第五十七話 Result Ⅱ 後編
■西方・某所
王国と皇国の戦争への介入後、機械仮面が向かった先はとある<遺跡>だった。
西方にあるが王国にも皇国にも、そして先々期文明を知る者達にも知られていない。
現在は王国の最重要拠点となったカルチェラタン<遺跡>と同等か、それ以上の隠蔽機能を有する施設である。
<遺跡>の通路を歩く機械仮面に、防衛設備の類は何も反応しない。
通路にはどこか煌玉兵を思わせる意匠の機械兵器が何体も鎮座していたが、それらは稼働する様子もなかった。
そうして、機械仮面が辿り着いたのは研究室のような部屋だった。
室内には巨大な円筒の装置が五基設えられており、内一つは透明な緑色の溶液が満たされている。
『…………』
機械仮面はその装置の前で、箱を取り出した。
箱はアイテムボックスと【ジュエル】の制限解除版だ。
アイテムボックスとは内部の空間を拡大してそこに物品を収め、状態変化を緩やかに、あるいは完全に停止させる。生物を対象とする【ジュエル】も同様だ。(一部のゴーレムや卵はアイテムボックスに入るなど、中間の対象もあるが)
自らの所持品を、従えた生物を、あるいは人の遺体を収めるためのもの。
モノと生物で用途別にアイテムボックスや【ジュエル】に分かれている。
実際にどこで差異が生じるかと言えば、【匣職人】や【封石職人】によるアイテム作成時に使用するスキルに応じて、自動で付与される魔法効果によるものだ。
魔法職がスキルを使うだけで、自動で魔法が構築されて発動される現象と同じ。
<アーキタイプシステム>による補助の一種であるが、通常の攻撃や回復魔法よりも遥かに複雑であるために補助なしでは実行が難しい……『不可能に近い』とされている。
それゆえ、<アーキタイプシステム>の補助に最初から含まれた『対象』や『所有権』の制限は、超級職のスキルでも外せないのが常識だ。
が、『不可能に近い』と『不可能』は違う。
さる名工は『不可能に近い可能』を為して、補助なしで……そして制限なしで創ることができた。箱はその成果である。
入れられるものの数や大きさに限度はあるが、従えていない生物……人間を運ぶこともできる。
同様の技術をさらにアレンジした技術が、黄河の国宝である宝物獣の珠だ。
余談だが、名工はそれを創った後に親友であるツヴァイアー皇王に見せたところ、『所有権も許可も不要なアイテムボックスなど犯罪にしか使えないのでは?』と苦言を呈されたため、試作機一つ作っただけでお蔵入りしている。
実際、二〇〇〇年以上経ってからその試作機が誘拐に使われているのだから、故ツヴァイアー皇王の懸念は正しかったと言える。
『…………』
箱からは、眠ったままのヴィトーが取り出された。
機械仮面はヴィトーの顏に自分のものと同じ仮面を装着させ、着のみ着のまま溶液に満ちたカプセルの中に落とし入れた。
ヴィトーが起きることはなく、また呼吸が阻害されている様子もなかった。
『二件のオーダーの達成を確認した』
機械仮面の背後から別の何者かが声をかけるが、機械仮面は振り向かない。
声の主もまた、機械仮面の装着するモノと似た仮面を着けていた。
しかし機械仮面よりも小柄であり、女性――に見える存在だった。
彼女の名は、クリス・フラグメント。
かつてカルディナで正体不明の技術者として暗躍していたモノ。
正体は初代フラグマンが最後に手掛けた完成形量産型煌玉人【水晶之調律者】。
残存した三体の内の一体であり、エルトラーム号での事件後は西方に移って活動していた個体だ。
『認証を求める』
機械仮面は彼女に振り向かないまま、しかし問いかけのためのワードを口にする。
クリスは人間であれば肩を竦めているような顔のまま、カードキーのようなものを提示しながら求められた問いに答える。
『――初代の意志の下に』
『確認した』
そこで……機械仮面は警戒を解いた。
仮に言葉とカードキーのどちらかが誤りであれば、機械仮面はその力をクリスに向けていただろう。
『厳重なことだ。我々が貴機を『貴機』だと認識し、接触して間もないため無理もないが』
『…………』
先々期文明の遺志を継ぐ歴代フラグマンの傍に侍り、しかし僅かに違う意図を持って動く彼女達だが、機械仮面がある意味では自分達と同類と気づいたのはごく最近の話だ。
切っ掛けは内部時間で約三ヶ月前……カルチェラタン事件。
先々期文明の決戦兵器三号、【アクラ・ヴァスター】の稼動。
その影響は、実を言えばカルチェラタンだけではなかった。
現代でも動き続けていた先々期文明の遺産達も【アクラ・ヴァスター】の存在を掴んでいたのだ。
機械仮面も反応を見せたからこそ、クリス達は機械仮面が自分達と同じサイドの存在だと気づき、接触したのである。
『接触が二〇〇〇年……あるいは数百年遅れたが、無理もない話だと理解せよ。稼働初期の貴機と今の貴機。あまりにも違いすぎる。創造主様でも気づかないだろう』
『私をそうあれかしと設計したのはフラグマン氏だ』
『フラグマン氏か。……大目に見よう。貴機も重要な戦力だ』
創造主であるフラグマンへの敬称の弱さに僅かな苛立ちを匂わせるが、しかしクリスはそれ以上の追及をしなかった。
『記録は仮面を通して受け取っている。十分な戦闘力と言える。だが、迂闊な遭遇戦もあったな。危うく機を逃すところだ』
<トライ・フラッグス>において、機械仮面は【ベルドリオンF】を確保するために動いていた。
だが、それまでは別件のためにグランバロアで活動していたため、王国のキオーラに到着したのは戦争開始後である。
そしてクリスからのオーダーを受け取り、確保のために北西部へと向かわんとして……キャサリン金剛に発見された。
ステルス能力を持つ機械仮面をどうやって見つけたのかも今となっては不明だが、機械仮面の推測では連れていたサイクロプスの眼が特別製だったのだろうと踏んでいる。
ともあれ、どう足掻いても「怪しくない」とは言えない機械仮面だ。
結局、戦闘状態に陥り、現場への到着がかなり遅れることとなったのである。
『反論はない』
運が悪かったと言えばそれまでだが、機械仮面は自分の失敗として受け止めていた。
もっとも、結果として優先順位の高いオーダーは完遂できたので問題はないが。
『尋ねることがある』
『許可しよう』
『なぜ、<マスター>の回収を? 当初のオーダーは兵器のみの筈』
機械仮面は溶液カプセルの中のヴィトーを見ながらそう尋ねた。
カプセルに接続された機械は、数値と文言を絶えず画面上に吐き出している。
『その劣化“化身”の能力を見ていて有用性に気づき、解析が必要であると判断した』
現在進行形で、左手の切断面の上に移動した<エンブリオ>の紋章からイゴーロナクのデータを読み取っているのだろう。
『かつて創造主様はこの地に襲来した“化身”共のデータを解析し、その技術を決戦兵器や貴機に転用した』
『…………』
『だからこそ、今はこの劣化“化身”を解析して、空間や障害に囚われない遠隔コントロール装置を開発する。【ベルドリオン】試作機をはじめとする兵器の完成度を上げるために』
かつて初代フラグマンが行ったことと同じ芸当を、クリスはしようというのだ。
『“化身”の介入は?』
ここで言う“化身”とは、管理AIのことだ。
管理AIは<マスター>を野放しにし、自らの創った様々な試練を与えている。
だが、根本的には管理AIは<マスター>の味方だ。
<マスター>を捕らえて解析する行為は管理AIの介入を招く危険があると機械仮面は考えた。
しかし、クリスは否定する。
『奴らの介入はない。この基地も、そして我々の仮面の周囲の出来事も、奴らには認識できない。そうでなければこの二〇〇〇年の間に我々は悉く消え失せている』
地上に露出するまで、管理AIがカルチェラタンの<遺跡>に気づけなかったのと同じことだ。
ある意味では、決戦兵器以上にこれらの施設や仮面の隠蔽能力が先々期文明勢力の生命線だ。
『劣化“化身”に紐ついた肉体も含め、連中の技術・能力での探知は途切れている』
『<マスター>は手足が動かずとも自らあちらの世界に消えるが、そちらの対応は?』
『消えるまでデータを取る。足りなければ復帰後にまたデータを取る。それだけの話だ』
説明しながら、内心でクリスは『そもそも消えることができるのか』とも考えていた。
このカプセルは“化身”に類するものを捕らえ、解析するためのものだ。
はたしてそこからの離脱が他と……“化身”の管理下にある状況と同じかは不明だった。
『今現在も消えていないため問題はなさそうだが、消えたならばまたオーダーを出す』
『了解した。現在は命令優先度Ⅱであるそちらの指揮下で動いている。問題はない』
機械仮面はクリスの説明に頷き、そう述べた。
『命令優先度か。これまで聞く機会もなかったが、並びは?』
『フラグマン氏。フラグマン氏の意を継いでキーを持つ者。【機皇】。フラグマン氏の知識を継いだ二代目以降のフラグマン氏。この順位で規定されている』
『……なるほど。皇国に長年従った理由はそれか。しかし【機皇】の優先度が【大賢者】より上であるのは何故だ?』
『不明。フラグマン氏に確認されたし』
機械仮面の返答に、クリスは人間であれば溜息を洩らしただろう。
『貴機らの経緯を考えれば、理由までも含めたプログラミングはされていないか』
クリスにとって、自分達と眼前の機械仮面は同じ創造主によって先々期文明の崩壊後に作られた存在である。
煌玉竜の発展形が決戦兵器とすれば、クリス達は煌玉人の発展形。あるいは煌玉馬の発展形として【白銀之風】を含めてもいいだろう。
だが、この機械仮面……機械仮面を装着した兵器は、それらとは違う。
新しい世界に適応する兵器として試験的に、しかし大量に制作された者達だ。
ある意味では、検証や実証のためのモルモットとさえ言える。
……もっとも眼前の個体はモルモットがドラゴンに進化したような存在だったが。
(さて……どこまで信用すべきか)
二〇〇〇年の空白。
その間にこの個体は創造主の意図しない姿と、想定以上の力を手に入れている。
クリスのオーダーに従う手駒ではあるが、カプセルの中のヴィトー同様……調べる必要がある存在と言えた。
何より皇国で消息不明になってから、自分達が発見するまでの期間に何をしていたかも不明だ。
先々期文明の兵器であり、よもや“化身”のスパイというケースはないだろうが……まだ完全に警戒は解けない。
それゆえに配下とした後は大陸西方からも離して活動させていた。
しかし、それも今回の戦争を機に方向修正する必要があるだろう。
知るために、まずは一つ問う。
『先のオーダー。一件の未達成があったな』
『肯定する。現場に居合わせた者の短時間での排除は困難と判断。上位オーダーの達成を優先して離脱した』
『それ自体は構わない。正しい判断だ。しかし、随分と手加減をしていた。申告されたスペックが正しければ、【鎌王】の介入前に【色欲魔王】を殺せていただろう。手心を加える理由のない相手だったはずだが?』
クリスは『配下になる際に告げた力が過大申告だったのか、それとも他に何らかの意図が関与したのか』を尋ねる。
踏み込んだ言葉だが、危険因子であればより計画が進行する前に排する必要があった。
『…………』
機械仮面は無言のまま、自らの装着したボディスーツのような装備の胸部を開く。
装備の下に在った体は成人男性の肉体に酷似していた。
だが……その一部が陥没している。
少し破れた皮膚――に見える皮膜からは折れた金属が覗いている。
『損傷?』
『先に交戦した【傾国】によるもの。制御ユニットの一部に被弾した結果、一時的に機能に制限が掛かっていた』
先の交戦におけるダメージがあったために、性能を発揮しきれなかった。
理由としては不自然ではないため、クリスも納得した。
『修復の必要があるならば実行するが?』
『不要。非戦闘・非警戒状態であれば、自己修復可能な損傷だ』
二〇〇〇年間もほぼスタンドアローンで動いてきた兵器だ。
当然、損傷の修復程度は自前でできるのだろう。
『そうか。ならば【ベルドリオン】試作機を置いて、待機せよ』
『…………』
だが、機械仮面はそのオーダーには応じなかった。
『どうした。なぜ試作機を箱から出さない?』
クリスは怪訝そうに尋ねるが、機械仮面の返答は驚くものだった。
『箱から出した場合、恐らくこの施設が崩壊する』
『…………なに?』
一瞬、クリスの思考回路にラグが生じるほどの発言だった。
『当代の【機皇】によるものだろう。箱に収納されるまで、内部に増設されたユニットが無数の信号を発信していた』
『……信号?』
それはクリスには感知できないものだったが……クリスよりも戦闘面で格段に秀でた人型兵器である機械仮面ならば感知できても不思議はない。
『箱から出せば、その信号を頼りに【エンペルスタンド】の砲撃か【獣王】の襲撃があるはずだ。また、この施設のように信号を遮断する事態も想定し、信号が双方向の可能性もある。その場合、送受信が途絶えた時点で自壊装置が作動する恐れもある』
『…………』
機械仮面の発言に……人間ならざるクリスも呆気にとられた。
端的に言って、クリス達先々期文明勢力と皇王は敵対関係にある。
先々期文明勢力のサブプランが<終焉>の起動であり、皇王の最大の目的が<終焉>の阻止であるためだ。
ゆえに、皇王にとって最大の戦いであるこの<トライ・フラッグス>において、邪魔者となる先々期文明勢力を排除することを考えても不思議はない。
言うなれば、【ベルドリオンF】はこの<トライ・フラッグス>で先々期文明勢力が動いているかを確かめる指標であると共に、相手の拠点位置を掴んで叩くことまで考えての釣り餌である。
『あるいは、信号を傍受した管理AIの介入を望んでいるのか』
『!』
『どちらにせよ、皇国側の警戒が解けるまで、あるいは場所を移すまでは箱を開けるべきではない』
皇王……クラウディア・ラインハルト・ドライフの悪辣さと用意周到さに、クリスは人間であれば眩暈を起こしていただろう。
いや、機械の身でもそうなりかけているが。
反面、機械仮面は落ち着いていた。『あの【衝神】ならばこのくらいはする』と、よく知っていたからだ。
『……ならば、箱のまま返却せよ』
『了解した。オーダーに従う』
そうして機械仮面は【ベルドリオンF】を収めた箱を、研究室のデスクの上に置いた。
『自己修復のため、退室を求める』
『……許可する』
そうして、機械仮面は研究室を退室した。
◆
『…………』
機械仮面が去った研究室で、クリスはタブレットに似た端末を取り出す。
そこには、とある兵器の設計図が映し出されている。
ずんぐりむっくりとしたシルエットであり、霞が召喚するバルーンゴーレムを機械で創ればこうなるのではないかという外観だ。
簡素な外観であり、さほど強くは見えない。
(似ても似つかないどころではなく、共通点が手足の数しかないとさえ言える)
自らの回路に先刻まで会話していた相手の姿を思い浮かべながら、クリスは思考を続ける。
(我々【水晶】と対をなすプラン。最初から完成された我々ではなく、新たな理の中での自己進化と多様性の追求。しかし、生産数と拡張性を優先したために基礎能力は亜竜にも遥かに劣る。結果、凶猛化した環境で悉く破壊され、二〇〇〇年を経て存続した個体は一機のみ)
タブレットに映る弱そうな……実際弱かった機体。
それこそが機械仮面の二〇〇〇年前だ。
(むしろ、一機残った方が奇跡か)
しかし、兄弟機が破壊されていく中でたった一機だけ長い時の中で存続し、自己進化し、今の形に成った。
人間の中から超級職が、モンスターの中から<UBM>が生じることに近いとも言える。
(……銘を呼んでいなかったな)
『貴機』とだけ呼び、個体名を口にしたことがなかった。
クリスは姉妹と話すときも概ねそうだったが、今後姉妹と共に三体以上で話す機会も増えることを考えれば呼び名は必要だ。
(改変環境下自己進化理論実証機七九一九号。……いや)
それは彼の本来の正式名称だ。
付属する数字は、彼とその兄弟機が元はどれほどの大数であったかを示唆している。
だが、その理論は実証され、彼一人となった今となっては、名前も数字も意味がない。
皇国において呼ばれていた名も、彼女の趣味ではない。
それ以前に、創造主の創った機体に勝手な別名を名付けること自体が彼女にしてみれば不遜である。姉に当たる【瑪瑙之設計者】が劣化“化身”から『マキナ』などと呼称されていることも、内心では快く思っていない。
であれば、創造主である初代が、『本当に実証されたときにはつけるつもりだった銘』こそが相応しいと考えた。
その銘は……。
『――【賢者之証明者】』
――名工が自ら考えたとある理論の正しさの、証明であるがゆえに。
To be continued
〇【賢者之証明者】
(=ↀωↀ=)<本来は煌玉人よりも煌玉兵に近い
(=ↀωↀ=)<名前の由来となったモノは『賢者の石』
(=ↀωↀ=)<そのうちAEで詳細や来歴のエピソード書くかもしれない




