第六十二話 CPU戦
□【聖騎士】レイ・スターリング
動きなれた第八闘技場……それを模した試練の舞台で、俺は斧槍を構えて【死霊王】と向かい合う。
「…………」
<エンブリオ>に相性差があるように、ジョブにも相性差はある。
【聖騎士】とかつて相対した【大死霊】が正にそれだった。
【聖騎士】の固有スキルである《聖別の銀光》は呪いの力を払う聖属性を纏い、さらにアンデッドへの与ダメージを十倍化する。
【大死霊】としてティアンでも指折りだったあの男を、俺が倒せた最たる理由だ。
この相性差は成長した俺と、【大死霊】の上位互換である【死霊王】にも当てはまる。
それに加えて、俺にネメシスと特典武具がないようにあちらも不足がある。
【怠惰魔王】の戦いがそうであったように、この夢の空間は怨念とは無縁。テイムモンスターの類も連れては来れないし、死体もない。
だから【死霊王】も《デッドリーミキサー》のような怨念を用いた高火力スキルは使えず、自らの前衛となるアンデッドを配置できない。
俺と同程度に、あちらも飛車角落ち。
懸念は状態異常魔法。ネメシスのいない環境では、デバフの反転はできない。
一撃でも状態異常魔法を喰らったら、そのまま押し込まれる。
相手の飛ばしてくる状態異常魔法を全て回避し、《聖別の銀光》の攻撃を相手に叩き込んで倒し切る。
【覇王】をはじめとして猛者ばかりのこの試練で、俺が最初の一歩を踏み出すためにはその狭き門を潜るほかにない。
「分は悪い。が、これまでよりも余程いいさ……!」
少なくとも、勝率は小数点よりも上にある。
「クエスト……」
自分の中のエンジンを回せ。
【魔王】の夢と同じだ。
取り返しのつかない戦いでないとしても、自分の全力を発揮しろ。
ネメシスもガルドランダもいなくとも、今ある俺の全てを叩き込め。
この戦いが、次の戦いを切り拓く鍵になると信じて……!
「――スタートッ!」
宣言と共に、全力で踏み込む。
STRとAGIを重ねた、地を蹴るような前進。
相手の姿を捉え、着弾よりも早く相手の魔法に対応しろ!
『…………』
枯木のような体の【死霊王】。
シルエットでしかない姿の双眸が、俺を捉えたと実感する。
【死霊王】が俺に向けて手を伸ばし、その指先から状態異常魔法が飛んでくる瞬間を、呪いのエフェクトを見定めんとする。
『――《空破掌》』
――だが、俺の直感はそれが見えるよりも先に自らの身体を真横に飛ばした。
「ッ!?」
全力で右に跳ぶと同時に、石突きでさらに軌道を変える。
直後、俺のいた空間を視えない何かが通り過ぎた。
遥か後方で――闘技場の壁が砕け散る音がした。
それは明らかに、死霊術の類ではなかった。
◇◆◇
□■斧の試練
レイと相対するは、二八〇〇年前の【死霊王】。
仮にその【死霊王】が【死霊王】のテンプレートであれば、そもそもこの場にはいなかった。
この試練において超えるべき壁として配置される猛者は、そうした尋常ならざる存在なのだから。
「今のは……!」
レイが想定外の攻撃に思考を乱す。
だが、その間隙に【死霊王】はレイに肉薄していた。
魔法職が、上級職とはいえ前衛職に接近戦を挑む不条理。
しかしそれに似た光景を、レイはこれまでに幾度も見た。できるモノならば、ジョブに構わずそれをすると彼は知っている。
「疾っ……!」
レイは咄嗟に斧槍を下方から半回転させて、顎の下から【死霊王】の顔面を断ち割る軌道で刃を振るう。
対する【死霊王】は――振るわれる刃を真剣白刃取りで受け止める。
【死霊王】は手のひらを聖属性の光で焼かれながらも、身体の細さに似合わない膂力で完全に刃を抑え込む。
そして斧槍の刃を抑え込んだまま、――突き出すような前蹴りを放った。
「ッ……!」
意識して自らの状態を全力にまで引き上げたレイは、その攻撃を直感していた。
超音速の蹴りが空気の壁を破る音を聞く前に、レイは斧槍を手放して後方へと跳ぶ。
だが、それも悪手。
距離を離して退いたことは、【死霊王】にとっては本来のレンジに戻ったに過ぎない。
掴んでいた斧槍を放り捨てた【死霊王】の両手に黒紫の光が灯り、レイがかつて見た状態異常魔法が飛来する。
レイは反動でダメージを負う勢いで転げながら、ギリギリで回避する。
「……魔法職らしからぬ魔法職は、迅羽とかで慣れてたと思ったんだがな」
<超級>との模擬戦経験も豊富なレイにとっても、明らかにこの【死霊王】は動きがおかしい。前衛を齧った魔法職ではなく、前衛超級職がサブに魔法を使うと言った方が近い。
死霊術の根幹である怨念もアンデッドも封じられてなお、戦闘系超級職としての実力を発揮している。
レイが相対する【死霊王】は生前――アンデッド化超級職の『生前』という言葉の違和感は置くとして――から、これに近いバトルスタイルだった。
元より【死霊王】はフィジカルステータスにおいて、【冥王】よりも秀でている。
人間からアンデッドへの種族変更とフィジカルステータスの向上。代償に一般に正気と呼ばれる精神状態を保つことが難しく、死霊術そのものの難度も上昇する。
魔法職らしからぬステータスは、アンデッドとして半ばモンスター化しているがゆえ。
だが、彼はそのハンディをして、当時の【冥王】を凌駕する死霊術の使い手だった。
霊を完全にコントロールし……自らに取り込む術式を完成させた。
ベースとなる死霊術から外れ、独自に改竄を重ねた彼の術式は……霊の持つ記憶と技術を自らに足し込んでいくというものだ。
死した武人……当時の【拳姫】を始めとした猛者達の魂ごと知識と技術を吸収。継ぎ接ぎ、補填し、センススキルとして一級の戦闘技術を自らの死した血肉に馴染ませる。
それはあたかも霊媒師の如く、死人を自らに憑依させる行為に等しい。
その術式は、最終的には破綻した。
限界を超えて魂を取り込んだ結果、完全に発狂。斧を用いた自害によってアンデッドとしての生も終了する。
しかしこの試練で顕現しているのは、その直前の最も完成度が高かった時期の彼。
つまりは、何十人もの達人の技術を詰め込んだ……強靭無比のアンデッド。
精神的フレッシュゴーレムとでも、言うべき存在。
レイが考えたように怨念利用もアンデッドもないが、それでも純粋な戦闘力でレイとの間に大きな性能差がある。
【死霊王】としてのステータスはレイを上回り、戦闘技術は武人の集合。
それこそ、かつてネメシスがあってもなおレイが敗北の危機に瀕した伝説級悪魔の【ギーガナイト】をも上回るだろう。
勝率は、概算で一割を切る。
「だけど――概ね分かった」
しかしそれは――レイの思考通り。
小数点の下よりは、勝算がある。
そして最も重要な点は……
「体の使い方が決闘ランカーの人達よりも上手い。それでも……ダメージは徹る」
【死霊王】がレイの想定より接近戦に秀でていても、《聖別の銀光》が徹るという条件は何も変わらないということ。
効かない訳ではない。当たれば灼けて……断てる。
「なら、あとはやるだけだ」
相手を倒しうる決め手を持つならば、レイという男はそれを相手に叩きつける。
彼の勝利はそれの繰り返しであり、潜った死線は両手の指では足りない。
手放した斧槍から大剣へと持ち替えて、相手が武術の達人であるという情報も足し込み、自らの勝機を打ち込む流れを探る。
「まずは……距離!」
アウトレンジ戦闘では一片の勝算もないと判断。
状態異常魔法や空を貫く衝撃波を掻い潜りながら、【死霊王】との距離を詰める。
『…………』
間合いが詰まったタイミングで、【死霊王】の方から格闘戦に移行する。
対応して、レイが下方から大剣の刃を振るう。
しかしそれは先刻の焼き直しのような光景。
またも刃を受け止められ、距離を固定され、【死霊王】の前蹴りが放たれる。
「……!」
レイはその蹴撃を……自らの胴で受けた。
鎧越し、骨に罅が入る感触が伝わる。
だが、――それだけだ。
【死霊王】の一撃は彼の鎧……かつての【匠神】が手掛けたという鎧を貫通するには至らず、レイに鎧越しの致命傷を与えるにも届かない。
それは、レイの読み通り。
レイは先の攻防で、前蹴りの威力を推察し、受けても耐えられると判断した。
そしてレイは右手だけを大剣から手離し、
「――オォ!」
――握りしめた拳に銀の光を纏わせて【死霊王】の蹴り足を穿つ。
かつて【大死霊】の顔面を粉砕した一撃。
狙うは膝。銀の光を纏った一撃が、【死霊王】の関節を灼き砕き、破壊する。
枯木のように右足が膝から折れて、舞台に転がる。
『……!?』
強制的に体勢を崩された【死霊王】が、僅かに動転した間隙。
レイはそのまま右拳を振り上げ、白刃取りで押さえられていた大剣を――上から殴りつける。
重ねて加えられた圧力。脚部へのダメージで力が緩んだ両手は白刃取りした刃を取りこぼし、【死霊王】の肩に銀光を纏った刃が埋まる。
『……ッ!』
輝く刃が突き立った痛みに、【死霊王】のシルエットが歪む。
(読みが……浅い!)
一連の攻防における【死霊王】の動きに、レイは一つの事実を悟る。
それは、試練の敵性ユニットとしてコピーされた者の限界。
生前の者達は命懸けで戦い、多くの死線を実力と思考と直感で乗り越えてきた。
だが、今ここに敵性ユニットとして再現された【死霊王】は、性能は真似られても本人ほどに思考していない。
マニュアルとオートの違いと言うべきか。特典武具や怨念といった条件以前に……歴代使用者達の力を本当の意味では活かせていない。
本人の魂が肉体を得ているのではなく、データを基に再現した存在であるがゆえの欠点。
具体的には、二手三手先を読んだ動きができない。
対面した状況に反応して生前のパターンを実行できるが、それは一手ごとの場当たり的なものだ。
だから同じ状況になれば同じ動きをとってしまい、数手を重ねてレイの逃げ場を潰して仕留めるといった戦術も出来ていない。
これは【覇王】や【斬神】、【破壊王】のように、一撃でレイの命脈を断てる者達を相手取っているだけでは気づけなかっただろう。
だが、この【死霊王】戦で手番を重ねるほどに、ユニットとしての限界が露呈していく。
「まだ、……!」
相手が悶え、更なる加撃が可能となっているこの瞬間。
レイは踏み込まんとして、
――直感に従って咄嗟に横へと転がった。
直後、レイの頭部があった空間を何かが突き抜けた。
それは――砕け折れたはずの【死霊王】の右足。
右足はバキバキと音を立てながら伸長し、まるで蛇の如き姿に変じていく。
「……そういう手も使えるか」
材料となる死体のないこの空間で、アンデッドは作れない。
だが、【死霊王】は自分から千切れた右足を素材とし、新たなアンデッドを創造した。
『…………』
【死霊王】は自らの右足を、《聖別の銀光》で灼かれた部分よりさらに上から切り離す。
切り離された断面がアンデッド化することはなかったが、代わりに傷口から新たな骨と皮が伸びて右足を補填していた。
さらに【死霊王】は左腕を引き千切った後、そちらもアンデッド化と再生を行う。
「《フォースヒール》」
その光景を見て、蛇足アンデッドの攻撃を回避しながら、レイは自身に回復魔法を施して先刻の蹴りのダメージを消す。
「オーケー。分かった」
あちらもこちらも回復可能。尚且つ、切断すれば相手の手駒が増える。
相手の陣容が変わり、戦闘パターンも当然のように変化していく。
そこまで理解したレイは……
「――削り合いだ」
――臆することなく武器を振るい、飛び掛かってきた蛇足アンデッドを灼き斬った。
そうして、レイと【死霊王】の戦いは次のラウンドへと移行した。
To be continued