第四十八話 <デス・ピリオド>VS“不退転”のイゴーロナク 前編
〇告知
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(=ↀωↀ=)<とても良いものですが中身の挿絵もとてもいいですよ!
(=ↀωↀ=)<ネメシス新形態はカラーページ貰う法則発動中なのでお楽しみに
■【紅水晶之破砕者】コクピット
北西部の平原にて王国と皇国がぶつかり始めた頃。
防衛線の後方、その地下に潜行している【紅水晶】のコクピットでヒカルは黙考していた。
(……ここまでは、皇王の計画通りか)
<墓標迷宮>の襲撃後は、正否に拘わらず北西部に移動。
マードック率いる部隊と合流し、その後方で『動きがあるまで』待機すること。
これが事前に皇王からヒカル達に伝えられていた指示だ。
明言されていなかったが『釣り餌になれ』という指示だったのだと、今はパーティ全員が理解できている。
皇国側の狙いは、王国の戦力を一気に削ることだ。
<超級>、<砦>の防衛を担当すると想定される<月世の会>、それに<墓標迷宮>で<命>の防衛を任されていた者達。
これらを除いた王国戦力は、皇国のフラッグ撃破のために王国全土に散ることになる。
しかし実際は王都を中心としたエリアに最も多くの<マスター>が集まっていた。
それはどこかからフラッグの発見報告が入った場合、国の中央部にある王都から動くのが最も戦力を集中させやすいからだ。
特に小回りの利くパーティ単位ではなく、数十人から百人以上で動くクランは多くがその動きに備えていた。例外は空輸クランであり、メンバーほぼ全員の長距離高速移動が可能である<ウェルキン・アライアンス>くらいのものだろう。
そして今回、得られた情報はフラッグのものではないが……フラッグの転送を中継するターミナル役という決して無視できない存在だった。
それゆえ、王都に集結していたクランはターミナル役のスモールを撃破するためにこの王国北西部に集い、【車騎王】、【喰王】、<叡智の三角>とぶつかったのである。
フラッグ戦に投入すべき戦力を削るために用意された戦力と。
(王国は動かせる戦力を動かして、なおかつ【殲滅王】まで投入してきた。あの【魔王】や<超級殺し>もいる)
王国勢が平原に突入した時点でモクモクレンの間合いに入り、介してそれらの戦力の姿は捉えている。必殺スキルは使えないが、それでも索敵には十分だった。
(皇国側に相手をすり潰す勝算があるのか、それとも削ることが目的だから皇国戦力は損失前提なのか)
この時点でのヒカル達はマードックの力を……単騎で王国勢を殲滅可能な戦力であることを知らない。
それゆえ両者の戦力を比較した場合、『どちらが勝ってもおかしくはない』程度の差だと判断していた。
実際はルークの戦術もあって王国優勢となった後、マードックが一人で盤面をひっくり返し、最終的には捨て身のアルベルトと相打ちになるが……この時点で分かる訳もない。
「ヒカル、どうする?」
「……正直に言おう。私の想定よりも事態の推移が速い。速すぎる」
みっちーからの問いかけに苦渋の表情で応える。
ヒカルの想定では王国が北西部に進軍するのはもっと遅いと考えていた。
地中を潜航する【紅水晶】を正確に見つけ、待ち構える皇国戦力に匹敵する戦力を集合させて攻めてくるのは、初日の夜か二日目だと思っていたほどだ。
だが、彼等は夜が明けて間もなく動き、昼の内に辿り着いていた。
「まだラージの<エンブリオ>は再使用できず、【ベルドリオンF】のチャージも不十分。この状況では、想定していた戦い方は出来そうにない」
これに関して、ヒカルは自分の至らなさを実感していた。
恐らく、皇王やルークはこの展開を読んでいたが、ヒカルの思考はそこまで及ばなかったのである。
もっとも、あの二人と比較して上回れる人間など……そうはいないが。
「それでも、私達がこの戦場で果たさなければならないことはある」
「そ、それって……?」
恐る恐る尋ねるスモール……この戦場の要である少女に対し、ヒカルは告げる。
「――王国のレーダー役を潰す」
ヒカルの言葉に、コクピットにいる仲間達が頷く。
「地中を進む【紅水晶】の動きを把握して追ってくる敵。これを放置すれば、私達は狙われ続ける。相手も、<超級>の私やスモールを放置しないから」
先刻、【電波大隊】の初弾直後にマードックからルークの来訪は聞いている。
そしてみっちーのモクモクレンの効果範囲に入った時点で、その視界をジャックした。
その視界の中で、彼女達はタイキョクズの盤面を目視している。
ヒカルが<超級>であることも、全員が地下にいることも筒抜けだった。
自分達を追ってきたのはこの<エンブリオ>の能力であると、認識したのである。(実際にはここに近づくまではネメシスの内部感覚によって追ってきたが、その判別は彼女達にはつかない)
今の彼女達から見れば、霞以上に恐ろしい相手はおらず、とても放置などできない。
王国がターミナル役であるスモールを撃破したいように、ヒカル達も自分達を追えるレーダー役……霞を潰さなければならない。
「みんな。連中が動いたよ」
みっちーの言葉に、コクピットの全員がモクモクレンを注視する。
そこには、翡翠色の雲の更に上から空を往くオードリーの背が見えていた。
「あえて上空を……か」
「内訳は【魔王】、<超級殺し>、レイ・スターリングの<エンブリオ>、レーダー役、ほか二名。<超級>はいないし、集団の中に入られるより討ちやすいけど、こっちも皇国の加勢は望めない形かな」
皇国側に上空からの接近を伝えたところで対処のしようがないとみっちーは考え、ヒカルも同意見だった。むしろ、情報を伝えて皇国の動きに変化が生じれば、王国に隙を突かれるとさえ考える。
実際、伝えてルーク達に対応した動きを取ろうとすれば、その間隙にエメラダが攪乱の豪雨から掃討の天災へと動きを変化させるだろう。
(私達だけで対処する場合の問題は、【魔王】単体でも相性が悪いのにそこに<超級殺し>までも加わっていること。加えて、こちらの戦力が落ちている。なら……)
ヒカルはルーク達が接近するまでの間に、事前に想定したプランから使えるものも含めて対応策を検討、迎撃の形を整えて……ルーク達を待ち受けた。
◇◆◇
□■アルター王国北西部・上空
王国の<マスター>と【トールハンマー】に乗ったマードックが戦闘している頃。
アルベルトを除いた<デス・ピリオド>の面々は、オードリーに乗って“不退転”のイゴーロナクを追っていた。
上空に飛べば狙い撃たれると分かっている状況。
だが、エメラダのスコールによって射線を切り、さらにはアルベルトに広域殲滅の継続を頼んだことで相手が満足に索敵できない状況に追い込んだ。
懸念は<墓標迷宮>で使われた視界ジャックの<エンブリオ>だが、それで皇国の動きが変わった様子はない。
それが相手の警戒網にかからず突破したゆえか、それとも罠であるかは現時点で不明。
だが、ルークは後者の可能性が高いと判断して警戒を強めていた。
「ネメシスさん、どうですか?」
平原の先にあった森林部を見下ろしながら、ルークが問う。
「……近づいたことで、より正確な方角が分かるようになった。地上……いや、これは……地下だな」
ネメシスの言葉に、ルークは思考する。
(現行の魔法機械の性能とも思えない。<エンブリオ>、特典武具、あるいはレイさんのシルバーのような先々期文明品か【セカンドモデル】のような模造品の類で地下に潜んでいると見るべきでしょうか)
その推察は正しく、“不退転”のイゴーロナクが運用する【紅水晶之破砕者】は名工の知識の一部を継いだ三代目フラグマンが、煌玉人のサポートを受けながら制作したものだ。
現行の魔法機械より性能は高く、今も地下数百メテルに潜航しながら様子を窺っている。
「霞さん。タイキョクズは?」
「う、うん。見えた……。だけど、まだ二回は届かなくて、地上に降りれば……多分……」
「分かりました。……高度を下げます。警戒を」
ルークの指示を受けて、オードリーが高度を下げていく。
「――《殺気感知》!」
――音よりも速い弾丸がルークとネメシスを襲ったのはその瞬間だった。
彼方から飛来する三発の弾丸。
それらはいずれも――霞を狙っている。
「……!」
二方向から飛来した弾丸は身に纏うリズがギリギリでガード。
残る一方から迫る弾丸は、
「《カウンター・アブソープション》!」
ネメシスの展開した光の壁で遮られた。
「狙撃!? 三ヶ所から同時に!?」
疑問を叫ぶふじのんだが彼女の横ではマリーとイオが動いている。
マリーは黒色と赤色、爆裂誘導弾にセットされたアルカンシェルを撃ち放ち、
イオはモード:爆砕――巨大バズーカに変形したゴリンの引き金を引く。
狙撃弾の飛来したうちの二方向に向けて、爆撃の返礼を行う。
爆発で拓けた森林部には、ルーク達にも見覚えのあるパワードスーツが立っていた。
「イゴーロナク!」
二体のイゴーロナクはそれぞれに狙撃ライフルの如き武器を備えていた。
マリーのアルカンシェルに狙われた方は被弾して損傷していたがまだ動ける様子。イオに攻撃された方は直撃を回避したらしく煤で汚れていても損傷は軽微だった。
そしてどちらも<墓標迷宮>で幾度も見せた自己修復能力を発動し、そのまま動いて森の中に身を隠した。
――同時に、四発目の狙撃がオードリーを狙う。
『KIEEEE!?』
彼女は緊急回避を実行したが、先の【電波大隊】からの砲撃を回避したときよりも多くの人間を背に載せている。
彼等を落とさないことを留意したためか、オードリーは回避しきれず、弾丸を翼に受けた。
翼の損傷に伴い、降下速度が意図しない速さで増していく。
「次から次に……!」
「予め何機か出して待ちかまえていたんでしょう」
自分達を追ってくる相手を、逆に待ち構えて仕留める陣形。
相手はルーク達が皇国の防衛線を突破すると読んでいたのか、あるいは念には念を入れたのか。
(あちらがあと何機用意しているのかは不明ですが、<墓標迷宮>に続いてこちらでもこれだけ動かすエネルギーを考えれば、相手方の<超級エンブリオ>はその類で決め打ちして良いでしょう。ただ、それだけのエネルギーを用いる敵ならば、小手先の戦法に頼るよりもそのエネルギーをぶつけてくる方が強力のはず)
それは奇しくもアルベルト達が相対しているマードックの真の戦法と同じだ。
(<墓標迷宮>のときといい、彼らが重視しているのは戦果よりも安全? あまり<マスター>らしからぬスタイルですが……。けれど、今回は<墓標迷宮>のときとどこか……)
「ルーク! ここからどうするのだ! 降りるのか!」
ルークの一秒に満たぬ高速思考は、同乗したネメシスからの問いかけで遮られる。
(……今考えるべきはそこではありませんね)
「降ります。霞さん、ふじのんさん。事前に伝えた戦術A、Bを並行。僕とマリーさん、イオさんはガードに回ります。ネメシスさんも必要ならば《カウンター・アブソープション》を使ってください」
ルークの指示に全員が頷き、オードリーが墜落するように森林の木々の合間に着地すると同時に飛び降りる。
ルークは負傷したオードリーを【ジュエル】に戻すと同時に、タルラーを解放する。
「タルラー」
『言われずとも分かっておるよ、娘子二人の魔力は食わぬように気をつけよう。加減は手間であるがなぁ……』
MPイーターとしての能力を発動させながら、タルラーは周囲を警戒する。
「バルルンズ、お願い……!」
霞は壁役の召喚モンスターである【バルーンゴーレム】……その成長系である群体型召喚モンスター、【バルーンゴーレム・トループス】五体で自分とふじのんを囲う。
その外側でマリーとイオは自身の武器を構え、ルークもバビ、リズ、タルラーの四体構成で相手の攻撃に備えている。
眷属化はまだ温存している。今のルークではレベルに余裕はなく、<墓標迷宮>で使ってしまった今、戦争中に眷属の力を使えるのはほんの数分と踏んでいるからだ。
今の状況では、まだ切れない。
そうして着地からすぐに態勢を整えた彼らに対し、再び三発の狙撃が実行される。
一発はリズが弾き、一発はマリーが貫通誘導弾で相殺し、最後の一発はバルルンズの一体を貫いて破壊するも、内側の二人には命中していない。
残ったバルルンズは間隔を詰め、再び二人の姿を隠す。
(案の定、相手はこちらに近づいてこない。<墓標迷宮>でタルラーという天敵の存在を知った彼らは、遠距離からの狙撃で僕達を仕留めるつもりなんだ)
製作者のメロは既に退場したものの、彼女の<エンブリオ>によって即時修復が可能な【イゴーロナク壱型】。
だが、それも修復のためにチャージしていた魔力を吸収されれば発動しない。
不滅の機兵も、タルラーと打ち合えば瞬く間に起動分の魔力さえ喰われてガラクタと化す。
それが分かっているからこそ、“不退転”のイゴーロナクは仇敵に接近戦を仕掛けられない。
(同時に、至近からのゲートによる奇襲・爆撃もない。僕達が手の内を知っている。僕達の傍でゲートを再度開けば、その間隙にゲートを介して攻撃を撃ち込む)
チェンジリングのゲートは人間以外を通す。
少なくともアイテムやモンスターの類は通ることを、ルークは確認している。
ゆえに、【ジェム】やマリーのアルカンシェルをゲート内部に撃ち込み、イゴーロナク本体達を攻撃することも可能。
その展開を危惧すれば、<墓標迷宮>でやったような【ジェム】の放出などできない。
そうしてルークが思考する間に、さらに三発の弾丸が撃ち込まれる。
二発はまたもリズが、もう一発はイオが大斧のゴリンを盾にして弾いた。
(また三発ずつ。オードリーが撃たれたとき以外は、必ず三発同時に撃ってくる。こちらが対処しづらいようにそうしているのだろうけど、三発の理由は……?)
ルークはゲート越しに一度だけ見た【紅水晶】のコクピット、その中にいたヴィトーの姿を思い浮かべる。
(声と年齢、性別を考えて操縦担当の候補は二人。言葉から推測される性格とあのときの表情も合わせて考えれば、彼が操縦担当。そして彼の両手には明らかに通常と異なる意匠の手袋。あれがコントローラーだとするなら最大で両手の指の分、十体までの同時操作が可能? けれど精密性を担保するために三体までに……違うな)
僅かな時間に記憶した情報を精査し、ルークは答えに近いと思われる情報を導き……自ら否定する。
(同時操作ができるなら、僕達を仕留めるために特典武具まで切ったあの戦いにもっと介入させているはず。一度の操作で動かせるのは一体。それに、<墓標迷宮>での戦闘や【ブロードキャスト・アイ】の運用を考えて、シャッフルならともかくジャックできる視界は一つだけだ。三方向から同時に正確な狙撃をするには、人手も視界も足りない)
ルークは既に得ている情報から思考の方向を修正していく。
(次々に操縦する機体を変えてもいるのだろうけど、それでも同時に撃てるのは一発のはず。そして、発砲音にもそこまで差がないから、操作の切り替えと距離の差で同時発砲に見せかけている訳でもない。となると……)
否定すべき可能性も考慮した上で、ルークは自身の推理を詰めていき……。
「霞さん」
「は、はい!」
「一瞬だけ目を開けていいので教えてください」
――霞から答えについて聞くべきことを尋ねた。
To be continued
(=〇ω〇=)<さて
(=〇ω〇=)<前編と銘打ちましたが
(=〇ω〇=)<他作業と並行していたのでストックが尽きました
(=〇ω〇=)<まだ特典SSも残ってるので次回は更新できないかもしれません