第五十五話 悔恨
(=ↀωↀ=)<伸びたけど頑張って一話でまとめました(二話分)
〇告知
(=ↀωↀ=)<本日、コミックファイアにてコミカライズ版38話が更新されました
(=ↀωↀ=)<漫画でも久しぶりにレイ君達のターン開始です
(=ↀωↀ=)<また、クロレコ三巻は来週10月23日発売
(=ↀωↀ=)<書き下ろしSSやカバー裏漫画もありますよ!
(=ↀωↀ=)<クロレコを長く続けるためにもよろしくお願いします!
(=ↀωↀ=)<そしてシャングリラ・フロンティア一巻は本日発売です
( ꒪|勅|꒪)<最後の告知はウチじゃねーゾ!?
(=ↀωↀ=)<ちなみに作者はまだAmazonからの発送連絡が来ません……
追記:
(=ↀωↀ=)<某キャラのクールタイムミスってたので修正しました
(=ↀωↀ=)<結果、久しぶりのあのアイテム登場
□■アルター王国北西部・森林
機械仮面の人物は自らの傍らに転がっていた【ベルドリオンF】の頸部を右手で掴み、片手で持ち上げた。
『『我らの時代は、再び輝ける夜明けを迎える』。認証システムを起動』
『――認証システムを起動。二〇秒以内のパスコード入力及び認証キーの提示』
機械仮面がどこかこの場にはそぐわない言葉と機械的な文言を並べて口にする。
しかしその直後、動作を停止していた【ベルドリオンF】から追加の入力を求める音声が流れたのだ。
【ベルドリオンF】を扱っていたヴィトーでも、そのような仕組みがあるとは聞かされていない。
もっとも、レストアして彼らに提供したラインハルトにとっても、ブラックボックス化された内部構造の一部だったために確認できていなかったことだ。
――予想がついていなかったとは言えないが。
『X065AHRR44WWQT75ASD1Z』
『――パスコード、認証キー確認。所有権を正規ユーザーに返還』
機械仮面が小さな板のようなものを取り出して不規則な言葉の羅列を口にした直後、【ベルドリオンF】はそう告げて……機械仮面の持っていた奇妙な箱に収納された。
(パスコード? 認証キー? なら、あいつは皇王の手下か?)
傍から見ているヴィトーには、負けた自分達から【ベルドリオンF】を回収するために皇王が寄越した人員に見えた。
彼の視点からは皇王以外にパスコードや認証キーを用意できる人物はいなかったからだ。
「…………」
だが、ルークは違う。
“不退転”のイゴーロナクとの戦闘中、あと一手分の後押しで<デス・ピリオド>が敗れていた盤面は数多くあった。
その状況で加勢せず、決着して【ベルドリオンF】が無力化された今になって回収に現れた時点で相手が皇国勢力ではなく……無論王国でもない第三勢力であるとは察しがついた。
(この場にいるのは僕だけ。どう対処すべきか)
相手が得体の知れない存在であり、そんな者に【ベルドリオンF】という恐るべき兵器が渡ることは大きな懸念事項にはなりえる。
だが、今現在の王国と皇国の<トライ・フラッグス>に直接影響が出るかは不明だ。
元より【ベルドリオンF】は皇国戦力の一部であり、相手が兵器の回収を済ませて去るならばルークが藪をつつく必要はない。
だが……。
(……今ここで阻止するべきでしょう)
今の今まで、王国と皇国のどちらにも気づかれずにこの戦場に潜伏していた手合いだ。
唐突に出現したあの能力。戦闘中もタルラーが気配しか感じず、みっちーのモクモクレンでも存在に気付けていなかったのならば、相当のステルス能力を持っているのは確実。
突如としてこの場に現れた原理が光学ステルスによるものか、霞や“不退転”のイゴーロナクが行っていたような瞬間移動に類する力かは未確定だが……どちらであっても危険だ。
(ここで逃せば発見は難しい)
次に機械仮面が【ベルドリオンF】を伴なって現れるときは、王国の者が危険にさらされる時かもしれない。
今後の憂いを断つならば、今ここで阻止すべきとルークが判断を決めたとき……。
『プライマリオーダー完了』
機械仮面が、眼に当たる機械単眼をルーク達――その背後のヴィトーへと向けて。
『――セカンダリオーダー並びにターシャリオーダーを実行する』
――地を蹴ってルーク達へと駆け出した。
対処するしないの話ではなかった。
最初から相手の方が、【ベルドリオンF】の回収だけで済ませる気はなかったのだ。
機械仮面は右手にナイフを取り出し、殺気もなく機械的に……ルークを殺すべく動いた。
◇
この時点で、ルークは最善手を打つ機会を逃した。
その要因は二つ。
第一に、機械仮面の発する情報が多すぎたこと。
この場に現れた能力、放つ言葉、持ち出した認証キー、【ベルドリオンF】の回収という目的。
齎された情報があまりにも多く、相手の正体を掴もうとするがゆえにルークは情報への考察を行い、そのために初速で出遅れた。
第二に、ヴィトーとの戦闘後の空気。
共に相手の仲間を殺し合った間柄ながら、ルークは相手の事情を悟り、元気づけるような言葉までも発していた。
そんな戦闘中とは異なる弛緩した空気。
だからこそルークは最善手を打てなかったし、気づけなかった。
この場における最善手とは……。
◇
ルーク達へと迫る機械仮面。
その動きを、ルークは目で追えた。
(超音速機動……よりも遅い?)
幾度も模擬戦を重ねたマリーよりも、機械仮面は確実に遅い。
これならば迎撃できるとルークは考え――即座にその考えを否定する。
(速度がAGI型に届かず、なおかつこの場に出現した能力を持っているなら、正面から突っ込んでくるはずがない!)
だから考えられるケースは三つだ。
速度をあえて抑え、欺瞞の罠を仕掛けているか。
注意を引きつけてから瞬間移動で死角に移動するか。
――既に光学ステルスを使用中であり、見えている姿は幻術の類か。
「リズ! 全方位!」
ルークの指示を受けたリズが、コートに擬態していた体積の全てを刃に変えて周囲一帯を切り払う。
バビとヴィトーを避けながら、空間を占めていくオリハルコンの刃。
近づいてくる機械仮面も切り裂くが、それは幻のように消え失せ……。
――後方四時方向から金属と金属がぶつかるような甲高い音と共にそんな声が聞こえた。
ルークが振り向くと風景の一点が歪んでおり、そこから機械仮面が姿を現す。
右手は逆手で神話級金属製短剣を持ち、それでリズの斬撃を弾いたのだと分かる。
(やっぱり、囮……!)
やはり速度の遅かった機械仮面は幻術であり、それを囮にステルス状態の本人が不意討ちを仕掛ける戦術だったのだろう。
同様の戦術を用いるマリーとの模擬戦がなければ、気づけなかったかもしれない。
『…………』
不意討ちを防がれても、機械仮面に動揺はない。
表情が見えないからではなく、本当に動揺していないのだろう。
その証拠に機械仮面の位置を捉えたリズの斬撃を、短剣一本で捌き続けている。
それは気味の悪い動きだった。
まるで右腕が別の生き物のように、音速の何倍もの速度でリズの斬撃を切り払い続けているのだ。
実際に……右腕が奇妙に伸長して足元を狙った斬撃さえも弾いている。
傍から見ているヴィトーは、『右腕が蛇にでもなってんのか』とさえ考えた。
――それはある意味では正解だった。
『のぅ、びとぅくんとやら。御主も見ているだけでなくなにかせぬか?』
両腕を失って膝をついているヴィトーに、タルラーがそんな言葉を投げる。
「……両腕が無きゃイゴーロナクは動かねえよ! それに、お前が根こそぎ俺のMPを吸ったんだろうがクソレイス!?」
『ほほほ、そうであったなぁ』
「お前こそ、あいつのMPを吸わねえのかよ!」
『試したが吸えん。魔力そのものがあれの内部で変質しておる。何であろうなぁ、あれは……。まぁ、少なくとも……』
――生き物ではなさそうだが。
言葉の末尾を自らの心中だけで述べたタルラーを他所に、リズと機械仮面の激突は続く。
超音速斬撃をものともせず、機械仮面は一歩一歩ルークに近づいていく。
そんな折、
『先刻の【傾国】といい、王国の従魔は質が上がったな』
「…………!」
これまでどこか見た目通りに機械的だった相手が、ポツリと零した一言。
その一言もまた、ルークに情報と……衝撃を与えた。
(【傾国】、キャサリンさん……!)
その一言で、ルークには理解できてしまうからだ。
援軍に来るはずだったキャサリン金剛がこの戦場に現れず、エメラダのみを送り込んだ理由。
戦場を監視してタイミングを窺っていたはずの機械仮面の気配を、タルラーが戦闘の途中で感じ取った理由。
それは今の言葉で繋がった。
機械仮面は、先にキャサリン金剛と戦っていたのだ。
そして彼女を破り、戦闘の影響で到着こそ遅れたものの……この戦場で【ベルドリオンF】奪取の機会を待っていた。
そして、もう一つ。
キャサリン金剛と戦いながら機械仮面に目立つ傷はない。
つまり、機械仮面はキャサリン金剛に……討伐二位にして、“トーナメント”ではフィガロに次いでアルベルトを追い詰めた準<超級>に完勝したということ。
なおかつ従魔の……“四大冥土”の力量に関する発言は、不意討ちではなく戦闘での勝利を意味する。確実に戦闘系の<超級>……その上位に匹敵する戦力だった。
(《制限昇華》でリズやタルラーの眷属化を……いや、彼女達の眷属化は未知数。この場で使うには賭けの要素が強すぎる)
「バビ!」
「あと一分~!」
ルークはバビに呼びかけ、《ユニオンジャック》発動までの残り時間を知る。
眷属か鋼魔人、そのどちらかに成らなければ対抗できないと察した。
いや、それでも敵うかどうか……。
(あと一分……)
リズの連続斬撃を捌きながら、歩くように近づいてくる機械仮面を一分も凌げるか。
ルークの額に冷や汗が流れたとき……、。
「――《天下一殺》!」
――機械仮面の背後の木々の間から槍を構えた狼桜が飛び出した。
王国側の加勢。
眼前の機械仮面に集中していたためにルーク達は気づくのに遅れたが、平原での戦闘を生き残った狼桜がこの戦場に駆けつけたのだ。
彼女の到来は僥倖だった。
そして彼女の放つ完全な死角からの刺突が機械仮面の背に吸い込まれ……。
『――残照励起』
――機械仮面がまたも機械的な……しかし意味合いの違う言葉を述べた。
狼桜の槍が機械仮面の背を貫く。
『【幻竜王 ドラグミラージュ】――《シュレディンガー・ファントム》』
――同時に、機械仮面は十人に分裂していた。
貫かれたのは十人の一人でしかなく、貫かれた一人は幻のように消え去る。
しかし残る九人が一斉に狼桜に左手を向ける。
「チッ!」
狼桜は敵が幻影であり、紛れた本物が攻撃を仕掛けてくるのだと判断した。
そして咄嗟に【身代わり竜鱗】を《瞬間装着》し、防御で耐える構えを取る。
『――残照励起』
機械仮面が再び同じ文言を口にすると、九人の左腕が次々に変形していく。
肘から先がまるで小型の大砲のような砲門へと様変わりし……。
『【風竜王 ドラグウィンド】――《トルネード・ラム》』
九人全てが左腕から竜巻を放出した。
それは竜巻の形を借りた螺旋槍。
九つの巨大槍が九頭の龍の如く、狼桜へと殺到する。
その全てが……本物だった。
分身は幻ではなく――全てが実体。
「これは、トムと……!?」
決闘三位の<エンブリオ>の能力を思い浮かべながら、狼桜は防御態勢のまま直撃を受ける。
それは一発一発が、ジュリエットの《死喰鳥》に近い威力だった。
ゆえに、単発ならば狼桜も耐えられたかもしれない。
だが、それは九発。一撃分しか軽減できなかった《身代わり竜鱗》が砕け、狼桜は周辺地形ごと噛み砕かれながら空中へと打ち上げられる。
それは間違いなく致命傷であり、
「――まだ終わりじゃないんだよぉ!!」
――身代わりの特典武具で狼桜は機械仮面の背後へと回り込む。
ほんの僅かに左腕の変化が速かった一体。
それが本体だと判断して、狼桜は起死回生の一手を打つ。
背面から絶大な威力を発揮する《背向殺し》を発動させながら、狼桜はガシャドクロを突き込み……。
人間の可動域を無視して動いた右腕が槍を握る手首と、彼女の頸を刈り取った。
彼の右腕は、ヴィトーが考えたように蛇の如き構造に変容していた。
そして全く見えもしなかった背後の狼桜の手首と頸を、正確に切り落としたのだ。
仮に、先ほどの宣言に則るならば機械仮面はこう述べただろう。
『残照励起【応蛇番震 アンサラー】――《サーチ・アンド・デストロイ》』、と。
そして王国の決闘五位である狼桜は理解不能にして正体不明な機械仮面によって、デスペナルティに陥った。
「…………」
その有り様を、ルークは見ていた。
同時に、機械仮面の零した情報から推理を重ねている。
(述べていたのは、特典武具の名前……違う。確かに【幻竜王】や【風竜王】という言葉を口にしていた。それは特典武具ではなく、<UBM>そのものの……まさか、<UBM>の固有スキルをコピーする能力? <マスター>ならともかく、ティアンが……?)
ルークは、常にそうして戦ってきた。
情報から推理し、勝利への道筋を探す。
彼のスタイルとして、それは正しい。
だが、遅れを生む。
超高速思考であっても、僅かに。
『…………』
狼桜を撃破した機械仮面は九つあった体の内の八つを自ら消し去ってルークに向き直り、
『――確保』
――ヴィトーの背後に出現していた。
「「!?」」
ルークに向いていた機械仮面は消えている。
それは最初の攻防と同じ、幻術とステルスの組み合わせ。注意を引きつける囮。
だが分身からの使用があまりにもシームレスであり、ルークの対応速度を超えている。
何よりも……。
(僕ではなく、彼!? 既に戦闘能力のない彼を優先して撃破する理由が……)
ルークの思考が困惑するが、しかし機械仮面の言葉の一つが思い出される。
――セカンダリオーダー並びにターシャリオーダーを実行する。
(セカンダリとターシャリ! 単純に僕達を排除するだけならオーダーは一つ。それが二つということは……)
ルークが答えについて推理を重ねたタイミングで、
『――新規制御デバイス確保』
――機械仮面はヴィトーを殺すのではなく、その手で捕縛した。
「な!?」
「彼ごとでいい! 捕まらせては駄目だ!」
予想外の行動に驚愕するヴィトーと、最悪のパターンに辿り着いたルークの声が重なる。
ルークの指示を受けてタルラーが動く。
東方の符術にも似た魔法を、ドレインで蓄えた膨大な魔力で強引に即時起動させる。
「――《真禍真倒怨龍覇》」
――それは闇属性の魔力の爆発。
自ら『生き物ではない』と評した機械仮面を殺すための魔法ではなく、機械仮面の手の中のヴィトーを確実に殺すための魔法。
命を削る闇魔法と呪いを齎す呪術の混合であり、タルラー……龍媛が生前から行使していた奥義である。
絶死の奥義は周辺地形に影響を与えぬまま、静かな死のオーラとして機械仮面とヴィトーに届き……。
『残照励起【万魔一掃 ディスイリュージョン】――《ゼロプレイス》』
――機械仮面は眩く発光する左手を振るい、奥義魔法をかき消した。
『……【龍帝】みたいな真似をしでかすのぉ、コレ』
タルラーは自分の奥義をかき消した機械仮面に、珍しく表情を引きつらせながら……消えた。
消されたのではなく、自ら存在を薄くしてこの場から退避したのだ。
それは、『自分には手に負えないからパス』と逃げたに等しい。
ルークはそれを責めない。
従魔の喪失は彼にとって最大限のリスクの一つであるし、何より……責める余裕もない。
「放しやがれ……!」
機械仮面の腕の中でヴィトーが藻掻くが、彼の抵抗を子供のそれと大差ないように機械仮面は動じない。
ルークは現状についての思考を重ねる。
(<マスター>の捕獲? さっきの制御デバイスという言葉から察するに、彼の<エンブリオ>をあの兵器と併用するために? けれど、<マスター>の捕獲なんて意味はない。ログアウトできるし、仮に接触や結界で捕縛状態だったとしても<マスター>には、……!)
思考して、一つの可能性に気づいてしまった。
普通ならばありえない。
だが、ヴィトーならばありえる問題に。
「ヴィトー! 捕縛前に自害を!」
「!」
ルークの言葉に、ヴィトーは逡巡する。
自ら死ぬという行為は言うまでもなく彼にとって忌避すべきことだ。
だが、先ほどのルークとの会話と、自分だけの生存よりもこの<Infinite Dendrogram>を信じてデスペナルティ後に仲間と再会できる可能性に賭けた。
「チッ……!」
そして彼は勢いよく口を閉じて自らの舌を噛み切ろうとした。
もはや両腕がない彼にはそれくらいしか手段がないと思えたから。
その行動が――ルークの懸念の的中を告げていた。
『…………』
「がっ……!?」
ヴィトーは自らの舌を噛もうとして、しかし彼の前歯を折りながら口中に指を押し入れた機械仮面に止められた。
『残照励起【愚眠蜘蛛 バッドドリーム】――《永睡の網》』
そのまま機械仮面がまた異なるスキルを使って、ヴィトーは【強制睡眠】に陥った。
もはやルークの声も届かず、ヴィトーは自害もできないだろう。
――できると知らない。
(やっぱり彼は、彼らは<自害>システムを知らない……!)
元より植物状態から直接ログインしたヴィトー達。
リアルでマニュアルやWikiを読む機会はなく、さらに境遇から『自ら死ぬ機能』について調べることなど皆無だっただろう。
ゆえに、<マスター>ならば誰もが備えた現実への脱出法を彼は知らない。
つまり、彼は囚われれば……囚われ続ける存在だった。
この局面においてルークが選べなかった最善手。
それは――即座にヴィトーを殺しておくことだった。
『セカンダリオーダー完了』
意識を喪失したヴィトーの身体を奇妙な箱に収めながら、今度こそ機械仮面はルークに視線を合わせる。
ターシャリオーダー……目撃者であるルークの排除を実行するために。
<マスター>は殺しても復活する。
だが、即座に蘇るわけではない。
ルークの帰還は戦争後。リアルでの情報共有をするとしてもタイムラグはある。
その時間を稼ぐだけでも、機械仮面がルークを殺す理由には十分だった。
「ッ……」
バビとリズの二体だけになった手札で、この底知れぬ機械仮面を打倒できるか。
ルークの推理は、『不可能』という結果を導き出していく。
これがレイならば、小数点以下の可能性を掴むために全てを賭ける。
これがシュウならば、あらゆる手段を尽くして状況を変える。
だが、ルークはどちらでもない。
情報から推理して最も効果的な手段を導き出せるが……示される情報が絶望的過ぎた。
「……ぅ」
ルークの思考は今も超高速で動いているが、明確な活路はない。言葉にすれば『どうすればいい?』の一言を万の言葉で語っているようなものだ。
ユーゴーと、ガーベラと、【獣王】と、イゴーロナク。
今まで相対してきた強敵のどれとも違う至難が眼前に立つ。
いや、脅威度で言えば【獣王】と大差はないかもしれない。
だが……今のルークには仲間がいなかった。
既に全員が落ちている。
自分が真っ先に落ちた【獣王】戦との、最も大きな違いだった。
(――どうすればいい?)
かつて<Infinite Dendrogram>を始める前のように、彼の心はその言葉に占められた。
そして機械仮面がルークに左手を向け、バビが彼を庇うように前に出て……。
――様々な音の中に、刃物が風を切る音が紛れた。
直後の変化は劇的だった。
『…………』
突如として――機械仮面の左腕が切断された。
否、斬られたのではない。
機械仮面自身が右手の短剣で左腕を自切したのだ。
そうしなければ、『より致命的な被害を受ける』と判断して。
『キチキチキチ……』
切断された機械仮面の左腕には、蟲のような脚の天使モドキが張りついている。
直後に天使モドキの首が落ちて、光の塵になって消えていった。
それ以外には、何も起きない。
連動して機械仮面の首が落ちることもない。
「ふぅん。凄いな。初見で回避されたのは久しぶりだ」
そんな言葉と共に、声の主が木々の間から姿を現す。
それはトランプのジョーカーの装いをして、大鎌を手にした男。
――【鎌王】ヴォイニッチだった。
「……ヴォイニッチさん?」
「ああ、ルーク君。大変だったようですね」
ヴォイニッチは疲弊したルークを見て、道化師の笑みと共に丁寧な言葉遣いで労った。
「こっちは近辺の皇国拠点を潰して回っていまして。かなり大きな戦闘の気配があったので探りに来たらこの状況です。いや、間一髪間に合ってよかったですよ」
「……そう、ですか」
その言葉に嘘はないが、何かを隠しているような気配もあった。
だが、今はそれに言及できる状況ではない。
『…………』
機械仮面は切断した左腕と、【ベルドリオンF】やヴィトーを確保した箱、ルーク達を見比べて何かを思案している様子だった。
「まだやり合うなら相手になりますよ。こっちのタネは割れましたが、そちらも同様でしょう。左腕が欠けていて勝てますか?」
『…………』
ヴォイニッチの言葉に対し、機械仮面は自らの歩を進めることで応える。
歩んだ先は、自ら落とした左腕。
それを右手で拾って……そのままステルス能力を起動して立ち去っていった。
それから一分間、ルークもヴォイニッチも言葉を発さぬまま時が過ぎる。
そうして、緊張が解けたようにヴォイニッチが息を吐いた。
「……ハッタリが通じて助かりましたよ。実際、やりあってたらこちらが死んでいました」
それは本心であったのだろう。正真正銘の安堵がヴォイニッチにはあった。
だが、ルークには分かる。
ハッタリが通じたのではなく、機械仮面は優先順位を考えたのだ。
ターシャリオーダー……三番目の目的のために一番と二番をふいにする可能性を考え、捨て置いたのだろう。
戦闘の際に、【ベルドリオンF】とヴィトーを収めた箱の破損を恐れた。
それにルークを撃破せんとした目的はこの顛末の口封じだ。
だが、ヴォイニッチという援軍の出現でそもそもの口封じも難しいと考えて諦めた。
「それにしても、お疲れさまでした」
「え……?」
「最後に思わぬ襲撃があったようですが、追撃戦自体は上手くいったのでしょう?」
「…………はい」
そう、当初の目的は<宝>フラッグの転移を可能とするスモールの排除だった。
それは完遂した。“不退転”のイゴーロナクは壊滅し、勝利目標は達成したと言える。
だが、ルーク以外のメンバーは全滅し、ルークの従魔も半数が重傷を負い、何より今後の懸念となりうる要素を機械仮面に奪われた。
盤面の上では勝利したが、これはルークにとっては大きな敗北だった。
それこそ……彼個人に限れば人生初の大敗と言ってもいい。
「ルーク、無事か……!?」
すると、南東の方角からネメシスが慌てた様子で近づいてきた。
彼女の傍には幾人かの<マスター>の姿もある。
狼桜に遅れてこちらに向かっていた生き残りと合流できたらしい。
レイから預かった彼女が無事でよかったと、ルークは心から安堵する。
ただ、ネメシスを見ていると……ルークはどうしても考えてしまう。
レイがこの場にいたならば同じ結果にはならなかったのではないか、と。
彼ならば、もっと良い結果になっていたのではないかと思わずにはいられない。
「……ええ」
ルークは自身の不足を感じずにはいられなかった。
【魔王】の座についても自分はまだまだ届かないのだと……ルークは悔恨に目を閉じた。
「…………」
そんなルークを、彼の<エンブリオ>であるバビは静かに見守っていた。
To be continued
〇機械仮面
(=ↀωↀ=)<現時点であまり多くは語りませんが
(=ↀωↀ=)<端的に書くと『シリーズ跨って武器チップ持ち越したロックマン』
(=ↀωↀ=)<どのくらいシリーズ跨ったかと言うと
(=ↀωↀ=)<こいつ先代【邪神】との戦いにも参戦してます
(=ↀωↀ=)<最近も武器チップ(暗喩)増やしました
〇ルーク
(=ↀωↀ=)<レイ君がおらず、クマニーサンもおらず
(=ↀωↀ=)<彼が主導して事を進めた上での結果
(=ↀωↀ=)<盤面の辛勝、内心の大敗
(=ↀωↀ=)<それが彼にどう影響するかは後々
〇ヴォイニッチ
(=ↀωↀ=)<はい
(=ↀωↀ=)<うっすらお察しの方もおられるかもしれませんが
(=ↀωↀ=)<霞の探知圏外で状況の推移見て
(=ↀωↀ=)<霞落ちたの確認してから走ってきました
(=ↀωↀ=)<何で霞落ちるまで待ったかは追々