エピローグ 笑顔の朝
(=ↀωↀ=)<本日二章完結!
( ̄(エ) ̄)<イエーイクマー!
□<クルエラ山岳地帯> 【聖騎士】レイ・スターリング
「そろそろ着かないものかな……」
【紫怨走甲】を装着してから一時間強、山道をシルバーで駆けてきた。
駆けている間に《乗馬》のレベルが一つ上がり、クエスト――【救出 ロディ・ランカース】のクリア報告アナウンスも流れてきた。
どうやらユーゴーは無事にギデオンへと帰りつき、子供達をあの依頼人の女性や親元に帰すことが出来たようだ。
俺も早くギデオンに戻りたいところだ。
「もうギデオンには相当近づいているはずなんだが」
はず、と定かならぬ物言いなのは、今駆けている道で正しいと確信できないからだ。
ギデオンからゴゥズメイズ山賊団のアジトへと向かう道程では、人目を避けて道ならぬ道を【マーシャルⅡ】で踏破してきた。
一方、こちらは草木が取り除かれている程度には整った山道。
どちらの道行が楽かで言えば、シルバーの乗り心地も踏まえてこちらだが、問題がないわけではない。
<クルエラ山岳地帯>は大小様々な道が入り組んでいる。
ヘルプの用語集によれば、それらは国やギデオンの政策で作られたものもあれば、山中に巣食う山賊団が勝手に作ったものもある。
まぁ、魔法のあるファンタジーな世界だ、土木工事も楽だろう。草木を直接動かす魔法もあるので、ひょっとすると重機を使うよりも楽かもしれない。
そんな事情で道は数多あり、その中のどれが正しい帰り道か判断するのは土地勘のない俺には困難なものだ。
マップを見ても山道を踏破してアジトについたわけではないので、ギデオンまでの道が地図に表示されていなかった。
それでも大まかなギデオンの位置は掴めていたし、道が表示されていないマップでも東西南北の表示は関係なく使用できた。
そこでマップウィンドウをコンパス宜しく使いながらギデオンがあると思われる方向の道を選んで進んできたわけだ。
方角さえあっていれば経過時間と移動速度からしてそろそろギデオンの街が見えてくる頃だが……。
「おっ」
木々の隙間を抜けて、ようやくギデオンの街が見えた。
こちらがまだ山中なのでギデオンの街を見下ろす形だ。
もう日も暮れているが街には明かりも灯り、まだまだ活気に満ち溢れているようだ。
「ん?」
そこで気づく。
どこかから沢山の足音が聞こえる。
それはもう今日何度も聞いたのと似た、馬の足音だ。
何頭かの馬が固まって動く音。それが段々とこちらに近づいてきている。
「なんだ?」
「まさか人馬の【大死霊】の群れじゃないだろうな?」などと考えていると、聞こえてくる音に鎧の金具が擦れるような音が混じっているのを耳が捉えた。
それから間もなく数頭の騎馬と、それに乗ったフル装備の一団が俺の前に現れた。
その一団には非常に見覚えがあった。
ていうかリリアーナ率いる近衛騎士団の面々だった。
「リリアーナさんじゃないですか。今日はよく会いま」
「レイさん! ご無事ですか!?」
「すね……?」
はて、何ゆえ彼女は必死な顔でこちらを見ているのだろう?
おまけに他の騎士は陣形を取って周囲を警戒している。
……何事?
「あの、えっと、何が?」
「巨大なアンデッドは!? 無事に逃げられたんですか!? それともこの近くに!?」
「……あぁ」
何となく事情が掴めてきた。
一先ず、そちらはもう心配要らないことを伝えて、情報交換をすることにした。
◇
リリアーナから事情を聞いてみるとこのような顛末だった。
甘味所で俺と会った後もリリアーナ達は家出した第二王女を探していたのだが、夕刻を過ぎた頃にある一報が入った。
それは「第二王女と思しき少女が怪しげな人物に誘拐されたらしい」というものだった。
リリアーナ達も聞き込みの過程で子供を誘拐してこの街を騒がせるゴゥズメイズ山賊団の悪行は聞き知っていた。
だから、家出した第二王女がゴゥズメイズ山賊団に誘拐された可能性は十二分にありうると考えたらしい。
しかしゴゥズメイズ山賊団が根城にしているのは国境周辺の山岳地帯。
あまり大きく部隊を動かすとカルディナを刺激してしまう。
そこで近衛騎士団の中でもリリアーナをはじめとした精鋭の一パーティだけ編成し、ゴゥズメイズ山賊団アジトへの救出作戦を敢行することになったそうだ。
準備を整えていざ出陣となったとき、二台の馬車がギデオンへと駆け込んできた。
もう日が沈む頃にそんなに大急ぎで街に入ってきた馬車の御者に何事かと誰何すると、<マスター>らしき御者はリリアーナ達にとって驚くべき情報を告げた。
曰く、「自分はこの街の人間から誘拐された少年の救出依頼を受けた<マスター>である」、「山賊団は殲滅し、生き残っていた子供達は全員連れ帰った」、「しかし帰還の段階になって山賊団の死体が怪しげな呪術によって合体して巨大なアンデッドの<UBM>になった」、「馬車を走らせて逃げてきたが、今も仲間の<マスター>が山岳地帯で単身足止めをしている」とのこと。
あまりに荒唐無稽な話であったため信じられないと言い出す騎士もいた。
しかし、《真偽判定》スキルを有する騎士が、この<マスター>は嘘を言っていないと判断した。
加えて門の近くでその<マスター>の帰還を待っていた依頼者が証言したことから事実と認定。
誘拐事件から<UBM>の襲来へと事件がシフトしたことで騒然となったそうだ。
おまけにその単身足止めをしている<マスター>の名をリリアーナが尋ねたところ、彼女にとってよく知る名前――つまりは俺の名前だったことが判明。
そのまま勢いで飛び出してしまったそうだ。
彼女と共に救出作戦を敢行する予定だった他の騎士も、彼女を追いかけた。
で、山道で俺と遭遇してさっきの状態になりました、と。
「そうか、やっぱりユーゴー達は無事に子供達を街まで送れたんだな。よかったよかった」
アナウンスは出ていたけど、これで本当に心配要らない。
「よかったよかったではありませんよ! <UBM>はどうしたんですか!?」
「倒しました」
「そうですか、倒し……倒した?」
「これですね」
そう言って俺は足に装着した【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】を見せ、ついでに装備のウィンドウも見せた。
「……レイさん、たしか一週間前に【聖騎士】になったばかりで、それまでレベル0だったんですよね?」
「ああ、そのくらいですね」
こっちだと時間三倍だからな。
「何で<UBM>単独撃破できるんですか!? あと、今気づきましたけどその篭手!」
「あ、はい。これも一昨日に……」
そう言って両手の【瘴焔手甲 ガルドランダ】も見せる。
リリアーナが固まっている。
後ろの騎士達からも「話の次元がおかしい。<UBM>単独撃破ってうちじゃお亡くなりになった前団長くらいしか出来なかっただろ」「まず実行しようとする時点で頭がおかしい」「おかしい、うちの副団長がツッコミキャラになっている。天然ボケキャラだろあの人」とゴニョゴニョ話しているのが聞こえてきた。
「はぁ、本当に<マスター>の方々は常識が通じませんね」
「いえ、独力ではどうしようもありませんよ。仲間や運、このシルバー、そして……ネメシスに救われましたから」
「そういえば、ネメシスさんは?」
「今は休んでいます。大分無理をさせましたから」
【瘴焔手甲】を装備解除し、左手の紋章を見せる。
ネメシスは今ここで眠っている。
俺はソッと左手の紋章を撫でた。
「レイさん、それにネメシスさんも……この度は本当にお疲れ様でした。貴方達のお陰でこの街で起きていた誘拐事件も解決し、起きるはずだった<UBM>による災厄も避けられました。街の人々に代わって一先ず私からお礼を述べさせてください。ありがとうございました……」
「いえ、成り行きで突き進んだ結果ですから」
クエストを受けて、救出に行って、あの地下の惨状に打ちのめされて、怒りのままに【大死霊】を倒して、その後には【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】との死闘があった。
ああ、まったく、どうしてこんな成り行きになったのかと、自分でも不思議だ。
思い返せば息が詰まるような出来事があった。
死にそうなほどの恐怖も嫌悪も感じた。
命が焼けつきそうなほど心を燃やした。
けれど、子供達が無事に街に帰り着いたと知って……少しだけ後味は良かった。
お互いの状況を伝え合った後、俺達は轡を並べてギデオンへの帰路についていた。
<UBM>の襲来を心配する必要はなくなったので、リリアーナ達は俺と一緒にギデオンに戻ることになっていた。
俺が大分疲れているので、護衛を務めてくれるそうだ。
今はありがたい。
「……あ」
だが、ここで一つ、疑問が湧いた。
「そういえば、王女殿下の捜索はどうなったんですか? 同行してくださるのはありがたいですが、そちらを優先された方が……」
その質問に、リリアーナの表情が固まった。
同時に、他の騎士達に緊張が走ったのも感じられる。
何だ、何かまずいこと言ったのか。
「先ほどのお話だと、王女殿下も山賊団に誘拐されていたんですか? 俺は連中が馬車に乗せたままの子供の顔は確認していなかったので」
「馬車の中にはおられませんでした」
リリアーナがどこか平坦な声で即答した。
「それは」
まさか、まだ生き残りがいてこの山中のどこかに……。
「いえ、そもそも誘拐自体が誤報だったようです。つい先ほど通信魔法で連絡がありました。無事に戻られたそうです」
「それは良かっ」
「しかもどこかで買ったらしいお面やお菓子、金魚、絵画を抱えてご満悦だったそうです」
「…………それは」
「滞在先の者には一言、『ちょうたのしかったのじゃー』、と」
「……………………」
空気読んで、第二王女。
この人達、一日中探していたから。
リリアーナは淡々と報告しているけどコメカミが滅茶苦茶ピクピクしているから。
「うふふふふふふふふ」
「あ、あはははははは……」
「うふふふふふふふふ――話を変えましょう」
「そうですね」
これ以上はヤバイと、空気と本能が告げていた。
その後は雑談などをしながら、ギデオンへの帰路についた。
◇
ギデオンに着いた俺達を待っていたのは、初めて来たときと変わらない雰囲気のギデオンだった。
逸話級の<UBM>、【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】討伐の報はリリアーナの同僚の騎士が<通信魔法>スキルで伝えたらしく、それゆえ警戒も解除されているのだろう。
門をくぐってから周囲を探してみたが、ユーゴー達の姿は見当たらなかった。
「リリアーナさん、少しお尋ねしたいんですけど。ユーゴー……俺の仲間がどこにいるかわかりませんか? 馬車で子供達連れてきた奴です」
「すみません、私は事情を聞いてすぐに飛び出してしまったので……ちょっと聞いてきます」
リリアーナはそう言って門の周辺を警備していた衛兵達に話しかけている。
すると、一人の衛兵が前に出て答えた。
「あの方なら事情説明を終えて子供達を我々に預けた後、“向こうに戻らなきゃならなくなった”と言ってお消えになられました」
消えた?
向こうってドライフ……いや、違うか。
「ログアウトか」
どうやら色々細かいところを追求される前に<Infinite Dendrogram>からログアウトして逃げたようだ。
別に拘束されていたわけではないだろうからログアウトも可能だっただろう。
なら、また後日会えるかな。
「それで、これをお預かりしています」
そう言って衛兵は俺に手紙を渡してきた。
「どうも」
俺は手紙を開く。
そこにはユーゴーからのメッセージが書かれていた。
『拝啓 レイ・スターリング殿
君が無事に帰還できたとき。
あるいはデスペナルティが解除されたとき。
そして、“君がこちらに残ることを選んだとき”に備えてこれを残す。
まずは、ありがとう。
君のお陰で子供達を無事にあのレディや親の元に返すことが出来た。
今回の件ではゴゥズメイズ山賊団の懸賞金をはじめとした諸々の報酬を得る機会があるだろうが、それらは全て君のものだ。
私には不要だ。
そもそも私では王国の公的機関からの褒賞は受け取れないからね。
短い間だが君の性格はよく分かっている。きっと遠慮してしまうのだろう。
しかし、君しか受け取れないのだから君が受け取りたまえ。
それに私は報酬を既に受け取っている。
そう、私の分の報酬は、弟を送り届けた際のレディ・レベッカの笑顔と喜びの涙。
私の報酬はそれで十分さ。
それでも遠慮してしまうなら、そうだな、私の分は……いつか再会したときにランチでも奢ってもらえれば結構だ。
それでは手紙の上ではあるが別れの挨拶とさせていただく。
さようなら、そしてまた会おう。
氷と薔薇の機士 ユーゴー・レセップス』
「…………」
“こちらに残ることを選んだとき”、か。
俺は……。
「あの、レイさん」
少し考え事をしていると、リリアーナが心配そうにこちらを窺っている。
「やはり体調が……」
「あ、すみません。大丈夫です」
「なら良いのですけど……。それでですね、レイさんは本日ゴゥズメイズ山賊団を討伐なさったということなので、近日中に冒険者ギルドと騎士団詰所に報告をお願いします。冒険者ギルドは賞金首討伐、騎士団詰所は犯罪組織殲滅の報告ですね」
「わかりました」
「それでは、本日はもう時間も遅いですしお疲れでしょうからごゆっくりお休みください」
「そうですね。今日はもう休もうと思います。リリアーナさんは?」
「殿下の護衛に戻ります」
「……リリアーナさんもお疲れさまです」
「いえいえうふふ」
「……それでは、今日はこれで失礼します」
「はい。また、お会いしましょう」
そうして俺はリリアーナと別れた。
その後は取ってあった宿屋でログインしたまま仮眠を取ることにした。
ベッドに倒れこむと、今日一日の様々な出来事が脳裏をよぎった。
だが、それに思いを馳せるよりも先に、疲労感が俺の精神を眠りの中に落としこんだ。
今度は夢も見なかった。
◇
翌朝、割合早く俺は目を覚ました。
日差しが入ってこないし、外もボンヤリとした明るさだから、まだ夜明け前の時間なのかもしれない。
頭に手をやってみると、昨日一日俺を苦しめたイヌミミは消えていた。
一晩こちらで過ごしたこともあり、時間経過で消えたのだろう。
「起きたか、レイ」
頭を窓と反対側、声が聞こえた方向に向ける。
そこではネメシスが椅子に座ってこちらをジッと見ていた。
「おはよう、ネメシス」
「お早う、レイ」
それだけ言って、あとは二人とも無言でお互いを見ていた。
やがて俺の方から口を開き、ネメシスを散歩に誘った。
◇
ギデオンの北門を出てすぐの平原。
もう三度目になりすっかり見慣れた景色だ。
その平原を、俺とネメシスはシルバーに乗って駆けていた。
俺がシルバーの手綱を掴んで操り、ネメシスは俺の後ろに座って俺の腰を抱えている形だ。
「良い乗り心地だのぅ」
「ああ」
そんな受け答えをしながら、シルバーを走らせていく。
三十分ほど経って朝日が東方の山岳から顔を出し始めたとき、
「この世界を去るか?」
ネメシスが俺に尋ねてきた。
「…………」
それはあの砦の地下で考えたこと。
俺が<Infinite Dendrogram>をゲームではなく現実と同じに受け止めるなら、人の死に溢れた世界にいることが、俺にとって良いか悪いか。
見知らぬ子供達の躯でさえ、心が抉られる思いをした。
これがもしも見知った人々、リリアーナやミリアーヌであったなら、それは現実で友を亡くすのと同じだけの傷を俺に刻むだろう。
けれど。
「喪うことばかりじゃない」
彼女達に、ルークやマリー、ユーゴー達に、それにネメシスに会えたのは<Infinite Dendrogram>に入ったからこそだ。
あちらにいたままではお互いを知ることすらなく、ネメシスは生まれることもなかった。
「これから先も辛い思いをするかもしれぬぞ」
ああ。そうだろう。
今回みたいなことはこちらでは日常茶飯事なのだろう。
それでも。
「もしも目の前で、そんな後味の悪いことが起きるのなら……止めてみせるさ」
今回は俺が目にしたときには終わっていた。
けれど、まだ俺が間に合うのなら、そのときには絶対に止める。
諦めない限り、望む未来の可能性はあるのだから。
「全力で、可能性を掴みとってみせるさ」
「そうか。気持ちを背負い過ぎているとは思うが……それがレイだからの。分かった、御主は護るために戦えばいい。そして……」
そう言ってネメシスは後ろからソッと俺の髪を撫でた。
その柔らかな手の感触にひかれて後ろを振り返る。
そこには、
「レイは、私が護ってやる」
朝日の中で――優しく微笑むネメシスがいた。
「……っ」
その笑顔に、俺はつい前に向き直ってシルバーの手綱を振って走らせる。
なぜだか恥ずかしくて、もう一度振り返ってネメシスの顔を見ることができない。
けれど、何か言おうとして……。
「……ありがとう……ネメシス」
ようやく、それだけ口にした。
背中越しに、またネメシスが笑った気がした。
その後は、会話もなく。
穏やかな笑顔の朝の中を……俺達を乗せたシルバーは駆けていった。
To be continued
次回の投稿は明日の21:00です。
(=ↀωↀ=)<二・章・完・結!
( ̄(エ) ̄)<次回からはあのキャラの外伝クマー
(=ↀωↀ=)<二章の裏側の話でもあるよー