第六十四話 ブラインドを下ろして
(=ↀωↀ=)<今回は引き続き現実パート
(=ↀωↀ=)<本編とは関係ありませんがFGOでLa-na先生のヴリトラ引けたの嬉しいです
□■???
隔離空間で、さらに一時間が経過した。
一時はビースリーの言によって鎮静化していた諍いも、時間の経過と好転しない状況によって再燃しかけている。
その間もスプレンディダは死なず、ジュバの防御は揺らいでいない。
スプレンディダは飴のようなものを口に放り込んで齧っているし、ジュバと【黄水晶】にも変化はない。
「…………」
対するエフは聖堂内でそうしていたように、両の瞼を閉じている。
ゾディアックは散開しており、エフは視界の接続先を切り替えながらこの空間内を調べて回っているようだ。
だが、その両手にメモを取る手帳はない。
筆記をせず、なぜか手遊びのように両手を光らせていた。
攻撃魔法ですらない光属性魔法であり、拡張スキルを交えて光を強めたり形を変えたりしている。
傍から見れば、本当に遊んでいるようであった。
そんな彼に、ビースリーが話しかける。
「何か掴めましたか?」
「ええ。ただ、賭けにはなりますね。切り出せば、この膠着状態は終わりますから」
この空間やスプレンディダ達の戦術を詳らかにしてしまえば、それはあちらにとっても合図になる。
そうなったときに数的不利にまで追い込まれたくはないため、サクラを除く部外者達を味方につけるための材料も用意しなければならない。
具体的には、三名生存以外のゴールだ。
現状最有力は……術者であるスプレンディダやその仲間であるジュバの撃破である。
そしてこの考えは正しかった。
エフ達は知らないが、《冷たい方程式》の維持コストは今もスプレンディダのHPやジュバのMPから自動的に支払われている。
ゆえに、二人がいなくなればコストを払えなくなって解除される。
しかしそのためには不死身のスプレンディダを殺し、鉄壁のジュバを破る必要がある。
王国勢が集中砲火を浴びせても為せなかったこの二事を、共に達成する術をエフは示さなければならないのだ。
(……こんなとき、彼なら如何なる手を打つか)
かつて自分を土壇場の奇策で破ったレイについて、エフはそんなことを考えた。
レイは随分と前から寝言もなく、静かになっている。
全身を【黒纏套】に包まれ、寝息さえも微かであるため……もはや死体袋と言われても否定が難しい状態だった。
(それに……問題はまだある)
エフにはもう一つ懸念していることがある。
「相手の手口が迂遠すぎる点も気になりますね」
少人数しか生還できない空間のギミックは、凶悪。
だが、<マスター>のみを隔離してティアンを巻き込まない状況になった時点で……なぜ戦闘を開始しないのか。なぜ受け身で徒に時間を費やすのか。
これまでバリアの中で眠っているだけだったジュバ。
しかし彼女は餓竜の殲滅という逸話で知られた準<超級>。彼女の本領は防御ではなく攻撃でこそ発揮される。
この閉鎖空間に閉じ込められた有象無象を、殲滅することこそ彼女の得手のはず。
それをせず、まるで時間切れやこちらの仲違いを誘うような長期戦の構えをとっているのは何故か。
その答えは、ビースリーによって齎された。
「恐らく、相手は彼や私達を仕留めるだけが目的ではないからです」
「と言うと?」
「現在、王国の<超級>は追撃に出向いたアルベルト以外は行動を秘匿されています。中には、そもそもログアウトしている者も含みます。けれど、レイが王都内部で行方不明になり、またフレンドリストの確認で落ちていないことも分かれば?」
「なるほど。餌ですか」
空間を破壊可能なシュウ。
万能にして最強のフィガロ。
空間操作の<超級>の一角であるハンニャ。
この三人ならば、【ディバイダー】の隔離空間を突破できる可能性もある。
王国の<命>であるレイの救出を目指し、対応できるかもしれない。
「……つまり、相手はまだそれらの<超級>を倒せる札を隠し持っている、と?」
「相手も<超級>。無い方がおかしいでしょうね」
あるいは、サクラや王国の仲間割れはその切り札を当てる機会を得るための布石の一つか。
だとすれば、やはりこのまま手をこまねいてはいられない。
「バルバロイ・バッド・バーン」
エフはあえてフルネームでビースリーの名を呼んで、
「少し、損な役をやってくれませんか?」
詰め切ってはいない道筋だが……賭けに出ることを決めた。
◇◆
《冷たい方程式》の発動からトータルで二時間ほどが経過して、いよいよ王国勢の空気は破綻一歩手前にまで陥っている。
<AETL連合>と部外者達は衝突寸前だ。
(まだ早いのだけどネ。閉鎖空間のストレス値って思ったより高いのですかネ?)
スプレンディダは笑いながら、しかし醒めた目でポーションを味わっていた。
(まぁ、釣れる前に餌がなくなるならそれもよし。<命>を仕留めて、再潜伏して、《冷たい方程式》のクールタイムが明けるのを待ちましょう)
そう内心で決めてポーションを口に含んだとき、――首を誰かの掌に握り締められた。
「おや、おや?」
『この飲み物……ポーションだな。それも、MP回復のためのものだろう?』
スプレンディダの首根っこを掴んでいるのは……ビースリー。
それも【撃鉄鎧】を装着し、バルバロイ・バッド・バーンとしての威容を周囲に見せている。【撃鉄鎧】にはまだ<墓標迷宮>戦でのダメージが残っていたが、それも迫力に拍車をかけている。
『妙だなぁ? お前、ここに来てからMPを使うようなことをしてたか?』
「ハハハ……」
バルバロイの問いかけにも、スプレンディダは笑顔だった。
だが――ほんの少しだけ引きつっているように見えた。
『この結界の解除条件はてめえの言った通り。だが、それだけじゃあねえだろう?』
「ふ、ぅん? じゃあ他に何が?」
『この結界は今もてめえのMPで維持している。だから、こんなものを飲んでいたんだ。てめえのMPが切れれば解除されるってことなんじゃあねえのか?』
「ははは、それはそれは……ハハハハ」
スプレンディダは困ったような引きつり笑いを見せて、
(騙されてますネぇ)
――内心で嘲笑った。
無論、MP回復のポーションを飲んでいたことも含めてブラフだ。
実際の《冷たい方程式》の維持コストはMP以外からも支払うことが可能であり、スプレンディダだけでなくジュバも支払いの対象に選べる。
何より……MPの回復手段はポーションなどに頼っていない。
事あるごとに飲んでいたポーションも含め、本来のギミックから目を逸らすためのもの。
そのブラフに見事に引っかかったので、スプレンディダは心の中で彼女を嗤う。
(この後はミーがMPを回復できないようにして、『MP枯渇でのスキル解除』を狙うのですかネ。けれど、どれだけ待ってもそうはならない。的外れな失敗は部外者達の更なる不満を呼び、いよいよ王国勢は仲違い。うぅん、つまらないけど仕方ないですナ!)
そう思考するスプレンディダの視界に、盾を振りかぶるバルバロイの姿が見える。
(おやぁ? 余程イライラしていたのでしょうかね? ええ、ええ。殴ればよろしい。どうせミーの安全圏は崩れませんし?)
表情だけ怯えたように繕って、スプレンディダはバルバロイの攻撃で叩き潰された。
繰り返される殴打が、彼を肉塊へと変えていく。
だが、痛覚オフでいくらでも再生するスプレンディダにとってはマッサージと大差ない。
手足が捥げようと、頭を潰されてブラックアウトしようと、彼は構わない。
(ハッハッハ。無駄無駄無駄)
余裕綽々で肉塊状態のスプレンディダ。
潰れた頭部が少し再生し、神経に繋がった眼球がまた周囲の光景を見る。
それは寸前までと一つの要素を除いて、何も変わらない。
(……は?)
その一つとは、エフの<エンブリオ>。
光学迷彩を解いたゾディアックが――人間の肉塊を包むのに不足ない数で出現していた。
「……ぁー」
スプレンディダはその時点で、自分が嵌められたことに気づいた。
無能な探偵役をバルバロイに演じさせ、『騙せている』と彼を油断させた。
バルバロイの推理ショーで一時的に攻撃を止めさせたのは、尚且つバルバロイ自らが突撃したのは……忍び寄るゾディアックを他の<マスター>の攻撃に巻き込ませないため。
ゾディアックが気づかれない内にスプレンディダを取り囲み、バルバロイの攻撃が彼の身体を粉砕。
そして……。
「《ブラインド・チャージ》、最大吸光」
暗黒で、彼の身体を包み込んだ。
全ての光が呑み込まれた無明の空間。
その中でスプレンディダの再生は……止まった。
◇◆
スプレンディダを包囲し、暗黒で覆った自らの<エンブリオ>を見ながら、エフは周囲に対して説明を始めていた。
「光を吸収し、チャージするのは私の<エンブリオ>の特性。《ブラインド・チャージ》はその特性を球体表面だけでなく、周囲にまで拡張するスキルです。使用中は私のMPを消耗しますし、効率も悪いので普段は使いませんがね」
本来ならば光を急速チャージするためのスキルであり、用途は限られている。
攻撃用のスキルでもなく、相手に負荷を強いる類のものでもない。
だが、エフが説明する間もスプレンディダが再生することはなく、自らを囲むゾディアックを打ち払うこともなかった。
完全に、封印されている。
「解き明かす秘密は幾つもありますが、まずはスプレンディダの不死身の秘密から」
エフは書き留めていた手帳のメモを片手に、本当の推理ショーを始めている。
その間に、バルバロイはレイの傍に移動してガードに戻った。
「前提として私のレーザーは人間の……上級職の体など簡単に焼き貫きます。生物を光で焼き貫いた経験は一〇〇では足りない」
これまでエフの光魔法は幾度も敵を貫き、体を切断してきた。
純竜級のモンスターであろうと、バラバラにしてきた実績がある。
「ですが、脆弱であるはずのスプレンディダの体は貫通できませんでした」
聖堂での初撃は帽子こそ貫いたが、彼の頭部そのものは貫通していない。
この空間での攻撃も、身体の表面を焼くだけだった。
王国勢の攻撃で容易く粉砕されていたスプレンディダに対して、その程度の効果しか及ぼしていない。
「この差はどこで生まれているのか?」
エフはスプレンディダの観察を続けても、特別有効な攻撃は見つけられなかった。
しかし逆に、自らの攻撃の効果が極めて薄いことには気づいていたのだ。
「ダメージが少ないのではない。私のレーザーの被弾と同時に、常より早く再生しているから貫通しなかった」
その理由……スプレンディダのティル・ナ・ノーグのギミックとは。
「つまり――彼の再生能力は光量に比例します」
――光をコストとした再生能力。
それこそ、ゾディアックや【黒纏套】と同質の能力だ。
ゆえに、光属性による攻撃はそれだけ回復速度を増進させてしまう。
「その性質上、夜間は再生能力が著しく低下するはずですが……」
スプレンディダはかつての客船の事件においても、夜間はログインしていなかった。
光に依存するからこそ、光のない空間を避けていた。
そして今、無明の暗黒の中でスプレンディダの再生は止まっているのだろう。
「この空間は夜時間になっても明るく、彼の再生力は低下しない」
外部に繋がった方のエフの視界では、聖堂周辺は完全に陽が落ちている。
だが、この空間は常昼のように明るいままだ。
その理由が何かと語るエフは……。
「そして――あの太陽こそがジュバの<エンブリオ>です」
――頭上の太陽を指差した。
To be continued
(=ↀωↀ=)<年末になると年内に終わらせるために文字数が増える現象ってありますよね
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