第四十七話 星は瞬いて消える
□■アルター王国北西部・平原
第二次騎鋼戦争、<トライ・フラッグス>。
双方合わせて一〇名以上の<超級>が参戦したこのウォーゲームにおいて、最初の<超級>同士の激突。
王国所属【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザー。
皇国所属【車騎王】マードック・マルチネス。
耐性の<エンブリオ>で自傷の特典武具を振るう者と、自傷の<エンブリオ>を耐性の特典武具で振るう者。
この世界を訪れた<マスター>の中でも指折りに特異な出生である者と、本来はどこにでもいるプレイヤーに過ぎないはずの者。
特異なままに仲間を得た者と、どこにでもいる一人に過ぎないはずなのに真の意味で肩を並べる仲間を得られなかった者。
仲間の声に再起する者と、独り立つ者。
どうしようもなく食い違った二人。
だからこそ、この一戦が最初の<超級激突>。
結末は――<超級>の脱落以外にない。
◇◆
自らの全力を余人のいる場では振るえなかった男達。
だが、今の彼らにその枷はない。
アルベルトの【ファイアリックス】の炎が、マードックの総身から溢れ出る電磁波が、平原にある彼ら以外の全てを焼き尽くしながら命を削り合う。
僅かに生存していた王国の<マスター>も、立ち入ることはできない。
近づけば死ぬ死闘領域に、二人はいる。
『…………』
アルベルトは無言のまま薙ぎ払うように火炎放射器の特典武具を振るい、発射口の動きに連動する火炎の舌でマードックを舐め焼かんとする。
だが、マードックは迫る炎をオートの《電磁跳躍》で回避し、掠めた程度ならば常時展開の電磁バリアで防ぎ切る。
その防御を破るためには、【エグザデモン】で【ブローチ】を叩き割ったときと同様、大威力の直撃を成功させるほかない。
「ッ!」
対するマードックは《電磁跳躍》でアルベルトとの距離を詰め、必殺の送電と加速突撃で攻撃――しない。
彼はオーダーメイドの超耐電アイテムボックスから【ジェム】を放出し、アルベルトの周囲にばら撒いていく。
トールの力ではなく、使い捨ての【ジェム】でダメージを与えようとしている。
アルベルトはそれらが発動する前に回避行動をとり、あるいは急所を避けて受けながら耐えている。
【バルーベリー】によって瀕死から復活した今のアルベルトのステータスは通常よりも遥かに増強されており、【ジェム】のダメージも抑え込んでいる。
復活後、三分間のステータス倍化。そこまで含めて【バルーベリー】の効果。
クールタイムは一週間を要するが……今この一戦に集中するアルベルトがそれを懸念することはない。
「まだまだ……戦争のために用意はしてきたぞ」
マードックが放つのは聖属性や闇属性といった、アルベルトが耐性を持たない魔法の【ジェム】。
トールの攻撃手段である電撃・熱・物理衝撃はいずれもアルベルトが既に耐性を獲得している。【電波大隊】の砲弾も同様だ。
それゆえ、マードックは【ジェム】での攻撃を使わざるを得ない。
だが、その攻撃は今の彼の戦闘速度とは比較にならないほどに遅い。
だからこそ、アルベルトも攻撃に対応することができる。
加えて、《クリムゾン・スフィア》のような火力の高い【ジェム】は既に無効だ。
その点において、アルベルトが優位であると言えるだろう。
『…………』
だが、アルベルトも行動を制限されている。
この戦いにおいて、アルベルトは必殺スキルを使わない。
否、使えない。
必殺スキルの仕様で耐性を七分割すれば、雷撃と激突で倒し切られてしまう。
そして七人に増えようと、マードックならば一瞬で鏖殺する。
ゆえに単独で戦うしかないが、一体だけでは超速のマードックを捉えられない。
ジリ貧であり、やがては【ジェム】の連打でアルベルトが削り切られる。
《電磁跳躍》から繰り出される【ジェム】の連打で、既にHPが五割に近づいている。
ステータス倍化がなくなれば、致命的だ。
「……一つ、聞かせてくれ」
超速移動と【ジェム】での攻撃を繰り返しながら、マードックが口を開く。
「何のためにこの戦争に参加した?」
『…………』
アルベルトへの問いかけは、戦術と疑問が半分ずつ。
ダメージ差や特典武具の特性による強化時間を考えれば、長時間の削り合いならばマードックが有利。話すことにアルベルトの意識を傾け、戦闘時間を引き延ばせはしないかという目論見が一つ。
もう一つは、純粋にマードックから生じた疑問だ。
「王国に来て間もない。世界派の連中みたいな義理はないはずだよな。それに遊戯派でもない。来歴を考えれば、王国の用意する報酬に釣られるほど安くないだろ」
『…………』
「そもそも【殲滅王】なんてジョブに就いて、モンスターの討伐で名を馳せた割に、戦いを愉しんじゃいない。戦えば分かる、殲滅攻撃でも、こっちの隙をつく戦術を打っても、欠片も楽しくはなさそうだ」
マードックの推測は正しい。
アルベルトは戦闘や狩りに愉悦を感じるタイプではない。
元より、母の指示で情報収集とテストのために<Infinite Dendrogram>を訪れた彼。
決闘で対面した相手の技量に感心することはあれど、自分の技量はあくまでも確認するものであって溺れるものではない。
害獣に類するモンスターの討伐も、指名手配の<マスター>との戦闘も、苛まれる人がいる必要な仕事であったからだ。
戦争に参加したのも属した王国にとって必要な事柄であり、何よりティアンではなく<マスター>が主であったことが大きいだろう。
従来型の戦争であれば、彼はこの場に立ってはいなかった。
そうした事情も含めて、彼がここにいる理由は従来通りに『テスト』の一環だった。
――<デス・ピリオド>に属するまでは。
『…………』
アルベルトは思い出す。
まだ僅かな期間しか過ごしていないが、<デス・ピリオド>は居心地が良かった。
自分の言わんとすることを理解して代弁してくれるルークの存在は大きい。
だが、それ以上にメンバーの空気が好きだった。
数あるクランの中でも<超級>や変わり者が多く属するために、彼らは新規に加わったアルベルトにもすぐ慣れた。
無言の機械であり、容貌も威圧的なアルベルトを気にする様子もない。
それは<超級>ならざる平均的な<マスター>に過ぎない者達も含め、彼を自然に受け入れていた。
逆に「アルベルトさんって聞き上手だし、<超級>でも常識人ですよね」などと、言われたこともある。
『…………』
彼には、彼を作った母がいる。
かつては母を含めたほんの数人の、自らの管理者とも言える人々との関係しかなかった。
カルディナでは<セフィロト>に加わった。
だが、<セフィロト>に属する者達はそれぞれの望みを持った個人であり、議長が取り持つ同盟と言うのが正しい。
協力関係ではあったが志を同じくしていたわけではなく、友とも思われていなかっただろう。
けれど、<デス・ピリオド>に居ついた彼は……何人もの友を得た。
あるいは普通の人間同士のような、友人達との日常がそこにあった。
それは僅かな時間だったが、彼には得難い体験だった。
だから、アルベルトの理由は……それで十分。
――彼らがこの国を守るために戦うならば。
思い浮かべるのは、死力を尽くしてボロボロになったオーナーの姿。
懸命に彼の戦いを無駄にしないために尽力するルーク達の姿。
友の姿が、彼の機械の手足に動力以外の力を込めていく。
――私も、そのために戦おう。
今の彼の理由は『テスト』ではなく……彼自身の『意思』である。
「…………」
アルベルトの無言の言葉を、マードックは介さない。
彼にそれができるほどの洞察力や読心力はない。
だが、アルベルトが確固たる決意と共にこの戦いに臨んでいることは理解した。
自分が持てなかったものをアルベルトは持っているのだろう、とも。
『答えよう』
それ以上の答えを得られないと考えていたマードックの耳に、アルベルトの声が届いた。
『私は、彼らと目的、志を同じくした。それ以上の、理由はない』
アルベルトは自らと相対して独り立つ男に、懸命に言葉を選び、そして問いに答えた。
「……そうか」
その答えに、マードックは静かに納得する。
「目的に志、か……」
戦う理由として、それは当たり前の理由の一つで……だからこそ、言われて気づく。
マードックが求めたものは、全力を尽くし、仲間と力を合わせて困難な目標を達成すること。
しかし彼が求めるそれは……多くの者にとって『過程』である。
何のために、という一事。
仲間と共に遊び、戦うことが彼の目的だったが、しかしそれを目的とする者は他にいなかっただろう。
仲間を求める以前に――仲間と共有する『目的』と『志』を、彼は持っていなかったのだ。
「当然と言えば……当然だな。当然すぎて、気づかなかったぜ。ハハッ……」
長い孤独が過程を目的にしたが、その目的は彼一人のものでしかなく、誰とも共有されていない。
それが彼の孤独を深める一因であったのだと、今悟ったのだ。
「腹を割って本音で話したこともなかった……な」
彼は仲間と合力しての勝利……困難の達成を望んだ。
だが、彼が仲間でありたいと思った者達は一人の例外もなく……勝利の先の何かを望んでいたのだろう。
自分達の居場所や皇国を守るために尽力する者達、あるいは勝利の先の報酬を夢見る者達とは、最初からズレていた。
こんな話に今さら気づいたことがおかしくて、自嘲するように彼は乾いた笑いを零した。
そうして……。
「質問の礼だ。――あんたの時間切れ前にケリをつけてやる」
一瞬の間隙の後、――台風の目のように周囲が静寂を得る。
マードックからの電磁波の放出が止まっていた。
蓄積した電力の枯渇……ではない。
彼が自らの意思で、一時的に止めたのだ。
マードックはアイテムボックスから何かを鷲掴みにして……アルベルトへとばら撒いた。
それは、【ジェム】ではない。
電気雷管式の、無数の爆弾だった。
『!』
炎熱も、物理衝撃も、今のアルベルトには無効。
だが、爆風と爆炎、爆音がアルベルトを包み込み、外部情報を一時的に遮断する。
――直後、四方八方から銀色の戦車がアルベルトへと押し寄せた。
未だ健在だった最後の【電波大隊】。
マードックは《雷神の残照》でそれらを動かし、過剰に与えた電力でモーターを回してスペック以上の速度でアルベルトへと暴走させたのだ。
内部機構が焼きつき砕けながら、【電波大隊】はアルベルトを圧し潰さんばかりに無限軌道を回している。
『……!』
物理衝撃ではなく、巨人の手で握り潰されるような圧力にアルベルトのフレームが軋み始める。
セプテントリオンは強靭な耐性を獲得する代わりに、耐性は細分化される。
ゆえに、これは彼にとって防げないダメージだった。
しかし仮にダメージがなくとも、マードックは構わない。
動きさえ、止まるのならば……。
「――砕けろ」
――ありったけの【ジェム】が身動きの取れないアルベルトへと叩き込まれる。
耐性を持たない属性の、数十数百という数の【ジェム】がアルベルトの至近で炸裂。
そうして、【殲滅王】アルベルトの身体は砕け散り、光の塵となる。
決着の瞬間。
――同時に、極寒の吹雪が地を覆い、爆炎の網が天から降った。
「!?」
決着と踏み、一瞬だけ隙を見せたマードックが上下の拘束に囚われる。
プログラムされた《電磁跳躍》が自動で吹雪や網を回避しようとするが、全周を覆われていたために逃げ場がない。
結果、電磁バリアの出力を増してそれらの影響を防ぐ。
「これは……!」
そして、マードックは見る。
自らを囲む、六人のアルベルトを。
――《七星》。
自らが拘束・撃破される寸前に、アルベルトは七体分身の必殺スキルを発動したのだ。
ここに来て、使えないと思われた必殺スキルをアルベルトは使った。
(だが、耐性を分散したならば送電で片づけられる……!)
そうして指で照準を合わせようとしたとき、マードックは気づいた。
六人のアルベルトの一人……吹雪の特典武具を持つアルベルトが、徐々に凍結していることに。
全身を【凍結】させながら、それでも特典武具を行使している。
明確な、特典武具の反動による自傷ダメージである。
そう、彼が獲得した耐性に……凍結はない。
それは、他の個体も同じだった。
『…………』
六人のアルベルトのうち、耐性に対応した特典武具を握るのは炎を扱う一体のみ。
他は未だ耐性を獲得していない、使えば死ぬ特典武具の数々だ。
今、アルベルトはデメリットをその身に受けた上で、マードックと相対している。
それどころか拘束役である吹雪と網以外の分身全てが拘束圏の中にいる。
全身を凍てつかせ、炎の網で焼きながら、手にした武器をマードックに向けている。
それこそは、【殲滅王】アルベルトの最後のカード。
本来ならば二体で目標を拘束し、残る五体が最大火力を集中。拘束役も含め、自分達ごと敵を跡形もなく消し飛ばすための陣形。
セプテントリオン・最終フォーメーション――<滅びの星>。
「させるか……!」
その意図を察して、マードックは拘束役のアルベルトにエメラダを撃破したときと同じ最大出力の送電を行う。
内部機構を破壊し尽くす大電力が吹雪のアルベルトに送り込まれ、周囲のアルベルトも電磁波の余波で内部から弾けていく。
――だが、一人として倒れる者はいない。
先刻、【ジェム】の中で消えた一体と違い、今は全てが撃破寸前で踏みとどまっている。
瀕死からの回復手段は既に使い切っているはずなのに。
「このスキルは……!?」
しかしその現象を、それを引き起こすスキルを、マードックは知っている。
それこそは【殿兵】唯一のスキル――《ラスト・スタンド》。
“トーナメント”のときのような、コアであるアルコルを隠すための見せ札ではない。
今、六体の分身はスキルの効果により、HP1で踏みとどまっている。
本来はHP1の本体が体の外にあるために、意味のないスキル。
それの発動が意味することは……
「自分のコアを……!」
――自爆に巻き込まれる分身の中にアルベルトのコアも入っているのだ。
――だからこそ、分身達も消滅しないまま残っている。
『…………』
アルベルトは仲間達の屍を越えて立った時点で、マードックを差し違えて倒すと決めていた。
ここでマードックを倒せなければ、マードックはルーク達を追う。
そして、友であるルーク達を葬り去るだろう。
だからこそ、アルベルトはここが自らの使い時であると判断した。
冷静に、機械的に、……しかし誰よりも熱く。
目的と志を同じくする者達の勝利のために、彼は己の全てを賭けた。
「ッ……!」
マードックは遺された数秒でトールの電力をアルベルトに送り込み続ける。
だが、最後に遺った1だけのHPを削り切れないまま……その時は訪れる。
「――――」
最後の瞬間に、マードックはアルベルトの眼を見る。
マードックの攻撃によって、左目は外装が剥げて機械部分が露出している。
彼から見えるアルベルトの両目は見た目こそ違うが、宿す光は同じ。
人の右目も、機械の左目も、共に迷いを持っていない。
仲間のために己の全てを尽くすと決めて、使い果たした男の顔がそこには在った。
その揺らがぬ両目に……マードックはどうしようもない羨ましさを感じた。
『――Hasta La Vista, baby』
最後の瞬間に、アルベルトはかつて母と視た映画の台詞を口ずさむ。
そうして、冗談を口にしたようにほんの少しだけその口角を上げた。
――一瞬の後、四色の爆光が二人の<超級>を包み込む。
後には、何も残らなかった。
◇◆
【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザー。
【車騎王】マードック・マルチネス。
――両者デスペナルティ。
To be continued