それまでずっと眠っていると思われたジュバの声が、【黄水晶】から響く。
その声は間延びしていても、眠そうな気配など微塵もない。エフの推理が正解であると示す証左の一つであった。
『こうなったら仕方ないかなー。でも、ギミックをペラペラ話すってことは、そっちももういいってことかな?』
スプレンディダを封じられ、ギミックの解決方法まで示されては、ジュバも寝た振りや様子見などしていられない。
だからこそ、確認するようにエフに問いかけたのだ。
「ええ、作られた膠着状態はこれで終了。あとは……」
そうして兵器のコクピット越しに二人は言葉を交わし、
「――殺し合いです」
『――オッケー』
どこか楽しげなジュバの声と共に、【黄水晶之抹消者】は全く異なる駆動音を発した。
防御のための駆動ではなく――殲滅のための駆動。
殲滅で名を知られた猛者が、王国勢抹殺にプランを切り換えたことを示す音。
『スイッチオフ』
ジュバの言葉と同時に、隔離空間の光が消滅した。
彼女の<エンブリオ>である太陽が、その輝きを消したのだ。
光と共にMP回復増進効果も失われ、さらに彼女自身が全開のMPドレインに切り換えたことで王国勢のMPが目に見えて減っていく。
『ポジショニング』
王国勢の混乱の間隙に、【黄水晶】はその多脚を動かし、遥か後方へと跳ねた。
暗闇の中で、輝く【黄水晶】。
超音速機動ではないが俊敏なその動きに、ついていける者はこの場にいない。
エフのレーザーを始めとした遠距離攻撃が放たれるが、それは移動中であるために先ほどよりは弱まってもなお堅牢なバリアで弾かれる。
【黄水晶】の移動は、やがて行き止まりに到達する。
この隔離空間の結界の端。逃走ならば逃げ場もない悪手だろう。
だが、【黄水晶】は、ジュバは、逃走のために退いたのではない。
これより後ろがないということは――敵は全て前にいるということ。
【黄水晶】の、蠍を模した戦闘兵器の尾が動く。
その尾に針はない。
あるのは――金色の光を蓄えた砲門。
防御に用いていた魔力を攻撃へと……本来のスタイルへと転換した一撃。
『――《抹消》』
――コクピットの内部でジュバが操縦桿のトリガーを引き、
『――魔導式大出力荷電粒子砲、照射』
――【黄水晶】の機械音声の直後、黄金の輝きが隔離空間の全面を薙ぎ払った。
もはや、誰一人生かしておく必要はないとでも言うかのように。
◇◆
輝く【黄水晶】が後ろに下がるとき、バルバロイは嫌な予感がしていた。
この動きが、エフの言っていたものだと察せられたからだ。
『チッ! 《アストロガード》!』
咄嗟に灯りとなるマジックアイテムをアイテムボックスから落としながら、スキルを発動。如何なる攻撃が来ても護れるように、<デス・ピリオド>のタンクとしてバルバロイはレイを庇う体勢をとる。
だが、そんな彼女に……迫る者があった。
王国勢の耳目が【黄水晶】に集中する中で、バルバロイに近づいて来る者。
(こいつは……!)
その人物は剣士風の、どこにでもいそうな<マスター>だった。
部外者の中でも特に騒いでいたので、サクラではないかと考えていた内の一人。
それが今、このタイミングでバルバロイと彼女が護るレイに近づくならば、やはりクロだったのだろう。
(迎撃に移ればジュバの攻撃を防げない! ここは防御態勢で凌ぎきる!)
そう考え、バルバロイは二枚の大盾を【黄水晶】と剣士の両方に向ける。
カンスト勢の中では指折りに堅牢なバルバロイのビルド。<上級エンブリオ>の必殺と言えど、容易く突破することはできない。
そう考えて、身を挺してレイの盾となったのだ。
だが、彼女はここで思い返すべきだった。
自らが思考した、とある問題点を。
――問題は、カジュアル層だから『弱い』わけではないということ。
サクラの剣士は自らの<エンブリオ>である剣を振りかぶり、
「――《枢崩斬硬剣》」
――必殺スキル宣言と共に振り下ろした一斬で、盾ごとバルバロイの腕を断ち切った。
To be continued
(=ↀωↀ=)<作者が最近びっくりしたのは
(=ↀωↀ=)<感想欄で寝返り組の存在がバレてたことです
(=ↀωↀ=)<決め手は「ヒャッハー」だろうか……




